上 下
400 / 568
三千世界・結末(10)

第八話「砥石は命を写し取る」

しおりを挟む
 異史帝都アルメール 大聖堂
 玄海が急いで戻ってくると、下着姿のメイヴが玉座に足を組んで座っていた。
「何があったのだ、女王」
「別に」
 メイヴは若干不貞腐れている。
「随分と派手に事をしていたようだが。精液と愛液の臭いがかなりキツいぞ、女王。湯浴みでもしてきたらどうだ」
「まあ、セックス自体は悪くなかったわよ?アタシでさえもうちょっとで飛びそうなくらい気持ちよかったし。でもアイツは……人間ってより、寧ろ……そういう装置みたいな。どうしてエリアルが選ばれたのか、何となくわかった気がするわ」
「名は体を表す、ということか。宙核……まさに宇宙の核というギミックだと」
「そうね、だいたいそんな感じ」
 メイヴがため息をつく。
「そんなにショックを受けたのか、女王よ」
「そりゃもうショックよ。本当にね。今まで会ったどんな男よりもドスケベな竿だったわ。あんなの知ったら他のどんな男でも満足できない」
「そ、そうか……」
 玄海は若干困惑しつつ、話を続ける。
「ところで、先ほど宙核と蒼の神子が交戦したようだが」
「ここから飛び出した時点でエリアルの名前をひっきりなしに言ってたし、妥当ね。あの二人なら……」
 メイヴが立ち上がる。
「アタシ、湯浴みしてくるわ。最後の戦いの前に、体を完璧にしておかないと」
「承知した。入念に洗い清めるといい」
 メイヴは下着姿のまま立ち去る。
「日の本に比べると貞操観念が男女ともに薄くて困るな。単純に目線に困る」
 玄海はそう呟いて、その場に寛ぐ。

 三千世界 要塞残骸ツェリノ
 中央のホットスポット用動力装置だけが残された要塞の残骸にエリアルは着地する。装置前のコンソールに、エメルが腕を組んで腰かけていた。
「エメルも私にバロンは相応しくないとかのたまいに来たの?」
 エリアルが距離を詰めつつ皮肉っぽくそう言うと、エメルは微笑みで返す。
「いえいえ。私はとってもお似合いだと思っていますよ。ずっと。そう、ずっとね。うふふ……」
 相変わらずの不敵な笑みに、エリアルはやれやれとため息をつく。
「ですが、どちらかが暴走しているというのは解釈違いと言うものです。暴力的で短絡的なバロンもまた魅力的ですが、私が思うに彼の魅力は……」
 エメルが呼吸する。
「妻思いで純愛で炊事家事も完璧で子供にも動物にも好かれて男女分け隔てなく友好的に接して常に冷静なのに戦闘狂でライバルとの戦いについ熱くなるけど世界を維持しなければならないという使命のためにその気持ちを圧し殺して目の前の問題に立ち向かい続けてる」
 息継ぎもなしに怒涛の勢いで喋り続け、なおもそれは続く。
「すごく優しい目付きですごいいい匂いがして体も何の無駄もないし所作も丁寧でなのに逞しくて声も脳が溶けるような甘美な響きで……」
「もういい。わかったから」
 エリアルに制止され、エメルはまた微笑む。あれだけ高速で喋ったにも関わらず、呼吸がまるで乱れていない。
「そうですね。実際に妻であるあなたに説明するまでもありませんでしたか」
「バロンの場所とか知らない?さっき逃げられちゃったんだけど」
「もちろん、知っていますよ。彼の居場所と、どこで何をしているかは常に把握していますから。だからこうしてあなたの前に出てきたのでしょう?」
「……。素直には教えてくれないんでしょ?」
「さっき言ったはずですよ?」
「えー……つまり、暴走状態のバロンは気に入らないから協力するって?」
 エメルは頷く。
「あなたを殴るような状態のバロンは解釈違いですからね。暴力的なバロンも嫌いではありませんよ?十分魅力的です。ですがね……何か心の奥で、『これは違う!』と叫んでいるんですよ。ですので一番のファンとして、彼を殴ります」
「えっと、加減は上手なのは信頼してるけどさ……この後も戦わないといけないからほどほどに頼むわね。あと、そのホラー小説みたいな考え方は改めた方がいいと思うわよ?」
「まあまあ。私と戦わないだけでも、あなたには利益でしょう?」
「そうね……じゃあ早速、バロンのところに案内してよ」
「はぁい♪」
 エメルはコンソールから立ち上がり、エリアルを横抱きにする。
「ちょっと……!」
「いつ見ても綺麗な体ですね。最終的な美しさを求めると、貧乳が最善なのかもしれませんね」
「ちょっと!同性でもセクハラよ!」
「うふふ」
 エメルは助走も無しに飛び上がり、そのまま空を飛び抜けていく。

 三千世界 アジュニャー
 鋼鉄で出来た神殿の広場に、エメルが着地する。エリアルが降りると、眼前に立つバロンと視線が合う。バロンは胸に刺さった杖を引き抜いており、傷も癒えていた。
「……エリアル……」
 バロンが口を開くと、それにエメルが反応する。
「おやおや、早速私は仲間はずれですか?」
「……邪魔だ」
 光の速さになって接近し、エメルに拳を放つ。エメルはそれを半笑いで受け止める。
「無駄ですよ、私の愛しい人。私を貫くのにそんな散らかった心では、世界が何度終わろうが不可能です」
 狂った速度の裏拳がバロンの顔面に叩き込まれ、受け身すらとれずに後方に激しく吹き飛ばされる。
「わーお。いくらなんでもやりすぎなんじゃ……」
「うふふ……」
 エメルが歩き出すと、バロンはすぐ立ち上がって拳を構え直す。
「あら、あなたほどの傑物が怯えているんですか?」
「……」
「黙りですか?なら、気持ちが落ち着くまで何百回でも何千回でも殴って差し上げますよ」
 バロンが光速で拳の連打を放つ。しかし難なく全ての拳を受け止められ、エメルの拳を振り下ろされて地面に叩きつけられる。
「……うぐ……」
「思い出しましたか?」
「……邪魔だ……!」
「やれやれ……」
 エメルは俯せに倒れているバロンの背後に回り、片腕でバロンの両腕を後ろ手に回させる。
「エリアル!」
 掛け声に従い、エリアルがバロンに近づき、跪く。エメルがバロンの上体を起こさせ、二人が向き合う。
「ねえ、バロン。私たち、ここでこんなことしてる場合じゃないわよね?約束したはずよ、始まりの世界で。どんなことがあっても、私たちは世界のために戦い続けるって」
「……」
 バロンは黙って、エリアルから視線を外す。が、エリアルが両手でバロンの顔を挟んで自分に向けさせる。
「ちゃんと見て、私を」
 有無を言わさず抱き締めると、バロンの体から力が抜けていく。エメルが拘束を解くと、バロンはエリアルに体を寄せる。
「……何と言えばいいか……その……」
 口ごもるバロンを、更に強く抱き締める。
「何も言わなくていいわ。私たちは、どうあっても離れない。そうでしょ?」
 エリアルがバロンを離し、手を差し伸べる。その手を取り、二人が立ち上がる。
「……君と離れるのはごめんだ」
 手を離し、二人はエメルの方を向く。
「……すまな――」
「おっと。バロン、それ以上はいけませんよ?」
「……なぜだ」
「私は感謝されるようなことはしていません。単に一人のファンとしては余りにも出すぎた真似をしてしまいましたし」
「……どういうことだ?」
「どうしても私に感謝したいのなら、彼女と共に前に進み続けてください。あなたを高めるのは、私じゃない。エリアルと、アグニ。その二人だけが、あなたの覇道を共に征く者」
 エメルは踵を返す。
「全てを越えた先で、私は待っています。あなたを失うことで、最強になるために」
「……わかった。お前への礼は、この拳に仕舞っておこう」
「うふふ。それでこそ、私が目指した最も偉大な人間グレートオールドワン。では、名残惜しいですが、今日はこの辺で」
 エメルは空へ飛び立って、瞬く間に視界から消えた。
「……行こう、エリアル。僕たちはもう、互いの絆を疑う必要などない」
「ええ。この世界の――私たちの、結末に向かいましょう!」
 二人は地続きになる都市へ向かっていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...