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6.

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 ベッドの天蓋の薄い布地をユーリが閉めた。これで、ふたりっきりだ。
「エト君」
 花冠をそっと外されたのは、きっと合図だ。
 キスを、心が溢れるまで与えられるのが嬉しい。ぴちゃぴちゃと、体液を交換するのが、まるで本当に、ひとつになっていくみたいで。
 荒くなった息に唇を離すと、欲情した顔のユーリが、エトを射るように見ていた。こんな顔もするのだと、胸が高鳴る。
(ユーリさん、かっこいい……)
 エトが子供の頃から夢見ていた、優しい王子様のようではないけれど。こんなに、男だというのを見せつけるような彼が、愛おしくて。
「ユーリさん、早く……」
「……いい子だから、少し、待ちましょうね」
 そしてユーリは、いつも結っている髪を、そっと解いた。
 ぱさり、と流れる髪が美しくて、エトは見蕩れる。
「ユーリさん、きれい」
「……そこは、かっこいいと言って欲しいですね」
「かっこいいで、す、け……」
 最後の言葉を彼の唇に呑み込まれる。甘い、甘いキスに溶ける。
 そうしてぼうっとしている間に、全て脱がされて。ユーリの温かい肌にぎゅう、と抱かれて、気が付く。
(こういうとき……正面から抱き締めてもらえるの、はじめてだ)
 いつも、エトはベッドに伏せたままだった。だから、ユーリの情欲を真っ向から受け止めるなんてことはなくて。
 なのに今、離さないとでもいうように、強い力がエトを引き留めている。
 それを自覚した瞬間、心がまるで海のように、蕩けた。
(ぼく、本当に、ユーリさんに)
 好きになってもらえたのかもしれない。
 それがつくづくと、身に沁みて。
 痛い。苦しい。切ない。
 好きになってもらえるのは、嬉しくて、そしてほろ苦い。
 だって、この腕に離されたらもう、生きていけなくなってしまいそうだから。
「ユーリさん……ぼくを、離さないで」
 彼の頬に手を寄せて、縋る。恋が辛いなんて、知らなかったのだ。
 ユーリが困った顔をする。そうして、震える唇が、エトの手のひらに触れた。
「勘弁してください。俺も、それほど余裕はないんです」
 そうして、ベッドに押し倒される。エトの顔の上に、端正なユーリの顔があって、彼の両腕はエトを逃がさないとでもいうようにエトの顔の横にあって。
 羞恥で死んでしまいそうだ。
 ユーリのヘーゼル色の瞳と目が合ったときに、もう恋に落ちていたことを、今更悟る。
「俺の、俺の──エト」
「ユーリ、さ……」
 首筋に吸い付かれ、甘酸っぱい痛みが走る。そうして、鎖骨にも同じように感じて、何だかくすぐったい。
「ユーリさん、何して……」
「俺の跡を、残しているんです。──誰にも盗られないように」
「……ぼくは、あなたのものですよ?」
「知っています。でも、こうしたいんです。駄目でしょうか」
 そんなこと、言うはずがないのを、きっとユーリは承知しているだろうに。
「……もっと、してください」
「だから、そうやって、煽らないでくださいってば」
 ユーリの頬が緩んで、目がすうっと優しくなる。唇がきれいな弧を描いていて、胸がときめく。
 その顔だ。
 エトがずっと見たかったのは。
「そんな風に、笑うんですね」
 愛おしくて、首に腕を回した。
 彼を離したくないのは、エトの方こそだ。
「え?」
「ユーリさん、ずっと優しそうに笑っていたけど、嘘だったじゃないですか。でも、今笑っているのは、本当でしょう?」
 笑みが、驚いた顔へと変わる。それも好き。でもやっぱり、笑顔は格別に好きだ。
「……君、分かっていますか。俺は、これでも君を大事に扱いたいんだ。それを──どうしてくれるんです」
 困ったような笑みを浮かべた彼に、唇を奪われた後。
 まるで彼は、肉食の獣のような顔をした。兎ではなかっただろうか、彼は。
「ん──あぁっ」
 はしたない声を上げてしまって、エトは慌てふためく。だってユーリが。欲していたエト自身を、べろりと舐めたから。
「や……っ、ユーリさん、そこは……」
「君を、全部食べさせてください、エト君」
 上目遣いでこちらへと向いた視線が、気持ち好い。肌で快感を認識する。
 それだけで精一杯なのに、ユーリはエトの雄を口に含んでしまう。知らない、粘膜による快楽に、脳が焼き切れそうになる。
「ひぅ……あ、やめ、そこ……だめ、です、やめ……」
 いつもなら、エトが奉仕する側なのに。今はユーリが甲斐甲斐しくエトを高めてくれるから、どんどん耐えられなくなる。
 彼の口の中で、先走りがねばつくのが分かる。それが更に性感を強めてしまうので、苦しくて、目の端に涙が浮かぶ。
「やぁっ……も、だめ……きもち、い」
 訳が分からなくなって。
 ユーリの目に見詰められているのすら快感で。
 こめかみを涙が伝うのと、達するのは同時だった。
「ああ──ぁっ!」
 あえかに喘いで。
 天国へと落ちたのか、天国から落ちたのか、判別がつかない。
 どくり、どくりと脈打つのに合わせて、ユーリが飲んで、そして目を伏せるので。その色気に頭がやられる。枯渇するまで、出してしまいたくなる。
「ユーリさん……それ、美味しくないです」
 それに、冷静に考えると、獣人のユーリが消化できるものでもない気がする。だのに、全て飲み干してしまった彼に、猛烈な恥ずかしさが襲ってくる。多分、顔が真っ赤だ。
 すると、口を離したユーリが、またきれいに笑ってくれた。
「可愛い。可愛い俺のエト」
 キスをされて、舌を絡めるが、苦い。エトの精液の味だと思うと、羞恥で身が焦げてしまいそうになる。
「ふふ……気持ち、好かったですか? いつもしてもらってばかりでしたからね」
「……ユーリさん、他のひとにもこんなことするんですか」
「まさか。君だけですよ」
 何て口説き文句だ。こんなに彼を好きにさせて、どうするつもりなのだろう。
「俺のも、受け入れてくれますね」
 そうして膝立ちになったユーリの雄は、もう挿入できそうなほどに勃ち上がり、赤黒く腫れあがっている。
 あらぬところが、きゅん、と疼く。
 ユーリに教え込まれた快楽を思い出して、吐き出したばかりの自身がまた力を持った。
 ──と。
 ぽとり。
 何かが落ちたような音がした。
 そちらを見ると、ガラス瓶が、シーツの上にあった。
 さっきまで、そんなものはなかったのに。
 ユーリが手に取って、そして首を捻る。
「『ろおしょん 叔母より』って書いていますね」
「何でしょうか」
「さあ……」
「開けてみますか」
 叔母の名が書いてあるのだから、悪いものではないだろうとエトは判断する。──この行為を覗き見られている可能性があることには、気付かないふりをした。
「……ねばねばしますね。丁度いい」
 ユーリの目が光る。彼の指を濡らした透明な液を、滴らせたまま。
「や……っ!」
 脚を持ち上げられ、ぐっと割り広げられる。勃起した自身も、ひくついている蕾も、全てユーリの視界の中だ。
「やだ、恥ずかしいです、ユーリさん」
「可愛らしいですよ。それに、淫らだ。さっき出したのに、もう先走りをこぼして……いやらしい子ですね」
「言わ……ないで……ぇ」
 彼の目線を避けて横を向いたのに。
「こちらを見なさい。エト君」
 そう命じられて、すっかり欲に染まった顔をしているユーリと目が合った。
「俺の指が、君の中に入るのを、ちゃんと見ていなさい」
 そして。
 ぬめりとともに、ユーリの中指がぐっと押し込まれる。ずっと待っていた感覚に、エトはそれだけで絶頂しそうになる。思わず瞼をぎゅっと瞑る。
「そんな可愛い顔をしないで。見ていろと言ったでしょう」
「ひ、ぅ……っ」
 長い指の先が、エトの気持ちの好い場所をきつく擦ったので、身体がびくりと跳ねる。もっと、もっとそうして欲しくて、勝手に腰がくねるのを、ユーリが笑う。
「そんなに好いですか、エト君」
「はい……っ、そこ、いじめて、……ぁあっ」
 たかが指でこんなに快感を得る自分はおかしいのかもしれない。心臓の裏を直接突かれているような、狂おしい気持ちになる。
「……ユーリ、さん、っ……もぅ……挿れて……ぇ」
「駄目です。今日は君を、じっくり俺のものにしたい──指のかたちも、俺のかたちも、覚えてください。これから一生、君を善くするものだから」
 そうして蕩けるように彼が笑うから。
 自白しそうになった。もう、疾うに覚えていて、それしか要らないことを。
 二本目の指が入ってきて、それすらも平気で受け入れる自分の身体は、何て卑しいのだろうと思う。
 だって、全然足りない。
 ユーリの大きいもので、貫かれたい。
「もう……だめぇ……お願い、ユーリさんを、ください」
「……仕方のない子ですね」
 そうして彼が笑うのに、それがひどく淫猥で。
 ユーリにそんな顔をさせたのが、自分であることに、満足を覚える。
「……泣いても、許しませんから」
「ひゃ──あ、あんっ」
 彼のそそり立つものが、こんなに熱いのを、身体の中で知る。
 内臓が押し潰されそうなほど、強く押し込まれて、でもそれが気持ち好くてたまらない。
 好きなのはユーリなのか、隷属していることの実感なのか、混乱する。でもきっと、両方だ。
「全部、入りました、よ。エト君」
 汗がひとつぶ落ちてきて、彼も必死であるのを知る。それが嬉しくて、切なくて、エトは泣いてしまう。
 好きな相手に欲しがられて、欲しいものをもらって、それをきっとしあわせと言うのだ。
「泣いても許さないと、言ったでしょう。そんなに可愛く泣いても、駄目ですよ──君が、全部悪い」
「ぼく……が……?」
「君をこんなに好きにさせて、俺をどうするつもりですか」
 口付けが、額に、こめかみに、鼻先に、唇に降ってくる。さらさらしたユーリの毛先が肌をくすぐって、それすら快楽になる。
「……俺が、何処まで入っているか、分かりますか」
 そんなの、分かっている。
 熱くて、固くて、そして優しい。そんなものが、腹を満たしているのは、知っている。
 下腹を辿る指が愛しくて、「ここ」と微笑まれたときには、恥ずかしさで死んでしまいたくなった。
「ここに居ます。──君の、中に」
「……っ、ユーリさん、好き、です」
 それしか言葉が出ない。多分エトの中は、もうその感情だけで占められている。
「だから──煽らないでくださいってば」
 腰を、強い指に掴まれて。
 そうして、内側を擦られる。引っ掻かれる。
 この感覚。これが欲しかったのだ。
「ユーリさ、ん……ゆー、り、さん」
「……もっと、呼んでください。俺を、君の声で」
 凶暴なほどの快楽と、焼かれる感覚のするほどの愛おしさに、眩む。
「あん……っ、ユーリ、さん、もっとぉ……」
 強請って、乞うて、そのとおりになる。全身が気持ち好くて、もう駄目だと思うのに、キスで癒やされてしまって、意識が戻る。
 中毒になりそうだ。
 嬌声とユーリを求める声しかでない喉が、酸素を求めて喘ぐ。本当に、死の淵に近いと思う。
「ユーリさ……ん、ぼく、も……だめ……」
「……一緒に、イきましょうか。エト君」
 優しい笑みで、ユーリが言うから。
 突かれ、抉られ、それに内側が締まるのを。そうしてユーリ自身が熱を吐くのを。
 溶けていきそうな意識の中、感じていた。

*

 夜が明けるまで求められて、腰の感覚がもうない。
「……兎の獣人って、すごいですね」
「それほどでも」
「褒めてません」
 散々中に出されたので、脚をちょっと動かすだけで白濁液が溢れてくる。ちょっと気持ち悪いが、でも愛された証なので、耐えないといけないと思う。
 ふと、枕元に花冠を置いてもらったのを思い出す。もう枯れているだろうと、目を遣れば。
「あれ? お花、枯れてない……」
「ああ。この花、赤いところが実は葉っぱなんです。だから枯れないように見えるんですよ。僕たちみたいですね」
 そうして顔中にキスをくれるので、思い出す。
(ぼく、ユーリさんの、『伴侶』になったんだ……)
 つまり、彼のお嫁さん。
 思ったより、そうなるのが早すぎる。
「……まだオパール貝、足りてないのにな」
「貝? そういえば、何故あれをくれたんです」
 エトは照れて悩んで「白状しなさい」と頬を引っ張られて、仕方なく小さな声で告げた。
「……ぼく、ユーリさんのお嫁さんになりたかったから。人魚族のプロポーズを、していました」
 本当は、完成した貝のネックレスを贈るのだけれど。エネリに「それは早い」と止められたので、一つずつならいいかと渡していたのだ。
「ちゃんと言ってくれなければ分かりません」
「……あのとき言ってたら、ユーリさん、絶対捨ててたじゃないですか」
「それは言わないでくださいって」
 結局、続きはふたりで探そうということになった。
 人魚族の儀式としては失敗だけれど、エトは嬉しかったからそれでいいのだ。

 ふたりで身体を清めてから、ぐしゃぐしゃのベッドに戻ると、叔母がそこに腰掛けていた。
「エト、おはよう」
「叔母上! そこ、座んないで!」
 精液にびっしりと濡れたシーツをものともせず、カヤは笑顔をこちらに向ける。
「王国秘伝の『ろおしょん』は役に立ったようね」
 得意顔でそう言ってくるので、エトは顔を真っ赤にして俯いた。
「使いきりました。ありがとうございます」
 さらっと返すユーリの背中をぎゅっと指で摘まんだ。
 あっという間に時間は過ぎ、北の人魚の王国へと帰ることになった。
 兄姉へのお土産を何にしたらいいか、困る。珍しいものばかりだからだ。
「父君にはこれでいいんじゃないですか」
 しれっとユーリが指をさしたのは、毒サソリの剥製だった。
「ユーリさん、殺意漏れてます」
「それほどでも」
 叔母が『ろおしょん』を木箱入りでくれた。そして、魔法で北の人魚の宮殿まで送ってもらう。
 エネリが出迎えてくれ、兎のすがたのユーリに、「手は出さなかったでしょうね」と凄んでいる。
「出しました。この子はもう僕のお嫁さんです」
「は!? エト、何あっさり陥落してるのよ! またひどい目に遭わされるわよ、きっと」
 肩を掴んでくるエネリの剣幕に、エトは首を傾げる。
「え? なんでユーリさんが?」
「あーもう! この子馬鹿なの!?」
 かぶりを振って嘆くエネリだが、「おかえり」と言ってくれた。
 でももう、姉にはなかなか会えなくなるのだ。
 エトの帰宅祝いに、きょうだいが祝宴を開いてくれるらしい。父も渋々参加すると言ってくれたようだ。
 だがそこで、エトは告げなければならない。この王宮を出て、ユーリと生きていきたいことを。
 父は許してくれるだろうかと思い悩んでいたら、ユーリが腕の中で宣言した。
「僕も出席させてください。君の父君には言いたいこともあるし、君を貰うお許しをいただかなければ」
「……喧嘩、しないでくださいね。父上、すごく強いですし、ユーリさん今、兎だから」
「……花嫁の父は古来から強いと聞きます。まあ、何とかなるでしょう」
 部屋に寄らずにそのまま食堂に向かう。もうエネリ以外のきょうだいと父は待っていた。ユーリのすがたを認めた彼らは、大いにざわめいた。
 父が、ふたりを縊り殺しそうな顔でこちらを見ている。
「……エト。何故その兎を連れてきた」
 咄嗟に「ごめんなさい」と言いかけるが、ユーリの声がそれを遮る。
「兎ではありません。兎の獣人の第一王子、ユーリ・スミットです。家族の食卓のお邪魔をしてすみませんが──僕もエト君の家族になりたいので」
 挑発的な声と、兎なのに勝ち気そうに見える笑みで、ユーリが父に挑戦状を叩きつけた。
「なんだと?」
「そちらの王国の第十五王子、エト君を僕の伴侶としたいのです。本人からの同意は得ています。お許しいただけますね、義父上ちちうえ
 いっそ愉快なほどに、高らかな通告だ。
(今ユーリさん兎で無職なのになあ)
 何となく思って、エトはその考えを否定するように首を横に振った。
「お前にそう呼ばれる筋合いはない」
「そうですか。ではこちらも勝手に致します。だいたい僕も、あなたと家族だなんて真っ平ですから。──エト君、空間魔法は使えますか」
 急に呼ばれてびっくりする。ユーリが振り向いて、こちらを見ている。悪戯っぽいロップイヤーは小悪魔だ。
「へ? ぼく?」
「逃げましょう!」
「はい!」
 なんだかもうエトは可笑しくなってしまって、ユーリには勝てないと思った。
「待て、エト! お前まで居なくなるつもりか」
 父の口から漏れた言葉にびっくりする。きっと今父が想っているのは、エトを守って死んだ母だ。
(そうか。父上、母上のこと、大好きだったんだな)
 悲しみを怒りで表現することしかできなかったのだと思うと、少し父が哀れになる。母に似ているのだというエトを大事に思ってくれる気持ちも分かった、でも、エトだってユーリが大好きなのだ。
「父上、ごめんなさい。でも僕も、伴侶のことが大事です。側に、居たいです。なので、駆け落ちします」
「エト……」
 魔力を集中させたところに、エネリの声が飛んでくる。
「こらエト! 叔母様のところに家出するのは駆け落ちとは言わないわよ!」
「エネリ姉さん、元気でね! 恋人と仲良くね!」
「いないわよそんなの!」

 南国の地、王家の別荘を再び借りて、ベッドで抱き合った。叔母には「覗かないで」と言ってあるが、実際にそうしてくれるかは分からない。
「ユーリさん……父のこと、ごめんなさい。でもぼく、ユーリさんが父のこと、殴るんじゃないかと思ってました」
「そんなことしませんよ。兎パンチじゃ僕が可愛いだけでしょう。僕の恨みは、君を貰ってくることで、おあいこです。それに、どんなことをしたって、失った家族は戻りませんから」
 ユーリは、どこかふっきれたような顔をしていた。だからエトも、安心して身体をユーリの上に重ねた。唇を寄せ合う。
「これからは、君が僕の家族です。いいですね」
「はい、ユーリさん」
 うっとりと彼を見詰めると。何だか、暗雲がユーリの上に立ち込めているように見えた。
「僕の言うこと、聞いてくれますね?」
「え?」
「従順なエト君も可愛いですが……僕は淫らに誘ってくる君の方が、ぞくぞくしますね。とりあえず、服を脱いで跨がりなさい」
 騎乗位って奴だ、と知識が言う。人魚の王国の超秘蔵資料に載っていた。
 だが、それどころではない。
「ユーリさん、昨日もしましたよね、えっち」
「ええ。でも、それはそれ、これはこれです。君も好きでしょう、えっち」
 そうして溺れるようなキスをして。エトは、叔母が『ろおしょん』をお土産でくれたことを、ありがた迷惑に思うのだった。

*

 ユーリは浮花市の建物を借りて、花屋をまた始めた。彼の案のとおり、ユーリの祖父母の花を仕入れて売るのだ。
 北国の花を見たことのない南国の者たちは珍しがって、こぞってユーリの店を訪れた。大盛況でほっとしたエトだ。
 ユーリの祖父母はエトが『お嫁さん』に来たことを喜んで、受け入れてくれた。いい嫁姑関係が築けそうだ。
 そして──祖父母のもとに居てくれたアドベルトにユーリが礼を言い、それから「良ければ僕の使っていた浮き舟を、あなたが使ってくれませんか」と提案した。南国の花を扱う専門店にしてくれと。
 アドベルトが大笑いして了承したので、遠国の浮花市にそれぞれ、別の国の花が咲くことになった。北国の方も店は成功しているようで、ユーリとふたり、にやにやと笑い合った。
「エト君」
 毎朝。
 花のブローチをつけたユーリは、彼の祖父母の花で冠を作ってくれる。
 そしてエトを呼んで、花冠をかぶせてくれるのだ。
「花冠をかぶったエト君は可愛いですねえ」
「ほんとですか? ぼく、嬉しいです」
「まあ、妹の方が可愛かったですけどね」
「お嫁さん相手に何てこと言うんですか!」
 そうしてキスをして、今日も開店だ。
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