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三千世界・黎明(11)
第五話「ハーメルン・メイヘム」
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死都エリファス 福禄宮
響き渡る音楽に誘われるまま、一行は中心部に位置する巨大な宮殿に辿り着く。
「音はここから聞こえてきますけど……」
レメディが正門たる大扉に触れる。朽ちてはいるが、頑強な仕掛けが幾重にも施され、絡み合った装飾が妙な美しさを放つ。
「こういうのは力ずくでぶち破ったれ」
アストラムがパンチで大扉を粉砕し、一行はそのまま進んでいく。内部は大量の血霞が付着し、それが酸化したことで赤黒く染め上げられている。巨大な廊下に反響する調べを辿って、一行は大広間まで辿り着く。天井の中央をから、壁面と床までを覆うアートは、血塗れてはいるが荘厳で壮大な雰囲気を放っていた。
「黄昏に染まる、球状の世界。命運を決したかの最終決戦より、遥かな時が経った」
血霞の向こうから、旋律と共に威厳のある声が貫く。それに伴ってアートにこびりついた血が剥がれ、白い騎士と長い黒髪の和装の女が相対している場面が露になる。
「光に狂いし真人は、縁《よすが》の楽園に果てた。己が焦がれた目映さに飲み込まれ、黄昏の彼方へ潰えた」
そこから辿って血が剥がれ落ち、次は桃色の長髪の女と、大男が朗らかな表情で殺し合う場面となる。
「あれって……」
ヴィルが思わず口走ると、レメディがつられて頷く。
「バロンさん……」
血霞の彼方から現れたのは、赤い派手な衣装に身を包んだ小柄な骸骨だった。
「放蕩と栄光の女王は己の思索の最奥に辿り着き、宙核の手でその本懐を遂げた」
続いて血が剥がれ落ちて、アートは炎の旗槍を持った黒騎士とオーラを纏った大剣を構えた骸骨騎士が向かい合う場面を見せる。
「紅蓮の仇花は……」
「そこまでだ、デイビット」
骸骨《デイビット》が語りを続けようとした時、レメディたちの後ろから声が響く。同時に大広間の血霞が全て払われ、明人とシャトレが現れる。
「余りデリケートな話をするものではないぞ、魔人よ」
二人はレメディたちの間を抜け、デイビットの眼前に立つ。
「ここの楔は俺がやる。あんたは手を引いてくれ」
明人がそう言うと、デイビットは驚くほど素直に演奏を止めて楔を彼に差し出す。
「元々我が身は戦いに向かない。ならば、空の器。生の残り香に包まれた汝がこれを使うが良い」
「恩に着る」
受け取ると、デイビットは現れたのと同じように消え去る。二人は振り返り、レメディたちと相対する。
「戦う定めとやら、随分と早いじゃねえか。生き急いでんのか?」
アストラムが口火を切ると、明人が即答する。
「俺と砂漠で会った時点で予想はついてただろ。シャトレが闘気を隠そうとしないから、後を尾けるの結構苦労したんだぞ」
シャトレがドヤ顔で鼻息を一つし、会話に加わる。
「シラヌイの邪眼を耐えることから始まり、得物の力添えもあれどマタドールとヘルズエンジェル、二体の魔人を破るその実力……妾たちは純粋に興味が湧いた。湧いた……が。この時点で妾たちが特異点たちと打ち合うとならば、星の赤子と天象の鎖が助力するのは必然」
「メラン!」
明人の声に、大広間のシャンデリアに乗っていたメランエンデが答える。
「了解しています、器様!」
立ち上がったメランエンデの手からシフルが放たれ、周囲の雰囲気が変わっていく。
「この感じ……王龍結界か!」
アストラムがいきり立ち、ロータが鎖を放とうとした瞬間、またもどこからか声が響く。
「相変わらず芸も品も無いですね、おばさまは」
メランの結界の展開が妨害され、二つの結界の勢力が拮抗する。次に通路から現れた声の主は、清楚ながらも妙な色香を放つ少女――エストエンデだった。
「ちっ……申し訳ありません器様、計画の変更を」
その姿を捉えたメランは、シャンデリアから飛び降りて明人の傍に立つ。
「仕方ない。シャトレはロータさんたちを、メランはあの女を頼む」
メランは頷き、シフルで産み出した紫の紐をエストに括り付け、そのまま二人は廊下へ飛び出る。シャトレがロータたちの前に立つ。
「悪いが、お前たちの相手は妾じゃ。特異点と主の戦いを邪魔されては困るからのう」
彼女が右手を振り上げると、床を貫いて巨大な闘気が噴出し、ちょうどレメディたちと、明人たちをそれぞれ分断する。
「仕方ない……アストラム、手加減は要らない。さっさと叩き潰すよ」
ロータが腰に下げた本を右手に広げる。
「っしゃあ!強ぇ奴と戦いたくてウズウズしてたんだよ!」
アストラムが双頭斧を構え、いきり立つ。
「ふん、賎しい血の者共め……」
シャトレが静かに力み、次の瞬間、空気が歪むほどの闘気が漏れ出す。二人は全身が総毛立つような感覚を覚え、一歩退く。
「妾の力、とくと味わうがいい」
そして解き放たれた闘気は、絶類なる波動となり、福禄宮の屋根が吹き飛び、辺りの血霞と曇天とを全て蹴散らし、天に昇る。シャトレが拳を構える。沸き上がる闘気が黄金に輝き、彼女の長い前髪をはたたかせて、紫の大きな瞳が狭間に踊る。
「さあ来い。妾と言う生きる歴史に、立ち向かうがよい」
「行くぜ!」
アストラムが待ちきれないとばかりに突っ込み、双頭斧を振るう。シャトレは片手でそれを受け止め、返しに打たれた拳をアストラムは体を捻ってギリギリで躱し、その隙を潰すように四方八方から天象の鎖が放たれる。シャトレは光速で飛び回って鎖を一絡げにして引き千切り、続けて飛んでくる暗黒竜闘気の槍と鋭い鉄片、紫の棘の弾幕を抜け、着地する。そこを鋭く狙ったアストラムの最下段の薙ぎからの蹴り上げ、更に錐揉み回転しつつ上昇からの大振りの一撃と続ける。薙ぎを飛び退き、蹴りを流し、一撃へ拳を差し込もうとするが、不意打ちの拘束を狙った天象の鎖への対処を優先し、双頭斧を弾き返して闘気を放ってアストラムを吹き飛ばす。弾幕の猛攻を潜り抜けながら、吹き飛ばしたアストラムを通り越してロータへ肉薄する。ロータは初撃を本のハードカバーで受け止め、ルータへ交代して続く拳を左前腕で逸らし、口から光の棘を吐き掛け、それがシャトレの纏う闘気に燃やされる。シャトレは構わず拳を次々と叩き込み、ルータの付け入る隙を与えぬように殴り続ける。拳と拳の隙間に、ルータが渾身の力でアッパーを差し込み、床から閃光を解き放ってシャトレをほんの一瞬だけ怯ませ、そこへアストラムが彼女の首に足で組み付き、手で着地して振り回し、放る。シャトレが受け身を取り、二人は呼吸を整える。
「ひいばあちゃん、大丈夫か?」
アストラムが言葉をかけると、ルータは笑う。
「ええ、なんとかね」
二人の視線の先では、シャトレが退屈そうに首を鳴らしていた。
「天象の鎖と星の赤子と言えど、所詮は妾の敵ではないな」
その言葉を遮るように、ルータがロータへ戻る。
「上姉様が得意な相手ではなかっただけのこと。私が単に判断ミスをしただけ」
「じゃが、本気で命を取り合う状況になれば一度のミスが致命傷になる。動きに伴う隙と、読み間違いから来る隙では傷の深さが違うじゃろう」
「そうね……」
ロータはスカートの裾についた埃を払い、深呼吸する。
「アストラム、割と本気で行こう」
「本気で……って、本気でいいのか、おばさん」
ロータの提案にアストラムが若干驚くが、ロータは頷く。
「っしゃあ!っしゃあ!よっしゃよっしゃよっしゃ!そうこなくっちゃあなぁ!」
アストラムが喜び勇んで力むと、彼女の表皮から黒い粘液――コールタールのような独特な液体が滲み出る。彼女の体がそれに飲まれると、マッシブな怪物の姿となる。シャトレを威嚇するように咆哮すると、文字通り怪物と呼ぶべき極悪な牙が現れ、黒色の粘液が飛び散る。
「ぶち殺してやるよ、クソガキがァ!」
変身したアストラムは猛獣のごとく飛びかかり、爪を突き出す。右に避けたシャトレへ超大振りなかち上げを振る。シャトレは僅かに横に逸れて躱す。さほど大きく動かなかったのは後隙の問題もあろうが、既に周囲を天象の鎖に塞がれているのを察していたからだった。防御をそれに任せて、アストラムは乱暴な攻撃を続ける。
――……――……――
廊下へ飛び出たメランとエストは、互いに腹の内を探るように懐疑的な視線を向ける。
「〝お別れ〟をしに来たんですか?」
メランが嫌味ったらしく言葉を発すると、エストが笑む。
「いいえ。私も特異点を追っていただけですよ。そうしたら偶然、おばさまがいた。そういうことです」
「何にせよ、あなたは随分と面倒なタイミングでここに来てくれましたね」
両者は間合いを測りつつ、円を描くように歩む。メランは脇差しに手を掛け、鎺《はばき》を見せる。
「すぐに手を引きなさい。第一、ニヒロ様から達しを受けているのは私だけのはず」
「ニヒロ様はとても貪欲な方。それはおばさまもよく知っているはずですよね?シラヌイの邪眼に耐えた人間が居たと言う報告があった時点で、ニヒロ様に直談判してここに来ているわけです」
「私たちそれぞれに、違う種類のデータを集めよと、そういうことか……」
メランは抜刀する。
「ならばニヒロ様は、あなたがここで死んだとしてもそれを承知のはず。望み通りに殺して差し上げましょう」
放たれた殺気に、エストは思わず笑みを浮かべる。大広間での激戦の影響か、宮殿全体が揺らいで、廊下にも土埃が落ちてくる。
「竜化は出来ない――と勝手に思っていましたが、バンギの娘があれだけ大暴れして大丈夫ならば、私たちも問題ないのでは、と思えてきましたね」
「生粋の王龍が放つ純シフルを受けて、今の特異点で耐えられると?エストエンデ、目の前の餌で生殺しに遭っているのはわかりますが、そこまで性急になる必要がありますか?」
「おやおや、流石はおばさま……私が特異点に執着しているからこそ、特異点を盾に全力を出させずに殺そうとしているんですね」
エストの右手に紫のシフルで作られたレイピアが握られる。
「おばさま、今はお互いのために……」
切っ先を向け、満面の笑みをメランへ見せる。
「小競り合いで済ましておきましょう♪」
エストが若干身を屈め、一気に踏み込んで刺突を放つ。メランは脇差しを瞬時に引き抜いて弾き返し、瞬時に納刀してエストの伸ばされた右腕を掴み、そのまま背負い投げる。瞬時に受け身を取るが、それが仇となって硬直し、メランは肉薄しつつ瞬間的に抜刀して十字に切り裂く。強烈な斬撃を受けたエストは大きく吹き飛ばされ、壁にレイピアを突き刺して堪え、床に対して壁に平行に立つ。
「流石に速いですね、おばさま……」
「自分の思いのままにしか動けないあなたとは違いますから」
「へえ、それならば……」
レイピアを抜き、異常なほどの鋭角で斬り込み、返す刃で後退し、滑るように前進して猛烈な刺突を放つ。メランも前二撃を打ち返し、赤黒い電撃を纏わせつつ納刀する。生じた力場が威力を減衰させつつ、メランは大きく飛び退き、身を翻して飛び込み、最下段へ斬りかかる。刺突の後隙を潰すようにレイピアを消し、エストは足裏からシフルを生じさせて若干浮き上がって切っ先を避け、再度レイピアを産み出して体重を掛けて刺し込む。メランの右腕に突き刺さり、そのまま床まで貫通して釘付けにするが、メランは躊躇せず右腕を引き千切って離れ、再生させつつ右足の踵側から回し蹴り、左爪先で脇差しを蹴り上げつつ後転して脇差しを取り戻し、背を狙って突進したエストの刺突を再び弾き、掌底を叩き込み、発した電撃で更に傷つける。しかしエストも構わず踏み込み、両者の得物が激突する。
「何にせよ、こうしておばさまを特異点から引き剥がしている時点でここでの私の役目は果たされていますから」
「腐った姪ですね」
響き渡る音楽に誘われるまま、一行は中心部に位置する巨大な宮殿に辿り着く。
「音はここから聞こえてきますけど……」
レメディが正門たる大扉に触れる。朽ちてはいるが、頑強な仕掛けが幾重にも施され、絡み合った装飾が妙な美しさを放つ。
「こういうのは力ずくでぶち破ったれ」
アストラムがパンチで大扉を粉砕し、一行はそのまま進んでいく。内部は大量の血霞が付着し、それが酸化したことで赤黒く染め上げられている。巨大な廊下に反響する調べを辿って、一行は大広間まで辿り着く。天井の中央をから、壁面と床までを覆うアートは、血塗れてはいるが荘厳で壮大な雰囲気を放っていた。
「黄昏に染まる、球状の世界。命運を決したかの最終決戦より、遥かな時が経った」
血霞の向こうから、旋律と共に威厳のある声が貫く。それに伴ってアートにこびりついた血が剥がれ、白い騎士と長い黒髪の和装の女が相対している場面が露になる。
「光に狂いし真人は、縁《よすが》の楽園に果てた。己が焦がれた目映さに飲み込まれ、黄昏の彼方へ潰えた」
そこから辿って血が剥がれ落ち、次は桃色の長髪の女と、大男が朗らかな表情で殺し合う場面となる。
「あれって……」
ヴィルが思わず口走ると、レメディがつられて頷く。
「バロンさん……」
血霞の彼方から現れたのは、赤い派手な衣装に身を包んだ小柄な骸骨だった。
「放蕩と栄光の女王は己の思索の最奥に辿り着き、宙核の手でその本懐を遂げた」
続いて血が剥がれ落ちて、アートは炎の旗槍を持った黒騎士とオーラを纏った大剣を構えた骸骨騎士が向かい合う場面を見せる。
「紅蓮の仇花は……」
「そこまでだ、デイビット」
骸骨《デイビット》が語りを続けようとした時、レメディたちの後ろから声が響く。同時に大広間の血霞が全て払われ、明人とシャトレが現れる。
「余りデリケートな話をするものではないぞ、魔人よ」
二人はレメディたちの間を抜け、デイビットの眼前に立つ。
「ここの楔は俺がやる。あんたは手を引いてくれ」
明人がそう言うと、デイビットは驚くほど素直に演奏を止めて楔を彼に差し出す。
「元々我が身は戦いに向かない。ならば、空の器。生の残り香に包まれた汝がこれを使うが良い」
「恩に着る」
受け取ると、デイビットは現れたのと同じように消え去る。二人は振り返り、レメディたちと相対する。
「戦う定めとやら、随分と早いじゃねえか。生き急いでんのか?」
アストラムが口火を切ると、明人が即答する。
「俺と砂漠で会った時点で予想はついてただろ。シャトレが闘気を隠そうとしないから、後を尾けるの結構苦労したんだぞ」
シャトレがドヤ顔で鼻息を一つし、会話に加わる。
「シラヌイの邪眼を耐えることから始まり、得物の力添えもあれどマタドールとヘルズエンジェル、二体の魔人を破るその実力……妾たちは純粋に興味が湧いた。湧いた……が。この時点で妾たちが特異点たちと打ち合うとならば、星の赤子と天象の鎖が助力するのは必然」
「メラン!」
明人の声に、大広間のシャンデリアに乗っていたメランエンデが答える。
「了解しています、器様!」
立ち上がったメランエンデの手からシフルが放たれ、周囲の雰囲気が変わっていく。
「この感じ……王龍結界か!」
アストラムがいきり立ち、ロータが鎖を放とうとした瞬間、またもどこからか声が響く。
「相変わらず芸も品も無いですね、おばさまは」
メランの結界の展開が妨害され、二つの結界の勢力が拮抗する。次に通路から現れた声の主は、清楚ながらも妙な色香を放つ少女――エストエンデだった。
「ちっ……申し訳ありません器様、計画の変更を」
その姿を捉えたメランは、シャンデリアから飛び降りて明人の傍に立つ。
「仕方ない。シャトレはロータさんたちを、メランはあの女を頼む」
メランは頷き、シフルで産み出した紫の紐をエストに括り付け、そのまま二人は廊下へ飛び出る。シャトレがロータたちの前に立つ。
「悪いが、お前たちの相手は妾じゃ。特異点と主の戦いを邪魔されては困るからのう」
彼女が右手を振り上げると、床を貫いて巨大な闘気が噴出し、ちょうどレメディたちと、明人たちをそれぞれ分断する。
「仕方ない……アストラム、手加減は要らない。さっさと叩き潰すよ」
ロータが腰に下げた本を右手に広げる。
「っしゃあ!強ぇ奴と戦いたくてウズウズしてたんだよ!」
アストラムが双頭斧を構え、いきり立つ。
「ふん、賎しい血の者共め……」
シャトレが静かに力み、次の瞬間、空気が歪むほどの闘気が漏れ出す。二人は全身が総毛立つような感覚を覚え、一歩退く。
「妾の力、とくと味わうがいい」
そして解き放たれた闘気は、絶類なる波動となり、福禄宮の屋根が吹き飛び、辺りの血霞と曇天とを全て蹴散らし、天に昇る。シャトレが拳を構える。沸き上がる闘気が黄金に輝き、彼女の長い前髪をはたたかせて、紫の大きな瞳が狭間に踊る。
「さあ来い。妾と言う生きる歴史に、立ち向かうがよい」
「行くぜ!」
アストラムが待ちきれないとばかりに突っ込み、双頭斧を振るう。シャトレは片手でそれを受け止め、返しに打たれた拳をアストラムは体を捻ってギリギリで躱し、その隙を潰すように四方八方から天象の鎖が放たれる。シャトレは光速で飛び回って鎖を一絡げにして引き千切り、続けて飛んでくる暗黒竜闘気の槍と鋭い鉄片、紫の棘の弾幕を抜け、着地する。そこを鋭く狙ったアストラムの最下段の薙ぎからの蹴り上げ、更に錐揉み回転しつつ上昇からの大振りの一撃と続ける。薙ぎを飛び退き、蹴りを流し、一撃へ拳を差し込もうとするが、不意打ちの拘束を狙った天象の鎖への対処を優先し、双頭斧を弾き返して闘気を放ってアストラムを吹き飛ばす。弾幕の猛攻を潜り抜けながら、吹き飛ばしたアストラムを通り越してロータへ肉薄する。ロータは初撃を本のハードカバーで受け止め、ルータへ交代して続く拳を左前腕で逸らし、口から光の棘を吐き掛け、それがシャトレの纏う闘気に燃やされる。シャトレは構わず拳を次々と叩き込み、ルータの付け入る隙を与えぬように殴り続ける。拳と拳の隙間に、ルータが渾身の力でアッパーを差し込み、床から閃光を解き放ってシャトレをほんの一瞬だけ怯ませ、そこへアストラムが彼女の首に足で組み付き、手で着地して振り回し、放る。シャトレが受け身を取り、二人は呼吸を整える。
「ひいばあちゃん、大丈夫か?」
アストラムが言葉をかけると、ルータは笑う。
「ええ、なんとかね」
二人の視線の先では、シャトレが退屈そうに首を鳴らしていた。
「天象の鎖と星の赤子と言えど、所詮は妾の敵ではないな」
その言葉を遮るように、ルータがロータへ戻る。
「上姉様が得意な相手ではなかっただけのこと。私が単に判断ミスをしただけ」
「じゃが、本気で命を取り合う状況になれば一度のミスが致命傷になる。動きに伴う隙と、読み間違いから来る隙では傷の深さが違うじゃろう」
「そうね……」
ロータはスカートの裾についた埃を払い、深呼吸する。
「アストラム、割と本気で行こう」
「本気で……って、本気でいいのか、おばさん」
ロータの提案にアストラムが若干驚くが、ロータは頷く。
「っしゃあ!っしゃあ!よっしゃよっしゃよっしゃ!そうこなくっちゃあなぁ!」
アストラムが喜び勇んで力むと、彼女の表皮から黒い粘液――コールタールのような独特な液体が滲み出る。彼女の体がそれに飲まれると、マッシブな怪物の姿となる。シャトレを威嚇するように咆哮すると、文字通り怪物と呼ぶべき極悪な牙が現れ、黒色の粘液が飛び散る。
「ぶち殺してやるよ、クソガキがァ!」
変身したアストラムは猛獣のごとく飛びかかり、爪を突き出す。右に避けたシャトレへ超大振りなかち上げを振る。シャトレは僅かに横に逸れて躱す。さほど大きく動かなかったのは後隙の問題もあろうが、既に周囲を天象の鎖に塞がれているのを察していたからだった。防御をそれに任せて、アストラムは乱暴な攻撃を続ける。
――……――……――
廊下へ飛び出たメランとエストは、互いに腹の内を探るように懐疑的な視線を向ける。
「〝お別れ〟をしに来たんですか?」
メランが嫌味ったらしく言葉を発すると、エストが笑む。
「いいえ。私も特異点を追っていただけですよ。そうしたら偶然、おばさまがいた。そういうことです」
「何にせよ、あなたは随分と面倒なタイミングでここに来てくれましたね」
両者は間合いを測りつつ、円を描くように歩む。メランは脇差しに手を掛け、鎺《はばき》を見せる。
「すぐに手を引きなさい。第一、ニヒロ様から達しを受けているのは私だけのはず」
「ニヒロ様はとても貪欲な方。それはおばさまもよく知っているはずですよね?シラヌイの邪眼に耐えた人間が居たと言う報告があった時点で、ニヒロ様に直談判してここに来ているわけです」
「私たちそれぞれに、違う種類のデータを集めよと、そういうことか……」
メランは抜刀する。
「ならばニヒロ様は、あなたがここで死んだとしてもそれを承知のはず。望み通りに殺して差し上げましょう」
放たれた殺気に、エストは思わず笑みを浮かべる。大広間での激戦の影響か、宮殿全体が揺らいで、廊下にも土埃が落ちてくる。
「竜化は出来ない――と勝手に思っていましたが、バンギの娘があれだけ大暴れして大丈夫ならば、私たちも問題ないのでは、と思えてきましたね」
「生粋の王龍が放つ純シフルを受けて、今の特異点で耐えられると?エストエンデ、目の前の餌で生殺しに遭っているのはわかりますが、そこまで性急になる必要がありますか?」
「おやおや、流石はおばさま……私が特異点に執着しているからこそ、特異点を盾に全力を出させずに殺そうとしているんですね」
エストの右手に紫のシフルで作られたレイピアが握られる。
「おばさま、今はお互いのために……」
切っ先を向け、満面の笑みをメランへ見せる。
「小競り合いで済ましておきましょう♪」
エストが若干身を屈め、一気に踏み込んで刺突を放つ。メランは脇差しを瞬時に引き抜いて弾き返し、瞬時に納刀してエストの伸ばされた右腕を掴み、そのまま背負い投げる。瞬時に受け身を取るが、それが仇となって硬直し、メランは肉薄しつつ瞬間的に抜刀して十字に切り裂く。強烈な斬撃を受けたエストは大きく吹き飛ばされ、壁にレイピアを突き刺して堪え、床に対して壁に平行に立つ。
「流石に速いですね、おばさま……」
「自分の思いのままにしか動けないあなたとは違いますから」
「へえ、それならば……」
レイピアを抜き、異常なほどの鋭角で斬り込み、返す刃で後退し、滑るように前進して猛烈な刺突を放つ。メランも前二撃を打ち返し、赤黒い電撃を纏わせつつ納刀する。生じた力場が威力を減衰させつつ、メランは大きく飛び退き、身を翻して飛び込み、最下段へ斬りかかる。刺突の後隙を潰すようにレイピアを消し、エストは足裏からシフルを生じさせて若干浮き上がって切っ先を避け、再度レイピアを産み出して体重を掛けて刺し込む。メランの右腕に突き刺さり、そのまま床まで貫通して釘付けにするが、メランは躊躇せず右腕を引き千切って離れ、再生させつつ右足の踵側から回し蹴り、左爪先で脇差しを蹴り上げつつ後転して脇差しを取り戻し、背を狙って突進したエストの刺突を再び弾き、掌底を叩き込み、発した電撃で更に傷つける。しかしエストも構わず踏み込み、両者の得物が激突する。
「何にせよ、こうしておばさまを特異点から引き剥がしている時点でここでの私の役目は果たされていますから」
「腐った姪ですね」
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