56 / 59
腐れ大学生の家賃調達編
第55話 FAHRENHEIT 451
しおりを挟む
「最初に言っとくけど、今からやる方法は、ちゃんとしたやり方じゃないからね」
そう前置きしてからバイリィは続けた。
「しっかり符を読んで、作品全体の想像図を構築するのが正規のやり方。その想像図を神様に伝える感じで、題名を読み上げて、文字をお焚き上げするの。そうすると、神様たちに内容が伝わる。で、魔術が発動って流れ」
「ふむ」
「でも、あたしはこの符を読めないから、簡易的な方法を使う。イナバ。この作品って、どんな話?」
「それは、この作品の概要を伝えればいいのか?」
「それでもいいけど、イナバが読んで思ったことのほうがいいかな」
そう言われると、言葉に詰まった。
なんせ、読んだのは随分前のことであったし、そもそも私は作品を読んで感想をうまくアウトプットできるタイプの人間ではない。
「なんでもいいよ。とにかく、この作品を読んで思い浮かんだことをいくつか教えて」
「……文学の反逆。瞬間的な享楽。未来への示唆。娯楽に対するアンチテーゼ」
言ってから、これは駄目だと自分でも思った。
現世の人間など誰も居ないというのに、当たり障りのない、取ってつけたような感想を述べていたのだ。
バイリィは苦い顔をしていた。
「むずかしい。いまいちわかんないな。もうちょっと……具体的な画はない?」
今度は素直に、一番脳裏に焼き付いたものを吐き出すことにした。
「永久運動たる炎の美しさ」
それが、『華氏451度』が私に与えたイメージだった。
現代に対する警句だとか、瞬間的な享楽が与える刹那の人間性だとか、そういったいかにも文学的な感想は、後で社会性が取ってつけたものだ。
本当のところ、私はこの作品に炎の美しさしか教わっていない。
まずは本を焼き尽くす恐ろしい業火。そして、反逆者たちが囲む暖かな焚き火。炎は常に主人公と同じ立場を歩んでいた。
『物語』を終わらせる炎が、最後には『物語』を生む焚き火へと立場を移す。そこに私はなんともいえぬ美しさを感じたのである。
「それ、いいね」
バイリィが得心がいったように笑った。
「じゃあその画でいこう。この符の題名はなに?」
日本語だと格好がつかないような気がしたので、私は『華氏451度』の表紙裏を見て、原題を確認した。
「『FAHRENHEIT 451』」
「当たり前なんだけど、全然言葉が違うね」
聞き慣れない横文字だったためか、バイリィは口の中でもにょもにょと復唱し、舌に言葉を覚えさせようとしていた。
彼女は反復練習を繰り返しながら、少し離れたアスファルトに小石を並べて、小さな円陣を作る。魔術の発生ポイントの目印なんだろうと思った。
「うん。覚えた」
バイリィが顔を上げたのと、円陣が完成したのはほぼ同時だった。
「じゃあ、いよいよ魔術を使うね」
「よしきた」
「魔術は一回こっきりだからね! 見逃しちゃあ駄目だよ!」
さてさて、いよいよ現世の書物を使った魔術の実験開始だ。
鬼が出るか蛇が出るか。業火が起こるか風前の灯火か。
私は内心どきどきしながらバイリィの魔術行使を見守った。
彼女は『華氏451度』の表紙に手をかざし、題名を指でなぞる。呼吸を止める。円陣に焦点を合わせる。
そして、叫んだ。
「『FAHRENHEIT 451』!」
瞬間。
橙の爆炎が空に向かって屹立した。
円陣を火元として巻き上がったそれは、例えるなら炎の塔であった。
内炎が踊るように上空へ伸びていき、外炎はそれを覆うように、時折枝毛のように先別れしながら螺旋を描く。炎と空気の境目には、薄いオレンジ色の靄がかかった。
不純物を一切取り込んでいないせいか、その炎は純粋な暖色の色を輝かせていた。周囲の酸素を燃やしながら、空へ空へと舞い上がる。『監獄』の背丈をゆうに越す
ちりちりと、肌が焼けるような熱を感じた。
「きれい」
「そうだな」
炎の塔はしばらく、空気を求めて拡散しながら踊っていた。だが、突然、冷や水を浴びせかけられたかのように——いや、違う、自ずから終わりを望むかのように収縮し始め、みるみるうちに小さくなった。
最後には、手を近づけなければその熱を感じ取ることができなくなるくらいに、縮んでしまった。炎の塔は、身近な焚き火へと姿を変えた。
そして、それすらも、わずかな時間めらめら燃えただけだった。
炎は跡形もなく消えてしまい、わずかに熱を帯びた空気だけが残った。円陣の石が、業火の証拠として黒く焦げていた。
「これで、終わりか?」
あまりに呆気ない終末に、思わず私はそう尋ねた。
「そうね」
バイリィは手元に残った『華氏451度』の中身を見てから答えた。
「これで終わりみたい」
かくして、記念すべき初回の実験は終わった。
そう前置きしてからバイリィは続けた。
「しっかり符を読んで、作品全体の想像図を構築するのが正規のやり方。その想像図を神様に伝える感じで、題名を読み上げて、文字をお焚き上げするの。そうすると、神様たちに内容が伝わる。で、魔術が発動って流れ」
「ふむ」
「でも、あたしはこの符を読めないから、簡易的な方法を使う。イナバ。この作品って、どんな話?」
「それは、この作品の概要を伝えればいいのか?」
「それでもいいけど、イナバが読んで思ったことのほうがいいかな」
そう言われると、言葉に詰まった。
なんせ、読んだのは随分前のことであったし、そもそも私は作品を読んで感想をうまくアウトプットできるタイプの人間ではない。
「なんでもいいよ。とにかく、この作品を読んで思い浮かんだことをいくつか教えて」
「……文学の反逆。瞬間的な享楽。未来への示唆。娯楽に対するアンチテーゼ」
言ってから、これは駄目だと自分でも思った。
現世の人間など誰も居ないというのに、当たり障りのない、取ってつけたような感想を述べていたのだ。
バイリィは苦い顔をしていた。
「むずかしい。いまいちわかんないな。もうちょっと……具体的な画はない?」
今度は素直に、一番脳裏に焼き付いたものを吐き出すことにした。
「永久運動たる炎の美しさ」
それが、『華氏451度』が私に与えたイメージだった。
現代に対する警句だとか、瞬間的な享楽が与える刹那の人間性だとか、そういったいかにも文学的な感想は、後で社会性が取ってつけたものだ。
本当のところ、私はこの作品に炎の美しさしか教わっていない。
まずは本を焼き尽くす恐ろしい業火。そして、反逆者たちが囲む暖かな焚き火。炎は常に主人公と同じ立場を歩んでいた。
『物語』を終わらせる炎が、最後には『物語』を生む焚き火へと立場を移す。そこに私はなんともいえぬ美しさを感じたのである。
「それ、いいね」
バイリィが得心がいったように笑った。
「じゃあその画でいこう。この符の題名はなに?」
日本語だと格好がつかないような気がしたので、私は『華氏451度』の表紙裏を見て、原題を確認した。
「『FAHRENHEIT 451』」
「当たり前なんだけど、全然言葉が違うね」
聞き慣れない横文字だったためか、バイリィは口の中でもにょもにょと復唱し、舌に言葉を覚えさせようとしていた。
彼女は反復練習を繰り返しながら、少し離れたアスファルトに小石を並べて、小さな円陣を作る。魔術の発生ポイントの目印なんだろうと思った。
「うん。覚えた」
バイリィが顔を上げたのと、円陣が完成したのはほぼ同時だった。
「じゃあ、いよいよ魔術を使うね」
「よしきた」
「魔術は一回こっきりだからね! 見逃しちゃあ駄目だよ!」
さてさて、いよいよ現世の書物を使った魔術の実験開始だ。
鬼が出るか蛇が出るか。業火が起こるか風前の灯火か。
私は内心どきどきしながらバイリィの魔術行使を見守った。
彼女は『華氏451度』の表紙に手をかざし、題名を指でなぞる。呼吸を止める。円陣に焦点を合わせる。
そして、叫んだ。
「『FAHRENHEIT 451』!」
瞬間。
橙の爆炎が空に向かって屹立した。
円陣を火元として巻き上がったそれは、例えるなら炎の塔であった。
内炎が踊るように上空へ伸びていき、外炎はそれを覆うように、時折枝毛のように先別れしながら螺旋を描く。炎と空気の境目には、薄いオレンジ色の靄がかかった。
不純物を一切取り込んでいないせいか、その炎は純粋な暖色の色を輝かせていた。周囲の酸素を燃やしながら、空へ空へと舞い上がる。『監獄』の背丈をゆうに越す
ちりちりと、肌が焼けるような熱を感じた。
「きれい」
「そうだな」
炎の塔はしばらく、空気を求めて拡散しながら踊っていた。だが、突然、冷や水を浴びせかけられたかのように——いや、違う、自ずから終わりを望むかのように収縮し始め、みるみるうちに小さくなった。
最後には、手を近づけなければその熱を感じ取ることができなくなるくらいに、縮んでしまった。炎の塔は、身近な焚き火へと姿を変えた。
そして、それすらも、わずかな時間めらめら燃えただけだった。
炎は跡形もなく消えてしまい、わずかに熱を帯びた空気だけが残った。円陣の石が、業火の証拠として黒く焦げていた。
「これで、終わりか?」
あまりに呆気ない終末に、思わず私はそう尋ねた。
「そうね」
バイリィは手元に残った『華氏451度』の中身を見てから答えた。
「これで終わりみたい」
かくして、記念すべき初回の実験は終わった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。
彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる