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三千世界・黎明(11)

第一話「スペルマ・アマルガメーション」

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「超越世界。それが、俺が向かう世界だ。三千世界での戦いの末に、バロンが産み出した、力ある世界」
 黒鎧の騎士が、黒い巨馬を駆って草原を進んでいた。騎士のすぐ後ろには、同じような黒鎧に身を包み、同じようにフルフェイスの兜の左右から蒼白色の髪を露出した騎士が乗っている。
「明人くん、何を一人で言ってるのです?」
 後ろの騎士が訊ねると、前の騎士は答える。
「ああ、三千世界での戦いの時、俺はヴァナ・ファキナと再び協力状態になって反動で記憶が消えていってたんだ。アルヴァナの尖兵になった今の状況だって、あいつの判断次第で俺の記憶は全部ふっ飛んじまう可能性がある」
 前の騎士は手帳を懐に収める。
「だから、そうして記録してるのです?」
「その通り。まあ後はさ……」
 前の騎士が右手に見える森林へ注意を向ける。木々の間を血染めの布を使って高速で移動する黒騎士が見え、視線を戻して前の騎士はため息をつく。
「レベンに細かく聞かれた時に楽なんだ。千代姉とシャトレはあんまり問い詰めてこないけどさ」
「まあ……おばあちゃんはめんどくさい人なのですよね……孫である私もよく知ってるのです。そう言えば、あの緑髪の人……ええっと、メランエンデさんはどういう人なのです?」
「始源世界の俺が手を出した人らしい」
「手を出した……ふむむ、帰ったらみんなに伝えておくのです。特に千代さんに」
「ちょっとアリアちゃん?俺が言ったのはあくまでもメランエンデが自分で俺に言ってきたことで……」
「言い訳無用なのですよ?どうせみんな一つ屋根の下暮らしてるのです。休む暇なんて、ないのですから」
 前の騎士は後ろの騎士の若干怒気の籠った言葉に困惑を示す。
「あはは……いや、ハーレムってもっとこう、言い方悪いけど男も女もみんなバカで乱交しまくるみたいなイメージがあるんだけど」
「私はそれでもいいのですよ?メビウス化のお陰で明人くんと家庭を築きたい欲がマックスなのです」
「家庭って……ハルがたくさん生まれるのか……」
 前の騎士は脳裏に大群のハルが近づいてくる映像が浮かんだが、すぐに振り払った。
「悪くないけど物理的に死にそうだな……じゃなくて、ある程度節度は守って欲しいというか。俺の寝込みを狙って競うように夜這いしてこないで」
「じゃあ、朝ならいいのです?昼?そもそも明人くんが寝られないようにみんなで間隔を開ける、なーんてことならいいのですよね?」
「怖い!シンプルに怖い!」
 どうでもいい内容の猥談もどきを繰り広げていくと、草原は次第に丘陵のごとくなり、その頂点に到着する。

 超越世界 イ・ファロイ平原
 丘陵からは非常に発展した都市群が見える。空中を大小様々な車両が行き交い、地上からは人々の賑わう声や、電子的な広告の音声が響く。
「随分久しぶりに見た気がするな、こういう普通の賑やかさ」
 前の騎士が巨馬から降り、兜を脱ぐ。随分と精悍にはなっていたが、その顔つきは紛れもなく杉原明人だった。後ろの騎士も続いて降り、兜を脱ぐ。変わらず可憐な、アリアの童顔が露になる。
「アルヴァナのやつ、もう手を出すことはないとか言っておきながらあんだけの準備をしてたなんてな」
 明人が愚痴を言うと、その横に重厚な籠手を装備した騎士が並ぶ。
「悪くはあるまい。一度は潰えた命、今こうして再びあるのだからな」
 その騎士は面頬を上げる。変わらずの長い紫の前髪で瞳は見えないが、明人を見上げて視線を合わす。
「蘇るって言うのは妙な気分だけどな、シャトレ」
「じゃが、三千世界で潰えたはずの命が、三千世界で産まれ落ちた妾と出会うことが出来たのじゃ。普通は、もっと感謝するところなのではないか?」
「普通の人間は王龍に作って貰ったりしないんだよ」
「クカカカッ、それもそうじゃな」
 シャトレが面頬を下ろすと同時に、血染めの布を両腕に巻き付けた騎士も合流し、直ぐ様明人へ抱きつく。
「えへへ、お兄ちゃん成分吸収~!」
 明人はされるがままに抱き締められる。
「レベン、そろそろ仕事の時間だ。お兄ちゃんに構って欲しいときは……?」
「たくさんお仕事頑張る!」
「よし」
 レベンが離れ、なおも明人の手に体を擦り付けて甘える。
「鎧があると邪魔だから早くお仕事終わらせるね!」
 それだけ告げて、レベンは丘陵から走り出し、恐るべき脚力ですぐに見えなくなった。
「さて、アリアちゃん、シャトレ。俺たちも行こう」
 明人の声に二人は頷き、巨馬は察したようにその場から消滅する。そしてゆっくりと、丘陵を下り始めた。
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