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第三章「巫たちのダージ」
分割版・第二十七話「ビーステッド・パニッシュメント」
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夜が明け、窓から見える景色には、地平線の果てまで獣耳人類が集結しているのが見える。不意にカーテンの隙間から朝日が射しこんで、テーブルに突っ伏して寝ていたエメルは目覚める。
「朝……」
立ち上がり、窓際に寄り、カーテンを開ける。瞬間、眼前をミサイルが通り抜け、地表に激突して大爆発を起こす。流石と言うべきか、窓を破砕して余りある強烈な衝撃を受けても、エメルは身じろぎするだけで耐える。ベッドルームからバロン他三人が飛び起き、エメルの下に急行する。
「……もう始まったか……!」
「ええ」
次々と爆発が起こり、床が傾き始める。
「あのサイズのミサイルが爆発したにしては高威力ですが、私たちは直撃を何発受けても大したことはなさそうですね」
「……だが急ぐぞ」
次は、ミサイルとはまた違う重量の何かが落下してきた衝撃で大きく揺れる。窓……枠だけになったところから外を見ると、黒い装甲の二足歩行兵器が居た。
「……プロミネンス・イモータル……!千早も来たか!」
イモータルは上体を反らし、恐竜の咆哮のような金属音を撒き散らし、周囲の建造物や逃げ惑う市民へ片っ端から猛攻を仕掛ける。だが今度は逆方向から轟音が響き、そこには重心を低く、足を横に投げ出したような姿勢の二足歩行兵器、プロミネンス・エングレイブがいた。エングレイブも同じように金属音を咆哮代わりにし、イモータルへ突進する。相当ヘビーな一撃だったろうが、イモータルは構わず腹から剣を引き抜いてエングレイブに突き立てる。だがエングレイブは頭部でイモータルを掬い上げ、後方に投げる。素早く反転し、全体重をかけて両足でストンピングし、股間部に備えられたレーザーで攻撃する。
「……観戦してる場合じゃない。行くぞ」
ベランダから、一行は一斉に飛び降りる。
チヨガサキ
着地すると、夥しい数の獣耳人類の死体が転がっており、先ほどのエングレイブに挽き潰されたのだろう吸血人類の兵士らしき姿も見える。道路の中央で格闘する二機の余波を潜り抜けながら、吸血人類の兵士たちは果敢に突き進んでいる。それを迎え撃つのは、恐らくはニルが指揮しているだろう重装の騎士たちだった。一行はバロンを先頭、エメルを殿に進んでいく。そうして進んでいくと、簡単にゼフィルス・アークェンシーの前まで辿り着く。一行を待ち受けていたのか、それに合わせてアークェンシーの入り口からフルアーマーのニルが現れる。
「待っていたぞ」
悲鳴と轟音、硝煙の中でさえ、彼女は堂々と歩を進め、一定の距離で止まる。
「バロン、あなたはこの先に進んで貰いましょう」
「……」
バロンは横に立つアリシアへ視線を向け、頷き合う。そして正面を向いて、ニルを通り過ぎてアークェンシーへ進んでいく。
「我々の望む世界には必要でないものには消えてもらう」
ニルは腰に佩いていた大剣を右手で抜き、左手に構えた盾が展開する。
「この凄まじい闘気……」
エメルすら警戒を示すその力は、明らかに新世界には不自然なほどの出力だった。
「我が母より受け継いだこの体は……」
ニルが力み、鎧の隙間から宇宙の淵源を示すような蒼光が漏れ出す。
「まさか」
溜めるエメルに、ハチドリが堪えきれずに訊ねる。
「エメルさん、一体何があるのですか!?」
ニルが先に答える。
「私の体は、零血細胞に完全に適合している。旧世界の生物には果たせなかった、究極の生命体へと転じることに成功したのだ」
「究極の生命体……?」
アリシアが苦虫を潰したような表情で舌打ちする。
「このパワー……こいつ一人で吸血人類を滅ぼせるほどだぞ……!」
ニルは準備万端とばかりに肩を揺らす。
「我らの楽園の礎となれ」
彼女の突進に合わせてエメルが前に出る。大剣の一閃を右手で受け止め、凄まじい衝撃波が周囲に巻き起こる。
「私の力でも五分か……これがChaos社が求めていた、新人類、ですか……?」
「我が力は、父上を頂に置く楽土を呼び起こすためにある……新人類など、そんな古代人の妄想など……どうでもいいッ!」
なんとニルはエメルの腕を押し切り、十字の斬撃を加え、それが大爆発してダメージを与える。しかしエメルも負けじと拳を繰り出して命中させ、ニルは大きく後方へ吹っ飛ばされる。それでも何かを支えに速度を殺したりはせずに堪える。
「お前たちを討ち滅ぼすのに、この世界では脆すぎる。ならばこうだ」
ニルは左腕を掲げ、盾から力場が展開される。
エンドレスロール
「この気配……ルナリスフィリアの生み出す力場と同じ……エンドレスロール!」
エメルの言葉にニルが続く。
「蒼の神子、白の神子……根源へと帰らんとする力を借り、今ここに祖王龍の力をも私は手にした」
ニルは大剣に力を込めると、その刀身は宇宙の淵源を示す蒼光に染まり、紅雷を迸らせる。それに応えるように、アリシアは竜骨化する。
「手加減は無用と言うことだな、エメル?」
「そう言うことのようですね……確かに、相手にとって不足はない……!」
エメルも竜骨化し、シマエナガは一歩下がり、ハチドリは己の得物をそれぞれ抜いてエメルに並ぶ。
「旦那様に新調していただいた装備……今こそ活かす時!」
「ニル。あなたを滅ぼして、遠慮なく先に進ませてもらうとしましょう」
ニルはマントを翻し、瞬間移動から真っ先にハチドリを狙う。咄嗟に左手の六連装で大剣を受け止めると、見事に弾き返す。
「(さすがは旦那様のお力……ッ!)」
ハチドリは刀で打ち返し、ニルが瞬間移動からの縦振りを放つが、ハチドリは地上での攻防は既に分身に任せており、斜め上を取って六連装をフルオートのように乱射する。まるで豆鉄砲のごとく、一発も通用しているようには見えなかったが、エメルの拳を盾で防いだために追撃は来ず、アリシアが防御するニルへ向けて黒白の雷を合わせた両手から解き放つ。ニルは即座に後退し、大剣と、左手に蓄えた莫大な紅雷を刃に変えてアリシアへ飛ばす。彼女がそれを防御すると、重ねて突進からの刺突を繰り出す。だがエメルに刺突は阻まれ、紅雷はアリシアが受け止める。凄まじい威力によってアリシアは後退し、大剣を受け止めたエメルへニルは盾で何度も殴りつける。エメルも片腕で防御し、その度に強烈な衝撃が迸る。何度かの攻防の後、鈍い音がして拮抗する。そこへ、大型の六連装による弾丸が二発飛んでくる。先ほどの射撃と同じように弾かれ、それを合図としたかニルは力を瞬間的に込めてエメルを振り払い、再び十字の斬撃を素早く叩き込み、大爆発と共に今度は紅雷を叩き込み、今度は後退させる。そこへアリシアが頭上から腕を振り抜いて斬撃をニルへ叩き込みつつ、左腕から白雷を放ち、ニルは瞬間移動で躱しつつ上空へ飛び、剣先から極太の光線を放つ。アリシアは即座に反応して両手を合わせ電撃を放つ。相殺して凄まじい爆発を起こし、両者の視界が一時的にゼロになる。硬直したニルへハチドリの分身が怒涛の勢いで突っ込み、そして本体が刀を振り、大剣とぶつかり合う。
「その程度の鋭さで私を斬るつもりか?獣耳人類の悲願を望まずに、宙核に与した愚か者が……!」
「私の鋭さは誰にも負けてません!旦那様と共に、最後まで進むんです!」
「ふざけるな!」
押し切ってから縦振りでハチドリを叩き落し、彼女は地面を滑って、思わず手放した得物たちと共にエメルの足元まで戻る。
「まだ……動けます……!」
ハチドリは今の一撃でかなり削られたようだが、脇差と六連装を拾い上げて構え直す。
「獣耳人類も吸血人類も、ルーツは同じ。同じ、アリア・メビウスの受精卵から分化した生命に過ぎない」
ニルは降下し、着地する。
「ハチドリ……だったか。お前もその一員である以上、父上の子を孕み、楽園の繁栄に貢献する駒でなければならない。それが宙核の妻となるだと?なんとも愚かだ。お前の中にあるのは、サバトで植え付けられた歪んだ認知に過ぎないのに」
「それを言うなら……オリジナルセブンの皆さんが言う、我らが父は……いったい誰が見たことがあるんですか。旦那様はサバトの後、私に、自分の言葉で向き合ってくださいました!会ったこともない誰かに縋るより、旦那様と共に歩む方が……私には合ってるんです……!」
「お前のような人間が同族だと思うと反吐が出る。早急に処刑しておくべきだったな」
ニルが力むと、どこからともなく紅の蝶と蒼の蝶が群れをなして現れ、彼女の周囲で漂う。
「無間の地獄に墜とし、永久に後悔させてやろう、ハチドリ!」
「来ます!」
ニルから闘気が迸った瞬間、シマエナガが叫ぶ。瞬間移動から、中空にて大剣を振りかぶる。蒼い刀身には凄まじい電撃が宿り、ハチドリを捉える。
「死ね――」
一瞬の閃きの下に圧倒的な破壊力が地に解ける。
「秘剣・雷刃破ァッ!」
ハチドリは分身を残して消えており、閃きはそれを両断するに留まる。
「はああああああッ!」
背後を取ったハチドリは両腕を曲げて力を溜めて突進し、最接近から振り抜く。渾身の一撃がニルの纏う闘気を突破し、鎧を背から切り裂く。一拍遅れてニルは全身から闘気を発してハチドリを弾き返すが、闘気の乱れた一瞬の隙に差し込まれたエメルの拳が直撃し、ハチドリと同じ方向へ、彼女よりも大きく激しく吹き飛ばされる。その勢いのままニルはゼフィルス・アークェンシーの壁面に叩きつけられ、めり込む。しかしすぐに復帰し、重ねられたアリシアの電撃を軽く盾で弾き飛ばす。ハチドリも脇差を支えに立ち上がる。
「この威力……流石は最も偉大な人間と言ったところか。だが……」
ニルはフルフェイスヘルムの向こうから、射殺さんばかりの視線をハチドリへ向ける。
「お前のような劣った害獣に後れを取るなど……」
周囲の力がニルへ集中する。
「認められるかァッッッッッ!!!!!」
一瞬の静寂の後に、先ほどまでより遥かに強力な力が迸る。蒼いシフルが大量に漏れ出し、鎧の形がより鋭角に、獣か、はたまた竜のごとく変容していく。
「小賢しい糞兎が……仮令ここでこの身朽ち果て、オールドワンと王龍を討てずとも……お前だけは絶対に殺す、消し去る……!」
一歩一歩に凄まじい力が込められ、神殿周辺の地面を固めていた石畳が砕ける。ハチドリも気圧され、脇差の切っ先は向けつつも無意識に一歩下がる。
「旦那様……力をお貸しください……!」
一人で覚悟を決めようとしていたところに、エメルとアリシアが並び、二人がそれぞれハチドリの肩を支える。
「快楽のためではなく、戦いの先にあるものが目的の時は……無理せず、仲間を頼ることも戦略の一つです」
「貴様一人でバロンの全てを支えているわけではない。妾たち全員が、奴を支えているのだ。つまり、貴様だけに背負わせるつもりもないし、貴様だけにいい顔をさせるつもりもない」
ハチドリは二人を見て顔を綻ばせ、変に緊張していた体をリセットする。
「ありがとうございます、皆さん。きっとみんなで、旦那様を助けに行きましょう!」
頷きで返し、エメルとアリシアも戦闘態勢に戻る。
「彼女は先ほどよりも明らかに周りが見えていない……ハチドリに随分と気を取られているようですね」
「ああ、そのようだな。力は妾たちに匹敵するほどでも、精神はまだ成熟しきっていない……ハチドリ、貴様は奴の攻撃をとにかく引き付けて躱すのだ。奴が隙を晒せばすかさず妾たちが大技を叩き込んでやる」
「了解です……!」
二人の提案に従い、ハチドリは一歩踏み出す。それだけでニルの眼前まで肉薄し、大量の分身を生み出し、それを高速で乗り継いで三次元的な動きを見せる。
「ぬあああ!」
ニルは猛り、力の制御や配分など知ったことではないとばかりにハチドリの速度に追いつくほどの空中機動を行う。ハチドリの移動先の分身を先に破壊して正面を取り、そのままの勢いで激突し、鍔迫り合いのままハチドリは背中から地面に叩きつけられる。マウントを取ったニルは右足を振り上げ、頭部を踏み潰さんと振り下ろす。ハチドリは六連装と脇差を交差させて、渾身の力で大剣を凌ぎながら、踏みつけを頭を逸らして避け、ニルはもう一度足を振り上げる。そこへエメルの拳が横腹に極まり、同時にアリシアの電撃を頭部に喰らって吹き飛ぶ。襤褸雑巾のように地面を転がり、大剣を取り落とす。俯せに倒れたニルは立ち上がろうと手をつくが、即座に肉薄したエメルによって頭部を殴りつけられ、頭部ごとヘルムが地面にめり込み、破砕される。エメルが拳を持ち上げ、一息つく。
「ちち……うえ……」
既に頭部は消失しており、鎧から覗くのはニルの首の断面だったが、その体から言葉が発される。
「ニルは……役目を……果たせぬ、愚女です……母上……父上……私を……折檻して、ください……」
それに続いて、どこからともなく声が響く。
『ニル、今は十分役目を果たしましたよ。ですが、あなたにはまだ仕事がある……それを忘れたわけではないでしょう?』
「ボーマン……わかっているとも……だが役目を果たすのは君だろう……私が愚女であることには、変わりない……」
『ふふふ……相変わらずあなたは真面目ですね……大丈夫、既にここでやるべきことは終わっています』
ニルの体……もとい、鎧が徐々に半透明になっていく。それに気付いてエメルが即座に拳を放つが、間一髪で逃げられる。
「ちっ……!」
チヨガサキ
ニルの消滅と共に、周囲の景色は元に戻る。未だ激戦が続いているようで、背後からは止め処なく轟音が響き渡っている。
「奴は消えたのか」
エメルと共に竜骨化を解きながらアリシアが並び、それに続いてハチドリ、シマエナガも合流する。
「いえ、後方から見ている限りでは……空間転移の類かと」
シマエナガの言葉に、エメルは頷きで同意を示す。
『皆様、一つバロン様へ伝言があるのです』
「なんでしょうか」
『ここでの戯れが終わったら、トランス・イル・ヴァーニアへお越しください……言われずともそうしているかもしれませんが』
エメルは腕を組む。
「ならば、その伝言をする対価を要求しても?」
『おや、強欲ですね……まあいいでしょう』
「あなたは、本当は何のために戦っているのですか」
『死人に口無しとはよく言いますが、死人に耳もないですよね?私は教える必要が無いと思っていますよ。どうせ知らなくても、この物語は終わる』
「少なくとも、獣耳人類の存続が目的でないことは確信しました」
ボーマンが鼻で笑うと同時に、声は聞こえなくなり、ゼフィルス・アークェンシーの入り口が開通する。
「バロンと合流しましょう――」
「朝……」
立ち上がり、窓際に寄り、カーテンを開ける。瞬間、眼前をミサイルが通り抜け、地表に激突して大爆発を起こす。流石と言うべきか、窓を破砕して余りある強烈な衝撃を受けても、エメルは身じろぎするだけで耐える。ベッドルームからバロン他三人が飛び起き、エメルの下に急行する。
「……もう始まったか……!」
「ええ」
次々と爆発が起こり、床が傾き始める。
「あのサイズのミサイルが爆発したにしては高威力ですが、私たちは直撃を何発受けても大したことはなさそうですね」
「……だが急ぐぞ」
次は、ミサイルとはまた違う重量の何かが落下してきた衝撃で大きく揺れる。窓……枠だけになったところから外を見ると、黒い装甲の二足歩行兵器が居た。
「……プロミネンス・イモータル……!千早も来たか!」
イモータルは上体を反らし、恐竜の咆哮のような金属音を撒き散らし、周囲の建造物や逃げ惑う市民へ片っ端から猛攻を仕掛ける。だが今度は逆方向から轟音が響き、そこには重心を低く、足を横に投げ出したような姿勢の二足歩行兵器、プロミネンス・エングレイブがいた。エングレイブも同じように金属音を咆哮代わりにし、イモータルへ突進する。相当ヘビーな一撃だったろうが、イモータルは構わず腹から剣を引き抜いてエングレイブに突き立てる。だがエングレイブは頭部でイモータルを掬い上げ、後方に投げる。素早く反転し、全体重をかけて両足でストンピングし、股間部に備えられたレーザーで攻撃する。
「……観戦してる場合じゃない。行くぞ」
ベランダから、一行は一斉に飛び降りる。
チヨガサキ
着地すると、夥しい数の獣耳人類の死体が転がっており、先ほどのエングレイブに挽き潰されたのだろう吸血人類の兵士らしき姿も見える。道路の中央で格闘する二機の余波を潜り抜けながら、吸血人類の兵士たちは果敢に突き進んでいる。それを迎え撃つのは、恐らくはニルが指揮しているだろう重装の騎士たちだった。一行はバロンを先頭、エメルを殿に進んでいく。そうして進んでいくと、簡単にゼフィルス・アークェンシーの前まで辿り着く。一行を待ち受けていたのか、それに合わせてアークェンシーの入り口からフルアーマーのニルが現れる。
「待っていたぞ」
悲鳴と轟音、硝煙の中でさえ、彼女は堂々と歩を進め、一定の距離で止まる。
「バロン、あなたはこの先に進んで貰いましょう」
「……」
バロンは横に立つアリシアへ視線を向け、頷き合う。そして正面を向いて、ニルを通り過ぎてアークェンシーへ進んでいく。
「我々の望む世界には必要でないものには消えてもらう」
ニルは腰に佩いていた大剣を右手で抜き、左手に構えた盾が展開する。
「この凄まじい闘気……」
エメルすら警戒を示すその力は、明らかに新世界には不自然なほどの出力だった。
「我が母より受け継いだこの体は……」
ニルが力み、鎧の隙間から宇宙の淵源を示すような蒼光が漏れ出す。
「まさか」
溜めるエメルに、ハチドリが堪えきれずに訊ねる。
「エメルさん、一体何があるのですか!?」
ニルが先に答える。
「私の体は、零血細胞に完全に適合している。旧世界の生物には果たせなかった、究極の生命体へと転じることに成功したのだ」
「究極の生命体……?」
アリシアが苦虫を潰したような表情で舌打ちする。
「このパワー……こいつ一人で吸血人類を滅ぼせるほどだぞ……!」
ニルは準備万端とばかりに肩を揺らす。
「我らの楽園の礎となれ」
彼女の突進に合わせてエメルが前に出る。大剣の一閃を右手で受け止め、凄まじい衝撃波が周囲に巻き起こる。
「私の力でも五分か……これがChaos社が求めていた、新人類、ですか……?」
「我が力は、父上を頂に置く楽土を呼び起こすためにある……新人類など、そんな古代人の妄想など……どうでもいいッ!」
なんとニルはエメルの腕を押し切り、十字の斬撃を加え、それが大爆発してダメージを与える。しかしエメルも負けじと拳を繰り出して命中させ、ニルは大きく後方へ吹っ飛ばされる。それでも何かを支えに速度を殺したりはせずに堪える。
「お前たちを討ち滅ぼすのに、この世界では脆すぎる。ならばこうだ」
ニルは左腕を掲げ、盾から力場が展開される。
エンドレスロール
「この気配……ルナリスフィリアの生み出す力場と同じ……エンドレスロール!」
エメルの言葉にニルが続く。
「蒼の神子、白の神子……根源へと帰らんとする力を借り、今ここに祖王龍の力をも私は手にした」
ニルは大剣に力を込めると、その刀身は宇宙の淵源を示す蒼光に染まり、紅雷を迸らせる。それに応えるように、アリシアは竜骨化する。
「手加減は無用と言うことだな、エメル?」
「そう言うことのようですね……確かに、相手にとって不足はない……!」
エメルも竜骨化し、シマエナガは一歩下がり、ハチドリは己の得物をそれぞれ抜いてエメルに並ぶ。
「旦那様に新調していただいた装備……今こそ活かす時!」
「ニル。あなたを滅ぼして、遠慮なく先に進ませてもらうとしましょう」
ニルはマントを翻し、瞬間移動から真っ先にハチドリを狙う。咄嗟に左手の六連装で大剣を受け止めると、見事に弾き返す。
「(さすがは旦那様のお力……ッ!)」
ハチドリは刀で打ち返し、ニルが瞬間移動からの縦振りを放つが、ハチドリは地上での攻防は既に分身に任せており、斜め上を取って六連装をフルオートのように乱射する。まるで豆鉄砲のごとく、一発も通用しているようには見えなかったが、エメルの拳を盾で防いだために追撃は来ず、アリシアが防御するニルへ向けて黒白の雷を合わせた両手から解き放つ。ニルは即座に後退し、大剣と、左手に蓄えた莫大な紅雷を刃に変えてアリシアへ飛ばす。彼女がそれを防御すると、重ねて突進からの刺突を繰り出す。だがエメルに刺突は阻まれ、紅雷はアリシアが受け止める。凄まじい威力によってアリシアは後退し、大剣を受け止めたエメルへニルは盾で何度も殴りつける。エメルも片腕で防御し、その度に強烈な衝撃が迸る。何度かの攻防の後、鈍い音がして拮抗する。そこへ、大型の六連装による弾丸が二発飛んでくる。先ほどの射撃と同じように弾かれ、それを合図としたかニルは力を瞬間的に込めてエメルを振り払い、再び十字の斬撃を素早く叩き込み、大爆発と共に今度は紅雷を叩き込み、今度は後退させる。そこへアリシアが頭上から腕を振り抜いて斬撃をニルへ叩き込みつつ、左腕から白雷を放ち、ニルは瞬間移動で躱しつつ上空へ飛び、剣先から極太の光線を放つ。アリシアは即座に反応して両手を合わせ電撃を放つ。相殺して凄まじい爆発を起こし、両者の視界が一時的にゼロになる。硬直したニルへハチドリの分身が怒涛の勢いで突っ込み、そして本体が刀を振り、大剣とぶつかり合う。
「その程度の鋭さで私を斬るつもりか?獣耳人類の悲願を望まずに、宙核に与した愚か者が……!」
「私の鋭さは誰にも負けてません!旦那様と共に、最後まで進むんです!」
「ふざけるな!」
押し切ってから縦振りでハチドリを叩き落し、彼女は地面を滑って、思わず手放した得物たちと共にエメルの足元まで戻る。
「まだ……動けます……!」
ハチドリは今の一撃でかなり削られたようだが、脇差と六連装を拾い上げて構え直す。
「獣耳人類も吸血人類も、ルーツは同じ。同じ、アリア・メビウスの受精卵から分化した生命に過ぎない」
ニルは降下し、着地する。
「ハチドリ……だったか。お前もその一員である以上、父上の子を孕み、楽園の繁栄に貢献する駒でなければならない。それが宙核の妻となるだと?なんとも愚かだ。お前の中にあるのは、サバトで植え付けられた歪んだ認知に過ぎないのに」
「それを言うなら……オリジナルセブンの皆さんが言う、我らが父は……いったい誰が見たことがあるんですか。旦那様はサバトの後、私に、自分の言葉で向き合ってくださいました!会ったこともない誰かに縋るより、旦那様と共に歩む方が……私には合ってるんです……!」
「お前のような人間が同族だと思うと反吐が出る。早急に処刑しておくべきだったな」
ニルが力むと、どこからともなく紅の蝶と蒼の蝶が群れをなして現れ、彼女の周囲で漂う。
「無間の地獄に墜とし、永久に後悔させてやろう、ハチドリ!」
「来ます!」
ニルから闘気が迸った瞬間、シマエナガが叫ぶ。瞬間移動から、中空にて大剣を振りかぶる。蒼い刀身には凄まじい電撃が宿り、ハチドリを捉える。
「死ね――」
一瞬の閃きの下に圧倒的な破壊力が地に解ける。
「秘剣・雷刃破ァッ!」
ハチドリは分身を残して消えており、閃きはそれを両断するに留まる。
「はああああああッ!」
背後を取ったハチドリは両腕を曲げて力を溜めて突進し、最接近から振り抜く。渾身の一撃がニルの纏う闘気を突破し、鎧を背から切り裂く。一拍遅れてニルは全身から闘気を発してハチドリを弾き返すが、闘気の乱れた一瞬の隙に差し込まれたエメルの拳が直撃し、ハチドリと同じ方向へ、彼女よりも大きく激しく吹き飛ばされる。その勢いのままニルはゼフィルス・アークェンシーの壁面に叩きつけられ、めり込む。しかしすぐに復帰し、重ねられたアリシアの電撃を軽く盾で弾き飛ばす。ハチドリも脇差を支えに立ち上がる。
「この威力……流石は最も偉大な人間と言ったところか。だが……」
ニルはフルフェイスヘルムの向こうから、射殺さんばかりの視線をハチドリへ向ける。
「お前のような劣った害獣に後れを取るなど……」
周囲の力がニルへ集中する。
「認められるかァッッッッッ!!!!!」
一瞬の静寂の後に、先ほどまでより遥かに強力な力が迸る。蒼いシフルが大量に漏れ出し、鎧の形がより鋭角に、獣か、はたまた竜のごとく変容していく。
「小賢しい糞兎が……仮令ここでこの身朽ち果て、オールドワンと王龍を討てずとも……お前だけは絶対に殺す、消し去る……!」
一歩一歩に凄まじい力が込められ、神殿周辺の地面を固めていた石畳が砕ける。ハチドリも気圧され、脇差の切っ先は向けつつも無意識に一歩下がる。
「旦那様……力をお貸しください……!」
一人で覚悟を決めようとしていたところに、エメルとアリシアが並び、二人がそれぞれハチドリの肩を支える。
「快楽のためではなく、戦いの先にあるものが目的の時は……無理せず、仲間を頼ることも戦略の一つです」
「貴様一人でバロンの全てを支えているわけではない。妾たち全員が、奴を支えているのだ。つまり、貴様だけに背負わせるつもりもないし、貴様だけにいい顔をさせるつもりもない」
ハチドリは二人を見て顔を綻ばせ、変に緊張していた体をリセットする。
「ありがとうございます、皆さん。きっとみんなで、旦那様を助けに行きましょう!」
頷きで返し、エメルとアリシアも戦闘態勢に戻る。
「彼女は先ほどよりも明らかに周りが見えていない……ハチドリに随分と気を取られているようですね」
「ああ、そのようだな。力は妾たちに匹敵するほどでも、精神はまだ成熟しきっていない……ハチドリ、貴様は奴の攻撃をとにかく引き付けて躱すのだ。奴が隙を晒せばすかさず妾たちが大技を叩き込んでやる」
「了解です……!」
二人の提案に従い、ハチドリは一歩踏み出す。それだけでニルの眼前まで肉薄し、大量の分身を生み出し、それを高速で乗り継いで三次元的な動きを見せる。
「ぬあああ!」
ニルは猛り、力の制御や配分など知ったことではないとばかりにハチドリの速度に追いつくほどの空中機動を行う。ハチドリの移動先の分身を先に破壊して正面を取り、そのままの勢いで激突し、鍔迫り合いのままハチドリは背中から地面に叩きつけられる。マウントを取ったニルは右足を振り上げ、頭部を踏み潰さんと振り下ろす。ハチドリは六連装と脇差を交差させて、渾身の力で大剣を凌ぎながら、踏みつけを頭を逸らして避け、ニルはもう一度足を振り上げる。そこへエメルの拳が横腹に極まり、同時にアリシアの電撃を頭部に喰らって吹き飛ぶ。襤褸雑巾のように地面を転がり、大剣を取り落とす。俯せに倒れたニルは立ち上がろうと手をつくが、即座に肉薄したエメルによって頭部を殴りつけられ、頭部ごとヘルムが地面にめり込み、破砕される。エメルが拳を持ち上げ、一息つく。
「ちち……うえ……」
既に頭部は消失しており、鎧から覗くのはニルの首の断面だったが、その体から言葉が発される。
「ニルは……役目を……果たせぬ、愚女です……母上……父上……私を……折檻して、ください……」
それに続いて、どこからともなく声が響く。
『ニル、今は十分役目を果たしましたよ。ですが、あなたにはまだ仕事がある……それを忘れたわけではないでしょう?』
「ボーマン……わかっているとも……だが役目を果たすのは君だろう……私が愚女であることには、変わりない……」
『ふふふ……相変わらずあなたは真面目ですね……大丈夫、既にここでやるべきことは終わっています』
ニルの体……もとい、鎧が徐々に半透明になっていく。それに気付いてエメルが即座に拳を放つが、間一髪で逃げられる。
「ちっ……!」
チヨガサキ
ニルの消滅と共に、周囲の景色は元に戻る。未だ激戦が続いているようで、背後からは止め処なく轟音が響き渡っている。
「奴は消えたのか」
エメルと共に竜骨化を解きながらアリシアが並び、それに続いてハチドリ、シマエナガも合流する。
「いえ、後方から見ている限りでは……空間転移の類かと」
シマエナガの言葉に、エメルは頷きで同意を示す。
『皆様、一つバロン様へ伝言があるのです』
「なんでしょうか」
『ここでの戯れが終わったら、トランス・イル・ヴァーニアへお越しください……言われずともそうしているかもしれませんが』
エメルは腕を組む。
「ならば、その伝言をする対価を要求しても?」
『おや、強欲ですね……まあいいでしょう』
「あなたは、本当は何のために戦っているのですか」
『死人に口無しとはよく言いますが、死人に耳もないですよね?私は教える必要が無いと思っていますよ。どうせ知らなくても、この物語は終わる』
「少なくとも、獣耳人類の存続が目的でないことは確信しました」
ボーマンが鼻で笑うと同時に、声は聞こえなくなり、ゼフィルス・アークェンシーの入り口が開通する。
「バロンと合流しましょう――」
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※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
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