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三千世界・黄金(12)
プロローグ「黄金期の始まり」
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※この物語はフィクションです。作中の人物、団体は実在の人物、団体と一切関係なく、また法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
終わりが近づくにつれて、私にはあるはずのない心臓が、早鐘を打つような感覚になる。
彼が特異点になったのが些細な出来事からであるように、私が心を見つけたのも、たった一人の人間の死という些細な問題からであると、常々思うものだ。
ああすまない。次は各々の郷愁に身を委ね……己の黄金時代を求めた彼らの話をしよう。
WorldB・古代の城
パラミナの広大な砂漠を灰色の蝶が舞い、一人の白騎士が黄昏ていた。
「姫……」
燦然と輝く太陽に手を伸ばしながら、思わず口から言葉が漏れる。フルフェイスの兜を装着しているために表情まではわからないが、声色だけでも、それが彼にとってどれだけ価値ある存在だったかを物語っている。
「ここに居たか、ユウェル」
背後から彼に声をかけたのは、豪奢な鎧に身を包んだ竜人、アレクセイだった。
「そちらこそ、DAAの調子を見ていると思っていたが」
ユウェルは一切身じろぎせず、空を眺め続ける。
「調整は終わった。あとは、空の器が首尾よく特異点をこの世界に送り込むのを待つのみよ」
「ゴールデン・エイジ……貴様はアルヴァナのために動いているかもしれんが、俺は姫のためにここに居る」
「わかっている。汝が彼のことを、その身に代えても守り抜きたかったことを。そして、バロンと添い遂げさせたかったことも」
「人は余りに脆く、儚い。だからこそ、俺は姫を死なせたくはなかった」
「そちらはわからぬな。我は己の国のために、人を贄とした立場である故に」
「思想も立場もそれぞれで構わんだろう。王龍も、ゴールデン・エイジも、人も。一枚岩な者など居はしない」
ユウェルは振り向き、アレクセイを見る。
「俺は、ここで私情を通すことのリスクをよくわかっているつもりだ。アルヴァナを葬ることで生まれた空位を、我先にと奪い合わんとするのが、王龍の常道よ。だが原初三龍がそれぞれの世界を望まんとしている状況で、一介の王龍が挑んだところで勝ち目はない。ならばここで特異点を討ち、姫を蘇らせる」
「アルヴァナ派の王龍や魔人は、汝を厄介だとは思っても憎んだりはせぬだろう。ユグドラシル派と、ボーラス派もまた然りだが……ニヒロ派の王龍や、ニヒロ本人は迷いなく汝を潰しに来るだろう」
「そうだ。俺はそれを理解している。だが、それでも姫をバロンの下へ行かせるくらいのことは出来るはずだ」
アレクセイは一瞬の間を置いて、反応を返す。
「我は肯定も否定もせぬ。汝がもし特異点を葬ったなら、聖上にそう報告するだけだ」
「感謝する、アレクセイ」
会話が終わると、そこに菱形のパネルで象られた竜人――アルメールと、金と黒、赤で彩られた正統派の大型四足竜が合流する。
「やあロマノフ、ニストルモ。いつもの堅苦しい顔だねえ、二人とも?」
アルメールが癇に触る口調でそう告げ、横に立つ大型竜は揺らめく炎のような翼膜の一対の翼を伸ばす。
「余がこのような肥溜めの下民風情と同列に語られるとは、不愉快で仕方ないが」
急に詰られたアルメールは、普段通り飄々と返す。
「確かにゴールデン・エイジの中じゃ俺だけ王龍じゃない……どころか、竜でも獣でもない。ただの人成《ひとなり》だが……ずっとこの姿になってられる時点で、竜に半分足を踏み入れていると思うんだが。なぁ、ダインスレイヴ?」
大型竜――ダインスレイヴは、射殺すようにアルメールを見下す。
「ふん。実力主義のニヒロが気に入りそうな男だ。まあいい。貴様の詐術と虚言を使った弁論能力は評価しているところだからな」
ダインスレイヴはアレクセイへ視線を向ける。
「空の器の女から連絡があった。特異点はこちらの世界に向かっている最中だ。言うまでも無かろうが、全員、武装や人員の点検を怠るなよ」
そう言い残すと、彼は猛烈な速度で飛び去っていった。
「もしかしたら、向こうの察しがいいやつ……例えばラータとかなら、俺たちが何をしようとしているのか早々にバレそうだが」
「特に不利益はあるまい。寧ろ俺たちが成さねばならないことを考えれば、早々に察し、目的意識を持ってもらった方が都合がいい」
ユウェルが返すと、アルメールは笑う。
「それは、俺たちにとって、かい?それとも、君にとって、かな?」
「貴様にとって、だ」
「返し方が随分と上手くなったね、ユウェル。初めて会ったときとは大違いだ」
「貴様もな、アルメール。なんとも言い難いが……憑き物が落ちたか?匂いが落ち着いている」
「あれ、俺そんなに臭かったか?香水には気をつけてるつもりなんだがなぁ……」
「まあ、俺の買い被りだったかもしれんな」
ユウェルはマントを翻し、立ち去る。
「ロマノフ、久々の出番はどうだい?」
「汝こそ、もはや目的もなくどこへ彷徨うつもりだ?汝が追い続けた独裁者は、輪廻の輪から外れ、無に還った。己の手でエメルの妹をも殺し、汝が言う、美しさは、まだこの世にあるのか?」
「フフフ……流石にそれは、如何に莫逆の友たる君にも教えられないなぁ」
「戯言を。汝が何を考え、何を目的としていようと、我は咎めるつもりはない。例えこの計画の失敗を画策していたとしても構わん」
アレクセイは立ち去る。一人残ったアルメールは困ったように肩を竦める。
「急に優しくされるとコロッと堕ちちゃうなぁ……なんてね。君の言うとおり、好きにさせてもらうよ。そのための、ゴールデン・エイジだろ?」
間も無く、ニブルヘイムの空に大穴が空いた。
終わりが近づくにつれて、私にはあるはずのない心臓が、早鐘を打つような感覚になる。
彼が特異点になったのが些細な出来事からであるように、私が心を見つけたのも、たった一人の人間の死という些細な問題からであると、常々思うものだ。
ああすまない。次は各々の郷愁に身を委ね……己の黄金時代を求めた彼らの話をしよう。
WorldB・古代の城
パラミナの広大な砂漠を灰色の蝶が舞い、一人の白騎士が黄昏ていた。
「姫……」
燦然と輝く太陽に手を伸ばしながら、思わず口から言葉が漏れる。フルフェイスの兜を装着しているために表情まではわからないが、声色だけでも、それが彼にとってどれだけ価値ある存在だったかを物語っている。
「ここに居たか、ユウェル」
背後から彼に声をかけたのは、豪奢な鎧に身を包んだ竜人、アレクセイだった。
「そちらこそ、DAAの調子を見ていると思っていたが」
ユウェルは一切身じろぎせず、空を眺め続ける。
「調整は終わった。あとは、空の器が首尾よく特異点をこの世界に送り込むのを待つのみよ」
「ゴールデン・エイジ……貴様はアルヴァナのために動いているかもしれんが、俺は姫のためにここに居る」
「わかっている。汝が彼のことを、その身に代えても守り抜きたかったことを。そして、バロンと添い遂げさせたかったことも」
「人は余りに脆く、儚い。だからこそ、俺は姫を死なせたくはなかった」
「そちらはわからぬな。我は己の国のために、人を贄とした立場である故に」
「思想も立場もそれぞれで構わんだろう。王龍も、ゴールデン・エイジも、人も。一枚岩な者など居はしない」
ユウェルは振り向き、アレクセイを見る。
「俺は、ここで私情を通すことのリスクをよくわかっているつもりだ。アルヴァナを葬ることで生まれた空位を、我先にと奪い合わんとするのが、王龍の常道よ。だが原初三龍がそれぞれの世界を望まんとしている状況で、一介の王龍が挑んだところで勝ち目はない。ならばここで特異点を討ち、姫を蘇らせる」
「アルヴァナ派の王龍や魔人は、汝を厄介だとは思っても憎んだりはせぬだろう。ユグドラシル派と、ボーラス派もまた然りだが……ニヒロ派の王龍や、ニヒロ本人は迷いなく汝を潰しに来るだろう」
「そうだ。俺はそれを理解している。だが、それでも姫をバロンの下へ行かせるくらいのことは出来るはずだ」
アレクセイは一瞬の間を置いて、反応を返す。
「我は肯定も否定もせぬ。汝がもし特異点を葬ったなら、聖上にそう報告するだけだ」
「感謝する、アレクセイ」
会話が終わると、そこに菱形のパネルで象られた竜人――アルメールと、金と黒、赤で彩られた正統派の大型四足竜が合流する。
「やあロマノフ、ニストルモ。いつもの堅苦しい顔だねえ、二人とも?」
アルメールが癇に触る口調でそう告げ、横に立つ大型竜は揺らめく炎のような翼膜の一対の翼を伸ばす。
「余がこのような肥溜めの下民風情と同列に語られるとは、不愉快で仕方ないが」
急に詰られたアルメールは、普段通り飄々と返す。
「確かにゴールデン・エイジの中じゃ俺だけ王龍じゃない……どころか、竜でも獣でもない。ただの人成《ひとなり》だが……ずっとこの姿になってられる時点で、竜に半分足を踏み入れていると思うんだが。なぁ、ダインスレイヴ?」
大型竜――ダインスレイヴは、射殺すようにアルメールを見下す。
「ふん。実力主義のニヒロが気に入りそうな男だ。まあいい。貴様の詐術と虚言を使った弁論能力は評価しているところだからな」
ダインスレイヴはアレクセイへ視線を向ける。
「空の器の女から連絡があった。特異点はこちらの世界に向かっている最中だ。言うまでも無かろうが、全員、武装や人員の点検を怠るなよ」
そう言い残すと、彼は猛烈な速度で飛び去っていった。
「もしかしたら、向こうの察しがいいやつ……例えばラータとかなら、俺たちが何をしようとしているのか早々にバレそうだが」
「特に不利益はあるまい。寧ろ俺たちが成さねばならないことを考えれば、早々に察し、目的意識を持ってもらった方が都合がいい」
ユウェルが返すと、アルメールは笑う。
「それは、俺たちにとって、かい?それとも、君にとって、かな?」
「貴様にとって、だ」
「返し方が随分と上手くなったね、ユウェル。初めて会ったときとは大違いだ」
「貴様もな、アルメール。なんとも言い難いが……憑き物が落ちたか?匂いが落ち着いている」
「あれ、俺そんなに臭かったか?香水には気をつけてるつもりなんだがなぁ……」
「まあ、俺の買い被りだったかもしれんな」
ユウェルはマントを翻し、立ち去る。
「ロマノフ、久々の出番はどうだい?」
「汝こそ、もはや目的もなくどこへ彷徨うつもりだ?汝が追い続けた独裁者は、輪廻の輪から外れ、無に還った。己の手でエメルの妹をも殺し、汝が言う、美しさは、まだこの世にあるのか?」
「フフフ……流石にそれは、如何に莫逆の友たる君にも教えられないなぁ」
「戯言を。汝が何を考え、何を目的としていようと、我は咎めるつもりはない。例えこの計画の失敗を画策していたとしても構わん」
アレクセイは立ち去る。一人残ったアルメールは困ったように肩を竦める。
「急に優しくされるとコロッと堕ちちゃうなぁ……なんてね。君の言うとおり、好きにさせてもらうよ。そのための、ゴールデン・エイジだろ?」
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