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エピローグ
帰還 一二月一七日 一三五〇時
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「レーダー室より報告。一時方向、距離八海里に小型船二隻を確認。速力一五ノットでこちらに接近しつつあり」
「定期的に位置を伝えてちょうだい」
見張り員の声が艦橋に響いたあと、座席にすわるホレイシア・ヒース中佐はそう指示した。彼女の右腕はすっかり回復し、三角巾をはずして自由に動かせるまでになっている。
連邦へたどり着いたNA一七船団のフネたちは、その後の数日間を貨物の積み下ろしや補給に費やした。いっぽうで随行していた第一〇一護衛戦隊の各艦のうち、帝国軍艦隊との戦いで損傷した駆逐艦四隻は修理がおこなわれる。『本格的な復旧は帰国後に』との決定から、作業はあくまで応急――船体の破孔を鋼板で無理やり塞ぐ程度であったものの、それでも完了まで一〇日以上を要する事となってしまった。
船団が帰路につくべく出港したのは、一二月八日のことであった。
激しい妨害を受けた往路と違い、彼/彼女らはまったく敵と遭遇することなく進みつづけた。帝国側は損耗した戦力を回復させるべく、当該海域における作戦行動をすべて停止させたからであった。悪天候との戦いは相変わらずであったが、戦わずに済むだけ百倍マシというものだ。
第一〇一戦隊と船団は出港から八日後、一二月一六日に王国の勢力圏へ無事はいることに成功した。同日中にコルベット六隻からなる部隊と合流し、戦隊は彼らに護衛を引き継いで苦楽を共にした船団へ別れを告げる。
その後、戦隊は本格的な修理を受けるべく、母港であるノースポートを目指して航行をつづけた。波は高いが作戦海域と比べればずっと穏やかで、気温も『我慢』できるレベルで温かい。〈リヴィングストン〉は僚艦たちと単縦陣を組み、一二ノットの比較的ゆっくりとした速度で洋上を進んでいた。
不意に、ホレイシアが海図台のほうへ目をやった。
「リチャード、港まであとどの位かしら?」
「計算が正しければ、距離は一五海里ほどです」
上官の質問に、リチャード・アーサー少佐は海図を一瞥してそう答えた。彼は戦死した航海長の代理をつとめており、なおかつ現在の当直士官を担当している。
「このまま進めば、あと一時間半で入港できると思われます」
「懐かしの祖国まで、あと少しというわけね」
ホレイシアが明るい口調でそう呟くと、リチャードはニヤリとした表情で言った。
「帰国も嬉しいですが、自分はそれよりパーティのほうが待ち遠しいですな」
「はいはい。良いお店を準備しておくわ」
上官の返しに、リチャードは楽しみにしておきますと答えた。何人かの将兵が、その様子を見て笑っている。帰還後にパーティを開くという、ホレイシアが以前いった約束をみな楽しみにしているのだ。
直後に、見張り員から小型船を目視したとの報告がつたえられた。
「あのボート、一体なんのつもりかしら?」
ホレイシアは右腕をかざし、洋上はるかを見つめながらそう言った。
小型船は王国海軍が採用している、沿岸哨戒用のモーターボートであった。既に発見から一〇分ほど経過したが、三〇ノットちかくの高速で〈リヴィングストン〉へと向かっている。彼我の距離は、まもなく一海里を切ろうとしていた。
リチャードは双眼鏡を手にして、ボートの様子を確認した。駆逐艦の四分の一ほどしかない、小さなフネが洋上を疾駆している。そのうちにボートは減速をはじめ、〈リヴィングストン〉の手前――その針路上からわずかに右舷側へ逸れた地点で停止したのが見えた。
彼はしばらくして、ボートの新しい動きを確認した。
「乗組員が甲板に出てきました、全員こちらを見ていますね。……ん?」
「どうしたの?」
ホレイシアが尋ねると、リチャードは双眼鏡を下して振り向いた。
「……もしかすると、艦長もご存じの人たちかもしれないですよ」
ホレイシアはそれを聞くと、怪訝な表情で立ち上がって海図台のほうへ歩いていった。リチャードの隣に立つと、双眼鏡を構えてボートのほうを見る。彼女の表情はたちまちのうち、驚きと喜びがない交ぜとなったものになる。
拡大された視界に映る乗組員たちは、〈リヴィングストン〉と同じく女性であった。彼女たちはこちらを向いて、さかんに手を振っている。確証はないがもしかすると、ホレイシアが以前に指揮していた哨戒部隊の隊員たちかもしれなかった。彼女はボートからの声援に応えるべく、各艦へ減速するよう指示をだした。
〈リヴィングストン〉は速度を落としながら、少しずつボートへ近づいていった。距離が狭まると彼女たちの歓声が聞こえはじめ、艦橋要員の何人かもボートに向かって思い思いに呼びかける。
リチャードはその横で双眼鏡を構え続けていたが、しばらくしてボートに新たな動きがあるのを認めた。乗組員のひとりが両手にもった旗を振り、〈リヴィングストン〉にむけて信号を送っている。彼はその内容を読み取って上官に伝えた。
「お疲れ様でした、だそうですよ」
ホレイシアは無言のままだったが、双眼鏡をおろしてボートのいるほうをじっと見つめた。そして他の将兵たちと同じように、満面の笑顔で手を振り始める。〈リヴィングストン〉とボートの距離はいま、一〇メートルほどしかはなれていなかった。
〈リヴィングストン〉はその横を通り過ぎると、そのままゆっくり進んでいった。ボートのほうは依然として停船を続けており、後方の〈レスリー〉などに呼び声を向けている。その様子をホレイシアは見つめていたが、副長にむかってポツリを呟いた。
「リチャード」
「……? どうしましたか?」
「なんだか、ちょっと恥ずかしくなってきたわ」
そう言ったホレイシアの頬は赤く、口元は僅かに緩んでいた。リチャードは嬉しげな様子の上官を何秒かみつめると、思わず微笑んでこう返す。
「もう少し、正直になってもいいと思いますよ?」
多少のいたずら心は含まれているものの、その言葉は、指揮官として申し分のない功績をあげた上官に対する正直な意見であった。それを聞いたホレイシアは、何を言っているのかという風に頬を膨らませる。
だが、その表情は喜びに満ちあふれていた。
「定期的に位置を伝えてちょうだい」
見張り員の声が艦橋に響いたあと、座席にすわるホレイシア・ヒース中佐はそう指示した。彼女の右腕はすっかり回復し、三角巾をはずして自由に動かせるまでになっている。
連邦へたどり着いたNA一七船団のフネたちは、その後の数日間を貨物の積み下ろしや補給に費やした。いっぽうで随行していた第一〇一護衛戦隊の各艦のうち、帝国軍艦隊との戦いで損傷した駆逐艦四隻は修理がおこなわれる。『本格的な復旧は帰国後に』との決定から、作業はあくまで応急――船体の破孔を鋼板で無理やり塞ぐ程度であったものの、それでも完了まで一〇日以上を要する事となってしまった。
船団が帰路につくべく出港したのは、一二月八日のことであった。
激しい妨害を受けた往路と違い、彼/彼女らはまったく敵と遭遇することなく進みつづけた。帝国側は損耗した戦力を回復させるべく、当該海域における作戦行動をすべて停止させたからであった。悪天候との戦いは相変わらずであったが、戦わずに済むだけ百倍マシというものだ。
第一〇一戦隊と船団は出港から八日後、一二月一六日に王国の勢力圏へ無事はいることに成功した。同日中にコルベット六隻からなる部隊と合流し、戦隊は彼らに護衛を引き継いで苦楽を共にした船団へ別れを告げる。
その後、戦隊は本格的な修理を受けるべく、母港であるノースポートを目指して航行をつづけた。波は高いが作戦海域と比べればずっと穏やかで、気温も『我慢』できるレベルで温かい。〈リヴィングストン〉は僚艦たちと単縦陣を組み、一二ノットの比較的ゆっくりとした速度で洋上を進んでいた。
不意に、ホレイシアが海図台のほうへ目をやった。
「リチャード、港まであとどの位かしら?」
「計算が正しければ、距離は一五海里ほどです」
上官の質問に、リチャード・アーサー少佐は海図を一瞥してそう答えた。彼は戦死した航海長の代理をつとめており、なおかつ現在の当直士官を担当している。
「このまま進めば、あと一時間半で入港できると思われます」
「懐かしの祖国まで、あと少しというわけね」
ホレイシアが明るい口調でそう呟くと、リチャードはニヤリとした表情で言った。
「帰国も嬉しいですが、自分はそれよりパーティのほうが待ち遠しいですな」
「はいはい。良いお店を準備しておくわ」
上官の返しに、リチャードは楽しみにしておきますと答えた。何人かの将兵が、その様子を見て笑っている。帰還後にパーティを開くという、ホレイシアが以前いった約束をみな楽しみにしているのだ。
直後に、見張り員から小型船を目視したとの報告がつたえられた。
「あのボート、一体なんのつもりかしら?」
ホレイシアは右腕をかざし、洋上はるかを見つめながらそう言った。
小型船は王国海軍が採用している、沿岸哨戒用のモーターボートであった。既に発見から一〇分ほど経過したが、三〇ノットちかくの高速で〈リヴィングストン〉へと向かっている。彼我の距離は、まもなく一海里を切ろうとしていた。
リチャードは双眼鏡を手にして、ボートの様子を確認した。駆逐艦の四分の一ほどしかない、小さなフネが洋上を疾駆している。そのうちにボートは減速をはじめ、〈リヴィングストン〉の手前――その針路上からわずかに右舷側へ逸れた地点で停止したのが見えた。
彼はしばらくして、ボートの新しい動きを確認した。
「乗組員が甲板に出てきました、全員こちらを見ていますね。……ん?」
「どうしたの?」
ホレイシアが尋ねると、リチャードは双眼鏡を下して振り向いた。
「……もしかすると、艦長もご存じの人たちかもしれないですよ」
ホレイシアはそれを聞くと、怪訝な表情で立ち上がって海図台のほうへ歩いていった。リチャードの隣に立つと、双眼鏡を構えてボートのほうを見る。彼女の表情はたちまちのうち、驚きと喜びがない交ぜとなったものになる。
拡大された視界に映る乗組員たちは、〈リヴィングストン〉と同じく女性であった。彼女たちはこちらを向いて、さかんに手を振っている。確証はないがもしかすると、ホレイシアが以前に指揮していた哨戒部隊の隊員たちかもしれなかった。彼女はボートからの声援に応えるべく、各艦へ減速するよう指示をだした。
〈リヴィングストン〉は速度を落としながら、少しずつボートへ近づいていった。距離が狭まると彼女たちの歓声が聞こえはじめ、艦橋要員の何人かもボートに向かって思い思いに呼びかける。
リチャードはその横で双眼鏡を構え続けていたが、しばらくしてボートに新たな動きがあるのを認めた。乗組員のひとりが両手にもった旗を振り、〈リヴィングストン〉にむけて信号を送っている。彼はその内容を読み取って上官に伝えた。
「お疲れ様でした、だそうですよ」
ホレイシアは無言のままだったが、双眼鏡をおろしてボートのいるほうをじっと見つめた。そして他の将兵たちと同じように、満面の笑顔で手を振り始める。〈リヴィングストン〉とボートの距離はいま、一〇メートルほどしかはなれていなかった。
〈リヴィングストン〉はその横を通り過ぎると、そのままゆっくり進んでいった。ボートのほうは依然として停船を続けており、後方の〈レスリー〉などに呼び声を向けている。その様子をホレイシアは見つめていたが、副長にむかってポツリを呟いた。
「リチャード」
「……? どうしましたか?」
「なんだか、ちょっと恥ずかしくなってきたわ」
そう言ったホレイシアの頬は赤く、口元は僅かに緩んでいた。リチャードは嬉しげな様子の上官を何秒かみつめると、思わず微笑んでこう返す。
「もう少し、正直になってもいいと思いますよ?」
多少のいたずら心は含まれているものの、その言葉は、指揮官として申し分のない功績をあげた上官に対する正直な意見であった。それを聞いたホレイシアは、何を言っているのかという風に頬を膨らませる。
だが、その表情は喜びに満ちあふれていた。
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