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十話 天国かもしれない

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 アーティスト王国へ渡るのにかなりの時間が要するのではないかと考えられていたが、荷物を最小限にしたことで迅速に移動を開始することが出来た。

 ほとんどの使用人がついてきたのだが、あまり大人数になって目立ってはいけないと、時間と経路は分けて使用人は三つの班に分けて移動したらしい。

 どんな手を使ったのか、アーティスト王国へと移住する話はとんとん拍子に進み、そして今、エレナはアーティスト王国の王都にある屋敷でゆっくりと紅茶を飲んでいた。

 何というか、処刑台というものが遠ざかったからか、エレナはとにかく幸せな気持ちでいっぱいだった。

「ここは天国かもしれないわ」

 そんな言葉を口にするたびに侍女たちはくすくすと笑う。

「たしかにお嬢様にとっては天国かもしれませんね」

「王子殿下の婚約者になってから、毎日が大忙しでしたものね。こんなにゆっくりとなさるお嬢様を見たのは何年ぶりでしょうか」

 侍女たちの言葉に、たしかにそうだなと思い至る。

 ジョゼフの婚約者になってからというもの、ジョゼフと一緒にお茶を飲んだり出かけたりする以外のゆっくりとした時間はほぼなかった。

 それ以外の時間は勉強に費やされており、エレナが自由に過ごせる時間はほぼなかった。

 こうなってみてやっと自分がどれだけジョゼフに縛られていたのかがエレナにはわかった。

「はぁぁぁ。こうやってゆっくり過ごせるって、幸せねぇ」

 そんなことを呟いたエレナに、侍女たちは微笑みを浮かべると、少しいたずら気に口を開いた。

「ですが、ルカ様が第四王子殿下となった以上、あまりのんびりとはしていられませんわ」

「そうですねぇ。ふふふ。第四王子殿下の婚約者に正式になる日も近そうですものねぇ」

 その言葉に、エレナは体をこわばらせると、頬を朱に染めると、ちびちびと紅茶を口に運んだ。

 アーティスト王国にたどり着いた時、ルカからエレナは彼の素性を初めて明かされた。

 ルカは自分の意思でアーティスト王国から出たのだという。

 そして孤児として生きていたのだという。なんでもその当時、王位継承についてアーティスト王国ではもめていたらしく、兄らの争いに巻き込まれたくなどないと自分で判断し、国を出たとのことだった。

 元々王族の暮らしを窮屈に思っていたようで、自由になったことが楽しかったとルカは呟いていた。

 ルカは第四王子である証を持っており、アーティスト王国側にそれを見せることですぐに受け入れられた。今までルカの行方をアーティスト王国側も手を尽くして探していたようで、国王も王妃も泣いて喜んだという。

 すでに王太子は第一王子で決定され、争っていた第二王子、第三王子はすでに王位継承権を放棄し、それぞれ王族から退き、公爵家の跡取りと辺境伯の跡取りとなったらしい。

 もめたはもめたらしいが、ルカが残した王族同士が争うことがいかに不毛なことなのか書き綴った置手紙を読んで、兄達は頭を冷やしたらしい。

 ある意味王位継承の諍いを諫めた功労者はルカであるともいえた。

 まぁそんなこんなでルカは第四王子として認められたのはよかったのだが、問題はそこではなかった。

 アーティスト王国についてからというもの、ルカから毎日のように花をもらい、そして愛の告白をされるようになったのである。

「ル……ルカったら、そんな素振り今までなかったのに……」

 ごにょごにょと呟くエレナに、侍女たちは何とも言えない生暖かい微笑みを向けるのであった。

 


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