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[25話] 天使
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そうして待っていた俺の目の前に、その欲しいものが運ばれて来た。
それを見た瞬間に、俺は、固まってしまった。
初めて抱く感情。なんと表現すればいいのか分からない。
ずっと欲しかったものを手に入れた時、人間は言葉を失うらしい。
自分の中にある感情がなんなのかさえ分からなくて、言葉とはなんだったのかという疑問さえ浮かばない。いや、そもそも人間は言葉を発することができたのかと不安になってしまうほどに、脳と体が連携を諦めてしまっているのだ。
ふう、ようやく冷静になれた気がする。
冷静になった瞬間に、その欲しかったものは別の場所へ運ばれてしまったけど、俺は大きく成長したような気分になる。
だけど、まだ天使病になる人間はたくさんいる。
頑張っている仲間も傍にいる。
まだまだ俺は成長しなければならないだろう。
「可愛かったね」
「ラズちゃんが赤ちゃんのころよりカワイイですね~」
「メルルちゃんよりかわいかったっ! リリィちゃんには敵わないけどっ」
「わたしは別のカワイイ部分がありますから~」
なんて、後ろから俺の感動を壊す声が聞こえてくる。
こいつらは人の心がないんだろうな。
「適正、あるといいね」
「絶対あるだろ」
「すでに親バカじゃないですか~」
「テオさんかわいいっ」
メルルとコフィンは俺を挟んでニヤニヤと笑いだす。照れくさくなって俺の正面で微笑んでいるラズに視線を送った。ラズも心なしかニヤついている。解せぬ。
ラズの言う『適正』とは俺の中にある『天使』としての遺伝子が受け継がれているか、ということだ。
俺はコフィンの力を使って願いを叶えることができる。ただそれには『天使』としての遺伝子が含まれていなければならない。
人間の遺伝子だけでは悪魔の力に反応できないからだ。
ただ『天使の遺伝子』を持っている必要があるのか、というのも研究中である。
悪魔の力に反応するものが『人間の遺伝子の中に含まれる何か』なのか、『人間の遺伝子でないのなら相手は天使でなく悪魔でもいいのか』……など。判断材料がまだ少ないのが現状の課題だ。
だからと言うのもあるが、人間は100年ほどしか生きられない。
俺も長くてあと80年ほどしか生きられないのだ。
研究を託すべき子孫というのは必要である。
それに初めてエレナとデートした時から、もうひとつ欲しい笑顔ができたんだ。
それを今、手にしている。
触ったら壊れてしまいそうなほど小さな、自分の子供。
男の子だというのは事前に聞いていたが、それにしても子供というのはこんなにも愛情を抱く存在なのかと驚いている。
「テオさん、落ち着いて、待・て」
「……あ、ああ」
なんだか懐かしいやり取りだと思いながら俺たちは隣の部屋で待機することにした。
テーブルを囲って椅子があるので、俺は入り口に近いところに座った。隣にはコフィンが座り、コフィンに向き合うようにメルルが、その隣にはラズがそれぞれ座って行った。
適性があるのかの結果は俺に知らされることになっている。
だから3人が待っている必要はないのに、なんだか俺みたいに落ち着きがない気がする。
「……ふっ」
それがおかしくて笑ってしまいそうだ。
「ぼくたちもテオさんの家族だから、テオさんと同じ気持ちなんだよ」
「……え」
俺は笑っていたのだろうか。こらえきれずに漏れてしまっていたのか。
穴があったら入りたいと言うのはこのことだな。
というか、家族って誰のことだろうか。
「コフィンだってテオさんよりお姉さんなんだよ」
「ラズちゃんはまだまだ子供ですけど、わたしはコフィンちゃんとエレナちゃんよりお姉ちゃんですからね~」
こいつらはどういう基準で家族を形成するのだろう。
それに関しては今まで触れて来なかったが、どうやら俺たちはとっくのとうに家族になっていたらしい。
それを否定しようとは思わない。
ただ、そうだな。
こいつらとは家族でいたい。
そう自然と思える大切な存在には変わりないからな。
「……ありがとな」
そんなに嬉しそうに笑われたら、俺も笑ってしまうだろうが。
目の前にいる天使と悪魔は、エレナが天使病にならなければ出会えなかった家族。
その家族と出会ったからこそできた新しい家族。
家族から向けられる笑顔は心地いい。
――トントン
みんなで笑い合っていれば扉をノックする音が聞こえて、俺は慌てて立ち上がる。
扉から天使の研究員が入ってきて俺の近くに飛んできた。結果を言いに来たのだろう。
言葉を待っているあいだに心臓がどんどんうるさくなる。
息をするのさえ忘れてしまいそうになるほどに俺は緊張しているようだ。
「適正がありましたよ」
結果を告げた天使は「今から面会が可能です」と一礼して部屋を出て行った。
その瞬間に俺は床に倒れる。
「テオさん!?」
「テオちゃん!?」
「テオさんっ!?」
3人がすっ飛んで来て床に座る俺を見つめている。
「すまない……腰が抜けた……」
俺は苦笑するのが精一杯だった。
そんな俺を見て安心したのか、3人は俺を支えて椅子へ運んでくれた。
「こんな人がお父さんだなんて、心配ですね~」
「本当、もっとしっかりしてよね」
「テオさんがしっかりしないと、コフィンが育てちゃうかもだよ?」
三者三様の励ましを聞きながら苦笑しかできない俺は情けないと思う。
だけど、それくらい欲しかったんだから、もう少し甘くしてほしいものだ。
「……面会いってくる」
3人が甘くしてくれないのなら、甘くしてくれる大切な人のところへ行こうと、俺は椅子を立ち上がる。
もう手を借りなくても、ひとりで歩ける。
背中に当たる温かい視線と笑い声を感じたまま、俺は部屋を出て隣の病室へ歩いて行く。
面会の旨を先ほどの天使に伝えれば、部屋まで案内してくれた。
部屋の入り口で天使は戻っていって、俺はゆっくり足を踏み入れてベッドに視線を向けた。
そこには、天使が2人いた。
それを見た瞬間に、俺は、固まってしまった。
初めて抱く感情。なんと表現すればいいのか分からない。
ずっと欲しかったものを手に入れた時、人間は言葉を失うらしい。
自分の中にある感情がなんなのかさえ分からなくて、言葉とはなんだったのかという疑問さえ浮かばない。いや、そもそも人間は言葉を発することができたのかと不安になってしまうほどに、脳と体が連携を諦めてしまっているのだ。
ふう、ようやく冷静になれた気がする。
冷静になった瞬間に、その欲しかったものは別の場所へ運ばれてしまったけど、俺は大きく成長したような気分になる。
だけど、まだ天使病になる人間はたくさんいる。
頑張っている仲間も傍にいる。
まだまだ俺は成長しなければならないだろう。
「可愛かったね」
「ラズちゃんが赤ちゃんのころよりカワイイですね~」
「メルルちゃんよりかわいかったっ! リリィちゃんには敵わないけどっ」
「わたしは別のカワイイ部分がありますから~」
なんて、後ろから俺の感動を壊す声が聞こえてくる。
こいつらは人の心がないんだろうな。
「適正、あるといいね」
「絶対あるだろ」
「すでに親バカじゃないですか~」
「テオさんかわいいっ」
メルルとコフィンは俺を挟んでニヤニヤと笑いだす。照れくさくなって俺の正面で微笑んでいるラズに視線を送った。ラズも心なしかニヤついている。解せぬ。
ラズの言う『適正』とは俺の中にある『天使』としての遺伝子が受け継がれているか、ということだ。
俺はコフィンの力を使って願いを叶えることができる。ただそれには『天使』としての遺伝子が含まれていなければならない。
人間の遺伝子だけでは悪魔の力に反応できないからだ。
ただ『天使の遺伝子』を持っている必要があるのか、というのも研究中である。
悪魔の力に反応するものが『人間の遺伝子の中に含まれる何か』なのか、『人間の遺伝子でないのなら相手は天使でなく悪魔でもいいのか』……など。判断材料がまだ少ないのが現状の課題だ。
だからと言うのもあるが、人間は100年ほどしか生きられない。
俺も長くてあと80年ほどしか生きられないのだ。
研究を託すべき子孫というのは必要である。
それに初めてエレナとデートした時から、もうひとつ欲しい笑顔ができたんだ。
それを今、手にしている。
触ったら壊れてしまいそうなほど小さな、自分の子供。
男の子だというのは事前に聞いていたが、それにしても子供というのはこんなにも愛情を抱く存在なのかと驚いている。
「テオさん、落ち着いて、待・て」
「……あ、ああ」
なんだか懐かしいやり取りだと思いながら俺たちは隣の部屋で待機することにした。
テーブルを囲って椅子があるので、俺は入り口に近いところに座った。隣にはコフィンが座り、コフィンに向き合うようにメルルが、その隣にはラズがそれぞれ座って行った。
適性があるのかの結果は俺に知らされることになっている。
だから3人が待っている必要はないのに、なんだか俺みたいに落ち着きがない気がする。
「……ふっ」
それがおかしくて笑ってしまいそうだ。
「ぼくたちもテオさんの家族だから、テオさんと同じ気持ちなんだよ」
「……え」
俺は笑っていたのだろうか。こらえきれずに漏れてしまっていたのか。
穴があったら入りたいと言うのはこのことだな。
というか、家族って誰のことだろうか。
「コフィンだってテオさんよりお姉さんなんだよ」
「ラズちゃんはまだまだ子供ですけど、わたしはコフィンちゃんとエレナちゃんよりお姉ちゃんですからね~」
こいつらはどういう基準で家族を形成するのだろう。
それに関しては今まで触れて来なかったが、どうやら俺たちはとっくのとうに家族になっていたらしい。
それを否定しようとは思わない。
ただ、そうだな。
こいつらとは家族でいたい。
そう自然と思える大切な存在には変わりないからな。
「……ありがとな」
そんなに嬉しそうに笑われたら、俺も笑ってしまうだろうが。
目の前にいる天使と悪魔は、エレナが天使病にならなければ出会えなかった家族。
その家族と出会ったからこそできた新しい家族。
家族から向けられる笑顔は心地いい。
――トントン
みんなで笑い合っていれば扉をノックする音が聞こえて、俺は慌てて立ち上がる。
扉から天使の研究員が入ってきて俺の近くに飛んできた。結果を言いに来たのだろう。
言葉を待っているあいだに心臓がどんどんうるさくなる。
息をするのさえ忘れてしまいそうになるほどに俺は緊張しているようだ。
「適正がありましたよ」
結果を告げた天使は「今から面会が可能です」と一礼して部屋を出て行った。
その瞬間に俺は床に倒れる。
「テオさん!?」
「テオちゃん!?」
「テオさんっ!?」
3人がすっ飛んで来て床に座る俺を見つめている。
「すまない……腰が抜けた……」
俺は苦笑するのが精一杯だった。
そんな俺を見て安心したのか、3人は俺を支えて椅子へ運んでくれた。
「こんな人がお父さんだなんて、心配ですね~」
「本当、もっとしっかりしてよね」
「テオさんがしっかりしないと、コフィンが育てちゃうかもだよ?」
三者三様の励ましを聞きながら苦笑しかできない俺は情けないと思う。
だけど、それくらい欲しかったんだから、もう少し甘くしてほしいものだ。
「……面会いってくる」
3人が甘くしてくれないのなら、甘くしてくれる大切な人のところへ行こうと、俺は椅子を立ち上がる。
もう手を借りなくても、ひとりで歩ける。
背中に当たる温かい視線と笑い声を感じたまま、俺は部屋を出て隣の病室へ歩いて行く。
面会の旨を先ほどの天使に伝えれば、部屋まで案内してくれた。
部屋の入り口で天使は戻っていって、俺はゆっくり足を踏み入れてベッドに視線を向けた。
そこには、天使が2人いた。
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