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一話 キスしちゃった♡

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 エレナ・ボーンは公爵家の令嬢であり、この国の第一王子の婚約者であった。

 深い海のように美しい瞳と、金色の髪を持った少女が社交界にて褒めはやされるのはその外見や品行方正な内面が理由ではなかった。

 第一王子ジョゼフ・コール・ロードは呪われた王子だったのである。

 ロード王国には百年に一度ほどの周期で、呪われた王子が生まれる。はるか昔に、ロード王国の祖である王子が魔女に呪われ、子々孫々にそれが受け継がれているのである。

 ただし、呪いを解く方法はもちろんある。

 真実の愛のキスで呪いは解けるのだ。

 そしてジョゼフもまた魔女の呪いが引き継がれており、その右顔には呪われた証拠である文様が浮かび上がっていた。

 銀色の髪と瞳を受け継ぐ王族ジョゼフの婚約者はそれはそれは慎重に選ばれた。

 そして白羽の矢が立ったのがエレナだったのだ。

 エレナは幼い頃からジョゼフを支えるようにと教え込まれ、そしてできる限りジョゼフと共に過ごせるように配慮された。

 全てはジョゼフの呪いを解くために。

 エレナは呪われながらも前を向き、しっかりと王族の務めを果たすジョゼフに好感を持ち、そして次第にそれは愛へと変わっていった。

 献身的な令嬢エレナは、社交界ではその姿を褒め称えられていた。

 けれどエレナにとってそんな称賛など些細な事であり、ジョゼフの傍に入れることが彼女の幸せだった。

 そう。
 
 幸せだったのだ。

 エレナは午後の時間をジョゼフと過ごしていた。

 いつものことであり、王宮の庭という開放的な場では二人きりで会うことも少なくなかった。

 春の風が心地よく、芝生を風が通り抜けていく。

 穏やかで温かな日差しに、シートの上に横になっていたジョゼフが目を閉じている。疲れているのだろうとエレナはそっとしていたのだが、不意に昨日読んだ恋愛小説のワンシーンを思い出し、胸がドキドキと高鳴る。

 寝ている婚約者にそっとキスをするという文面があった。

 呪いは、一緒に過ごし、夫婦となり過ごすことで真実の愛によって消えると言われていた。キスくらいでどうこうなるものではないと思い、エレナはあたりを見回して、離れた場所にいる侍女や騎士が見ていないその一瞬の隙に、ジョゼフの唇にキスをした。

 キスしてしまった。

 ばくばくと心臓が鳴る。だが、驚いたのは次の瞬間だ。

 ジョゼフの呪いの後が一瞬にして消え、エレナは驚いて立ち上がると人を呼びにその場を立った。

 けれど、思い返してみればそれが悪かったのだろう。王子を起こせばよかったのに、そうしなかった。

 エレナが騎士を呼び帰ってきたわずかな間、何故か見知らぬ令嬢をジョゼフは抱きしめていた。

「え?」

「ありがとう。君のおかげで僕の呪いは解けた」

「で、殿下……」

 甘い雰囲気がその場には漂っており、あれよあれよというまに、その令嬢がジョゼフの呪いを解いたことになっていた。

「え?」

 そして、気が付けば、エレナには知らない罪が着せられていた。

「は?」

 真実の愛をねたみ、自分が愛されなかったことに腹を立てたエレナは令嬢を暗殺しようとして失敗したとされ、悪女として断頭台に立たされた。

「え?」

 享年16歳。エレナ・ボーンは断頭台にて首を撥ねられて処刑された。

「ひゃあぁぁぁぁっ」

 次の瞬間、エレナは何故か断頭台から、ジョゼフにキスをしている瞬間に戻っていた。

 神様のいたずらか、一体何がどうなっているのか。

 エレナは慌てて唇を離すと、それを手でごしごしとぬぐった。そして、立ち上がると同時に呪いが消えたのを見て、悲鳴を上げたくなるのを必死で堪えると、全速力で王城から逃げ出した。

 遠くへ逃げよう。

 エレナは逃げた。

 呪いは解けたから王子はもうそれでいいだろう。だが、処刑されるのは嫌である。

 百年の恋も、首を撥ねられれば一瞬で冷めるというものである。

 エレナは全速力で逃げたのであった。

「いやぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁ」

 逃げる馬車の中で、エレナは叫び声を上げ続けた。

 

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