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1.逸樹と白嶺と佑

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 横浜に単身移住して、大学に入ってからのさかいつの生活はまるで地獄だ。一学年上の男、うすしらの言いなりになって、知らない相手にすら性交のために足を開く。地獄以外の何物でもない──はずだ。

(地獄、だよな? おれ、良いって言った覚えもないし)

 だから全部、白嶺が逸樹の意に反してやっていること。逸樹の意思なんてどこにもない。逸樹はそう思うことにしている。
 白嶺は『危険なクズ』として大学内では有名だ。しかし顔は広く、クズ界隈では同級生にさえ『臼井さん』『白嶺さん』と敬われている。逸樹がそんなことさえまだ知らない、入学して三日目の昼飯時、混雑した学食で、ワイルドを絵に描いたような雰囲気の、長身の色男に声を掛けられた。ツーブロックの短髪に、三白眼。他人を遠慮なく見定めるような高慢な表情、ブランドもののTシャツ、耳にはピアス。それが白嶺だった。

(パリピだ! おれに何の用だよ)

 悲しいことだが、地味オブ地味、それが自分だと逸樹は自認していた。無駄に前髪が長い自覚がある。稀に「きれいな顔」と言われることはあるが、心にもない褒め言葉をもらうのもむず痒くて、ダサい眼鏡で隠していた。
 だのに、眼鏡をもぎ取り、下卑た目で逸樹を眺め下ろした白嶺はこう言ったのだ。

「なあ君、可愛い顔してる。付き合わない?」

 白昼堂々男に口説かれた逸樹である。怖気立つとはきっとこのこと。食事を共にしていた、逸樹と同じ理工学部の地味地味人間たちも凍る。

「お、おれ、女性が好き、なので」
「そうなのか? 女より男にモテる顔してるぜ。悪いようにはしない、付いてこいよ」

 高校生のとき既にマルチ商法に財布を持って行かれかかったことのある逸樹にすら分かる。純度百パーセントの嘘だ。怖くなって、鞄を持って立ち去ろうとした。

「よ……用事があるので」

 そうして脱兎のごとく逃げた。しかし高校のクラス対抗リレーでは、お荷物だった逸樹だ。当然のことながら、後ろから追ってきた足音、それも複数にあっという間に追いつかれた。彼らが白嶺の取り巻きレギュラーメンバーだと逸樹が知ったのは、後からのことだ。
 そのまま逸樹は、大学の近くのマンションに連れて行かれ、恐怖で竦む逸樹に全く遠慮せず、ベッドに押し付けられて。

「その感じじゃ処女だろ。俺が相手で良かったな。好くしてやるよ」

 白嶺のやけに厚く浅黒い身体にそのまま滅茶苦茶にされて、意識したことのなかった大切なもの、尻の処女を奪われた。絶対に入らないと思ったと穴には入ったし、考えの埒外なことに、気持ち好かった。逸樹の身体が勝手に、上手く快感を拾ったのだ。

「才能あるじゃねえか。それにお前、名器だぜ。俺のオンナにしてやるよ」

 オンナ、とは。
 おれ男ですけど、なんて言える雰囲気じゃなかった。
 その日のうちに、白嶺に『男性向けのエステサロン』とやらに連れて行かれた逸樹は、眼鏡は廃棄され、髪や眉を流行の形に整えられ、体毛を全部剃られて、訳の分からない「美肌になる」とかいう液体を全身に塗られた。
鏡の前に立たされた逸樹は、白嶺の眼鏡に適うように整えられたようだ。長い前髪はそのままなのに、分けて流されただけで、やけに大人びたように見える。自分の目が所謂アーモンド型であり、そこそこ見栄えがいいのを逸樹は初めて知った。ぷるぷるの肌は女子高生みたいで──つい数時間前の自分とはまるで別人の逸樹がそこにいた。

「思ったとおり、俺の好みだ。服買いに行くぞ」

 そして逸樹は、夢見たことすらないブランドの服を与えられて、また白嶺に抱かれた。反抗できるほど、勝ち気ではない逸樹だ。
 翌日。まだ慣れてすらいなかった逸樹の大学生活は、開始直後に終了した。仲良くなったはずの地味地味人間たちに、逸樹は見事に無視されたのだ。
 その一方で、白嶺に媚びを売りたい野生のクズには笑顔で話しかけられる。白嶺なんかを信奉する奴らだ、白嶺の『オンナ』をないがしろにするなんてできないのだろう。彼らなりの愛想がこちらに向けられているのは、逸樹にも分かる。しかしクズの隠しきれない高圧的な態度が逸樹は怖かった。その恐怖から逃げる手段は一つだ。クズの求めること、つまり白嶺と繋がる逸樹の連絡先を手に入れることを満たしてやれば、彼らは去っていく。

「あ、あああの、忙しいので! 続きはメッセージで!」

 そうして逃げているうちに、逸樹のスマートフォンには、クズの連絡先がどんどん溜まっていった。逸樹が勇気を振り絞り、まともそうな同級生に話しかけたって、すぐに逃げられるのに。

 その結果。

(おれの知ってる連絡先、クズしかいなくなったな)

 高校の友人たちも何故だか、逸樹にクズの彼氏ができたことを知っていて、いつの間にか着信拒否をされている。孤立無援だ。
 流れ流されるまま、もう引き返すこともできない気がする。
 まずい。それに気付いてすぐのことだった気がする。最悪だなと溜息を吐く程度だった逸樹の毎日が、恐らく地獄と呼ぶべきものに変わったのは。

「逸樹くんって今まで何人くらいとセックスしたの」

 白嶺のマンションのリビングは広い。クズの饗宴とも言うべき飲み会が、頻繁に開かれるからだ。その日も五人ほどの白嶺の取り巻きが来ていて、その中で一番下品な一人が逸樹に尋ねてきた。猥談、しかも自分がネタである猥談なんて逸樹はごめんだったが、白嶺が興味深そうに逸樹の方を見たから、震えながらも答えるしかなかった。

「白嶺さんだけです」

 素直に答えたのが馬鹿だったのかも知れない。逸樹以外の全員が馬鹿笑いをしていた。

「本物の女、知らないのか!」
「まあ、それだけ具合の良い身体ならな。もう女抱けないだろ」

 酒の入った白嶺は、いつも気分良さそうにしている。その所為なのか、それとも自分の所有物を自慢したかったのか。白嶺の心の内は、逸樹には分からないが。

「おい、こいつらと寝てみろよ」

 その言葉は、白嶺から逸樹への、新たな命令だった。
 その夜が開ける頃にはもう、逸樹は、そこに居た全員のモノをぶち込まれていた。意識の薄らいでいく中で、興奮した男の声を聞いた。

「白嶺さん、マジでいいオンナ拾いましたね。すげえ、搾り取られる」
「だろ? 無料(ただ)では貸さねえぜ」

 それから逸樹は、白嶺の『オンナ兼小遣いの収入源』になった。
 最初は、興味を持った顔見知りにたまに貸し出されるだけだったが、そのうち誰とも知らない男相手にセックスさせられて、逸樹が動けないでいるうちに白嶺が代金を貰うようになった。代金の一部は逸樹の手にもやってきたけど『身体を売った』代償になるはずもない。

(みじめだなあ)

 だが、白嶺から逃れるなんて学内では不可能だし、新たな人間関係を構築する気力が逸樹にはない。社会人までの我慢だと自分に言い聞かせた逸樹だ。

(でもまだおれ、一人じゃないから)

 だからまだ、あのときよりましだと、逸樹は思う。
 周囲に流され自分の身体を切り売りしても、孤独と死の恐怖を味わうより、逸樹にとってはずっとましだ。
 八坂逸樹、小学二年、遠足で。森の中で見つけたクワガタを追って、周りの子供や教諭の言うことも聞かず走り出した逸樹は、いつの間にか、森の中で一人だった。

(え、だれも、いない?)

 それどころか、目で追っていたはずのクワガタすらもいない。あるのは、静寂と物言わぬ木々と、風だけ。その恐怖を逸樹は忘れることができない。

(こわい)

 一人は怖い。
 見知らぬ森をどう彷徨ったか、分からない。だがようやく聞き分けた声を辿り、同級生の許へ戻れたとき。

「みんな!」

 大泣きした逸樹を待っていたのは、級友からの嘲笑と、教諭の怒号だった。お弁当の時間まで教諭に怒られていた逸樹を食事の仲間に入れて、慰めてくれる相手は、何処にもいなかった。
 あれだけの孤独と恐怖を味わった上、爪弾きにされたという経験は、逸樹を変えた。
 常に周りと同調し、外れたことはしない。他人の顔色を読む。皆が笑うから逸樹も笑う。教諭や親が行けと言うから難関の大学を目指して、この大学に入った。
八方美人だの自分がないだの優柔不断だの陰で言われたって、あの恐怖を再び味わうよりは、ずっとましだ。
 今の逸樹は、皆がそうするように白嶺の顔色を窺って、白嶺の機嫌を損ねないことだけを、考える。白嶺の命令なら、何だって、聞くしかないのだった。

 ──その延長線だ。

 大学三年を秋風の吹く頃まで日々をやり過ごした逸樹は、あるバイトを白嶺に申しつけられた。白嶺の後輩だかいう高校二年生の少年相手に、家庭教師をすることになったのだ。
 不本意なことに、逸樹は学内では有名な『童貞食いのビッチ』という不名誉なあだ名をされている。だから逸樹は、今度はこんな小僧を相手にするのか、未成年相手にセックスなんかして大丈夫かと不安になった。
 怖々としながら逸樹が対面した少年は、女の子に好かれそうな、清々しい容貌をしていた。通った鼻筋、やや垂れ目の二重、下睫がくっきりとしている。白嶺と同じほど背が高く、男らしい筋肉質な体つき。きっと誰もが好感を持つだろう微笑みのまま、少年はハキハキと告げた。

「井上たすくです。これからよろしくお願いします」
 やけにデザインの凝った一軒家の前、白嶺の知り合いとは思えないほど爽やかな少年は、深々と頭を下げる。礼儀をきっちりたたき込まれているのが嫌でも分かる、直角の最敬礼だ。もう夜だというのに、学生服の下に着ていたのだろうYシャツに、皺がほとんどない。こんな育ちの良さそうな少年でも、卑猥なことはしたいのか。逸樹がそう思ったとき、紹介者として付いてきた白嶺がこちらに耳打ちをした。

「こいつを食う仕事じゃないからな」

 どうやら逸樹が白嶺に命じられたのは、額面通り、正真正銘の家庭教師らしい。それならどうして逸樹を紹介したのだろうと思ったが、逸樹の人脈がクズしかいないのと同様に、白嶺の知り合いもクズで占められていて、真面目に授業に出ているのが逸樹くらいだったのだろう。

(なんだ。良かった。ちゃんとしたバイトだ)

 高校生の自宅なら逸樹も安心して過ごせるし、少なくはない収入があるのはありがたい。

「よろしく。八坂逸樹です。白嶺さんの、ええと、後輩で」

 逸樹は、白嶺との関係をどう伝えるべきか悩み、そう濁したのだが。

「こいつは俺のオンナだよ」

 白嶺がしれっと真実を告げたため、逸樹は出だしから転ばされたような気持ちになった。
「オンナ?」

 佑が不思議そうな顔をする。それが驚愕に変わり、顔中真っ赤になるから、この少年は純情なのだと知れる。逸樹の周りにこんな反応をする者はいないから、何だか可愛く思えてくる。

「何だよ、お前相変わらずウブだな」

 白嶺が意地の悪そうに口の端を上げれば、佑が不服そうに頬を膨らませた。

「白嶺さんが遊びすぎなんです!」
「失礼だな、こいつとは結構長く続いてるぜ」

 そうしてあの白嶺と軽口をたたき合うので、この爽やか純情君の正体が謎だ。
 白嶺が去っていったので、ようやく家の中に入る。暖かな家庭の匂いを久しぶりに感じた逸樹だ。故郷の郡山が懐かしくなる。出迎えてくれた佑の母親は「先生、今日からよろしくお願いいたします」と逸樹に挨拶してくれたが、会釈程度のものだった。佑の、あの直角の礼は、何処で身につけたのだろう。
 まだ小学校三年だという佑の弟にも念のため挨拶してから、逸樹は佑に伴われて二階へと階段を昇る。ウォールナット色の扉の先が佑の部屋だそうだ。片付いていて、そしてスタイリッシュだ。掃除のしづらそうな毛足の長いラグマットがきれいなまま敷かれていたり、幾何学的なデザインの飾り棚さえあったりする。逸樹の実家での部屋なんて、畳の上に雑に家具だけ置いてあるという、洒落っ気の一つもないものだったのに。
 逸樹が気後れしたのを、佑は気が付いたのかもしれない。はにかむ彼の言い分はこうだった。

「父が建築士なんです。この部屋の内装も家具も、全部父が考えてて」
「ああ、そうなんだ。いいお父さんだな」
「はい! 尊敬してます」

 この少年はなんて純真でしっかりした子なんだろうと、逸樹は感動すら覚える。久々に良い人間関係を築けそうだ。
 学習机の隣の簡易椅子に座った逸樹は、佑へのヒアリングから始める。彼曰く、国語と数学が苦手だそうで、学年での順位が落ちてきたのが家庭教師を頼むきっかけだそうだ。

「暗記系の科目は授業中に覚えてるんですけど、数式の使い方とか、流石に全部は無理で、困ってるんです」

 授業で暗記しきってしまうほど聡明なら、家庭教師なんて要らないのでは。逸樹はそう思ったが、佑は「短時間で効率的に勉強がしたい」のだそうだ。

「高校生ってそんなに忙しかったっけ」

 自分の高校時代を思い出し、首を捻る逸樹だ。とにかく暇だった記憶しか逸樹にはない。

「他のひとは知りませんが……俺は部活に専念してるので。勉強の自習より、身体作りとか、部活の方の勉強とかに時間を充てたいんです」
「部活? 何部なの」

 こんなにきっぱりと「部活優先」と言うほど、何かに夢中になっているのが、逸樹には少し羨ましい。高校までの逸樹は、友達に頼まれて入った文化系の部活でぼうっと過ごし、今やもう何部だったかさえ曖昧だ。囲碁か将棋、だったような気がする。ほとんど対局していないから、よく分からない。

「野球です」

 逸樹はぽん、と小膝を打った。

「ああ、だから礼儀も体格もいいのか。どこのポジション?」
「ホシュです」
「ホシュ?」

 首を傾げた逸樹に、佑が誇らしげに答える。

「キャッチャー。先生、野球は」
「さっぱり。教えてくれよ」
「何ですか、それ。俺が家庭教師してどうするんです」

 二人でけらけらと笑った。冗談を言い合える相手なんて、逸樹にとってはどれくらいぶりだろうか。

「捕手は、戦略を考えたり先を読んだりすることの多い、頭を使うポジションなんです。だから俺、そんなに悪い生徒じゃないと思います」

 佑が聡明そうであるという印象は、逸樹もしっかりと感じている。彼が白嶺の知り合いだなんて、信じられないくらいだ。

「よし。先生に楽させてくれよ」
「そういうつもりで言ったわけじゃないですけど」

 逸樹がにんまりと笑って見せると、佑もくすりと笑ってくれた。

(癒やされるなあ)

 逸樹の心が、随分と久しぶりに上向きになる。佑の家庭教師をしている時間が、楽しみになりそうな予感がした逸樹だ。

*

 佑は真面目な生徒だった。苦手科目と言っていた数学や国語も、逸樹が少しコツを教えてやると、佑はすぐに飲み込む。『悪い生徒ではない』という本人の申告は伊達ではないようだ。
 佑が教えたことを面白いように吸収するのが爽快なので、逸樹にとって週に二度の家庭教師のバイトは、待ち遠しいほどになった。家庭教師の日には白嶺も「誰かに抱かれろ」とは言ってこないので、穏やかに過ごすことができるし。
 勉強の合間の休憩に、佑の母親がお茶と菓子を持ってきてくれる。彼女の手作りマドレーヌなんていう家庭の味に逸樹はとても感動していたから、気付くのが遅れた。逸樹が紅茶と茶菓子をいただいている隣で佑が食べているのは、ささみのプロテインバーで、飲んでいるのもミネラルウォーターだということに。

「甘いの嫌いなの」

 それなら、焼き菓子の匂いも嫌かもしれない。そう思って逸樹は尋ねたのだが、佑からは意外な返答が来た。

「好きですけど。脂肪がついたら嫌だから、甘いものはセーブしてるんです。カフェインもあまり良くないし」

 佑のあまりのストイックさに、逸樹は驚いた。高校の部活がそんなに厳しいなんて思わなかったのだ。

「気合い入ってるな。ちょっと尊敬する」
「ありがとうございます。チームではキャプテンをさせてもらっているんです。だから、誰よりも頑張らなきゃ」

 そんなに努力している相手の隣で、逸樹がお菓子を食べるなんて、おかしい。逸樹はそう感じた。
 佑の母親が食器を下げに来た。彼女が「家庭教師の日は佑が嬉しそう」なんてお世辞を言うので、なんだかむず痒くなる。

「お菓子もお茶も美味しかったです。でも、来週からはぼくも佑くんと同じものにしてもらえますか」
「え?」
「えっ?」

 同じタイミングで戸惑ったような声を重ねた佑と母親が、実に母子だな、なんて思う。

「そんな。先生にお出しするようなものではないですから」
「いえ。頑張ってる佑くんの隣でぼくだけ美味しいものをいただくなんて無神経なこと、できません」
「でも……」

 言い淀んだ母親を逸樹が押し切って、彼女を階下に帰すと、今度は佑に問い詰められた。

「先生まで俺に合わせなくていいんですよ。プロテインバーなんて、美味しくないし」

 慌てたような、困ったような佑に、逸樹は笑って答えてやる。

「そうかもしれないけど。おれが佑の立場だったら、誘惑に負けそうになるから。佑がそうじゃなくても、おれが嫌だし」

 逸樹ほど、佑は意志薄弱ではないと自分で思った逸樹だが、それでも、この少年を少しでも応援してやりたい。

「……白嶺さんは」

 唐突に出てきた名前に逸樹は驚く。反射的に身構えてしまった自分の情けなさに、佑が気付かなければいいと願った逸樹だ。

「白嶺さんは、先生のそういうとこ、好きなのかな」
「は? あのひと、別におれを好きなわけじゃねえよ」

 面食らって、思ったことをそのまま口にしてしまった逸樹は、自分の失策に気付く。佑は、逸樹を白嶺の『遊び相手のオモチャ』ではないと、誤認識してくれているのに。

「え? 恋人なんでしょう。好きに決まってるじゃないですか」
「いや……ええと」

 そもそも、白嶺と自分の関係は『恋人』なんかではない。しかし逸樹がもし佑にそう言ったなら、ならば白嶺の『逸樹が白嶺のオンナである』という発言の意図は何だと問いただされるだろう。

(せいぜいおれは白嶺さんの奴隷、しかも性奴隷だなんて、こいつに言えない)

 清らかな高校生に、逸樹の地獄の生活を暴露するなんて、とんでもないことだ。それに逸樹だって、佑にまで軽蔑されたくない。

「……大人には、色々あるんだよ」

 逸樹がそう曖昧に濁すと、佑もそれ以上訊いてこなかった。いつも朗らかな笑顔の彼が、表情を無くしているのが、少し気になった逸樹だった。
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