33 / 59
腐れ大学生の異文化交流編
第32話 共に戯れた日の場所
しおりを挟む
その日は、夢の中で女神と会った。
「異文化交流は思いのほか、順調なようですね。なによりです」
彼女は、足元に擦り寄ってきたウサギを、こちょこちょと撫で回しながら、私を見ずにそう言った。
今宵の夢の景色は、かつて元恋人と一緒に出向いた観光地が舞台になっていた。
野に放たれたウサギたちが我が物顔で占有する、瀬戸内海のとある島である。
またも、夜であった。
私は手に持った野菜スティックを、眼の前の一匹に放り投げてから、言った。
「貴様の手の込んだ教材のおかげだよ。おかげで、久々に勉強の楽しさというものを知った」
「ふふふ。あれは、自信作ですからね」
「お次は歴史の教科書でも作るのか?」
「それは、うーん、どうでしょう。作ってあげてもいいですが、勿体なくはありませんか?」
「勿体ない?」
「ええ。言語とは違い、歴史というものには、語る者の解釈や、脚色や、あるいは捏造が入り込むものです。どれだけ客観的に語ろうとしてもね。それを含めて楽しむのが歴史です。私の口から語ってしまうと、それは、ただの真実と化してしまいます。それは、あまりに、勿体ない」
「浪漫が消えるということか?」
「そういうことです。物語の消失とも言えますね。女神として、そんなつまらないことは、したくありません。それに、」
彼女の腰に巻いた上着が、後ろの一匹によってガジガジと噛まれていた。そういえば、そんなハプニングもあったなと思い出す。
「それに、あなたから、楽しみを奪うことにもなりかねません。明日、バイリィという娘の家へ行くんでしょう? そこでは少なからず、この世界の歴史を知ることになると思います。先にネタバレを食らっては、新鮮味に欠けるというものです」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
女神は一匹のウサギを抱きかかえ、私のほうを向いた。抵抗を受けて指を噛まれていたが、気にしていなさそうであった。
「ところで、一番大事なことを忘れてはいませんよね? 家賃。そろそろ、第一回目の引き落とし日が迫っていますが」
痛いところを突かれたな。
「無論、忘れてなどいない。しかし、目処が立っていないのもまた事実だ。貨幣経済が発達していないのに、どうやって金を稼げというんだ」
女神は意地悪く笑った。
「この物語の命題にたどり着いたのは、褒めてあげます。だから、ここで一つ、アドバイスを。この世界のワラシベ経済が成り立っているのは、間に、符というものが挟まっているからです。符には値段というものはなく、その価値は個々人によって左右されますが、貨幣に似た役割を果たしていることは事実です。こちらで換金してあげますので、できるだけ、良質で価値のある符を手に入れてみてください」
「それは、より強力な魔術を発動できる符を集めろということか?」
「さぁ、それはどうでしょうか?」
「おい。交換レートを明確にしろ。基準がわからんではないか」
「それはまだ、現時点では秘密にしておきます。どうか、その辺りのことも推理しながら、符を集めてみてください」
女神は笑った。
背後から、朝焼けが昇り始めていた。
「異文化交流は思いのほか、順調なようですね。なによりです」
彼女は、足元に擦り寄ってきたウサギを、こちょこちょと撫で回しながら、私を見ずにそう言った。
今宵の夢の景色は、かつて元恋人と一緒に出向いた観光地が舞台になっていた。
野に放たれたウサギたちが我が物顔で占有する、瀬戸内海のとある島である。
またも、夜であった。
私は手に持った野菜スティックを、眼の前の一匹に放り投げてから、言った。
「貴様の手の込んだ教材のおかげだよ。おかげで、久々に勉強の楽しさというものを知った」
「ふふふ。あれは、自信作ですからね」
「お次は歴史の教科書でも作るのか?」
「それは、うーん、どうでしょう。作ってあげてもいいですが、勿体なくはありませんか?」
「勿体ない?」
「ええ。言語とは違い、歴史というものには、語る者の解釈や、脚色や、あるいは捏造が入り込むものです。どれだけ客観的に語ろうとしてもね。それを含めて楽しむのが歴史です。私の口から語ってしまうと、それは、ただの真実と化してしまいます。それは、あまりに、勿体ない」
「浪漫が消えるということか?」
「そういうことです。物語の消失とも言えますね。女神として、そんなつまらないことは、したくありません。それに、」
彼女の腰に巻いた上着が、後ろの一匹によってガジガジと噛まれていた。そういえば、そんなハプニングもあったなと思い出す。
「それに、あなたから、楽しみを奪うことにもなりかねません。明日、バイリィという娘の家へ行くんでしょう? そこでは少なからず、この世界の歴史を知ることになると思います。先にネタバレを食らっては、新鮮味に欠けるというものです」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
女神は一匹のウサギを抱きかかえ、私のほうを向いた。抵抗を受けて指を噛まれていたが、気にしていなさそうであった。
「ところで、一番大事なことを忘れてはいませんよね? 家賃。そろそろ、第一回目の引き落とし日が迫っていますが」
痛いところを突かれたな。
「無論、忘れてなどいない。しかし、目処が立っていないのもまた事実だ。貨幣経済が発達していないのに、どうやって金を稼げというんだ」
女神は意地悪く笑った。
「この物語の命題にたどり着いたのは、褒めてあげます。だから、ここで一つ、アドバイスを。この世界のワラシベ経済が成り立っているのは、間に、符というものが挟まっているからです。符には値段というものはなく、その価値は個々人によって左右されますが、貨幣に似た役割を果たしていることは事実です。こちらで換金してあげますので、できるだけ、良質で価値のある符を手に入れてみてください」
「それは、より強力な魔術を発動できる符を集めろということか?」
「さぁ、それはどうでしょうか?」
「おい。交換レートを明確にしろ。基準がわからんではないか」
「それはまだ、現時点では秘密にしておきます。どうか、その辺りのことも推理しながら、符を集めてみてください」
女神は笑った。
背後から、朝焼けが昇り始めていた。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる