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三千世界・黄金(12)

第四話「王座コンプレックス」

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 ムスペルヘイム首都 アジュニャー
 活発な溶岩流を越えた向こう、古代の城ミンドガズオルムを目前に控えた場所にそれはあった。鋼鉄で出来た、巨大な墳墓。それこそがムスペルヘイム首都・アジュニャーである。装飾のように溝に溶岩が流れる通路を行き、少々の足場の向こうに聳えた階段を登りきると、そこは墳墓の上部、先ほどの足場をゆうに越える大きさの広場があった。
「来たか、特異点よ」
 広場の中央で眠っていた四足の竜が、目覚めて意識を向ける。一行は立ち止まり、レメディが口を開く。
「あなたが……王龍ダインスレイヴ・アラストル?」
 ダインスレイヴは大きく欠伸をする。上空には大群のフルンティングが漂っており、物々しい雰囲気を醸し出していた。
「その通りだ。ゴールデン・エイジが一、〈覇道の帝王〉王龍ダインスレイヴ・アラストルとは余のことである」
 気だるそうに体を持ち上げ、屈強な四肢で立ち上がる。
「ふん。早々にユウェルに喰らわれると思っていたが、所詮は奴もヒトに絆され軟派になったものだな」
「戦う前に一つ、お尋ねしたいことがあります」
 案外と、ダインスレイヴはレメディの言葉に素直に耳を傾ける。
「ゴールデン・エイジはなぜ、僕たちと戦うんですか」
「それは己が世を再び拓くがためよ。我ら王龍は皆、文字通り王となるために生まれてきた。だが今の世では、誰も彼もがアルヴァナの目的のための手足となっている。貴様を討つことで我らはその軛より解き放たれ、己の世界を拓けるのだ。尤も、この野心を糧としているのは余だけのようだがな」
「……」
真澄あの人間に聞いてまだわからぬか?ユウェルもガロウズも何か勘違いをしているようだが、要は貴様を交渉材料に出来ると言うことよ。次の王座を狙うものも、失った何かを取り戻さんとするものも、己の悦楽に浸らんとするものも、貴様の身柄、その性質、力があれば……何か一つは叶えられる。馬鹿の一つ覚えのように滅亡にしか使えぬ空の器と違ってな」
 ダインスレイヴは慣らすように翼を伸ばし、戻す。
「だからこそ貴様には決して折れぬ魂が要る。到達して燃え尽きるようなことがあってはならぬ。余の願いを叶える願望器となろうと、アルヴァナを討つ牙となろうとな」
 彼は口許に蒼黒い炎を滾らせ、吐息をひとつする。
「下らぬ世界はここで終わりだ。余の力の前に貴様はひれ伏し、消え去るのだからな」
 全身から闘気を発すると同時に、フルンティングたちが急降下してきて構える。
「特異点だけではない。全員纏めて相手をしてやろう。コルンツの血筋も、ニヒロの眷属も、死に損ないの魔人共も、全てここで葬り去ってくれるわ」
 ダインスレイヴが咆哮すると、それが音波の竜巻となって迸る。咄嗟にロータが鎖の壁で防ぐが、凄まじい密度の振動で結合が緩まり、そこへ巻き添えを一切恐れずにフルンティングが特攻を行い、抉じ開けてそこに極大の火球が放たれる。エストが竜化して莫大な突風を送り込んで打ち消すが、ダインスレイヴはそれ以上の破壊力の風の塊を放ち、それが炸裂して巨大な風の刃が弾ける。レメディ、レイヴン、アミシス、アストラムも竜化して逃げ、不知火とヴィルは左右に散開する。ダインスレイヴの号令に合わせ、フルンティングが自らを燃やしながら突撃し、本人は緩やかな動作で右前足を叩きつける。それだけで絶大無比な波動が走り、無対策で駆けていたアストラムが吹き飛び、空中にいたレイヴンとエストも怯むほどに衝撃が迸る。重ねて左前足を叩きつけて追撃の衝撃波を起こし、広場が波打つ。更に口許に爆炎を蓄え、最接近してきたレイヴンへのカウンターとして噛み砕く。
『レイヴンさん!』
「わかってる!」
 翼から急激に闘気を噴出させて後退することで爆炎を避けるが、その隙目掛けてフルンティングが突撃してくる。しかし、流石にその程度の攻撃はレイヴンの周囲に漂う魔力の剣に撃ち落とされる。だが三段構えに特大の火球をぶつけられて吹き飛び、薙ぎ払うブレスが靄のごとく駆け抜けて地上で接近しようとしてきていた一行を牽制あるいは攻撃する。飛び上がった閃剣がレメディへ戻って長剣を突き出しつつ距離を詰めるが、同じようにフルンティングが壁となって凌がれ、ダインスレイヴは羽ばたきつつバックステップし、特大の真空刃を放って
 レメディに直撃させる。着地点目掛けてアミシスの放った激流が走り、ダインスレイヴは特に慌てることもなく受ける。意に介していなかったが、その余りの余裕から行動が遅れたところへ、彼を囲むように黄金の渦が生まれ、暗黒竜闘気の槍が投射される。フルンティングの肉壁ごときでは止められず、ダインスレイヴの表皮を削る。それでも特段ダメージを受けた様子はなく、だが光速で接近し、ロータはラータへと転じて黒い骨の翼ウォルライダーを勢い良く振り抜く。ダインスレイヴが右前足で迎撃し、爪と翼が火花を散らす。フルンティングが再三の突貫を行うが、鎖と槍に阻まれて散る。エストが高空へ飛び、爆風を起こしてフルンティングを結晶へと変え撃ち落とす。それらはちょうどダインスレイヴの頭上を漂っていたために彼へと急降下し、次々と爆発する。更に戻ってきたレイヴンの痛烈な一閃を受け、爪を折り取られつつ、翼のフレーム部分で剣戟を受けて若干後退する。
「ほう。流石にこの程度では沈まぬか」
 ダインスレイヴは軽く吼え、砕け散ったフルンティングたちが再生して飛び立つ。翼で自分の顔を隠して力み、解き放つと共に凄まじい熱波が巻き起こる。彼の体の黒が濃くなり、翼膜が揺らめく炎のごとく明るく輝く。
「ユウェル、貴様が逃した夢見鳥、余が握り潰してくれるわ」
 ダインスレイヴは右翼を振り抜き、サマーソルトで刃のような尾を振り抜きながら蒼炎の竜巻を五つ飛ばす。レイヴンが魔力の壁で往なしつつ突破し、魔力の剣を伴いながら突進する。ダインスレイヴは身を引き、回転しながら天へ舞う。それだけで超特大の蒼炎の渦が起こり、更に隕石のごとく火球の弾幕が降り注ぐ。レイヴンを弾きつつ、明確にエストを狙った火球は彼女を撃ち落とし、残る火球も全て直撃させてエストは彼方へ落下していった。そして渦の中へ急降下したダインスレイヴは突風を起こしつつ、爆炎を周囲に散らす。
「下姉さん!」
 ラータがリータへ転じ、純シフルの防壁で爆炎を防ぎきり、ルータへ転じて光速で後退する。僅かな隙を晒したダインスレイヴの尾を狙って不知火が現れ、予測通りに刀を突き立てる。尾は片手間ながら恐るべき早さで振り抜かれ、不知火は放り投げられる。ダインスレイヴは翼を広げて咆哮し、炎上したフルンティングが怒涛となって落下してくる。
「天地万物灰塵と帰せ!王龍式ファイナル・クラック・ダウン――」
 小さく飛び上がり、今まで見たこともないような巨大な火球を口に蓄える。
「絶帝征始炎【聖道】!」
 放たれた蒼黒い火球は着弾と同時に一気に収縮し、一瞬、音が消える。次の瞬間、筆舌に尽くしがたい驚異的な破壊力の爆発、そして天涯まで届くような火柱が昇る。ダインスレイヴは悠長に着地し、ストレッチするように体の各部を動かす。
「是非もなし」
 螺旋を描く火柱が消える。
「ぐうっ……」
 全身から煙を上げつつ片膝をついていたのは、先の攻撃の直前に割り込んできた王龍エルキュールだった。
「誰かと思えば……人成についた外様の王龍ではないか」
 壊れかけの体を持ち上げ、エルキュールが立ち上がる。その背後で一行は立て直しており、飛んでいったアストラムとエストをオヴェリアが連れ戻していた。
「容赦のなさは相変わらずだな、おんしは……」
「ユウェルから手酷くやられた割には復帰が早いな、エルキュール。サマエルやセト、アーリマンと同じくニヒロの手駒に堕ちてから、より人間に寄ったか?」
「私は自分のことをニヒロの手勢だと思ったことはない。それはおんしとて同じだろう。自分をアルヴァナの駒だとは思っていないはずだ」
「同感だな。まぁ、この際そんなことはどうでもいい。問題は、なぜ貴様が特異点を庇ったかと言うことだ」
「それももうわかっているはずだ。原初三龍は、いずれも特異点を狙っている。ニヒロも同様にな。ニヒロの命令を果たすのがエミリア、オヴェリアの目的だ。ならば、私がそれを果たさぬ理由はない」
「よかろう。ならば貴様もそこの人成も、特異点たちと共に無の無へ叩き込んでくれるわ」
 ダインスレイヴが左翼で合図すると、急降下してきたフルンティングが一列に並び、一斉に突進する。更にドラムマガジンのように整列して突撃、おまけに一行の頭上からも特攻を仕掛けてくる。
「お姉さま!」
 オヴェリアの声に応えるように、エミリアが階段から現れる。
「わかってる」
 左手を天に掲げ、血の雨を放つ。マチェーテを掌に突き刺し、レバーのように引き下ろして大量に出血させ、飛んでくるフルンティングの全ての編隊に合わせるように器用に血を飛ばす。エルキュールは槍から光線を放ち、ダインスレイヴは右翼を振り抜いて弾き返し、身を翻して蒼炎の竜巻を再び飛ばす。その翻したたった一瞬を目掛けて、アストラムが猛烈な勢いで突進し、ダインスレイヴの首許に双頭斧の総力を賭けた一撃を叩き込む。遂に彼の表皮を貫通し、双頭斧の刃が刺さる。が、放たれたシフルの波動で再びアストラムが双頭斧もろとも吹き飛ばされ、今度は着地して堪える。
 傷口はすぐに塞がるが、ダインスレイヴは放つ雰囲気が少々変化していた。
「余に傷を付けるか……ならば……」
 ダインスレイヴは目を見開き、明確な怒気と殺意を顕現する。
「我が総力を以て、塵も残さず消し去ってくれるわ!」
 天を仰ぎ吼えると、フルンティングがダインスレイヴ目掛けて火炎を放つ。彼の体が火炎に包まれ見えなくなると、シフルの粒子となったフルンティングが吸収され、ダインスレイヴは黄金に煌めく炎に覆われる。
「光栄に思うがいい、特異点。かつて人間の身でありながら、天に摩するほど羽ばたきしものよ。天より輝く余の手にて、貴様の因果は全て潰えるのだ」
 唐突に飛び立ち、風の塊ではなく、金色の熱波が飛んでくる。間髪入れずにもう一発、止めに倍以上の破壊力を蓄えた三発目が放たれる。血の壁と鎖の壁がそれを受け止め、エストが竜化して飛び、金の塵を帯びた突風を放つ。ダインスレイヴは先に放った王龍式と同威力の火球を再び、そして連続して放つ。
「(アーシャ、無理する準備はいいな?)」
『もちろんですよ、相棒ッ!』
 レイヴンが前に出て、渾身の力で火球を押し潰し、無力化する。その影からヴィルが槍を投げ、レメディが飛び乗る。槍は無明の闇を噴出して加速し、ダインスレイヴは右翼を振り抜いて突風を起こし、翻って竜巻を放ち、更に中空から火球を連打する。不知火が邪眼を見開き、レメディに肉薄せんとする竜巻を僅かに逸らす。火球はアミシスの張った水の壁に打ち消され、最接近したレメディが竜化しつつ長剣の強烈な一閃をダインスレイヴの鼻先目掛けて振る。ダインスレイヴの全身から湧き出る恐ろしいまでの闘気が長剣を阻み、両者はしばし目前で見つめ合う。
「貴様から感じる死の匂いと、圧倒的なまでに堅い決意……それが貴様を人の道から外したとな」
「……!」
「言葉を発さずとも伝わるこの覇気……なるほど確かに、言葉も要らぬほどに澄んだ魂、それがアルヴァナに成り代わるものには必要か」
 ダインスレイヴが力むと、閃剣は吹き飛ばされる。彼が受け身を取ると、ダインスレイヴは続ける。
「気が変わった。特異点、貴様が現状のシステムさえ破壊すれば、余の治世を拓く機会も充分にあるだろう」
 彼の体が、最初の状態に戻る。
「元より、ゴールデン・エイジなど何の価値もない集まりよ。所詮はアレクセイの自己満足、ユウェルが目先の餌に釣られただけの下らぬお遊戯に過ぎない」
 閃剣も元のレメディの姿に戻る。
「貴様自身の力はたかが知れているが……一応は期待しておくぞ、特異点」
 ダインスレイヴは背を向ける。
「余はこの戦いから降りる。冷めた、飽きた、詰まらぬ」
 彼は飛び立ち、そのまま彼方へと消えていった。
「ふぅ……すみません助かりました」
 レメディは振り返りながらエミリアたちへ言葉を投げる。エミリアはむすっとしていたためか、ボロボロのエルキュールを抱えたオヴェリアが笑顔で返す。
「お気になさらず。私たちもこちらの事情で助けただけですので。機会があれば、またお助けしたり、もしくは戦ったり、したりするかもしれませんね」
 背後に現れた一角獣に、二人は乗る。
「では、また」
 一角獣は広場から飛び出し、パラミナ方面へ走り去った。
 と、一息ついたレメディを、エストが駆け寄って抱き締める。
「ちょ、エストエンデさん?」
「無事でよかった……ダインスレイヴがあそこで満足してくれなきゃ、みんなここで死んでたから……」
 涙声のエストを優しく離し、レメディは目を見て口を開く。
「大丈夫です。流石に今回は僕だけの力でどうにかなったわけじゃありませんから、そんなに偉そうなことは言えませんけど……こんなところで終わるなんてことは、絶対に僕は許容できませんからね」
 レメディはエストの肩から手を離し、正面へ向き直る。
「さあ、先へ進みましょう。僕はこのもっと先に用がありますから」
 躊躇なく進んでいくレメディを呼び止めようとして、エストは右手を伸ばすのを止めた。
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