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第二十一話
しおりを挟むキャロルは、自身の顔に落ちてきた水滴によって、目を覚ました。
ずきりと痛む頭に、小さくうめき声をあげ目を開き、見慣れない天井に困惑する。
自分は部屋で寝ていたはずである。だが、起き上がり部屋を見回しても、ここがどこなのか見当もつかない。
天井や床など石造りの建物であり、光の一切入らないその部屋は、蝋燭によって灯りが灯されており、天井の意思の隙間からポタポタと水滴が落ちてきていた。
キャロルは頭を振ると自分に起きた事を思い出そうとした。
たかし、部屋で眠っていたのだ。そして夜中に何か物音がして起きた。次の瞬間頭に衝撃を感じて、気が付けばここにいる。
自分は連れ去られたのだろうかという思いが胸を占め、キャロルは手が震えそうになるのを必死で堪えると、部屋の扉を力強くたたいた。
「ねぇ、開けて。ここは、一体どこなの?」
部屋の外には誰もいないのか、何の音もしない。
キャロルは震える体を自身で抱きしめながら、その場に座り込むことしかできなかった。
「シン、、、怖い。助けて。」
そう、自分が呟いた言葉に、キャロルはぎょっとする。
何故、シンを呼んでしまっただろう。
そう考えると少し落ち着くことができ、そして、キャロルは思った。
「シンが、きっと探している。帰らなきゃ。」
そう思うと心から勇気が湧きあがってくる。ここから逃げる算段を考えなければならない。
自分は竜になれるのである。ならば、竜に変身さえすればすぐにでも逃げられるとそう思った。
その時であった。
部屋の外から足音が聞こえ、キャロルは扉から一歩後ろへと下がると、誰が来るのかと待ち構えた。
部屋の扉が開くと、そこに現れたのは、黒服の集団を従えた一人の狡猾そうな表情をした男性であった。
まるで狐のような顔だなとキャロルが考えていると、その男はキャロルに歩み寄ると、その細い腕を掴んでにやりと笑った。
「あぁ。こいつが兄様のお気に入りか。」
兄様という言葉にキャロルが驚いていると、男は聞いてもいないのにぺらぺらと話し始めた。
「俺の名はヒュー。シン兄様の弟だ。お前が、キャロルと言う娘だろう?」
「は、離して。」
「ほう生意気だな。俺は皇帝になる男だぞ?そんなに反抗的でいいのか?」
ヒューは楽しそうにけらけらと笑うと、キャロルの腰を引き寄せ、その頬に自身の手を重ねるとにやりとした笑みを浮かべた。
「ほう。これは美人だなぁ。兄様が骨抜きになるはずだ。だが、、、まだ、契は結んでいないのであろう?どれ、俺が味見をしてやろうか?」
にやにやとしたその笑みにキャロルはぞっとすると、ヒューに向かって言った。
「踏みつぶされて死にたくなければ離しなさい!」
「っは!お前が竜になれることは知っている。その対策もとってある。」
「え?」
ヒューは笑うと、後ろの者達に目配せをした。その瞬間、幼い子どもらが数人部屋へと入れられる。
どの子も死んだような瞳をしており、一言も発さずにその場に項垂れている。
「可愛そうな奴隷の子だ。この子らの他にも何人も、この建物の地下にいる。それでもお前は竜の姿になろうというのか?可愛そうな子どもを犠牲にしてお前は自由に空を飛ぼうというのか?」
ヒューの言葉にキャロルはぞっとし、目を丸くした。
ヒューはそのキャロルの表情に満足したのか、嬉しそうに言った。
「兄様を引きづり落とすために、出来る魔術は全て行ってきた。この後ろに控える黒服の者達も、魔術によって生み出した。子どもの奴隷は良い生贄になるからストックはたくさんあるんだ。」
人の子を、まるで物のようにそういったヒューにキャロルは体が震えだすのが分かった。
人間は恐ろしい。
自身の欲望の為ならば、他の者を犠牲にしてもいいと思えるのだ。
なんと醜い生き物なのだろうか。
ヒューはキャロルの表情が歪んでいくのを楽しそうに見つめながら、その体に触れ始める。腰を撫で、頬を撫で、その眼球の上を舌で舐める。
キャロルは唇を噛むと、ヒューの手が自身に触れることに嫌悪しながらも必死に耐えていた。
シン。
怖いよ。
逃げたい。
気持ちが悪い。
触るな。
シン以外に、触れられたくない。
自身の中にどす黒い感情がどんどんと渦巻いていくのが分かる。
ならば、逃げればいいではないか。
見知らぬ子どもなど見捨ててしまえばいい。
他人よりも自分のほうが大事だろう。
そう心の中では思う。
だが。
そこにいる子ども達は死んだような目をしながらも、震えるのを必死に耐え、恐怖に耐えているのが肌で感じられた。
この子達もまた、犠牲者なのだ。
人は人をしいたげる生き物。
だがそれでも。
キャロルは自身を落ち着かせると、にっこりとその子達に笑顔を向けた。
「目を閉じて、耳を塞いでおきなさい。大丈夫。大丈夫だから。」
そう言うと、ヒューはキャロルの頬を平手で打ち、その首に爪を立てた。
「聖女か何かのつもりか?」
キャロルの言葉に、子ども達は必死に堪えていた涙がぽたりと落ちてしまう。
目の前で起こる醜く恐ろしい事に口を出してしまう。
「やめて。その人を、放してあげて。」
「酷いことしないで。」
そんな事をすれば、自分達に狂気が向くかもしれないのに。
「うるさい黙れ。俺は、兄様のすべてを奪ってやると決めたのだ。ふふふ。その為に、この娘も奪い、心を壊してやる。」
キャロルはヒューを見つめて言った。
「可愛そうな人間。」
「なんだと?」
「自分の事しか大事にできないなんて、何て哀れな生き物かしら。」
「っく。くそが!」
子ども達の悲鳴が響き、キャロルは自身が打たれるのを覚悟し身構えた。
だが、いつまでたってもその衝撃は訪れない。
時が止まってしまったのかとキャロルが思い、目を開けた時であった。
そこに、キャロルが望んでいた人が見えた。
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