37 / 59
腐れ大学生の物見遊山編
第36話 オーベヤ・オベヤ
しおりを挟む
喫煙者が時間を潰すとなれば、煙草に火をつけて、煙をぼんやり眺めながら妄想に耽るものだ。
だが、さすがにこの立派な庭園を、発がん性物質とタールで汚すのは憚られる。なけなしの良心に従った私は、結局、煙草を咥えて火はつけず、喫煙気分だけを味わいながら、庭をうろうろと歩いて暇を潰した。
そうこうしているうちに、あばら家の玄関口が、ガタガタと音を立てて開いた。
バイリィだった。
「ごめん。暇させた」
彼女の服装はいつもと違った。とは言ってもマイナーチェンジくらいの差異である。
いつもの浴衣のような黄色地の服に、蝶の羽のように薄い羽織を一枚肩にかけているだけだ。着こなしが雑なので、恐らくケンネが無理矢理着せたものであるという推測がつく。
「あれ、今日は、なんか、いつもと格好が違うね」
彼女は、私を見るなりそう言った。
お偉いさんの家に行くともなれば、ある程度の礼を携えていかねばなるまい。
ということで、本日の私はスーツ姿であった。
入学式やバイトの面接くらいでしか着たことがないので、首元は苦しいし、動きづらいしで良いことがない。だが、それなりにフォーマルな印象を与えることには成功したようである。
「私の世界の、ちゃんとした服だ」
「そんなの気にしないでいいのに。あたし、これよ?」
ラフな格好という自覚はあるのか、彼女は袖をひらひらさせながら言った。
背景のあばら家と合わせて彼女を見ると、とても立派な血を引く家の娘には思えない。農家の三女くらいのフレンドリーさである。
だからこそ、話しやすくて助かっているのだが。
「まぁ、奥へ奥へ」
バイリィが私の手を引いて、中へと勧めた。
「お邪魔します」
靴を脱ぐスペースがないため、私は土足のまま中へと入る。
外観通り、中はそこまで広くはなかった。入ってすぐに廊下があり、奥と左右に部屋があった。
戸はないが、布で内部が見えないように隠されていた。
左の部屋から、ケンネの、「ああ!」という嘆きの声と、ドタバタと騒がしい音が聞こえてくる。どうやら、彼女は今頃片付けに躍起になっているらしい。
私は奥の部屋へと案内された。歩くたびに、廊下の床板からギシギシと音が鳴る。
「ここが、お客さんをもてなす部屋!」
たどり着いたのは、大きな丸い机が、中央にでんと置かれた部屋だった。
中華料理屋のテーブルを彷彿とさせる机の周りには、それぞれデザインも大きさもまったく違う椅子がいくつか並んでいる。
これを一人で作り上げたということは、素直に称賛に値する。魔術の力があるにせよ、生半可な努力ではあるまい。幼少期の頃、近所の空き地に秘密基地づくりをしたことはあるからこそ、彼女の頑張りがより一層理解できた。
だが、なのだが。
「バイリィ……」
正直言って、きったねぇ。
ケンネが手を焼く理由が、わかった気がした。
机や椅子の上には、書き散らしと思しき符の数々が散らばっていて、尻を落ち着かせる場所がない。
壁の端には棚もあるが、そこも符を詰め込まれてぐしゃぐしゃ。インクの黒い染みが家具や床のあちこちについていて、模様のようになっている。床は当然、雑貨とゴミで溢れていた。
坂口安吾の汚部屋を彷彿とさせる混沌ぶりである。クリエイターらしいと言えば、そうなのだが。
「いや、この部屋、きれいなほうだから!」
バイリィは焦り顔でそう弁明するが、客間でこの有様ということは、私室は一体、どんなことになっているのだろう。新種の生物でも生まれ落ちているのではなかろうか。
「まぁ、座ってよ」
彼女はそう言って、椅子の上に積み重なった符を机の端に移動させ、なんとか人が座れるスペースを作った。私は、おずおずとそこに腰掛ける。
机の前にも符は積み上げられていて、少しでも触れたら雪崩が起きそうであった。
バイリィは言った。
「イナバは、そこで待ってて! 今、お茶とお菓子の準備してくるから!」
彼女はそう言い残して、部屋を出た。
またも、待ちぼうけである。
しかし、少しでも身動きすれば二次被害が起きかねないこんな状況で待たされるくらいなら、外で待っていたほうが遥かにマシだったなと、私は思った。
だが、さすがにこの立派な庭園を、発がん性物質とタールで汚すのは憚られる。なけなしの良心に従った私は、結局、煙草を咥えて火はつけず、喫煙気分だけを味わいながら、庭をうろうろと歩いて暇を潰した。
そうこうしているうちに、あばら家の玄関口が、ガタガタと音を立てて開いた。
バイリィだった。
「ごめん。暇させた」
彼女の服装はいつもと違った。とは言ってもマイナーチェンジくらいの差異である。
いつもの浴衣のような黄色地の服に、蝶の羽のように薄い羽織を一枚肩にかけているだけだ。着こなしが雑なので、恐らくケンネが無理矢理着せたものであるという推測がつく。
「あれ、今日は、なんか、いつもと格好が違うね」
彼女は、私を見るなりそう言った。
お偉いさんの家に行くともなれば、ある程度の礼を携えていかねばなるまい。
ということで、本日の私はスーツ姿であった。
入学式やバイトの面接くらいでしか着たことがないので、首元は苦しいし、動きづらいしで良いことがない。だが、それなりにフォーマルな印象を与えることには成功したようである。
「私の世界の、ちゃんとした服だ」
「そんなの気にしないでいいのに。あたし、これよ?」
ラフな格好という自覚はあるのか、彼女は袖をひらひらさせながら言った。
背景のあばら家と合わせて彼女を見ると、とても立派な血を引く家の娘には思えない。農家の三女くらいのフレンドリーさである。
だからこそ、話しやすくて助かっているのだが。
「まぁ、奥へ奥へ」
バイリィが私の手を引いて、中へと勧めた。
「お邪魔します」
靴を脱ぐスペースがないため、私は土足のまま中へと入る。
外観通り、中はそこまで広くはなかった。入ってすぐに廊下があり、奥と左右に部屋があった。
戸はないが、布で内部が見えないように隠されていた。
左の部屋から、ケンネの、「ああ!」という嘆きの声と、ドタバタと騒がしい音が聞こえてくる。どうやら、彼女は今頃片付けに躍起になっているらしい。
私は奥の部屋へと案内された。歩くたびに、廊下の床板からギシギシと音が鳴る。
「ここが、お客さんをもてなす部屋!」
たどり着いたのは、大きな丸い机が、中央にでんと置かれた部屋だった。
中華料理屋のテーブルを彷彿とさせる机の周りには、それぞれデザインも大きさもまったく違う椅子がいくつか並んでいる。
これを一人で作り上げたということは、素直に称賛に値する。魔術の力があるにせよ、生半可な努力ではあるまい。幼少期の頃、近所の空き地に秘密基地づくりをしたことはあるからこそ、彼女の頑張りがより一層理解できた。
だが、なのだが。
「バイリィ……」
正直言って、きったねぇ。
ケンネが手を焼く理由が、わかった気がした。
机や椅子の上には、書き散らしと思しき符の数々が散らばっていて、尻を落ち着かせる場所がない。
壁の端には棚もあるが、そこも符を詰め込まれてぐしゃぐしゃ。インクの黒い染みが家具や床のあちこちについていて、模様のようになっている。床は当然、雑貨とゴミで溢れていた。
坂口安吾の汚部屋を彷彿とさせる混沌ぶりである。クリエイターらしいと言えば、そうなのだが。
「いや、この部屋、きれいなほうだから!」
バイリィは焦り顔でそう弁明するが、客間でこの有様ということは、私室は一体、どんなことになっているのだろう。新種の生物でも生まれ落ちているのではなかろうか。
「まぁ、座ってよ」
彼女はそう言って、椅子の上に積み重なった符を机の端に移動させ、なんとか人が座れるスペースを作った。私は、おずおずとそこに腰掛ける。
机の前にも符は積み上げられていて、少しでも触れたら雪崩が起きそうであった。
バイリィは言った。
「イナバは、そこで待ってて! 今、お茶とお菓子の準備してくるから!」
彼女はそう言い残して、部屋を出た。
またも、待ちぼうけである。
しかし、少しでも身動きすれば二次被害が起きかねないこんな状況で待たされるくらいなら、外で待っていたほうが遥かにマシだったなと、私は思った。
0
モンチョス‼
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる