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三千世界・黎明(11)

第六話「空の器」

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 蒼空都市イ・ファロイ 学生寮
 寮に戻ってきたレメディたちは、リビングのテーブルについていた。
「今日は色々あったよね」
 レメディの言葉に、ヴィルが頷く。
「ロータさんとセンセーの実力を改めて知れたし、黙示録の四騎士の一人にも出会った。それにシャトレとかいう女の子にも会ったな。ロータさんの中に三人別の人がいるのも知ったしなぁ……正直なところ、情報過多って感じだぜ」
「大会の話もあるし、今日はもう疲れたよ」
「ああ……もう、飯食って風呂入ったらさっさと寝るか」
 二人は頷き合う。料理の支度をしようと立ち上がってヴィルを、レメディが呼び止める。
「どうした?」
「その……ヴィル、今日はありがとう。ヴィルが先生に連絡してなかったら、僕たちは二人とも死んでたよ」
「気にすんな。俺だって、帰り道でうっかり死ぬなんて嫌だったからな」
「そうだね。ちゃんと……誰と戦っても死なないように、強くならなくちゃ」
「よっしゃ。その調子で大会も頑張ろうぜ」
 二人は互いの親指を立てて微笑むと、ヴィルはキッチンへ向かった。

 蒼空都市 南部未開発地区
 小波の音が聞こえてきて、沸き立つ陽光が残骸を照らしていく。草木の生い茂るマンションの一室で眠っていた明人は目覚め、横で眠るレベンを起こさぬようベッドから出る。廃墟とは思えぬほどベッドは清潔にされており、また室内にネズミやハエなどの姿は見えない。明人は窓際に向かい、網戸を開いてベランダに出る。
「……」
 明人は手すりに上半身を預け、ただ呆然と海を眺める。
 と、マンションの外壁に紅い片刃の剣が刺さり、そこに紫色のツインテールを備えた狐耳の少女が座る。
「悩んでいるんですか?」
「アミシスか。いいや、そういうわけじゃない……いや、そういうわけかもしれないな」
「というと?」
「君はアカツキと戦って死んだよな。それは、自分の満足する終わりだったか?」
「いいえ。あの戦いは、私にとって悔いしかありませんよ。私があそこでもう少し食い下がれていれば、ヤズは死なずに、アルマと添い遂げられたはず……」
「もし、満足する終わりを迎えた後に、誰かの都合で蘇らされたらどう思う」
「もちろん嫌ですよ。一度終わらせたものは、そう簡単に再開するべきじゃない」
「そうだよな」
 明人は再び沈黙する。
「明人さんはどうなんですか?」
「俺か。俺は……確かに俺は、満足する終わりを迎えたはずなんだ。これ以上ない死に場所で、大切な奴と一緒にこの世から消えたはずなんだ」
「それは……」
「だがこうなったら、俺がやることは一つだ。俺には一つだけ、どうやってもやり遂げたいことがある」
「アルヴァナに従うことで、それに辿り着けるんですか」
「たぶんな」
 アミシスが明人から視線を外し、レベンが起きたのを確認する。
「それじゃあ、私はお仕事に戻りますね。レベンさんは手厳しい方なので」
「ああ、よろしく頼む」
 アミシスは笑顔で頷き、剣を踏み台にして飛び上がり、竜化しつつ海へ消える。程無くして、いつも通りスク水にニーソックスという意味不明な格好をしたレベンが明人に並び、有無を言わさず抱きつく。
「おはようお兄ちゃん!」
「おはよう、レベン」
 明人はレベンの頭を撫でる。
「よく眠れたか?」
「うん!お兄ちゃんがたくさん気持ちよくしてくれたから!」
「そういうことはあんまり大声で言うもんじゃないぞ」
「ねーねーお兄ちゃん、子供が出来たら堕ろしてもいーい?」
「……。お前の好きにしてくれ。子供も結局は、親のエゴの産物だしな」
「やった!じゃあお兄ちゃん、いつでもいくらでも私に無責任に中出ししていいからね!」
 レベンは忖度のない大声でそう言うと、明人から部屋に戻っていく。
「どうやったら不知火の妹があんな倫理観0になるんだ……?」
 明人は窓越しに部屋の中を見て、せっせと動き回って支度をするレベンを眺める。
「にしても……」
 シャトレと殆ど変わらない童女のような外見でありながら、強烈な主張をするレベンの胸部と臀部に、明人は思わず視線が吸い込まれる。
「あの見た目であの性格なんて、本当に媚びるためだけに生まれたような奴だな……でもあんだけ依存しがちな気質で、都合のいい奴になるのは逆効果な気もするけどな……」
 明人はため息をつきつつ、部屋に戻った。

 蒼空都市イ・ファロイ
 いつものようにレメディとヴィルが並んで歩く。
「今日はなんか人が少ないよね」
 レメディが通りを見て呟く。
「そうだなー。昨日と違って普通の時間だから、会社員とかいてもおかしくねえけどなー」
「黙示録の四騎士の気配は……」
「流石にしねえな。休講とかなかったよな?」
「あったらそもそも起きてこないよ」
「だよなぁ。ま、センセーたちは居るだろうし、とりあえず何があったか聞いてみっか」
 レメディが頷き、二人はいつも通りの速度で歩を進めた。

 異界・紅月の死闘場
 中央大学の頭上には赤々とした月が浮かび、空は朝とは思えぬ薄暗さに飲み込まれていた。研究室でくつろいでいたレイヴンが、窓から射し込む紅い月光を見て笑う。
「なあアーシャ、皆既月食ってのは昼間でも月が見れるようになるのか?」
 ソファに座っていたアーシャは立ち上がり、レイヴンの横を通って窓から外を見る。
「そうですねえ……月食以外でも、月光が大気に阻まれているときなんかは紅く見えるらしいんですけど……ま、別に朝に紅い月が見えたらいけないって、法律で決められているわけではありませんからね」
 レイヴンは笑みを消し、会話を続ける。
「昨日戦ったシャトレとか言う奴が産み出してた結界と同じだ。つーことは、誰かがこの大学を襲うことに利益を見出だしている」
 立ち上がり、デスクを離れて壁にかかっていたコートを羽織る。
「行くぞアーシャ。バロンにあいつらの話をした以上、わざわざ巻き込んで明人たちに殺させるわけにはいかねえ。さっさと朝に戻すぞ」
「もちろんです」
 二人が研究室を離れ、学舎の入り口へ向かう。そして自動ドアを手ずから抉じ開けて外へ出ると、真正面の道路に黒騎士が立っていた。左腰に長剣を佩いており、柄に左手を置いていた。
「まさか、また会うことになるなんてな。バロンから聞いた話じゃ、お前は満足して死んだってことになってたが」
 レイヴンがいつものように飄々とジェスチャーをしつつ階段を一段ずつ降りていく。
「何のことやら」
 黒騎士の返答に、レイヴンはコミカルに肩を竦める。
「下手だな、ったく。お前の気配なんてそうそう間違えるもんじゃねえだろ、〝空の器〟さんよ」
「……」
「それに俺とお前は奇妙な縁がある。所謂友達の友達ってやつだな」
「空の器など知らぬ、存ぜぬ。こちらの目的はただ一つ。お前が我々にとって排除すべき脅威かどうかを見定める」
 黒騎士が発する声は、多少靄がかかったようになっていたが、間違いなく杉原明人のものであった。しかし彼は紅いマントを翻しつつ長剣を引き抜く。
「我が名は魔人ミトリダデス。構えろ、虚の鴉」
「やれやれ、久しぶりに会ったと思ったら話す気0か。しょうがねえ、アーシャ!」
 レイヴンが右手を伸ばすと、そこに剣となったアーシャが収まる。
「そう言えばお前と刃を交えるのは初めてだったな、明人」
「語る言の葉はない」
 黒騎士は瞬時に踏み込み、一瞬の内に怒涛の斬撃を放つ。それどころか、その場に残った斬撃が遅れて次の斬撃を産み出す。が、レイヴンは軽やかな挙動で避け、剣から衝撃波を二つ産み出す。黒騎士は左手から衝撃を生んでそれらを打ち消し、愚直に距離を詰めて刺突を放つ。レイヴンは剣の腹で切っ先を弾き返し、両者の素早い切り返しによって二人の剣が絡まり、火花を散らす。
「素直な剣だな。何百年経とうが根っこが真面目ってのは同じってこった」
「……」
「なんでお前が今さらガキみたく格好つけてるのかは知らねえが、倒させてもらうぜ」
 二人は互いを押し込んで離れ、レイヴンはその流れで腰から短剣を放つ。黒騎士は全身から放った衝撃波でそれを跳ね飛ばすが、レイヴンが重ねて二挺拳銃から弾丸を大量に吐き出させる。
「無駄なことを」
 黒騎士は長剣を振るって空間に衝撃波と同じ性質の斬撃を留め、弾丸を全て受け止める。
「ハッ、流石に子供騙しにもならねえか」
 剣に持ち替え、両者は再び距離を測り合う。
 ――……――……――
 少し離れた学舎の横で、黒い骨の翼――即ち、〝ウォルライダー〟と拳が激突し、煙を上げる。
「昨日の今日で攻め込んでくるなんて、随分せっかちなんだね。そういうのは嫌われるよ?」
 ラータが四方八方から飛んでくる榴弾を残りの三枚のウォルライダーで弾き返しながら、対峙するシャトレに言葉を発する。
「要は早漏でも戦い続ければよいというだけじゃ」
「そうだね、まあ僕の兄はどちらかと言えば遅漏かな?」
「そんなことはどうでもよい。妾たちはお前の力を改めて測りに来た、それだけじゃ」
 シャトレが力を込め直してラータを押し飛ばすが、その隙を狙って放たれた無数の銃弾や榴弾の弾幕をウォルライダーの指が全て撃ち落とす。
 ラータが着地するのと同時に、蒼白のツインテールの黒騎士がシャトレの横に着地する。
「やれやれ、兄上の実妹がこうして僕たちを殺しに来るなんてね」
 皮肉っぽく言うと、黒騎士はヘッドギアを上げて面頬を見せる。
「私はもうお兄様の家族でもなんでもないのです。私はもう、自分の家庭を持ってるのですから」
「空の器かい?どっちもゾッコンみたいだから一応釘を刺しておくけど、彼を独り占め出来たと思うのは止めておいた方がいいよ?僕のルーツであるあいつみたいに、空の器の魅力に振り回されて損するだけだ」
「そんなことはみんな百も承知なのです。欲しいものは生半可な努力では手に入らない、それもまた当然に」
「ふふっ。余計なお世話、ということか。さて……」
 四枚のウォルライダーが威圧するように構える。
「君らがどうしてこの世界にいるのか、じっくりと聞かせてもらおうかな」
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