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十二話 タイミング

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 殴り飛ばされたエレン様は宙を舞ってから地面に叩きつけられ、ドベシャブと、へんな声を漏らしています。

 殴り飛ばした張本人であるトーマス様は手をハンカチで拭うと、私の方を振り返り、そして、こちらへと手を伸ばしてきました。

「大丈夫か?」

「え?」

 指先で私の涙をぬぐったトーマス様はみけんにしわを寄せると、もういちどエレン様の方へと向かおうとします。

「と、トーマス様?」

「君を泣かせるなんて。少し、男同士で話をつけてくる」

「え? え? あの、ですが、エレン様は」

 明らかに意識が飛んでしまっています。

「はぁ。軟弱な」

 トーマス様は傍に控えていた侍従に指示を出し、エレン様を医務室へと運ぶように伝えたようでした。

 私は何故ここにトーマス様がいるのだろうかと、どうしていつもこんなにタイミングがいいのだろうかと、胸が痛くなります。

 期待などしてはいけないのに。

 期待してしまいそうになる自分がいます。

「一体、エレン殿に何を言われたのだ? それとも、何か酷い仕打ちをされたのかい?」

 心配そうなトーマス様に向かって私は首を横に振りました。

 期待を打ち消すために、私は小さく息を吐いてから、必死に笑みを作って言いました。

「トーマス様がアナスタシア様と婚約するだろうという話を聞いて、私が……私が勝手に傷ついただけです」

「え?」

 トーマス様が私の言葉に、少し驚いた表情を浮かべたのちに、視線を泳がせ、そして顔を赤らめました。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 アナスタシア様と婚約するのは本当の事なのだと、私はトーマス様の様子から気づき、唇をぐっと噛んで涙を堪えました。

 分かっていたはずなのに、心とはままならないものです。

「おめでとうございます。心より……おいわ……い……」

 涙が、どうしても堪えられなくて、瞳からぼたぼたとみっともなく零れてしまいます。

「ミリー嬢!?」

「すみません」

 ここにいては、何を言ってしまうかわかりません。私は、トーマス様に背を向けると曇天の中、どこか一人になれる場所を探して走ります。

「ミリー嬢!?」

 後ろからトーマス様の声と、追いかけてくる足音が聞こえます。

 だめです。

 トーマス様に泣いて縋りつきたくなります。

 私では、私ではだめですか、と。

 アナスタシア様みたいに美しくはありません。

 アナスタシア様よりも劣っていると自覚しています。

 それでも。

 貴方様を思う気持ちは、これまで密かに憧れ、慕っていた気持ちだけは、アナスタシア様には負けない自信があります。

 私では、だめですか。




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