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第二十二話
しおりを挟む皇帝シンは、怒りを露わにしていた。
その背後からは怒気が立ち上っているのではないかと言うほどであり、今なら目で人が殺せそうな勢いすらある。
「その手を放せ。愚弟が。」
低い声はヒューを一瞬でひるませ、硬直させた。
蛇に睨まれたカエルとはこのことを言うのであろう。
だが、この時のキャロルにはそんな様子などみじんも目に入っていなかった。
視界が潤んで、ぐっと唇をかみしめていないと堪えきれないとキャロルは震える唇を噛んだ。
シン。
心の中で名を呼ぶと、シンの目が見開かれこちらに向かって走ってくるのが見えた。
ヒューはその様子に恐怖したのかキャロルから慌てて離れると部屋の端まで下がった。
自由になったキャロルは両手をシンに伸ばしてしまう。
「シン。」
「キャロル。」
ぎゅっと、シンにキャロルは抱きしめられた瞬間、大粒の涙が零れ落ち、全身が震えだすのが分かった。
怖かった。
怖かったのだ。
触れられて気持ちが悪く、これから自分が何をされるのかと恐ろしくてたまらなかった。
だから。
今、ここにシンが来てくれることがどれほどキャロルを安心させたことか。
キャロルは必死にシンに抱き着き、その胸に顔をうずめた。
「シン。」
「キャロルすまない。震えている。怖かったのだな。もう大丈夫だ。」
「うん。」
その時であった。
キャロルは全身から魔力が抜かれていくあの、全身の苦痛、痛みを感じ悲鳴を上げた。
「きゃぁぁっぁぁぁ!」
「キャロル!?」
「ふふふ。ははっはは!油断したな!兄様、あんたはこれで終わりだ!」
「何を?!こ、、、これは。」
シンは自身の体が眼帯をつけているのにもかかわらず女体化したことに気が付いた。
キャロルはぐったりと腕の中でうなだれており、その全身から力が失われているようであった。
唇が真っ白で、シンはキャロルを失うのではないかと恐怖が胸を占めた。
「キャロルに何をした!?」
「ふふふ。自分の心配をしたらどうだ?あんたは、ここでその娘と共に死ぬんだ。」
「お前は馬鹿か。逃げられると思っているのか?」
「あぁ。逃げられるね。」
「何を。」
次の瞬間、建物が大きく揺れシンはキャロルを支えた。
ヒューは、自身の後ろにある壁にあったレバーを引っ張り、秘密の通路を開くと言った。
「では兄様。さようなら。」
「待て!ヒュー!」
ヒューは秘密の通路に入ると入口を塞いでしまった。
シンはその様子に舌打ちをしながらも、キャロルを抱き起すとその場から逃げようとしたのだが、そこで視界に恐怖で震え、地面にうずくまる子どもが目に映った。
「お前ら、死にたくなければ逃げるぞ!立て!」
今にも建物は崩れ落ちそうであったが、子ども達が立ち上がる気配はない。
「こ。この下に妹がいるんだ。」
「他にも、子ども達がいる。」
「僕達だけ逃げられない。」
その言葉にシンは舌打ちをするとキャロルを抱き上げようとした時であった。
キャロルの腕が、シンを引っ張った。
「下へ。連れて行って。その子達の所へ。」
「キャロル。だが、もう崩れるぞ。」
「お願い。」
キャロルの懇願に、シンは大きくため息をつくと笑顔を見せた。
「仕方ないな。ほら、お前ら、下に案内しろ。分かるか?」
「う、うん。」
「こっち!」
子ども達が前を走り、その後ろをキャロルを背負ってシンが走る。
建物は今にも崩れ落ちそうであり、振動が伝わってきた。
階段を下り、そして牢屋のような部屋に子ども達が幾人も震えながら蹲っていた。
シンは腰の剣を引き抜くと、牢屋の鍵を壊した。
「キャロル。着いたぞ?」
キャロルはにっこりと笑うと、シンからおり、皆に一つの所にまとまるように伝えた。
「キャロル?」
「シンも、皆も私が守るから。」
「俺が守るつもりなんだが、キャロルは男前だな。そんな所も好きだ。」
「ふふ。私もシンが好き。」
「え?!今、キャロル何て言った!?」
その時であった。
轟音が響き渡り、建物が崩れたのであった。
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