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三千世界・黄金(12)

第六話「小火」

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 パラミナ首都 ムラダーラ
 レメディたちが辿り着くと、囲む城壁が崩れ落ちており、いくつもの氷山が生成され、街全体が凍りついていた。中央の道を一行は進み、階段を上がる。
 階段を登りきると、眼前に構えていたはずの神殿紛いの巨大建造物が倒壊しており、その前にユウェルが立っていた。
「来たか。だが……」
 ユウェルはレメディとヴィルを交互に見て、ため息をつく。
「貴様たちからは、俺を倒せるほどの脅威を感じないな。死にたいのなら、俺は構わんが」
 レメディは少し眉間に皺を寄せ、言葉を返す。
「だったら、僕たちを鍛えてください」
 ユウェルは少々面食らって、ピクリと頭を動かす。
「なるほどな。確かに、魔人との戦いで急激に成長した貴様らのことを考えれば、俺と一度打ち合うだけでも相当強くなるかもしれんな」
「あなたの望みが何なのか、僕たちはわかりませんけど……僕たちの望みを、あなたは知っている」
「バロンになる、か……」
 ユウェルは剣の柄に左手を乗せる。纏う雰囲気が、僅かに張りつめる。
「貴様は純粋に、そうなりたいと願っているだけなのだろうな」
「……。それってどういう……」
「よく聞け。誰かになりたいと願うのは勝手だ。だが決して、目指した存在になることなどできない。どこまで行こうと、自分は自分だ。盲目のごとく、バロンを目指すのも構わん。だが貴様はバロンにはなれない。強さという物差しで、並ぶか上回れるだけだ」
「ユウェルさん……」
「ふん。説教臭くなったか」
 ユウェルは抜刀する。
「いいだろう。特異点たる力、外から察するだけでは真に測れまい。貴様たちが、この世界を越え、最後の戦いに挑むだけの力があるか、ここで試してやる」
 それに応え、レメディとヴィルが得物を抜く。ユウェルが左手で一行を指差す。
「後ろの者共も、俺と戦いたいのなら構わんぞ。何人でも相手をしてやろう」
 エストとアミシスが躊躇し、ロータとレイヴン、アーシャは佇む。そして、不知火とアストラムがレメディたちに並ぶ。
「王龍とまともに打ち合う機会なんてそうそうねえ。俺が相手だ」
「俺も同意見だ。ユウェル・ニストルモ……王龍の大御所ともなれば、余計にな」
 ユウェルがその二人へ反応を示す。
「若いな、貴様たちも。いや、そこの隷王龍以外は全員若造だが……貴様らは特に、積み重ねた経験が少ないらしい。執念が少ないからこそ、将来の展望を期待できる……か」
 一人で勝手に納得していると、アストラムが双頭斧を向けてがなる。
「てめえ一人で会話を終わらしてんじゃねえよ。さっさと来やがれ」
「いいだろう」
 ユウェルのほんの僅かな挙動から殺意を察し、アストラムが構えて前に出る。次の瞬間にはユウェルが眼前におり、冷気を纏った一閃から、怒涛の斬撃を重ねる。アストラムは最初の一撃を弾き返し、斬撃をまともに食らいつつ突っ込む。左手で掴みかかり、ユウェルが更に後退したところに前に回り、踵落としを放つ。躱されるのを見越し、下ろした左足を鋭く振り上げ、右足で薙ぎつつ畳み、姿勢を元に戻して双頭斧を振り下ろす。ユウェルが体を捻りながら後ろに飛び退くと、空中で邪眼を開いた不知火と会敵する。空中で剣を逆手に持ち替えて、刀を火花を散らす。背後に気配を感じたユウェルは、背から冷気を放ち、不知火を受け流し、その背を押して地面へ向かわせる。読み通り背後からヴィルが迫ってきており、押された不知火が突然現れたことで大きく怯み、槍を無理に背ける。ユウェルは追撃に飛んできたアストラムを三度――順手、逆手、順手――の斬撃で軽く往なし、地上のレメディ目掛けて剣を投げる。そして両手に冷気を蓄え、十字に振り抜いて不知火とヴィルを狙う。
 空中への突進の勢いが止まらなかったヴィルは、冷気に対し仕方なく穂先から無明の闇を放って迎え撃つ。が、無理に槍を振り返したせいで完全に勢いが死に、闇が冷気を受け止めた反動で地面に叩きつけられる。
 ユウェルは着地し、剣を手元に戻す。四人はそれぞれ立て直し、仕切り直す。
「悪くない動きだが、読みが甘いな」
 アストラムが双頭斧を一回転させて構え直し、急接近して振り下ろす。ユウェルは難なく剣で受け止める。彼は瞬時に逆手に構えて双頭斧の刃を片方折り取り、順手に戻して彼女の腹を貫く。
「星の赤子、貴様も特異点に負けず劣らずの異物だな」
「チッ、てめえに遅れを取るなんざ……!」
 二人が競り合っていると、そこへレメディが鋭く飛び込みつつ刺突を放つ。ユウェルは左手の指二本で切っ先を受け止める。
「特異点、貴様は正に、特異な存在だ。常人ならば、理外の力に自分の人生をねじ曲げられれば、憤慨し、失望し、そして魔人との戦いで死んでいくはずだ。だが貴様は違う」
 ユウェルは剣を手放し、抵抗するアストラムを右手から波動を放って吹き飛ばす。そして摘まんでいた長剣を握る。
「人間は非力だ。憧れだけでバロンになれるほど出来てはいない。貴様は恐ろしい。俺たち王龍としてさえ、貴様は全て作り替えるほどの可能性を秘めている」
 レメディは腕を曲げ、長剣に込める力を強める。
「そろそろ貴様も感付いているんじゃないのか。自分がなぜ、特異点と呼ばれるのか。貴様の会う超常の存在の誰も彼もが、貴様を評価し、煽ててまで引きずり回しているのかを」
「僕は……」
「人ならざるもの。されどヒトではなく、神でも、獣でも、竜でもない。貴様は理外に辿り着ける。それが、どういう意味を持つのかを」
 レメディは長剣を引き戻し、飛び退く。アストラムが引き抜き捨てた剣を、ユウェルは手元に戻す。
「僕は――」
 彼が言葉を返そうとした瞬間、空の、雲の上から声が響き、雲を切り裂いて光が射し込む。
「特異点よ、人ならざる悪魔よ」
 光の最中より現れたのは、槍を持ち黄金の鎧に身を包んだ、厳格な男性型の天使だった。
「ミカエル……」
 ユウェルが呟くと、天使《ミカエル》がそちらを向く。
「特異点を唆し、あまつさえ人より落とした愚かな竜よ。今ここで特異点を葬れば、主はお前の罪を許すだろう」
「まだそんな世迷い言をほざくか。下等生物未満のスクラップ風情が」
 罵倒に対しミカエルは失望の吐息をしつつ、地上に降り立つ。
「特異点よ。我らの忠告を無視し、ここまで来たか。だが、今ならまだ間に合う。この行いを止め、我らに粛清されるのだ。そうすれば、煉獄で罪を灌ぐことも出来よう」
 レメディは特異な反応を返すでもなく、明らかに淡白なまま返す。
「独り善がりだと言うことに気付けないって、虚しいですね」
「何だと」
「僕は、自分のやっていることが正しいと信じています。この道が、僕と、ヴィルだけに意味がある行いだと言うことも。理解して、覚悟して、他人を切り捨ててここにいる。あなたたちのように、正しさの根拠を……他人には求めない」
「愚かな。主は唯一絶対、全てを知っておられると言うのに」
「だったらどうして、僕が特異点ってわかる前に僕を止めたりしなかったんですか。結局後手に回っている現状を鑑みるに、ただその主って存在を買い被っているだけじゃないですか」
 ミカエルは返す言葉がないのか、不機嫌なのを隠さずに狼狽える。その様に、横からユウェルが口を出す。
「滑稽だな、ミカエル。貴様は所詮、そう動くようにニヒロにプログラムされた、天使《せいひん》に過ぎない。感情を自ら放棄したコンピューターごときでは、己が正しいと認めることも出来ないか」
「おのれ……!」
 ミカエルが槍を振るうと、地面を光の刃が走る。ユウェルは鬱陶しそうに左手を軽く振るだけでそれを打ち消す。
「わからんか?自分で自分を貶め続けていることに。力無き他者に頼ることが、どれだけ無意味かを、まだ理解していないとはな」
「どこまで主《しゅ》を愚弄する気だ!」
「貴様の主《あるじ》はニヒロだ。人間が現実逃避と思考停止のために作った猿山の王ではない。俺は貴様を愚弄している。愚かしい、貴様をな」
 平生を保てぬほど怒りに飲まれたのか、ミカエルが唸りながらユウェルへ攻撃する。しかし、放たれた槍の刺突は、穂先が触れることすらなく無力化され、槍がひしゃげる。
「……」
 ユウェルは左手から強烈な冷気を撃ち放ち、それだけでミカエルは消し炭になった。ユウェルはレメディへ向く。
「見事な議論だった。貴様の意志は、評価に値するな。特異点、貴様の成長を楽しみにしておこう」
 彼はマントを翻しつつ、踵を返す。間も無く消え、レメディたちは武器を納める。
「ったく、軽くあしらわれただけか」
 アストラムが双頭斧を再生させつつぼやく。
「たった一瞬の攻防ではあったが、あれが王龍の実力か」
 不知火が続き、ヴィルが頷く。
「余裕って感じだったもンな」
 レメディが会話を引き取る。
「でも僕たちは進むだけだ。あの人を倒さねば進めないのなら……倒すまで」
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