AIに恋した男-NPCとの恋-

秋月愁

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NPCとの恋

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 とあるVRMMOで、平凡な高校二年の森下勇二のアバター、禿頭に浅黒い肌、筋肉質でガタイのいい大男である斧戦士グエンは、陽光の差す明るい森で、LV15のウォーベアと戦っていた。

 グエンのLVは20で、計算上は十分これを倒せるが、不運にも、二体目、三体目のアクティブのウォーベアが絡んでくると、たちまち窮地に陥った。

 「これは、デスペナでセーブポイントに死に戻りだな……」

 グエンがそう思いながらダメージを受けつつ、ウォーベアに斧を振るっていると、どこからともなく「ヒール」の魔法が飛んで来て、グエンのHPが回復する。そして、一体のウォーベアが崩れ落ちる様に倒れて、その後ろには白いローブに身を包んで杖をもった、流れるような銀髪に優し気な目に眼鏡をかけた美しい、知的美人の姿があった。

 「加勢します。まずはここを切り抜けましょう」

 グエンは、戦闘中にもかかわらず、一瞬硬直した。その女性アバターが、あまりに綺麗だったので、見惚れてしまったのだ。

 しかし、ウォーベアとの戦闘の最中である。グエンはすぐに我に返ると残りのウォーベアの駆逐に入った。

 そして、二人でこれを倒してどうやら窮地をだっしてデスペナ死に戻りは回避された。グエンは彼女に礼を言った。

 「危ない所を助かった。俺はグエン。見ての通りの斧型パワーファイターだ。あんたは?」

 「礼には及びません。私はエミリア。比較的低LVの方のサポートをして回っている者です」

 どうやらヘルプ系のプレイをしている人のようである。そこでグエンは彼女の手を握ると、こう切り出した。

 「じゃあ、しばらく、俺のサポートをしてくれないか?」

 「はい、喜んで」

 エミリアはにっこりと微笑んんで、このグエンの誘いに応じた。これが、グエンの恋の始まりであった。

                    ☆

 話は少しさかのぼる。グエンは一撃の威力が高い斧で戦うパワー型のファイターだが、盾も持たず、AGIにもろくに振っていないため、ほぼ回避というものをしない。基本相手とのノーガードでの殴り合いである。

 途中までは、知り合いのプリーストと組んでいたが、その男プリーストはヒールの連打に疲れてしまい、

 「お前の戦い方、効率悪い上にこっちの負担多すぎ。悪いが俺、他の奴と組むわ」

と、言って去って行ってしまった。

 グエンはそれでもこのプレイスタイルを変える気は無かったので、そのまま見送ると、

「しかたねえ。こっちも気楽なソロでやらせてもらうか」

と一人つぶやき、非効率なのを承知で、ポーションで回復しながら狩りをする、ソロプレイをすることにした。

 そして、件の森でのLV上げ中にウォーベア数体に絡まれて、先のようにエミリアに助けられて、彼女のサポートの元、LV上げに励むこととなったのである。

                      ☆

 「でやあっ!!」

 グエンが斧で荒れ地のヘルウルフを倒すと、

 「ヒールLV3!!」

 負傷したグエンにエミリアの「ヒール」が飛ぶ。

 彼女のサポートは的確で、グエンは多いに助かり、LVも24となった。

 二人は街に戻り、ベンチで休憩すると、グエンは気にしてることを口にした。

 「サポートしてくれるのは助かるが、被ダメージの多い俺と組んで、疲れないか?もし負担になるようなら言ってくれ。あんたは好きだが、迷惑にはなりたくない」

 前の知り合いの男プリーストとのやりとりを気にしての発言だったが、エミリアのほうはふふっと微笑みを浮かべて、

 「そういう方のほうが、サポートのし甲斐があります。だから、気にせずにLVを上げて強くなって下さいね」

 グエンは赤くなってとっさに目をそむけた。彼には、彼女が眩しく思えた。

                     ☆

 サポートうんぬん以外でも、グエンはエミリアを好ましくおもった。何かと気が利くし、優しいのだ。

 ただ、自分がログインしたときに、必ずログインしている彼女が、普段リアルで何をしているのだろうと思う事は、あった。

 しかし、彼はあえてこれを聞かなかった。今の立ち位置を崩したくなかったためだ。

 しかし、グエンがLV30になると、事は起こった。

 「LV30、到達おめでとうございます。改めて名乗ります。私は自律型サポートNPC「エミリア」あなたは十分なLVになりました。私も、他の方のサポートをしなければなりません。短い間でしたが、お世話になりました。では、よい旅を」

 そう言って、別れを告げるエミリア。グエンは慌てて呼び止める。

 「ちょっとまってくれ。NPCだって?とてもそんな風にはみえないぞ?本当なのか?」

 エミリアは少し寂し気に目を伏せて答える。

 「私は、テストケースのNPCなんです。様々な方と会い、様々な感情データを得て、ゲームの開発部に送信してその役に立つ、そういう存在なんです。隠していてごめんなさい」

 そして、続けてこうもいう。

 「そのため、私はLV30固定なんです。それ以上強くなることはありません。これ以上あなたと組んでも、私はあなたの足を引っ張るようになるでしょう。だから、ここで、お別れです」

 そして、立ち去るエミリア。

 グエンは彼女がNPCだという事実を知り、衝撃を受けて、ただ茫然と佇んでいた。

                     ☆
 ログアウトしてリアルに戻った勇二は、この話を、高校三年生の姉にした。強気でドライな姉は、呆れたようにこう言った。

 「そこはゲームだから、ムキになるな。あんた、そのNPCになにを求めてるの?LVはあがったんだろう。他の奴と組めばいいじゃないか。そのNPCの事は忘れてさ」

 いまいち納得できなかった勇二は、中学二年生の天然で夢見がちな妹にも聞いてみた。返答はこうだ。

 「そのひと、ゲームの中の住人なのよね?それで、お兄ちゃん、その子の事が好きなのよね?だったらNPCも何もないよ。ゲーム内で口説いてつきあいなよ」

 この妹の言は、勇二に感銘を与えたようで「ありがとな、目が覚めたぜ」と笑顔で妹の頭を撫でると部屋に戻り、VRMMOのヘッドセットを着けて、グエンとしてゲームの世界に降り立った。

 NPCであろうと、ゲーム内だけの存在だろうと「自分は彼女が好きである」と再認識して。

                    ☆

 エミリアとのFLは消えていたので、グエンは10~30LV帯の狩場を探し回った。彼女が誰かのサポートをしているのなら、その辺りで狩りをしている可能性が高いからだ。

 そして、グエンは陽当たりのいい森-かつて彼女に助けられた場所-で彼女を見つけた。剣と盾、革鎧で武装した女戦士のサポートをしていたのだ。

 グエンは律儀に彼女らの狩りが一段落するのを見て、エミリアに声をかけた。

 「グエンさん、どうしてここに?」

 驚くエミリアにの前で、グエンはひざまずいて、その手を取って告白をする。

 「あんたがNPCでも、ゲームのなかだけの存在だろうと構わない。俺の恋人になって欲しい」

 エミリアは、その熱心な告白に目をぱちくりさせて、次にクスリと笑って応える。

 「分かりました。お受けしましょう」

 そうすると、彼女の行動は速かった。サポートしていた女戦士に、

 「申し訳ないですが、貴女へのサポートはここまででいいですか?恋人ができてしまったので」

といって別れて、グエンには「グエンさん、言ったからには責任とって、エスコートしてくださいね」

 自律型とはいえ、とてもNPCの台詞だとは思えない内容だが、グエンは「おお、任せとけ」と少し虚勢混じりでこれに応えた。

                   ☆

 それから二人の恋人付きあい(ゲーム内だが)は始まった。

 活気のある街の露店で果物のジュースを買い、ベンチで飲みつつ楽しく談笑。

 さらに、にぎやかな商店街で、仲良く会話しつつ散策して、

 ログアウト前に、グエンは密かに買っておいた髪飾りを贈った。

 グエンの一日でのログイン時間はそう長いものではないが、エミリアのほうもグエンの気持ちに応えて、ポーションを調合して贈ったり、さらには簡単な料理まで作って、ログイン時に振舞った。

                   ☆

 二人の仲は至極良好であったが、一年もたつと、グエンはリアルでは高校三年生である。

 本人が望んでも、両親が「勉強しなさい」とVRヘッドセットを預かることにもなっている。

 なのでグエンはエミリアを、ゲーム内のデートスポット「星の降る丘」に誘った。

 このMAPは常に夜間で、小高い丘からは、定期的に流星が見えるようになっている。

 二人は、そこで星を見上げた。グエンがふとエミリアのほうをみやると、星明かりに照らされた白いローブに銀髪の彼女は、神秘的に美しかった。

 「今の俺にはあんたしか見えないが、遠からず、別れの時がくるんだよな……」

 グエンがしみじみとそういうと、エミリアは、真面目な面持ちで言う。

 「私は自律型NPCですがもし、私に「心」というものがあるのなら、それは、すでにあなたのもの。もし、別れの時がきても、私の「心」は「思い出」として、あなたの中で生き続けるでしょう」

 エミリアがそういうと、グエンは彼女を、いとおしく抱きしめた。

 「俺は、その時がきても、時が経っても、あんたの事を忘れない。だから、これはその誓いの証だ」

 そういって、星空の元、グエンはエミリアに口づけをした。その日は、別れの時の間近だった。

                       ☆

 そして、グエンがゲームを続けられなくなる日、ゲーム内の街の中央公園、噴水前で二人は落ち合った。

 別れの日である。エミリアは、周囲の目もきにせずグエンに抱き着き、グエンもそれを受け止めると、エミリアは顔を上げて、グエンの顔を注視して、言った。

 「さようなら、愛しいグエン。貴方の事は、忘れません」

 「俺もだ、あんたには、これ以上ないほどよくしてもらった。たとえリアルに戻っても、あんたとの事はきっちり心に刻んでおく」

 この宣言に、エミリアは泣き笑いの表情で、

 「だめですよ。私はゲームのNPCなんですから。あなたには、リアルでいい人を見つけて、幸せになってもらわないと」

 「あんた以上の女性が、そうそうリアルで見つかるとは思えないがな……」

 そうして、別れを惜しみつつ、お互い、最後の言葉を綴る。

 「お元気で」

 「ああ、あんたもな」

 そうして、そっと身体を離す。そして、グエンはログアウトした。

                  ☆

 こうして、勇二の初恋(ゲーム内だが)は終わりを告げたが、彼に後悔はなかった。

 彼女との思い出は、彼の胸に確かに残り、彼女の心は確かにそこにあると、不思議とそんな気がするのだ。

-そして、後に社会人となった彼の家の机の上には、一つのスクリーンショットの入った写真立てが飾られていた。そこには、教会を背にして、白いローブを着て杖を持った、流れるような銀髪の眼鏡をかけた知的美人-エミリア-の姿が映っていた……。

(了)



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