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4.ポメ田課長、江ノ島デートする
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起きたら起きたで犬飼はうるさかった。
「彼シャツの課長、殺傷能力高すぎっすわ。俺んとこ嫁に来ません?」
「行かない。さっさと出るぞ」
なるべく愛想のないように振る舞おうと決意している誉田である。ここで犬飼をつけあがらせれば、本気で「恋人になれ」とか言われかねない。一千万円持ち逃げ彼氏の次は脅迫系彼氏なんて、そんな人生は真っ平だ。
江ノ島へは何度も乗り継ぎが必要だし、その全てが混雑路線だ。新宿からは始発駅なので席に座れたが、藤沢から片瀬江ノ島までは溢れる観光客で身体が潰されそうになった。誉田はドアの前に立ってしまったので、人間の重みが一気に押し寄せる位置だ。
だというのに、電車が揺れても、誉田は潰れなかった。目の前で微笑む犬飼が、ずっと誉田を守っていてくれたからだ。
「……そういう扱い誰にでもすると、勘違いされるぞ」
「誰にでもなんてしませんよ。誉田課長だからしてるんすわ」
甘く笑った犬飼が理解できなくて、一瞬、誉田の思考はフリーズした。しかし。
(まあ、ここでポメ化されたらそっちの方が面倒だろうしな)
親子連れも多いから、子供に見つかって満員電車でもみくちゃのあまり死亡、なんてそんな人生の最期は誉田も嫌だ。
晴れ渡る空の下の大海原がきれいなんて、知らなかった。
夏ではないので海は深い青色をしているが、そこはかとない情緒を感じさせて、誉田はとても気に入った。江ノ島大橋が長いのも気にならないくらいだ。
辿り着いた江ノ島はずっと坂で、通勤しかしていない二人にはそこそこにきつい道程だ。だが、弁財天の仲見世の道端で食べる生しらすは絶品だったし、犬飼は「これ飲み物っすね」と気に入っておかわりを頼んでいた。たこを丸ごと挟んで作るのに二人で仰天した、たこせんべい。ソフトクリームにしらすの載っかったもの。どれも、見た目も味も楽しかった。
江島神社の階段を登りきり、振り返った景色が美しくて、誉田は、年甲斐もない、と自分で思いながらも歓声を上げた。
「おおー! 橋まで見えるな!」
「凄いっすね! ちょっと感動しました。俺も実は江ノ島初回なんすわ。課長と来れて良かった」
さらっと、犬飼の手に自分のそれが攫われる。温かい。秋ももう終わりであるのを誉田は唐突に思い出す。冬もこうして温めてくれたら、と考えてしまって、慌てて打ち消す。
「あんたが楽しそうなとこなんて、初めて見ましたしね。ちょっとは癒やされました?」
「え?」
弾かれたように、誉田は犬飼を見上げた。
犬飼は。
いつもの愛想の良い笑顔ではない、熱い眼差しと笑みをこちらに向けていた。
「ポメ症の特効薬は癒やしでしょう。あんたには癒やしがもっと必要なんすよ」
そうしてぎゅっと誉田の手を強く握って。
「ほら、誉田課長、お参りしましょ。ポメ症が治りますようにって、お祈りしなきゃ」
その強い手に。視線の温度に。誉田は身体の芯が焼けるような、痛みとも甘さともつかない感覚を覚えた。
「……馬鹿、ポメ症は不治の病だぞ。神頼みじゃ治せない」
今、犬飼に言いたいのはこんなふて腐れたような言葉じゃない気がする。
(俺のために、今日、デートに誘ってくれたのか?)
その疑問をぶつけたいのに、違うと言われたらと思うと、喉が締まるように感じる。
「そうですね。それなら、課長に素敵な彼氏ができますようにって、祈っておいてあげます。あ、俺のことっすけどね」
「要らん!」
「彼シャツの課長、殺傷能力高すぎっすわ。俺んとこ嫁に来ません?」
「行かない。さっさと出るぞ」
なるべく愛想のないように振る舞おうと決意している誉田である。ここで犬飼をつけあがらせれば、本気で「恋人になれ」とか言われかねない。一千万円持ち逃げ彼氏の次は脅迫系彼氏なんて、そんな人生は真っ平だ。
江ノ島へは何度も乗り継ぎが必要だし、その全てが混雑路線だ。新宿からは始発駅なので席に座れたが、藤沢から片瀬江ノ島までは溢れる観光客で身体が潰されそうになった。誉田はドアの前に立ってしまったので、人間の重みが一気に押し寄せる位置だ。
だというのに、電車が揺れても、誉田は潰れなかった。目の前で微笑む犬飼が、ずっと誉田を守っていてくれたからだ。
「……そういう扱い誰にでもすると、勘違いされるぞ」
「誰にでもなんてしませんよ。誉田課長だからしてるんすわ」
甘く笑った犬飼が理解できなくて、一瞬、誉田の思考はフリーズした。しかし。
(まあ、ここでポメ化されたらそっちの方が面倒だろうしな)
親子連れも多いから、子供に見つかって満員電車でもみくちゃのあまり死亡、なんてそんな人生の最期は誉田も嫌だ。
晴れ渡る空の下の大海原がきれいなんて、知らなかった。
夏ではないので海は深い青色をしているが、そこはかとない情緒を感じさせて、誉田はとても気に入った。江ノ島大橋が長いのも気にならないくらいだ。
辿り着いた江ノ島はずっと坂で、通勤しかしていない二人にはそこそこにきつい道程だ。だが、弁財天の仲見世の道端で食べる生しらすは絶品だったし、犬飼は「これ飲み物っすね」と気に入っておかわりを頼んでいた。たこを丸ごと挟んで作るのに二人で仰天した、たこせんべい。ソフトクリームにしらすの載っかったもの。どれも、見た目も味も楽しかった。
江島神社の階段を登りきり、振り返った景色が美しくて、誉田は、年甲斐もない、と自分で思いながらも歓声を上げた。
「おおー! 橋まで見えるな!」
「凄いっすね! ちょっと感動しました。俺も実は江ノ島初回なんすわ。課長と来れて良かった」
さらっと、犬飼の手に自分のそれが攫われる。温かい。秋ももう終わりであるのを誉田は唐突に思い出す。冬もこうして温めてくれたら、と考えてしまって、慌てて打ち消す。
「あんたが楽しそうなとこなんて、初めて見ましたしね。ちょっとは癒やされました?」
「え?」
弾かれたように、誉田は犬飼を見上げた。
犬飼は。
いつもの愛想の良い笑顔ではない、熱い眼差しと笑みをこちらに向けていた。
「ポメ症の特効薬は癒やしでしょう。あんたには癒やしがもっと必要なんすよ」
そうしてぎゅっと誉田の手を強く握って。
「ほら、誉田課長、お参りしましょ。ポメ症が治りますようにって、お祈りしなきゃ」
その強い手に。視線の温度に。誉田は身体の芯が焼けるような、痛みとも甘さともつかない感覚を覚えた。
「……馬鹿、ポメ症は不治の病だぞ。神頼みじゃ治せない」
今、犬飼に言いたいのはこんなふて腐れたような言葉じゃない気がする。
(俺のために、今日、デートに誘ってくれたのか?)
その疑問をぶつけたいのに、違うと言われたらと思うと、喉が締まるように感じる。
「そうですね。それなら、課長に素敵な彼氏ができますようにって、祈っておいてあげます。あ、俺のことっすけどね」
「要らん!」
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