深い森の彼方に

とも茶

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第七章 再会 いったいこの国は2

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「私はまだここに来て間がないのでわからないんだけど、この世界はどうやって成り立ってるの?」
「どうしたの急に。」
「ふと気がついたんだけど、ここに来てから私自身に直接かかわること以外どうなってるのか全然わからないの。」
「どういうこと?」
「この世界の社会の仕組みどうなってるの?  一番偉い人は誰? あの宿舎ってどうやって運営してたの?  大勢いるOLはどんな仕事してるの? みんなの娯楽はなんなの? 休みの日は何してるの? スターとかいるわけ?」
「あたしもわからない。」
「テレビは? 新聞は? ネットにそういう情報ないの?」
「そう、確かにへんね。仕事にかまけてたけど、ちゃんとした情報ない。新聞もない。そういえば自分の部屋にテレビがないことに何の違和感もなかった。でもどこかでテレビを見た事ある。食堂に置いてあったのかしら。昔の洋画をやってたような。」
「本屋さんはコーヒーショップの通りにあったようだけど。」
「うん、並んでるのは昔の私たちがいた世界の本や雑誌だった。そういえば変ね。雑誌には男の人の写真が出てたし、本の著者も男性がほとんど。ここの人たちは不思議に思わないのかしら。」
「だんだんわかってきたような気がする。この世界にはひょっとしたら独自の情報ってなんにもないのかもしれない。」
コーヒーショップでの混乱から私たちは立ち直り、自分たちが置かれた状況を少し冷静に考えられるようになり始めていた。
この世界は、現実の世界ではないのかも知れないということだった。私がこの世界に来る前まで情報以上のものが存在していないからだった。なんの情報も存在していない世界は存在そのものがないということかもしれなかった。
でもわからないことはいくつもある。今働いている職場の上司や同僚、架空の存在とはどうしても考えられなかった。私に罵声を浴びせた上司や同僚の女性はどう考えても現実の存在としか思えなかった。作りかけの書類をいつの間にか捨ていた意地の悪い隣席の女性のむっとするような女の匂い、給湯室で私の顔を覗くようにして皮肉を言う女のねっとりと甘いような口臭、どう考えても現実としか思えなかった。それにあのリーダーの存在、私や彼女から男性器を切除したのだ。あの激痛は記憶から消え去ることはない。

黙って考え込んでいた長身の娘が口を開いた。
「要するに、あたしたちは他の人の会話をわからなくなったんじゃなくて、他の人たちはもともと存在しないんじゃないかしら。」
「どういうこと?」
「他人の会話って、共通の話題があるんだったらともかく、あたしたちには何の関わりのないことであって、逆の言い方をすればあたしたちにとって全く新らしい情報っていうことでしょ。だって、この世界は新聞もネットもない。本もテレビもあたしたちが元々知っているものしかないじゃない。私たちが知ってること以外のことを知ろうとしても情報がないってことでしょ。そうしたら私たちから見れば他人の会話なんて存在しないってことにならない?」
「じゃああの人たちは何なの?  私たちのいるこの場所の単なる背景ってこと? 私たちが街の中で暮していることを演技するための大道具ってこと?  会話に中身は必要ないから意味のない効果音しか出さないってことかしら。でも、会社の人たちは生々しかった。どう見ても生身の女。」
「周りの人自体が架空の人ってことじゃないかしら。  実はね、私はあなたより長くこの世界にいるんだけど、リーダーや前は男だったっていってた人以外にふれあいってものがなかった。ふれあいって気持ちのことばっかりじゃないのよ。親身になって会話をしなかったばっかりじゃなくて、実際の生身と生身のふれあいがなかったていうこと。この世界の住人が背景だからってことかしら。」
「それは、肌の接触っていうこと?」
「そう、ハグしたり、手を握り合ったり、触れ合うことすらなかったような気がする。」
「そういえば私も・・・  触れたといえば、あなたと、それからリーダーと、そういえばそれだけかしら。兵士たちは私の身体を触ったっけ。」
「たぶん兵士はあなたに直接触らず、手錠をかけたり腰縄を繋いだりしただけよ。直接触れてない。」
「そうね、二度目には城郭に運び込まれたようなんだけど、兵士なのかリーダーなのか気を失ってて分らない。」
「あたしはふれあいがないってことが気になっていて、宿舎の人とか仕事でいっしょになった人とか、何度も触れようとしたの。だけど、彼女たちは巧みにすり抜けていったり、触れたと思ったらあたしの記憶が突然途切れちゃったりして一度も触れあうことができないの。あなたに会った時、この人はひょっとして私と同じかもって思って、素肌を触らせてもらったのよ。うれしかった。あたしと同じ人がいるとわかって。ブラジャーの中も手をいれたでしょ?  ひょっとしてあなたも元は男だったんじゃないかって思って障ってみたの。女の胸にまだなってなかった。ああやっぱりこの人もあたしと同じ、この世界にきてから女にされたのねって。」
「そうだったんだ。それで今朝あったとき、私がどこまで女になったか確認したのね。」
「ひょっとしたら、あたしと同じように性転換手術でしばらくいなくなっていたのじゃないかと・・・」
「私もやってみる。あの生々しい職場の人たも実態があるのかないのか、町のなかでも触ってみることぐらいできるかもしれない。ひょっとしたら私たちと同じ境遇の人に会えるかも。」
「じゃあ、明日の夕方また成果を報告しあいましょう。」
「どこで会う?」
「あのコーヒーショップでいいんじゃないの。会話が理解できない原因がわかれば、怖くもなんともない。」
「そうね。」
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