深い森の彼方に

とも茶

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第四章 放逐刑

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今日が何月何日か何曜日かもわからなかった。とにかく一旦自宅に戻ろうと思った。自分の服もあるし、風呂にも入れるし、何しろ自分のお金があった。現金さえ持っていれば何とかなるはずだった。
起き上がって歩き始めた。自宅に行くにはどのように行けばいいのか? 電車に乗って行くのだろうか? 降りる駅はどこの駅? そもそも、自宅の住所は? 何一つ自宅のことについては思い出せなくなっていた。見覚えのある街の○○デパートはもう1kmほど行った場所にあって、デパートの地下には私鉄のターミナル駅があり、次の駅には××博物館や△△公園がある。そういう自宅と全然関係のない施設はちゃんと覚えていた。△△駅前の蕎麦屋はおいしくて、その向かいにある焼肉屋は高いばかりで固くて古い肉ばかり出す。駅のそばの食品スーパーのレジは若くて可愛い女の子が多いし、スーパーの前のタクシー乗り場は待っていても中々タクシーが来ない。どうでもいいことは全て記憶にあった。でも自分の家がどこにあるのかどうしても思い出せなかった。
駅に行って路線図を見れば思い出せるだろうと思って、駅に向かって歩いた。道を行き交う人々は一人残らず嘲笑と侮蔑の目を私に向けた。デパートたどりつき、地下にある郊外へ向かう鉄道のターミナル駅に行った。路線図を見るまでもなく、さほど長距離でもないその路線の駅名は順番通り全て頭の中に入っていた。それでも路線図を見ながら、全ての駅をひとつづつたどってみたが、その中にあるはずだった自宅の最寄り駅がわからない。埃だらけの女子高生の制服を着て、化粧が剥げ掛けた男が乗車券の自動販売機の前で茫然と立ち尽くしているのを、乗降客が遠巻きに眺めていた。オカマ、変態、ホームレスといったささやきが聞こえた。誰かが不審者として通報したらしく、乗客らしき男性に連れられて駅員がやってきた。
「乗車されないんでしたらここに立たれていては他のお客様に・・・」
あわてて階段を駆け上がり外に出た。
自宅が無理なら職場に行ってみようと思った。こんな格好を見れば変態と罵られることは明白だったが、いきなり首にされることはないだろう。とにかく上司や同僚に正直に説明すれば、当面の生活ぐらいなんとか手助けしてくれるだろうと思った。
オフィスビルの立ち並ぶ街の中心部に足を向けた。オフィス街を歩く人たちも私を見る目も嘲笑と侮蔑だった。嘲りの目も徐々に無視できるようになってきた。ふと立ち止まって考えた。自分が勤務している会社は何という社名? どこにあるのか?  思い出せなくなっていた。オフィス街に並ぶ主要企業の本社ビル、金融機関、その地下にあるコンビニや飲食店、どのビルに何があるのか概ね記憶にあった。しかし、自分の勤務していた会社だけが思い出せなくなっていた。
なんていうことだ。どうしたらいいんだ。歩道のベンチに座りこみ自分がどう行動したらいいか考えた。職場の上司や同僚の名前を思い出そうとした。友人の名を思い出そうとした。親類も思い出そうとした。誰の顔も名前も出てこなかった。テレビで見かける芸能人はすぐ名前と顔が一致した。日頃通勤途上でよく見かける人や、行きつけの飲食店の店員など、個人的につながりのない人たちの顔はすぐ浮かんできた。しかし、個人的なつながりのある人は全く思い出せなくなっていた。
尿意を催した。そばにあった公衆便所に入ろうとした。
あの世界は女子トイレしかなかったので、いつもの習慣で女性用に入ろうとした。
「何この人、痴漢? 変質者? 警察呼ぶわよ。」
出てきた女性に騒がれ、あわてて男性用に入った。
「なんだ、お前。そんな格好して入ってくるのかよ。馬鹿じゃないか。」
男子トイレにいた若い男から罵声を浴びせられた。しかし、入るのを咎めるようなことはなかった。前にこの世界にいたときの習慣が戻り、小便器の前に立った。スカートをはいていることにちょっと違和感を感じたが、めくり挙げて放尿のためのモノを出そうとした。しかしそれはなかった。自分に陰茎がないという事実を改めて実感した。個室に入りスカートをめくりショーツを下ろししゃがんで放尿するしかなかった。
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