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三千世界・結末(10)

第六話「白き羽の妖精」

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 三千世界 大戦区域
 凄まじい激戦が起こったことを物語るように、無数の無人機やChaos社、レジスタンス両陣営の装備が破損したまま道路に投げ出されている。多くのビルは遮蔽物となって半壊しており、黄昏の最中でさえ視界を灰色が占めるほど塵が煙っていた。
 エリアルが着地し、杖を腰に挿す。
「玄海が飛んでいったのはかなり先の方ね……」
 塵の中を無数の青い蝶が飛び回る。
「……。人の良心を失うこと、元々欠如していること……」
 蝶に誘われるように、エリアルは歩を進めていく。煙は濃くなり、まともに呼吸すれば悶絶しかねないほどの塵がエリアルを包む。黄昏の中にも関わらず、視界が完全に白け、まるで神隠しにでも遭遇したかのような感覚に陥る。
「愚かで哀れな我が恋敵よ。我が下まで来よ」
 強烈な突風が吹き荒れ、塵が吹き飛ばされる。
 周囲を見渡すと大戦区域の一画ではあるが、霧が立ち込めて黄昏を隔てていた。エリアルが徐々に歩を進めていくと、次第にビルが復元され、別の既視感を持つ景色へ変わっていく。
 ――……――……――
 絶海都市エウレカ 行政ビル前広場
 霧が立ち込める中を進み続け、もはや見慣れたエウレカの行政ビル前に到着する。足下に多様な紋様が象られた広場の中央に、白髪の少女が立っていた。
「シマエナガ……私に復讐するチャンスってことで来たの?」
 エリアルが皮肉混じりに訊ねると、彼女は首を横に振る。
「じゃあ何かしら。まさかメイヴに寝返ったとか?」
 シマエナガが食い気味に言い返す。
「違います。そもそも、あなたは最初から勘違いをしている」
「勘違い?」
「私はマスター以外のことなどどうでもいい。あなたが何をしようが、メイヴがどうしようが、マスターに仕えることが、あるべき姿に戻すことが、私の役目」
「あるべき姿、ね。いかにも正解を知ってますよって態度だけど」
「マスターの正体は殆どの存在は知らないでしょうね。原初三龍ですら、ある一柱を除いて知らない」
「へえ、気になるわね」
「私が教えるとでも?元はと言えば、あなたのその狂気的な好奇心のせいで全てが狂った」
「バロンと自分を繋ぎ合わせた時点で覚悟してるつもりなんだけど。世界を作り、その輪転を支える。私は自分なりに頑張ってたつもりよ」
「随分と思い上がった神子ですね」
「お褒めの言葉ありがとう。でも、そっちも大概驕りがあるように見えるけど?どうしてバロンを自分の下に引き戻したら正しい形になると思ってるの?」
「ええ。元々あなたはマスターに相応しくない」
「ハッ。あるべき姿とか、相応しくないとか、決めつけが激しすぎるんじゃない?あんまり束縛するもんじゃないわよ」
 シマエナガは杖を背から引き抜き、右手に持って構える。
「アレクシア!」
 その呼び声で、天空から風を纏った長虫のような竜が急降下してくる。そしてシマエナガを守るように体を巻き、エリアルを睨む。
「あなたがマスターにしているのは洗脳となんら変わりはない。澱んだ因果はマスターに蓄積し、もはや崩壊寸前です。全てが崩れる前に、私がマスターを救う」
「いいわ。いい加減そっちのストーカーにも飽き飽きしてた頃だったし……ここで消し去ってあげる!」
 エリアルが杖を構える。シマエナガも同じように構え、先手を打って杖の先から風の塊を放つ。エリアルは身を翻しつつ杖を大量に分身させ、それらの石突きから光線を放つ。アレクシアが身を捩らせて光線を弾き返し、高速でとぐろを巻いて小型の竜巻を三つ生成して飛ばす。シマエナガがアレクシアの鼻先を踏み台にして飛び上がり、天空で杖に強烈な電撃を宿して急降下する。エリアルも杖を構えて迎え撃ち、電撃が迸って杖同士が競り合う。
「すごい憎悪ね。ヒリヒリするわ」
「当然のこと」
 シマエナガは自分の杖をエリアルの杖に張り付け、手放して踏みつけエリアルを地面へ飛ばすと、杖を手元に戻し、落下していくエリアルを食まんとアレクシアが突進してくる。エリアルは空中で受け身を取り、アレクシアの頭部に飛び乗って額に杖を突き刺し、腕力で強引に体の主導権を握る。アレクシアの口が開かれ、そこから怒涛のごとき激流がシマエナガに向けて放たれる。
「甘いッ!」
 アレクシアの体は掻き消え、再びシマエナガの足下から召喚され、その長大な体躯が激流を弾く。しかしエリアルは既に次の手に移っており、杖を放った瞬間移動から、大量に分身させた杖をアレクシアもろともシマエナガの周囲にばらまき、即座に起爆させる。アレクシアが全身から風を解き放つことで爆発の衝撃を往なし、その影からシマエナガが風の塊で弾幕を張る。絶妙な時間差をつけて放たれる塊と共に、アレクシアが先ほど放った小竜巻が接近しては離れることを繰り返し、さらに追い討ちとして(勢いは弱めだが)正真正銘のブレスが放たれる。一撃の威力よりも命中させることを重視したこれらの多段攻撃は、エリアルには往なしきれず、数発を受けて怯んだところに全て叩き込まれ、吹き飛ばされる。杖が地面に当たって跳ね、エリアルは受け身を取りつつ杖を握りしめる。
「伊達に腐れ縁じゃないわね」
「マスターに頼りきりのあなたとは違うので。今の私なら、アウル様にも勝てる」
「それ、バロンから見た魅力度でって話?」
「その減らず口、完全に塞いで殺してあげます」
 シマエナガとアレクシアが再び臨戦態勢に入る。
「(私は数の不利を巻き返せるほど強くない……けど、バロンさえ生きていれば、私は何回でも体を消し飛ばしても戦える)」
 エリアルが杖を地面に突き刺し、全身に血管のように青い輝きを放つ線を通わせる。
「遂に私も腹を括る時が来たってことね」
 自分に言い聞かせるように呟くと、勢いよく杖を掴む。
「上等だわ。私の覚悟ってやつを見せてやろうじゃない。行くわよシマエナガ!アレクシア!」
 エリアルは勢いよく一歩踏み出し杖を投げる。フリーになった両腕に白と黒の球体を一つずつ産み出し、シマエナガたちに撃ち放つ。
「アレクシア!」
 掛け声で彼の竜はシマエナガを背に乗せて全速力で球体から逃れる。白黒の球体が混じり合うと同時におぞましいほどの衝撃が巻き起こり、一瞬拡大してすぐに消滅する。球体が覆った空間は切り取られて虚空となり、杖がエリアルの手元に戻る。その隙を逃さずアレクシアが突進し、エリアルを食む。凄まじい力が押し込まれることで地面に足を削られ、靴底が急速に磨り減るが、それでもエリアルは杖をアレクシアの額に再び突き刺し、両手で彼の竜の顎を掴んで口を開かせ、再び白黒の球体を叩き込む。
「ッ……!」
 咄嗟に反応したシマエナガだったが、体が追い付かず、アレクシアが体をしならせて吹き飛ばし、融合した球体がアレクシアを完全に消し飛ばす。シマエナガは受け身を取り、二人は向かい合う。
「アレクシア……」
「これで、対等になったわね」
「いいえ。それは、エラン・ヴィタールを守る二体の王龍から貰った力のはず。いくらあなたでもその力を多用すれば体が崩壊するはず」
「そう思う?」
 シマエナガから見て、エリアルの肌は明らかに干魃した大地のようにひび割れている。
「ええ。純化が始まっています。常人が竜化し過ぎた時のように」
「そう。その通り。私は特別強い人間じゃないわ。世界の仕組みがよくわかってる存在なら、私が単なる常人ってことくらいわかる」
 エリアルは不敵に笑う。
「ずっと隠してたのよね、これ。だって普通、獣や人間がこれだけの長時間を生きるなんてこと、有り得ないもの」
「何を……」
 エリアルが右腕を勢いよく振ると、右前腕が千切れて地面に落ち、塩になって砕け散る。そして霊体のように新たな右前腕が構成され、受肉する。
「どうなって……」
「私はバロンと一蓮托生。いや、厳密にはバロンは一人でも生きていけるでしょうね。私はバロンに思われ続ける限り、永遠に存在し続ける」
「永遠の命、ですか。……。そうまでして、あなたはマスターと共にあると」
 しばしの沈黙が流れ、再びシマエナガが口を開く。
「ここであなたを殺せないのなら、もう戦う意味はない」
 彼女はエリアルに杖を投げ渡す。
「ですが覚えておいてください。私はマスターを諦めることはない」
 突然風が吹き出し、周囲の景色が消え去っていく。
 ――……――……――
 やがて元の大戦区域の景色に戻り、塵も消え、視界が黄昏の色に染まる。
「諦めがいいってよりは、引き際を弁えてるって方が正しいわね」
 エリアルは眼前にある要塞の残骸へ向かう。
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