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三千世界・黄金(12)

三章「血染めの御旗」(通常版)

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 ムスペルヘイム―パラミナ国境
 砂状砂漠が次第に岩石砂漠へ変わっていく。そこから更に、火山地帯が姿を表す。
「ここからが本番ってわけだな」
 レイヴンが眼前に広がる溶岩原を見て呟き、アーシャも続く。
「ゴールデン・エイジの面子も一人しかわかっていませんし、さっきまでのは小手調べということだったんでしょう」
 先行していたレメディたちが立ち止まったことで、二人も立ち止まる。前方には、身体中に鋭利な牙が覗く口が付いた、妙な外見の竜人が立っていた。
「あなたは」
 レメディが剣の柄に手をかけつつ訊ねる。竜人は左右に仰々しい兵装が地面に突き刺さっていた。
「我が名はガロウズ。ガロウズ・ガイアールと言う。王龍ダインスレイヴ・アラストルに代々仕えし処刑人である」
 ガロウズは兵装を身に付け、ただでさえ禍々しい姿が更に強化される。
「特異点、貴殿はこの争乱の果てに何を望む?もしも、未だに宙核と並ぶなどと言う世迷い言で彷徨うのならば……」
 兵装が起動し、両腕に光の刃が蓄えられる。
「ここで死ぬがいい」
 ガロウズが飛び上がり、レメディ目掛けて急降下する。バックステップで躱し、回りの仲間たちも得物を構えつつ飛び退く。突き刺さった光の刃から強烈なエネルギーが放出され、溶岩が皹割れる。
「そっちか!?」
 アストラムが気付くのと同時に皹《ひび》から溶岩が勢い良く噴き出し、そして地面が崩落する。ガロウズは飛び上がって元の地面に戻るが、レメディたちはそのまま落ちていく。ガロウズは光の刃を消し、落ちていく彼らを見やる。
「アラストル様……我らは決して、無明竜の捨て石となるためにここに在るわけではないはず。彼らがそれを、あなたに伝えることを信じています」
 踵を返し、活発化し始めた溶岩の地平を歩き去る。

 ムスペルヘイム地下監獄 フェイタルデスジェイル
 落下してきたレメディたちが着地すると、そこは灰色のコンクリートのような構造物で覆われた、広大かつ機械的な部屋だった。
「ここは……」
 ロータが頭上を見た後、言葉を返す。
「地下のようね。私たちが知ってるムスペルヘイムの地下にはこんなものがあるって情報はなかったけど」
 左右を確認し、レメディへ視線をやる。その場に居たのは、レメディ、ロータ、ヴィルの三人であった。
「ずいぶんと数が少なくないっすかね」
 ヴィルの言葉に、ロータが頷く。
「どうせ何かあるだろうから抵抗しなかったら、結界か何かで分断されたようね。尤も……」
 ロータは屈んで床に触れてから立ち上がる。
「この程度の物質なら、拳でぶち抜いた方が早い」
 レメディが苦笑いしつつ、言葉を返す。
「でも、さっきのガロウズと言う人がわざわざここにこれを用意すると言うことは、あちらが何かしらの手駒を配置していると言うことですよね」
「そうね。時間を稼ぐ理由もないだろうし、あなたを鍛えるのならば寄り道をさせ、仕留めることが目当てならばさっさと潰しに来るでしょう」
「ユウェル・ニストルモ……あの人でさえ、何が目的で僕たちと戦っているのかよくわかりませんでしたね。とにかく、今はゴールデン・エイジと互角に渡り合えるだけの実力を手に入れないと……」
「なるほど。そのためにここに配置された兵を使うと」
「そういうことです」
 会話を終え、三人は巨大な壁の前に立つ。それは中央に線が入り、両側に開く。眼前に広がったのは、巨大な振り子のようなギロチンが互い違いに延々と振るわれる、常人ではまず生きて帰ってこれなさそうな細い通路だった。
「えっと……」
 異様な絵面に面食らったレメディは、ロータへ視線をやる。
「見たところ、趣味の悪い処刑器具みたいね。誰が作ったのか知らないけど、この感じならデスゲームか何かの会場なんじゃないの」
「デスゲームですか。確かにそういうのはありそうですけど……これ、どうやって進むんですか?」
「どうやって、って……」
 ロータは平然と前に進み、振り子刃が当然のごとく激突する。が、ロータはおろか纏う制服にすら少しの傷も付かず、逆にギロチンの刃が潰れて使い物にならなくなっていた。
 彼女は振り向く。
「これでいい」
 その後も真っ直ぐに進み続け、軽く当たるだけでギロチンが吹っ飛び、へし折れ、破壊される。何事もなく突破すると、同じように壁が開く。
 最初の部屋とそう変わらない広間に出ると、壁が閉じる。そして両サイドの壁が上がり、裏から巨大なグラインダーが姿を表す。部屋の果てに見える小さな扉が開き、同時にグラインダーが迫り来る。更に床が近い方のグラインダーへ引き込むように動き始める。
「妙な猶予を与える辺り、作ったヤツは相当の嗜虐趣味ね」
 ロータは鎖を召喚し、右のグラインダーに巻き付けてへし折る。更に鎖を床に突き刺し、引き剥がして故障させる。
「ええーっと……なんか、明らかに僕たち用じゃないっていうか、思ってるより圧倒的に拍子抜けですね」
 レメディが意外そうな表情をすると、ロータが真顔で返す。
「そう感じるのも無理はない。だってあれ、どうみても規格が普通の人間用だもの。あれで私たちを殺そうとしても、さっきのギロチンみたいに先に壊れるのが関の山」
 ロータはそれ以上何を言うでもなく、先へ進む。レメディとヴィルもそれに従う。

 フェイタルデスジェイル 処理区画
 語るに及ばぬ罠を正面突破していくと、タイルに覆われ、キャットウォークが行き交う部屋に出た。足元には妙な臭いと色の処理液が満たされており、天井からは鎖で吊るされた、腐った死体たちが絶妙な腐臭を漂わす。
「うげえ、なんだこりゃ……」
 ヴィルが嫌悪感を露にしていると、不意に三人は立ち止まる。彼らの眼前には、全裸の屈強な男が、鋼鉄の如何にも冷たそうな椅子に座らされていた。男は陰茎が削ぎ落とされた痕跡が見え、そして目が潰され、全身に古傷が見える。
「二人とも……」
 レメディが長剣に手をかける。ロータとヴィルもそれぞれ戦闘態勢に入る。男は気配に気付いたか、やおら立ち上がり、咆哮する。人の姿でありながら、見たまま獣のごとき挙動でレメディへ飛びかかる。レメディは鞘に添えていた左手で拳を放ち、高速で身を翻して左足で踵落としを放ち、また反転して抜刀し切り上げ、最後に逆手に持って男の背を貫いてキャットウォークに叩きつける。男は構わず身を引いて立ち上がり、鳩尾から左肩口までの半身がだらりと垂れつつも、右腕を振る。レメディは左腕で防ぎ、右足で長剣を蹴り上げて男の右上腕二頭筋へ突き刺し、右手で押し込んで千切り、顎を思いきり打ち上げ、足を払い、左手で足を掴んで引き込み、倒れた男の鼻面に長剣を突き刺す。
 レメディは長剣を引き抜き納刀し、外れたキャットウォークごと男は処理液に沈んでいった。
「今の人はなんだったんでしょうか」
 尤もな疑問をロータへ告げると、彼女は構えを解きつつ言葉を返す。
「さあね。まあ全盲なのにあそこまで正確に攻撃してきて、その上、体を半分も持っていかれて動けるなんて、普通の人間の範疇ではないことは、確かでしょう」
 一行が視線を向けると、男の座っていた椅子の向こうにエレベーターが見えた。
「だけど拍子抜けだったよなあ、最後まで」
 ヴィルの言葉に、レメディが反応を返す。
「そうだね……でも、油断は禁物だよ」
 三人はエレベーターへ向かった。

 フェイタルデスジェイル 屋上
 エレベーターから出ると、ムスペルヘイムの空が見えた。ここは異常に広大なヘリポートのごとくなっており、点々と資材が置かれていた。土地柄ゆえに、周囲からは灰混じりの噴煙や、火の粉が舞っている。
「外に出たのか?」
 ヴィルが不思議がる。頭上には小さな竜たちが螺旋を描くように羽ばたいており、奇妙な鳴き声を上げていた。
「隷王龍フルンティング……?」
 ロータの呟きにレメディが反応する。
「聞き覚えが?」
「流石に私でもわかる。あれは隷王龍フルンティング。王龍ダインスレイヴ・アラストルの眷属よ」
「つまり、ゴールデン・エイジの二番手はダインスレイヴという王龍なんですかね?」
「まあ、たぶんね」
 会話の終わりと共に、建物全体が震える。ヘリポートが二つに展開し、内部からエレベーターを兼ねた巨大な足場がせり上がってくる。揺れの停止、そしてヘリポートは先刻の倍近い大きさになる。足場には、巨大な三連装砲を四つ装備した幼女が立っていた。
「お前らか。品のねえ通り方で俺の折角の仕掛けを台無しにしやがったのは」
 幼女は柄の悪い態度で視線を向ける。レメディが一歩前に出る。
「あなたは?」
「俺の名前は弥永真澄。Chaos社法務部副部長だ」
「あなたも、ゴールデン・エイジに所属しているんですか」
 真澄は皮肉っぽく笑うと、会話を受け取る。
「普通に考えりゃわかるだろ。その通りだよ。俺は古代世界での決戦の直前、シャングリラに任務で向かったっきり帰ってこれなかったんだよ。そんでようやく、お前のお陰で刑期が終わったってワケだ」
 彼女の背から生えた四本のアームが別々に挙動し、連装砲を全てレメディたちに向ける。
「まあ、正直言えば王龍がどうなろうが、お前ら特異点がどうなろうが俺には関係ねえ。俺は好きなようにやるだけだ!」
 鬼気迫る表情で両腕を広げ、連装砲から一気に砲弾が放たれる。人の装備から放たれるにしては余りに巨大な弾が空を切り裂いて飛翔し、弾道を潰すようにロータが暗黒竜闘気の槍を放って迎撃しつつ、真澄の背後を狙って次々と鎖を放つ。が、頭上で飛んでいたフルンティングたちが急降下してきて盾になりつつ、次々と火炎を放つ。
「チッ、二人とも!フルンティングの相手は私がやる!真澄を倒して!」
 ロータは平然と飛び立ち、フルンティングの群れの中へ飛び込む。その問答の最中に真澄は次弾を装填し終わり、右腕の号令で再び掃射する。ヴィルが構えた槍の穂先から時間を放って砲弾を受け止めると、瞬間移動から頭上に現れ、急降下する。左上の砲塔が槍を防ぎ、弾き返して右上の砲塔を爪のように振り下ろし、ヴィルを弾き飛ばす。装填の終わった下段が砲弾を放ち、遅れて上段も位置を戻して弾を吐き出す。レメディは一気に駆け出し、スライディングで砲弾を避け、長剣を逆手に持ってナイフのように放り、右下段の砲塔に弾かれ、右上段の砲塔を地面に突き刺し、砲口から爆炎を放ちつつ上に薙ぎ払う。レメディは長剣を手元に戻して爆炎を真正面から受けつつ突破し、肉薄したところで突きを放つ。真澄は反応できずに胸を貫かれるが、離すまいと長剣の鍔を力強く掴む。レメディも力の込め方が乱れぬように闘気で足場を使って力み、柄頭を左手で押し込んで競る。
「特異点……俺がただの人間だと思ったら大間違いだぜ……!」
 徐々に真澄の力が押し勝ち、最後には勢い良くレメディを押し飛ばす。力を抜くと同時に真澄は膝に手を置いて構え、ゆっくりと胸の傷が塞がる。レメディとヴィルが構え直し、真澄も立て直す。
「特異点、お前らもちょっと前までは普通の人間だったんだろ?なら俺の同類だぜ。所詮人間なんてものは竜と獣のコミュニティから弾き出された孤児《みなしご》。それが強烈な純シフルの波に触れ続けりゃ、そりゃ常人は脱せるだろうよ」
「僕とあなたが似てる、ってことですか」
「ま、境遇は多少似てるだろ。性格とか、出自はともかく、なぁ?」
「……」
「お前と、横のそいつと、どっちに似てるかっつったら、知らねえけど」
 連装砲は再び構えられる。そこに突如電撃が放たれ、真澄は咄嗟に防御して吹き飛ばされる、ヴィルが背後を見ると、そこにはレイヴン、アーシャ、エスト、不知火、アミシス、アストラムが並んでいた。更にフルンティングの群れを掃討したロータも着地し、真澄は不利を悟って舌打ちする。だが、真澄の側にもガロウズが火の渦と共に現れる。
「ガロウズ……」
「まだあれの起動があるはずだ、退け」
「チッ、わあったよ」
 真澄は頭上に来ていた一頭のフルンティングの足にワイヤーを巻き付け、その場から離脱する。ガロウズがレメディへ視線を向ける。
「特異点、某たちはずっと待っていたのだ。貴殿のような、無明竜の治世を終わらせるものを」
 ガロウズは力み、そしてヘリポートから身を投げる。一瞬の閃光の後、超巨大な白竜が姿を表す。頭足類のような触手が何本も生え、そして身体中にいくつもの口が付いていた。
「天地万物の再生、新たな旅立ち……それこそ、我ら竜の悲願。特異点、貴殿がこの先に進むことで、それは果たされるのだ」
 巨大な触手が溶岩を帯びたまま振り下ろされ、変形の結果せり出していたヘリポートの縁をへし折り、溶岩が飛び散る。空間を打ち砕くような強烈な絶叫が響き渡り、口から放たれた絶大な破壊力の光線が爆裂し、フェイタルデスジェイル全体が崩壊を始める。咄嗟にロータが鎖で繋ぎ止め、全員が武器を構えて並ぶ。
 無数の触手のそれぞれの先端から光線が放たれ、竜化したエストが竜巻を起こして壁とし、アストラムが思いきり構えて双頭斧が放られる。ガロウズの首許を正確無比に狙うが防御に回った触手を切断するに留まり、振り下ろされた右手を一行は各々の方向に飛んで避ける。手の上に着地したレイヴンが、剣に変わったアーシャを握って駆け上がる。そのまま融合竜化し、最大出力で剣を振るう。防御に回っていた触手を全て切断し、左腕に凌がれる。拳圧で押し返され、その隙に不知火の放った波動がガロウズの顔を撫でる。気にも留めず、ガロウズはレイヴン目掛けて口から再びの光線を放つ。レイヴンは高速で飛び回って躱し、そこへ長剣を投げて瞬間移動してきた竜化したレメディ閃剣が空中で十字に切り裂き、突き立てる。
「手緩いぞ、特異点!」
 ガロウズはレイヴンを薙ぎ払い、閃剣を触手で掴んで放り投げる。更に左腕をヘリポートへ叩きつける。躱されたところへ竜化したアミシスが己の剣を彼の手の甲に突き立てる。凄まじい激流が駆け巡り、ガロウズの肩口が吹き飛ぶ。左腕を勢い良く振り抜き、アミシスは放られる前に羽ばたいて逃げる。超高空からアストラムが高速回転しながら急降下し、隙だらけになっていた右腕を切断する。更にガロウズの眼前に現れたヴィルが全力で無明の闇を放って視界を封じ、その間隙にロータが鎖で建物を保持する片手間に、極大の魔力を光線に変えて放つ。感覚で読み取ったのかガロウズは頭を動かし、光線は首筋を削り取るに留まる。周囲の触手が再び光線を放ち、再びエストが竜巻を作って弾き、そしてガロウズに突風を叩きつけ、彼の表皮に結晶が形成され、爆発する。
 ヘリポートへ舞い戻ったアストラムが投げた双頭斧がブーメランのように飛び回り、触手を全て断つ。そして姿勢を大きく崩したところにレイヴンが剣舞からの大爆発を叩き込み、止めに閃剣がガロウズの首を断つ。
 一行はヘリポートに戻り、全員がそれぞれの変身を解く。斬り捌かれた首が落下してきて、力なく口を動かす。
「特異点……貴殿は……己の望む世界は……あるか……」
 制御を失った本体が壁に寄りかかる。
「この先の未来……貴殿が貴殿のまま、進むためには……望みの形を……よく知り……新たな世界の……舵を取らねば……ならぬ……」
 そして徐々に、その体はシフルの粒子に変わって天へ昇っていく。
「我らは……この来るべき終わりのために、生まれてきたのだから……」
 ガロウズは完全に消え去った。
「あなたは僕たちと戦うことで、それを教えたかったんですか」
 レメディが一息つくが、ロータが遮るように言葉を放つ。
「ここの形を保つのも面倒だから、さっさと先へ行って」

 ムスペルヘイム 炎火ノ原
 フェイタルデスジェイルから急いで脱出した一行は、改めて一息つく。
「ふぅ」
「無事だったみたいで何よりだぜ」
 レメディにレイヴンが視線を向ける。
「はい。それで……ここが一体なんだったのか、先生たちはわかってますか?」
 レイヴンが肩を竦め、アーシャへ振る。彼女が咳払いをし、口を開く。
「あれはフェイタルデスジェイル。正史の古代世界にて、Chaos社が持っていた巨大処刑場だったみたいですね。なんでも、ラース・ジャンパーと異なり、私的な理由による減刑や、社内規定法を順守しない弥永真澄が、秘密裏に作り、罪人を趣味で苦しめて殺害するために作ったとか」
「デスゲームみたいなって言うのは、あながち間違いでもないんですね」
 レメディの言葉に、アーシャは頷く。
「そうですね。末期のChaos社が処断していたのはレジスタンスの一般人ですから、あの程度の装置でも十分処刑できます。ところで……」
 アーシャは真澄が飛び去っていった方向を見る。
「肝心の弥永真澄はどこに?」
 その言葉に、ロータが続く。
「上から見てたけど、ムラダーラの方角に向かった。そこに王龍ダインスレイヴもいるはず」
 エストが加わる。
「ダインスレイヴ……ユウェルよりも格上の、更に旧い時代の王龍ね。正直なところ、今の戦力で戦うのは無謀に過ぎると、お姉さんは思うわ」
「どちらにせよ、退く選択肢はない」
 ロータがレメディへ促すと、彼は頷き、翻って歩き始める。
 しばらく一行は進み続け、遠方にムラダーラの構造物が見え始めたところで立ち止まる。不自然に冷えた溶岩から何かしらの物質が頭を見せており、妙な気配が立ち込めていた。一行の警戒がピークに達したのを察したか、冷えた溶岩を砕いて巨大な機械仕掛けの足が現れる。それら二本がしっかりと地面を捉え、超巨大な本体が持ち上げられる。金属音の咆哮を撒き散らすのは、竜を模した巨大兵器だった。
『行けえ!要塞竜ツェリノヤルスク!』
 要塞竜の中から真澄の声が響き渡り、首をもたげて目らしき部位から熱線を放つ。レメディへ閃剣へと転じつつ、ヴィルを伴って要塞竜を駆け上がる。要塞竜は巨体を活かして力任せに動き回るが、残った七人は攻撃の対処に専念する。

 要塞竜ツェリノヤルスク 甲板
 竜化を解いて要塞竜の背中に着地すると、真澄が佇んでいた。
「よう、特異点」
 真澄は激しく動き回るツェリノヤルスクの上でも、しっかりとした体幹で立つ。
「これを動かすために、さっきは退いたんですか」
「まあそうだな。俺のやりたいように暴れることが、ゴールデン・エイジにとっても利益になるんだよ」
「教えてください、ゴールデン・エイジは一体何をしたいんですか」
 レメディの言葉に、真澄は一瞬躊躇する。空を見上げ、少数のフルンティングが飛ぶ様を見て、諦めたようにため息をつく。
「いいだろう、教えてやるよ。ゴールデン・エイジはそれぞれお前を殺せば願いをひとつ叶えてもらえるんだよ」
「願いを……?ならどうして、ユウェルは僕を倒さずに……」
「そいつは知らねえよ。俺はダインスレイヴ以外と接点無いし」
 真澄は兵装を起動し、砲口を二人へ向ける。
「行くぜ、特異点。お前らも死ぬほど苦しめてから殺してやるよ」
 一斉掃射を合図に、二人は抜刀する。ヴィルが瞬間移動から右腕の攻撃で豪快に穂先を叩きつけ、真澄は右下段の砲塔で防御するが、ヴィルはそのまま槍を掴んで回転し、左足で蹴り上げ爪先で真澄の鼻先を切り裂く。更に刺突を放ちつつ飛び退く。その影から砲弾を躱して到達したレメディが蹴りで突っ込み、左下段の砲塔で防がれるが、レメディはその場で縦に翻って膝蹴りをぶつけ、間近で切り払いつつ左拳を叩き込んで吹き飛ばす。
 受け身を取った真澄が血を吐き捨てる。
「仕方ねえな……!」
 真澄は胸元からシリンジを取り出し、己の首許に突き立て、薬剤を流し込む。
「俺に躊躇いなんてねえんだよ……」
 引き抜き、投げ捨てる。シリンジは要塞竜の背を滑って落ちていった。
「ぐはぁ……ッ……おぐぉぁっ……!」
 真澄は悶え、引き付けを起こし、口から液状のカビを吐き出す。上げた顔に確認できるのは、毛穴も含めた顔のあらゆる穴から同じような液体が漏れ出す。
「どうなって!?」
 レメディが困惑すると、真澄の表皮が黒い苔のような、あるいは黒い岩塊のような物質に覆われていく。
「人間のまま終わるなんて人間に生まれた意味がねえだろうが……!」
 更に岩塊の隙間から白い蔦が吹き出て彼女の体を包んでいき、頭部から逆さに釘が突き立てられたような棘が生え出る。その過程で頭部は完全に異形と化し、体躯も幼女と形容できた小さなそれから、ヴィルの倍はあろうかという長身に変貌する。
「死ね特異点!俺が好きに生きられるようになぁ!」
 左手は鋭い鉤爪が何本も生え、右腕は白い蔦が異常に纏わり付き、長い一本の触腕のごとくなっている。真澄は大振りな動作から右腕をしならせてヴィルを狙う。発生させた時間障壁にそれは阻まれるが、強烈な怒涛によって衝撃が起こり、土煙が上がる。右腕を直ぐ様戻し、そしてレメディ目掛けて振るう。彼は翻りながら背中側で流し、傾けた体を地面スレスレにしながら駆ける。真澄は横に薙ごうとするが、右腕ごとヴィルの槍によって要塞竜の背に突き立てられる。レメディは片手間に幻影の剣を飛ばし、彼女へ牽制する。真澄は右腕を思いきり引き戻し、槍に刺された向こうを千切り捨て、右腕を指の生えた、左手と同じ状態にする。そして両腕を要塞竜の背中に捩じ込み、膨大な量の蔦でパーツを巻き上げ、身に纏う。要塞竜は機能停止し、崩れ落ちる。
「死ね死ね死ね!死ね特異点!」
 機械の獣のごとくなった真澄は、雑多なパーツが纏わり付いてハンマーのごとくなった右腕を振り上げ、一拍の後スパークさせて振り下ろす。一旦突撃を止めていたレメディは飛び上がって回避し、強烈な放電が空中を裂く。更に、彼女のパーツの隙間から飛び出した白い蔦が空中のレメディを狙って伸びる。幻影の剣がいくつも現れ、蔦の一本一本を迎撃しつつ、彼は閃剣へと竜化して錐揉み回転しながら懐に激突する。そして尾で掴んだ長剣をパーツの接合が甘い部分――無闇に大きな装甲板を張り付けた脇腹と脇の合間――へ突き立て、前足と尾でその隙間を強引に抉じ開ける。当然、隙だらけの彼を狙って両腕から大量の鋭利なパーツを露出させ、ドリルのように各々を高速回転させて接近する。しかし、閃剣の背に現れたヴィルが二つの時間障壁で押し止める。
「糞野郎共が!」
 真澄の絶叫と共に隙間から触腕が飛び出る。閃剣は即座に竜化を解くことで目測を誤らせ、もう一度竜化して触腕を押し退け、頭とパーツの切断面で押し潰して切断する。抉じ開ける力を更に強め、開ききったそこへ口から全力のシフル光線を放つ。すぐにヴィルを伴って離れ、真澄は制御を失って、全身からスパークを放ちながら小刻みに震える。
「クソッタレェェェェェェェエエエエッ!!!!!!」
 ヒステリックな大絶叫と共に、彼女は大爆発する。白濁した粘液がそこら中に飛び散り、次々に小爆発を起こす。パーツの山から、全身の皮を剥がされたかのような真澄が、妙な色の液体と共に現れる。
「まれ……特異点ォ……よく、覚えとけよ……誰もが、自分らしくなんて生きられねえんだよ……だからァ……ダカラァ……人間はここまで発展したんダヨォ……」
 真澄は己の手を見て悶える。
「ぁ……アァァアッ!!いてえ!いてええええッ!ざけんな!ふざけんなよ!俺は報いなんて受けねえんだよ!なんデ……俺は自分が好きなように他人をいたぶっただけだろうが!なんでソレガダメなんだよォ!」
 爪のない指で頬を掻きむしり、垂れ下がったそこから目玉が落下する。
「特異点……お前を永遠に恨んでやるからな……!お前がどんな世界を作ロウが……アァァッ!糞が!アァァァァァァァ!ぉあゎぃぅぇゎ……」
 発音不能な断末魔を叫びながら、溶け落ちながら、彼女はシフルの粒子となって消滅した。閃剣は竜化を解き、納刀する。
「今のは……」
 流石にレメディが苦い顔をして、ヴィルが続く。
「わかんねえ……倒したことにゃ違いないンだろうが……ん?」
「どうしたの、ヴィル?」
「いや、見てみろよ」
 彼が指差した方向へ向く。そこには遠く彼方にサハスララが見える。
「サハスララだよね。あれがどうかしたの?」
「そうだけどそうじゃねえって。ほら」
 よく見ると、先ほどの真澄の粒子や、フェイタルデスジェイル周辺から沸き立つ粒子が、全てサハスララに集中しているのが見える。
「僕たちがこの世界で戦うように仕向けてるのは、サハスララにシフルエネルギーを集めて何かをするため……ってこと?」
「ゴールデン・エイジも狂竜王の手下だとしたら、俺たちが目的を果たす前にしたいことがあるのかもな」
「なんだろうね?」
「わかんねえよ。でも、俺たちはどんな障害があっても突破していくだけだろ?」
「ふふ」
 ヴィルの言葉に、レメディが微笑む。
「なンだよ」
「いや、こんな死にそうな目に今までも、これからも延々と出会うって言うのに、ヴィルと二人なら本当にどこまででも行けそうな気がしてさ」
「気がするんじゃねえって。本気でそうするンだよ」
 二人が決意を新たにしていると、ロータたちも要塞竜の背中に登ってくる。
「大丈夫だった?って聞くまでもないだろうけど」
 彼女の言葉に、レメディが頷く。
「弥永真澄は……仕留めました。それでひとつ聞いてほしいことがあるんです」
「何か?」
「この世界で倒した人たちのシフルエネルギーが、サハスララに向かっているんです。ロータさんや先生たちは何か知りませんか?」
 ロータがすぐにレイヴンへ視線をやる。レイヴンは肩を竦める。
「さあな。あの馬鹿デカい塔の存在自体は知ってたが、あれがどういう機能かって言うのは旦那からも聞いてなくてな」
「そうですか……わかりました」
 レメディが正面へ向き直る。
「行きましょう、先へ」

 ムスペルヘイム首都 アジュニャー
 活発な溶岩流を越えた向こう、古代の城ミンドガズオルムを目前に控えた場所にそれはあった。鋼鉄で出来た、巨大な墳墓。それこそがムスペルヘイム首都・アジュニャーである。装飾のように溝に溶岩が流れる通路を行き、少々の足場の向こうに聳えた階段を登りきると、そこは墳墓の上部、先ほどの足場をゆうに越える大きさの広場があった。
「来たか、特異点よ」
 広場の中央で眠っていた四足の竜が、目覚めて意識を向ける。一行は立ち止まり、レメディが口を開く。
「あなたが……王龍ダインスレイヴ・アラストル?」
 ダインスレイヴは大きく欠伸をする。上空には大群のフルンティングが漂っており、物々しい雰囲気を醸し出していた。
「その通りだ。ゴールデン・エイジが一、〈覇道の帝王〉王龍ダインスレイヴ・アラストルとは余のことである」
 気だるそうに体を持ち上げ、屈強な四肢で立ち上がる。
「ふん。早々にユウェルに喰らわれると思っていたが、所詮は奴もヒトに絆され軟派になったものだな」
「戦う前に一つ、お尋ねしたいことがあります」
 案外と、ダインスレイヴはレメディの言葉に素直に耳を傾ける。
「ゴールデン・エイジはなぜ、僕たちと戦うんですか」
「それは己が世を再び拓くがためよ。我ら王龍は皆、文字通り王となるために生まれてきた。だが今の世では、誰も彼もがアルヴァナの目的のための手足となっている。貴様を討つことで我らはその軛より解き放たれ、己の世界を拓けるのだ。尤も、この野心を糧としているのは余だけのようだがな」
「……」
真澄あの人間に聞いてまだわからぬか?ユウェルもガロウズも何か勘違いをしているようだが、要は貴様を交渉材料に出来ると言うことよ。次の王座を狙うものも、失った何かを取り戻さんとするものも、己の悦楽に浸らんとするものも、貴様の身柄、その性質、力があれば……何か一つは叶えられる。馬鹿の一つ覚えのように滅亡にしか使えぬ空の器と違ってな」
 ダインスレイヴは慣らすように翼を伸ばし、戻す。
「だからこそ貴様には決して折れぬ魂が要る。到達して燃え尽きるようなことがあってはならぬ。余の願いを叶える願望器となろうと、アルヴァナを討つ牙となろうとな」
 彼は口許に蒼黒い炎を滾らせ、吐息をひとつする。
「下らぬ世界はここで終わりだ。余の力の前に貴様はひれ伏し、消え去るのだからな」
 全身から闘気を発すると同時に、フルンティングたちが急降下してきて構える。
「特異点だけではない。全員纏めて相手をしてやろう。コルンツの血筋も、ニヒロの眷属も、死に損ないの魔人共も、全てここで葬り去ってくれるわ」
 ダインスレイヴが咆哮すると、それが音波の竜巻となって迸る。咄嗟にロータが鎖の壁で防ぐが、凄まじい密度の振動で結合が緩まり、そこへ巻き添えを一切恐れずにフルンティングが特攻を行い、抉じ開けてそこに極大の火球が放たれる。エストが竜化して莫大な突風を送り込んで打ち消すが、ダインスレイヴはそれ以上の破壊力の風の塊を放ち、それが炸裂して巨大な風の刃が弾ける。レメディ、レイヴン、アミシス、アストラムも竜化して逃げ、不知火とヴィルは左右に散開する。ダインスレイヴの号令に合わせ、フルンティングが自らを燃やしながら突撃し、本人は緩やかな動作で右前足を叩きつける。それだけで絶大無比な波動が走り、無対策で駆けていたアストラムが吹き飛び、空中にいたレイヴンとエストも怯むほどに衝撃が迸る。重ねて左前足を叩きつけて追撃の衝撃波を起こし、広場が波打つ。更に口許に爆炎を蓄え、最接近してきたレイヴンへのカウンターとして噛み砕く。
『レイヴンさん!』
「わかってる!」
 翼から急激に闘気を噴出させて後退することで爆炎を避けるが、その隙目掛けてフルンティングが突撃してくる。しかし、流石にその程度の攻撃はレイヴンの周囲に漂う魔力の剣に撃ち落とされる。だが三段構えに特大の火球をぶつけられて吹き飛び、薙ぎ払うブレスが靄のごとく駆け抜けて地上で接近しようとしてきていた一行を牽制あるいは攻撃する。飛び上がった閃剣がレメディへ戻って長剣を突き出しつつ距離を詰めるが、同じようにフルンティングが壁となって凌がれ、ダインスレイヴは羽ばたきつつバックステップし、特大の真空刃を放って
 レメディに直撃させる。着地点目掛けてアミシスの放った激流が走り、ダインスレイヴは特に慌てることもなく受ける。意に介していなかったが、その余りの余裕から行動が遅れたところへ、彼を囲むように黄金の渦が生まれ、暗黒竜闘気の槍が投射される。フルンティングの肉壁ごときでは止められず、ダインスレイヴの表皮を削る。それでも特段ダメージを受けた様子はなく、だが光速で接近し、ロータはラータへと転じて黒い骨の翼ウォルライダーを勢い良く振り抜く。ダインスレイヴが右前足で迎撃し、爪と翼が火花を散らす。フルンティングが再三の突貫を行うが、鎖と槍に阻まれて散る。エストが高空へ飛び、爆風を起こしてフルンティングを結晶へと変え撃ち落とす。それらはちょうどダインスレイヴの頭上を漂っていたために彼へと急降下し、次々と爆発する。更に戻ってきたレイヴンの痛烈な一閃を受け、爪を折り取られつつ、翼のフレーム部分で剣戟を受けて若干後退する。
「ほう。流石にこの程度では沈まぬか」
 ダインスレイヴは軽く吼え、砕け散ったフルンティングたちが再生して飛び立つ。翼で自分の顔を隠して力み、解き放つと共に凄まじい熱波が巻き起こる。彼の体の黒が濃くなり、翼膜が揺らめく炎のごとく明るく輝く。
「ユウェル、貴様が逃した夢見鳥、余が握り潰してくれるわ」
 ダインスレイヴは右翼を振り抜き、サマーソルトで刃のような尾を振り抜きながら蒼炎の竜巻を五つ飛ばす。レイヴンが魔力の壁で往なしつつ突破し、魔力の剣を伴いながら突進する。ダインスレイヴは身を引き、回転しながら天へ舞う。それだけで超特大の蒼炎の渦が起こり、更に隕石のごとく火球の弾幕が降り注ぐ。レイヴンを弾きつつ、明確にエストを狙った火球は彼女を撃ち落とし、残る火球も全て直撃させてエストは彼方へ落下していった。そして渦の中へ急降下したダインスレイヴは突風を起こしつつ、爆炎を周囲に散らす。
「下姉様!」
 ラータがリータへ転じ、純シフルの防壁で爆炎を防ぎきり、ルータへ転じて光速で後退する。僅かな隙を晒したダインスレイヴの尾を狙って不知火が現れ、予測通りに刀を突き立てる。尾は片手間ながら恐るべき早さで振り抜かれ、不知火は放り投げられる。ダインスレイヴは翼を広げて咆哮し、炎上したフルンティングが怒涛となって落下してくる。
「天地万物灰塵と帰せ!王龍式ファイナル・クラック・ダウン――」
 小さく飛び上がり、今まで見たこともないような巨大な火球を口に蓄える。
「絶帝征始炎【聖道】!」
 放たれた蒼黒い火球は着弾と同時に一気に収縮し、一瞬、音が消える。次の瞬間、筆舌に尽くしがたい驚異的な破壊力の爆発、そして天涯まで届くような火柱が昇る。ダインスレイヴは悠長に着地し、ストレッチするように体の各部を動かす。
「是非もなし」
 螺旋を描く火柱が消える。
「ぐうっ……」
 全身から煙を上げつつ片膝をついていたのは、先の攻撃の直前に割り込んできた王龍エルキュールだった。
「誰かと思えば……人成についた外様の王龍ではないか」
 壊れかけの体を持ち上げ、エルキュールが立ち上がる。その背後で一行は立て直しており、飛んでいったアストラムとエストをオヴェリアが連れ戻していた。
「容赦のなさは相変わらずだな、おんしは……」
「ユウェルから手酷くやられた割には復帰が早いな、エルキュール。サマエルやセト、アーリマンと同じくニヒロの手駒に堕ちてから、より人間に寄ったか?」
「私は自分のことをニヒロの手勢だと思ったことはない。それはおんしとて同じだろう。自分をアルヴァナの駒だとは思っていないはずだ」
「同感だな。まぁ、この際そんなことはどうでもいい。問題は、なぜ貴様が特異点を庇ったかと言うことだ」
「それももうわかっているはずだ。原初三龍は、いずれも特異点を狙っている。ニヒロも同様にな。ニヒロの命令を果たすのがエミリア、オヴェリアの目的だ。ならば、私がそれを果たさぬ理由はない」
「よかろう。ならば貴様もそこの人成も、特異点たちと共に無の無へ叩き込んでくれるわ」
 ダインスレイヴが左翼で合図すると、急降下してきたフルンティングが一列に並び、一斉に突進する。更にドラムマガジンのように整列して突撃、おまけに一行の頭上からも特攻を仕掛けてくる。
「お姉さま!」
 オヴェリアの声に応えるように、エミリアが階段から現れる。
「わかってる」
 左手を天に掲げ、血の雨を放つ。マチェーテを掌に突き刺し、レバーのように引き下ろして大量に出血させ、飛んでくるフルンティングの全ての編隊に合わせるように器用に血を飛ばす。エルキュールは槍から光線を放ち、ダインスレイヴは右翼を振り抜いて弾き返し、身を翻して蒼炎の竜巻を再び飛ばす。その翻したたった一瞬を目掛けて、アストラムが猛烈な勢いで突進し、ダインスレイヴの首許に双頭斧の総力を賭けた一撃を叩き込む。遂に彼の表皮を貫通し、双頭斧の刃が刺さる。が、放たれたシフルの波動で再びアストラムが双頭斧もろとも吹き飛ばされ、今度は着地して堪える。
 傷口はすぐに塞がるが、ダインスレイヴは放つ雰囲気が少々変化していた。
「余に傷を付けるか……ならば……」
 ダインスレイヴは目を見開き、明確な怒気と殺意を顕現する。
「我が総力を以て、塵も残さず消し去ってくれるわ!」
 天を仰ぎ吼えると、フルンティングがダインスレイヴ目掛けて火炎を放つ。彼の体が火炎に包まれ見えなくなると、シフルの粒子となったフルンティングが吸収され、ダインスレイヴは黄金に煌めく炎に覆われる。
「光栄に思うがいい、特異点。かつて人間の身でありながら、天に摩するほど羽ばたきしものよ。天より輝く余の手にて、貴様の因果は全て潰えるのだ」
 唐突に飛び立ち、風の塊ではなく、金色の熱波が飛んでくる。間髪入れずにもう一発、止めに倍以上の破壊力を蓄えた三発目が放たれる。血の壁と鎖の壁がそれを受け止め、エストが竜化して飛び、金の塵を帯びた突風を放つ。ダインスレイヴは先に放った王龍式と同威力の火球を再び、そして連続して放つ。
「(アーシャ、無理する準備はいいな?)」
『もちろんですよ、相棒ッ!』
 レイヴンが前に出て、渾身の力で火球を押し潰し、無力化する。その影からヴィルが槍を投げ、レメディが飛び乗る。槍は無明の闇を噴出して加速し、ダインスレイヴは右翼を振り抜いて突風を起こし、翻って竜巻を放ち、更に中空から火球を連打する。不知火が邪眼を見開き、レメディに肉薄せんとする竜巻を僅かに逸らす。火球はアミシスの張った水の壁に打ち消され、最接近したレメディが竜化しつつ長剣の強烈な一閃をダインスレイヴの鼻先目掛けて振る。ダインスレイヴの全身から湧き出る恐ろしいまでの闘気が長剣を阻み、両者はしばし目前で見つめ合う。
「貴様から感じる死の匂いと、圧倒的なまでに堅い決意……それが貴様を人の道から外したとな」
「……!」
「言葉を発さずとも伝わるこの覇気……なるほど確かに、言葉も要らぬほどに澄んだ魂、それがアルヴァナに成り代わるものには必要か」
 ダインスレイヴが力むと、閃剣は吹き飛ばされる。彼が受け身を取ると、ダインスレイヴは続ける。
「気が変わった。特異点、貴様が現状のシステムさえ破壊すれば、余の治世を拓く機会も充分にあるだろう」
 彼の体が、最初の状態に戻る。
「元より、ゴールデン・エイジなど何の価値もない集まりよ。所詮はアレクセイの自己満足、ユウェルが目先の餌に釣られただけの下らぬお遊戯に過ぎない」
 閃剣も元のレメディの姿に戻る。
「貴様自身の力はたかが知れているが……一応は期待しておくぞ、特異点」
 ダインスレイヴは背を向ける。
「余はこの戦いから降りる。冷めた、飽きた、詰まらぬ」
 彼は飛び立ち、そのまま彼方へと消えていった。
「ふぅ……すみません助かりました」
 レメディは振り返りながらエミリアたちへ言葉を投げる。エミリアはむすっとしていたためか、ボロボロのエルキュールを抱えたオヴェリアが笑顔で返す。
「お気になさらず。私たちもこちらの事情で助けただけですので。機会があれば、またお助けしたり、もしくは戦ったり、したりするかもしれませんね」
 背後に現れた一角獣に、二人は乗る。
「では、また」
 一角獣は広場から飛び出し、パラミナ方面へ走り去った。
 と、一息ついたレメディを、エストが駆け寄って抱き締める。
「ちょ、エストエンデさん?」
「無事でよかった……ダインスレイヴがあそこで満足してくれなきゃ、みんなここで死んでたから……」
 涙声のエストを優しく離し、レメディは目を見て口を開く。
「大丈夫です。流石に今回は僕だけの力でどうにかなったわけじゃありませんから、そんなに偉そうなことは言えませんけど……こんなところで終わるなんてことは、絶対に僕は許容できませんからね」
 レメディはエストの肩から手を離し、正面へ向き直る。
「さあ、先へ進みましょう。僕はこのもっと先に用がありますから」
 躊躇なく進んでいくレメディを呼び止めようとして、エストは右手を伸ばすのを止めた。
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