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 北海道の夏は、あっという間に駆け抜けてゆく。八月後半からもう涼しくて、テレビで内地ないちの天気予報なんかを見たときには、暑くて大変そうだな、なんて由樹は思う。毎年のことだけれど。
 恵との関係は相変わらずだった。青羽家に住まうことに親がそろそろ口を挟んできているが、由樹は半ば無視している。優一郎のベッドで眠るのを止められないし、恵の腕の中で目覚めるのにあまりにも慣れてしまった。
 休店日前にはセックスをして、休店日に何処かに出かける。最初は『優一郎の車に乗りたいだろう』とか『優一郎に借りた小説の舞台に連れてってあげる』とかそういう口実があったのに、今はもう、二人の習慣として『月曜日はデート』ということになっている。
 ダブルワークの恵が疲れているのは相変わらずなので、本当は家で癒してやりたいのだが、そう提案すると、
「一日中抱いていいってこと?」
 なんてとんちんかんな方向に話が進むので、敵情視察も兼ねて、札幌市内のカフェをあちこち回っている。
 九月の終わり。秋が深まるニュースは、必ず、大雪山系たいせつさんけいの初冠雪から始まる。
 そのふもとに広がる見事な紅葉が見たいという話になって、二人、層雲峡そううんきょうまで足を延ばした。温泉地なので泊まっていきたいくらいだが、翌日は店があるので日帰り入浴だ。
 高速道路を北上していくにつれて気温が下がるのを実感する。
「もうすぐ冬だね。親父の一周忌も近いな」
「……まだ三ヶ月近くあるだろ」
 咄嗟に反論してしまって後悔する。まだ優一郎のことを引きずっているようで、自分がとことん嫌になる。恵が悲しむ様子を見せないように努力しているのに、自分と来たら。
「着いたよ、由樹兄」
 物思いに沈んでいたら、もう現地に着いていた。助手席にこんな男を乗せて楽しそうにしている恵の気持ちが痛い。
「おお、見事に紅葉してるね。きれいだ」
「初冠雪とか意識したことあんまりなかったな。気が付いたら藻岩山も雪積もってるから」
 温泉から見える紅葉は美しく、恵とこんな風に出かけられるようになってよかったと思ってしまった。その事実に背筋が凍る。
(それって、優一郎さんが死んだ方がよかったってことか?)
 ちらりとでもそんなことを思ってしまった自分が嫌で「早く帰ろう」と恵を急かすことになってしまった。ますます自己嫌悪に陥る。
 そんな由樹の顔色を読んだのか、恵は何も言わずに車を出してくれた。
「温泉良かったね。次は定山渓でも行こうか」
「紅葉シーズンは人でわやだろ」
 高速に乗ったところで、予定外のことが起きた。天気予報では晴れだったのに、雪が降ってきたのだ。
 それどころか、途中の道はもう三十センチ以上積もっていて、大渋滞を起こしていると電光掲示板が告げる。幸い、チェーンを積んでいたので運転はできたが、全く先に進まない。運転免許を持っていない由樹は運転席を交代してやれないので、歯がゆい。
「早く出てきて良かったね。帰れないところだった。由樹兄の勘のおかげだ」
 こんな道路状況で苛ついていてもおかしくないのに、恵は微笑んで由樹に花を持たせてくれる。その優しさに、不覚にも胸が高鳴ってしまう。
 最初の休憩地点である比布ぴっぷ大雪たいせつサービスエリアに辿り着いたときにはもう夜も深かった。
 ずっと運転をしていた恵を休ませてやりたくて「ちょっと寝よう」と提案する。だが恵は、助手席に手を伸ばしてきて、
「由樹兄、抱いてもいい?」
「こ、こんなところ、なのに?」
「うん。ごめん。でも、我慢できない」
 車の中でのセックスだなんて、恥ずかしい。それにここが優一郎のベッドではないことを、嫌でも意識してしまう。
 なのに、頷く自分は、一体何なのだろう。
 罪深くも『優一郎の代わり』にしていたはずの恵にくちづけをされるのが、ひとつも嫌じゃない。
 助手席のシートは自分で倒した。そんなことでさえ嬉しそうな顔をする恵に、どんな気持ちを向ければいいのか分からない。
「由樹兄、もうここ、欲しそうにしてる」
 由樹にまたがってネルシャツのボタンを外していた恵が、胸の頂を摘まむ。こんな場所を期待で膨らませるようになった自分の身体が嫌だ。
「やっ……さわるな……っ」
「やだ。こんなに可愛い」
 みだりがましい表情の恵が、ぷっくりと主張するそこをねっとりと舐める。それだけで背中をしならせてしまうのが恥ずかしくて、顔が紅潮していくのが分かる。どうしてたったこれだけで、身体がぐずぐずになっていくのだろう。
「……っは。由樹兄のえっちな顔やばい。ここ、そんなに好き?」
「好きじゃ、ない……ぃっ」
「素直にならないと、下、さわってあげないよ」
 行為の最中、恵はたまに意地悪なことを言う。胸で気持ち好くなっている自分なんて真っ平なのに、それを認めろと彼は命令してくる。──逆らえない自分もどうかしている。
「……おっぱい、きもち、いいから」
「だから?」
「…………もっと、して」
 恵から視線を外して羞恥に暮れながら囁いたのに、恵の耳はそれをしっかり拾っていて、とてもしあわせそうな顔をする。
「ひゃあ、……ん!」
「可愛く鳴くね。たまんない」
 吸って、べろぺろと舐られて、腫れあがった乳首はもう、恵の吐息にさえも反応して悦ぶ。そこばかりされたら頭が馬鹿になりそうなのに、まだ、欲しい。
「あ、や、もう……ゃめ、いっちゃう、やだ」
「見せて。胸でいくとこ」
 すっかり肉食獣の顔をした恵に見下ろされるのすら、快楽だ。視線に晒されたまま、尖りの先に爪を立てられて、由樹は大きくわなないて絶頂を迎えた。
「ぁん……も、さわ、ん、ないで」
 ──初めてではない、射精を伴わない快感は、由樹をどんどん淫らにする。こんなに気持ち好いのに、挿れて欲しいとか、めちゃくちゃにしてとか、そんなことばかり考えてしまう。こんな身体になったのも、全部恵の所為だ。
「いいの? さわらなくて。由樹兄もう限界でしょ」
「……くそっ、おまえ、こそ」
 重量を増した恵の雄をぞんざいになぞる。由樹の姿なんかで興奮しているのだから、いやらしいのはお互い様だ。
「手でしてくれるの?」
「しなくたってもうでかいだろ」
「もっと大きいの、好きなくせに」
 そんな風に熱の籠もった目で見られると、疼いて疼いて仕方ない。貫かれたときの圧迫感が、内臓を押し上げる感覚が内側に欲しくなって、由樹は無言で恵の性器を覆うものを取り払った。
 勃起した恵からは男の蒸れたようなにおいがむっとして、それに自らを昂ぶらせるようになった自分は本当にはしたないと思う。
 両手で包んで上下にさする。同じ男のものに大事そうに奉仕している情けない状況なのに、恵が先走りをこぼし出すのが嬉しくてならない。もっと育てて、はじけそうなものを後ろで咥えたい。
「……由樹兄、そんな顔、他の男に見せちゃ駄目だよ」
「そんなの、見せないって」
「じゃあ、俺に、だけ?」
 真摯な視線に焼かれる。恵とこんなことをしているのが、突如、いけないことだと気付く。
(だって、おれには、好きなひとが)
 居ると思いたかった。だけれどこの世の何処にも、あのひとは居ない。
(恵は、優一郎さんの、代わり、なのに)
 優一郎と交わるようなビジョンが湧かない。思い出すのは恵との交接ばかりだ。
「……デートのときは、他の男のこと考えちゃ駄目って、言ったでしょ」
 低い声が由樹を震えさせる。怒らせた恵は、少しひどくなる。そして、むしろそうされたかったみたいで自分を嫌悪する。
「うつ伏せになって」
「……うん」
 シートに腹をつけて寝そべった。このままだと由樹が達したときに座席が汚れてしまうと頭を過ったが、すぐに物事を考えられなくなる。ローションを纏った恵の指が、一気に二本も入ってきたからだ。
「っあ、はげし……」
「大丈夫だよ。昨日抱いたばっかりだから、まだ緩んでる」
 由樹の弱点の位置を正確に知っている恵は、そこばかりを狙い撃つ。たまらなく、気持ちが好い。すぐにまた天国を見られそうなほど。
「ああ──ゃ、あん、もう、だめ……っ」
「駄目じゃないだろ。こんなに締め付けて。食いちぎられそう」
「たり、ない、もっと……」
 うわごとのように呟いた言葉に自分で驚く。だが。もう、刺し貫いて欲しい。全部忘れられるように。
「やらしいひと」
 呆れとも興奮とも取れる声で恵が言う。やっぱり優一郎と同じ声質だ。
 膝まで脱がされて、はちきれそうなものが由樹の秘所に触れた。覆いかぶさられて、まだ挿れられてもないのに征服されたような気分になる。
 耳朶を掠っていったキスと、心地好い声。
「由樹兄。今だけでいいから、俺の名前、呼んで」
 その懇願に応えられなかった。ゆっくりと首を振った由樹の背中に、溜息が降る。
「……馬鹿だな、俺」
 恵の自嘲は、そのまま由樹への怒りのようなものに変わったようだ。一気に押し入られて、発情期の猫のような声を上げてしまう。
「はあぁ、っ、きもち、い、もっとぉ……」
「……くそっ」
 打ち付けられるのが激しくなる。前立腺を狙われて、やっぱりシートが汚れた。由樹の蜜はもう溢れっぱなしだ。
「親父じゃない男に抱かれて、嬉しい? 由樹兄」
「や……、いわ、ないで」
「今、中にいるの、俺だよ。分かる?」
 由樹は漏れそうな声を押し殺す。気付かせないで。もう由樹がそれに気が付いていることを。
「由樹兄。ゆき。由樹……っ!」
「ぁ──、っちゃう、おく、きてぇ……っ」
 望み通りに最奥を穿たれて、どくん、どくんと恵が脈打つのを感じた瞬間、由樹も淵に落ちていた。
 快楽で塗り潰されて、恵も、全部忘れればいいのに。
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