上 下
4 / 11

4.ポメ田課長、江ノ島デートする

しおりを挟む
 起きたら起きたで犬飼はうるさかった。
「彼シャツの課長、殺傷能力高すぎっすわ。俺んとこ嫁に来ません?」
「行かない。さっさと出るぞ」
 なるべく愛想のないように振る舞おうと決意している誉田である。ここで犬飼をつけあがらせれば、本気で「恋人になれ」とか言われかねない。一千万円持ち逃げ彼氏の次は脅迫系彼氏なんて、そんな人生は真っ平だ。
 江ノ島へは何度も乗り継ぎが必要だし、その全てが混雑路線だ。新宿からは始発駅なので席に座れたが、藤沢から片瀬江ノ島までは溢れる観光客で身体が潰されそうになった。誉田はドアの前に立ってしまったので、人間の重みが一気に押し寄せる位置だ。
 だというのに、電車が揺れても、誉田は潰れなかった。目の前で微笑む犬飼が、ずっと誉田を守っていてくれたからだ。
「……そういう扱い誰にでもすると、勘違いされるぞ」
「誰にでもなんてしませんよ。誉田課長だからしてるんすわ」
 甘く笑った犬飼が理解できなくて、一瞬、誉田の思考はフリーズした。しかし。
(まあ、ここでポメ化されたらそっちの方が面倒だろうしな)
 親子連れも多いから、子供に見つかって満員電車でもみくちゃのあまり死亡、なんてそんな人生の最期は誉田も嫌だ。
 晴れ渡る空の下の大海原がきれいなんて、知らなかった。
 夏ではないので海は深い青色をしているが、そこはかとない情緒を感じさせて、誉田はとても気に入った。江ノ島大橋が長いのも気にならないくらいだ。
 辿り着いた江ノ島はずっと坂で、通勤しかしていない二人にはそこそこにきつい道程だ。だが、弁財天の仲見世の道端で食べる生しらすは絶品だったし、犬飼は「これ飲み物っすね」と気に入っておかわりを頼んでいた。たこを丸ごと挟んで作るのに二人で仰天した、たこせんべい。ソフトクリームにしらすの載っかったもの。どれも、見た目も味も楽しかった。
 江島神社の階段を登りきり、振り返った景色が美しくて、誉田は、年甲斐もない、と自分で思いながらも歓声を上げた。
「おおー! 橋まで見えるな!」
「凄いっすね! ちょっと感動しました。俺も実は江ノ島初回なんすわ。課長と来れて良かった」
 さらっと、犬飼の手に自分のそれが攫われる。温かい。秋ももう終わりであるのを誉田は唐突に思い出す。冬もこうして温めてくれたら、と考えてしまって、慌てて打ち消す。
「あんたが楽しそうなとこなんて、初めて見ましたしね。ちょっとは癒やされました?」
「え?」
 弾かれたように、誉田は犬飼を見上げた。
犬飼は。
いつもの愛想の良い笑顔ではない、熱い眼差しと笑みをこちらに向けていた。
「ポメ症の特効薬は癒やしでしょう。あんたには癒やしがもっと必要なんすよ」
 そうしてぎゅっと誉田の手を強く握って。
「ほら、誉田課長、お参りしましょ。ポメ症が治りますようにって、お祈りしなきゃ」
 その強い手に。視線の温度に。誉田は身体の芯が焼けるような、痛みとも甘さともつかない感覚を覚えた。
「……馬鹿、ポメ症は不治の病だぞ。神頼みじゃ治せない」
 今、犬飼に言いたいのはこんなふて腐れたような言葉じゃない気がする。
(俺のために、今日、デートに誘ってくれたのか?)
 その疑問をぶつけたいのに、違うと言われたらと思うと、喉が締まるように感じる。
「そうですね。それなら、課長に素敵な彼氏ができますようにって、祈っておいてあげます。あ、俺のことっすけどね」
「要らん!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身体検査が恥ずかしすぎる

Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。 しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。 ※注意:エロです

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

俺のすべてをこいつに授けると心に決めた弟子が変態だった件

おく
BL
『4年以内に弟子をとり、次代の勇者を育てよ』。 10年前に倒したはずの邪竜セス・レエナが4年後に復活するという。その邪竜を倒した竜殺しこと、俺(タカオミ・サンジョウ)は国王より命を受け弟子をとることになったのだが、その弟子は変態でした。 猫かぶってやったな、こいつ! +++ ハートフルな師弟ギャグコメディです。

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

支配された捜査員達はステージの上で恥辱ショーの開始を告げる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話

こじらせた処女
BL
 網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。  ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?

処理中です...