【改訂版】乙女の海上護衛戦記

野口健太

文字の大きさ
21 / 23
第六章 旅路は続く

戦いの後で     一一月一四日(航海一〇日目) 〇〇五〇時

しおりを挟む
 扉を叩くかたい音が、艦内の狭い廊下に響き渡った。
「艦長、少しよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
 リチャード・アーサー少佐は失礼しますと言い添えると、ドアノブをまわして艦長室へ入っていった。
 駆逐艦〈リヴィングストン〉の艦橋構造物はあちこち被弾していたが、最下層に位置するここは奇跡的に無傷であった。戦闘中のはげしい機動でしばらく散らかっていたものの、部下たちの手によって綺麗に片づけられている。
 部屋のあるじであるホレイシア・ヒース中佐は制服姿のまま、従兵に付き添われて奥にあるベッドで横になっていた。
 三角巾で吊られた上官の右腕を一瞥したあと、リチャードは目線を逸らして言った。
「申し訳ありません。いくつか報告する事ができまして、こちらに伺わせていただきました」
「気にしなくていいわ」
 ホレイシアはそう答えると、従兵のほうを見た。
「しばらく外で待っていてちょうだい。何かあったら呼ぶわ」
 彼女は従兵が退出すると、副長へ座るよう促した。リチャードはコートを脱いで書類ケースを手にすると、ベッドの横にある椅子へ腰をおろす。
 NA一七船団の殲滅をもくろむ、帝国艦隊との戦闘はホレイシアたちに優位となった。来援した第一〇戦隊の重巡二隻と協同し、彼らの退路を断ちつつ射撃をおこなったのである。包囲された敵は最終的に南方への離脱をはかり、駆逐艦一隻の沈没を引き換えとしてこれに成功する。だが帝国艦隊は手痛い損害を被ったうえ、船団襲撃を諦めた彼らの敗北は明らかであった。
 かろうじて勝利をもぎ取った後、ホレイシアは船団本隊へその旨を連絡。同行を申し出た第一〇戦隊とともに、合流を図るべく移動を開始した。現在は速力一二ノットで、北に針路をとって進んでいる。
「いい知らせと悪い知らせがあります」リチャードがおもむろに口をひらいた。「まずいい知らせのほうですが、機関長からエンジンの調整に目途がついたそうです」
 副長の言葉に、ホレイシアは笑みを浮かべる。
「ありがたいわ。ここまで来て、フネを捨てたくは無いものね」
 ホレイシアがそう言うと、リチャードも「そうですね」と答えて頷いた。
 〈リヴィングストン〉のエンジンは全力運転による負荷の影響で、戦闘終了の直後から各所で不具合が生じていた。機関科員たちは航行のため運転を続けながら、これを克服すべく奮闘していたのである。また艦内では損傷の修理や排水といった復旧作業を、手すきの将兵たちが必死の思いでおこなっていた。
「機関長の話では完全に直ったわけではないものの、それでも連邦にたどり着くまではなんとか持つそうです。引き続き、エンジンの保守・点検に全力を挙げるとの事でした」
「了解よ、機関長に宜しく頼むとつたえてちょうだい」
 ホレイシアはリチャードの説明にそう答えるが、次の瞬間、彼女は眉間にしわを寄せて不安そうな顔をした。
「それで、悪い話のほうは?」
 リチャードは一瞬ためらった後、書類ケースから一枚の紙を取り出した。
「各艦の具体的な被害状況がまとまりました。こちらが報告書になります」
 リチャードはそういうと、書類を上官に手渡した。受け取ったホレイシアは時間をかけてその内容を確認し、読みすすめるにつれて表情がどんどん暗くなっていく。作業を終えたあと、彼女は書類をシーツの上に置いてリチャードのほうを見た。
「……副長、後ろの戸棚にシガレットケースがあるわよね?」
 リチャードが立ち上がって小さな棚を覗くと、そこには見覚えのある小さな銀色のケースがあった。リチャードは扉をあけてそれを手に取り、中から葉巻を取り出して灰皿と一緒にホレイシアへ渡す。
 彼女はリチャードに葉巻へ火を着けてもらい、天井のほうを見てポツリと呟いた。
「部下たちを、たくさん死なせてしまったわね」
 上官の放った言葉に、リチャードは無言でただ頷く。
 今回の戦闘で第一〇一護衛戦隊が被った人的被害は、総合すると以下の通りとなっていた。ただし〈レックス〉については、それ以前の対潜戦闘による負傷者も含まれる。
〈リヴィングストン〉
 戦死一六、重傷一一、軽傷二五。航海長戦死。
〈レックス〉
 戦死二五、重傷一〇、軽傷一七。艦長、航海長、水雷長、砲術長戦死。
〈ローレンス〉
 戦死五、重傷八、軽傷一八。幹部士官に戦死者なし。
 戦死者数に目をむけると、戦隊は四六名の将兵をこの戦いで失っていた。重軽あわせて八九名におよぶ負傷者も、生き残ったことを素直に喜べる状態にはない。体の一部を失ったり、一生消すことのできぬ酷い傷を負ったりした者が大勢いるからだ。医務室――および臨時の救護所となった士官室で、彼女たちの多くはいまも治療を受けつづけている。そして重傷者のなかには、明日の朝日を拝めるか分からぬ者も含まれていた。
 ホレイシアはシーツの上に灰皿を置き、葉巻の灰を落とすとふたたび咥えた。口から紫煙が吐き出され、白い筋となって上のほうにゆらゆらと伸びていく。
 彼女は虚ろな表情で、その煙をぼんやりと眺め続けた。

 しばらくするとホレイシアは顔をうつむかせ、溜息をつくとリチャードに呼びかけた。
「副長」
「はい」
 彼女はかすかに震える声で尋ねた。
「私の指揮は、果たして妥当なものだったのかしら?」
「それは……」
 リチャードはそう言いかけると、上官の顔をまじまじと見つめた。未練と後悔に満たされた、ホレイシアの表情は今にも泣きそうである。彼女の口元は固く閉ざされ、何かをこらえるかのように両端が歪んでいた。書類上とはいえ、勝利の代償をまざまざと見せつけられたのだから無理もない。
「副長?」
 どう答えるか逡巡している部下に、ホレイシアはふたたびそう呟く。リチャードは少し間を置き、意を決するとゆっくり口を開き始めた。
「確かに、細かい部分でいくつか問題はあったと思います」彼は話を続けた。「ですが、戦隊は優勢とはいえない状況下で敢闘し、雷撃を成功させたうえに帝国軍艦隊を撃退することも出来ました。少なくとも友軍到着までの間、敵を足止めした点は大きく評価されるべきでしょう」
 副長の熱弁を、ホレイシアは葉巻を手にじっと聞き入っていた。
「よって自分といたしましては、艦長の判断に間違いはなかったと考える次第です。賞賛を受けこそすれ、批判を浴びるいわれは全くございません」
 語るべきことを語り終えたリチャードは、コホンと咳払いして上官の顔を見据えた。
 ホレイシアは彼と目を合わせず、うつむいたまま手元の葉巻をじっと見つめていた。しばらくそのままでいた後、おもむろにそれを咥えて深々と息を吸う。大量の煙を吐き出すと、困惑した表情で彼女はリチャードのほうを向いた。
 彼女は小さな声で言った。
「……本当に、あれで良かったのかしら?」
「はい」
「そうハッキリ言われると、ちょっと恥ずかしくなるわね」ホレイシアは苦笑する。「でも、ありがとう」
 彼女はそういうと、葉巻を灰皿に押し付けて火を消した。吸い殻を載せた灰皿をリチャードに渡し、戸棚へ戻すよう頼む。
 立ち上がった副長へ、ホレイシアは恥ずかしそうに言った。
「貴方には、いろいろと教えられてばかりね。私にとっては先生みたいなものだわ」
「本職の方に、そういわれるのは嬉しいですね」
戸棚の扉を開けながら、リチャードは答えた。
「ですが、まだまだ未熟者ですよ」
 リチャードはそう呟いて扉を閉めると、椅子のほうに戻って腰かけて話を続けた。
「それに、しょせん自分はただの副長。部下として扱っていただければ、それで十分です」
 ホレイシアは副長の言葉を聞くと、照れくさそうに頷きながら言った。
「分かったわ、副長。……いえ、リチャード」
「やっと、名前で呼んでくれましたね」リチャードはニコリと笑った。「これでようやく戦隊の一員、仲間として認めてもらえたような気がしますよ」
「別に、除け者にしていたつもりじゃないわよ」
 ホレイシアはばつの悪そうな顔をしたが、すぐに頬を緩ませた。リチャードもそれにつられ、室内に二人の笑い声がこだまする。しばらくして声がやむと、ホレイシアは質問を投げかけてきた。
「さて。船団との合流は、いつ頃になりそうかしら?」
「針路等に間違いがなければ、〇三〇〇時前後の予定です」
 リチャードが答えると、ホレイシアは頷いて言った。
「じゃあ、三〇分前になったら読んでちょうだい。大事な瞬間に、指揮官が寝たきりでいる訳にはいかないわ」
「了解しました」
 リチャードはそう答えると、立ち上がってベッドに横たわる上官へ敬礼する。それが終わると踵をかえし、退出すべく出入口のほうへと向かっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...