独立装甲旅団、奮闘セリ

野口健太

文字の大きさ
上 下
2 / 16
第一章 転属辞令

伏撃       二月一〇日 一〇一四時

しおりを挟む
 帝国が連邦への侵攻を開始したのは、今から三年ほど前の事である。
 当時の大陸沿岸地域は、すでに戦争のさなかにあった。帝国は西側の対抗勢力を軒並み打倒していたものの、領土的野心はとどまる所を知らなかったのだ。獲物を狙う目は次第に東へ移り、広大な領土と地下資源を誇る連邦に向けられていった。
(西方における最後の敵――沖合の島々を本拠とする『連合王国』への上陸を断念し、戦略面で行き詰まりが生じた影響も大きいであろう)
 作戦は六月初頭、国境全域にまたがる奇襲から始まった。
 これに対し連邦側は、混乱しつつも果敢に抵抗をこころみた。そのほとんどは無残な結果に終わるものの、帝国軍も各所で少なからぬダメージを負ってしまう。進撃それ自体は一見順調であったが、各兵団の戦力は着実に目減りしていった。輸送ルートの延伸による、補給の停滞もそれに拍車をかける。
 そして十二月にはいり、豪雪のただなかで帝国軍はついに動きを止めてしまう。一部の部隊は首都前面へと迫っていたが、最後の一歩を踏み出すことが出来なかったのだ。その隙をついて、連邦軍が積極的な反撃を敢行する。
 帝国側はこれをなんとか打ち破ったが、大幅な後退とさらなる戦力の消耗を強いられた。これ以降、彼らの勢いは時を経るごとに衰えていく。連合王国による大規模反攻も噂されるなど、終末がみえぬ状況下で兵たちは苦闘を強いられていった。

 カール・シュナイダーは二三歳の陸軍少尉で、車列を構成する戦車中隊で第2小隊長も務めている。その出で立ちは白の防寒アノラックに黒い略帽、そしてマフラーと皮手袋といった具合だ。零下をはるかに越える低温と、乾燥によって顔はすっかり赤らんでいた。
 髪とおなじ色の略帽は、ボタン留めの耳覆いを備えたいわゆる山岳帽である。冬季における帝国戦車兵の一般的な服装で、その上から通話用のヘッドフォンを被り、胸元に双眼鏡をさげている。
 カールの21号車は砲塔を右後ろに向けており、彼自身はキューポラ(司令塔)から身を乗り出して、青い瞳を周囲に巡らせていた。周囲ではエンジン音と、風の唸り声が延々と鳴り響いている。
 突然、ヘッドフォンから声が聞こえた。
『〈パンテル01〉より各小隊』
 声の主は列の先頭、01号車に乗る中隊長であった。〈パンテル〉は中隊に与えられた、通信用のコードネームだ。
『横一列に展開しろ。第1小隊は本車の右翼、第2小隊は左翼だ。送レ』
 カールは首から伸びるケーブルへ手を伸ばし、中ほどにあるスイッチを押した。
「〈パンテル21〉、了解」
 喉元に取り付けた咽頭マイクが、声を電波に置き換えて上官のもとへ送り出す。口からはき出される吐息は、寒さで白くなっていた。
 カールは続いて、通話モードを車内に切り換えた。無線手に周波数を中隊用から、第2小隊のそれに合わせるよう指示する。連絡先は後方にいる、二両の僚車たちであった。
「〈パンテル21〉より各車、〈01〉の左横にならべ。本車が先行する」
『〈パンテル22〉了解』
『〈パンテル23〉了解』
 通信を終えたあと、カールは操縦手に呼びかける。「ハインツ、中隊長車の左につけろ」
 21号車はわずかに増速したあと、進路を左に寄せはじめた。
 カールは視線を左右に巡らせ、僚車のうごきや地面の様子を注視した。操縦手はせまい覗き窓を通して外を見るため、車長によるサポートが不可欠なのだ。
「いいぞ、進路もどせ」
 カールはタイミングを見計らい、操縦手へそう伝えた。21号車は進路と速度を修正し、中隊長車と並走しはじめる。主砲の向きを正面に戻していると、左側に僚車が次々にならんでいった。
 中隊は整列を終えたあとも、ゆっくりと進みつづけた。降り積もった雪を踏み越え、時おり車体を揺らしている。正面に道路の盛り土が、行く手を塞ぐように左右へ伸びていた。
 道路まであと20メートルという所で、中隊長の号令が届いた。
『〈パンテル01〉より各車、ただちに停止』
「ハインツ、止めろ」
 すこし間を置いてブレーキ音が鳴り響き、カールはわずかに体をのけ反らせる。
 カールは停車を確認すると、視線を左右へ順繰りにむけてみた。小隊、そして中隊の各車が、おなじようにブレーキをかけている。いずれもPz37G――37式戦車G型だ。
 37式は八年ほどまえに生産がはじまった、帝国陸軍の主力戦車である。乗降用ハッチを側面に備えた多角形の砲塔と、長方形型の車体が外見上の特徴だ。主武装として射程と装甲貫通力を重視した、長砲身の七・五センチ砲を搭載している。採用からそれなりの時を経た『老兵』だが、度重なる改良を経て(たとえば当初の主砲は、車体前面からはみでない程度の短砲身型であった)現在まで運用されていた。

『各車、警戒しつつそのまま待機』
 中隊長からの指示に応答すると、カールは小隊の部下たちにもそれを伝達した。ついで上着の左袖をまくり、腕時計にちらりと目をむける。
 時針と秒針はそれぞれ、一〇二四時の部分を指し示していた。彼らが出撃したのは、いまから一時間半ほど前のことである。友軍防衛線にたいして連邦軍の攻撃があり、一部が突破することに成功してしまったのだ。そのひとつを迎え撃つのが、中隊に課せられた今回の任務である。
 カールは顔をあげ、周囲の地形をチェックした。
 目前にはすでに述べた道路の盛土が存在し、左側四〇〇メートルほどの地点に、雪化粧に覆われた針葉樹の林が広がっている。道は未舗装だが車四台分ほどの幅があり、盛土の高さは五〇センチぐらいだろう。37式の車体の半分ぐらいで、遮蔽物としての役割をある程度は期待できる。
 事前情報がただしければ、道をはさんだ反対側から姿をみせる筈だ。中隊はそれらを待ち伏せし、奇襲をかける事になっている。またここにいる六両のほかに、林の北側へ第3小隊の二両が、SPW(装甲兵員輸送車)に分乗した歩兵小隊を連れて急行中だ。カールたちが敵を引きつけている間に、回り込んで挟撃するのである。
(さて、いよいよだ)
 周囲をひと通り眺めた彼は、内心でそう呟くと双眼鏡を手に取った。
 カールの軍歴はいまから四年前、開戦直後に徴兵されてから始まった。訓練のあとに戦車兵となり、連邦での戦いには当初より加わっている。
 少尉になったのは下士官への昇進後、速成の指揮官課程を修了した昨年のことであった。将校としては未熟だが、場数自体は相応に踏んでいる。緊張感や恐怖といった感情は当然あるが、彼にとって戦場はもはや、日常の一部であった。
 それからカールは双眼鏡の向きをゆっくり変えながら、変化の乏しい純白の風景を凝視した。わずかな兆候も見逃すまいと、みずからの意識を集中させる。
 努力が実を結んだのは、それから五分ほど経った頃であった。
「……来た」
 カールは呻くように声を漏らすと、通話マイクをカチリと鳴らした。
「〈パンテル21〉より〈パンテル01〉へ。一〇時方向、距離三五〇〇に敵戦車一九両を視認。時速二〇キロほどで南西方向に進みつつあり」
『確認した、すこし待て』
 すでに発見していたのか、上官の反応は素早かった。通信を終えたカールは、相手の姿をもう一度確認する。彼我の距離はまだ遠いが、双眼鏡を通してなら問題ない。
 雪原上をはしる敵戦車は、カールたちの37式とおなじ白色迷彩でその身を包んでいる。二列縦隊をくむ六両を中心に、その左右と正面に展開する四~五両ずつのグループに分かれている。車両は丸みを帯びた砲塔と、傾斜装甲をそなえた車体をもつT-33である。武装は長砲身型の七六・二ミリ砲で、中央グループは車体後部に何名かの歩兵を載せている。
(せめて)
 双眼鏡をおろしたカールの脳裏に、ふとした思いが湧きあがった。
(やって来るのは四日……いや二日後にしてほしかったな)
 中隊はもともと四個小隊と本部をあわせた、二二両が戦車の保有定数である。だが任務中の喪失や故障により、現在の兵力はその半分以下しかない。実をいえば修理中の車両が明日、何両か戻ってくる予定なのだ。
 とはいえ、その無い物ねだりを続けても仕方ない。
『〈パンテル01〉より……』
 カールは中隊長の声が聞こえると、雑念を振り払ってそちらに耳をかたむけた。ひと通りの指示が終わり、「了解」と答えた彼は無線の周波数を変えさせる。
「〈パンテル21〉より小隊各車。距離一〇〇〇で射撃開始、俺たちは敵の右翼縦隊を担当する」
 彼は部下たちに呼びかけた。「車列前方への集中射撃で、連中を混乱させる。本車と〈22〉は一両目、〈23〉は二両目を狙うこと。射撃開始の合図を待て」
『〈パンテル22〉了解』
『〈パンテル23〉了解』
 通話マイクのスイッチを切ると、カールは上半身をキューポラのなかへ潜り込ませた。それまで足場にしていたシートの、すこし上にある段差へ腰をおろす。こうすればキューポラのハッチから、顔だけを外に出すことが可能だ。
 彼はいったん視線を下げ、車内の様子を一瞥した。

 砲塔の中は二メートルほどの幅しかなく、奥行きもさほど変わらない。くわえて中央部に据え付けられた七・五センチ砲が、狭苦しさに拍車をかけている。
 乗員たちの座席は、その隙間へねじ込むように設けてあった。砲塔後部のカールから見て、左側に砲手が、右側に装填手がすわっている。残りの二名――操縦手と無線手は、車体前方の左右にそれぞれ配置されていた。
 カールは通話マイクを、車内モードにセットした。
「聞いての通りだ、距離一〇〇〇メートルで発砲する。ハンス、左翼縦隊の先頭に狙いをつけろ。ロルフ、次弾の準備はすこし待て」
『了解』
『わ、分かりました』
 すぐ近くにいる事もあり、砲手と装填手の返事は肉声でも確認できた。付き合いの長い砲手は、いつも通りで落ち着いている。いっぽうでまだ一〇代の装填手は、緊張のためか声と表情が固かった。
 すこし間を置いて、金属音とともに砲塔が旋回しはじめた。目標に狙いを定めるため、砲手が動かしているのだ。
「ハンス、距離一五〇〇を切ったら知らせてくれ」
 カールはそう言うと顔をあげ、双眼鏡を手にして車体をながめ見た。
 白色迷彩が雪原にまぎれて分かりにくいが、彼我の距離は三〇〇〇メートルといった所だろう。先ほどまでの中隊とは比べ物にならぬスピードで、滑りやすい雪上を物ともせず駆けている。
(攻撃まで、あと五分くらいか)
 カールは白い吐息をはきながら、戦闘までの残り時間をざっと計算する。
 彼我の性能を単純比較すると、残念ながら連邦のT-33が優位にある。機動力はご覧の通りなうえ、防御面でも装甲の厚みに倍近くの差が存在するのだ。どうにか拮抗しているのは、せいぜい火力ぐらいであろう。
 しばらくして、砲手が報告の声をあげる。
『目標、距離一五〇〇』
「了解」
 カールは短くそう答えた。
 多少の不安はあるものの、彼自身はさほど悲観していなかった。この状態で戦いつづけて、もう数年になるのである。
 なにより戦闘の勝敗は、カタログスペックだけで決まる物でもない。運用ドクトリンの差や兵員の質、そして指揮官の判断力によって覆すことは出来るのだ。(もちろん優れた装備があるのなら、それに越した事はない)
 視界を車内に転じたカールは、次弾を準備するよう命じた。装填手が座席から立ち上がり、しゃがみ込んで弾薬庫から目当ての砲弾を探しだす。一〇キロ以上の重みがあるそれを、彼は両手で抱えて立ち上がった。
 カールはキューポラの後ろに取り付けられた、円形ハッチに手を掛ける。
 彼は車内の座席に腰かけながら、金属製のそれをゆっくり閉じた。しっかり固定されたことを確かめたあと、キューポラの覗き窓に顔を近づけて外を見やる。
 防弾ガラスの向こう側は、いささか視界が歪んでいた。だがそれでも豆粒のような、敵戦車の群れが遮二無二前進している様子が確認できる。カールが腕時計に目をむけると、一〇三五時を過ぎたところであった。
 彼は命令が下るのを、息を殺してじっと待った。

『中隊、三連射。撃ち方はじめ』
 ヘッドフォンから号令が響いたのは、それから二分後のことであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

緋の英雄王 白銀の賢者

冴木黒
ファンタジー
「あけのえいゆうおう はくぎんのけんじゃ」と読みます。 前作「宵の太陽 白昼の月」から10年後のお話で、懐かしのキャラ達も出てきますが、前作読んでなくても読めます。 ◇◆◇あらすじ◇◆◇ ローアル王国の田舎村に住む青年ルフスはある日、神託を受けて伝説の剣を探すため、旅に出る。その道中、助けた青年ティランは自身にまつわる記憶を失っていた。ルフスとティランは成り行きから行動を共にすることになるが、行く先々で奇妙な事件に巻き込まれて…… ◇◆◇登場人物◇◆◇ ルフス(17) ローアル王国の田舎出身の青年。身長が高く、ガタイがいい。村では家業の手伝いで牛の世話をしていた。緋色の髪と同じ色の目。瞳と虹彩の色は銀。太い眉と丸くてかわいらしい形の目をしている。 性格は素直で、真っ直ぐ。穏やかで人好きのするタイプ。 巫女の神託を受け、伝説の剣を探し旅に出る。 ティラン(?) 記憶喪失で、自身にまつわることを覚えていない。気づいたら、知らない場所にいてふらふらと歩いていたところを悪漢に絡まれ、ルフスに救われる。その後はルフスと行動を共にすることに。 黒髪で、猫を思わせる吊り気味の黒目。 性格はやや打算的で、皮肉屋。 変わった口調で話す。 ※物語初めのメインはこの二人ですが、今後、ストーリーが進むにつれてキャラクターが増えていきます。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

処理中です...