上 下
28 / 39

二十八話

しおりを挟む
 ローズが呪いに掛けられ眠りについてから約一年、ジルは毎日ローズの眠る部屋へと訪れては、空っぽのローズに話しかけていた。

 庭の花が咲いたことや今日の天気はとても気持ちがいいことなど、他愛のない、日常のことをジルは一人で話をする。

「ねぇローズ。早く目を開けて。僕は、君ともっと話がしたいよ。」

 自分自身に掛けられていた呪いが解けた時、ジルの心にあったのは喜びではなかった。

 ずっと呪いを解きたいと思っていた。なのに、呪いが解けた時に思ったのは、ローズが隣で笑っていてさえくれたら何もいらないということ。

 地位も、他の者からの信頼も、何もかもがどうでも良く感じた。

 本当に大切なものは、隣にあったのに。

 けれど、今、ここにはない。

 冷たいローズの頬を撫でれば、ローズの心がここにはない事が分かる。

「ローズ。どこにいるの?」

 これはただのローズの体。ただの抜け殻。

 体が朽ちて行かない様子から見て、ローズの魂はどこかに必ずあるということ。

 第一王子であるライアンへ尋問したところ、ローズへ放った呪いは魂を抜き取ると言ったものであり、ローズの魂はエミリの手にあるものと思われた。

 結局ライアンも利用され、そしてあれほど愛を囁き合っていた女性に意図も簡単に切り捨てられた。

 ライアンは現在幽閉されている。

 タージニア王国側へは今回の事件に関して、エミリの引き渡しを要求したがそれを拒否され現段階では国同士の間が緊迫した状況になっている。

 タージニア王国は呪術を操る国と言われている為に、こちら側もこれまでは公にはつかず離れずといった国交を行ってきたが、今回の件をリベラ王国は黙っているわけにはいかない。

 第二王子の、婚約者であるローズに呪いが掛けられたのだ。しかもローズはこちらの国の公爵家の令嬢である。

 それを知った時には、何故自分に婚約者だと打ち明けてくれなかったのだと言う動揺と、ずっと何かを言いたげにしていたのはこのことだったのかという苦笑が浮かんだ。

 ローズは変な所で抜けている。

 そしてそれは自分もなのだろう。

 ローズは明らかにメイドというには所作や言葉遣いなど、洗練されていた。なのにもかかわらず、何も疑っていなかったのだから自分も相当な阿呆だろう。

 いずれは自分で力をつけて、ローズを婚約者にしたいと願っていた。それがすでに叶っていたのだから笑ってしまう。

「ローズ。絶対に君を取り戻して見せるからね。そしたら覚悟してね。これでも僕、怒っているんだから。」

 自分には味方が足りなかった。情報を得る手段も持ちえないただの加護の中の鳥。

 だからこそ、この一年で城には味方を作り、信頼できる者達で自分の周りを固めた。第二王子としての地位を確立し、その上でやっとタージニア王国に向かう事を許された。

 国境で、なんだかんだと難癖をつけられて半月も足止めされるとは思ってもみなかったが、たかが半月、その程度遅らせたところで問題はない。

 タージニア王国の裏の顔についても調べてある。この一年でタージニア王国側に送った部下からの情報によって反吐が出る内容の把握も出来ている。

 これでもし、ローズが無事でなかったなら。

 ジルは背筋を伸ばし馬にまたがる。

 良く晴れた気持ちの良い日にタージニアの城下町を進むと言うのも皮肉なものだと感じた。

 見物気分なのだろう。街道沿いにはたくさんの人が溢れており、こちらに視線を送ってくる。

 民に罪はない。そう思いながらも、この国の実態を知らずにのうのうと生きる人々を見ると憎々しく思ってしまう自分が嫌になる。

 その時だった。

 不意に、温かな懐かしい魔力を感じた。

 ローズがいる。

 周りに気付かれないように視線を巡らせるが、人の多さで分からない。だが、視線を感じた。あの春の木漏れ日のような優しい魔力が確かに感じられた。

 どこにいる?

 微かな魔力であった。ローズが魔力を使ってくれさえすれば居場所が分かるだろうが、わずかな魔力ではこの人込みでは見つけることが出来ない。

 けれど、確かにこの国にローズがいる。

 必ず見つけてみせる。

 僕は真っ直ぐ前をそう決意を固めた。






 
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...