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三千世界・黎明(11)

第四話「揺らめく漁火、洞海仰ぎ見て」

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 政府首都アルマ
 ドランゴとここはモノレールで繋がっており、一行はそれを利用して街中へ到着する。遠くに見える巨大な四本の塔が異様な雰囲気を放つ近未来的な街並みは、イ・ファロイのそれとは違う方向での技術力の高さを物語っている。ドランゴとは異なり、人々は通常通りの日々を送っているようで、地上の道路を、ビルの谷間の空を、せわしなく自動車が行き交う。もちろん、歩道には夥しいほどの人々が、各々の目的のために歩き回っている。
「ええっと……」
 その情報量の多さに、レメディは困惑する。駅前から見えるそれらの光景が、アメンネス、ドランゴとは大きく異なり、平常通りだったからか。
「驚くのも無理はねえな。なんでこんな違いがあるンすか、アストラムさん」
 ヴィルがレメディの反応に納得しつつ、アストラムへ話題を振る。
「んー、ドランゴの方は四騎士と四大天使が来るから一般人に見せられなかったんじゃねえの。ほら、今までも散々言われてきたろ、魔人の放つ死の臭いに、常人は耐えられないんだよ」
「でも今からシラヌイと戦うっすよね?ロータさんはどう思うっすか?」
 ヴィルがロータにも会話を振るが、ロータは返答しない。
「ロータさん?」
 再び尋ねられて、そこでロータは初めて反応する。
「なに」
「いや、なんでここが通常運行なンすかね、って話っすよ」
「ああ、それね。実は、ついさっき兄様から連絡があった」
 話を聞いていたレメディも、ロータの方へ向き直る。
「センセーから?」
 確認するようにヴィルが問うと、彼女は頷く。
「ここ1ヶ月ほどの物流、人流を兄様とアーシャが洗っていたらしいけど、あなたたちが特異点として目覚めてから……つまりこの1週間の間に、人も物も平時以上にここへ集中するように根回しがされていた。今のこの人の多さは、通常時でも混むのを知っていても異常だし、調べた通りのことが起きている」
「でもなんでそんなことするンすかね」
「あなたたちはシフル工学に詳しくないから、あんまり言うのもなんだけど、次元門は知ってる?」
 ヴィルがレメディの顔を見る。レメディは笑みを返し、ロータへ向く。
「僕は知ってます。宇宙外輪より向こうを埋め尽くす、シフルエネルギーの激流ですよね」
「その通り。普通、個々の宇宙――世界とも言い替えられるけど――は、互いに干渉し合うことはない。メビウス固定因果論や時間統合論を知っていればわかると思うけどね。世界の内側から次元門を作り、ぶち抜くには……相当量のシフルエネルギーが要る。メガデスでは足りないほどの、凄まじく多量のね」
「まさか――」
 合点がいったレメディは驚愕する。
「この世界の人々や物資を一点集中させて、次元門を……!」
「私の予測ではね。まあ……あなたたちが進み続けるなら、何が起きても全力で乗り越えてもらうだけだから、そこまで気にしなくてもいいけど」
「まあそうですけど……自分でバロンさんを目指すって言っておいて何ですけど、話のスケールがすごいですね……」
「私たちとしても、今回ばかりは流石に大事《おおごと》だけどね」
 会話が煮詰まったところに、更にエストが加わる。
「僭越ながら意見させていただきますと、たとい超越世界最大の都市にあらゆる物資を――いや、この世界全てをエネルギーに変換しても、始源世界への次元門を抉じ開けるには力不足だと思いますね」
 ロータがその言葉を興味深そうに聞く。
「始源世界から来た隷王龍が言ってると考えると、中々面白い話」
「そうでしょう?新生世界での事例を元に考えれば、近場にある位相の近い世界に移動するのが限度だと」
「近場の世界……」
 議論に突入しそうな空気になったところで、アストラムが割って入る。
「待てよおばさん。これから起きることをあーだこーだ考察してもしゃあねえだろ。話はシラヌイと戦ってからだ」
 エストとロータは見合い、共にレメディたちの方を向く。
「ごめんね、レメディ君。お姉さんちょっと熱くなっちゃった」
「行こう」
 レメディは頷く。
「行きましょう、シラヌイのところに」
 一行が前を向くと、正面から人混みを抜けて鎧姿の明人とアリアが現れる。街中では明らかに異常な格好のために、流石に人通りが止まって野次馬が集まってくる。
「特異点、行くぞ。今回は闘技場では戦わない」
「私たちが案内するのですよ」
 二人がそう告げて踵を返す。野次馬は道を開け、レメディたちは明人についていく。

 政府首都アルマ 行政都庁
 ガラスの大きな自動ドアを抜けると、複数のシャンデリアが照らすロビーへ出る。行政の建造物としてはあり得ないほど絢爛な内装にレメディとヴィルは息を飲む。明人とアリアは淡々と道を急ぎ、エレベーターホールに向かう。六基のエレベーターの内、右の一番手前のものを、メランが確保していた。
「お待ちしておりました、器様」
 メランの言葉に明人は無言で返し、エレベーターに乗り込む。レメディたちも続き、最後にメランが乗ってボタンを操作する。
「明人さんは魔人の中でも、僕たちに積極的に関わってきますよね」
 上昇Gがかかり始め、レメディは明人へ話しかける。
「それがどうかしたんか」
「いえ、ちょっと気になって。今回の旅――って言っていいのか疑問ですけど、一番関わりが長い人があなたなので」
「今回の件に関わる魔人が何をやりたいかくらいわかるやろ。お前のサポートだよ」
「他の魔人と違って人間の見た目を維持してるので、他の理由があるのかと」
「それは――」
 明人が答えようとすると、アリアが割り込む。
「それはたっくさん子供を作らなきゃダメだからなのですよ」
「はい?」
 レメディが理解できないというように返すと、メランが続く。
「器様は次代の命を育むために動いていますから」
 余計理解できなかったが、とりあえずレメディはそれで納得する。
「……。はぁ」
 明人が深いため息をつくと同時に、エレベーターが到着する。明人に従って進むと、自動ドアを抜けて外に出る。

 行政都庁・中腹連結エリア
 そこは、四つの行政塔を連結する、白と灰で覆われた区画だった。鏡の如く己の色が薄まった装飾に、空の青が反射する。前方に聳える最も巨大な行政塔の前に、忍装束に身を包んだ竜人が立っていた。
「シラヌイ……!」
 レメディが長剣の柄に手を添えつつ前に出る。
「……」
 腕を組み、両目を伏せて佇んでいた不知火は、右目を開く。
「まさか、お前が特異点だったとはな」
 レメディは確かめるように呼吸と共に柄を握り直す。
「あなたに殺されかけたお陰で、僕は自分の夢を叶える手がかりを手に入れました。始まりだったあなたをここで倒し、僕は、道を進み続けます」
「夢、か……俺もかつては、夢を抱いていた。己の失った人生を取り戻すという、夢をな。だが……頼った神は竜であり、他の大きな陰謀の一部でしかなかった」
 不知火も刀に手をかける。
「夢は壮大であればあるほど、寧ろ叶えやすいものだ。矮小で、仄かなものほど、守れずに失う。……全てを失う覚悟でここまで来たお前には、関係ないだろうが」
「もちろん……僕は必ず成し遂げる、覚悟があります」
「シフルの扱い方も知らん時に俺の邪眼に抵抗する……それ自体が、お前の覚悟の深さ。恐ろしいほどだ」
 互いに得物を抜き放ち、構える。
「この世に在るということは、永遠に不自由であるということだ」
 不知火が踏み込む。その姿が見えるより先に刀が届くが、レメディは難なく受け流す。更に凄まじい速度で逆手に持ち替え、首を狙う。不知火は避けようとはせず、逆に左胸を狙って刀を放つ。レメディは右手の角度を外につけてバックステップし、長剣の鍔で刀を絡めて逸らし、順手に持ち替えて刺突を放つ。不知火はまたも視界に捉えられぬほどの高速で挙動し、その背後を取る。が、不知火は彼の無防備な背中を切り捌かんと構えた瞬間に何かを察して飛び退く。同時に、そこへ頭上から大量の幻影の剣が降り注ぐ。一瞬気を取られたのをレメディは察し、産み出した魔力を足場に急速反転し、両手で長剣を構え、ミサイルのように平行にブッ飛んで不知火の刀と激突する。
「未だに信じられんな、お前が特異点だったとは……」
「僕だってそうですよ。この場に立って、あなたと決着をつけるところまで来たことが……!」
 レメディが弾き返され、着地する。
「シラヌイ。いくらあなたの速さでも、邪眼無しに僕を倒すことはできない」
「そのようだな」
 不知火は左手を閉じていた左目に添え、離すと同時に見開く。深い青の光が放たれ、レメディは自分の体が若干重くなるのを感じる。不知火は顔をしかめる。
「なるほどな。前も常人にしてはかなり抵抗してくるとは思ったが……既に半分以上、人間を止めていると言ったところか」
「邪眼を通して……あなたの記憶と気持ちがわかります。奪われた場所を取り戻したのに、友と生き別れ、二度も全てを失ったことを」
「お前に何がわかる。そう言う戯れ言を抜かしてみたいものだが」
「あなたも僕が見えているんでしょう」
「ああ――俺のように戦国の世に生きた人間には思いもつかぬ、平和で平坦な人生だな」
「それでも僕はここにいる」
 不知火が呆れたように笑う。
「どんな境遇で苦しみ、どんな理想を描くか――長い戦乱も、長い平和も、どちらも毒でしかないと言うことだな……」
 二人はまた構える。不知火は強く踏み込み、最初と同じように超高速で詰める。レメディは同じように防御に入ろうとするが、想像以上に重くなった体に慣れず、ギリギリで致命傷を防ぐだけの防御しか出来ない。レメディがよろけたところに不知火は懐から棒手裏剣を三本打つ。全弾命中し、その内の一本が喉を貫通する。好機と見た不知火は下段から切り上げ、鋭利な尾先でレメディの腹を貫く。返す刃で左肩口に突き立て、そのまま切り落とす。更に身を翻して左手から火薬を撒き散らし、瞬時に踏み込んで刀を振り抜き、着火する。強烈な爆発を至近で食らったレメディは大きく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「だが」
 不知火は油断することなくレメディを見やる。彼は長剣を支えに立ち上がり、左腕を再生させ、傷を全て塞ぐ。
「あなたに勝つことが、僕の人生の本当の始まりなんだ。だから……」
 レメディは長剣で自らの左胸を貫く。
「僕は、まず僕自身を越える!」
 咆哮し、全身からシフルエネルギーが沸き立つ。程無くして閃光に包まれ、凄まじい力がその場に張り詰める。
「大地に満ちる蒼き流れよ。月日の交わる楽園より、我が覚悟を導けッ!竜化《ドラグトランス》!我が名――」
 閃光を打ち破り、青を基調とした中型の四足竜が姿を現す。
「〈閃剣〉!」
 閃剣は腕のごとくなる尾先で、左前足の肩口に佩いた長剣を抜き、構える。
「勝負はまだこれからですよ、シラヌイ!」
 不知火はその姿を見て、笑む。
「ふん……人も竜も、似姿に幻想を抱くのは変わらんらしい。ならば……」
 邪眼から光を放つと、装束が豪奢なものへと変わり、刀は刀身が輝きを纏う。
「全力で行かせて貰うぞ、レメディ!」
 不知火は左手を翳し、そこから大量の霊魂を解き放つ。複雑怪奇な軌道で閃剣を狙うが、閃剣は同じように幻影剣で迎え撃ち、残像を残すほどの気迫で突進する。不知火は突進を食らった瞬間に黒い霧に変わって完全に攻撃を回避し、即座に現れて刀を振るう。閃剣はコンパクトに放たれた二撃を長剣の腹で受け流し、体を前方へ翻して尾を振り抜く。不知火は同じように霧に変化して避け、今度は遠方から刀を突き出して、持ち前の速度を活かして超光速で突撃する。閃剣は迎撃に長剣を突き立て床から光の波を縦に産み出す。しかし不知火は次の瞬間に上空へ移動しており、急降下しつつ鋭く切り込み、更に薙ぐ。二度の強烈な振りは共に防がれるも、薙ぎに呼応して起こった旋風に最初に放った霊魂が舞い戻り、螺旋を描いて遠退く。物理的な衝撃をもたらす霊魂を長剣と幻影剣で打ち消すが、それにて生まれた僅かな硬直を逃さず、不知火は再び火薬を撒く。
「(いや、これは……ッ!)」
 五感が極めて強化された閃剣は、その火薬の微細な一粒一粒に絡み付いた霊魂と猛毒を視界に捉える。更に、不知火が振るう刀が着火しているように見えた一連の動作は、先に火薬が爆裂していることにすら気付く。粒の合間を伝う霊魂が爆発の威力を大きく高め、竜化してさえ怯むほどの衝撃を産み出す。だが閃剣はごく僅かに遅れて届いた刀を強く弾き、霊魂の爆炎の中を突っ切る。思いもよらぬ強打に、完全に体勢を崩して隙を晒した不知火を捉え、刀を持つ右肘窩へ斬撃を与え、そのまま背後へ素早く抜けて肩甲骨から右腕を切り落とし、背から左胸を貫く。
「ぐっ……はぁ……ッ!」
 不知火は流石に悶え、閃剣が長剣を引き抜くと共に崩れ、膝で堪える。閃剣は竜化を解き、不知火の前に立つ。
「僕の……勝ちです」
「そうだな……」
 不知火の装束は普段通りに戻り、左目を閉じる。そして右腕を再生させ、刀を拾い上げ、立ち上がる。
「お前が特異点だということに、もはや疑いはない」
 刀を納め、懐より楔を取り出し、差し出す。
「永遠の楔……お前に託す」
 レメディはそれを受け取り、不知火へはにかむ。
「ありがとうございます、シラヌイ。……さん」
「ふん……何を今さら取って付けたように敬称で呼んでいる。呼び捨てで構わん。それよりも……」
「どうしたんですか」
「いや」
 不知火は明人の方を向く。
「空の器、俺と特異点の戦いが済んだと言うことは」
 明人は頷く。
「レメディ、ここからが正念場だ」
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