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3.教え子相手なのに
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家庭教師に行くのが、逸樹はいっそう楽しみになった。いつも快晴の青空のように笑う佑が、時折こちらを物言いたげな目で見るのが、堪らなく嬉しくなったからだ。まるで佑に、心配してもらっているみたいで。逸樹にはそんなひと、ずっと誰もいなかったから、その視線がくせになった。
だが。
家庭教師の合間に、白嶺がたまに訪れるようになった。そうして白嶺は逸樹と──主に佑を揶揄っていく。「お前らまだヤってないのか」とか「佑、こういう顔が好みだっただろ」とか。そのたび佑は「先生はきれいですけど、俺なんか恐れ多い」とか「生徒が先生に手を出しちゃダメでしょう」とか真面目なことを言って白嶺を呆れさせていた。
高校生らしい純情さに、逸樹は少し感動していた。数年の年齢の差で、逸樹も、一番身近である白嶺も、汚れきっているからだ。
自分なんかがこんな『良い子』の先生なのは相応しくないんじゃ、なんて悩みすらする逸樹だ。だが、家庭教師に行く部屋は心地良いし、佑の隣は安心できた。
師走も半分ほど走ったみぎり。逸樹が井上家に着くと、まだ佑が帰っていなかった。
「まああの子、先生にご連絡もしていないなんて」
佑の母が焦ったように言う。逸樹は笑顔で「気になさらないでください」と返す。
「でも、先生をお待たせするのも」
「ぼくなら時間も余ってますから。佑くんの部屋で待っています」
そうして、恐縮する母親を宥め、逸樹はいつもどおり佑の部屋に行く。あるじの居ない部屋は、はがらんとして見えた。
最初は自分用の椅子に座っていた逸樹だが、何だか背中がむずむずして、振り向いた。視線の先にあるのは佑のベッドだ。きちんと整えられたそこに、逸樹は無性に転がってみたくなった。少し疲れていたし、学習机をベッドから眺めてみたくなったのだ。
(バレないように、後で整え直せばいい)
そう自分に言い訳して、逸樹はそっとベッドに横になる。途端に、自分のものではない香りに包まれて、喉が詰まるような心地になった。
(男らしい、匂い)
佑は年下の高校生なのに、もう香りだけは一丁前のようだ。何故だか安心してしまった逸樹だ。とろとろと眠くなる。
(ちょっとだけ)
佑が帰ってくるまで、目を閉じていたい。その欲求に耐えきれず瞼を下ろすと、思った以上に眠くて、逸樹の意識はゆっくり遠のいていった。
気が付いたのは、勢いよく扉の開く音と、佑の大声のせいだ。
「先生すいません、スマホの電源……」
「ああ、お帰り。気にすん、な……じゃない、ごめん! その、ちょっと、疲れてて」
逸樹はしどろもどろで言い訳をする。待たされたとはいえ、教え子のベッドで眠る家庭教師が何処にいるのだ。
「いいんです。でも、えっと、その……汗臭くないですか。割と俺、汗っかきだから」
そこを気にするのか、と少し可笑しくなったからかもしれない。逸樹がつい口を滑らせたのは。
「いや、丁度いい」
「丁度いい?」
目を剥いた佑に、逸樹は自分がとんでもないことを言ったのに気付く。
(教え子の汗の香りが好きだとか、おれ、おかしいんじゃないか?)
相手も選ばないビッチだからといって、教え子の汗に安心を覚えた自分を、逸樹は、自分で殺してやりたくなった。だが、それを佑に気取られる訳にはいかないから、必死で体裁を整える。
「……何でもない。もう始めるか?」
「すいません、シャワーだけ浴びていいですか」
そのままでもいいのに、と一瞬逸樹は思ったが、口になんて出せない。
「おう、浴びてこい。夕飯は?」
「まだです」
「食べてからでいい。腹減って集中できないと勿体ないから」
佑が「そんなにお待たせする訳には」と渋る。逸樹がへらへら笑って「気にしなくていい」と告げると。
「それなら、先生も食べていってください。母の料理、美味しいから」
「いや、そんなにお世話になるわけには」
「とんでもない。こっちがお待たせしたんですから」
結局逸樹は流されて、二人でリビングに降りた。佑の弟と遊びながら、食事の出るのと佑を待っていた逸樹だが。
風呂から出てきた佑を見るなり、のけぞった。
男のパンツ一丁なんか見慣れているはずなのに、佑の体格の良さと彫刻のような美しさに、逸樹はドキドキと来てしまったのだ。
佑の身体は、腹筋はきれいに割れているし、肩も胸もしっかりしている。濡れて短めの前髪がオールバックのようになっていて、いつもより大人っぽい。
逸樹は本来女性を愛する性質だったはずなのに、こんな男くさい、しかも年下に、知らぬ間に胸をときめかされている。
(何なんだ、おれ!)
混乱しているのに、佑から目を離せない逸樹だ。何なのだろう、この、胸がざわざわする感情は。
こちらの視線に気が付いたのか、佑が逸樹を見た。そして、慌てふためいた。
「わ! 先生、すいません、見苦しいところを見せちゃって」
「い、いや、気にしなくていい。おれが勝手に見てただけ」
何のフォローにもならない言い訳に加え、佑の母親のいる場所で『おれ』と言ってしまった逸樹だ。相当動揺しているのが自分で分かる。佑の視線から逃れるように逸樹は立ち上がり、佑の母親に「お手伝いできることありますか」なんて、さっきまでは考えもしなかったことを尋ねる。
「佑! 先生の前でそんな格好して」
「ごめん、母さん。先生がいるの、うっかり忘れちゃってて」
「まあ、なあに。考え事でもしてたの」
「……そんなとこ」
佑が言葉を濁すのを、逸樹は珍しいと思った。だから、彼の方をちらりと見遣ったのだが、ばっちりと目が合った。逸樹はてっきり、佑が忘れっぽさに照れて苦笑しているだろうと思っていた。だのに、佑は射貫くようにこちらを見ている。
(何で、そんな顔)
佑のことが、逸樹はどんどん分からなくなる。こんなに熱い目で逸樹を見るのに、佑は、家庭教師と生徒という関係の枠を決して崩さない。こちらに興味がないとも思えないのに、距離を詰めようとしないのだ。
(高校生なのに、勃起不全とかか?)
逸樹には、もはやそれくらいしか、手を出されない理由が思い付かなかった。高校時代なんていう、あの性的欲求が最大限高まる年齢で、誰でも性行為の相手にする『童貞食いのビッチ』を前に、躊躇する理由なんて他にないだろう。
(勃起不全は可哀想だな)
逸樹はうっすら同情しながら井上家と食事をし、礼を言ってから佑の部屋に行った。
「先生」
ドアを閉めた佑の声が、不思議な温度だった。熱いようなであるのに、冷たいようにも、逸樹には感じられるのだ。何かを押し込めてでもいるような。
「先生は、白嶺さんの恋人ですよね」
「えっと、それは……」
言葉に詰まって逸樹が佑を見上げると、彼はこちらを見ずに、自分の足の爪先の辺りを凝視していた。
「佑?」
「先生、俺。生意気なこと言っていいですか」
そうしてやっと視線がこちらに昇ってきた。その、隠しきれない熱に、逸樹は息を呑む。
「俺は、先生の『その他大勢』になりたくない」
「……え?」
意味が分からず逸樹は目を見開く。佑の目に宿る複雑そうな感情、その中の一つだけ、分かる。
あれは、闇だ。
白嶺の目にいつも宿っているもの。それが、この真っ直ぐな少年に芽生えて、こちらに向けられている理由が、逸樹には分からない。
「だから、そんなに俺の前で隙を見せないでください」
「隙?」
「俺のベッドで寝たり、俺の裸を物欲しそうに見たり」
指摘されて、逸樹は青ざめる。そんなつもりじゃなかったのだ。でも、ビッチの欲情の対象として見られている様子なんか見せられたらきっと、佑にだって怖気のひとつも走ることだろう。
「ごめん、佑。気持ち悪かったよな」
「そうじゃないです。でももう、やめてください」
そうしてこちらを見ずに、佑は勉強机に向かった。逸樹も隣に腰を下ろすが、その日何を喋ったものだが、何も覚えていない。
だが。
家庭教師の合間に、白嶺がたまに訪れるようになった。そうして白嶺は逸樹と──主に佑を揶揄っていく。「お前らまだヤってないのか」とか「佑、こういう顔が好みだっただろ」とか。そのたび佑は「先生はきれいですけど、俺なんか恐れ多い」とか「生徒が先生に手を出しちゃダメでしょう」とか真面目なことを言って白嶺を呆れさせていた。
高校生らしい純情さに、逸樹は少し感動していた。数年の年齢の差で、逸樹も、一番身近である白嶺も、汚れきっているからだ。
自分なんかがこんな『良い子』の先生なのは相応しくないんじゃ、なんて悩みすらする逸樹だ。だが、家庭教師に行く部屋は心地良いし、佑の隣は安心できた。
師走も半分ほど走ったみぎり。逸樹が井上家に着くと、まだ佑が帰っていなかった。
「まああの子、先生にご連絡もしていないなんて」
佑の母が焦ったように言う。逸樹は笑顔で「気になさらないでください」と返す。
「でも、先生をお待たせするのも」
「ぼくなら時間も余ってますから。佑くんの部屋で待っています」
そうして、恐縮する母親を宥め、逸樹はいつもどおり佑の部屋に行く。あるじの居ない部屋は、はがらんとして見えた。
最初は自分用の椅子に座っていた逸樹だが、何だか背中がむずむずして、振り向いた。視線の先にあるのは佑のベッドだ。きちんと整えられたそこに、逸樹は無性に転がってみたくなった。少し疲れていたし、学習机をベッドから眺めてみたくなったのだ。
(バレないように、後で整え直せばいい)
そう自分に言い訳して、逸樹はそっとベッドに横になる。途端に、自分のものではない香りに包まれて、喉が詰まるような心地になった。
(男らしい、匂い)
佑は年下の高校生なのに、もう香りだけは一丁前のようだ。何故だか安心してしまった逸樹だ。とろとろと眠くなる。
(ちょっとだけ)
佑が帰ってくるまで、目を閉じていたい。その欲求に耐えきれず瞼を下ろすと、思った以上に眠くて、逸樹の意識はゆっくり遠のいていった。
気が付いたのは、勢いよく扉の開く音と、佑の大声のせいだ。
「先生すいません、スマホの電源……」
「ああ、お帰り。気にすん、な……じゃない、ごめん! その、ちょっと、疲れてて」
逸樹はしどろもどろで言い訳をする。待たされたとはいえ、教え子のベッドで眠る家庭教師が何処にいるのだ。
「いいんです。でも、えっと、その……汗臭くないですか。割と俺、汗っかきだから」
そこを気にするのか、と少し可笑しくなったからかもしれない。逸樹がつい口を滑らせたのは。
「いや、丁度いい」
「丁度いい?」
目を剥いた佑に、逸樹は自分がとんでもないことを言ったのに気付く。
(教え子の汗の香りが好きだとか、おれ、おかしいんじゃないか?)
相手も選ばないビッチだからといって、教え子の汗に安心を覚えた自分を、逸樹は、自分で殺してやりたくなった。だが、それを佑に気取られる訳にはいかないから、必死で体裁を整える。
「……何でもない。もう始めるか?」
「すいません、シャワーだけ浴びていいですか」
そのままでもいいのに、と一瞬逸樹は思ったが、口になんて出せない。
「おう、浴びてこい。夕飯は?」
「まだです」
「食べてからでいい。腹減って集中できないと勿体ないから」
佑が「そんなにお待たせする訳には」と渋る。逸樹がへらへら笑って「気にしなくていい」と告げると。
「それなら、先生も食べていってください。母の料理、美味しいから」
「いや、そんなにお世話になるわけには」
「とんでもない。こっちがお待たせしたんですから」
結局逸樹は流されて、二人でリビングに降りた。佑の弟と遊びながら、食事の出るのと佑を待っていた逸樹だが。
風呂から出てきた佑を見るなり、のけぞった。
男のパンツ一丁なんか見慣れているはずなのに、佑の体格の良さと彫刻のような美しさに、逸樹はドキドキと来てしまったのだ。
佑の身体は、腹筋はきれいに割れているし、肩も胸もしっかりしている。濡れて短めの前髪がオールバックのようになっていて、いつもより大人っぽい。
逸樹は本来女性を愛する性質だったはずなのに、こんな男くさい、しかも年下に、知らぬ間に胸をときめかされている。
(何なんだ、おれ!)
混乱しているのに、佑から目を離せない逸樹だ。何なのだろう、この、胸がざわざわする感情は。
こちらの視線に気が付いたのか、佑が逸樹を見た。そして、慌てふためいた。
「わ! 先生、すいません、見苦しいところを見せちゃって」
「い、いや、気にしなくていい。おれが勝手に見てただけ」
何のフォローにもならない言い訳に加え、佑の母親のいる場所で『おれ』と言ってしまった逸樹だ。相当動揺しているのが自分で分かる。佑の視線から逃れるように逸樹は立ち上がり、佑の母親に「お手伝いできることありますか」なんて、さっきまでは考えもしなかったことを尋ねる。
「佑! 先生の前でそんな格好して」
「ごめん、母さん。先生がいるの、うっかり忘れちゃってて」
「まあ、なあに。考え事でもしてたの」
「……そんなとこ」
佑が言葉を濁すのを、逸樹は珍しいと思った。だから、彼の方をちらりと見遣ったのだが、ばっちりと目が合った。逸樹はてっきり、佑が忘れっぽさに照れて苦笑しているだろうと思っていた。だのに、佑は射貫くようにこちらを見ている。
(何で、そんな顔)
佑のことが、逸樹はどんどん分からなくなる。こんなに熱い目で逸樹を見るのに、佑は、家庭教師と生徒という関係の枠を決して崩さない。こちらに興味がないとも思えないのに、距離を詰めようとしないのだ。
(高校生なのに、勃起不全とかか?)
逸樹には、もはやそれくらいしか、手を出されない理由が思い付かなかった。高校時代なんていう、あの性的欲求が最大限高まる年齢で、誰でも性行為の相手にする『童貞食いのビッチ』を前に、躊躇する理由なんて他にないだろう。
(勃起不全は可哀想だな)
逸樹はうっすら同情しながら井上家と食事をし、礼を言ってから佑の部屋に行った。
「先生」
ドアを閉めた佑の声が、不思議な温度だった。熱いようなであるのに、冷たいようにも、逸樹には感じられるのだ。何かを押し込めてでもいるような。
「先生は、白嶺さんの恋人ですよね」
「えっと、それは……」
言葉に詰まって逸樹が佑を見上げると、彼はこちらを見ずに、自分の足の爪先の辺りを凝視していた。
「佑?」
「先生、俺。生意気なこと言っていいですか」
そうしてやっと視線がこちらに昇ってきた。その、隠しきれない熱に、逸樹は息を呑む。
「俺は、先生の『その他大勢』になりたくない」
「……え?」
意味が分からず逸樹は目を見開く。佑の目に宿る複雑そうな感情、その中の一つだけ、分かる。
あれは、闇だ。
白嶺の目にいつも宿っているもの。それが、この真っ直ぐな少年に芽生えて、こちらに向けられている理由が、逸樹には分からない。
「だから、そんなに俺の前で隙を見せないでください」
「隙?」
「俺のベッドで寝たり、俺の裸を物欲しそうに見たり」
指摘されて、逸樹は青ざめる。そんなつもりじゃなかったのだ。でも、ビッチの欲情の対象として見られている様子なんか見せられたらきっと、佑にだって怖気のひとつも走ることだろう。
「ごめん、佑。気持ち悪かったよな」
「そうじゃないです。でももう、やめてください」
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