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8.ポメ田課長の名前は『悠一』です
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年が明けても忙しい日々が続く誉田だ。
成人の日の翌日にはもうポメ化していたし、その翌々日にもまたポメになった。この頻度だと、精神的にも疲れてくる。
(もういっそ、予防したい)
犬飼の家でスーツを着直しているとき、そんな考えが誉田に浮かんだ。それはとても名案であるような気がした。
誉田は恥を忍んで、犬飼に添い寝を頼んだ。毎日デートという訳にはいかないから、代替案だ。それを聞いた犬飼は、非常に微妙な表情をした。
「何がどうなってその発想っすか。あんた、俺があんたで抜いてんの知ってるっしょ」
「いや、お前の腕の中だと癒やされるのが、もうポメの本能に染みついてきてるんだ。だから人間形態でも恐らく癒やされる」
誉田がそう主張すると、犬飼はもうとても嫌そうにする。
「あんた、そんなお気楽な考えだから、元彼に一千万も貢がされるんすよ」
そう誉田を詰ったくせに、犬飼は誉田をベッドに入れてくれた。
(あ、犬飼の匂いがする)
風呂に入った後だから、本人は石鹸と入浴剤のラベンダーが混ざった香りだ。だけれど、貸してくれた枕も、布団からも、微かに犬飼の匂いがして、ほっとする。
それだけでとろん、としてきた誉田を、犬飼は複雑そうな目で見つめ、手で顔を覆ったり頭を掻いたりジタバタしたりと挙動不審している。
「あーもう! 生殺しってこういう感じなんすね!」
指一本すらふれない犬飼が、何だか可哀想になって、誉田はちょっと首を傾げた。
「キスでもするか?」
「駄目っす! そんなのマジで襲いますよ俺」
犬飼に血走った目で怒られたので、二人そのまま目を閉じた。
驚いたのは、目が覚めてからだ。自分の設定した覚えのないアラームが鳴っていて、誉田は目を覚ました、の、だが。
がっちりと、何かに抱き込まれている。温かい、温かくて気持ち好い、何か。
(犬飼?)
犬飼に添い寝を頼んだことを思い出す。眠ったときにはお互い距離を取っていたはずなのに、今やもう頬と頬がふれ合い、犬飼の腕は誉田の腰にがっちりと回っている。
(ちょっと、待て)
これじゃあ、一晩を共に過ごした後みたいだ。いや、共に過ごしはしたが、何もしていないのに。
誉田が混乱しているうちに、犬飼が目覚める気配があった。アラームが止まったのだ。
「ゆういちさん」
悠一。それは自分の名前。誰かに呼ばれるなんて、前の彼氏ぶりだ。
そう誉田の頭を過った瞬間、身体がベッドに押し付けられた。犬飼にそうされたのだと気付いて、驚きで声を上げようとしたのに、できなかった。
「悠一さん」
ひどく柔らかな目をした犬飼の唇が、自分のそれと重なって。誉田の脳が、とろける。
(気持ち、好い)
犬飼がこんな優しいキスをする男だなんて、知らなかった。今、知ることができたという事実が、誉田の胸を甘くする。もっとして欲しい。犬飼の唇で、手で。もっとふれてほしいのだ。
「いぬ、かい……っ」
犬飼の背中に、腕を回して。甘い液体に脳内が浸されていた、のに。
はっとした顔をした犬飼ががばりと起き上がり、きっととろけた顔をしているだろう誉田を見下ろした後、素早くベッドから飛び降りた。
「大変申し訳ございません。寝惚けておりました」
犬飼らしくもない真面目な敬語で土下座される。そんな風にされる覚えはない。
「犬飼」
「課長、先に自宅に帰ってください。俺、男の事情で見送れません」
床に額を擦りつけたままの犬飼に、何と言葉を掛けてやるべきか、分からなかった。それに、犬飼からのキスで興奮した誉田の心も身体も、恐らく冷ました方がいい。男の事情があるのは、誉田もまた同じだからだ。
借りたパジャマからスーツに急いで着替え、「ありがとう。すごく助かったよ」とまだ蹲っている犬飼に声を掛けてから、部屋を出た。
だが、扉を閉めたらもう、誉田は歩けなくなった。発火するような心と身体を持て余したのだ。犬飼の部屋の扉に背をもたれる。
(よく『添い寝しろ』なんて平気で言えたな)
今の誉田はもう言えない。きっと、あの腕に癒やし以外のものまで、求めてしまうから。
あのまま、間違いでも、寝惚けてでもいいから、犬飼ともっと深いことをしたかった。あの優しいキスをずっと受けていたかった。そして、その先も。
その、暴れるような気持ちの根っこにあるものに気付いて、どうしようもなくなって、誉田は顔を両手で覆った。
(俺は、あいつのことが)
犬飼高という、年下の男が。
(好きなのかもしれない)
成人の日の翌日にはもうポメ化していたし、その翌々日にもまたポメになった。この頻度だと、精神的にも疲れてくる。
(もういっそ、予防したい)
犬飼の家でスーツを着直しているとき、そんな考えが誉田に浮かんだ。それはとても名案であるような気がした。
誉田は恥を忍んで、犬飼に添い寝を頼んだ。毎日デートという訳にはいかないから、代替案だ。それを聞いた犬飼は、非常に微妙な表情をした。
「何がどうなってその発想っすか。あんた、俺があんたで抜いてんの知ってるっしょ」
「いや、お前の腕の中だと癒やされるのが、もうポメの本能に染みついてきてるんだ。だから人間形態でも恐らく癒やされる」
誉田がそう主張すると、犬飼はもうとても嫌そうにする。
「あんた、そんなお気楽な考えだから、元彼に一千万も貢がされるんすよ」
そう誉田を詰ったくせに、犬飼は誉田をベッドに入れてくれた。
(あ、犬飼の匂いがする)
風呂に入った後だから、本人は石鹸と入浴剤のラベンダーが混ざった香りだ。だけれど、貸してくれた枕も、布団からも、微かに犬飼の匂いがして、ほっとする。
それだけでとろん、としてきた誉田を、犬飼は複雑そうな目で見つめ、手で顔を覆ったり頭を掻いたりジタバタしたりと挙動不審している。
「あーもう! 生殺しってこういう感じなんすね!」
指一本すらふれない犬飼が、何だか可哀想になって、誉田はちょっと首を傾げた。
「キスでもするか?」
「駄目っす! そんなのマジで襲いますよ俺」
犬飼に血走った目で怒られたので、二人そのまま目を閉じた。
驚いたのは、目が覚めてからだ。自分の設定した覚えのないアラームが鳴っていて、誉田は目を覚ました、の、だが。
がっちりと、何かに抱き込まれている。温かい、温かくて気持ち好い、何か。
(犬飼?)
犬飼に添い寝を頼んだことを思い出す。眠ったときにはお互い距離を取っていたはずなのに、今やもう頬と頬がふれ合い、犬飼の腕は誉田の腰にがっちりと回っている。
(ちょっと、待て)
これじゃあ、一晩を共に過ごした後みたいだ。いや、共に過ごしはしたが、何もしていないのに。
誉田が混乱しているうちに、犬飼が目覚める気配があった。アラームが止まったのだ。
「ゆういちさん」
悠一。それは自分の名前。誰かに呼ばれるなんて、前の彼氏ぶりだ。
そう誉田の頭を過った瞬間、身体がベッドに押し付けられた。犬飼にそうされたのだと気付いて、驚きで声を上げようとしたのに、できなかった。
「悠一さん」
ひどく柔らかな目をした犬飼の唇が、自分のそれと重なって。誉田の脳が、とろける。
(気持ち、好い)
犬飼がこんな優しいキスをする男だなんて、知らなかった。今、知ることができたという事実が、誉田の胸を甘くする。もっとして欲しい。犬飼の唇で、手で。もっとふれてほしいのだ。
「いぬ、かい……っ」
犬飼の背中に、腕を回して。甘い液体に脳内が浸されていた、のに。
はっとした顔をした犬飼ががばりと起き上がり、きっととろけた顔をしているだろう誉田を見下ろした後、素早くベッドから飛び降りた。
「大変申し訳ございません。寝惚けておりました」
犬飼らしくもない真面目な敬語で土下座される。そんな風にされる覚えはない。
「犬飼」
「課長、先に自宅に帰ってください。俺、男の事情で見送れません」
床に額を擦りつけたままの犬飼に、何と言葉を掛けてやるべきか、分からなかった。それに、犬飼からのキスで興奮した誉田の心も身体も、恐らく冷ました方がいい。男の事情があるのは、誉田もまた同じだからだ。
借りたパジャマからスーツに急いで着替え、「ありがとう。すごく助かったよ」とまだ蹲っている犬飼に声を掛けてから、部屋を出た。
だが、扉を閉めたらもう、誉田は歩けなくなった。発火するような心と身体を持て余したのだ。犬飼の部屋の扉に背をもたれる。
(よく『添い寝しろ』なんて平気で言えたな)
今の誉田はもう言えない。きっと、あの腕に癒やし以外のものまで、求めてしまうから。
あのまま、間違いでも、寝惚けてでもいいから、犬飼ともっと深いことをしたかった。あの優しいキスをずっと受けていたかった。そして、その先も。
その、暴れるような気持ちの根っこにあるものに気付いて、どうしようもなくなって、誉田は顔を両手で覆った。
(俺は、あいつのことが)
犬飼高という、年下の男が。
(好きなのかもしれない)
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