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三千世界・終熄(13)
三章「忘れ貝の刃」(通常版)
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アイアンボトムサウンド Chaos社海上基地
ニヒロの執務室にて、クインエンデがデスクについていた。左の壁に備え付けられた本棚にルリビタキが腕を組んで背を凭れており、クインエンデへ視線を向ける。
「あんたの娘は死んだらしいぜ」
事も無げにルリビタキが告げると、クインエンデは眉一つ動かさずに返す。
「既に知っています。エストエンデはゴールデン・エイジとの戦いの時点で処分が決定していましたから、メランエンデが我々の代わりにタスクを達成してくれたようですね」
「なんか思ったりしねえのかよ。一応ニヒロとあんたの子供だろ」
「私たちは人間とは違います。人間によく似た感情の構造ではありますが、人間と同じ動きをするわけではない。私はあくまでもニヒロ様のことが好きで好きで……」
口調はヒートアップしているが、クインエンデの表情は全く崩れない。
「もうほんとニヒロ様のことだけがしゅきしゅきぃなのでね、娘が死のうがどうでもいいことです」
「ひでえな。ま、あたしも別にどうでもいいけど。エストもメランも、正直あんま話が合う相手じゃなかったしな」
「九竜も残るはレジサームのみ……メランたちがやらんとしていることを考えれば、我々の脅威どころか、計画の一助ともなりうる」
「ところでこいつらはどうするんだ?」
ルリビタキが右手を差し出し、その掌に映像を投影した球体を生み出す。それには、海上基地の甲板に現れたレイヴンとアーシャが映っていた。
「ヴァナ・ファキナの化身にもう利用価値はありません。ここで仕留めます」
クインエンデの言葉に笑みで返し、球体を消して槍を生み出し掴む。
「そうこなくっちゃな。あたしが先に出て……」
「お待ちなさい。我々が先手を打って消耗する必要はありません。ニヒロ様より製品の廃棄をせよと仰せつかっております」
ルリビタキは槍を肩に担ぐ。
「サキュバスにしたのか?」
「ここも、もう必要ありませんのでね。当然そうしています」
「ったく、アイスヴァルバロイド共も哀れなもんだぜ。ミサゴみてえなワンオフならともかく、サキュバスになるようなヤツなんぞ、生まれてこない方が幸せまであるぜ」
「何を無駄な考察をしているんですか。我々もアイスヴァルバロイドも、所詮はニヒロ様が作り出した感情でしか評価できない。考えるまでもなく、彼女たちも幸せなはずですよ。なんせニヒロ様の糧になり、そして貢献して消し炭になれるんですから」
「ランとか、ええっと……アオジ?とかいうヤツに近い思考回路のヤツもいるだろうから、なんとも言い難いところだけどな」
「まあ、彼女たちが実際に何を考えているかはどうでもいいことです。さて、衝撃に備えてください」
――……――……――
レイヴンが力ずくでゲートを開くと、そこは広大な格納庫だった。
「気配はするが、どうも静かだな」
そのまま進み、アーシャが続く。
「そうですね。王龍ニヒロが何も用意してないとはとても思えないですからね……」
レイヴンがアーシャの方を向いて拳銃を抜き、その僅かに上を狙って発砲する。アーシャはレイヴンへ距離を詰めて抱き抱えられ、銃弾は落下してきていた女性に命中して爆発する。その様を見て、レイヴンの懐でアーシャが頷く。
「ありがとうございます、相棒」
「惚れるなよ、お嬢さん?」
「お嬢さんではありません、お嫁さんです。ともかく、これは一体……」
アーシャがレイヴンから離れる。
「人間爆弾か?趣味悪ぃな」
「いえ……これはアイスヴァルバロイドですね。大僧正と同じような存在です……」
「そういうことか」
レイヴンは短く相槌を打ちながら、二丁拳銃を抜き放って弾丸を吐き出させる。格納庫内には大群のサキュバスたちが居り、レイヴンたち目掛けて突っ込んでくる。彼女たちの目には光が宿っておらず、銃弾に貫かれた瞬間に輝く肉塊へと転じて膨張し、爆発する。中には後ろ歩きで駆け寄ってくる個体もおり、シュールな光景には笑いを禁じ得ない。
「気配があるのにないというのは……指揮官クラスが後方にいて、残りは自爆用の廃棄物しかないから……ということですか」
アーシャが雷でサキュバスたちを撃ち抜きつつ話を続ける。
「そういうことらしいな。俺たちにこんな兵器が通じるわけないってことはあっちもわかってるはずだ。こいつらは廃棄物……処分が面倒だから自爆させてるって訳だな」
度重なる爆発によって格納庫には穴が空き、徐々に海水が入り込んでくる。
「アーシャ!」
「わかってます!」
レイヴンがアーシャを抱え上げ、サキュバスたちの特攻を躱しながら、まだ壊れていない通路へ滑り込む。そのまま駆け出すと、サキュバスたちは凄まじい剣幕で突撃してきては、自爆する。
「しつこいレディたちだ」
「目移りしちゃダメですよ。タマ踏み潰しの刑です」
「勘弁してくれ」
アーシャはレイヴン越しに後方を確認する。
「いきますよ相棒!」
「頼むぜ」
右手を伸ばし、電撃を放ってサキュバスたちの先頭を潰し、雪崩を起こして自爆させる。
「お嬢さん!」
「わかってますよ!」
レイヴンが駆け抜けつつスライディングすると、ちょうど壁の両サイドから生体筋肉の太い足が突き出てくる。その下を潜り、レイヴンは姿勢を戻し、継続して走り続ける。程無くして壁をぶち抜いてわらわらと現れたのは、生体筋肉の足を持った歩行戦車……つまり、金剛だった。
「あいつは古代世界の兵器じゃねえのか」
「Chaos社の総本山がここなんですから、あっても不思議ではないですよね」
「納得だな。だが……」
金剛たちは頭部に小型のバルカンを備えており、走りつつもレイヴンを狙って乱れ撃つ。彼らの足元の隙間からサキュバスたちが驚異的な走力で現れては、金剛に踏み潰されて自爆する。
「頼むぜお嬢さん」
「お嫁さん……です!」
アーシャは電撃を放ってバルカンの弾丸を弾き、レイヴンは躊躇なく駆け続ける。
「随分と長ぇな、この通路」
「恐らくは先ほどの格納庫へ物資や兵器を運搬する、一番太い通路のはずです。そうだとするなら、かなりの長さがあっても不思議じゃありません」
進み続けると、通路の果てに稼働中を示す黄色いランプが点灯し、閉じ始めている隔壁が見えた。
「アーシャ、あれは……」
「たぶん、罠ですね」
「仕方ねえ。お誘いはちゃんと受けてやらないとな」
レイヴンはスピードを上げ、滑り込む。隔壁が閉じきり、その瞬間に勢い余ったのか、それとも意図的にか、金剛とサキュバスの群れが激突して大爆発する音が聞こえ、建屋全体が振動する。
海上基地特殊セクション:セミラム・グラナディア
一息つき、レイヴンがアーシャを下ろす。周囲を確認すると、そこは西洋の城をモチーフとしたような、研究施設には似つかわしくない妙な空間だった。冷え凍えている石造りの城内には円形のフィールドがあり、吹き抜けている両壁から見える外は極寒の氷雪地帯のようだ。
「どうなってんだ……?」
「疑似空間……にしてはリアリティが高いですね。ニヒロお手製の空間ということでしょうか」
二人が推測していると、様々な隙間から四つん這いでサキュバスが現れる。二人は瞬時に構えるが、彼女らが距離を詰めてこないのを見て、先手を打つの躊躇する。
「そろそろ準備しとくか」
「いえ、まだ……」
と、正面の窓の手前に用意された足場に、傍の柱の影から何者かが現れる。フリルのついた、黒地にえんじ色が挿されたメイド服に身を包んでおり、行儀のよい態度ながら、そこはかとない尊大さが伝わるその姿――
「え……?」
アーシャの驚きに続き、レイヴンは大笑いする。
「ハッハッハ!まさかお前に会えるとはな!」
何者かは前に歩く。ブーツが石畳を叩く音が数回響いたあと、吹雪越しの日光に顔が照らされる。
笑みを浮かべるその姿の主は、紛れもなくエルデだった。
「ごきげんよう、ご主人様、殿下」
エルデが右指を鳴らすと、サキュバスが一斉に爆発する。そして回転をかけつつジャンプし、華麗にフィールドへ彼女は着地する。
「ふふ、ご主人様がお元気そうでなによりです」
その笑顔に対し、レイヴンはアーシャを剣に変えて握る。
「もう二度と会うことはないって思ってたところだ。殆ど旧友の類いだったぜ?」
「再会を喜びませんか、ご主人様。お互いにメビウスに侵されてから、ここまで辿り着いてきたではありませんか」
レイヴンが肩を竦める。
「おいおい、これでも喜んでるんだぜ?お前さんにまた会えるなんて、これっぽっちも思ってなかったところだしな」
「あらあら、相も変わらず耳障りの良いことが次々に出てきますね」
「なんたってお前さんも引くほど美人だしな。また会えて嬉しいぜ。早速ベッドでも行くか?」
「ふふ、ご主人様ったら。誉めても何も出ませんよ、ふふ……」
両者は距離を測りながら、円を描くように歩く。
「さてと……どう見てもお前さんは味方って感じじゃねえが、ニヒロに頼まれて俺たちを止めに来たのか?」
「さてさて、どうでしょうか。私は自分の意思に従い、自分の願いのためにご主人様の前に立っております」
エルデが右腕を天に掲げると、巨大な機械仕掛けのハンマーが落下してきて床に突き刺さる。
「私はずっと思っていました。人間は、ヒトは、生き物は何に従って生きているのかと。メビウス化し、主をご主人様から私自身に変えようとも、私自身は私自身に従っている。そう、遺伝子の中央教義の思いのまま、私という存在は成り立っている」
ハンマーを握り、持ち上げ担ぐ。
「非常に不愉快ですよね、この事実は。私は私の体には仕えない。私は私自身に仕える」
「なんでもいい。お前さんが敵ってことだろ?」
エルデは皮肉っぽく笑い、言葉を返す。
「ええ。その通りです……私は王龍ニヒロによって死の淵から蘇りし、〈無明の帝王〉隷王龍エルディアブロ」
片手でハンマーを振るい、彼女は構える。
「どいつもこいつも皮肉が好きだねえ、ったくよ」
「参ります、ご主人様……いいえ、レイヴン・クロダ!」
両手でハンマーを握ると、打面と反対から火炎を噴射して加速し、急接近しつつ薙ぎ払う。レイヴンは魔力の壁で受け流しつつ強烈な反撃を繰り出す。エルデはふざけた挙動で高く飛び上がって回避すると同時に、強く着地して衝撃波を起こす。レイヴンは剣を消して飛び退きながら二丁拳銃を繰り出し、エルデはハンマーの打面を展開してそこから小型のミサイルを乱射する。銃弾でミサイルが爆発し、その影からハンマーを元に戻したエルデがサキュバスたちを臨界状態にして打ち込んでくる。拳銃を消し、剣を手元に戻したレイヴンはそれを切り裂きながら接近し、エルデの号令で阻むように金剛が二体飛び込んでくる。金剛たちは魔力の剣と電撃で拘束され、剣の一撃をエルデは防御する。片手間に放たれた短剣が彼女の頬を掠め、それと同時に空中へ放られた拳銃を左手に収め、発射する。ハンマーから火炎を噴射して距離を更に詰めることで銃弾を避け、力任せの振り下ろしでレイヴンを着地させる。剣の切っ先が床に突き刺さり、エルデが左腕を向ける。袖が千切れ、前腕に装着された大砲が顕になる。剣が消え、それが拳銃の代わりに左手に握られ、大砲を狙う。が、ハンマーの熱噴射を増加させることで視界を遮り、飛び上がったエルデが強烈な着地を繰り出す。咄嗟に防御姿勢を取るが、衝撃波が直撃して後退する。
「こんな強かったか?久しぶりに会うと印象変わるもんだな」
レイヴンが右人差し指でからかい混じりに指差すと、ハンマーを振り抜いてエルデが笑う。
「本当に不本意ですが、メビウス事件の最中、私は瀕死の重傷を負いました。エリナ・シュクロウプの一撃でね」
剣へと転じているアーシャがその名前に反応する。
『エリナ……』
「そのあと、私は隷王龍クインエンデによって救われ、そして王龍ニヒロの隷王龍となった」
レイヴンが短剣を手元に呼び戻し、納刀する。
「自分に仕えるとか言ってるやつが他人に仕えてるなんてな。お前さんも相変わらず皮肉が好きだねえ」
「物事はあるべき姿に、往々にして戻るものです。私は、元々は異史Chaos社のアイスヴァルバロイド。それが正史に於いてただの人間となり……そして今、ここに辿り着いた」
エルデが左指を鳴らすと、拘束されていた金剛二体が爆発する。
「ええ、確かに今この状況が、私にとって酷く望ましくないものであることはもちろん把握しております。けれど、それに抗う術を持たぬもまた事実……」
ハンマーを両手で握り、構え直す。
「ならば、あなたを打ち破るのみ」
火炎を噴出させて高速で床に叩きつけ、血管のように炎が地面を走る。追加で薙ぎ払うことで熱波が放たれ、レイヴンは剣をヌンチャクへ変えてエネルギーの風を起こして防ぎ、剣に戻して魔力の剣と衝撃波を伴いながら強烈な刺突を繰り出す。エルデはまたも飛び上がり、今度は狙いをつけず乱雑に飛び跳ね、いくつもの衝撃波を起こす。レイヴンも飛び上がり、魔力の剣を手ずから飛ばしてエルデを囲んでいく。着地したエルデはハンマーをブーメランのごとく投げ飛ばし、空中のレイヴンを狙う。レイヴンは待ってましたとばかりに魔力の壁で受け流しつつ強烈な反撃を極め、ハンマーを破壊する。間髪入れずに短い拍手を合図とし、魔力の剣を一斉に飛ばす。退路を潰すように放たれてから、殆どタイムラグなく本人を狙い、刺さって爆発する。エルデは後退するが、ダメージはほんの僅かなものだった。しかしそこへ、土煙を破って追撃の刺突が放たれ、エルデは場外まで飛び退いて躱す。窓前の足場へ移動したエルデは、レイヴンへ視線を向ける。
「得物は壊したぜ、エルデ。奥の手があるなら、今が出番ってところだ」
余裕綽々で両手を広げる彼に、エルデは微笑む。
「まだまだ、奥の手なんて勿体ないでしょう」
号令のように左手を振り抜くと、フィールドと外郭の合間にある奈落からサキュバスたちが臨界状態で現れる。更にエルデが右腕で、傍に置いてあった巨大な石材を担ぎ上げ、フィールドに戻ってくる。
「第二ラウンドです、レイヴン」
サキュバスたちが駆け寄り、次々に自爆していく。自動的に放たれる魔力の剣と電撃に彼女らは阻まれるが、エルデの石材による超広範囲の薙ぎ払いによって、それとは関係なく挽き潰され爆発し、レイヴンは魔力の壁で石材を受け止める。振り抜くと魔力の壁に押し負けて石材が砕け散り、エルデが砕けた部分を自身が生み出した氷で補強し、巨大な氷柱となったそれを縦に振り下ろす。緩慢な動きゆえに回避は容易だったが、吹き出た冷気によって床が凍りつき、天井からも氷柱が落下してくる。続く薙ぎ払いが届くより前に急接近し、闘気を噴出させた強烈な薙ぎ払いを彼女へ向ける。込める力が増して速度が上がり、氷柱と剣が激突する。左手に握られていた剣が氷柱を砕いた瞬間、剣は右手に移り、至近距離で刺突を受けてエルデは吹き飛ぶ。逃さずレイヴンは二丁拳銃を構え、乱射する。銃弾は電撃を纏い、魔力の剣を伴いつつ飛翔する。エルデは受け身を取り、銃弾も魔力の剣も直撃し、続く爆発の後、剣から放たれた衝撃波が二発届く。
エルデは全て受けるが、だが傷はなく、平然と立ち上がる。レイヴンは右手の拳銃を肩に乗せ、左手の拳銃を彼女へ向け、ウィンクする。
「どうも緩いな。じれったいのも大事だが、最初から全力でもいいんだぜ?」
彼女は肩の土埃を払い、まだ笑みを浮かべる。
「お察しの通り、物事には段階と言うものがあります」
両手を開くと、その手に先ほどの物と同じハンマーがそれぞれ握られ、打撃部分が装甲を開きつつ火に包まれる。
「まだ仕留めにかかるには惜しい時間です」
エルデは一気に距離を詰め、右ハンマーを縦に振る。レイヴンは剣を振り抜くことで弾くが、左ハンマーの薙ぎ払いを見切って後退する。エルデは踏み込みつつ両ハンマーを体を回転させながら振るい、炎の竜巻を起こす。そのまま飛び上がり、竜巻をレイヴンへ飛ばす。回避する彼へ、上空からハンマーを投げつけては召喚し、投げつける。床に激突したハンマーが爆発し、プラズマとなってしばらく滞留する。レイヴンは攻撃の切れ間に魔力の剣を投げつつ、ハンマー投げの終わり際に急接近する。だがエルデは大きく飛び上がり、竜巻の中心に着地して強烈な熱波を四方八方へ撒き散らす。当てが外れたレイヴンは仕方なく竜巻を避けながら接近し、刺突を繰り出す。流石に攻撃が遅れに遅れたため、ハンマーによって普通に弾かれ、その打面が床に激突することで起きる小さな火柱によって更に後退させられる。
「覚えていますか、レイヴン。私とあなたが初めて出会った日のことを」
互いに得物を構え直す。
「ああ、もちろんな。俺は仕事の帰りにジャンクヤードで女を探してた」
「私はその日生きるために、客を探していた。そこであなたに拾われた……いえ、買われたんですよ」
「ジャンクヤードで商売してるやつは、どんな非合法な所業でも顧みられないからな。アリアの子守りにちょうどいいって、思ったんだったな」
「本当に私は、あなたに拾われて幸せでしたよ。あそこで働いていた仲間は全員、行方不明になっています。野垂れ死んだか、何かしらの〝新薬〟の被検体にされてしまったんでしょう」
「吹き溜まりで生きてるやつなんてそんなもんだ。俺が救ってやったとか、お前さんがラッキーだったとかじゃない。単に物事の流れでこうなってるだけだ」
「ええ。あなたも、決して幸せな人生など送ってはいない。いいえ、それどころか失うだけの道を進んでいる」
「だがお前さんならわかってるはずだぜ。こういうとき、俺が何て言うか」
「人生は刺激があった方がいい……そうでしょう?」
レイヴンは笑む。
「その通り」
「今の私からすれば、あなたが居なければ死んでいただろう自分自身が度しがたい。刺激のある人生を選べる、それ自体が、あなた自身に選択肢があったことを意味する」
ハンマーを薙ぎ、そして縦に振って熱波を起こす。レイヴンは翻りつつ闘気を帯びた爪先で熱波を切り裂き、魔力の剣をでたらめに放って牽制し、間近に瞬間移動して左拳のボディブローから凄烈なアッパーを加え、止めに総力を込めた一閃で吹き飛ばす。
エルデが大きく後退し、フィールドの端まで動かされる。彼女はハンマーを投げつけ、それが難なく往なされて爆発する。
「ならば……」
彼女は獣化する。屈強な上半身と、瞬発力に特化した下半身を持つ、四足歩行の大型肉食獣のごとき姿となる。張り裂けるような爆音の咆哮が轟き、駆け出す。レイヴンを中心として輪を描くように駆け、凶悪そうな爪をスパイクにして突進してくる。魔力の壁で受け流しつつ反撃してすり抜けるが、両者ともにダメージを受けている様子はない。
『相棒、ここは耐えた方が』
「それはそうかもな」
エルデがすぐに折り返して突進し、レイヴンは魔力の壁で受け流す。エルデは飛び上がり、右前足を向けて急降下する。受け流しつつも回避すると、足が床についた瞬間に何重にも衝撃波が起こり、続いて五本の斬撃が縦に飛んでいく。結果として、魔力の壁で防いだことによって釘付けにされ、着地したエルデは何度も両前足を床に叩きつけて、衝撃波と斬撃を飛ばす。レイヴンはその多段攻撃の合間を狙って魔力を解放しつつ突進し、エルデを大きく吹き飛ばす。エルデは場外に吹き飛び、壁に爪を突き立てて堪える。彼女が咆哮しつつ壁を走る。咆哮が合図か、またも金剛とサキュバスがわらわらと湧き出て、レイヴンへ特攻を仕掛ける。レイヴンは最接近してきた金剛を両断しつつ空中に飛ぶ。が、その瞬間を狙ってエルデが突進してくる。レイヴンは短く舌打ちし、魔力の壁で受け流し、擦れ違い様に剣を突き立て、そのまま引っ張られる。エルデは窓前に着地し、背中のレイヴンを振り払わんと暴れ狂う。だがレイヴンは渾身の力で抵抗し、飛んできた金剛たち目掛けてエルデを放り投げる。大規模な誘爆が起こり、凄まじい衝撃と共にエルデがフィールドに戻り、レイヴンも続く。
「やっと乗り気になってきたか?」
「そうですね。そろそろ全力で……」
エルデが力み、竜化する。今度は体全体が縮み、元々の身長とそう変わらぬ竜人となる。黒くシャープな姿に、体の隙間から冷気が漏れ出している。
右手を伸ばすと、天からバトルアックスが落下してきて、床に突き刺さる。勢い良く引き抜くと、構える。
「命を奪い合うことでしか、証明できぬものもあります」
「今更何言ってやがる。そんなもん、ここまで来た時点でわかってるだろ」
エルデは小さく飛び退き、そこから怒涛の勢いでバトルアックスを振るう。右から左へ、左から右へ、連撃を与えつつ、強烈なスイングから一回転し、突進からの刺突を叩き込む。剣の腹で受けると後退し、エルデはステップで距離を詰め、再び左右に振る連撃を開始する。剣で受けたのを強く弾き、身を翻しつつ刃先にエネルギーを込めて振り下ろす。強烈な爆発が巻き起こるが、レイヴンは竜化して防御しつつ、刺突を繰り出してヌンチャクに持ち替えて高速回転しつつ叩きつけ、そのまま舞踊のごとく振り回し、魔力の剣を伴いつつ薙ぎ払い、竜化を解く。ヌンチャクが腹を強烈に叩くが、エルデは構わず持ち直してバトルアックスを振り抜き、氷の竜巻を起こす。それを二つ飛ばし、退路を潰しつつ、縦に回転して振るい、刃先が床についた瞬間に炸裂する。爆風から逃れるギリギリに下がり、魔力の壁を纏いつつ突進する。即座にステップを踏んだエルデがバトルアックスを振り、剣と激突する。
「はんッ、雑な攻撃で俺を止められるとでも思ってんのか?」
「柔よく剛を征す……ですか?そんなものはあくまでも通説、素人の世迷い言ですよ」
剣を押し切る。竜巻がレイヴンを潰すように左右から突っ込んできて、だがレイヴンは瞬時にエルデの背後に移動して切りかかる。エルデはバトルアックスの柄を背中に沿わせて防御し、正面に戻しつつ振り返って振る。レイヴンは既に頭上に移動しており、剣を振り下ろしつつ急降下する。左前腕で防がれるが、剣を透過させて着地しきり、即座に実体化させて刺突を繰り出して腹を抉り、そのまま竜化しつつヌンチャクを再び高速で振るい、魔力の剣を伴いつつ乱舞し、止めの薙ぎ払い――から更に融合竜化して、極悪な破壊力の三連撃を叩き込む。エルデは堪えきれずに吹き飛ばされ、壁にめり込む。レイヴンは逃さず大量の魔力弾を放つ。エルデは即座に壁から抜け出して、そのまま壁を走って魔力弾から逃れ、フィールドに舞い戻る。レイヴンも竜化を解いて着地する。
「流石の一撃ですね……」
エルデは自分の胴体に刻まれた大きな傷に触れ、それと同時にバトルアックスが床に突き刺さり、そして砕け散る。
「そろそろ終わらせるか、エルデ?」
レイヴンの言葉で、エルデは失笑する。
「自分自身の竜化に加えて、殿下との融合竜化……手札を切ったのは、そちらが早かったようですね……」
不敵な笑みと共に、腹に線が走る。彼女の四肢が格納され、やがて一個の巨大な顎に変わる。
『相棒、これは……!』
「ああ、なんかヤバそうだな……」
立ち並ぶ凶悪な牙の向こうに、見開かれた瞳が凄まじい殺意を見せる。高回転で咀嚼しつつ、エルデはレイヴンへ突っ込む。
「どうだ、止められると思うか!?」
『回避優先です、相棒ッ!』
突撃を横に動いて避ける。エルデは床を下顎で巻き上げつつ噛み砕いて進み、天井の隅に激突して強引に向きを変え、スピードを上げて再びレイヴンへ突っ込む。辛うじて避けきるが、続いてエルデは壁に激突して向きを変え、そして巨大化し加速して突撃する。追い付かれる寸前で瞬間移動して逃げ、エルデは空中で留まり、更に巨大化してエネルギーを集中させる。極大のエネルギーが解放され、極太の光線が生成される。放出からの薙ぎ払いの軌道上に、ちょうどレイヴンが現れる。
「なっ……!?」
『まず……!』
咄嗟に融合竜化し、防御力を高めて吹き飛ばされる。壁に叩きつけられてもなお照射が続き、光線の切れ間に逃れ、口に蓄えた光線を噛み砕いてエルデは突撃する。巨大な光弾となって特攻してくるエルデに激突され、顎を両手で受け止める。その状態で光線を放ち、レイヴンはギリギリで飛び退いて避ける。反撃を繰り出そうとするも、光線の反動でエルデは一気に後退する。エルデは元の姿に戻り、再びバトルアックスを召喚して、高速回転しながら突撃する。剣を呼び出して防御されたところへ独楽のごとくなった彼女が衝突し、火花を散らす。弾き返してフィールドへ落下させると同時に、レイヴンも急降下して左拳を床に叩きつけ、極悪な破壊力の衝撃波を起こす。エルデは衝撃波を受け流しながら、瞬時に腹を割り開いて光線を吐き出す。レイヴンは剣から最大出力で闘気を噴出させながら一閃して光線を打ち消し、錐揉み回転しながら剣を突き出し、更にその切っ先に魔力の剣を集中させてエルデの腹に突貫する。ドリルのごとく超高速で腹を抉り取りながら、迸る電撃で追撃し、止めに切っ先と魔力の剣を大爆発させる。
「ああああああああッッッ!」
爆発と同時に、エルデの凄まじい咆哮が空気を切り裂き、全身全霊の一撃がレイヴンの脇腹を砕く。剣を取り落とすほどの衝撃から吹き飛び、背中で床を滑る。
「くっ……大丈夫か、相棒?」
『ええ、なんとか……』
追撃が来ないのをいいことに、レイヴンはゆっくりと立ち上がる。エルデは肩で呼吸しており、そのまま両腕を脱力し、バトルアックスを床に落とす。レイヴンは手元に剣を呼び戻す。エルデは力なく笑い、現実逃避するように頭を振る。
「ここまで力を振り絞って、まだ勝てない、とは……」
変形したままの腹部のせいで全体のバランスが崩れており、特に胴体の歪みが激しい。遂に堪えきれなくなったか、彼女は片膝をつく。
「教えてください、レイヴン……あなたと私を隔つもの……この勝敗を分けた、理由は……」
「知らねえよ……だがもし、何かあるとするなら……これからの人生がどう楽しくなるか、考えてる方が勝ったってことかもな」
エルデは呆れつつも、納得したように笑う。竜化を解き、もはや殆ど全ての潤いを失った肌を見せる。
「隷王龍などとほざこうと……私は人間でしかない……竜化すれば当然、それだけ消耗する……」
独白を聞きながら、レイヴンは融合竜化を解いて、更に剣をアーシャに戻す。
「レイヴン、殿下……私はあなた方に出会って、本当に不幸せでした……ざまあ、ないですね……」
エルデは右中指を立て、そして後ろ向きに崩れ落ちる。間も無く、粒子となって跡形もなく消え去る。
「相も変わらず不器用なやつだな、ったく……」
「想像以上に強敵でしたね……」
「ああ……だが、これで先へ進めるだろ」
レイヴンがアーシャへ視線を向ける。
「大丈夫か」
アーシャが肩を竦める。
「今日は随分と心配してくれますね。いい夫婦の日だったりしますか?」
「減らず口が叩けるってこたぁ、まだまだ元気って訳だな。……頼りにしてるぜ、相棒」
「もちろんです。最期……最後まで、私たちはずっと一緒ですから」
互いに信頼を笑みを向け合う。それを遮るように隔壁の向こうから何かが激突する音が再開され、二人は頷き合う。
「雑魚に構う必要はねえ。指揮官クラスをなるべく討ち取るぞ」
隔壁が破られるより前に、彼らはこのエリアを去った。
Chaos社海上基地
特殊セクションを抜けると、しばらく似たような搬出用の通路が続く。そして小さな手動ドアを開けて進むと、赤い絨毯の敷かれた、木造の落ち着いた空間へ出る。
「もっと辛気臭い場所が続くと思ってたんだがな」
「そうですね、確かに……それなりにお洒落なお屋敷のようです」
妙に静かな廊下を行く。右の壁には窓が嵌め込まれており、始源世界の空と海が見える。
「そう言えば相棒、私たちって式を挙げてませんよね」
「別に無理して結婚しなくてもいいんじゃねえか?もう腐れ縁だろ」
「ダメです。忘れてるかもしれませんが、私は王族なんですよ?ちゃんと伴侶の身分を保証しないと、父様や姉様に申し訳が立ちません」
「ハッ、そういやそうだったな。お・ひ・め・さ・ま」
わざと嫌味っぽく言ってくるのを、アーシャは毅然と返す。
「そうです。お姫様なんですからね。今ヴルドル王家を再建すれば、必然的に私が女王で、相棒が王になるんですよ」
「めんどくせ。やっぱ式はナシだろ。俺はお前のことは大好きだがね、別に王族になりたい訳じゃないんだ。わかるか?」
「もちろん、今のは冗談ですよ?そんなことも見抜けないなんて、相棒もまだまだお子様ですね」
若干ヤケクソ気味に言い返すと、レイヴンが根負けしたのか肩を竦める。視線を前に戻すと、二人の呑気な会話に呆れていたルリビタキが立っていた。
「あんたら正気?ここは敵の本拠地なんだけど。あたしの前で惚気話するなんて、いい度胸じゃない」
レイヴンが続く。
「俺としたことが、レディの相手をし損ねるなんてな」
投げキッスをしながらウィンクすると、ルリビタキが若干引く。
「うぇっ、あんた本当にそういうタイプなんだ。まあいいや、ちょっとついてきてよ。殺り合うにしても、ここじゃ狭いでしょ?」
踵を返したルリビタキを見て、アーシャが不審がる。
「怪しい……」
「だが戦いにくいのはそうだろ。何が待ち構えてるにしても、先に進むしかねえ」
二人はルリビタキについていき、ある部屋に入っていく。
そこは家具の配置からして執務室のようであり、中央奥のデスクにはクインエンデがついていた。彼女は右手で頬杖をついており、ルリビタキがその横に並ぶ。
「エルディアブロでは仕留められませんでしたか」
抑揚のない言葉に対し、レイヴンはいつも通りの声色で返す。
「今日は美人によく会うな。しかもタイプの違うレディばっかりだ」
「私の名は、隷王龍クインエンデ。そしてそちらが、隷王龍ルリビタキ」
クインエンデが左手で虚空を操作すると、彼女の背後の壁が開き、海上基地の外の甲板と一体化する。続けて虚空をつつき、海上基地の至るところで爆発が連鎖的に起こる。
「ヴァナ・ファキナの化身よ。もはやその存在は意義を果たした。今、ここで」
右手を離し、握り締める。
「消えてもらう」
彼女が立ち上がり、外へ出る。ルリビタキが続き、二人もそれに続いて外に出る。全員が日光の下に出ると、クインエンデは腰に佩いていた藍色の細長剣を右手で抜き放ちつつ振り返り、左腕に巨大な盾を呼び出す。ルリビタキも振り向き、青い闘気で象られた槍を右手に呼び出す。
「私たちは戦士ではなく、兵器です。つまり、我々には矜持などない。一対二であっても、勝てるのなら躊躇はない」
クインエンデは少しの感情も見せない。横に立つルリビタキからは対照的に、凄まじい闘気が立ち上っている。
「あたしはあたしが勝てるならなんでもいいの。どんだけ塩試合になろうがね!」
アーシャがレイヴンへ話しかける。
「相棒、これは……」
「ああ、全部を懸けるならここだろうな」
「愛してますからね、ずっと」
「遺言が早いな」
剣へと変わり、彼の右手に収まる。
「二人同時に相手するのはいつぶりかねえ。モテるってのもツラいもんだ」
レイヴンが構えたところに、ルリビタキが躊躇なく穂先から光線を放つ。魔力の剣で阻み、そこに正面から来たクインエンデが長剣を振るう。両者の得物が競り合う中、クインエンデは盾の機構を発動して高速回転させ、長剣に合体させて押し切り、豪快に振り回して薙ぎ払う。レイヴンは飛び退くが、そこに頭上からルリビタキが急降下してくる。剣による防御の動きを見た瞬間にルリビタキは地上へ瞬間移動し、槍を向けて突進する。だが魔力の剣と電撃が阻み……だがルリビタキは背中を見せて急停止し、見終わってから翻って空中に飛び出しつつ膝蹴りを繰り出す。ちょうど間に合った剣が膝――正確には膝当て――を弾く。しかしそこへクインエンデの合体剣による殴打を腹に極められ、続くルリビタキの薙ぎ払い、そして光線の直撃を受けて吹き飛ぶ。更に瞬間移動によって背後を取られ――た瞬間に融合竜化し、強烈な一閃で迎え撃つ。ルリビタキは咄嗟に防御姿勢を取るが吹き飛ばされ、レイヴンはクインエンデの周囲に力場を産み出して一気に圧縮して爆裂させる。
「王龍式!星火燎原の大叛乱!」
絶対的な威力の光線が天を走り、レイヴンが貫かれる。命中したのを確認してから出力が急激に上昇し、彼は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。融合竜化が解け、そのまま二人に戻る。レイヴンは仰向けに、アーシャは彼に抱き止められて倒れている。
「これで終わりね。大して役に立ってないかと思ってたけど、あのエルデってやつのお陰で随分消耗してたみたいねえ」
ルリビタキがクインエンデに並ぶ。
「ええ。手間が省けました。後は手筈通り、彼ごとここを沈めてしまいましょう」
クインエンデが長剣と盾を分解し、長剣を鞘に戻す。
「一撃で……こんなことに……」
アーシャの言葉に、レイヴンが笑う。
「ま、こうなるだろうとは思ってただろ、アーシャ……」
「はい。ですから、何も不満はありませんよ……ただあの二人を……他の方に任せてしまうのだけは……心残りですけどね……」
「いいんだよ、俺たちは十分働いただろ?」
「じゃあ、お休みの前に一つだけ言っておきますね……大好きです、愛してますよ……」
「ああ、俺も……愛してるぜ、アーシャ……」
二人はキスをすると、同時に消え去った。
「人の愛は儚いものですね」
手を出さずに傍観していたクインエンデが吐き捨てる。
「ニヒロのこと好き好き言ってるやつが何言ってやがる。あたしからすりゃ、あいつもあんたも変わらな――ん?」
ルリビタキは違和感を覚える。クインエンデも鞘に戻した長剣に手をかける。なぜなら彼女たちの視線の先に、小さな剣が光を発しながら浮かんでいたからだ。
「なんだありゃ?」
「嫌な予感がします。早急に破壊してしまいましょう」
クインエンデが歩みを進めると、それを遮るように灰色の蝶が通り過ぎる。
「夢見鳥……!」
即座に長剣を抜き放ち、蝶を狙う。目視できぬほどの剣速だったが、なぜかゆらゆらと舞う蝶を捉えられずに逃がす。蝶が飛び去ると同時に小さな剣が砕け散り、天まで届く光の柱となる。目映さに目が眩み、そして光の柱から人が出てくる。
輝きが収まり、その姿を捉えることが出来るようになると、二人は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「なぜあなたがここに……!」
動揺して構え直したクインエンデの前に居たのは、白金零――即ち、隷王龍ソムニウムだった。
「アルヴァナとの契約により、一度だけ参上した」
「どういう……」
「レイヴンの完全なる消滅を以て、私は彼を死に至らしめた存在を滅ぼす」
「まさか……」
クインエンデは一切動揺を隠さずに、思わず反応が口に出る。
「浄化の前、シュバルツシルトが渡したあの剣が……!」
「アルヴァナとユグドラシル、そしてバロンの望み通り……レイヴンは懸命に戦い、そして消えた。そのお陰で、無理のないタイミングで、無理のない奇襲を、ニヒロの読みの埒外で実行できた」
「くっ……」
クインエンデはすぐさま仮想コンソールを呼び出し、無線を叩く。が、応答はない。
「無駄。Chaos社の通信システムは遮断させてもらったから」
先ほどの意趣返しのように、ソムニウムが冷淡な言葉を向ける。クインエンデは仕方なく仮想コンソールを消す。
「ソムニウム……!」
「私の力はあなたの主と同等以上だってわかってるはず」
ソムニウムは竜化し、竜人形態《ラグナロク》となる。左腕が肥大化して真雷を纏い、槍をその手に握る。続いて右手に氷剣を握り締め、意思を発する。
「家族とか、仇討ちとかどうでもいいけど……ともかく、私自身の目的のため、退場してもらう」
「ルリビタキ!」
クインエンデの声に従い、ルリビタキも竜化し、鎧のごとく甲殻が纏わりついた竜人となる。
「わあってるよ!こいつが生きてたら確実にニヒロの邪魔になるからな!」
ソムニウムは二人の構えを前に、余裕の態度で待ち構える。
「さあ、どこからでもどうぞ。数の多さに任せて戦えば、有利を取れると思っているのなら」
二人が初撃を躊躇していると、ソムニウムが先に距離を詰め、まずルリビタキを狙って氷剣を突き出す。対応が間に合わないのを察したクインエンデが割り込んで盾で氷剣を受け止める。だが続く強烈な冷気が、盾の庇護から飛び出たルリビタキの動きを強力に制限し、真雷を穂先に纏った槍の一閃でクインエンデを盾ごと吹き飛ばしつつ上昇し、そのまま縦振りでルリビタキを撃墜する。更に着地しつつ氷剣を振り抜いて一回転し、何重にも氷の波濤が産み出されて二人が外へ外へと押し込まれる。
「もっと本気で来ていいよ」
海まで吹き飛ばされたクインエンデが竜化して飛び立ち、周囲は唐突に曇天に覆われ、火の粉と共に暴風雨、吹雪、落雷、あらゆる災害が発生し始める。
「ならば望み通りにして差し上げましょう!」
黒紫の体に、全てを拒絶せんばかりに生え揃った総逆鱗が雨に濡れて輝く。威容を放つ角に真雷が宿り、勢い良く振り抜く。真雷で作られたその刃は魂さえ掻き消えるような轟音を撒き散らしながら、弾幕のように轟雷が降り注ぐ。ソムニウムは凄まじい密度の落雷をすり抜けて接近し、クインエンデは直上に飛び上がり、地表へ水を吐き出す。カウンター気味のそれであったが、ソムニウムには通用せず氷剣の一撃を受けて凍りつく。だが続けてクインエンデは真炎を吐き出し、爆発させる。氷が融け、水に戻ると同時に引火し、風雨の中でも消えぬ業火を産み出す。ソムニウムが後退すると、外野から射抜くようにルリビタキが突貫してきて、だがそれは氷剣に平然と凌がれ、続けて穂先に真炎を纏わせ、体重を掛けて薙ぐ。真雷を帯びたソムニウムの槍が迎え撃ち、激突する。その硬直を狙ってクインエンデが真炎を放射する。注ぐ雨に着火して鮮烈な輝きを見せるが、ソムニウムはなんと寂滅となり、虚を衝かれたルリビタキを掴んで盾にする。クインエンデは出力を抑える気など毛頭ないようで、躊躇なくルリビタキごとソムニウムを焼く。当然その程度ではかすり傷にすらなるはずもなく、ソムニウムはルリビタキを握り締めながら力み、放り投げながら氷の波濤を繰り出す。ルリビタキは凄まじい流れに押し込まれつつも自力で脱出し、クインエンデは正面から波濤を食らいつつも、角を払って落雷を数百本単位でソムニウムを狙撃するように放つ。
「甘い」
ソムニウムは飛び上がり、ラグナロクに戻りつつ槍で電撃を全て受け止め、振り下ろす。ルリビタキが先に動き、槍の穂先に力を一点集中させる。
「喰らえ!王龍式、星火燎原の大叛乱!」
劣悪な天候の最中でも太陽を思うほどに、凄まじい輝きが空を裂く。ソムニウムの槍と激突し、超大な破壊力を響かせる。競り合うソムニウムへ、クインエンデは氷柱やら真炎やら落雷やら、持ち得る遠距離攻撃をとにかく向け続ける。ひたすらに直撃し続けているはずだが、二人の攻防は少しもソムニウムの不利に傾かない。
「クソッ!なんでこんな……ッ!」
ルリビタキが力任せにエネルギーを注ぎ込みながら悪態をつく。
「設計思想が違う、ただそれだけのこと」
「クソが!」
更に出力の上がった光線を、ただ僅かに力むだけで粉砕し、その瞬間にソムニウムの槍が飛んできてルリビタキを貫く。
「がふっ……!?」
即座に追撃を繰り出すソムニウムの攻撃を阻むためにクインエンデは氷塊を両者の間に産み出す。氷剣はそんなものは存在しないとばかりに貫き、そのままルリビタキを粉砕する。ルリビタキは彼女を離すまいと抱きつく。が、一瞬で振りほどかれ、もう一度氷剣による攻撃を直撃して沈黙する。瞬間、彼女は自爆し、曇天を貫いて遥か上空に立ち上るほど巨大な雲を作り上げる。すぐに雲が補給され、元の暴風雨に戻る。
「……」
「やはり、ですか……」
その爆発を直接食らったはずのソムニウムは無傷でクインエンデの方を向く。
「ニヒロが考えそうだと思った。自分だけが存在し支配する、真の王権を望む彼なら、こうするだろうって」
「予測できぬ混沌たる世界の行く末を望むユグドラシルでは、こうしないと?いや、まあ……あなたを見る限り、そのようですね」
「さて……この腐れ縁も、ここで終わらせようか」
クインエンデは力み、莫大なエネルギーを展開する。周囲の音が遠退いていき、彼女が飛び上がると同時に空間を歪ませるほどの衝撃波が発生する。ソムニウムは敢えてその場を動かずに直撃させ、クインエンデの着地を待つ。
「恐ろしいものです。私の存在も、大概世界の理を歪ませていると自負していますが、あなたは……!」
「クインエンデ。肩を並べた同胞として、私が何をしたいか、教えてあげる」
やや唐突な提案だったが、クインエンデは黙して続きを待つ。
「私は審判となる。新たなる世界を逸脱せんとするものを裁き、正常な世界の運行を果たすために」
ソムニウムの体表に皹が入り、彼女の真の姿が現れる。左腕が元に戻り、二つの得物を消す。魂までも焼き焦がされそうな凄まじい熱量が迸り、豪雨の中でも暁光を垣間見る。
「我が身に宿りし審判〈縁《よすが》の楽園〉、隷王龍ソムニウム」
彼女が左腕を伸ばすと、バックラーのようにたおやかな水の渦が産み出される。
「(見たことのない武装……ユグドラシルが最終決戦用に作り上げたものでしょうか……?)」
「あなたは、相応の力を以て滅ぼす」
ソムニウムが左腕を引き戻し、右手を天へ掲げる。
「新しい武器は実地検証するに限る」
小さな亜空間が開かれ、そこから、宇宙の淵源を示すが如き、深い月の光を宿した長剣が現れる。その剣は自ら右手に収まり、ソムニウムは構える。
「天地の尽きる場所に、あなたは辿り着けない」
長剣を振るうと、時空が切り裂かれ、次元門が現れる。
「バカな!?」
次元門からエネルギーが噴き出し、莫大な威力を持った光線となる。クインエンデは即座に飛び上がって躱し、真雷と氷柱で弾幕を張る。ソムニウムは左腕を振るい、渦で打ち返す。飛び散った飛沫も続く弾幕を跳ね返し、怒涛の反射で急激に弾速が向上した弾幕がクインエンデへ向かう。クインエンデはバレルロールで回避しながら高速で回り込むが、ソムニウムの放った怒涛の氷柱を受け、砕けたそれから真雷が炸裂し、動きが止まる。更に地面から真雷の柱が立ち上り、クインエンデを貫いた後で火柱となって追撃する。そして彼女を挟むように時空が切り裂かれ、放出された次元門が叩きつけられる。釘付けにされて全く動けないところへ、躊躇いのないソムニウムの一閃が脳天を割り、胴体に突き立てられる。次元門が収まり、ソムニウムが剣を引き抜いて離れる。
「こんな……はずは……」
クインエンデが崩れ、周囲の天候が元に戻り始める。ソムニウムが冷酷なほどしっかりと足音を立てて歩みを進める。
「申し訳ありません、ニヒロ様……私は……」
「……」
ソムニウムは長剣を振り上げ、そしてクインエンデを斬り、消し飛ばす。大量の粒子へ変わった彼女を、再び現れた灰色の蝶が吸収する。
気付けば、海上基地は殆ど海に沈んでおり、戦いの舞台になっていた場所だけ残っていた。
「最終決戦に行こう。あなたの器になる、空っぽの彼と戦うために」
得物を消したソムニウムは、人間の姿になって、蝶と共に消えた。
黄金郷の残骸 エル・ドラード
星骨宙収を間近に捉えた溶岩地帯を、明人が歩いている。遠く彼方から射し込んできた暁光を見て、彼は立ち止まる。
「あれは……」
そちらに気を取られていたが、正面に闘気を感じて視線を戻す。そこには、銀髪のポニーテールの少女が立っていた。
「ようやく会えたっちゃけど、こげん高ぶっちょるの、不思議やな」
明人が構える。
「ウチのこと、忘れちょるわけやないんやろ?覚えちょうけ、そげん臨戦態勢になっちょるってことやろうし」
「ならお前が今の俺にとって邪魔でしかないってのも、わかっとうやろ……コラプス」
名前を呼ばれた少女――インドミナス・コラプス――は、歯を見せ口角を上げ、凶悪な笑みを見せる。
「俺はシャングリラに行く。お前に構っとう暇はない」
「それがウチにはあるっちゃねー。今でも事実上相討ちになっちょるの、納得してないけん」
「なら仕方ない。押し通らせてもらう!」
明人の右手に星虹剣が握られる。
「ハッ、クハハハッ!そう来んと楽しくなかもんなァ!」
眼前で腕を交差させ、伸ばすと同時に竜化する。黒く刺々しい、四足の竜が現れる。
「世界の終わりの前に、ウチがあんたをぶち殺す!」
小さく飛び込みつつ、右前足を捩じ込んでスパイクとし、明人は前に避ける。飛び散った棘が瞬時に臨界へ達して爆裂し、更に地面から噴出した黄金と溶岩が追撃となる。明人は溶岩による軽微なダメージは気にせずに突っ込み、コラプスは足を地面から引き抜く動作中に攻撃され、左前足で防御するも、棘を破損させられる。反撃とばかりに砕けた棘は自動的に爆発するが、明人は大きく振りかぶって薙ぎ払い、コラプスは横転しつつ吹き飛ぶ。一気に距離を詰めたところに重ねられた、呆れるほどの速さの猛烈な刺突が直撃し、大きく押し込まれる。だがコラプスは被弾しても危機感や悔しさを滲ませることなく、寧ろ狂喜的な表情を浮かべて猛る。続く明人の猛攻を音波を伴う咆哮で吹き飛ばし、大きく飛翔し、正確無比かつ爆発的な速度で左前足を明人に叩きつけつつ地面へ捩じ込み、棘を全弾発射して彼を吹き飛ばしつつ、爆発させて追撃する。引き抜いた彼女の左前足には、黒い棘に重なるように白く光り輝く棘が生え揃う。
「ウチを瞬殺する算段なら甘いっちゅうとくぞ!」
左前足を後ろから前へ振り抜き、爪から放たれた斬撃が地面を走り、射出された棘が地面に突き刺さる。斬撃を剣閃で打ち消し、瞬間移動からの単純な一撃を繰り出す。だが今度は左前足に遮られ、全力で撥ね飛ばされ、地面を背中で滑る。コラプスは飛び込み、右前足による叩きつけを繰り出す。明人は星虹剣を地面に突き立てて慣性を殺し、飛び込んできた彼女の右前足を受け止める。強烈な膂力によって若干地面に沈むが、押し返した瞬間に切り返しを与えて彼女の姿勢を崩させ、縦に振り下ろして後退させる。
明人が立ち上がり、コラプスが高熱のため息を吐く。
「あんたが戦いの先に望むのはなんや?ウチは壊せればなんでもいいんやけど、あんたはどうして死のうとしとーとや?」
「零さんと決着をつけるために決まっとうやろ」
「ウチと大して変わらん人間もどきの癖に、一丁前に人間みたいなこと言いようやん。まあでも無駄っち言うとくばい」
再び天を仰ぐように咆哮し、周囲の溶岩を励起させつつ、直上に飛び上がり、右前足を地面に捩じ込む。逃げた明人を震動で拘束し、そのまま破却した棘で追撃する。両腕を交差させる簡易的な防御を行うが、回避しなかったことで寧ろ多くの棘が突き刺さり、爆発する。引き抜いた右前足には、左と同じように黒と白の棘が多重構造を作るように生え揃う。
「まあどっちにしろ動けんのやけ関係ないっちゃけどね」
コラプスはその言葉もほどほどに、右翼を地面に押し付けながらでたらめに突進する。明人は右に大きく回り込み、刀身を輝かせながら突撃する。コラプスは進行方向を強引に変え、明人の真正面に翼と右前足を振り抜く。破却された棘によって明人が貫かれる。だがそれは分身であったようで、爆発と共に霧散する。本体の明人が元の位置から突っ込んできて、目にも止まらぬ速さの三連撃を与えて、飛び退く。三角形を描くように刻まれた斬撃は、中身を埋めるように光が蓄えられ、爆裂する。コラプスが押し込まれ、明人は続けてとにかく素早く星虹剣を振るって、機銃のごとく斬撃を飛ばす。締めに三度大きく振り、巨大な斬撃を与えて傷つける。コラプスは攻撃から離脱せず、全弾喰らって己を傷つかせ、カウンターのように咆哮する。強烈な音波を纏うそれで追撃を牽制しつつバックジャンプし、錐揉み回転しながら尋常でない速度で突貫する。明人はその直撃を受けて、甚だしいほど吹き飛ばされて激しく地面を転がる。破却された棘は高く舞い上がり、爆撃のように降り注ぐ。棘をスパイクとしてかなり乱暴なブレーキをかけて反転し、吹き飛んで来る明人に向けて、頭で地面を削りながら突進する。明人は反転して、地面を頭上に見据えた無理のある姿勢で星虹剣を構え、強引に受け止める。しゃくり上げで吹き飛ばされ、高空から着地して体勢を立て直す。だが油断を許さぬ追撃の小跳躍から、正確に右前足を叩きつける。更に捩じ込み、棘を破却する。明人は続けて直撃を受けて吹き飛ぶが、竜化して強引に着地する。
「やっと竜化したんか」
コラプスは全身に白い棘を生やし、四肢でがっぷり構える。
「ここで消耗してる暇はないんだよ……!」
無謬が両手を重ねて波動を繰り出す。コラプスは右にステップを踏み、飛び込んで右前足を繰り出す。無謬は続いて左手から盾のように波動を放ってそれを受け止め、右手から攻撃用の波動を叩き込む。だがコラプスは押し負けず、寧ろ狂喜に顔を歪めつつ左前足で無謬を張り倒す。そのまま掴んで引きずり、反対側に投げ飛ばす。無謬は滑稽なほど転がり、またも繰り出された高速の跳躍からの叩きつけを、寸前で立て直して両腕を交差させ受け止める。
「明人、お前はここで死ぬんよ!土に還るっちゃけなぁ!」
「うるせえ!遊びでやっとんのとちゃうんぞ!」
強烈な波動を呼び起こしてコラプスは押し返され、そのまま放たれた多重波動に押し込まれる。だが負けじと右前足を振り抜き、飛散した棘と波打つ黄金、溶岩の波濤で対抗する。続けて左前足を地面に突き刺し、そのまま抉り返すように振り抜く。特大の火柱が上がり、続く棘が爆裂して更に飛散させる。無謬は地面を叩いて起こした波動によって一段目たる棘と溶岩は防ぐが、足元から吹き出る火柱に直撃する。その隙に咆哮と共に飛び上がったコラプスが、またも錐揉み回転しながら突貫する。余りの速さに突き抜け、爆撃のごとく撒き散らされた棘がそこら中で爆発する。更に、完全に仕留めに来たのか防御していた無謬の背後で急停止し、彼の首を左前足で掴んで地面に叩きつけ、そのまま彼の胸元を押さえ付けながら右前足を大きく振りかぶる。抵抗を許さず全身全霊を懸けた一撃で無謬は地面にめり込み、余りの衝撃に周囲の溶岩が全力で噴出する。
「くくっ……!」
コラプスが苦い顔をする。無謬はギリギリのところで右前足を留めており、己の体に攻撃を届かせてはいなかった。
「喰らえ……!」
掌から波動を伝わらせ、足へ強烈な振動を加える。コラプスは尚も力を込めて強引に突破しようとする。飛翔しようと翼を開いたのを見た瞬間、無謬は足を手放す。コラプスは単独で飛び上がる。左前足を突き出しながら急降下し、無謬は地面から抜け出し、完璧なタイミングで繰り出されたラリアットによってコラプスは撥ね飛ばされる。受け身を取ったところに急接近し、左手でコラプスの首を掴んで持ち上げ、その胸部の中央を右拳で貫く。コラプスは瞬時に状況を把握し、両前足で彼の頭部を挟み込み、粉砕せんと力む。無謬も彼女の首をへし折らんと力み、両者は半ば意地のみで力任せに競り合う。コラプスの力の入り方が乱れたその一瞬、無謬は右腕を引き抜いて、彼女の両前足を振りほどき、全力の拳によって頭部を粉砕する。唸りを上げつつ頭を失った体を投げ捨て、無謬は竜化を解く。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ……ドタマぶち抜いてやった……二度と起きんどけよ」
明人が悪態をつくと、それに呼応するように首無しのコラプスが立ち上がる。
「相討ちのまま終わるとか認めんっち言いようやろうが……!」
奇怪な風体で力むと、コラプスは胸の傷を塞ぎつつ頭部を再生する。明人は覚悟を決め、もう一度竜化する。
「いい加減死ねっち言いよろうが!」
「ウチも同じこと言っちゃるわ!」
無謬が鈍い動きで右拳を繰り出す。コラプスは頬をぶたれ、だが右前足による打突を腹に極め返す。反撃のアッパーが直撃し、無謬の繰り出した右拳、コラプスの左前足が激突する。拳が触れ合った箇所から波動が伝わり、コラプスの体がそこから崩れていき、無謬の拳がそのままコラプスの首根本に捩じ込まれる。彼女はその衝撃で殴り飛ばされ、背で地面を滑る。なおも右前足を伸ばして起き上がろうとするが、遂に力尽きて五体を地面に放る。
今度こそ無謬は竜化を解く。
「明人……末代まで呪ってやるけな……!覚悟しちょけよ……!きさんが望み通りに死ぬとか……有り得んっちゃけな……!」
怨嗟の声を最後の瞬間まで紡ぎながら、コラプスは霧散した。
「黙ってくたばっちょけや、クソカスが……」
明人は流れるように悪態をついた後、深呼吸する。
「ふぅ……」
本来の目的地である星骨宙収を見据え、そして歩みを進めるのだった。
古代竜の森林 ラインガル保護区
ふざけた太さと大きさの巨木が乱立する森の中を、バロン、エリアル、ホシヒメ、マドル、アリシアが歩いていた。
「いよいよ私たちの出番って訳ね」
エリアルが嬉しそうに呟くと、バロンが苦笑いで返す。
「……少々苦い記憶の場所じゃないか?思えばヴァナ・ファキナが自我を持って動き出したのは、ここでの一件だった気がするが」
「私がそれくらいで気に病んだりしないの、知ってるでしょ?」
「……もちろんだ。君はタフだからな」
と、駄弁っているところにマドルが加わる。
「バロン様、バアルと機甲虫以外の気配が」
「……わかっている。だからこそ、五王龍を先行させている」
森の奥深くから、真雷やら真炎やらが派手に迸る轟音が聞こえてくる。
「では、私たちは……」
「……ああ」
バロンが歩を止める。四人もそれに従う。彼の視線の先にある巨木。その陰から、メイヴそっくりの金髪の女性が現れる。
「……やはりお前か、シャンメルン」
再会の挨拶に、彼女は笑みを向けてくる。
「世界はもうすぐ終わる。九竜は皆役目を終え、先に天へ還った」
シャンメルンは、メイヴ譲りのしなやかだが肉付きのいい見事な生足を、見せつけるように交差させる。左手で肘を支え、右手で顎を支える。
「先の三千世界の戦いで、メイヴは無の無へ辿り着き、もはや何者でさえも取り返すことはできなくなった。宙核……いや、特異点にその力を渡した時点で、今の君はただのバロン・エウレカか。私はな、バロン。前々から言っていることではあるが……人間が好きだ。なぜ、感情と言う不完全性を、最も有効に扱えたのか……私の司っていた、怠惰。哀しみが全ての根源にあるのならば、ヒトはそれを少しでも忘れるために、怠けることを選んだのではないか、その答えを、人間自身が持っているのではないか……とな」
「……見つかったのか、お前の、答えは」
「ああ、見つかったとも。ヒトがその姿を竜へと転じるところにこそ、感情の答えがな。頑強なシフルの鎧に身を包み、自らの思う最強の姿となる……それこそが人間が感情を最も上手く扱える所以だ」
「……済まんが、いまいちわかりにくいな」
「獣の一種に過ぎぬヒトが、ヒトと獣の合間にて〝人間〟となり、そこから本当の竜へ転じる……そのプロセスに必要だったのだ、感情が」
「……ああ、さっきよりは通じるな。だがそんなこと、今さら僕たちに伝えてどうするつもりだ?」
シャンメルンは憂え気な表情を見せ、続ける。
「旧友たる君に、最後に私の考えを聞かせたくてね。バロン、君は始まりの人間として、果たすべき責務があるだろう。その行いの、少しばかりの助けになるはずだ」
「……感謝はしておこう」
「では……」
抱擁を誘うように両手を伸ばす。
「この姿なのだから、別れに何が必要か知っているだろう」
バロンは頷き、歩み寄り、彼女を抱いて軽く口づけする。唇を離し、少々見つめ合う。
「ああ……思考の久遠から、温もりを感じる……これが、愛……」
「……満足か」
「なるほど、そうやって口説き落とすのか……やはり面白いな、人間は、感情は……」
シャンメルンは彼の懐で、粒子となって消えた。バロンがエリアルたちへ向く。
「……先へ進もう」
古代竜の森林 セクター・パーミッション
森の深部へ進むほど、戦闘音が激しくなっていく。飛び交う大群の、様々な種類の機甲虫たちが、恐らくメルクバのものであろう闘気弾に撃ち抜かれて撃墜されていく。それを証明するように赤い流星のように巨木の合間を貫いて彼が飛び去る。
「生態系の頂点とかいうだけはあるようだな」
アリシアがメルクバの所業を見てぼやく。
「……彼らの実力は正に折り紙つきだ。機甲虫ごときでは相手にならないだろう」
バロンが正面から飛んできた機甲虫の残骸を右拳で払い除ける。
「環境破壊はほどほどにしておいた方が、妾は無難だと思うがな」
「……まあそう言うな。そんなことを気にしてもしょうがない」
左から飛んできた、真炎で火だるまになった機甲虫が右に行く。
「……エンゲルバインの配下は尋常でないほど数が多い。五王龍が総力を以て叩き潰していっても、かなりの時間が掛かるはずだ。だがそれでも、余剰戦力などはあるまい。エンゲルバインの下には、奴の一人息子と、その側近くらいしか居ないはずだ」
特に足止めに遭うこともなく、バロンたちは進み続ける。
古代竜の森林 セクター・プライマル
やがて、祭壇を備えた広場に辿り着く。件の祭壇には、人間大の蜘蛛の怪物、その横にはクワガタを模した姿の怪人、蜂らしき容貌の騎士、そして形容しがたいが鋭利な外見の昆虫がいた。
「来たか、バロン。我が夫よ」
蜘蛛が祭壇から旋回してバロンたちへ向き直る。
「……まだ言うか、エンゲルバイン。生憎だが一夫多妻は採用していない。お前の片想いだ」
怪人がその言葉を聞いて、憤って指差してくる。
「貴様ぁ!ママの想いを踏みにじる気かぁ!?」
蜘蛛《エンゲルバイン》が遮る。
「よせ、エンゲルベーゼ。我とて、本気でバロンと両思いであるとは思ってはいない。だが完全に、無関係と言うわけでもない。それはそなたもわかっていよう、バロン?」
「……お前は所詮、僕のことをトロフィーか何かだとしか思っていないだろう。それでよく夫だのと言えると、素直に感心するな」
「会話の成立よりも憤りを示してきたか。よほど気に食わんようだな」
「……当然だ。基本的にお前が首を突っ込んでくるか、不可抗力でしかお前と関わり合いを持つタイミングはない」
その会話を黙って聞いてなおも、今にも暴れそうなほど熱り立つエンゲルベーゼを見て、ホシヒメが会話に加わる。
「ねえ、あの人がずっとうずうずしてるけど」
「……気にしなくていい。昔から奴はああいう性格だ」
エンゲルバインが変形し、蜘蛛の外見を保持した人間態となる。
「さて、そなたがここに来たと言うことは、もう物語も終わるが近いか」
「……そうだ。レメディがアルヴァナを送り、そして新たな世界を、理を創造する。それが今、目前に迫っている」
「我は最後の戦いに招待されていないようだな」
「……当然だ。所詮お前は、ニヒロとユグドラシルにそれぞれ媚を売って、ここまで生き延びてきただけに過ぎない。役者としては、力量が不足している」
「今までの戦いは我にとって役不足であっただけのことよ。なぜ原初三龍が本気で望まぬ戦いに、我も本気で行かねばならん」
「……そこがお前の勘違いしているところだ、エンゲルバイン」
「ほお?」
バロンが拳を構える。
「……今からそれを教えてやる」
エンゲルバインは……恐らく微笑み、シフルを発する。
「ならば応えよう、バロン」
彼女はエンゲルベーゼへ視線をやる。
「我が子よ、我はバロンと死合う。そなたらはそのメスどもを仕留めよ」
ベーゼは勢いよく頷く。
「わかったママ!絶対にご期待に沿えて見せまする!」
彼は勢いよく飛び上がり、側近二匹と共にエリアルたちの前に立ちふさがる。
「さぁて……ママの素晴らしさを理解できぬ愚図共め、俺様のアルティメットムテキパワーでぶっ倒してくれるわ!ボルグ!ジャラス!行くぞ!」
蜂《ボルグ》が自身の毒針を模した槍を手に取り、昆虫《ジャラス》が装甲を展開して、輝きを放つ。
「じゃああのエンゲルベーゼって人は私が貰うね!」
ホシヒメがベーゼに殴り掛かり、彼もそれに応えて離れる。
「ならばそのジャラスとやらを妾が貰おうか」
アリシアがジャラスと相対し、残ったマドルとエリアルがボルグの正面に立つ。
――……――……――
「妾が相手をしてやろう。光栄に思えよ」
アリシアがゆったりとした動作で挑発する。ジャラスは分厚い甲殻のように見えた腕を展開して、四本の腕を露にする。
「女王陛下に逆らう愚か者には死を。貴様が王龍であろうが、王家を守る我が最強の矛、この私が討ち取ってくれるわ」
下二本の腕で光弾を産み出し、右下腕に集中させ投げつける。
「笑止!」
右腕を引き、掌に黒い玉を産み出して光弾に当てる。黒い玉は光弾に触れた瞬間、スパークを起こしながらそれを消失させる。
「貴様……神秘の力で科学の灯火を引き起こすのか……」
ジャラスの驚きに応えるように、アリシアは右手に黒い玉を、左手に白い玉を産み出す。
「妾は人間に望まれて生まれた。低俗な神とそう変わらない出生だが、貴様もこの世界に生きているのなら知っているはずだ、妾がどういう経緯でここに立っているかを」
「メシア教……そう言えば貴様は、あの下らん宗教の偶像から生まれたのだったか。ヒトに望まれて受肉し、本来ならば神という形で、世界の底辺に就くはずだった貴様は、王龍ニヒロの計略で王龍となったか」
「そうだ。酸鼻を極めたメシア教の事件……全てが王龍を恣意的に自然発生させる実験だった」
ジャラスも全ての腕に光弾を構える。
「だが死ぬのは貴様だ、王龍グノーシス。我が最強の矛によって、貴様はその腸に死を孕むのだ」
「そうか。妾は処女でな。初めてはバロンに捧げると決めている……そも、妾に性別があるのか知らんが」
「女で無ければ孕めぬ理由など無い!」
四本の腕から同時に光弾が放たれる。アリシアも同時に玉を繰り出し、激突して消滅する。ジャラスは巨体ながら俊敏に突撃し、アリシアは再びそれぞれの色の玉を手元に産み、手元で融合させる。それ小さな雫へと圧縮され、彼女の足元へ落ちる。地表にほどけた瞬間、莫大な威力を産みだし、急停止したジャラスは四本の腕から放つ光を束ねて熱線を繰り出す。アリシアは左手を差し出し、白い玉で光線を受け止める。そして玉を投げ飛ばし、ジャラスの眼前で炸裂したそれは吸収した光線を吐き出しながら膨張する。ジャラスは一旦防御し、下二本の腕で光線を放ち、上二本の腕で光弾を連射する。光弾を白い玉が迎撃し、光線を黒い玉で受け止める。
「……」
ジャラスは光線を止め、二方向に電撃を繰り出す。逆に上二本が光線を、わざと白い玉に注ぎ込む。
「ちっ……!」
アリシアは仕方なく黒い玉を投げ、白い玉に反応させて急激に圧縮する。ジャラスはその一瞬を突き、光線を撃ち止めて肉薄し、強烈なパンチで彼女を叩き伏せ、残る三本の腕で続けてラッシュを叩き込む。何度目かわからぬ上左腕のパンチが届く瞬間、放たれた黒い玉が腕を飲み込み、瞬時に圧壊させる。ジャラスは流石に対応しきれずに体のバランスを崩し、続けて放たれた白い玉によって発生した衝撃に吹き飛ばされる。アリシアは飛び上がり、捻りながら二つの玉を再び飛ばし、ジャラスはつい咄嗟に下右腕で防御してしまい、そちらも消し飛ばされる。
「くっ……」
「終わりだッ!」
肉薄したアリシアは黒いオーラを纏わせた右足で薙ぎ払って下左腕をへし折り、融合した玉を至近距離でジャラスの胸部へ捩じ込む。踵で思いっきりジャラスの顎を蹴って飛び退き、距離を取る。
「く、くく……ッ!」
残った上右腕で胸を押さえる。
「体が、千切れる……!維持できん……!」
全身に皹が入り、内部から閃光が漏れる。
「グノーシス……」
「さっさと消えろ」
ジャラスの体が砕け散り、そして圧縮されて消え去る。
――……――……――
ボルグとマドル、エリアルが相対している。
「王龍フィロソフィアに、蒼の神子……我々の前に立つのならば容赦はせん」
槍《スピア》を二人へ向ける。エリアルが前に出て、杖の石突きを地面に突き立てる。
「悪いけど、ここは最後の戦いの前の掃除なの。私たちとあなたたちでは、この戦いへの熱量が違うわ」
「蒼の神子……ヴァナ・ファキナとして抜け出ていた力を取り戻したか」
「ええ。ようやく魂が戻ってきた気分よ。だから残念だけど、あなたに勝ち目はないわ」
杖を持ち上げ、掴んで取っ手をボルグへ向ける。
「勝ち目の有る無しなど、今の我々のやるべきことに比較すれば小さいものだ。ここで己が朽ち果てようとも、最後に我々が勝てばそれでいい」
ボルグが一気に肉薄し、槍を突き出す。杖で穂先を防御し、鈍い火花を散らす。
「遅いわね」
「言い様のない、虚無のごとき心……お前のその貪欲なまでの好奇心こそが、世界に罪業を撒き散らした元凶なのだが?」
槍を弾き返しボルグが後退すると、彼の頭上に開かれた次元の裂け目から熱された隕石が落下してくる。それへ対処しようとしたボルグの胸に杖が突き刺さる。
「何……ッ!」
エリアルが指を鳴らし幻影の杖が、ボルグを囲むように召喚される。その石突きから閃光が乱れ撃たれ、そしてそのままボルグは隕石に叩き潰される。隕石が砕け、杖がエリアルの手元に戻る。
「マドル、救援に行くわよ」
後方から駆け寄ってきたマドルにそう告げ、二人は踏み出す。
――……――……――
「貴様ぁ!ママの前でこんな下らんことをするとは、どういう魂胆だぁ!」
ベーゼがホシヒメを指差す。
「え、ええ?どういうことだろ?えーっとね、よくわかんない!」
「何ぃ!?俺もママが何をしようとしているのかは全くわからない!」
「おお!実は私もそうなんだよねー。バロン君たちが何したいのか全っ然わかんなくてさー、なんか流れでここに着いて来ちゃった感じなんだよね!」
極めて馬鹿な会話を続け、二人は戦場であるとは思えぬほど大笑いする。
「だが!いかに我が理想をわかり合える友だとしても!ママのために貴様には死んでもらうぞ」
「おっけー……」
ホシヒメはガチガチと拳を突き合わせ、吐息と共に構える。輝きと共に彼女は消え去り、先に拳が届いてから姿が現れる。ベーゼの胸の中央を正確に捉えるが、鈍い音を発して拳は受け止められる。ベーゼは左腕を振るう。クワガタの顎のような刃が付属したそれが彼女の首を狙い、その通りに挟み込む。
「ぐはははっ!これで終わりだぁ!」
ベーゼが自信満々に告げると、ホシヒメは笑顔で見上げてくる。首を圧迫する刃は、なぜか赤熱しており、細かくついた凹凸がひしゃげる。
「ふふん、私の体は特別製なんだよ!」
両手で刃を掴んでねじ曲げ、飛び上がりつつ強烈な膝蹴りを顎に加え、強引ながらしなやかな挙動で回転し、破壊力抜群の回し蹴りを叩き込み、更にベーゼを踏み台に飛び上がり、位置エネルギーを得ながら拳を振り下ろし、彼を地面に叩き伏せる。
「ごふぁっ!?」
怯んだまま、彼の頭部に生えた突起を掴まれ、回転をかけながら放り投げられる。巨木に叩きつけられ、幹に巨大な凹みが生まれる。
「悪いけど、瞬殺させてもらうよ」
ホシヒメが左足を軸にして右足を振り抜く。かなりの遠方にあった巨木が切断され、ベーゼは倒れてきた幹の下敷きになる。が、すぐに咆哮が伴う音波で破壊し、彼は突進してくる。
「体の芯まで痺れるがいいッ!」
右腕に電撃を蓄え、ホシヒメへ繰り出す。彼女は帯電するが、それによって何が変わるわけでもなく逆に突っ込みつつ繰り出したせいでベーゼは目論見が外れ、彼女の拳が顔面に直撃して再び吹き飛ばされる。
「なんの!これしきッ!」
ベーゼはすぐに立ち上がり、がっちりと大地を踏みしめる。
「よーし!じゃあ私のとっておきでブッ飛ばしたげるね!」
ホシヒメは閃光を纏いつつ瞬時にベーゼの眼前に現れ、右足での薙ぎ払いで蹴り上げ、持ち上がった彼の体に連続で蹴りを叩き込み、両腕を交差させて振り抜き、十字の傷を胸部に叩き込みつつ飛び退き、螺旋状の闘気を纏いつつ、ライダーキックをぶちこんでそのまま貫く。
「ぐわあああああー!?バカなぁぁぁぁぁぁッ!?」
地表についてブレーキをかけつつ決めポーズを取ると、後ろでベーゼが大爆発する。
「正義も悪も私がとっちめてハッピーエンド!ってね!」
カメラ目線……かどうかは知らないが、ホシヒメは一点へウィンクしつつ右親指をグッと立てる。
「いよぉし!バロン君を助けに行こう!」
――……――……――
「……エンゲルバイン。お前の墓場はここだ」
バロンが珍しく、拳を鳴らして挑発する。エンゲルバインはその態度が面白かったのか、シンプルに笑う。
「いい目だ。獲物を狙う獣のごとく、やはり雄はそうでなくてはな」
「……ジェンダーバイアスか?」
「人間の下らん被害妄想の話ではない。どういう性器が付いていようが、性など勝手に決めればいい。結局は、男らしいと定義される行為、女らしいと定義される行為によって、どうあるかを内側から書き連ねていく……ふん、話が逸れたか。我にとっての雄はそなただけというだけのことだ」
「……僕もだ。あるがままの欲望に従い、使命を果たし、ここまで来た」
「なぁ、バロン。我が最後の戦いに赴けぬ理由とはなんだ?」
「……お前は確かに強力な王龍だ。だが、己の理想への覚悟が足らない。本当に最終決戦で漁夫の利など出来ると思っているのか」
「当然よ。アルヴァナを討って疲弊した特異点など、我が真の姿なれば、一瞬で消え去る」
「……ならば、今ここでそれが幻想だと教えてやろう」
バロンが闘気を放つのを見て、エンゲルバインはすぐさま六本の腕から次々と糸玉を繰り出す。そんなものは児戯に等しいとばかりに肉薄し、鋼と闘気を纏った左拳が彼女の腹部にめり込む。
「ぐはっ……ッ!」
怯んだところに右拳を叩き込まれ、そのまま纏った鋼が打ち出されて後退させられる。
「……思えばお前はいつも力を出し惜しんでいた。旧Chaos社の動乱の時、お前はわざわざアタラクシアを轟沈させた上、ヌルまで浪費した。お前は恩を売ると言っていたが……それで、ニヒロとユグドラシルから得た利益はいかほどだ」
「最終決戦に向かうまで我らの安全が担保された。だが……まさかそなたが我を殺しに来るとはな。それは誤算だった。そなたにとって我は、己を脅かす蜘蛛ではなく、たかる小蝿と思っていると、我は思っていたが。今回の一件を鑑みるに違ったようだな」
「……精神を磨り減らす戦いの前に、不安要素を排除しておくのは当然だろう。蚊だろう蝿だろう、叩き潰しておくに限る」
「ふん。ならば仕方ない。我のただ一つの誤算は、大昔にそなたの記憶に残るような振る舞いをした、それだけか」
エンゲルバインは力み、光に包まれる。それはみるみる内に巨大化していき、やがて六枚の翼が姿を見せ、輝きが収まると共に荘厳な四足の大型竜が現れる。六枚の翼の膜はステンドグラスのような紋様が描かれており、射し込む日光が透けて、奇妙な輝きを大地に写す。
「我は〈崇高なる天の主〉魔王龍バアルなり」
「……遂に姿を現したか」
「そなたに……いや、ここにいる殆ど全ての存在は、我のこの姿は初めて見るものになるだろうな」
「……全ての機甲虫の祖、虫と言う獣の頂点たる者……それがお前か」
「そなたが作り出したあの戦乱の世界では、随分といい思いをさせてもらったぞ」
「……ヘラクレスに答えたまでだ」
「奴も愚かな男よ。妻をニヒロに奪われ、己の心は蒼の神子に奪われ……残った戦いへの執着だけで、餓えを満たしていたとはな」
「……エリアル……」
「お前は疑問に思ったことはないか?あの女は、いったいどこからやって来た?カルブルムとアルタミラの娘と言うだけでは理由がつかぬほど、あれは世界を大きく掻き乱した。もはや、蒼の神子なしでは物語が進まぬほどに。空の器のごとく、誰かがそうなるように意図して作り上げたのか?」
「その答え、私が教えてあげるわ」
遮るように会話に加わる。両者がそちらへ向くと、アリシア、マドル、ホシヒメを伴ってエリアルが現れる。
「ほう?」
バアルが半分諦めを滲ませながら返す。
「私は私よ。竜の父と、人間の母から生まれた、ただの人間」
「己の知識欲があらゆる世界に毒牙を剥き、宙核を伴侶としてなお自分が一般人だとでも?」
「一般人かどうかは知らないわ。社会的属性に興味はないし。アウルからバロンを寝取ったのも、ヴァナ・ファキナの元々の姿も、バロンと支えあってる唯一の伴侶も、全部私。誰に咎められようが、褒められようが、歪めるつもりなんてない」
「結構なことだな。人は思いやりと共感が美徳ではないのか?」
「今さらそんな薄っぺらい罵倒をするなんて、らしくない気がするけど?」
「人間の毒気に当てられて、我も干渉に浸るようになったか。くははは」
明らかに感情の籠っていない笑い声が森に木霊し、僅かばかりの静寂が満ちる。
「お前は、なぜそうも傲慢でいられる。人間の身でありながら、どうしてそこまで冷酷でいられる。なぜそこまで――赤子のように無垢に振る舞える」
「人は」
エリアルは先程までの飄々とした態度を一変させ、真剣な声色になる。
「人は生まれ、育ち、生きて、老いて、死ぬまでが幼子なの。私は今まで一度も死んだことはない――だって、もうこの世に私の実体は存在しないから」
「何……?」
バアルは目を凝らす。
「どうなっている」
「私はバロンが私を思ってくれるから、ここに居る。私がバロンを思っているから、ここに居る。とっくの昔に、現世にも幽世にもいないの、私は。バロンのここにしかいないのよ」
エリアルは図示するように己のこめかみを右人差し指でつつく。
「そういうからくりか、フィロソフィア」
バアルが視線を向けたのはマドルだった。
「ええ、そうですわ。あの日……瀕死でここへ辿り着いたお二方を融合させ、あらゆる因縁を絡み付かせ、そして一つの魂にすげ替えた」
「……!」
バアルはそこで真実に気付いて驚愕する。
「まさか……!」
バロンはそこまでは理解していないのか、状況を把握しようと、マドルとバアルを交互に見る。それに反して、エリアルは少しも動揺していない。寧ろ目を伏せ、とてもリラックスしているように見える。
「まさかバロンが……」
灰色の蝶が舞う。バアルの言葉は巨体に見合う響きを以て発せられているはずだが、なぜか掻き消される。
「だとでも言うのか!?」
蝶は飛び去り、彼方へ消えていく。マドルは静かに頷く。
「バカな……ならばバロンは……」
バアルは動揺を隠さず、困惑した視線のままバロンへ向く。
「狂人たちの、目を担うために、光を失って……!」
エリアルが目を開き、続ける。
「誰かの物語を覗くには、誰かの目は潰されなければならない。それが、瞳を得る方法だから」
マドルが続く。
「夢を見ているだけですわ。狂人たちは。バロンと言う瞳を通して、誰かの夢を」
バアルが受け取る。
「愚かな……なんと愚かなまやかしだ。バロン!やはりそなたは我と結ばれ、夢より覚めねばならぬ!神憑りや堕落を、暴力によって正当化してはならん!」
彼女の口に凄まじい閃光が宿り、放たれる。それをホシヒメが遮り、防ぎきる。
「くっ……ローカパーラ!正気か、そなたは!」
「うーん、たぶんね」
ホシヒメは着地する。
「さっきからみんなワケわかんない話するから、ちょっと退屈になっちゃった。夢とか、なんとかかんとか。ね、バロン君もそう思うよね?」
「……ああ、まあエリアルが僕より賢いのは今さらのことだ。バアル、どうあれお前を倒すのは変わらない」
二人が並ぶ。それに続き、残りの三人もその後方に移動する。
「やはりヒトはまだ幼いのだ。感情などと言うまやかしで、乱れ、狂い、そして死んで行く……!ならば人間を再び、ヒトに戻すしかない!」
バアルは全身からシフルを励起させ、輝く。
「我が新世界を奪い取る前にな!」
彼女の目が輝き、そこから光が放たれる。ホシヒメが右腕から光を放って迎撃するが、バアルのそれに激突した光は、瞬時に灰へと変わる。続けて力むと、その場の全員の足元に光が溜まる。バロンとホシヒメが飛び上がり、狙いを定める。
「……エリアル!」
「わかってるわ!」
杖の幻影が溜まった光に突き刺さってその炸裂を妨害し、バアルが咆哮する。大地を突き破って巨大な蔦が次々に現れ、先端を硬化させてバロンとホシヒメを狙う。バロンがホシヒメを守りつつ、彼に往なされた蔦をホシヒメが切り裂き、掌から光を放って突き進む。
「ザナドゥ!」
その掛け声と共に巨大な光球を産み出し、それを支える小さな四つの光球が迸って爆発する。ホシヒメとバロンは軽く往なすが、同時に後方から飛んできていた白黒の玉が打ち消される。更に天から光が射し込み、螺旋状のシフルを帯びた巨大な光球が次々と降り注いでくる。
「……」
バロンが視線を向けると、ホシヒメは笑顔で頷く。そのまま彼女は光球の対処に移行し、バロンが玉鋼へ竜化しつつ進む。互いを真正面に捉え、バアルは己の正面から凄まじい嵐を起こす。玉鋼は急停止し、右腕から解き放ったシフルエネルギーを、射線に合わせて大爆発させる。
「……行くぞバアル!」
「バロン、そなたを解き放つ!」
後方では光球の数が大幅に増加し、玉鋼は瞬間移動を繰り返しつつ、四肢に纏った闘気を肉弾と共に弾けさせながら連続で攻撃を重ねていく。だがバアルも、翼から溢れる光の粒子を集め、バロンの出現に合わせて解き放つ。もちろんバロンは躱すが、光は突如として二股になり、円を描くように移ろっていく。玉鋼はそれに対し、両手にそれぞれ強烈な輝きを宿し、特大の火柱を放って迎撃する。二人の攻撃が激突し、周囲にプラズマ紛いの火花が飛び散る。
五王龍の攻撃でさえ炎上しなかった森に火がつき、瞬く間に紅蓮に包まれる。
「……気付いているんだろう。もう、終わりだと」
「なんのことやら」
「……」
バロンが上空を見上げると、メルクバが全速力で飛び回って光球を打ち砕き、そのまま急降下してくる。彼が激突するような形で着地し、土煙を巻き上げる。それに続いて、森の中からテウザー、コンゴウシンリキ、シュンゲキ、ヤソマガツが現れる。
「お前の子らは全て討った。勝敗は決している」
テウザーが告げる。バアルは悟ったように目を伏せる。神々しい輝きが天から注ぎ、禍々しい緋色が地から沸き立つ。
「なるほど、審判か……ならば一足先に、我は夢から醒めていよう」
バアルが広げた右掌に、青い粒子が溢れ落ちる。
「娘として扱い、人生を捻じ曲げた私への報復か。ふくく……いいだろう。お前の力ならば、新世界へとその信念を継がせることが出来よう」
独り言をつらつらと述べていくバアルに、バロンたちは沈黙する。
「我が意思!我が力!お前に託そう、我が娘よ!」
瞬間、バアルは両断されて消え去る。そうして開いた視界の先には、真の姿のソムニウムが佇んでいた。
「……ソムニウム……」
バロンが口走ると、ソムニウムは僅かな反応を返す。
「お疲れさま、宙核、蒼の神子」
彼女は右手に蒼い長剣を握っており、掲げた左手の人差し指に灰色の蝶を着地させる。
「ハリネルとメギドアルマを残して、九竜は役目を終えた。エメル・アンナの手により、始源世界は間も無く消滅し、シャングリラの真の姿……〝シャングリラ・エデン〟が解放される」
五王龍に、その後バロンたちに焦点を合わせる。
「最終決戦に赴くものは急ぐように。そうでないのなら、ここで私に殺されるか、世界と共に消えるか選んで」
バロンがテウザーへ向く。
「……」
「進みたいようにしてもらって構わない。貴殿を守るのが五王龍の役目ならば、意思を尊重することも、また守ることに他ならない」
「……恩に着る」
「急げ。エメル・アンナは貴殿との戦いを望んでいようと、殺すことに躊躇はあるまい」
バロンは頷き、エリアルへ視線を送る。
「……急ごう」
「ええ、行くわよ」
二人は飛び立ち、それにホシヒメとアリシア、マドルも続く。残った五王龍はソムニウムへ意識を向ける。
「もし、どっちも嫌っつったらどうなんだよ」
シュンゲキが食って掛かると、ソムニウムは静かに返す。
「私が殺す。他の王龍は、もう既に選んだ」
「ダインスレイヴはどうなんだよ。プライドの高いあいつが、引き下がるとは……」
「彼はこの世と共に滅びることを選んだ。特異点の産み出す新たな世界で、新たな生命として、覇権を狙うために」
「なんだと……」
「私は別に、選択肢が二つとは言ってない。最終決戦に行かないなら、ここで殺されるか、世界と心中するかって言っただけ。シャングリラ・エデンに行きたいのなら、別に私は止めない。それだけの宿敵がまだ居るのならね」
シュンゲキは沈黙する。
「じゃあ、好きなように過ごして」
ソムニウムの手から蝶が飛び立ち、続いて彼女は消える。
「では五王龍、解散だ」
テウザーは手短にそう告げ、燃え落ちる森の奥へ消えていく。
「最後は彼といることにしている。さらばだ」
コンゴウシンリキはテウザーに続いていく。
「今生の別れだ……」
メルクバは相も変わらず殆ど聞こえないような声量で言い残し、飛び去る。
「だとよ」
シュンゲキが若干不貞腐れながらヤソマガツへ話しかける。
「知らないわよ、そんなこと言われても。アタシだってもうやることないんだから」
「てめえは肝心なところで役に立たねえなあ。ま、もう慣れっこだけどよ」
両者は踵を返し、テウザーたちとは違う方向へ進んでいく。
「ずっと前から気になってたんだけどよ、なんでてめえはその目を治さねえんだ」
「アンタをこの手でぶち殺すまで、恨み続けるためよ」
「なんだ、聞いて損したぜ」
雑談を交わしながら、彼らは去っていった。
星骨宙収
宇宙のような景色は変容し、いつものシャングリラが顔を覗かせる。佇むロータの下に、レメディとヴィルが合流する。
「ロータさん!みんなはどこに?」
レメディが駆け寄る。
「戻ってきてない。けど、ここが開かれていると言うことは、九竜は解放した。全員、刺し違えたということね」
淡々と告げるロータに、レメディは感情を荒立たせることなく頷きで返す。
「みんなその覚悟で戦いに向かったわけですから、仕方ないことですね……」
「行こう。準備はいい?」
レメディとヴィルは頷く。ロータが先行する。二人は並んで立ち、その後ろ姿を見る。
「いよいよ、だね……」
「ああ。めっちゃ長く感じたけどよ、大して時間経ってねえンだよな……この何日かで、すげえ大人になった気がするぜ」
「最後まで、一緒に進もう」
「もちろん、決まってンだろ!」
頷き合い、手を握って駆ける。
少し遅れて、アリアたちが到着する。
「準備は万端なのです。みんなで明人くんを捕まえて、本当の幸せを教えてあげるのです」
燐花が並ぶ。
「きっと大丈夫です。ちゃんと助っ人も回収できましたし」
その横に並んで立っていたのは、ゼナとトラツグミだった。
「仕える主が居なければ、我々に存在価値はありません」
「わしらはかつて、滅びに向かう主を助けた。じゃが、死なずに済む道があるのならば、喜んで奴を止めようぞ」
シャトレとメランも頷く。
「もう加減する必要もない。全力で明人を叩き潰せばそれでハッピーエンドじゃ」
「器様を止め、新世界の彼方へ行きましょう」
アリアが進むのに従い、彼女らはシャングリラへ進んでいく。
その僅か後で、灰色の蝶に誘われるように、明人が辿り着く。
「夢見鳥……夢、か……」
明人は拳を握り締める。
「零さん。俺はあんたを上回るためだけにここまで来た。全部犠牲にして、ここまで来たんだ……!」
蝶を追って駆ける。
続いて現れたのは、ルクレツィアだった。
「全ての始まりの地で、ウチらが決着をつける……ここまでお誂え向きな舞台を整えるっちゅうのは、アルヴァナっちゅうのは結構ロマンチストなんやな。まあええけどな……」
彼女は少し刀を抜き、刀身を見やる。
「頼むで。ウチにとって越えなアカン奴を越えてへんのに、消えるっちゅうのは絶対にあり得へんからな……」
納刀し、少し崩れた歩みで進んでいく。
そして、バロンたちが現れる。
「……エリアル」
真横に並び立つ彼女が、噛み締めるように頷く。
「どうなっても、これが最後でしょ。全部勝って、有終の美を飾りましょ」
「……ああ」
「ねえバロン、私が最初に言ったこと覚えてる?」
「……すまん、なんだったか」
「あなたを死なせない……生き延びてほしいって。だから、私は全力でサポートするわ。戦いの中であなたを死なせはしない」
「……頼んだ」
二人が歩みを進めるのに合わせて、アリシアとマドルも続く。だがホシヒメはその場に留まり、準備運動のように腕を回す。
「君の気配がするってことは、いるんだよね、そういうことなんだよね……?これだけ私の血を滾らせておいていなかったりしたら、怒るからねっ!」
気合いを入れ直すと、彼女は四人に追い付く。
全員がシャングリラへと渡った後、内部からエメルが出てくる。
「ようやくこの時が来ましたか……」
左掌を、右拳で突く。
「さあ、輪廻の終着点へ。戦いこそが己を定義する唯一の方法と、宿敵と刻み付け合うのです。そして――」
エメルが右腕を掲げると、始源世界が壊れ始めていく。空が砕け、入り込んできた次元門が大地を、海を、全てを飲み込み消し去る。
「バロン。私の最強の糧となり、あなたは死ぬのです。今度こそ、私の手でね」
世界が壊れる様を、エメルは完了するまで眺めているのだった。
ニヒロの執務室にて、クインエンデがデスクについていた。左の壁に備え付けられた本棚にルリビタキが腕を組んで背を凭れており、クインエンデへ視線を向ける。
「あんたの娘は死んだらしいぜ」
事も無げにルリビタキが告げると、クインエンデは眉一つ動かさずに返す。
「既に知っています。エストエンデはゴールデン・エイジとの戦いの時点で処分が決定していましたから、メランエンデが我々の代わりにタスクを達成してくれたようですね」
「なんか思ったりしねえのかよ。一応ニヒロとあんたの子供だろ」
「私たちは人間とは違います。人間によく似た感情の構造ではありますが、人間と同じ動きをするわけではない。私はあくまでもニヒロ様のことが好きで好きで……」
口調はヒートアップしているが、クインエンデの表情は全く崩れない。
「もうほんとニヒロ様のことだけがしゅきしゅきぃなのでね、娘が死のうがどうでもいいことです」
「ひでえな。ま、あたしも別にどうでもいいけど。エストもメランも、正直あんま話が合う相手じゃなかったしな」
「九竜も残るはレジサームのみ……メランたちがやらんとしていることを考えれば、我々の脅威どころか、計画の一助ともなりうる」
「ところでこいつらはどうするんだ?」
ルリビタキが右手を差し出し、その掌に映像を投影した球体を生み出す。それには、海上基地の甲板に現れたレイヴンとアーシャが映っていた。
「ヴァナ・ファキナの化身にもう利用価値はありません。ここで仕留めます」
クインエンデの言葉に笑みで返し、球体を消して槍を生み出し掴む。
「そうこなくっちゃな。あたしが先に出て……」
「お待ちなさい。我々が先手を打って消耗する必要はありません。ニヒロ様より製品の廃棄をせよと仰せつかっております」
ルリビタキは槍を肩に担ぐ。
「サキュバスにしたのか?」
「ここも、もう必要ありませんのでね。当然そうしています」
「ったく、アイスヴァルバロイド共も哀れなもんだぜ。ミサゴみてえなワンオフならともかく、サキュバスになるようなヤツなんぞ、生まれてこない方が幸せまであるぜ」
「何を無駄な考察をしているんですか。我々もアイスヴァルバロイドも、所詮はニヒロ様が作り出した感情でしか評価できない。考えるまでもなく、彼女たちも幸せなはずですよ。なんせニヒロ様の糧になり、そして貢献して消し炭になれるんですから」
「ランとか、ええっと……アオジ?とかいうヤツに近い思考回路のヤツもいるだろうから、なんとも言い難いところだけどな」
「まあ、彼女たちが実際に何を考えているかはどうでもいいことです。さて、衝撃に備えてください」
――……――……――
レイヴンが力ずくでゲートを開くと、そこは広大な格納庫だった。
「気配はするが、どうも静かだな」
そのまま進み、アーシャが続く。
「そうですね。王龍ニヒロが何も用意してないとはとても思えないですからね……」
レイヴンがアーシャの方を向いて拳銃を抜き、その僅かに上を狙って発砲する。アーシャはレイヴンへ距離を詰めて抱き抱えられ、銃弾は落下してきていた女性に命中して爆発する。その様を見て、レイヴンの懐でアーシャが頷く。
「ありがとうございます、相棒」
「惚れるなよ、お嬢さん?」
「お嬢さんではありません、お嫁さんです。ともかく、これは一体……」
アーシャがレイヴンから離れる。
「人間爆弾か?趣味悪ぃな」
「いえ……これはアイスヴァルバロイドですね。大僧正と同じような存在です……」
「そういうことか」
レイヴンは短く相槌を打ちながら、二丁拳銃を抜き放って弾丸を吐き出させる。格納庫内には大群のサキュバスたちが居り、レイヴンたち目掛けて突っ込んでくる。彼女たちの目には光が宿っておらず、銃弾に貫かれた瞬間に輝く肉塊へと転じて膨張し、爆発する。中には後ろ歩きで駆け寄ってくる個体もおり、シュールな光景には笑いを禁じ得ない。
「気配があるのにないというのは……指揮官クラスが後方にいて、残りは自爆用の廃棄物しかないから……ということですか」
アーシャが雷でサキュバスたちを撃ち抜きつつ話を続ける。
「そういうことらしいな。俺たちにこんな兵器が通じるわけないってことはあっちもわかってるはずだ。こいつらは廃棄物……処分が面倒だから自爆させてるって訳だな」
度重なる爆発によって格納庫には穴が空き、徐々に海水が入り込んでくる。
「アーシャ!」
「わかってます!」
レイヴンがアーシャを抱え上げ、サキュバスたちの特攻を躱しながら、まだ壊れていない通路へ滑り込む。そのまま駆け出すと、サキュバスたちは凄まじい剣幕で突撃してきては、自爆する。
「しつこいレディたちだ」
「目移りしちゃダメですよ。タマ踏み潰しの刑です」
「勘弁してくれ」
アーシャはレイヴン越しに後方を確認する。
「いきますよ相棒!」
「頼むぜ」
右手を伸ばし、電撃を放ってサキュバスたちの先頭を潰し、雪崩を起こして自爆させる。
「お嬢さん!」
「わかってますよ!」
レイヴンが駆け抜けつつスライディングすると、ちょうど壁の両サイドから生体筋肉の太い足が突き出てくる。その下を潜り、レイヴンは姿勢を戻し、継続して走り続ける。程無くして壁をぶち抜いてわらわらと現れたのは、生体筋肉の足を持った歩行戦車……つまり、金剛だった。
「あいつは古代世界の兵器じゃねえのか」
「Chaos社の総本山がここなんですから、あっても不思議ではないですよね」
「納得だな。だが……」
金剛たちは頭部に小型のバルカンを備えており、走りつつもレイヴンを狙って乱れ撃つ。彼らの足元の隙間からサキュバスたちが驚異的な走力で現れては、金剛に踏み潰されて自爆する。
「頼むぜお嬢さん」
「お嫁さん……です!」
アーシャは電撃を放ってバルカンの弾丸を弾き、レイヴンは躊躇なく駆け続ける。
「随分と長ぇな、この通路」
「恐らくは先ほどの格納庫へ物資や兵器を運搬する、一番太い通路のはずです。そうだとするなら、かなりの長さがあっても不思議じゃありません」
進み続けると、通路の果てに稼働中を示す黄色いランプが点灯し、閉じ始めている隔壁が見えた。
「アーシャ、あれは……」
「たぶん、罠ですね」
「仕方ねえ。お誘いはちゃんと受けてやらないとな」
レイヴンはスピードを上げ、滑り込む。隔壁が閉じきり、その瞬間に勢い余ったのか、それとも意図的にか、金剛とサキュバスの群れが激突して大爆発する音が聞こえ、建屋全体が振動する。
海上基地特殊セクション:セミラム・グラナディア
一息つき、レイヴンがアーシャを下ろす。周囲を確認すると、そこは西洋の城をモチーフとしたような、研究施設には似つかわしくない妙な空間だった。冷え凍えている石造りの城内には円形のフィールドがあり、吹き抜けている両壁から見える外は極寒の氷雪地帯のようだ。
「どうなってんだ……?」
「疑似空間……にしてはリアリティが高いですね。ニヒロお手製の空間ということでしょうか」
二人が推測していると、様々な隙間から四つん這いでサキュバスが現れる。二人は瞬時に構えるが、彼女らが距離を詰めてこないのを見て、先手を打つの躊躇する。
「そろそろ準備しとくか」
「いえ、まだ……」
と、正面の窓の手前に用意された足場に、傍の柱の影から何者かが現れる。フリルのついた、黒地にえんじ色が挿されたメイド服に身を包んでおり、行儀のよい態度ながら、そこはかとない尊大さが伝わるその姿――
「え……?」
アーシャの驚きに続き、レイヴンは大笑いする。
「ハッハッハ!まさかお前に会えるとはな!」
何者かは前に歩く。ブーツが石畳を叩く音が数回響いたあと、吹雪越しの日光に顔が照らされる。
笑みを浮かべるその姿の主は、紛れもなくエルデだった。
「ごきげんよう、ご主人様、殿下」
エルデが右指を鳴らすと、サキュバスが一斉に爆発する。そして回転をかけつつジャンプし、華麗にフィールドへ彼女は着地する。
「ふふ、ご主人様がお元気そうでなによりです」
その笑顔に対し、レイヴンはアーシャを剣に変えて握る。
「もう二度と会うことはないって思ってたところだ。殆ど旧友の類いだったぜ?」
「再会を喜びませんか、ご主人様。お互いにメビウスに侵されてから、ここまで辿り着いてきたではありませんか」
レイヴンが肩を竦める。
「おいおい、これでも喜んでるんだぜ?お前さんにまた会えるなんて、これっぽっちも思ってなかったところだしな」
「あらあら、相も変わらず耳障りの良いことが次々に出てきますね」
「なんたってお前さんも引くほど美人だしな。また会えて嬉しいぜ。早速ベッドでも行くか?」
「ふふ、ご主人様ったら。誉めても何も出ませんよ、ふふ……」
両者は距離を測りながら、円を描くように歩く。
「さてと……どう見てもお前さんは味方って感じじゃねえが、ニヒロに頼まれて俺たちを止めに来たのか?」
「さてさて、どうでしょうか。私は自分の意思に従い、自分の願いのためにご主人様の前に立っております」
エルデが右腕を天に掲げると、巨大な機械仕掛けのハンマーが落下してきて床に突き刺さる。
「私はずっと思っていました。人間は、ヒトは、生き物は何に従って生きているのかと。メビウス化し、主をご主人様から私自身に変えようとも、私自身は私自身に従っている。そう、遺伝子の中央教義の思いのまま、私という存在は成り立っている」
ハンマーを握り、持ち上げ担ぐ。
「非常に不愉快ですよね、この事実は。私は私の体には仕えない。私は私自身に仕える」
「なんでもいい。お前さんが敵ってことだろ?」
エルデは皮肉っぽく笑い、言葉を返す。
「ええ。その通りです……私は王龍ニヒロによって死の淵から蘇りし、〈無明の帝王〉隷王龍エルディアブロ」
片手でハンマーを振るい、彼女は構える。
「どいつもこいつも皮肉が好きだねえ、ったくよ」
「参ります、ご主人様……いいえ、レイヴン・クロダ!」
両手でハンマーを握ると、打面と反対から火炎を噴射して加速し、急接近しつつ薙ぎ払う。レイヴンは魔力の壁で受け流しつつ強烈な反撃を繰り出す。エルデはふざけた挙動で高く飛び上がって回避すると同時に、強く着地して衝撃波を起こす。レイヴンは剣を消して飛び退きながら二丁拳銃を繰り出し、エルデはハンマーの打面を展開してそこから小型のミサイルを乱射する。銃弾でミサイルが爆発し、その影からハンマーを元に戻したエルデがサキュバスたちを臨界状態にして打ち込んでくる。拳銃を消し、剣を手元に戻したレイヴンはそれを切り裂きながら接近し、エルデの号令で阻むように金剛が二体飛び込んでくる。金剛たちは魔力の剣と電撃で拘束され、剣の一撃をエルデは防御する。片手間に放たれた短剣が彼女の頬を掠め、それと同時に空中へ放られた拳銃を左手に収め、発射する。ハンマーから火炎を噴射して距離を更に詰めることで銃弾を避け、力任せの振り下ろしでレイヴンを着地させる。剣の切っ先が床に突き刺さり、エルデが左腕を向ける。袖が千切れ、前腕に装着された大砲が顕になる。剣が消え、それが拳銃の代わりに左手に握られ、大砲を狙う。が、ハンマーの熱噴射を増加させることで視界を遮り、飛び上がったエルデが強烈な着地を繰り出す。咄嗟に防御姿勢を取るが、衝撃波が直撃して後退する。
「こんな強かったか?久しぶりに会うと印象変わるもんだな」
レイヴンが右人差し指でからかい混じりに指差すと、ハンマーを振り抜いてエルデが笑う。
「本当に不本意ですが、メビウス事件の最中、私は瀕死の重傷を負いました。エリナ・シュクロウプの一撃でね」
剣へと転じているアーシャがその名前に反応する。
『エリナ……』
「そのあと、私は隷王龍クインエンデによって救われ、そして王龍ニヒロの隷王龍となった」
レイヴンが短剣を手元に呼び戻し、納刀する。
「自分に仕えるとか言ってるやつが他人に仕えてるなんてな。お前さんも相変わらず皮肉が好きだねえ」
「物事はあるべき姿に、往々にして戻るものです。私は、元々は異史Chaos社のアイスヴァルバロイド。それが正史に於いてただの人間となり……そして今、ここに辿り着いた」
エルデが左指を鳴らすと、拘束されていた金剛二体が爆発する。
「ええ、確かに今この状況が、私にとって酷く望ましくないものであることはもちろん把握しております。けれど、それに抗う術を持たぬもまた事実……」
ハンマーを両手で握り、構え直す。
「ならば、あなたを打ち破るのみ」
火炎を噴出させて高速で床に叩きつけ、血管のように炎が地面を走る。追加で薙ぎ払うことで熱波が放たれ、レイヴンは剣をヌンチャクへ変えてエネルギーの風を起こして防ぎ、剣に戻して魔力の剣と衝撃波を伴いながら強烈な刺突を繰り出す。エルデはまたも飛び上がり、今度は狙いをつけず乱雑に飛び跳ね、いくつもの衝撃波を起こす。レイヴンも飛び上がり、魔力の剣を手ずから飛ばしてエルデを囲んでいく。着地したエルデはハンマーをブーメランのごとく投げ飛ばし、空中のレイヴンを狙う。レイヴンは待ってましたとばかりに魔力の壁で受け流しつつ強烈な反撃を極め、ハンマーを破壊する。間髪入れずに短い拍手を合図とし、魔力の剣を一斉に飛ばす。退路を潰すように放たれてから、殆どタイムラグなく本人を狙い、刺さって爆発する。エルデは後退するが、ダメージはほんの僅かなものだった。しかしそこへ、土煙を破って追撃の刺突が放たれ、エルデは場外まで飛び退いて躱す。窓前の足場へ移動したエルデは、レイヴンへ視線を向ける。
「得物は壊したぜ、エルデ。奥の手があるなら、今が出番ってところだ」
余裕綽々で両手を広げる彼に、エルデは微笑む。
「まだまだ、奥の手なんて勿体ないでしょう」
号令のように左手を振り抜くと、フィールドと外郭の合間にある奈落からサキュバスたちが臨界状態で現れる。更にエルデが右腕で、傍に置いてあった巨大な石材を担ぎ上げ、フィールドに戻ってくる。
「第二ラウンドです、レイヴン」
サキュバスたちが駆け寄り、次々に自爆していく。自動的に放たれる魔力の剣と電撃に彼女らは阻まれるが、エルデの石材による超広範囲の薙ぎ払いによって、それとは関係なく挽き潰され爆発し、レイヴンは魔力の壁で石材を受け止める。振り抜くと魔力の壁に押し負けて石材が砕け散り、エルデが砕けた部分を自身が生み出した氷で補強し、巨大な氷柱となったそれを縦に振り下ろす。緩慢な動きゆえに回避は容易だったが、吹き出た冷気によって床が凍りつき、天井からも氷柱が落下してくる。続く薙ぎ払いが届くより前に急接近し、闘気を噴出させた強烈な薙ぎ払いを彼女へ向ける。込める力が増して速度が上がり、氷柱と剣が激突する。左手に握られていた剣が氷柱を砕いた瞬間、剣は右手に移り、至近距離で刺突を受けてエルデは吹き飛ぶ。逃さずレイヴンは二丁拳銃を構え、乱射する。銃弾は電撃を纏い、魔力の剣を伴いつつ飛翔する。エルデは受け身を取り、銃弾も魔力の剣も直撃し、続く爆発の後、剣から放たれた衝撃波が二発届く。
エルデは全て受けるが、だが傷はなく、平然と立ち上がる。レイヴンは右手の拳銃を肩に乗せ、左手の拳銃を彼女へ向け、ウィンクする。
「どうも緩いな。じれったいのも大事だが、最初から全力でもいいんだぜ?」
彼女は肩の土埃を払い、まだ笑みを浮かべる。
「お察しの通り、物事には段階と言うものがあります」
両手を開くと、その手に先ほどの物と同じハンマーがそれぞれ握られ、打撃部分が装甲を開きつつ火に包まれる。
「まだ仕留めにかかるには惜しい時間です」
エルデは一気に距離を詰め、右ハンマーを縦に振る。レイヴンは剣を振り抜くことで弾くが、左ハンマーの薙ぎ払いを見切って後退する。エルデは踏み込みつつ両ハンマーを体を回転させながら振るい、炎の竜巻を起こす。そのまま飛び上がり、竜巻をレイヴンへ飛ばす。回避する彼へ、上空からハンマーを投げつけては召喚し、投げつける。床に激突したハンマーが爆発し、プラズマとなってしばらく滞留する。レイヴンは攻撃の切れ間に魔力の剣を投げつつ、ハンマー投げの終わり際に急接近する。だがエルデは大きく飛び上がり、竜巻の中心に着地して強烈な熱波を四方八方へ撒き散らす。当てが外れたレイヴンは仕方なく竜巻を避けながら接近し、刺突を繰り出す。流石に攻撃が遅れに遅れたため、ハンマーによって普通に弾かれ、その打面が床に激突することで起きる小さな火柱によって更に後退させられる。
「覚えていますか、レイヴン。私とあなたが初めて出会った日のことを」
互いに得物を構え直す。
「ああ、もちろんな。俺は仕事の帰りにジャンクヤードで女を探してた」
「私はその日生きるために、客を探していた。そこであなたに拾われた……いえ、買われたんですよ」
「ジャンクヤードで商売してるやつは、どんな非合法な所業でも顧みられないからな。アリアの子守りにちょうどいいって、思ったんだったな」
「本当に私は、あなたに拾われて幸せでしたよ。あそこで働いていた仲間は全員、行方不明になっています。野垂れ死んだか、何かしらの〝新薬〟の被検体にされてしまったんでしょう」
「吹き溜まりで生きてるやつなんてそんなもんだ。俺が救ってやったとか、お前さんがラッキーだったとかじゃない。単に物事の流れでこうなってるだけだ」
「ええ。あなたも、決して幸せな人生など送ってはいない。いいえ、それどころか失うだけの道を進んでいる」
「だがお前さんならわかってるはずだぜ。こういうとき、俺が何て言うか」
「人生は刺激があった方がいい……そうでしょう?」
レイヴンは笑む。
「その通り」
「今の私からすれば、あなたが居なければ死んでいただろう自分自身が度しがたい。刺激のある人生を選べる、それ自体が、あなた自身に選択肢があったことを意味する」
ハンマーを薙ぎ、そして縦に振って熱波を起こす。レイヴンは翻りつつ闘気を帯びた爪先で熱波を切り裂き、魔力の剣をでたらめに放って牽制し、間近に瞬間移動して左拳のボディブローから凄烈なアッパーを加え、止めに総力を込めた一閃で吹き飛ばす。
エルデが大きく後退し、フィールドの端まで動かされる。彼女はハンマーを投げつけ、それが難なく往なされて爆発する。
「ならば……」
彼女は獣化する。屈強な上半身と、瞬発力に特化した下半身を持つ、四足歩行の大型肉食獣のごとき姿となる。張り裂けるような爆音の咆哮が轟き、駆け出す。レイヴンを中心として輪を描くように駆け、凶悪そうな爪をスパイクにして突進してくる。魔力の壁で受け流しつつ反撃してすり抜けるが、両者ともにダメージを受けている様子はない。
『相棒、ここは耐えた方が』
「それはそうかもな」
エルデがすぐに折り返して突進し、レイヴンは魔力の壁で受け流す。エルデは飛び上がり、右前足を向けて急降下する。受け流しつつも回避すると、足が床についた瞬間に何重にも衝撃波が起こり、続いて五本の斬撃が縦に飛んでいく。結果として、魔力の壁で防いだことによって釘付けにされ、着地したエルデは何度も両前足を床に叩きつけて、衝撃波と斬撃を飛ばす。レイヴンはその多段攻撃の合間を狙って魔力を解放しつつ突進し、エルデを大きく吹き飛ばす。エルデは場外に吹き飛び、壁に爪を突き立てて堪える。彼女が咆哮しつつ壁を走る。咆哮が合図か、またも金剛とサキュバスがわらわらと湧き出て、レイヴンへ特攻を仕掛ける。レイヴンは最接近してきた金剛を両断しつつ空中に飛ぶ。が、その瞬間を狙ってエルデが突進してくる。レイヴンは短く舌打ちし、魔力の壁で受け流し、擦れ違い様に剣を突き立て、そのまま引っ張られる。エルデは窓前に着地し、背中のレイヴンを振り払わんと暴れ狂う。だがレイヴンは渾身の力で抵抗し、飛んできた金剛たち目掛けてエルデを放り投げる。大規模な誘爆が起こり、凄まじい衝撃と共にエルデがフィールドに戻り、レイヴンも続く。
「やっと乗り気になってきたか?」
「そうですね。そろそろ全力で……」
エルデが力み、竜化する。今度は体全体が縮み、元々の身長とそう変わらぬ竜人となる。黒くシャープな姿に、体の隙間から冷気が漏れ出している。
右手を伸ばすと、天からバトルアックスが落下してきて、床に突き刺さる。勢い良く引き抜くと、構える。
「命を奪い合うことでしか、証明できぬものもあります」
「今更何言ってやがる。そんなもん、ここまで来た時点でわかってるだろ」
エルデは小さく飛び退き、そこから怒涛の勢いでバトルアックスを振るう。右から左へ、左から右へ、連撃を与えつつ、強烈なスイングから一回転し、突進からの刺突を叩き込む。剣の腹で受けると後退し、エルデはステップで距離を詰め、再び左右に振る連撃を開始する。剣で受けたのを強く弾き、身を翻しつつ刃先にエネルギーを込めて振り下ろす。強烈な爆発が巻き起こるが、レイヴンは竜化して防御しつつ、刺突を繰り出してヌンチャクに持ち替えて高速回転しつつ叩きつけ、そのまま舞踊のごとく振り回し、魔力の剣を伴いつつ薙ぎ払い、竜化を解く。ヌンチャクが腹を強烈に叩くが、エルデは構わず持ち直してバトルアックスを振り抜き、氷の竜巻を起こす。それを二つ飛ばし、退路を潰しつつ、縦に回転して振るい、刃先が床についた瞬間に炸裂する。爆風から逃れるギリギリに下がり、魔力の壁を纏いつつ突進する。即座にステップを踏んだエルデがバトルアックスを振り、剣と激突する。
「はんッ、雑な攻撃で俺を止められるとでも思ってんのか?」
「柔よく剛を征す……ですか?そんなものはあくまでも通説、素人の世迷い言ですよ」
剣を押し切る。竜巻がレイヴンを潰すように左右から突っ込んできて、だがレイヴンは瞬時にエルデの背後に移動して切りかかる。エルデはバトルアックスの柄を背中に沿わせて防御し、正面に戻しつつ振り返って振る。レイヴンは既に頭上に移動しており、剣を振り下ろしつつ急降下する。左前腕で防がれるが、剣を透過させて着地しきり、即座に実体化させて刺突を繰り出して腹を抉り、そのまま竜化しつつヌンチャクを再び高速で振るい、魔力の剣を伴いつつ乱舞し、止めの薙ぎ払い――から更に融合竜化して、極悪な破壊力の三連撃を叩き込む。エルデは堪えきれずに吹き飛ばされ、壁にめり込む。レイヴンは逃さず大量の魔力弾を放つ。エルデは即座に壁から抜け出して、そのまま壁を走って魔力弾から逃れ、フィールドに舞い戻る。レイヴンも竜化を解いて着地する。
「流石の一撃ですね……」
エルデは自分の胴体に刻まれた大きな傷に触れ、それと同時にバトルアックスが床に突き刺さり、そして砕け散る。
「そろそろ終わらせるか、エルデ?」
レイヴンの言葉で、エルデは失笑する。
「自分自身の竜化に加えて、殿下との融合竜化……手札を切ったのは、そちらが早かったようですね……」
不敵な笑みと共に、腹に線が走る。彼女の四肢が格納され、やがて一個の巨大な顎に変わる。
『相棒、これは……!』
「ああ、なんかヤバそうだな……」
立ち並ぶ凶悪な牙の向こうに、見開かれた瞳が凄まじい殺意を見せる。高回転で咀嚼しつつ、エルデはレイヴンへ突っ込む。
「どうだ、止められると思うか!?」
『回避優先です、相棒ッ!』
突撃を横に動いて避ける。エルデは床を下顎で巻き上げつつ噛み砕いて進み、天井の隅に激突して強引に向きを変え、スピードを上げて再びレイヴンへ突っ込む。辛うじて避けきるが、続いてエルデは壁に激突して向きを変え、そして巨大化し加速して突撃する。追い付かれる寸前で瞬間移動して逃げ、エルデは空中で留まり、更に巨大化してエネルギーを集中させる。極大のエネルギーが解放され、極太の光線が生成される。放出からの薙ぎ払いの軌道上に、ちょうどレイヴンが現れる。
「なっ……!?」
『まず……!』
咄嗟に融合竜化し、防御力を高めて吹き飛ばされる。壁に叩きつけられてもなお照射が続き、光線の切れ間に逃れ、口に蓄えた光線を噛み砕いてエルデは突撃する。巨大な光弾となって特攻してくるエルデに激突され、顎を両手で受け止める。その状態で光線を放ち、レイヴンはギリギリで飛び退いて避ける。反撃を繰り出そうとするも、光線の反動でエルデは一気に後退する。エルデは元の姿に戻り、再びバトルアックスを召喚して、高速回転しながら突撃する。剣を呼び出して防御されたところへ独楽のごとくなった彼女が衝突し、火花を散らす。弾き返してフィールドへ落下させると同時に、レイヴンも急降下して左拳を床に叩きつけ、極悪な破壊力の衝撃波を起こす。エルデは衝撃波を受け流しながら、瞬時に腹を割り開いて光線を吐き出す。レイヴンは剣から最大出力で闘気を噴出させながら一閃して光線を打ち消し、錐揉み回転しながら剣を突き出し、更にその切っ先に魔力の剣を集中させてエルデの腹に突貫する。ドリルのごとく超高速で腹を抉り取りながら、迸る電撃で追撃し、止めに切っ先と魔力の剣を大爆発させる。
「ああああああああッッッ!」
爆発と同時に、エルデの凄まじい咆哮が空気を切り裂き、全身全霊の一撃がレイヴンの脇腹を砕く。剣を取り落とすほどの衝撃から吹き飛び、背中で床を滑る。
「くっ……大丈夫か、相棒?」
『ええ、なんとか……』
追撃が来ないのをいいことに、レイヴンはゆっくりと立ち上がる。エルデは肩で呼吸しており、そのまま両腕を脱力し、バトルアックスを床に落とす。レイヴンは手元に剣を呼び戻す。エルデは力なく笑い、現実逃避するように頭を振る。
「ここまで力を振り絞って、まだ勝てない、とは……」
変形したままの腹部のせいで全体のバランスが崩れており、特に胴体の歪みが激しい。遂に堪えきれなくなったか、彼女は片膝をつく。
「教えてください、レイヴン……あなたと私を隔つもの……この勝敗を分けた、理由は……」
「知らねえよ……だがもし、何かあるとするなら……これからの人生がどう楽しくなるか、考えてる方が勝ったってことかもな」
エルデは呆れつつも、納得したように笑う。竜化を解き、もはや殆ど全ての潤いを失った肌を見せる。
「隷王龍などとほざこうと……私は人間でしかない……竜化すれば当然、それだけ消耗する……」
独白を聞きながら、レイヴンは融合竜化を解いて、更に剣をアーシャに戻す。
「レイヴン、殿下……私はあなた方に出会って、本当に不幸せでした……ざまあ、ないですね……」
エルデは右中指を立て、そして後ろ向きに崩れ落ちる。間も無く、粒子となって跡形もなく消え去る。
「相も変わらず不器用なやつだな、ったく……」
「想像以上に強敵でしたね……」
「ああ……だが、これで先へ進めるだろ」
レイヴンがアーシャへ視線を向ける。
「大丈夫か」
アーシャが肩を竦める。
「今日は随分と心配してくれますね。いい夫婦の日だったりしますか?」
「減らず口が叩けるってこたぁ、まだまだ元気って訳だな。……頼りにしてるぜ、相棒」
「もちろんです。最期……最後まで、私たちはずっと一緒ですから」
互いに信頼を笑みを向け合う。それを遮るように隔壁の向こうから何かが激突する音が再開され、二人は頷き合う。
「雑魚に構う必要はねえ。指揮官クラスをなるべく討ち取るぞ」
隔壁が破られるより前に、彼らはこのエリアを去った。
Chaos社海上基地
特殊セクションを抜けると、しばらく似たような搬出用の通路が続く。そして小さな手動ドアを開けて進むと、赤い絨毯の敷かれた、木造の落ち着いた空間へ出る。
「もっと辛気臭い場所が続くと思ってたんだがな」
「そうですね、確かに……それなりにお洒落なお屋敷のようです」
妙に静かな廊下を行く。右の壁には窓が嵌め込まれており、始源世界の空と海が見える。
「そう言えば相棒、私たちって式を挙げてませんよね」
「別に無理して結婚しなくてもいいんじゃねえか?もう腐れ縁だろ」
「ダメです。忘れてるかもしれませんが、私は王族なんですよ?ちゃんと伴侶の身分を保証しないと、父様や姉様に申し訳が立ちません」
「ハッ、そういやそうだったな。お・ひ・め・さ・ま」
わざと嫌味っぽく言ってくるのを、アーシャは毅然と返す。
「そうです。お姫様なんですからね。今ヴルドル王家を再建すれば、必然的に私が女王で、相棒が王になるんですよ」
「めんどくせ。やっぱ式はナシだろ。俺はお前のことは大好きだがね、別に王族になりたい訳じゃないんだ。わかるか?」
「もちろん、今のは冗談ですよ?そんなことも見抜けないなんて、相棒もまだまだお子様ですね」
若干ヤケクソ気味に言い返すと、レイヴンが根負けしたのか肩を竦める。視線を前に戻すと、二人の呑気な会話に呆れていたルリビタキが立っていた。
「あんたら正気?ここは敵の本拠地なんだけど。あたしの前で惚気話するなんて、いい度胸じゃない」
レイヴンが続く。
「俺としたことが、レディの相手をし損ねるなんてな」
投げキッスをしながらウィンクすると、ルリビタキが若干引く。
「うぇっ、あんた本当にそういうタイプなんだ。まあいいや、ちょっとついてきてよ。殺り合うにしても、ここじゃ狭いでしょ?」
踵を返したルリビタキを見て、アーシャが不審がる。
「怪しい……」
「だが戦いにくいのはそうだろ。何が待ち構えてるにしても、先に進むしかねえ」
二人はルリビタキについていき、ある部屋に入っていく。
そこは家具の配置からして執務室のようであり、中央奥のデスクにはクインエンデがついていた。彼女は右手で頬杖をついており、ルリビタキがその横に並ぶ。
「エルディアブロでは仕留められませんでしたか」
抑揚のない言葉に対し、レイヴンはいつも通りの声色で返す。
「今日は美人によく会うな。しかもタイプの違うレディばっかりだ」
「私の名は、隷王龍クインエンデ。そしてそちらが、隷王龍ルリビタキ」
クインエンデが左手で虚空を操作すると、彼女の背後の壁が開き、海上基地の外の甲板と一体化する。続けて虚空をつつき、海上基地の至るところで爆発が連鎖的に起こる。
「ヴァナ・ファキナの化身よ。もはやその存在は意義を果たした。今、ここで」
右手を離し、握り締める。
「消えてもらう」
彼女が立ち上がり、外へ出る。ルリビタキが続き、二人もそれに続いて外に出る。全員が日光の下に出ると、クインエンデは腰に佩いていた藍色の細長剣を右手で抜き放ちつつ振り返り、左腕に巨大な盾を呼び出す。ルリビタキも振り向き、青い闘気で象られた槍を右手に呼び出す。
「私たちは戦士ではなく、兵器です。つまり、我々には矜持などない。一対二であっても、勝てるのなら躊躇はない」
クインエンデは少しの感情も見せない。横に立つルリビタキからは対照的に、凄まじい闘気が立ち上っている。
「あたしはあたしが勝てるならなんでもいいの。どんだけ塩試合になろうがね!」
アーシャがレイヴンへ話しかける。
「相棒、これは……」
「ああ、全部を懸けるならここだろうな」
「愛してますからね、ずっと」
「遺言が早いな」
剣へと変わり、彼の右手に収まる。
「二人同時に相手するのはいつぶりかねえ。モテるってのもツラいもんだ」
レイヴンが構えたところに、ルリビタキが躊躇なく穂先から光線を放つ。魔力の剣で阻み、そこに正面から来たクインエンデが長剣を振るう。両者の得物が競り合う中、クインエンデは盾の機構を発動して高速回転させ、長剣に合体させて押し切り、豪快に振り回して薙ぎ払う。レイヴンは飛び退くが、そこに頭上からルリビタキが急降下してくる。剣による防御の動きを見た瞬間にルリビタキは地上へ瞬間移動し、槍を向けて突進する。だが魔力の剣と電撃が阻み……だがルリビタキは背中を見せて急停止し、見終わってから翻って空中に飛び出しつつ膝蹴りを繰り出す。ちょうど間に合った剣が膝――正確には膝当て――を弾く。しかしそこへクインエンデの合体剣による殴打を腹に極められ、続くルリビタキの薙ぎ払い、そして光線の直撃を受けて吹き飛ぶ。更に瞬間移動によって背後を取られ――た瞬間に融合竜化し、強烈な一閃で迎え撃つ。ルリビタキは咄嗟に防御姿勢を取るが吹き飛ばされ、レイヴンはクインエンデの周囲に力場を産み出して一気に圧縮して爆裂させる。
「王龍式!星火燎原の大叛乱!」
絶対的な威力の光線が天を走り、レイヴンが貫かれる。命中したのを確認してから出力が急激に上昇し、彼は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。融合竜化が解け、そのまま二人に戻る。レイヴンは仰向けに、アーシャは彼に抱き止められて倒れている。
「これで終わりね。大して役に立ってないかと思ってたけど、あのエルデってやつのお陰で随分消耗してたみたいねえ」
ルリビタキがクインエンデに並ぶ。
「ええ。手間が省けました。後は手筈通り、彼ごとここを沈めてしまいましょう」
クインエンデが長剣と盾を分解し、長剣を鞘に戻す。
「一撃で……こんなことに……」
アーシャの言葉に、レイヴンが笑う。
「ま、こうなるだろうとは思ってただろ、アーシャ……」
「はい。ですから、何も不満はありませんよ……ただあの二人を……他の方に任せてしまうのだけは……心残りですけどね……」
「いいんだよ、俺たちは十分働いただろ?」
「じゃあ、お休みの前に一つだけ言っておきますね……大好きです、愛してますよ……」
「ああ、俺も……愛してるぜ、アーシャ……」
二人はキスをすると、同時に消え去った。
「人の愛は儚いものですね」
手を出さずに傍観していたクインエンデが吐き捨てる。
「ニヒロのこと好き好き言ってるやつが何言ってやがる。あたしからすりゃ、あいつもあんたも変わらな――ん?」
ルリビタキは違和感を覚える。クインエンデも鞘に戻した長剣に手をかける。なぜなら彼女たちの視線の先に、小さな剣が光を発しながら浮かんでいたからだ。
「なんだありゃ?」
「嫌な予感がします。早急に破壊してしまいましょう」
クインエンデが歩みを進めると、それを遮るように灰色の蝶が通り過ぎる。
「夢見鳥……!」
即座に長剣を抜き放ち、蝶を狙う。目視できぬほどの剣速だったが、なぜかゆらゆらと舞う蝶を捉えられずに逃がす。蝶が飛び去ると同時に小さな剣が砕け散り、天まで届く光の柱となる。目映さに目が眩み、そして光の柱から人が出てくる。
輝きが収まり、その姿を捉えることが出来るようになると、二人は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「なぜあなたがここに……!」
動揺して構え直したクインエンデの前に居たのは、白金零――即ち、隷王龍ソムニウムだった。
「アルヴァナとの契約により、一度だけ参上した」
「どういう……」
「レイヴンの完全なる消滅を以て、私は彼を死に至らしめた存在を滅ぼす」
「まさか……」
クインエンデは一切動揺を隠さずに、思わず反応が口に出る。
「浄化の前、シュバルツシルトが渡したあの剣が……!」
「アルヴァナとユグドラシル、そしてバロンの望み通り……レイヴンは懸命に戦い、そして消えた。そのお陰で、無理のないタイミングで、無理のない奇襲を、ニヒロの読みの埒外で実行できた」
「くっ……」
クインエンデはすぐさま仮想コンソールを呼び出し、無線を叩く。が、応答はない。
「無駄。Chaos社の通信システムは遮断させてもらったから」
先ほどの意趣返しのように、ソムニウムが冷淡な言葉を向ける。クインエンデは仕方なく仮想コンソールを消す。
「ソムニウム……!」
「私の力はあなたの主と同等以上だってわかってるはず」
ソムニウムは竜化し、竜人形態《ラグナロク》となる。左腕が肥大化して真雷を纏い、槍をその手に握る。続いて右手に氷剣を握り締め、意思を発する。
「家族とか、仇討ちとかどうでもいいけど……ともかく、私自身の目的のため、退場してもらう」
「ルリビタキ!」
クインエンデの声に従い、ルリビタキも竜化し、鎧のごとく甲殻が纏わりついた竜人となる。
「わあってるよ!こいつが生きてたら確実にニヒロの邪魔になるからな!」
ソムニウムは二人の構えを前に、余裕の態度で待ち構える。
「さあ、どこからでもどうぞ。数の多さに任せて戦えば、有利を取れると思っているのなら」
二人が初撃を躊躇していると、ソムニウムが先に距離を詰め、まずルリビタキを狙って氷剣を突き出す。対応が間に合わないのを察したクインエンデが割り込んで盾で氷剣を受け止める。だが続く強烈な冷気が、盾の庇護から飛び出たルリビタキの動きを強力に制限し、真雷を穂先に纏った槍の一閃でクインエンデを盾ごと吹き飛ばしつつ上昇し、そのまま縦振りでルリビタキを撃墜する。更に着地しつつ氷剣を振り抜いて一回転し、何重にも氷の波濤が産み出されて二人が外へ外へと押し込まれる。
「もっと本気で来ていいよ」
海まで吹き飛ばされたクインエンデが竜化して飛び立ち、周囲は唐突に曇天に覆われ、火の粉と共に暴風雨、吹雪、落雷、あらゆる災害が発生し始める。
「ならば望み通りにして差し上げましょう!」
黒紫の体に、全てを拒絶せんばかりに生え揃った総逆鱗が雨に濡れて輝く。威容を放つ角に真雷が宿り、勢い良く振り抜く。真雷で作られたその刃は魂さえ掻き消えるような轟音を撒き散らしながら、弾幕のように轟雷が降り注ぐ。ソムニウムは凄まじい密度の落雷をすり抜けて接近し、クインエンデは直上に飛び上がり、地表へ水を吐き出す。カウンター気味のそれであったが、ソムニウムには通用せず氷剣の一撃を受けて凍りつく。だが続けてクインエンデは真炎を吐き出し、爆発させる。氷が融け、水に戻ると同時に引火し、風雨の中でも消えぬ業火を産み出す。ソムニウムが後退すると、外野から射抜くようにルリビタキが突貫してきて、だがそれは氷剣に平然と凌がれ、続けて穂先に真炎を纏わせ、体重を掛けて薙ぐ。真雷を帯びたソムニウムの槍が迎え撃ち、激突する。その硬直を狙ってクインエンデが真炎を放射する。注ぐ雨に着火して鮮烈な輝きを見せるが、ソムニウムはなんと寂滅となり、虚を衝かれたルリビタキを掴んで盾にする。クインエンデは出力を抑える気など毛頭ないようで、躊躇なくルリビタキごとソムニウムを焼く。当然その程度ではかすり傷にすらなるはずもなく、ソムニウムはルリビタキを握り締めながら力み、放り投げながら氷の波濤を繰り出す。ルリビタキは凄まじい流れに押し込まれつつも自力で脱出し、クインエンデは正面から波濤を食らいつつも、角を払って落雷を数百本単位でソムニウムを狙撃するように放つ。
「甘い」
ソムニウムは飛び上がり、ラグナロクに戻りつつ槍で電撃を全て受け止め、振り下ろす。ルリビタキが先に動き、槍の穂先に力を一点集中させる。
「喰らえ!王龍式、星火燎原の大叛乱!」
劣悪な天候の最中でも太陽を思うほどに、凄まじい輝きが空を裂く。ソムニウムの槍と激突し、超大な破壊力を響かせる。競り合うソムニウムへ、クインエンデは氷柱やら真炎やら落雷やら、持ち得る遠距離攻撃をとにかく向け続ける。ひたすらに直撃し続けているはずだが、二人の攻防は少しもソムニウムの不利に傾かない。
「クソッ!なんでこんな……ッ!」
ルリビタキが力任せにエネルギーを注ぎ込みながら悪態をつく。
「設計思想が違う、ただそれだけのこと」
「クソが!」
更に出力の上がった光線を、ただ僅かに力むだけで粉砕し、その瞬間にソムニウムの槍が飛んできてルリビタキを貫く。
「がふっ……!?」
即座に追撃を繰り出すソムニウムの攻撃を阻むためにクインエンデは氷塊を両者の間に産み出す。氷剣はそんなものは存在しないとばかりに貫き、そのままルリビタキを粉砕する。ルリビタキは彼女を離すまいと抱きつく。が、一瞬で振りほどかれ、もう一度氷剣による攻撃を直撃して沈黙する。瞬間、彼女は自爆し、曇天を貫いて遥か上空に立ち上るほど巨大な雲を作り上げる。すぐに雲が補給され、元の暴風雨に戻る。
「……」
「やはり、ですか……」
その爆発を直接食らったはずのソムニウムは無傷でクインエンデの方を向く。
「ニヒロが考えそうだと思った。自分だけが存在し支配する、真の王権を望む彼なら、こうするだろうって」
「予測できぬ混沌たる世界の行く末を望むユグドラシルでは、こうしないと?いや、まあ……あなたを見る限り、そのようですね」
「さて……この腐れ縁も、ここで終わらせようか」
クインエンデは力み、莫大なエネルギーを展開する。周囲の音が遠退いていき、彼女が飛び上がると同時に空間を歪ませるほどの衝撃波が発生する。ソムニウムは敢えてその場を動かずに直撃させ、クインエンデの着地を待つ。
「恐ろしいものです。私の存在も、大概世界の理を歪ませていると自負していますが、あなたは……!」
「クインエンデ。肩を並べた同胞として、私が何をしたいか、教えてあげる」
やや唐突な提案だったが、クインエンデは黙して続きを待つ。
「私は審判となる。新たなる世界を逸脱せんとするものを裁き、正常な世界の運行を果たすために」
ソムニウムの体表に皹が入り、彼女の真の姿が現れる。左腕が元に戻り、二つの得物を消す。魂までも焼き焦がされそうな凄まじい熱量が迸り、豪雨の中でも暁光を垣間見る。
「我が身に宿りし審判〈縁《よすが》の楽園〉、隷王龍ソムニウム」
彼女が左腕を伸ばすと、バックラーのようにたおやかな水の渦が産み出される。
「(見たことのない武装……ユグドラシルが最終決戦用に作り上げたものでしょうか……?)」
「あなたは、相応の力を以て滅ぼす」
ソムニウムが左腕を引き戻し、右手を天へ掲げる。
「新しい武器は実地検証するに限る」
小さな亜空間が開かれ、そこから、宇宙の淵源を示すが如き、深い月の光を宿した長剣が現れる。その剣は自ら右手に収まり、ソムニウムは構える。
「天地の尽きる場所に、あなたは辿り着けない」
長剣を振るうと、時空が切り裂かれ、次元門が現れる。
「バカな!?」
次元門からエネルギーが噴き出し、莫大な威力を持った光線となる。クインエンデは即座に飛び上がって躱し、真雷と氷柱で弾幕を張る。ソムニウムは左腕を振るい、渦で打ち返す。飛び散った飛沫も続く弾幕を跳ね返し、怒涛の反射で急激に弾速が向上した弾幕がクインエンデへ向かう。クインエンデはバレルロールで回避しながら高速で回り込むが、ソムニウムの放った怒涛の氷柱を受け、砕けたそれから真雷が炸裂し、動きが止まる。更に地面から真雷の柱が立ち上り、クインエンデを貫いた後で火柱となって追撃する。そして彼女を挟むように時空が切り裂かれ、放出された次元門が叩きつけられる。釘付けにされて全く動けないところへ、躊躇いのないソムニウムの一閃が脳天を割り、胴体に突き立てられる。次元門が収まり、ソムニウムが剣を引き抜いて離れる。
「こんな……はずは……」
クインエンデが崩れ、周囲の天候が元に戻り始める。ソムニウムが冷酷なほどしっかりと足音を立てて歩みを進める。
「申し訳ありません、ニヒロ様……私は……」
「……」
ソムニウムは長剣を振り上げ、そしてクインエンデを斬り、消し飛ばす。大量の粒子へ変わった彼女を、再び現れた灰色の蝶が吸収する。
気付けば、海上基地は殆ど海に沈んでおり、戦いの舞台になっていた場所だけ残っていた。
「最終決戦に行こう。あなたの器になる、空っぽの彼と戦うために」
得物を消したソムニウムは、人間の姿になって、蝶と共に消えた。
黄金郷の残骸 エル・ドラード
星骨宙収を間近に捉えた溶岩地帯を、明人が歩いている。遠く彼方から射し込んできた暁光を見て、彼は立ち止まる。
「あれは……」
そちらに気を取られていたが、正面に闘気を感じて視線を戻す。そこには、銀髪のポニーテールの少女が立っていた。
「ようやく会えたっちゃけど、こげん高ぶっちょるの、不思議やな」
明人が構える。
「ウチのこと、忘れちょるわけやないんやろ?覚えちょうけ、そげん臨戦態勢になっちょるってことやろうし」
「ならお前が今の俺にとって邪魔でしかないってのも、わかっとうやろ……コラプス」
名前を呼ばれた少女――インドミナス・コラプス――は、歯を見せ口角を上げ、凶悪な笑みを見せる。
「俺はシャングリラに行く。お前に構っとう暇はない」
「それがウチにはあるっちゃねー。今でも事実上相討ちになっちょるの、納得してないけん」
「なら仕方ない。押し通らせてもらう!」
明人の右手に星虹剣が握られる。
「ハッ、クハハハッ!そう来んと楽しくなかもんなァ!」
眼前で腕を交差させ、伸ばすと同時に竜化する。黒く刺々しい、四足の竜が現れる。
「世界の終わりの前に、ウチがあんたをぶち殺す!」
小さく飛び込みつつ、右前足を捩じ込んでスパイクとし、明人は前に避ける。飛び散った棘が瞬時に臨界へ達して爆裂し、更に地面から噴出した黄金と溶岩が追撃となる。明人は溶岩による軽微なダメージは気にせずに突っ込み、コラプスは足を地面から引き抜く動作中に攻撃され、左前足で防御するも、棘を破損させられる。反撃とばかりに砕けた棘は自動的に爆発するが、明人は大きく振りかぶって薙ぎ払い、コラプスは横転しつつ吹き飛ぶ。一気に距離を詰めたところに重ねられた、呆れるほどの速さの猛烈な刺突が直撃し、大きく押し込まれる。だがコラプスは被弾しても危機感や悔しさを滲ませることなく、寧ろ狂喜的な表情を浮かべて猛る。続く明人の猛攻を音波を伴う咆哮で吹き飛ばし、大きく飛翔し、正確無比かつ爆発的な速度で左前足を明人に叩きつけつつ地面へ捩じ込み、棘を全弾発射して彼を吹き飛ばしつつ、爆発させて追撃する。引き抜いた彼女の左前足には、黒い棘に重なるように白く光り輝く棘が生え揃う。
「ウチを瞬殺する算段なら甘いっちゅうとくぞ!」
左前足を後ろから前へ振り抜き、爪から放たれた斬撃が地面を走り、射出された棘が地面に突き刺さる。斬撃を剣閃で打ち消し、瞬間移動からの単純な一撃を繰り出す。だが今度は左前足に遮られ、全力で撥ね飛ばされ、地面を背中で滑る。コラプスは飛び込み、右前足による叩きつけを繰り出す。明人は星虹剣を地面に突き立てて慣性を殺し、飛び込んできた彼女の右前足を受け止める。強烈な膂力によって若干地面に沈むが、押し返した瞬間に切り返しを与えて彼女の姿勢を崩させ、縦に振り下ろして後退させる。
明人が立ち上がり、コラプスが高熱のため息を吐く。
「あんたが戦いの先に望むのはなんや?ウチは壊せればなんでもいいんやけど、あんたはどうして死のうとしとーとや?」
「零さんと決着をつけるために決まっとうやろ」
「ウチと大して変わらん人間もどきの癖に、一丁前に人間みたいなこと言いようやん。まあでも無駄っち言うとくばい」
再び天を仰ぐように咆哮し、周囲の溶岩を励起させつつ、直上に飛び上がり、右前足を地面に捩じ込む。逃げた明人を震動で拘束し、そのまま破却した棘で追撃する。両腕を交差させる簡易的な防御を行うが、回避しなかったことで寧ろ多くの棘が突き刺さり、爆発する。引き抜いた右前足には、左と同じように黒と白の棘が多重構造を作るように生え揃う。
「まあどっちにしろ動けんのやけ関係ないっちゃけどね」
コラプスはその言葉もほどほどに、右翼を地面に押し付けながらでたらめに突進する。明人は右に大きく回り込み、刀身を輝かせながら突撃する。コラプスは進行方向を強引に変え、明人の真正面に翼と右前足を振り抜く。破却された棘によって明人が貫かれる。だがそれは分身であったようで、爆発と共に霧散する。本体の明人が元の位置から突っ込んできて、目にも止まらぬ速さの三連撃を与えて、飛び退く。三角形を描くように刻まれた斬撃は、中身を埋めるように光が蓄えられ、爆裂する。コラプスが押し込まれ、明人は続けてとにかく素早く星虹剣を振るって、機銃のごとく斬撃を飛ばす。締めに三度大きく振り、巨大な斬撃を与えて傷つける。コラプスは攻撃から離脱せず、全弾喰らって己を傷つかせ、カウンターのように咆哮する。強烈な音波を纏うそれで追撃を牽制しつつバックジャンプし、錐揉み回転しながら尋常でない速度で突貫する。明人はその直撃を受けて、甚だしいほど吹き飛ばされて激しく地面を転がる。破却された棘は高く舞い上がり、爆撃のように降り注ぐ。棘をスパイクとしてかなり乱暴なブレーキをかけて反転し、吹き飛んで来る明人に向けて、頭で地面を削りながら突進する。明人は反転して、地面を頭上に見据えた無理のある姿勢で星虹剣を構え、強引に受け止める。しゃくり上げで吹き飛ばされ、高空から着地して体勢を立て直す。だが油断を許さぬ追撃の小跳躍から、正確に右前足を叩きつける。更に捩じ込み、棘を破却する。明人は続けて直撃を受けて吹き飛ぶが、竜化して強引に着地する。
「やっと竜化したんか」
コラプスは全身に白い棘を生やし、四肢でがっぷり構える。
「ここで消耗してる暇はないんだよ……!」
無謬が両手を重ねて波動を繰り出す。コラプスは右にステップを踏み、飛び込んで右前足を繰り出す。無謬は続いて左手から盾のように波動を放ってそれを受け止め、右手から攻撃用の波動を叩き込む。だがコラプスは押し負けず、寧ろ狂喜に顔を歪めつつ左前足で無謬を張り倒す。そのまま掴んで引きずり、反対側に投げ飛ばす。無謬は滑稽なほど転がり、またも繰り出された高速の跳躍からの叩きつけを、寸前で立て直して両腕を交差させ受け止める。
「明人、お前はここで死ぬんよ!土に還るっちゃけなぁ!」
「うるせえ!遊びでやっとんのとちゃうんぞ!」
強烈な波動を呼び起こしてコラプスは押し返され、そのまま放たれた多重波動に押し込まれる。だが負けじと右前足を振り抜き、飛散した棘と波打つ黄金、溶岩の波濤で対抗する。続けて左前足を地面に突き刺し、そのまま抉り返すように振り抜く。特大の火柱が上がり、続く棘が爆裂して更に飛散させる。無謬は地面を叩いて起こした波動によって一段目たる棘と溶岩は防ぐが、足元から吹き出る火柱に直撃する。その隙に咆哮と共に飛び上がったコラプスが、またも錐揉み回転しながら突貫する。余りの速さに突き抜け、爆撃のごとく撒き散らされた棘がそこら中で爆発する。更に、完全に仕留めに来たのか防御していた無謬の背後で急停止し、彼の首を左前足で掴んで地面に叩きつけ、そのまま彼の胸元を押さえ付けながら右前足を大きく振りかぶる。抵抗を許さず全身全霊を懸けた一撃で無謬は地面にめり込み、余りの衝撃に周囲の溶岩が全力で噴出する。
「くくっ……!」
コラプスが苦い顔をする。無謬はギリギリのところで右前足を留めており、己の体に攻撃を届かせてはいなかった。
「喰らえ……!」
掌から波動を伝わらせ、足へ強烈な振動を加える。コラプスは尚も力を込めて強引に突破しようとする。飛翔しようと翼を開いたのを見た瞬間、無謬は足を手放す。コラプスは単独で飛び上がる。左前足を突き出しながら急降下し、無謬は地面から抜け出し、完璧なタイミングで繰り出されたラリアットによってコラプスは撥ね飛ばされる。受け身を取ったところに急接近し、左手でコラプスの首を掴んで持ち上げ、その胸部の中央を右拳で貫く。コラプスは瞬時に状況を把握し、両前足で彼の頭部を挟み込み、粉砕せんと力む。無謬も彼女の首をへし折らんと力み、両者は半ば意地のみで力任せに競り合う。コラプスの力の入り方が乱れたその一瞬、無謬は右腕を引き抜いて、彼女の両前足を振りほどき、全力の拳によって頭部を粉砕する。唸りを上げつつ頭を失った体を投げ捨て、無謬は竜化を解く。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ……ドタマぶち抜いてやった……二度と起きんどけよ」
明人が悪態をつくと、それに呼応するように首無しのコラプスが立ち上がる。
「相討ちのまま終わるとか認めんっち言いようやろうが……!」
奇怪な風体で力むと、コラプスは胸の傷を塞ぎつつ頭部を再生する。明人は覚悟を決め、もう一度竜化する。
「いい加減死ねっち言いよろうが!」
「ウチも同じこと言っちゃるわ!」
無謬が鈍い動きで右拳を繰り出す。コラプスは頬をぶたれ、だが右前足による打突を腹に極め返す。反撃のアッパーが直撃し、無謬の繰り出した右拳、コラプスの左前足が激突する。拳が触れ合った箇所から波動が伝わり、コラプスの体がそこから崩れていき、無謬の拳がそのままコラプスの首根本に捩じ込まれる。彼女はその衝撃で殴り飛ばされ、背で地面を滑る。なおも右前足を伸ばして起き上がろうとするが、遂に力尽きて五体を地面に放る。
今度こそ無謬は竜化を解く。
「明人……末代まで呪ってやるけな……!覚悟しちょけよ……!きさんが望み通りに死ぬとか……有り得んっちゃけな……!」
怨嗟の声を最後の瞬間まで紡ぎながら、コラプスは霧散した。
「黙ってくたばっちょけや、クソカスが……」
明人は流れるように悪態をついた後、深呼吸する。
「ふぅ……」
本来の目的地である星骨宙収を見据え、そして歩みを進めるのだった。
古代竜の森林 ラインガル保護区
ふざけた太さと大きさの巨木が乱立する森の中を、バロン、エリアル、ホシヒメ、マドル、アリシアが歩いていた。
「いよいよ私たちの出番って訳ね」
エリアルが嬉しそうに呟くと、バロンが苦笑いで返す。
「……少々苦い記憶の場所じゃないか?思えばヴァナ・ファキナが自我を持って動き出したのは、ここでの一件だった気がするが」
「私がそれくらいで気に病んだりしないの、知ってるでしょ?」
「……もちろんだ。君はタフだからな」
と、駄弁っているところにマドルが加わる。
「バロン様、バアルと機甲虫以外の気配が」
「……わかっている。だからこそ、五王龍を先行させている」
森の奥深くから、真雷やら真炎やらが派手に迸る轟音が聞こえてくる。
「では、私たちは……」
「……ああ」
バロンが歩を止める。四人もそれに従う。彼の視線の先にある巨木。その陰から、メイヴそっくりの金髪の女性が現れる。
「……やはりお前か、シャンメルン」
再会の挨拶に、彼女は笑みを向けてくる。
「世界はもうすぐ終わる。九竜は皆役目を終え、先に天へ還った」
シャンメルンは、メイヴ譲りのしなやかだが肉付きのいい見事な生足を、見せつけるように交差させる。左手で肘を支え、右手で顎を支える。
「先の三千世界の戦いで、メイヴは無の無へ辿り着き、もはや何者でさえも取り返すことはできなくなった。宙核……いや、特異点にその力を渡した時点で、今の君はただのバロン・エウレカか。私はな、バロン。前々から言っていることではあるが……人間が好きだ。なぜ、感情と言う不完全性を、最も有効に扱えたのか……私の司っていた、怠惰。哀しみが全ての根源にあるのならば、ヒトはそれを少しでも忘れるために、怠けることを選んだのではないか、その答えを、人間自身が持っているのではないか……とな」
「……見つかったのか、お前の、答えは」
「ああ、見つかったとも。ヒトがその姿を竜へと転じるところにこそ、感情の答えがな。頑強なシフルの鎧に身を包み、自らの思う最強の姿となる……それこそが人間が感情を最も上手く扱える所以だ」
「……済まんが、いまいちわかりにくいな」
「獣の一種に過ぎぬヒトが、ヒトと獣の合間にて〝人間〟となり、そこから本当の竜へ転じる……そのプロセスに必要だったのだ、感情が」
「……ああ、さっきよりは通じるな。だがそんなこと、今さら僕たちに伝えてどうするつもりだ?」
シャンメルンは憂え気な表情を見せ、続ける。
「旧友たる君に、最後に私の考えを聞かせたくてね。バロン、君は始まりの人間として、果たすべき責務があるだろう。その行いの、少しばかりの助けになるはずだ」
「……感謝はしておこう」
「では……」
抱擁を誘うように両手を伸ばす。
「この姿なのだから、別れに何が必要か知っているだろう」
バロンは頷き、歩み寄り、彼女を抱いて軽く口づけする。唇を離し、少々見つめ合う。
「ああ……思考の久遠から、温もりを感じる……これが、愛……」
「……満足か」
「なるほど、そうやって口説き落とすのか……やはり面白いな、人間は、感情は……」
シャンメルンは彼の懐で、粒子となって消えた。バロンがエリアルたちへ向く。
「……先へ進もう」
古代竜の森林 セクター・パーミッション
森の深部へ進むほど、戦闘音が激しくなっていく。飛び交う大群の、様々な種類の機甲虫たちが、恐らくメルクバのものであろう闘気弾に撃ち抜かれて撃墜されていく。それを証明するように赤い流星のように巨木の合間を貫いて彼が飛び去る。
「生態系の頂点とかいうだけはあるようだな」
アリシアがメルクバの所業を見てぼやく。
「……彼らの実力は正に折り紙つきだ。機甲虫ごときでは相手にならないだろう」
バロンが正面から飛んできた機甲虫の残骸を右拳で払い除ける。
「環境破壊はほどほどにしておいた方が、妾は無難だと思うがな」
「……まあそう言うな。そんなことを気にしてもしょうがない」
左から飛んできた、真炎で火だるまになった機甲虫が右に行く。
「……エンゲルバインの配下は尋常でないほど数が多い。五王龍が総力を以て叩き潰していっても、かなりの時間が掛かるはずだ。だがそれでも、余剰戦力などはあるまい。エンゲルバインの下には、奴の一人息子と、その側近くらいしか居ないはずだ」
特に足止めに遭うこともなく、バロンたちは進み続ける。
古代竜の森林 セクター・プライマル
やがて、祭壇を備えた広場に辿り着く。件の祭壇には、人間大の蜘蛛の怪物、その横にはクワガタを模した姿の怪人、蜂らしき容貌の騎士、そして形容しがたいが鋭利な外見の昆虫がいた。
「来たか、バロン。我が夫よ」
蜘蛛が祭壇から旋回してバロンたちへ向き直る。
「……まだ言うか、エンゲルバイン。生憎だが一夫多妻は採用していない。お前の片想いだ」
怪人がその言葉を聞いて、憤って指差してくる。
「貴様ぁ!ママの想いを踏みにじる気かぁ!?」
蜘蛛《エンゲルバイン》が遮る。
「よせ、エンゲルベーゼ。我とて、本気でバロンと両思いであるとは思ってはいない。だが完全に、無関係と言うわけでもない。それはそなたもわかっていよう、バロン?」
「……お前は所詮、僕のことをトロフィーか何かだとしか思っていないだろう。それでよく夫だのと言えると、素直に感心するな」
「会話の成立よりも憤りを示してきたか。よほど気に食わんようだな」
「……当然だ。基本的にお前が首を突っ込んでくるか、不可抗力でしかお前と関わり合いを持つタイミングはない」
その会話を黙って聞いてなおも、今にも暴れそうなほど熱り立つエンゲルベーゼを見て、ホシヒメが会話に加わる。
「ねえ、あの人がずっとうずうずしてるけど」
「……気にしなくていい。昔から奴はああいう性格だ」
エンゲルバインが変形し、蜘蛛の外見を保持した人間態となる。
「さて、そなたがここに来たと言うことは、もう物語も終わるが近いか」
「……そうだ。レメディがアルヴァナを送り、そして新たな世界を、理を創造する。それが今、目前に迫っている」
「我は最後の戦いに招待されていないようだな」
「……当然だ。所詮お前は、ニヒロとユグドラシルにそれぞれ媚を売って、ここまで生き延びてきただけに過ぎない。役者としては、力量が不足している」
「今までの戦いは我にとって役不足であっただけのことよ。なぜ原初三龍が本気で望まぬ戦いに、我も本気で行かねばならん」
「……そこがお前の勘違いしているところだ、エンゲルバイン」
「ほお?」
バロンが拳を構える。
「……今からそれを教えてやる」
エンゲルバインは……恐らく微笑み、シフルを発する。
「ならば応えよう、バロン」
彼女はエンゲルベーゼへ視線をやる。
「我が子よ、我はバロンと死合う。そなたらはそのメスどもを仕留めよ」
ベーゼは勢いよく頷く。
「わかったママ!絶対にご期待に沿えて見せまする!」
彼は勢いよく飛び上がり、側近二匹と共にエリアルたちの前に立ちふさがる。
「さぁて……ママの素晴らしさを理解できぬ愚図共め、俺様のアルティメットムテキパワーでぶっ倒してくれるわ!ボルグ!ジャラス!行くぞ!」
蜂《ボルグ》が自身の毒針を模した槍を手に取り、昆虫《ジャラス》が装甲を展開して、輝きを放つ。
「じゃああのエンゲルベーゼって人は私が貰うね!」
ホシヒメがベーゼに殴り掛かり、彼もそれに応えて離れる。
「ならばそのジャラスとやらを妾が貰おうか」
アリシアがジャラスと相対し、残ったマドルとエリアルがボルグの正面に立つ。
――……――……――
「妾が相手をしてやろう。光栄に思えよ」
アリシアがゆったりとした動作で挑発する。ジャラスは分厚い甲殻のように見えた腕を展開して、四本の腕を露にする。
「女王陛下に逆らう愚か者には死を。貴様が王龍であろうが、王家を守る我が最強の矛、この私が討ち取ってくれるわ」
下二本の腕で光弾を産み出し、右下腕に集中させ投げつける。
「笑止!」
右腕を引き、掌に黒い玉を産み出して光弾に当てる。黒い玉は光弾に触れた瞬間、スパークを起こしながらそれを消失させる。
「貴様……神秘の力で科学の灯火を引き起こすのか……」
ジャラスの驚きに応えるように、アリシアは右手に黒い玉を、左手に白い玉を産み出す。
「妾は人間に望まれて生まれた。低俗な神とそう変わらない出生だが、貴様もこの世界に生きているのなら知っているはずだ、妾がどういう経緯でここに立っているかを」
「メシア教……そう言えば貴様は、あの下らん宗教の偶像から生まれたのだったか。ヒトに望まれて受肉し、本来ならば神という形で、世界の底辺に就くはずだった貴様は、王龍ニヒロの計略で王龍となったか」
「そうだ。酸鼻を極めたメシア教の事件……全てが王龍を恣意的に自然発生させる実験だった」
ジャラスも全ての腕に光弾を構える。
「だが死ぬのは貴様だ、王龍グノーシス。我が最強の矛によって、貴様はその腸に死を孕むのだ」
「そうか。妾は処女でな。初めてはバロンに捧げると決めている……そも、妾に性別があるのか知らんが」
「女で無ければ孕めぬ理由など無い!」
四本の腕から同時に光弾が放たれる。アリシアも同時に玉を繰り出し、激突して消滅する。ジャラスは巨体ながら俊敏に突撃し、アリシアは再びそれぞれの色の玉を手元に産み、手元で融合させる。それ小さな雫へと圧縮され、彼女の足元へ落ちる。地表にほどけた瞬間、莫大な威力を産みだし、急停止したジャラスは四本の腕から放つ光を束ねて熱線を繰り出す。アリシアは左手を差し出し、白い玉で光線を受け止める。そして玉を投げ飛ばし、ジャラスの眼前で炸裂したそれは吸収した光線を吐き出しながら膨張する。ジャラスは一旦防御し、下二本の腕で光線を放ち、上二本の腕で光弾を連射する。光弾を白い玉が迎撃し、光線を黒い玉で受け止める。
「……」
ジャラスは光線を止め、二方向に電撃を繰り出す。逆に上二本が光線を、わざと白い玉に注ぎ込む。
「ちっ……!」
アリシアは仕方なく黒い玉を投げ、白い玉に反応させて急激に圧縮する。ジャラスはその一瞬を突き、光線を撃ち止めて肉薄し、強烈なパンチで彼女を叩き伏せ、残る三本の腕で続けてラッシュを叩き込む。何度目かわからぬ上左腕のパンチが届く瞬間、放たれた黒い玉が腕を飲み込み、瞬時に圧壊させる。ジャラスは流石に対応しきれずに体のバランスを崩し、続けて放たれた白い玉によって発生した衝撃に吹き飛ばされる。アリシアは飛び上がり、捻りながら二つの玉を再び飛ばし、ジャラスはつい咄嗟に下右腕で防御してしまい、そちらも消し飛ばされる。
「くっ……」
「終わりだッ!」
肉薄したアリシアは黒いオーラを纏わせた右足で薙ぎ払って下左腕をへし折り、融合した玉を至近距離でジャラスの胸部へ捩じ込む。踵で思いっきりジャラスの顎を蹴って飛び退き、距離を取る。
「く、くく……ッ!」
残った上右腕で胸を押さえる。
「体が、千切れる……!維持できん……!」
全身に皹が入り、内部から閃光が漏れる。
「グノーシス……」
「さっさと消えろ」
ジャラスの体が砕け散り、そして圧縮されて消え去る。
――……――……――
ボルグとマドル、エリアルが相対している。
「王龍フィロソフィアに、蒼の神子……我々の前に立つのならば容赦はせん」
槍《スピア》を二人へ向ける。エリアルが前に出て、杖の石突きを地面に突き立てる。
「悪いけど、ここは最後の戦いの前の掃除なの。私たちとあなたたちでは、この戦いへの熱量が違うわ」
「蒼の神子……ヴァナ・ファキナとして抜け出ていた力を取り戻したか」
「ええ。ようやく魂が戻ってきた気分よ。だから残念だけど、あなたに勝ち目はないわ」
杖を持ち上げ、掴んで取っ手をボルグへ向ける。
「勝ち目の有る無しなど、今の我々のやるべきことに比較すれば小さいものだ。ここで己が朽ち果てようとも、最後に我々が勝てばそれでいい」
ボルグが一気に肉薄し、槍を突き出す。杖で穂先を防御し、鈍い火花を散らす。
「遅いわね」
「言い様のない、虚無のごとき心……お前のその貪欲なまでの好奇心こそが、世界に罪業を撒き散らした元凶なのだが?」
槍を弾き返しボルグが後退すると、彼の頭上に開かれた次元の裂け目から熱された隕石が落下してくる。それへ対処しようとしたボルグの胸に杖が突き刺さる。
「何……ッ!」
エリアルが指を鳴らし幻影の杖が、ボルグを囲むように召喚される。その石突きから閃光が乱れ撃たれ、そしてそのままボルグは隕石に叩き潰される。隕石が砕け、杖がエリアルの手元に戻る。
「マドル、救援に行くわよ」
後方から駆け寄ってきたマドルにそう告げ、二人は踏み出す。
――……――……――
「貴様ぁ!ママの前でこんな下らんことをするとは、どういう魂胆だぁ!」
ベーゼがホシヒメを指差す。
「え、ええ?どういうことだろ?えーっとね、よくわかんない!」
「何ぃ!?俺もママが何をしようとしているのかは全くわからない!」
「おお!実は私もそうなんだよねー。バロン君たちが何したいのか全っ然わかんなくてさー、なんか流れでここに着いて来ちゃった感じなんだよね!」
極めて馬鹿な会話を続け、二人は戦場であるとは思えぬほど大笑いする。
「だが!いかに我が理想をわかり合える友だとしても!ママのために貴様には死んでもらうぞ」
「おっけー……」
ホシヒメはガチガチと拳を突き合わせ、吐息と共に構える。輝きと共に彼女は消え去り、先に拳が届いてから姿が現れる。ベーゼの胸の中央を正確に捉えるが、鈍い音を発して拳は受け止められる。ベーゼは左腕を振るう。クワガタの顎のような刃が付属したそれが彼女の首を狙い、その通りに挟み込む。
「ぐはははっ!これで終わりだぁ!」
ベーゼが自信満々に告げると、ホシヒメは笑顔で見上げてくる。首を圧迫する刃は、なぜか赤熱しており、細かくついた凹凸がひしゃげる。
「ふふん、私の体は特別製なんだよ!」
両手で刃を掴んでねじ曲げ、飛び上がりつつ強烈な膝蹴りを顎に加え、強引ながらしなやかな挙動で回転し、破壊力抜群の回し蹴りを叩き込み、更にベーゼを踏み台に飛び上がり、位置エネルギーを得ながら拳を振り下ろし、彼を地面に叩き伏せる。
「ごふぁっ!?」
怯んだまま、彼の頭部に生えた突起を掴まれ、回転をかけながら放り投げられる。巨木に叩きつけられ、幹に巨大な凹みが生まれる。
「悪いけど、瞬殺させてもらうよ」
ホシヒメが左足を軸にして右足を振り抜く。かなりの遠方にあった巨木が切断され、ベーゼは倒れてきた幹の下敷きになる。が、すぐに咆哮が伴う音波で破壊し、彼は突進してくる。
「体の芯まで痺れるがいいッ!」
右腕に電撃を蓄え、ホシヒメへ繰り出す。彼女は帯電するが、それによって何が変わるわけでもなく逆に突っ込みつつ繰り出したせいでベーゼは目論見が外れ、彼女の拳が顔面に直撃して再び吹き飛ばされる。
「なんの!これしきッ!」
ベーゼはすぐに立ち上がり、がっちりと大地を踏みしめる。
「よーし!じゃあ私のとっておきでブッ飛ばしたげるね!」
ホシヒメは閃光を纏いつつ瞬時にベーゼの眼前に現れ、右足での薙ぎ払いで蹴り上げ、持ち上がった彼の体に連続で蹴りを叩き込み、両腕を交差させて振り抜き、十字の傷を胸部に叩き込みつつ飛び退き、螺旋状の闘気を纏いつつ、ライダーキックをぶちこんでそのまま貫く。
「ぐわあああああー!?バカなぁぁぁぁぁぁッ!?」
地表についてブレーキをかけつつ決めポーズを取ると、後ろでベーゼが大爆発する。
「正義も悪も私がとっちめてハッピーエンド!ってね!」
カメラ目線……かどうかは知らないが、ホシヒメは一点へウィンクしつつ右親指をグッと立てる。
「いよぉし!バロン君を助けに行こう!」
――……――……――
「……エンゲルバイン。お前の墓場はここだ」
バロンが珍しく、拳を鳴らして挑発する。エンゲルバインはその態度が面白かったのか、シンプルに笑う。
「いい目だ。獲物を狙う獣のごとく、やはり雄はそうでなくてはな」
「……ジェンダーバイアスか?」
「人間の下らん被害妄想の話ではない。どういう性器が付いていようが、性など勝手に決めればいい。結局は、男らしいと定義される行為、女らしいと定義される行為によって、どうあるかを内側から書き連ねていく……ふん、話が逸れたか。我にとっての雄はそなただけというだけのことだ」
「……僕もだ。あるがままの欲望に従い、使命を果たし、ここまで来た」
「なぁ、バロン。我が最後の戦いに赴けぬ理由とはなんだ?」
「……お前は確かに強力な王龍だ。だが、己の理想への覚悟が足らない。本当に最終決戦で漁夫の利など出来ると思っているのか」
「当然よ。アルヴァナを討って疲弊した特異点など、我が真の姿なれば、一瞬で消え去る」
「……ならば、今ここでそれが幻想だと教えてやろう」
バロンが闘気を放つのを見て、エンゲルバインはすぐさま六本の腕から次々と糸玉を繰り出す。そんなものは児戯に等しいとばかりに肉薄し、鋼と闘気を纏った左拳が彼女の腹部にめり込む。
「ぐはっ……ッ!」
怯んだところに右拳を叩き込まれ、そのまま纏った鋼が打ち出されて後退させられる。
「……思えばお前はいつも力を出し惜しんでいた。旧Chaos社の動乱の時、お前はわざわざアタラクシアを轟沈させた上、ヌルまで浪費した。お前は恩を売ると言っていたが……それで、ニヒロとユグドラシルから得た利益はいかほどだ」
「最終決戦に向かうまで我らの安全が担保された。だが……まさかそなたが我を殺しに来るとはな。それは誤算だった。そなたにとって我は、己を脅かす蜘蛛ではなく、たかる小蝿と思っていると、我は思っていたが。今回の一件を鑑みるに違ったようだな」
「……精神を磨り減らす戦いの前に、不安要素を排除しておくのは当然だろう。蚊だろう蝿だろう、叩き潰しておくに限る」
「ふん。ならば仕方ない。我のただ一つの誤算は、大昔にそなたの記憶に残るような振る舞いをした、それだけか」
エンゲルバインは力み、光に包まれる。それはみるみる内に巨大化していき、やがて六枚の翼が姿を見せ、輝きが収まると共に荘厳な四足の大型竜が現れる。六枚の翼の膜はステンドグラスのような紋様が描かれており、射し込む日光が透けて、奇妙な輝きを大地に写す。
「我は〈崇高なる天の主〉魔王龍バアルなり」
「……遂に姿を現したか」
「そなたに……いや、ここにいる殆ど全ての存在は、我のこの姿は初めて見るものになるだろうな」
「……全ての機甲虫の祖、虫と言う獣の頂点たる者……それがお前か」
「そなたが作り出したあの戦乱の世界では、随分といい思いをさせてもらったぞ」
「……ヘラクレスに答えたまでだ」
「奴も愚かな男よ。妻をニヒロに奪われ、己の心は蒼の神子に奪われ……残った戦いへの執着だけで、餓えを満たしていたとはな」
「……エリアル……」
「お前は疑問に思ったことはないか?あの女は、いったいどこからやって来た?カルブルムとアルタミラの娘と言うだけでは理由がつかぬほど、あれは世界を大きく掻き乱した。もはや、蒼の神子なしでは物語が進まぬほどに。空の器のごとく、誰かがそうなるように意図して作り上げたのか?」
「その答え、私が教えてあげるわ」
遮るように会話に加わる。両者がそちらへ向くと、アリシア、マドル、ホシヒメを伴ってエリアルが現れる。
「ほう?」
バアルが半分諦めを滲ませながら返す。
「私は私よ。竜の父と、人間の母から生まれた、ただの人間」
「己の知識欲があらゆる世界に毒牙を剥き、宙核を伴侶としてなお自分が一般人だとでも?」
「一般人かどうかは知らないわ。社会的属性に興味はないし。アウルからバロンを寝取ったのも、ヴァナ・ファキナの元々の姿も、バロンと支えあってる唯一の伴侶も、全部私。誰に咎められようが、褒められようが、歪めるつもりなんてない」
「結構なことだな。人は思いやりと共感が美徳ではないのか?」
「今さらそんな薄っぺらい罵倒をするなんて、らしくない気がするけど?」
「人間の毒気に当てられて、我も干渉に浸るようになったか。くははは」
明らかに感情の籠っていない笑い声が森に木霊し、僅かばかりの静寂が満ちる。
「お前は、なぜそうも傲慢でいられる。人間の身でありながら、どうしてそこまで冷酷でいられる。なぜそこまで――赤子のように無垢に振る舞える」
「人は」
エリアルは先程までの飄々とした態度を一変させ、真剣な声色になる。
「人は生まれ、育ち、生きて、老いて、死ぬまでが幼子なの。私は今まで一度も死んだことはない――だって、もうこの世に私の実体は存在しないから」
「何……?」
バアルは目を凝らす。
「どうなっている」
「私はバロンが私を思ってくれるから、ここに居る。私がバロンを思っているから、ここに居る。とっくの昔に、現世にも幽世にもいないの、私は。バロンのここにしかいないのよ」
エリアルは図示するように己のこめかみを右人差し指でつつく。
「そういうからくりか、フィロソフィア」
バアルが視線を向けたのはマドルだった。
「ええ、そうですわ。あの日……瀕死でここへ辿り着いたお二方を融合させ、あらゆる因縁を絡み付かせ、そして一つの魂にすげ替えた」
「……!」
バアルはそこで真実に気付いて驚愕する。
「まさか……!」
バロンはそこまでは理解していないのか、状況を把握しようと、マドルとバアルを交互に見る。それに反して、エリアルは少しも動揺していない。寧ろ目を伏せ、とてもリラックスしているように見える。
「まさかバロンが……」
灰色の蝶が舞う。バアルの言葉は巨体に見合う響きを以て発せられているはずだが、なぜか掻き消される。
「だとでも言うのか!?」
蝶は飛び去り、彼方へ消えていく。マドルは静かに頷く。
「バカな……ならばバロンは……」
バアルは動揺を隠さず、困惑した視線のままバロンへ向く。
「狂人たちの、目を担うために、光を失って……!」
エリアルが目を開き、続ける。
「誰かの物語を覗くには、誰かの目は潰されなければならない。それが、瞳を得る方法だから」
マドルが続く。
「夢を見ているだけですわ。狂人たちは。バロンと言う瞳を通して、誰かの夢を」
バアルが受け取る。
「愚かな……なんと愚かなまやかしだ。バロン!やはりそなたは我と結ばれ、夢より覚めねばならぬ!神憑りや堕落を、暴力によって正当化してはならん!」
彼女の口に凄まじい閃光が宿り、放たれる。それをホシヒメが遮り、防ぎきる。
「くっ……ローカパーラ!正気か、そなたは!」
「うーん、たぶんね」
ホシヒメは着地する。
「さっきからみんなワケわかんない話するから、ちょっと退屈になっちゃった。夢とか、なんとかかんとか。ね、バロン君もそう思うよね?」
「……ああ、まあエリアルが僕より賢いのは今さらのことだ。バアル、どうあれお前を倒すのは変わらない」
二人が並ぶ。それに続き、残りの三人もその後方に移動する。
「やはりヒトはまだ幼いのだ。感情などと言うまやかしで、乱れ、狂い、そして死んで行く……!ならば人間を再び、ヒトに戻すしかない!」
バアルは全身からシフルを励起させ、輝く。
「我が新世界を奪い取る前にな!」
彼女の目が輝き、そこから光が放たれる。ホシヒメが右腕から光を放って迎撃するが、バアルのそれに激突した光は、瞬時に灰へと変わる。続けて力むと、その場の全員の足元に光が溜まる。バロンとホシヒメが飛び上がり、狙いを定める。
「……エリアル!」
「わかってるわ!」
杖の幻影が溜まった光に突き刺さってその炸裂を妨害し、バアルが咆哮する。大地を突き破って巨大な蔦が次々に現れ、先端を硬化させてバロンとホシヒメを狙う。バロンがホシヒメを守りつつ、彼に往なされた蔦をホシヒメが切り裂き、掌から光を放って突き進む。
「ザナドゥ!」
その掛け声と共に巨大な光球を産み出し、それを支える小さな四つの光球が迸って爆発する。ホシヒメとバロンは軽く往なすが、同時に後方から飛んできていた白黒の玉が打ち消される。更に天から光が射し込み、螺旋状のシフルを帯びた巨大な光球が次々と降り注いでくる。
「……」
バロンが視線を向けると、ホシヒメは笑顔で頷く。そのまま彼女は光球の対処に移行し、バロンが玉鋼へ竜化しつつ進む。互いを真正面に捉え、バアルは己の正面から凄まじい嵐を起こす。玉鋼は急停止し、右腕から解き放ったシフルエネルギーを、射線に合わせて大爆発させる。
「……行くぞバアル!」
「バロン、そなたを解き放つ!」
後方では光球の数が大幅に増加し、玉鋼は瞬間移動を繰り返しつつ、四肢に纏った闘気を肉弾と共に弾けさせながら連続で攻撃を重ねていく。だがバアルも、翼から溢れる光の粒子を集め、バロンの出現に合わせて解き放つ。もちろんバロンは躱すが、光は突如として二股になり、円を描くように移ろっていく。玉鋼はそれに対し、両手にそれぞれ強烈な輝きを宿し、特大の火柱を放って迎撃する。二人の攻撃が激突し、周囲にプラズマ紛いの火花が飛び散る。
五王龍の攻撃でさえ炎上しなかった森に火がつき、瞬く間に紅蓮に包まれる。
「……気付いているんだろう。もう、終わりだと」
「なんのことやら」
「……」
バロンが上空を見上げると、メルクバが全速力で飛び回って光球を打ち砕き、そのまま急降下してくる。彼が激突するような形で着地し、土煙を巻き上げる。それに続いて、森の中からテウザー、コンゴウシンリキ、シュンゲキ、ヤソマガツが現れる。
「お前の子らは全て討った。勝敗は決している」
テウザーが告げる。バアルは悟ったように目を伏せる。神々しい輝きが天から注ぎ、禍々しい緋色が地から沸き立つ。
「なるほど、審判か……ならば一足先に、我は夢から醒めていよう」
バアルが広げた右掌に、青い粒子が溢れ落ちる。
「娘として扱い、人生を捻じ曲げた私への報復か。ふくく……いいだろう。お前の力ならば、新世界へとその信念を継がせることが出来よう」
独り言をつらつらと述べていくバアルに、バロンたちは沈黙する。
「我が意思!我が力!お前に託そう、我が娘よ!」
瞬間、バアルは両断されて消え去る。そうして開いた視界の先には、真の姿のソムニウムが佇んでいた。
「……ソムニウム……」
バロンが口走ると、ソムニウムは僅かな反応を返す。
「お疲れさま、宙核、蒼の神子」
彼女は右手に蒼い長剣を握っており、掲げた左手の人差し指に灰色の蝶を着地させる。
「ハリネルとメギドアルマを残して、九竜は役目を終えた。エメル・アンナの手により、始源世界は間も無く消滅し、シャングリラの真の姿……〝シャングリラ・エデン〟が解放される」
五王龍に、その後バロンたちに焦点を合わせる。
「最終決戦に赴くものは急ぐように。そうでないのなら、ここで私に殺されるか、世界と共に消えるか選んで」
バロンがテウザーへ向く。
「……」
「進みたいようにしてもらって構わない。貴殿を守るのが五王龍の役目ならば、意思を尊重することも、また守ることに他ならない」
「……恩に着る」
「急げ。エメル・アンナは貴殿との戦いを望んでいようと、殺すことに躊躇はあるまい」
バロンは頷き、エリアルへ視線を送る。
「……急ごう」
「ええ、行くわよ」
二人は飛び立ち、それにホシヒメとアリシア、マドルも続く。残った五王龍はソムニウムへ意識を向ける。
「もし、どっちも嫌っつったらどうなんだよ」
シュンゲキが食って掛かると、ソムニウムは静かに返す。
「私が殺す。他の王龍は、もう既に選んだ」
「ダインスレイヴはどうなんだよ。プライドの高いあいつが、引き下がるとは……」
「彼はこの世と共に滅びることを選んだ。特異点の産み出す新たな世界で、新たな生命として、覇権を狙うために」
「なんだと……」
「私は別に、選択肢が二つとは言ってない。最終決戦に行かないなら、ここで殺されるか、世界と心中するかって言っただけ。シャングリラ・エデンに行きたいのなら、別に私は止めない。それだけの宿敵がまだ居るのならね」
シュンゲキは沈黙する。
「じゃあ、好きなように過ごして」
ソムニウムの手から蝶が飛び立ち、続いて彼女は消える。
「では五王龍、解散だ」
テウザーは手短にそう告げ、燃え落ちる森の奥へ消えていく。
「最後は彼といることにしている。さらばだ」
コンゴウシンリキはテウザーに続いていく。
「今生の別れだ……」
メルクバは相も変わらず殆ど聞こえないような声量で言い残し、飛び去る。
「だとよ」
シュンゲキが若干不貞腐れながらヤソマガツへ話しかける。
「知らないわよ、そんなこと言われても。アタシだってもうやることないんだから」
「てめえは肝心なところで役に立たねえなあ。ま、もう慣れっこだけどよ」
両者は踵を返し、テウザーたちとは違う方向へ進んでいく。
「ずっと前から気になってたんだけどよ、なんでてめえはその目を治さねえんだ」
「アンタをこの手でぶち殺すまで、恨み続けるためよ」
「なんだ、聞いて損したぜ」
雑談を交わしながら、彼らは去っていった。
星骨宙収
宇宙のような景色は変容し、いつものシャングリラが顔を覗かせる。佇むロータの下に、レメディとヴィルが合流する。
「ロータさん!みんなはどこに?」
レメディが駆け寄る。
「戻ってきてない。けど、ここが開かれていると言うことは、九竜は解放した。全員、刺し違えたということね」
淡々と告げるロータに、レメディは感情を荒立たせることなく頷きで返す。
「みんなその覚悟で戦いに向かったわけですから、仕方ないことですね……」
「行こう。準備はいい?」
レメディとヴィルは頷く。ロータが先行する。二人は並んで立ち、その後ろ姿を見る。
「いよいよ、だね……」
「ああ。めっちゃ長く感じたけどよ、大して時間経ってねえンだよな……この何日かで、すげえ大人になった気がするぜ」
「最後まで、一緒に進もう」
「もちろん、決まってンだろ!」
頷き合い、手を握って駆ける。
少し遅れて、アリアたちが到着する。
「準備は万端なのです。みんなで明人くんを捕まえて、本当の幸せを教えてあげるのです」
燐花が並ぶ。
「きっと大丈夫です。ちゃんと助っ人も回収できましたし」
その横に並んで立っていたのは、ゼナとトラツグミだった。
「仕える主が居なければ、我々に存在価値はありません」
「わしらはかつて、滅びに向かう主を助けた。じゃが、死なずに済む道があるのならば、喜んで奴を止めようぞ」
シャトレとメランも頷く。
「もう加減する必要もない。全力で明人を叩き潰せばそれでハッピーエンドじゃ」
「器様を止め、新世界の彼方へ行きましょう」
アリアが進むのに従い、彼女らはシャングリラへ進んでいく。
その僅か後で、灰色の蝶に誘われるように、明人が辿り着く。
「夢見鳥……夢、か……」
明人は拳を握り締める。
「零さん。俺はあんたを上回るためだけにここまで来た。全部犠牲にして、ここまで来たんだ……!」
蝶を追って駆ける。
続いて現れたのは、ルクレツィアだった。
「全ての始まりの地で、ウチらが決着をつける……ここまでお誂え向きな舞台を整えるっちゅうのは、アルヴァナっちゅうのは結構ロマンチストなんやな。まあええけどな……」
彼女は少し刀を抜き、刀身を見やる。
「頼むで。ウチにとって越えなアカン奴を越えてへんのに、消えるっちゅうのは絶対にあり得へんからな……」
納刀し、少し崩れた歩みで進んでいく。
そして、バロンたちが現れる。
「……エリアル」
真横に並び立つ彼女が、噛み締めるように頷く。
「どうなっても、これが最後でしょ。全部勝って、有終の美を飾りましょ」
「……ああ」
「ねえバロン、私が最初に言ったこと覚えてる?」
「……すまん、なんだったか」
「あなたを死なせない……生き延びてほしいって。だから、私は全力でサポートするわ。戦いの中であなたを死なせはしない」
「……頼んだ」
二人が歩みを進めるのに合わせて、アリシアとマドルも続く。だがホシヒメはその場に留まり、準備運動のように腕を回す。
「君の気配がするってことは、いるんだよね、そういうことなんだよね……?これだけ私の血を滾らせておいていなかったりしたら、怒るからねっ!」
気合いを入れ直すと、彼女は四人に追い付く。
全員がシャングリラへと渡った後、内部からエメルが出てくる。
「ようやくこの時が来ましたか……」
左掌を、右拳で突く。
「さあ、輪廻の終着点へ。戦いこそが己を定義する唯一の方法と、宿敵と刻み付け合うのです。そして――」
エメルが右腕を掲げると、始源世界が壊れ始めていく。空が砕け、入り込んできた次元門が大地を、海を、全てを飲み込み消し去る。
「バロン。私の最強の糧となり、あなたは死ぬのです。今度こそ、私の手でね」
世界が壊れる様を、エメルは完了するまで眺めているのだった。
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最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ
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リリーナは結界魔術師2級を所持している。
ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。
……本当なら……ね。
※完結まで執筆済み
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