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5話:理想の伴侶を求めて

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 上天気の闘技場で、レイバード三人衆を、間接的に勝利に導いたアイゼン。

 周囲には、この勝負に賭けをしていた、クロックシティの観客達が、外れた賭け券を宙に舞わせていた。

 レイバード三人衆の戦闘メカは、明らかに魔女ミルファーナのルーンゴーレムに劣るものだったのでそれはそうだ。皆、敗北したミルファーナのルーンゴーレムに賭けていたのだ。

 これはある意味、主催したムーンジェルマンの収益を増すものでもあった。

 そしてこれも、一つの処世術、いや、錬金術といえなくもない。

 羽根つき帽子に緑の外套姿のアイゼンは、レイバード三人衆のリーダー、ペルソナ仮面の赤服の女、サーラに貸しをつくった事で満足して、その場を立ち去ろうとした。

 が、そこに、新たな声が割って入る。


 「かっこよかったわよ、アイゼン」

 「ミストブルー!?」


 そう、その蒼いドレスと背格好はミストブルーの物だが、今はその顔も声も違う。

 …絶世の美女とまではいかないが、かなりの美人になっていた。

 その蒼い髪は艶やかで、肌にもかつてのしわはなく、眼は魅力的に輝き、鼻筋は綺麗に通り、唇は薄いが、形も良く、薄く紅に染められている。

 「おい、顔が原型留めてないぞ、綺麗すぎるだろう、ミストブルー」

 そうしてアイゼンは、この仕掛け人であろう、初老の錬金師ムーンジェルマンに問うた。

 「一体これは何の真似だ、ムーンジェルマン」

 ムーンジェルマンは、この問いに答えて曰く、

 「なに、少し錬金術で、魔法で整形してみただけだ。美人だろう?そしてこれは、生涯解けることもない」

 そして、ムーンジェルマンは付け加えるようににやりと笑う。

 「しっかりと調査はした、お前好みだろう?」

 「マジかよ…」

 アイゼンはその、変貌を遂げたミストブルーを見やる。確かに、自分好みの顔、姿ではある。

 そして、ここは仕方ない、と言った風でミストブルーに告げる。

 「俺は今、ある誓いを立てて、100の試練に臨んでいる。これは簡単に破棄できない。あんたの気持ちは嬉しいが、もう少し、時間という物をくれないか?」

 美人になったミストブルーは、淑やかで温厚そうな魅力的な笑顔でこれに対して怒る風もない。

 「はい。アイゼンの為なら、幾らでも、ずっと待っています」

 …こうして、このミストブルーの言に照れたアイゼンはその場を去り、自分の夢占いの店に戻った。

 丸いアナログ時計だらけの自分の部屋で占いの本を読む彼に、台所で家事をする使い魔兼助手のミラーリアが問う。

 『保留にしちゃってよかったの?綺麗だったじゃない「ミストブルー」』 

 アイゼンは、読んでいた占いの本を閉じると、このシスター姿の使い魔、ミラーリアに説明するように言う。

 「もちろん、俺は彼女の心根は嫌いじゃない。むしろ美人になった今では好ましくすらある。だが俺は、100の試練を越えて、理想の伴侶を得るという誓いをもう立ててしまったんだ。果たさないままという訳にはいかないな」

 そして続けてアイゼンは言う。

 「その誓いを果たさずにして、その女性を見るまで、ミストブルーとどうこうするのは、誓いを立てた今の俺には無しな話だ。破棄すればいいかも知れないが、誓いを破棄するのはここでは褒められたことではない」
 

 アイゼンは続けて、このクロックシティでの格言を口にする。


 『…そう「借りは返す物」「貸しは作る物」「そして誓いは果たす物」とこのクロックシティでは決まっている。いわば、これは宿命なのさ』


 「ふうん、色々面倒なのね」

 「恋愛っていうのはそういうものさ、甲斐性なしには務まらないんだ」

 ミラーリアは、しかし、その言に感銘を受ける訳でもなく、逆にジト目でアイゼンに言う。

 「じゃあ駄目じゃない。アイゼン、甲斐性なんてないし。ミストブルーが可哀そうだわ」

 「何を言う。俺は礼儀正しい紳士だぞ。この手の事は、手順をしっかりと踏んでだな…」

 「夢占い師」アイゼンの苦しい言い訳は、小一時間に及んで、そのシスター姿の使い魔であるミラーリアは家事をしながらそれを呆れ半分に聞き流した。

 …ともあれ、何かの拍子か「醜女」のミストブルーと結ばれる未来は変わった。

 だがそれは「美人になった」ミストブルーと結ばれる事とイコールではない。

 アイゼンはそれを保留にして100の試練を越えて「理想の伴侶」と出会う事を優先した。

 彼は自分の意思で、そう誓いを立てたのだから…。




 



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