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腐れ大学生の異文化交流編
第24話 家からの追手
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我々はその後、お茶菓子も交えながら、ぎこちない談笑にふけった。
「このお菓子、すごいね。形もきれいだし、ひとつひとつ、丁寧に、包まれてる。大変じゃない?」
彼女は、満を持して提供した、カカオ多めのチョコレートの個包装をまじまじと眺めて、言った。
「私達の世界では、そういった、細かいことが大事なんだ」
企業努力の賜物だ、とは語彙がないので言えなかった。
「この包みは、どうするの? 破けちゃったけど」
「捨てる」
「なんで? こんな綺麗なのに。もったいない」
「わざわざ、直して、使おうとは思わない」
「捨てるなら、もらってもいい?」
「いいぞ」
「やった。美しい、字」
印字された成分表示の文字に目を輝かせながら、バイリィはまた1つ、チョコレートの包みを丁寧に開けて、バリボリとかじる。
珈琲が飲めないおこちゃまなので、その苦味は難しかろうと思ったのだが、カカオの渋味がたまらないらしい。
さっきから次々と口に放り込み続けており、その豪快な食いっぷりには好印象さえ抱く。
「気に入ったのなら、帰る時に、いくつか持っていくといい」
「そんなに、たくさん、あるの?」
「ああ。心配は、いらない」
「やり」
女神のおかげで、私の私物に限っては在庫切れなどあり得ない。これで交渉材料になるのなら安いものだ。
「じゃあ、あたしは、何をあげようか」
バイリィは、なにかないかと袖口を漁っていた。
こうしてフレンドリーに接してくれているだけでも、異界の地で途方に暮れていた私にとってみれば、値千金の対価である。
が、気になることはあった。
「私は、符と魔術について知りたい。それは、私にも使えるのだろうか?」
成人を迎えたが、モラトリアム真っ最中の私にとってみれば、魔術というのは少年心をくすぐられる魅力的な力である。
家賃のことを棚上げしてでも知りたいと思うのは、自然なことであろう。
「魔術? あ、うーん。どうだろう。イナバ、使えるの、かな?」
「仕組みだけでも、知りたいな」
バイリィは、難しそうな顔をしてうーんと唸った。
無理もない。彼女にとって魔術というのは、生まれてからずっと、身の回りに存在した身近な力なのだろう。
私にとっての電化製品のようなものだ。
使い方は知っているが、その原理ともなると、説明するのに難儀する。
彼女はしばらくチョコレートの包みを弄んでいたが、ややあって、言った。
「魔術っていうのは、書いた文字で、魔力を操って、色んなことを起こす技術のこと。なんでもできるってワケじゃないし、書いた文字の文法や、単語1つで、効果が変わっちゃったりするんだけど。まぁ、だいたいのことはできるし、ある程度、法則はわかってる」
バイリィは、茶器へと変形した符を指差す。
「符は、魔術を使うための道具。文字を書いて、魔力の流れと、変わることを、操るの。符は、一回魔術を使ったら、文字が燃えちゃって、使えなくなる。だから、あたしたちは、毎日、ちょこちょこ、符を書いておくんだ」
なんとなく、魔術の概要は掴めた。
要は、符という媒体を用いて、自然現象をコントロールするプログラムのようなものか。
フィクションにありがちな魔法というやつは、呪文の詠唱によって効果を発揮するが、この世界においては、記した文字によってそれが為されるということだろう。
符という媒体を用いる点や、一回こっきりの使い捨てという点から判断するに、魔法使いというよりは陰陽師だな。
しかし、ふと、疑問が湧いた。
「バイリィ。魔術というのは、符がないと、使えないんだよな」
「基本は、そうね」
「しかし、君が、竜と戦っていた時、符を使っていたようには見えなかったが」
バイリィとドラゴンのタイマンを思い出す。
あの時、バイリィは必殺技らしきものを唱えてはいたが、符のような小道具の類は一切見えなかった。
魔術という技術を使っていないのならば、バイリィは素の膂力でもってドラゴンを倒したということになるのだが。
「あー、うん」
その指摘を受けると、バイリィは気まずそうに目を逸らした。
「それは、あたしが、特別だから」
「ほう」
「あたしは、符がなくても、魔術が、使えるんだ。そういう、家に、生まれたの」
彼女は、大魔術師の家系に生まれたお嬢様であったらしい。
なるほど。
彼女が自分の名前を吐き捨てるように呟いたり、名を聞いても驚かない私に好感触を示した理由がわかった。
家の生まれで態度を変えない朴念仁。特殊な境遇にあるお嬢様にしてみれば、自分を特別扱いしない貴重な人物だったというワケか。
私は本当に、なにも知らないだけなのだが。
「すごいじゃないか」
私はそれだけ呟いて、それ以上の深掘りはしなかった。
バイリィは見るからに自分の家のことを喋りたくなさそうであったし、こちらとしても、変に情報を仕入れたせいで彼女との関係が変わるのは避けたいと思った。
我々は、静かにお茶を含んだ。
そうやって、本日二度目の渋茶に涙目になっているところに、外から大声が聞こえてきた。
「バイリィさまー!」
怒声というよりは応援のような、ふんわりとした大声だったが、バイリィはぎくりと固まった。茶をこぼした。
「やば。ここに来たの、バレた」
「君の知り合いのようだな」
バイリィは、こわばった手のひらを見せる。
「敵じゃあ、ない。でもなぁ」
「とりあえず、気になるから見てくるぞ」
複雑な表情を浮かべるバイリィを談話室に残し、私は向かいの空き部屋へと入り、ベランダからこっそりと外を眺めた。
声から察しはついていたが、声を上げていたのは、同年代と思しき若い女性であった。
美人である。
バイリィが素材の良さで勝負する美人だとするならば、彼女は、人の技術を尽くして仕立て上げられた美人であった。
どういうことなのかというと、化粧が、遠目でもわかるくらいにバッチリ決まっていた。
「あー、やっぱり、ケンネかぁ」
私の影に隠れながら、バイリィが呟く。
「どういう人なんだ?」
「ケンネ・チュアンム。あたしの家に、住んでる、家族、みたいなもん」
おそらく、バイリィに仕える侍女みたいなものなのだろう。彼女を敬称呼びしているし。
「そんで、あたしが知る限り、一番、厳しい人」
彼女は、濁点のついた小さなうめき声を漏らす。
「このお菓子、すごいね。形もきれいだし、ひとつひとつ、丁寧に、包まれてる。大変じゃない?」
彼女は、満を持して提供した、カカオ多めのチョコレートの個包装をまじまじと眺めて、言った。
「私達の世界では、そういった、細かいことが大事なんだ」
企業努力の賜物だ、とは語彙がないので言えなかった。
「この包みは、どうするの? 破けちゃったけど」
「捨てる」
「なんで? こんな綺麗なのに。もったいない」
「わざわざ、直して、使おうとは思わない」
「捨てるなら、もらってもいい?」
「いいぞ」
「やった。美しい、字」
印字された成分表示の文字に目を輝かせながら、バイリィはまた1つ、チョコレートの包みを丁寧に開けて、バリボリとかじる。
珈琲が飲めないおこちゃまなので、その苦味は難しかろうと思ったのだが、カカオの渋味がたまらないらしい。
さっきから次々と口に放り込み続けており、その豪快な食いっぷりには好印象さえ抱く。
「気に入ったのなら、帰る時に、いくつか持っていくといい」
「そんなに、たくさん、あるの?」
「ああ。心配は、いらない」
「やり」
女神のおかげで、私の私物に限っては在庫切れなどあり得ない。これで交渉材料になるのなら安いものだ。
「じゃあ、あたしは、何をあげようか」
バイリィは、なにかないかと袖口を漁っていた。
こうしてフレンドリーに接してくれているだけでも、異界の地で途方に暮れていた私にとってみれば、値千金の対価である。
が、気になることはあった。
「私は、符と魔術について知りたい。それは、私にも使えるのだろうか?」
成人を迎えたが、モラトリアム真っ最中の私にとってみれば、魔術というのは少年心をくすぐられる魅力的な力である。
家賃のことを棚上げしてでも知りたいと思うのは、自然なことであろう。
「魔術? あ、うーん。どうだろう。イナバ、使えるの、かな?」
「仕組みだけでも、知りたいな」
バイリィは、難しそうな顔をしてうーんと唸った。
無理もない。彼女にとって魔術というのは、生まれてからずっと、身の回りに存在した身近な力なのだろう。
私にとっての電化製品のようなものだ。
使い方は知っているが、その原理ともなると、説明するのに難儀する。
彼女はしばらくチョコレートの包みを弄んでいたが、ややあって、言った。
「魔術っていうのは、書いた文字で、魔力を操って、色んなことを起こす技術のこと。なんでもできるってワケじゃないし、書いた文字の文法や、単語1つで、効果が変わっちゃったりするんだけど。まぁ、だいたいのことはできるし、ある程度、法則はわかってる」
バイリィは、茶器へと変形した符を指差す。
「符は、魔術を使うための道具。文字を書いて、魔力の流れと、変わることを、操るの。符は、一回魔術を使ったら、文字が燃えちゃって、使えなくなる。だから、あたしたちは、毎日、ちょこちょこ、符を書いておくんだ」
なんとなく、魔術の概要は掴めた。
要は、符という媒体を用いて、自然現象をコントロールするプログラムのようなものか。
フィクションにありがちな魔法というやつは、呪文の詠唱によって効果を発揮するが、この世界においては、記した文字によってそれが為されるということだろう。
符という媒体を用いる点や、一回こっきりの使い捨てという点から判断するに、魔法使いというよりは陰陽師だな。
しかし、ふと、疑問が湧いた。
「バイリィ。魔術というのは、符がないと、使えないんだよな」
「基本は、そうね」
「しかし、君が、竜と戦っていた時、符を使っていたようには見えなかったが」
バイリィとドラゴンのタイマンを思い出す。
あの時、バイリィは必殺技らしきものを唱えてはいたが、符のような小道具の類は一切見えなかった。
魔術という技術を使っていないのならば、バイリィは素の膂力でもってドラゴンを倒したということになるのだが。
「あー、うん」
その指摘を受けると、バイリィは気まずそうに目を逸らした。
「それは、あたしが、特別だから」
「ほう」
「あたしは、符がなくても、魔術が、使えるんだ。そういう、家に、生まれたの」
彼女は、大魔術師の家系に生まれたお嬢様であったらしい。
なるほど。
彼女が自分の名前を吐き捨てるように呟いたり、名を聞いても驚かない私に好感触を示した理由がわかった。
家の生まれで態度を変えない朴念仁。特殊な境遇にあるお嬢様にしてみれば、自分を特別扱いしない貴重な人物だったというワケか。
私は本当に、なにも知らないだけなのだが。
「すごいじゃないか」
私はそれだけ呟いて、それ以上の深掘りはしなかった。
バイリィは見るからに自分の家のことを喋りたくなさそうであったし、こちらとしても、変に情報を仕入れたせいで彼女との関係が変わるのは避けたいと思った。
我々は、静かにお茶を含んだ。
そうやって、本日二度目の渋茶に涙目になっているところに、外から大声が聞こえてきた。
「バイリィさまー!」
怒声というよりは応援のような、ふんわりとした大声だったが、バイリィはぎくりと固まった。茶をこぼした。
「やば。ここに来たの、バレた」
「君の知り合いのようだな」
バイリィは、こわばった手のひらを見せる。
「敵じゃあ、ない。でもなぁ」
「とりあえず、気になるから見てくるぞ」
複雑な表情を浮かべるバイリィを談話室に残し、私は向かいの空き部屋へと入り、ベランダからこっそりと外を眺めた。
声から察しはついていたが、声を上げていたのは、同年代と思しき若い女性であった。
美人である。
バイリィが素材の良さで勝負する美人だとするならば、彼女は、人の技術を尽くして仕立て上げられた美人であった。
どういうことなのかというと、化粧が、遠目でもわかるくらいにバッチリ決まっていた。
「あー、やっぱり、ケンネかぁ」
私の影に隠れながら、バイリィが呟く。
「どういう人なんだ?」
「ケンネ・チュアンム。あたしの家に、住んでる、家族、みたいなもん」
おそらく、バイリィに仕える侍女みたいなものなのだろう。彼女を敬称呼びしているし。
「そんで、あたしが知る限り、一番、厳しい人」
彼女は、濁点のついた小さなうめき声を漏らす。
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