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第二章「鬼たちのブルース」

分割版・第十八話「混沌と混迷の鱗粉」

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 枢機卿軸アウラム・パンテオン
「……顛末はそういうことだ」
 バロンが報告し終える。出かけた時と同じく、マレたちを見上げるような配置で。
「千早、ねえ……納得したわ、アンタたちがこの世界に来た理由。確かにこの新しい世界じゃ、彼女は文字通りの忘れ形見、この世に存在してはいけないもの。宙核としての役目が終わっても、律儀に世界の平和を守りに来たと」
「……」
「アタシが何をしようとしているかも知ってる……アタシ、読みは鈍い方だと思ってるけど、もしかしてお兄を使ってなんかしようとしてる?」
「……千早はそうだろうな。僕たちには関係ないが」
「ふーん……まあいいわ。アンタは信頼を示した。その上でアタシに協力する気があるなら、もちろん歓迎する」
 一旦の会話の区切りを合図に、マレは頬杖をつく。
「気が向いたらホテルに行きなさい。ちゃんとした部屋と、いい女を用意してあげたわ。用があったら呼ぶから、なるべくこの国の中にいてよね」
「……わかった」

 トランス・イル・ヴァーニア
 外へ出た一行は、とくにどこに行くでもなく歩いていた。
「いやはや、枢機卿の方々に対して全く物怖じしない旦那様の姿、とてもかっこよかったですなぁ~!」
 ハチドリが元気よくそう言うと、アリシアが頷く。
「主は権力を持たぬことがなかったからな。下手に出るという手を知らんのだ」
「やっぱり旦那様ってどこかの国のすごいお人だったりするんですか?」
「そうだ。妾たちのような、手下の女どもを大量に従える、辺境の国の王……」
 そこにバロンが割り込む。
「……おい。彼女に好き勝手に吹き込むな」
「わかっている。冗談だろう」
 二人の会話に、ハチドリは目を見開いて驚く。
「えー!?今の話ウソだったのですか!?」
「……当たり前だ。君も簡単に信じるな」
 アリシアを戒めるように額を少し押し、ハチドリにそう告げる。
「……ん……?」
 バロンは彼女越しに、見慣れた灰色の蝶が飛び去るのが見える。
「旦那様?」
「……いや、なんでもない」
「そうですか?じゃあ旦那様、何か食べ物を探しに行きましょう!」
「……え、あ、おい……」
 ハチドリが彼の手を取り、アリシアたちもそれに従って進む。
「えいえいおー!」
 底なしに明るい声を上げつつ、ハチドリは進んでいく。
――……――……――
 外套を纏ったラドゥエリアルが入り組んだ路地を歩いていると、背後から気配がして立ち止まる。
「そこのお嬢様、少し待ってくれないかな?」
 横顔で振り向くと、背後に立っていたのはアルメールだった。
「お前は……」
「同じ主に仕えていた仲間じゃないか。忘れたなんて言わないよな?」
 ラドゥエリアルは向き直る。
「お前は私にどう認識して欲しい。私からすれば、単にお前は計画の一部でしかない」
「だろうな。俺も自覚してるさ。だが俺からすれば……」
 瞬時に炎剣を一本生み出し飛ばす。それはラドゥエリアルの眼前で砕け散る。
「目障りだ。戦えればそれで満足のバロンやエメルに比べて、君は鬱陶しさが段違いだからな」
「そうか」
「君が流行らせたアンレス・ホワイト……あれをこれ以上この世界に撒かれると厄介だ。バロンやマレは把握してないだろうが……俺たちはわかってるぜ?あれがどういう仕組みになってるか……最終段階で孵化するあの蝶……〝ビヨンド・スターズ〟は、ダイレクトに君の力に還元される、そうだろう」
 ラドゥエリアルは返答しない。
「だんまり、か。まあいい。君にはここで死んでもらう」
 アルメールは右手を振り抜き、五つの炎剣を生み出して飛ばす。それら全てがラドゥエリアルの眼前でベクトルを捻じ曲げられ、だが小さな鎌状に変形して再び狙ってくる。だが彼はあくまでも無反応で、炎剣を砕く。
「ここでは窮屈だ。場所を変えよう……」
 ラドゥエリアルは外套を取り払い、翼を広げる。灰色の蝶の群れがどこからともなく現れ、吹雪のように視界を覆っていく。

 オニャンコポン・カタカリ・タタリ
 視界が開けると、二人は黄昏と夜空が天空を半々に覆い、瓦礫が天へと落下していく祭壇に立っていた。
「ここは……ニルヴァーナ?」
 アルメールは興味深そうに頷きつつ、緩い間隔で拍手する。
「見事だ。一介の天使が、王龍結界紛いのモノを持ってるとは」
「ここは宙核を失ったニルヴァーナの跡地を、私が改造したもの。お前の言う通り、王龍結界のようなものではあるが……どうということはない。単に使い勝手のいいクローズド空間というだけだ」
 ラドゥエリアルはロッドを右手に持つ。
「しかし、まさかずっと追いかけ続けてた夢見鳥の正体が君だったとはね。通りで、ニヒロが君を追いかけようとしなかったわけだ。原天使ラドゥエリアル……いや、テルミナリア・トリモルフォと呼ぶべきかな?」
「私はあらゆるイデオロギーに関与しない。全て敵であり、全て味方である。全てを俯瞰し、正確に裁きを下す。混沌にも、秩序にも、まして中庸にも、何にも属さない。故に私はニヒロと対立し、袂を別った」
「当てつけのつもりかい?アンレス・ホワイトの雛型になったのはE-ウィルス。月香に執着してる俺や、あれだけ研究の虫だったのに解明できなかったニヒロへの……」
「私はあのウィルスの、俗に言う〝最後の審判〟的機能に価値を見出しただけだ。プレタモリオンとなるか超人となるか、それを判別するあのウィルスの能力にな」
「純粋なる白痴の性欲に飲まれることで、誰でも君と言う存在の一部になれる……そういうことか」
「そうだ。人は再び、獣へと純化する。浄化され、世界の円環の一部となるのだ」
「民族浄化ウィルス……だからこそ、〝アンレス・ホワイト白くあれ〟か」
「規範を新たにした世界に、人間と言う自死機構は不要となった」
 ラドゥエリアルがロッドを緩慢な動作で振り抜くと、アルメールの頭上に大量の次元門が開かれ、そこから輝く炎の槍が突き出される。槍は地面に突き刺さると同時に粘ついた紅蓮を吐き出し、だがアルメールは炎剣を五発繰り出したあと瞬時にラドゥエリアルの背後へ移動し、再び炎剣を五発撃ちこむ。それらは先ほどと同じように全てノーモーションで弾かれ、そして鎌状になって再び突撃し、砕け散る。アルメールは右腕に真炎を蓄え急接近し、体全体を使って振り抜く。一つの炎が爆発したとは思えぬほどの多段ヒットでラドゥエリアルを焼く。しかし彼女は全身を焼かれてもなお、緩慢な動作を崩さない。
「もはや私は概念だ。かつて王龍がその役目を担ったように、次の未来は私が全てを司り、裁く」
 ロッドが振り抜かれるが、アルメールは勢いを逸らしつつ炎剣でかちあげる。再び右腕に真炎を滾らせ、今度は全身を使って豪快に薙ぎ払う。ラドゥエリアルは胴体を切り裂かれて大きく後退し、そこに追撃の突進、更に炎の四翼で跳ね上げられ、トドメに炎剣の弾幕が叩き込まれて大爆発する。アルメールが四翼を消すと同時に煙が晴れ、ラドゥエリアルが特に反応を返すでもなく浮いていた。
「早急に立ち去るがいい。ここで手を引けば、私が審判となる新たな世界で平穏に暮らすことが出来る」
「やれやれ……ちょっと見ない内にギンギンじゃないか。俺の攻撃で微塵も感じないなんてな」
「創世の戦いに参じなかったお前に貫ける体ではない。失せろ」
 アルメールは右腕を振るい、炎剣を五本並べて放つ。ラドゥエリアルは動かず、炎剣は彼女に激突するが、突き刺さらず、服を貫くこともなく爆発し、それでも彼女は無傷だ。
「随分とイキ急いでいるみたいだねえ。そんなに俺をここから退出させたいってことは、何か触られたくないところがあるのかい?」
「ふん、ならば盤面を俯瞰してみることだな。この状況で、誰が生き急ぐ必要がある。焦る必要があるのはお前の今の飼い主だろう」
 ラドゥエリアルは高度を下げ、着地する。
「この期を逃せば、永遠に空の器は失われることだろう。お前が何を思って深界の忘れ形見に与しているのかは知らんが……飼い主を飼い慣らすには、忠実であることが一番のはずだ」
「なるほどねえ……確かに一理ある論だ」
 アルメールは炎を収め、翼を消す。
「ここで殺すつもりだったが、どうやら君の今の力量を見誤っていたらしい。ここは無様に尻尾を巻いて退かせてもらおうかな」

 トランス・イル・ヴァーニア
 景色が元に戻り、路地は小雨が降り始めていた。砂漠と火山地帯を間近に望みながら妙に冷たく、時々雪紛いの雫も舞い降りてくる。ラドゥエリアルはロッドを消し、外套を再生してフードを被る。
「さっさと帰れ、道化」
 ラドゥエリアルが素っ気なく告げると、アルメールはおどけて見せてから踵を返す。
「それと」
 思いがけず呼び止められ、アルメールは振り向く。
「今夜は冷え込むらしい。少なくともまだ人間であるお前は、暖かくして寝るべきだな」
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