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腐れ大学生の異文化交流編
第25話 まずはご挨拶を
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「バイリィさまー。ここにいるのはわかってるんですよー。早く出てきてくださーい」
ケンネと呼ばれた女性は、子供に言い聞かせるような口調で、優しく、『監獄』に向かって声を張り上げていた。
バイリィのシンプルな服装とは違い、ケンネは、色が微妙に違う、薄い羽織を何重にも着込んでいた。寒色のグラデーションが鮮やかで、日常使いの服装には見えない。礼服のようだ。
頭には、たれのついた布帽子を被っていて、髪色まではわからない。
裾が、歩くだけで、地面についてしまいそうなほど長い。はっきり言って、動きにくそうで、よくもまぁこんな森の奥地まで来れたなと思う。
魔術によって、ここまで来たのだろうか。
「もう。こんな怪しいjhéng、一体誰が建てたのかしら?」
ケンネの顔は、化粧で覆われていた。
全体には白粉のような白をまぶし、頬にはほんのり桜色、唇には鮮血のような朱色が採用されていた。
目元にはくっきりと太い墨が塗られていて、目を開けているのか閉じているのかわからない。
眉の上と、頬から耳にかけてのラインには、魔術的な意味合いでもあるのか、筆で描いたような黒い線が入っていて、アマゾンの密林深くに住む部族のシャーマンのようである。
総じて手が込んでいると思ったが、加齢をごまかす厚化粧には見えない。自分の顔というキャンバスを用いて、一日限りの油絵を描いているようだった。
「顔、すごいな」
「でしょ。あれ、作るのに、長い時間、必要なの。毎日」
どこの世界も、女性は自らを美しくするために、時間と労力を欠かさないものらしい。その熱意には頭が下がる。
「バイリィさまー。これが最後のthēn khuですー。ぜひとも、一緒に、帰りましょー」
私はバイリィを見た。
「どうやら、君を連れ戻しにきたようだぞ」
「やだ。まだ、帰りたくない」
バイリィは両方の手の甲を見せて、拒否の姿勢を示す。しかも十字に構えてる。よほど嫌らしい。
友人と語り合う時間を優先させたい気持ちはわかるが、はるばるやってきた保護者を無視してしまうのも、どうだろう。
「せめて、安心させるために、顔だけでも見せたらどうだ?」
「やだやだ。ケンネに捕まる。帰って、また、どーでもいいことばっか、やらされる」
まんま、習い事が嫌で家を飛び出したお嬢様だな。
「……応じません、か。では、仕方ありませんね」
我々が物陰に身を潜めたままでいると、ケンネは諦めたように呟き、懐から文字の記された紙片を取り出した。
間違いない。符である。
「wēi ér bù měng」
解号を呟くと同時に、符が弾け、ケンネを中心として光と風が起った。
月並みな言い方をすれば、オーラといったものが噴出したように見えた。
落ち葉が渦を巻いて吹き上がり、長い裾はひらひらとたゆたう。
力を振るう時の礼儀作法の一環なのか、彼女はゆったりとしたステップを踏み、腕を踊らせ、その場でくるりと一回転してみせた。
落ち葉は、その勢いに耐えきれず、粉々に砕け散って、更に上空へと舞った。
立ち振舞いが、明らかに強者のそれである。
「バイリィ。彼女は君よりも強いのか?」
彼女は唸った。
「どうだろ。力なら、あたしのほうが、たぶん上。でも、技術は、ケンネのほうが、ずっと上」
一抹の不安が私の脳裏をかすめる。
ケンネが何をするのか、まったく予想もつかないが、ここは、ドラゴンの爪やバイリィの拳を防いでくれた、女神の加護を信ずるしかあるまい。
もってくれよ、『監獄』。
「それでは、まずは、ご挨拶を」
ケンネが草むらを歩くたびに、脚に触れた草が、刈られたように宙を舞う。彼女の歩いた跡には、背の低い若草しか残っていなかった。
彼女は『監獄』の汚い外壁にそっと手を載せ、一言、呟く。
「bào hǔ píng hé」
途端、大きな地震でも起きたかのように、『監獄』が揺れた。
ケンネと呼ばれた女性は、子供に言い聞かせるような口調で、優しく、『監獄』に向かって声を張り上げていた。
バイリィのシンプルな服装とは違い、ケンネは、色が微妙に違う、薄い羽織を何重にも着込んでいた。寒色のグラデーションが鮮やかで、日常使いの服装には見えない。礼服のようだ。
頭には、たれのついた布帽子を被っていて、髪色まではわからない。
裾が、歩くだけで、地面についてしまいそうなほど長い。はっきり言って、動きにくそうで、よくもまぁこんな森の奥地まで来れたなと思う。
魔術によって、ここまで来たのだろうか。
「もう。こんな怪しいjhéng、一体誰が建てたのかしら?」
ケンネの顔は、化粧で覆われていた。
全体には白粉のような白をまぶし、頬にはほんのり桜色、唇には鮮血のような朱色が採用されていた。
目元にはくっきりと太い墨が塗られていて、目を開けているのか閉じているのかわからない。
眉の上と、頬から耳にかけてのラインには、魔術的な意味合いでもあるのか、筆で描いたような黒い線が入っていて、アマゾンの密林深くに住む部族のシャーマンのようである。
総じて手が込んでいると思ったが、加齢をごまかす厚化粧には見えない。自分の顔というキャンバスを用いて、一日限りの油絵を描いているようだった。
「顔、すごいな」
「でしょ。あれ、作るのに、長い時間、必要なの。毎日」
どこの世界も、女性は自らを美しくするために、時間と労力を欠かさないものらしい。その熱意には頭が下がる。
「バイリィさまー。これが最後のthēn khuですー。ぜひとも、一緒に、帰りましょー」
私はバイリィを見た。
「どうやら、君を連れ戻しにきたようだぞ」
「やだ。まだ、帰りたくない」
バイリィは両方の手の甲を見せて、拒否の姿勢を示す。しかも十字に構えてる。よほど嫌らしい。
友人と語り合う時間を優先させたい気持ちはわかるが、はるばるやってきた保護者を無視してしまうのも、どうだろう。
「せめて、安心させるために、顔だけでも見せたらどうだ?」
「やだやだ。ケンネに捕まる。帰って、また、どーでもいいことばっか、やらされる」
まんま、習い事が嫌で家を飛び出したお嬢様だな。
「……応じません、か。では、仕方ありませんね」
我々が物陰に身を潜めたままでいると、ケンネは諦めたように呟き、懐から文字の記された紙片を取り出した。
間違いない。符である。
「wēi ér bù měng」
解号を呟くと同時に、符が弾け、ケンネを中心として光と風が起った。
月並みな言い方をすれば、オーラといったものが噴出したように見えた。
落ち葉が渦を巻いて吹き上がり、長い裾はひらひらとたゆたう。
力を振るう時の礼儀作法の一環なのか、彼女はゆったりとしたステップを踏み、腕を踊らせ、その場でくるりと一回転してみせた。
落ち葉は、その勢いに耐えきれず、粉々に砕け散って、更に上空へと舞った。
立ち振舞いが、明らかに強者のそれである。
「バイリィ。彼女は君よりも強いのか?」
彼女は唸った。
「どうだろ。力なら、あたしのほうが、たぶん上。でも、技術は、ケンネのほうが、ずっと上」
一抹の不安が私の脳裏をかすめる。
ケンネが何をするのか、まったく予想もつかないが、ここは、ドラゴンの爪やバイリィの拳を防いでくれた、女神の加護を信ずるしかあるまい。
もってくれよ、『監獄』。
「それでは、まずは、ご挨拶を」
ケンネが草むらを歩くたびに、脚に触れた草が、刈られたように宙を舞う。彼女の歩いた跡には、背の低い若草しか残っていなかった。
彼女は『監獄』の汚い外壁にそっと手を載せ、一言、呟く。
「bào hǔ píng hé」
途端、大きな地震でも起きたかのように、『監獄』が揺れた。
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モンチョス‼
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