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第二章「鬼たちのブルース」
分割版・第十七話「金色の追憶」
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ピュリファイア・レルムズ
都市部を抜け、囲むように切り立つ岩石砂漠を進んでいくと、熱を帯びた風が漂ってくる。焼き固められてガラス状になった砂を辿っていくように道が生まれており、その先にはまごうことなき溶岩地帯が見える。
「ここが件の火山地帯ですな!火の粉が耳に当たる度に、ちょっとぴくってしますよ……気をつけてくださいね、旦那様!」
ハチドリが告げると、バロンは頷く。そして彼の右肩に、エメルが手を置く。
「……どうした」
「バロン、今あなたが何を考えているか、当ててみましょうか」
「……要らん」
「では勝手に言わせてもらいますが、黄金の沸き立つ火山地帯、そして緋色のツインテール……ディードを思い返したのなら、すぐに忘れなさい。もう彼女はこの世の理から抜け出ている。どうやっても、あなたが会うことはない」
「……わかっている」
「本当ですか?どうもサバトのことも、エリアルのことも……今のあなたは少々おかしいところがある。連れ出した私にも責任はあるのでしょうが……別の欲望で代替してください。少なくとも、これが終わるまでは」
バロンは手を払いのける。
「……わかっている。今更そんなことも理解できないほど墜ちてはない」
一行はそのまま進む。
漂ってくる強烈な熱風には、先の砂漠からの砂や火山灰、火の粉が混じっている。だが次第に、金粉が風に乗ってやってくる。半分融解しかかっている地面もそれに従って黄金が融け合っており、彼らの足首ほどまで溶岩と黄金が覆う。
「えぇっと、これ、私生きてますか?旦那様?」
足首から猛烈に煙が上がるのを見て、ハチドリは困惑して声を上げる。
「……大丈夫だ、生きてる。人間がこんな活火山帯に生身で乗り込んだらすでに焼け死んでいる。そうじゃないということは、君は生きてるってことだ」
黄金があからさまに多量になってくると、それに隠れていたプレタモリオンたちが起き上がってくる。
「わわ!?なんですかこの化け物ぉ!?」
「……雑魚だ。気にするな」
アリシアが放った白と黒の槍がプレタモリオンたちを貫き、消滅させる。すると、地面を流れていた黄金が動きを止め、固化する。一行はすぐに抜け出し、固まった黄金に着地する。
「あっはは!これはこれは市長殿下……お久しぶりね。後は、出来損ないの戦闘マシーンと、出来合いの王龍、田舎の三流魔法使い、かしらね」
ナチュラルにハチドリを除け者にしつつ、声の主は黄金の風と共に現れる。
「私の名前はニコル……ニコル・フォン・ブリュンヒルド」
現れたのは、ヴァーミリオンの描かれたワッペンが取り付けられた軍服――即ち、エメルと殆ど似たような衣装を纏った、長い銀髪、抜群のスタイルを持った女だった。
「ニコル……!やはり生き延びてアルメールと共に……」
エメルが真っ先に反応すると、ニコルは髪をすかしてドヤ顔で返す。
「当然でしょう?私のような人間が世界の破滅ごときで死ぬなんて、人類にとっての損失だもの」
「さあ。少なくとも、バロンと言う真に失う損失が大きい人物はこちらにいますが」
「ふん!そいつも所詮は世界の意志とやらに踊らされたお人形でしょう?私より価値があるなんてことはあり得ないわ」
二人の会話に、バロンが割り込む。
「……エメル。こいつは」
「彼女はニコル。ヴァーミリオンの兵士です。と言っても、特に目立った戦果のない、中将の一人ですよ」
「……中将か。確かに、僕が面識があるかはかなり微妙なラインだな」
それを聞いてニコルは苛立ち半分、自己顕示欲半分で言葉を返してくる。
「結構よ、殿下」
「……それになぜ殿下と……」
「私の力、見せてあげるわ」
ニコルが力み、彼女から閃光が溢れる。彼女を中心として凄まじい量の黄金が現れ、津波のように向かってくる。シマエナガとハチドリは、呼び出されたアレクシアに飛び乗って回避し、残る三人は各々防御して凌ぎ、続いて地面の黄金が固まって槍のごとく、次々と噴出してくる。一行はそれも回避しきる。ニコルへ視線を向けると、彼女は黄金の鎧を纏う、マッシブな怪物になっていた。
「見るがいいわ!私のこの強く美しい体を!メイヴすら凌駕するほどの黄金の肉体美を!」
「……こいつが原因か。だとしたら……」
「エメル!バロン!纏めて消し炭にしてあげるわ!」
ニコルの気迫を前に二人が構えると、上空からシマエナガの声が響く。
「マスター!遠方に不審な人影を確認しました!そちらを追います!」
そのままアレクシアが飛び去る。それを聞いていたかのようにニコルの随伴としてプロミネンス・デイが四体現れる。
「超人か……奴らは妾が引き受ける。主とエメルはあの女を倒せ」
アリシアが並ぶ。
「……頼むぞ」
「任せろ」
プロミネンス・デイたちは二体がマチェーテの二刀流で正面から接近、もう二体が高速で周囲を瞬間移動し始める。アリシアは一気に竜骨化し、白と黒の鎧のような姿の竜人となる。そのまま真正面からの二体を右に吹き飛ばし、高速移動からマチェーテで斬りかかってきた二体も纏めてそちらに飛ばし、バロンたちの視界をクリアにしてから離脱する。
「見てたわよ、トライバル・サバトでの活躍。惨めな見世物になって、落ちるところまで落ちたものね」
ニコルの挑発に対し、バロンはひたすらに無表情である。
「……必要なことならば、どういうものであれやらねばならないだけだ。今まで運よく、僕の望まない出来事をやる必要が無かった、それだけだ」
「まあどうでもいいわ。ここで死ぬ奴を憐れんでもねえ!」
ニコルは雄たけびを上げて上体を反らし、再び猛烈な量の金の棘を生み出す。バロンが繰り出した鋼の盾で阻まれ、ニコルは黄金の波で押し込みつつ突進してくる。バロンも同じように鋼の波で迎撃し、二つの波が激突して飛沫を起こす。
「……エメル!」
号令より早く彼女は飛び出し、単純な右フックを繰り出す。ニコルは輝きを纏わせた右手を突き出し、激突させる。ニコルの出力も、この世界では足りないほどの超高威力であるのは間違いなかったが、それを遥かに上回るほどの絶大な腕力に阻まれ、ニコルの右腕を覆う黄金が吹き飛ぶ。
「ガッ……!このビチグソが!」
ニコルが瞬時に右腕の黄金を再生しようとするが、エメルの背後から飛んできたバロンの鋼が足されて妨害され、その隙にエメルの両拳が揃えられた一撃が腹に叩き込まれ、大きく後退したうえで腹の黄金が崩れ落ちる。
「ニコル、全力でなければ私とバロンを同時に相手にするなど出来るわけがないでしょう」
「どうやらそのようね……悪いけど、今全力で戦うわけにはいかないのよね」
急に周囲が暗黒に……無明の闇に包まれる。すぐ後に、巨大な何かが着地する音が響き、バロンとエメルの間近に現れる。黒い装甲のロボットであり、直立する二足歩行型のものだった。
「……プロミネンス・イモータル……」
「なぜここに」
闇の中に現れた鋼の巨人は、右掌に元に戻ったニコルを乗せる。巨人は屈み、頭部を見せつける、あるいはバロンたちに匂いを嗅ぐために鼻先を向けるような姿勢を取る。そして突如、両者の間に千早が現れる。
「……千早……!」
「こんにちは、バロン様。わざわざ私を追って、こんな僻地までいらっしゃられるとは、光栄です」
「……手間が省けた。ここで倒させてもらうぞ」
「そうはいきません、もちろんのことですが。バロン様、こちらの言葉をお知りでしょうか。厭離穢土、というのですが」
「……汚れた現世を嫌うことか」
「ええ――私は、ストラトス様のいないこの世が憎い。もはや存在価値などないと言っていいでしょう」
「……そんなことはどうでもいい」
バロンは急接近し、拳を繰り出す。千早はそれを受け止め、彼を弾き飛ばす。
「……」
「彼のせいだけではありませんが、世界は平和になり過ぎました。もう二度と、無の無に辿り着ける存在が生み出されることはないでしょう。ならば空の器を使い、ストラトス様を現世に引きずり戻す。無の有までならば、たとえ死んでも私の力で何度でも蘇生できる」
「……だがこの新世界で、無の無に干渉できる存在がいるのは不都合に過ぎる」
「それはあなた様や、エメルにも言えること……アルメールにも、ニコルにも、マレにも」
「……(ラドゥエリアルのことに言及しないか……)」
「どうせ全員存在してはいけないのなら、最後に生き残った、勝ち残った者が道理を通すということも、あなたならばよく理解していますよね」
「……そういう割には逃げようとしているが」
「勝算がないのに戦わないでしょう」
千早が浮き上がり、それに合わせて巨人も立ち上がる。
「覚えておきなさいエメル!私がこの世で最も尊い、至高の存在なのよ!」
ニコルが吠え、千早が続く。
「バロン様、死の淵で踊るときを楽しみにしていますよ」
千早が消え、巨人は一飛びで遥か空の彼方へ消えていく。
――……――……――
一方その頃、シマエナガとハチドリは、少し離れた場所にいた。二人の前には黒焦げの少女が立っていた。
「シマエナガ殿、この人は一体……?」
「わかりませんが……この迸る憎しみ、怒り、怠惰は……並みの人間にここまで強烈な感情が発露できるわけがない。ハチドリ様、前衛を任せても?」
「もちろんですとも!このハチドリにお任せあれ!」
六連装と脇差を抜き構えると、少女も赤黒い直剣を右手に、レバーアクションライフルを左手に持つ。少女は黒焦げではあるが髪は燃え落ちておらず、ぼろぼろのマントと、無駄に露出の多い服装をしていた。
「無理せず、でもなるべく攻撃を引き出してください。強力な人間ならば、戦い方に必ず独特の癖があるはず」
「承知しました!」
ハチドリは六連装をフルバーストし、驚異的な速度で急接近する。少女は向けられた敵意によって覚醒したのか、急に全身から炎を発し、自ら火達磨になる。弾丸を胴体で受け止め、炎を纏わせて跳ね返す。
「ッ!」
咄嗟に反応したハチドリは翻り、一番上に飛んだ弾丸を踏み台にして更に飛び上がり、急降下して斬り付ける。だが少女は炎になって消え、瞬時に現れて直剣を振るってくる。ハチドリは分身を生み出して直にぶつけることで攻撃を遅らせて後退し、少女はライフルを発砲する。脇差に阻まれるが、素早い次弾の発射がなされ、それはシマエナガの放った突風で吹き飛ばされる。直剣を地面に突き立て、上に薙ぎ払うことで猛烈な熱波を起こす。ハチドリは一気に五体の分身を飛ばしつつ熱波の上を飛び、一気に空中で加速してすり抜け、分身と共に強烈な斬撃を与えつつ分身を回収する。
少女が怯み、一瞬だけ炎が内側に引っ込む。だが先ほどとは違って赤熱化しているために表情の把握が容易となっている。好機とみなしたハチドリが一瞬のリロードからフルバーストで頭を打ち抜き、猛烈なストッピングパワーで少女は吹き飛ぶ。消え、今度は大爆発を伴って現れる。全身から再び猛炎を発しており、一旦ハチドリは後退する。
「シマエナガ殿、何かお分かりになられたでしょうか!?」
「正体の推測ならばある程度は……」
少女は接近しつつライフルを乱射する。打ち出されている弾丸は正確に言うと火炎そのもののようだが、彼女は律儀に弾丸を排莢しながら発射してくる。残弾数の縛りはないようだが。打ち出される弾丸をハチドリが脇差で打ち落としていくが、次第に刃が溶解していく。
「怨愛の炎か……ハチドリ様、あの炎と真正面から対峙するのは危険です。回避に専念……」
頬を掠め、シマエナガは軽くうなずく。
「しましょう。我々の装備であれを止めるのは厳しい」
「そのようですね……わかりました」
と、瞬間、電池が切れたように少女は動かなくなる。同時に無明の闇が漂い始め、背後で轟音が轟く。気付けば少女は消えており、二人はアレクシアに乗って急行する。
――……――……――
「……なるほど、燃える少女か」
バロンの言葉に、ハチドリとシマエナガが頷く。
「全身から怨愛の炎を吹き出し、赤黒い直剣を振るう、ツインテールの少女でした。あれがマレの言っていた、緋色のツインテールの正体でしょう」
「……そうか」
バロンは少々落胆した様子で、エメルはそれを若干不快そうに見ていた。
「恐らくあれは、来須月香、またはそれに準ずる完全同位体。彼女たちは一人の例外もなく塩化して消滅していますから、通常の手段で蘇生するのは不可能です。だとするならば、マスターたちの前に黒崎千早が現れるのとほぼ同時に消えたことから推測するに、千早がストラトス様をどうにかして蘇生できないかを模索するときに、実験体として死者の情報から再構成したもの……かと思われます」
それを聞いてエメルが頷く。
「なるほど。なぜアルメールが千早に協力しているか少々疑問なところはありましたが、奴の来須への異常な執着を考えれば、紛い物の存在でも欲しがりそうなものです」
アリシアが続く。
「プロミネンス・デイ、そして鋼の巨人……どちらも来須の発明品だ。そして、王龍ですらそれらの発明品のギミックを解明できなかったと聞いている。何らかの改良や量産を行うために、本人が必要だったとも考えられるぞ」
「……十分な戦力と言うだけではないか」
シマエナガがバロンを見て、そしてハチドリを前に立たせる。
「マスター、件の燃える少女との交戦中、ハチドリ様の脇差が怨愛の炎で溶け落ちました。専用の新たな刀剣を」
「はい!旦那様、お願いします!」
「……わかった。後でな。ひとまずマレへ報告しよう」
都市部を抜け、囲むように切り立つ岩石砂漠を進んでいくと、熱を帯びた風が漂ってくる。焼き固められてガラス状になった砂を辿っていくように道が生まれており、その先にはまごうことなき溶岩地帯が見える。
「ここが件の火山地帯ですな!火の粉が耳に当たる度に、ちょっとぴくってしますよ……気をつけてくださいね、旦那様!」
ハチドリが告げると、バロンは頷く。そして彼の右肩に、エメルが手を置く。
「……どうした」
「バロン、今あなたが何を考えているか、当ててみましょうか」
「……要らん」
「では勝手に言わせてもらいますが、黄金の沸き立つ火山地帯、そして緋色のツインテール……ディードを思い返したのなら、すぐに忘れなさい。もう彼女はこの世の理から抜け出ている。どうやっても、あなたが会うことはない」
「……わかっている」
「本当ですか?どうもサバトのことも、エリアルのことも……今のあなたは少々おかしいところがある。連れ出した私にも責任はあるのでしょうが……別の欲望で代替してください。少なくとも、これが終わるまでは」
バロンは手を払いのける。
「……わかっている。今更そんなことも理解できないほど墜ちてはない」
一行はそのまま進む。
漂ってくる強烈な熱風には、先の砂漠からの砂や火山灰、火の粉が混じっている。だが次第に、金粉が風に乗ってやってくる。半分融解しかかっている地面もそれに従って黄金が融け合っており、彼らの足首ほどまで溶岩と黄金が覆う。
「えぇっと、これ、私生きてますか?旦那様?」
足首から猛烈に煙が上がるのを見て、ハチドリは困惑して声を上げる。
「……大丈夫だ、生きてる。人間がこんな活火山帯に生身で乗り込んだらすでに焼け死んでいる。そうじゃないということは、君は生きてるってことだ」
黄金があからさまに多量になってくると、それに隠れていたプレタモリオンたちが起き上がってくる。
「わわ!?なんですかこの化け物ぉ!?」
「……雑魚だ。気にするな」
アリシアが放った白と黒の槍がプレタモリオンたちを貫き、消滅させる。すると、地面を流れていた黄金が動きを止め、固化する。一行はすぐに抜け出し、固まった黄金に着地する。
「あっはは!これはこれは市長殿下……お久しぶりね。後は、出来損ないの戦闘マシーンと、出来合いの王龍、田舎の三流魔法使い、かしらね」
ナチュラルにハチドリを除け者にしつつ、声の主は黄金の風と共に現れる。
「私の名前はニコル……ニコル・フォン・ブリュンヒルド」
現れたのは、ヴァーミリオンの描かれたワッペンが取り付けられた軍服――即ち、エメルと殆ど似たような衣装を纏った、長い銀髪、抜群のスタイルを持った女だった。
「ニコル……!やはり生き延びてアルメールと共に……」
エメルが真っ先に反応すると、ニコルは髪をすかしてドヤ顔で返す。
「当然でしょう?私のような人間が世界の破滅ごときで死ぬなんて、人類にとっての損失だもの」
「さあ。少なくとも、バロンと言う真に失う損失が大きい人物はこちらにいますが」
「ふん!そいつも所詮は世界の意志とやらに踊らされたお人形でしょう?私より価値があるなんてことはあり得ないわ」
二人の会話に、バロンが割り込む。
「……エメル。こいつは」
「彼女はニコル。ヴァーミリオンの兵士です。と言っても、特に目立った戦果のない、中将の一人ですよ」
「……中将か。確かに、僕が面識があるかはかなり微妙なラインだな」
それを聞いてニコルは苛立ち半分、自己顕示欲半分で言葉を返してくる。
「結構よ、殿下」
「……それになぜ殿下と……」
「私の力、見せてあげるわ」
ニコルが力み、彼女から閃光が溢れる。彼女を中心として凄まじい量の黄金が現れ、津波のように向かってくる。シマエナガとハチドリは、呼び出されたアレクシアに飛び乗って回避し、残る三人は各々防御して凌ぎ、続いて地面の黄金が固まって槍のごとく、次々と噴出してくる。一行はそれも回避しきる。ニコルへ視線を向けると、彼女は黄金の鎧を纏う、マッシブな怪物になっていた。
「見るがいいわ!私のこの強く美しい体を!メイヴすら凌駕するほどの黄金の肉体美を!」
「……こいつが原因か。だとしたら……」
「エメル!バロン!纏めて消し炭にしてあげるわ!」
ニコルの気迫を前に二人が構えると、上空からシマエナガの声が響く。
「マスター!遠方に不審な人影を確認しました!そちらを追います!」
そのままアレクシアが飛び去る。それを聞いていたかのようにニコルの随伴としてプロミネンス・デイが四体現れる。
「超人か……奴らは妾が引き受ける。主とエメルはあの女を倒せ」
アリシアが並ぶ。
「……頼むぞ」
「任せろ」
プロミネンス・デイたちは二体がマチェーテの二刀流で正面から接近、もう二体が高速で周囲を瞬間移動し始める。アリシアは一気に竜骨化し、白と黒の鎧のような姿の竜人となる。そのまま真正面からの二体を右に吹き飛ばし、高速移動からマチェーテで斬りかかってきた二体も纏めてそちらに飛ばし、バロンたちの視界をクリアにしてから離脱する。
「見てたわよ、トライバル・サバトでの活躍。惨めな見世物になって、落ちるところまで落ちたものね」
ニコルの挑発に対し、バロンはひたすらに無表情である。
「……必要なことならば、どういうものであれやらねばならないだけだ。今まで運よく、僕の望まない出来事をやる必要が無かった、それだけだ」
「まあどうでもいいわ。ここで死ぬ奴を憐れんでもねえ!」
ニコルは雄たけびを上げて上体を反らし、再び猛烈な量の金の棘を生み出す。バロンが繰り出した鋼の盾で阻まれ、ニコルは黄金の波で押し込みつつ突進してくる。バロンも同じように鋼の波で迎撃し、二つの波が激突して飛沫を起こす。
「……エメル!」
号令より早く彼女は飛び出し、単純な右フックを繰り出す。ニコルは輝きを纏わせた右手を突き出し、激突させる。ニコルの出力も、この世界では足りないほどの超高威力であるのは間違いなかったが、それを遥かに上回るほどの絶大な腕力に阻まれ、ニコルの右腕を覆う黄金が吹き飛ぶ。
「ガッ……!このビチグソが!」
ニコルが瞬時に右腕の黄金を再生しようとするが、エメルの背後から飛んできたバロンの鋼が足されて妨害され、その隙にエメルの両拳が揃えられた一撃が腹に叩き込まれ、大きく後退したうえで腹の黄金が崩れ落ちる。
「ニコル、全力でなければ私とバロンを同時に相手にするなど出来るわけがないでしょう」
「どうやらそのようね……悪いけど、今全力で戦うわけにはいかないのよね」
急に周囲が暗黒に……無明の闇に包まれる。すぐ後に、巨大な何かが着地する音が響き、バロンとエメルの間近に現れる。黒い装甲のロボットであり、直立する二足歩行型のものだった。
「……プロミネンス・イモータル……」
「なぜここに」
闇の中に現れた鋼の巨人は、右掌に元に戻ったニコルを乗せる。巨人は屈み、頭部を見せつける、あるいはバロンたちに匂いを嗅ぐために鼻先を向けるような姿勢を取る。そして突如、両者の間に千早が現れる。
「……千早……!」
「こんにちは、バロン様。わざわざ私を追って、こんな僻地までいらっしゃられるとは、光栄です」
「……手間が省けた。ここで倒させてもらうぞ」
「そうはいきません、もちろんのことですが。バロン様、こちらの言葉をお知りでしょうか。厭離穢土、というのですが」
「……汚れた現世を嫌うことか」
「ええ――私は、ストラトス様のいないこの世が憎い。もはや存在価値などないと言っていいでしょう」
「……そんなことはどうでもいい」
バロンは急接近し、拳を繰り出す。千早はそれを受け止め、彼を弾き飛ばす。
「……」
「彼のせいだけではありませんが、世界は平和になり過ぎました。もう二度と、無の無に辿り着ける存在が生み出されることはないでしょう。ならば空の器を使い、ストラトス様を現世に引きずり戻す。無の有までならば、たとえ死んでも私の力で何度でも蘇生できる」
「……だがこの新世界で、無の無に干渉できる存在がいるのは不都合に過ぎる」
「それはあなた様や、エメルにも言えること……アルメールにも、ニコルにも、マレにも」
「……(ラドゥエリアルのことに言及しないか……)」
「どうせ全員存在してはいけないのなら、最後に生き残った、勝ち残った者が道理を通すということも、あなたならばよく理解していますよね」
「……そういう割には逃げようとしているが」
「勝算がないのに戦わないでしょう」
千早が浮き上がり、それに合わせて巨人も立ち上がる。
「覚えておきなさいエメル!私がこの世で最も尊い、至高の存在なのよ!」
ニコルが吠え、千早が続く。
「バロン様、死の淵で踊るときを楽しみにしていますよ」
千早が消え、巨人は一飛びで遥か空の彼方へ消えていく。
――……――……――
一方その頃、シマエナガとハチドリは、少し離れた場所にいた。二人の前には黒焦げの少女が立っていた。
「シマエナガ殿、この人は一体……?」
「わかりませんが……この迸る憎しみ、怒り、怠惰は……並みの人間にここまで強烈な感情が発露できるわけがない。ハチドリ様、前衛を任せても?」
「もちろんですとも!このハチドリにお任せあれ!」
六連装と脇差を抜き構えると、少女も赤黒い直剣を右手に、レバーアクションライフルを左手に持つ。少女は黒焦げではあるが髪は燃え落ちておらず、ぼろぼろのマントと、無駄に露出の多い服装をしていた。
「無理せず、でもなるべく攻撃を引き出してください。強力な人間ならば、戦い方に必ず独特の癖があるはず」
「承知しました!」
ハチドリは六連装をフルバーストし、驚異的な速度で急接近する。少女は向けられた敵意によって覚醒したのか、急に全身から炎を発し、自ら火達磨になる。弾丸を胴体で受け止め、炎を纏わせて跳ね返す。
「ッ!」
咄嗟に反応したハチドリは翻り、一番上に飛んだ弾丸を踏み台にして更に飛び上がり、急降下して斬り付ける。だが少女は炎になって消え、瞬時に現れて直剣を振るってくる。ハチドリは分身を生み出して直にぶつけることで攻撃を遅らせて後退し、少女はライフルを発砲する。脇差に阻まれるが、素早い次弾の発射がなされ、それはシマエナガの放った突風で吹き飛ばされる。直剣を地面に突き立て、上に薙ぎ払うことで猛烈な熱波を起こす。ハチドリは一気に五体の分身を飛ばしつつ熱波の上を飛び、一気に空中で加速してすり抜け、分身と共に強烈な斬撃を与えつつ分身を回収する。
少女が怯み、一瞬だけ炎が内側に引っ込む。だが先ほどとは違って赤熱化しているために表情の把握が容易となっている。好機とみなしたハチドリが一瞬のリロードからフルバーストで頭を打ち抜き、猛烈なストッピングパワーで少女は吹き飛ぶ。消え、今度は大爆発を伴って現れる。全身から再び猛炎を発しており、一旦ハチドリは後退する。
「シマエナガ殿、何かお分かりになられたでしょうか!?」
「正体の推測ならばある程度は……」
少女は接近しつつライフルを乱射する。打ち出されている弾丸は正確に言うと火炎そのもののようだが、彼女は律儀に弾丸を排莢しながら発射してくる。残弾数の縛りはないようだが。打ち出される弾丸をハチドリが脇差で打ち落としていくが、次第に刃が溶解していく。
「怨愛の炎か……ハチドリ様、あの炎と真正面から対峙するのは危険です。回避に専念……」
頬を掠め、シマエナガは軽くうなずく。
「しましょう。我々の装備であれを止めるのは厳しい」
「そのようですね……わかりました」
と、瞬間、電池が切れたように少女は動かなくなる。同時に無明の闇が漂い始め、背後で轟音が轟く。気付けば少女は消えており、二人はアレクシアに乗って急行する。
――……――……――
「……なるほど、燃える少女か」
バロンの言葉に、ハチドリとシマエナガが頷く。
「全身から怨愛の炎を吹き出し、赤黒い直剣を振るう、ツインテールの少女でした。あれがマレの言っていた、緋色のツインテールの正体でしょう」
「……そうか」
バロンは少々落胆した様子で、エメルはそれを若干不快そうに見ていた。
「恐らくあれは、来須月香、またはそれに準ずる完全同位体。彼女たちは一人の例外もなく塩化して消滅していますから、通常の手段で蘇生するのは不可能です。だとするならば、マスターたちの前に黒崎千早が現れるのとほぼ同時に消えたことから推測するに、千早がストラトス様をどうにかして蘇生できないかを模索するときに、実験体として死者の情報から再構成したもの……かと思われます」
それを聞いてエメルが頷く。
「なるほど。なぜアルメールが千早に協力しているか少々疑問なところはありましたが、奴の来須への異常な執着を考えれば、紛い物の存在でも欲しがりそうなものです」
アリシアが続く。
「プロミネンス・デイ、そして鋼の巨人……どちらも来須の発明品だ。そして、王龍ですらそれらの発明品のギミックを解明できなかったと聞いている。何らかの改良や量産を行うために、本人が必要だったとも考えられるぞ」
「……十分な戦力と言うだけではないか」
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「マスター、件の燃える少女との交戦中、ハチドリ様の脇差が怨愛の炎で溶け落ちました。専用の新たな刀剣を」
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