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五話 素敵な人

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 トーマス様はなんて素敵な人なのだろうか。エレン様と比べてみれば雲泥の差であり、こんな素敵な人が婚約者の令嬢が羨ましいと思ってしまう。

 人生とは不条理であり、こんな素敵な人の婚約者になれる人もいれば、私のように奴隷のように扱われたり、婚約破棄破棄されたりする人間もいるのだ。

 エレン様はトーマス様から逃げるようにその後、ふんと鼻息荒く私を睨みつけると部屋から出ていてしまった。

「なんて失礼な男なんだ。ミリー嬢、大丈夫だったかい?」

 トーマス様は優しく私に声をかけてくださった。なんというか、これまで不条理しか受けてこなかった私にとってはトーマス様の存在は稀有であり、そして後光が差すほどにまぶしく感じた。

「ありがとうございました。助かりました」

「いや、いいんだ。実は今日は急遽君と話したいことがあってね。学園にまで来てしまいすまない。第一王子殿下からの指示でね。すまないけれど授業は欠席してもらってもかまわないかな?」

 私はうなずくと荷物を持ち席から立ち上がった。

 トーマス様は学園の一室を借りており、部屋に入ると私に椅子に座るように促した。

 椅子に座ると、トーマス様はおもむろに箱からお菓子を取り出し机の上へと並べる。私は手伝おうとしたがトーマス様に大丈夫だと止められた。

 机の上に並べられたのは可愛らしいお菓子たちであり、そしてトーマス様は優雅な仕草でお茶まで起用に入れると私に差し出してくださった。

「どうぞ。いつも殿下に入れているんだ。殿下のお墨付きだよ」

 トーマス様が入れてくださるというだけでも貴重な品なのに、殿下のお墨付きとは、私の人生はまもなく終焉を迎えてしまうのではないだろうか。

「ありがとうございます。いただきます」

 一口飲んだその瞬間、花の香りが広がる。甘みもあるが、嫌な甘さではなくて上品で、さすがは殿下のお墨付きであると私は顔が緩んでしまう。

 それを見たトーマス様はくすくすと笑っていて、私は慌てて顔を引き締めます。

「すみません。あまりに美味しかったもので……」

「いや、喜んでもらえるとこんなにも嬉しいのだなぁと思ったんだよ。よし、では本題に移るがいいかな?」

「はい」

 その後、トーマス様に私はオーディン侯爵家ではどのような家との繋がりがあるのかということを細かく尋ねられ、私は第一王子殿下の命令だからいいだろうと、それに答えて言った。

 するとトーマス様の表情は次第に険しくなり、私の話を最後まで聞き終えると立ち上がった。

「ミリー嬢。本当に助かった。こちらで後は詳しく調べさせてもらう。呼び出して悪いのだが、今日はこれで帰らせていただいてもいいだろうか?」

「え? あ、はい。もちろんです」

「今度お礼をさせてもらう。いいかな?」

 私はまたトーマス様と会う機会がいただけるのかと、心の中で大喜びである。

「もちろんです。嬉しいです」

 婚約破棄をしてからこんなにも幸せでいいのだろうかと思ってしまう。

 どこぞの男性の後妻に行く前に、幸せな思い出を刻ませてもらおうと思うのであった。



 



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