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赤いドレスの「聖女ユウ」として…。

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  異世界のエクトール神殿に、女の身として聖女召喚されて、聖女の特殊魔法「緑の光の手」で癒し手として戦乱を乗り切った。俺、門宮勇(かどみやいさむ)

 ブロンドの髪に蒼い瞳の美人、赤いドレスの「聖女ユウ」として、ここで過ごしてきた俺だが、最近一つの悩みがある。

 付き合いを重ねている、艶のある黒髪の、木剣の美剣士セルバートに、元の世界では男であった事をまだ伝えきれていないのだ。

 最初は後で話せば済む事と、たかをくくっていたのだが、お互いが本気になるにつれ、これは早めに告げないとまずいと感じたのだ。

 とはいえ、いきなり直に伝えては、拒絶反応を起こす可能性はかなり高い。俺は今のこの関係を崩したくなかった。

 なので、元の世界では元恋人であった黒髪の美人聖女レイカにこれを相談した。

 「何?まだ伝えてなかったの?てっきり承知の上かと思っていたわ」

 白い壁に灰色の床の聖女専用の食堂で、俺と対面するテーブル越しに、俺の赤いドレスと対照的な蒼いドレス姿のレイカは呆れ気味に俺にそう告げると、こういう忠告をする。

 「早く教えた方がいいわよ。仲が深まれば深まるほど、壊れた時のダメージが大きいから。彼があなたに描いている幻想は、早めに覚まさせたほうがお互いのためになるわ」

 …俺は答えを返せなかった。俺はセルバートの人柄を好ましく思っているし、向こうはもっと直接的に好意を寄せている。簡単な問題ではないのだ。

 「まあ、あなたが黙っているのは勝手だけど、後でどうなるかは、覚悟したほうがいいわね」

 そう言って、少し冷たく、レイカはここでの話を打ち切った。

                     ☆

 セルバートの様子が少しおかしくなったのはこの後で、俺に対して、何か少しぎこちない。俺が話しかけても、応答しない時がある。たまに、理由をつけて避ける事すらあった。

 ある日、俺はセルバートに神殿の青い通路で訳を聞いた。何か深い事情があるのかもしれないと感じて。

 「どうしたんだい、セルバート。あなたらしくもない。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれないか。こっちもこれじゃあ、やりづらいよ」

 「…すまない、少し時間をくれないか」とだけ、セルバートは俺に言った。

 …そして、この後日、彼は神殿から姿を消した。

                     ☆

 「…セルバート。一体どうしてしまったんだよ」

 俺は、賑わいを見せるグレースの城下街でセルバートを探したが、ここでの地理には詳しくない。街を隅々まで探すつもりが、逆にたちまち迷子になり、気付けば裏路地で、以前に遭ったごろつき共に囲まれていた。

 「あの時の嬢さんじゃないか。彼に振られて今は一人かい?代りに俺達が相手してやるよ」

 そう言って、ごろつきの一人が、俺を組み伏せると、その聖女用の赤いドレスに手を掛けて、強引に引き裂こうとする。これは、セルバートに隠し事をしていた俺への天罰だろうか。

 「ごめん、セルバート…」

 俺は彼の姿を脳裏に浮かべた。するとまさか、その想いが天に通じたのか、セルバートが裏路地に姿を現し、俺を組み伏せたごろつきに、その木剣を以って豹のように飛び掛かった。

 ごろつき共は、セルバートの木剣で、激しく打ちのめされて、ほうほうの体で逃げて行った。

                     ☆

 場所は変わって、街外れの丘。俺と彼が、秘密の観光場所としていた、グレースの街を一望できる場所だ。そこで、彼は俺に、その失踪した「理由」を告げた。

 セルバートは、聖女レイカに俺が元居た世界で男であったことを告げられたのだという。

 彼の顔には、明かな苦悩の色が見て取れた。

 「…正直どうしようかと思った。このまま、何もかも忘れて、また傭兵に戻ろうかとも考えた。しかし、貴女の事が忘れられずにぶらりと街をふらついていたら、偶然襲われている貴女を見つけたんだ」

 俺は、彼を追い詰めてしまっていたことに気づき、頭を下げて謝罪した。これでお別れかな、と思いつつ。

 「黙っていて、すまなかったよ。俺の事はもう忘れてくれて構わない。でも助けてくれたお礼だけは言わせてくれ、ありがとう」

 しかしセルバートは、礼を言って立ち去ろうとする俺を、その手を取って引き止めてこう言った。

 「この問題は、簡単な物じゃない。正直、ここで別れるべきかも知れない。しかし、私は貴女の事が忘れられない。だから、こういうことにしてくれ、私は、何も聞かなかったと」


 …つまり、こういう事らしい。セルバートは、聖女レイカの言った事を忘れて、何も知らない事にして、俺との付き合いを続けたいというのだ。

 「いいのかい?俺は、この身体は女性だけど、内面は一応男なんだぞ?」

 俺は確認するように聞いたが、セルバートも引かなかった。彼は俺にこう言い募った。

 「それは、時間を掛けて解決する問題だ。正直、違和感が全くないかと言えば、嘘になる。しかし、貴女が私にくれた癒しと優しさは、まるきりの嘘ではないはずだ。私には、その「心」のほうが、そんなものよりはるかに大事だ。何より三年間の勝負はまだついていない」

 「そんな事言って、後でどうなっても知らないぞ」

 俺はセルバートに言ったが、彼はこう言い返す。まるで自分に言い聞かせるように。

 「私が時間をかけて納得すればいい話だ。貴女は何も気に病まなくていい」と。

                   ☆

 …こうして、セルバートは、レイカに聞いた事は信じなかった事にして、何事もなかったかのように、神殿に戻り、元の鞘に収まった。俺はこの事を「密告」したレイカを神殿の青い通路で問い詰めた。

 「余計な事するなよ。危うく、ごろつきに乱暴される所だったぞ」

 しかし、レイカはあらそう、とそっけない。

 「あなたが何も言わずにぐずぐずしてるから悪いんでしょう。幸いセルバートは気にしていないみたいだし、このままいっそ一緒になるまで付き合っちゃえば?どうせ他にまともな貰い手なんていないでしょうし」

 …俺は悩み、色々と考えを巡らせた。これは、身体は女だからOKなのか?はたまた、俺が女に染まりきればいいのか?なかなか答えは出なかったが、この後にセルバートが言ったこの台詞が一つの答えになった。

 『貴女は、このエクトールにおける救国の癒し手、赤いドレスの「聖女ユウ」それでいいじゃないか』

 この言で、俺は開き直る事にした。確かに、ここに来て俺は「聖女ユウ」と名乗ったし、この身体は女の身だが俺の物でもある。ならば、心も芯まで女になってしまえばいい、と。

                    ☆

 そして、半年の時が流れて…。俺たちは、以前と変らないやりとりに戻っていた。

 「さあ、セルバート。今日の神殿の公務は終わりだよ。一緒にグレースの城下街に遊びにでよう」

 「そう急ぐな。慌てなくても、まだ充分時間はある。今日はじっくりと付き合ってもらうよ」

 …こうして違和感は取り除かれた。正直、これが正しいかどうかなんて分からない。ただ、世界は広い。こういう関係があってもいいじゃないか、と思える俺がいる。セルバートも多分そうだろう。

 …こうして、俺とセルバートは、一つの壁を乗り越える事に成功した。この先がどうなるかは分からないが、確かに俺とセルバートの心は通じたように思えたし、赤いドレスを着た俺の胸元には、彼のくれた青い鳥のペンダントが踊っていた。

 『「TS聖女の物語」(俺に聖女は務まらないよ)』(了)



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