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九話 現実

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 トーマス様との夢のような時間が終われば、現実がやってきます。

 屋敷へと帰ってきた私を待ち構えていたのはお父様とお母様であり、机の上にはいくつかの釣書が用意されていました。

 私はそれらに目を通すように言われ、静かに一枚一枚を見ていきます。

「早めに次の婚約者を決めねばなるまい。このままだと、嫁ぎ先がなくなるぞ」

「本当に……婚約破棄など、家の恥ですわ」

 両親の言葉に、ずんと気持ちが落ち込んでいく。

 これまで家の為だと思って、エレン様との婚約も必死に我慢してきた。けれど、そんなこと家族には当たり前の事であり、婚約破棄されたら、次の婚約相手を早々に見つけなければならないのです。

 釣書の相手は、自分よりも二十以上年上の男性ばかりで、私はやはり現実とはこんなものだろうなと思います。

 初婚もあれば後妻もあるが、どちらにしてみても、乗り気はしません。ただ、乗り気はしなくても自分はいずれ嫁がされる運命であり、それは変わらないことはわかっています。

 トーマス様と一緒に過ごせたことが奇跡で、現実はいつだって残酷です。

 せめて優しい人が結婚相手ならいいなぁと思うけれど、貴族同士の結婚など、相手がどんな人柄かなのかは結婚してみないことには分からないものなのです。

「最有力候補はこの方だ。お前よりも二十八歳年上だが、問題はないだろう。持参金も少なくてもいいと言っていただいている。そればかりか、我が領地へ支援してもいいと言ってくれている」

「領民を守るのは貴族の務めですから、貴方も喜びなさい」

 両親からのその言葉に私はやはり夢は夢なのだなと思いながら、トーマス様の顔を思い浮かべます。

 トーマス様との時間は本当に夢の時間で、これが現実だと、現実と向き合うべきなのだけれど、それでも先ほどまでの時間が楽しすぎて、現実の時間が辛く感じてしまいます。

 私は視線を両親へと移しました。

 眉間にしわを寄せ、面倒くさそうな態度。

 実の両親からの扱いが、普通の家庭とは違うことに気付いたのは、社交界に出るようになってからでした。

「はい……」

 もっと反抗していたら何かが変わったのでしょうか。

 自分の気持ちを両親に伝え、エレン様との婚約も嫌だったことを伝え、そしてもっと素直に話をして。

 けれど結局は、自分は家にとっては駒であり、変わらなかったかもしれません。

 机の上に並べられた釣書を見つめながら、私は自分の夢も希望もない運命に苦笑を浮かべてしまいます。

 結婚してみたらいい人かもしれない。幸せになれるかもしれません。

 相手のことを何も知らずに自分が不幸になると決めつけるのは失礼です。

 そうは思うけれど、結局自分の心の中にずっと憧れていたトーマス様がいるものだから。

 夢は夢と割り切っていたはずなのに。

 現実が、以前よりもつらく感じました。




 




 

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