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三千世界・結末(10)

第二話「寂れた竜宮城」

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 三千世界 レジスタンスヤード
 一行がカテドラルを通りすぎ、次の浮遊大地へ辿り着く。そこは砂地に興った村のような風貌をしており、ストラトスが驚きの声を上げる。
「ここってオーストラリアのアジトじゃねえか!」
 彼は駆け出し、半分ひしゃげたフェンスに触れる。そしてアジトを見渡す。フォルメタリア鋼製の建造物の破損した部分を鉄板やトタン屋根で補強している家屋たちは、当時のまま残っていた。
「最後の戦いで、アポロニアが敵側だって知ったときはここも滅ぼされてるんだろうと思ったが……」
 シエルが並ぶ。
「思ったよりあの時のままね。私たちがルクレツィアに負けた時点で壊滅してるかと」
「いや流石にそれは――って、確かにそうか。アポロニアが敵だったなら、グラナディアさんの代わりにここの指揮を執るときに滅ぼすことだって出来たはず。だとしたら、俺たちがオペラハウスに輸送されているときか、オーストラリアを離れてからゾディアックタイムラウンドに格納されるまでの間に行動できたよな……」
「まあ、今となっては関係ないわね。三千世界にここだけ吸収されて、レジスタンスのみんなは居ないようだし」
「ああ。だが俺は一つ気になることがあるんだ」
「何?」
「あの日、俺たちが会議室に行った時のことだ。グラナディアさんが読んでた資料は確か……時間統合論についての論文だった気がする」
「へぇ。よく覚えてたわね、そんなこと」
「あの時は意味不明だったが、あれから俺たちなりに色々調べただろ。今ならそれを読んでも理解できるんじゃねえか?」
「でもグラナディアが持ち帰ってるんじゃない?」
 そこにセレナが加わる。
「いや。ストラトスには悪いが、レジスタンスの識字率は基本的に低い。まして、あのグラナディアが読むような文献なら、高度な専門知識を持っていても難解なもののはずだ。それにグラナディアは実際にはヴァナ・ファキナ側の人間だった。時間統合論には興味がないと推測するのが普通だと、私は思う」
「ま、今ここで長々と駄弁ってもしょうがねえな。とりあえず探そうぜ」
 ストラトスの言葉に二人は頷き、砂地を歩いて行き、崩れかけの集会所に入る。そのまま会議室に向かい、扉代わりの垂れ幕を潜る。
「……ッ!?」
 瞬間、ストラトスは身を竦ませて怯む。彼の眼前に立っていたのは、非常に大柄な女だった。
「なんであんたが生きてんだ、ヒカリ!」
 その声に反応し、背を向けていた彼女はゆっくりと振り向く。
「私は貴様に雪辱を果たすため蘇った」
「蘇った……って簡単に言ってくれるじゃねえか」
「だが貴様の前には私が立っている。それが事実だろう」
 ストラトスが背の槍に手をかける。しかし、ヒカリはそれに反応しない。
「どういうつもりだ」
「まだだ。まだ貴様と決着をつけるときではない。アタラクシアの戦いでは、私と貴様は間違いなく五分だった。だが今の私はあれから更なる力をつけた」
「……。勝ち目のない戦いを挑んでこないのは、俺としては嬉しいが……あんたにとってはどうなんだ」
「あの時は負けられない理由が私以外の所にあった。だが今回は、私の誇りの問題だ。戦いが手段でなく目的ならば、圧勝に意味はない」
 ヒカリはストラトスたちを押し退け、会議室から去っていった。
「よくわかんねえけど……まあいいや」
 ストラトスは後頭部を撫でて頭を傾げつつ、机の上に放置された資料を見つける。
「あったぜ」
 手に取った資料は複雑怪奇な計算式が数ページに渡って記述されており、その合間合間にも改行すらされずにぎっちりと文章が詰まっていた。
「私はパス」
 シエルが一目見てそう言う。
「悪いけど私も。こういうのはロータおばさんの仕事だったし」
 セレナもそう言って視線を外す。ストラトスは熱心に資料に目を通していく。しばらくして資料を机に戻し、彼は目頭を押さえる。
「どう、何か収穫はあった?」
 シエルが訊ねる。ストラトスはそちらを向く。
「全く。とりあえず全部読んだけど一つも理解できない。こういう時、バロンさんかグラナディアさんが居てくれればな……」
「グラナディアって……本人を連れてきても二度手間なだけでしょ。じゃ、用が済んだなら先に進みましょ」
 ストラトスが頷き、一行は集会所を後にする。砂地を踏みしめつつ、浮遊大地の端まで到達する。次の大地とは地続きになっており、一行はそのまま進む。


 三千世界 オルドビス
 レジスタンスヤードに比べて少しだけ下がっている大地は、延々と薄い水が張られた地表が続いており、その中を血管のように線路が張り巡らされていた。
「ここは見たことねえな」
 歩きつつ、ストラトスが口を開く。続けて、彼はセレナの方を向く。
「なあ、そう言えばさ。アルバとはどこではぐれたんだ?」
「帰りの次元門よ。帰還用の次元門に入ってすぐ、次元門の流れがアルバだけ変わって飲まれた」
「次元門の乱れか……」
「次元門の流れを制御しても、あそこは凄まじいシフルの嵐よ。妨害しようと思えば、いくらでも妨害できる。しかし……誰かが、意図的にアルバを目的地に呼ぼうとしたのなら、妨害してきたのはかなりの手練れだ。あれだけのエネルギーの暴力を制御できるということになるからな」
「だけど、ヴァナ・ファキナは異史で俺たちに負けて、正史でも竜化封殺弾とかいうヤツに抑え込まれたんだろ?で、あっちの世界の親父もロータさんも毒をすっかり抜かれたみたいなヤツで……」
「千早たち、アルヴァナの勢力なら次元門を操る程度容易に出来ると、私は思うわね」
「千早……か……あいつ、今何してるんだろうな」
 一行が薄水の上を歩み続けていると、次第に巨大な建造物たちに囲まれた都市部に辿り着く。

 三千世界 電脳都市リンボク
 ドーム状の都市は、天井が砕けて黄昏に照らされている。道端には生気を失って倒れている商品たちがいくつも見受けられた。
「……。生身の人間が殆どいないということは、彼女たちは……」
 シエルが呟く。それにセレナが続く。
「生き物というより、物質に近いと」
「そういうこと。店の様子から見ても、風俗街と言ったところかしらね。実物を見たことないから知らないけど」
「消費物としての性は……私は正直虚しいとしか思わない」
 セレナが歩を進める速度を上げる。ストラトスがシエルと歩調を合わせて会話に加わる。
「あいつがああ言うのも無理はねえな。親父の意思じゃなかったとは言え、強姦されたってのは事実……」
「そうね……」
 一行は大通りを抜け、城に到達する。それは異様に巨大で、無数の提灯が吊り下げられ、周囲には機能停止したスポットライトが見える。遠目から見ると妖怪の類いにすら思えるほどの威容を誇っている。
「入る必要があると思うか?」
 ストラトスが門の前に立つ。それにシエルが続く。
「道草を食ってる場合じゃない……と言いたいところだけど、情報が少なすぎるわ。どんな建物かくらいは調べてもいいんじゃない?」
「そうだな、よし」
 彼が朱染めの木製の門を開く。二人はストラトスに続いて中へ入っていく。

 三千世界 不夜城
 入ってすぐ、広大な空間に出る。壁は朱で塗られており、中央には水の涸れた噴水が、床から突き出た金細工の柱の上に源を失った香がある。天井から吊り下げられたいくつもの巨大なシャンデリアは、電気さえ通っていれば絢爛だったのだろうと、想像は思い起こせる。
「なんじゃこりゃ……趣味悪いな」
「いかにも、って建物ね」
 ストラトスとシエルが各々そう言うと同時に、広間の奥から上品な笑い声が響いてくる。一行は即座に反応し、戦闘態勢に入る。程無く、噴水の裏からアルファリアが現れる。
「あんたは……」
 ストラトスが驚きの表情を向ける。
「アルファリア……」
 ストラトスとセレナの声がハモる。
「待っていたぞ、時の落とし子。よくぞこの混沌の坩堝に来たな」
「なんであんたがここに……って、なんか俺ここに来てからずっと同じことばっか言ってんな」
 アルファリアは余りまくった袖を口許に当てて微笑む。
「まあ無理もあるまいて。汝たちにとって、ここはあくまでも曙の鎖を追ってやって来た世界」
「あんたなら話が通じそうだな」
「ふむ。我は黒騎士や虎以下と言いたいのか?」
「んー……ちょっと誰のこと言ってんのかわかんねえけど、とにかく、この三千世界が置かれている状況とか、教えてくれねえか?」
「童の問いに答えてやってもよい。だが……」
「だが?」
「汝に用がある者が居てな。その者なら、全てを汝に与えるじゃろうて」
「何を――」
 ストラトスが会話を続けようとした瞬間、彼は無明の闇に一瞬にして飲み込まれる。
「な!?」
「バカな!」
 シエルとセレナが突然の出来事に驚き、それぞれ完全な攻撃態勢に入る。
「アルファリア!ストラトスに何をしたの!」
 シエルが拳を構えて叫ぶ。
「我は斯様な下品な手は使わぬ。討つのならば、真正面から叩き壊すのみよ」
 セレナが今にも竜化しそうなほど殺気立つ。
「なら、誰がやったと言うの」
「そうだな、会えないほど、結ばれないほど、恋は燃え上がるものだろう?」
「婉曲的ね」
 セレナは竜化し、ワープしつつ長剣を突き出す。アルファリアは指一本でそれを難なく受け止める。
「早まるな、零なる神の破片。あの男が行った場所ならばわかるが、もはや処遇は我も預かり知らぬ」
「どういうことよ……!」
「ふん……」
 アルファリアが力むと、凄まじい波動が迸ってセレナが吹き飛ばされ、彼女は受け身を取ってシエルと並ぶ。
「面倒なものよな、愛情など。そもそも、男だの女だのと、性別などという下らんものがあるからこんなことになるのだ。我のように、そんなものを超越した美しさを持てば、悲劇も起こらぬ」
 シエルがしびれを切らしたように話しかける。
「ねえ!さっきから言ってることの半分も理解できないんだけど!?」
「理解する必要はない。……ふむぅ。多少気の毒ではあるが、汝らの存在はもはや不要。死んでもらおう」
 アルファリアは一方的にそう言うと、右手を伸ばす。人差し指の爪にどこからか青い蝶が飛来し、着地すると同時に彼女が青い粒子になって消滅する。そして蝶から凄まじい波動が起こり、目を伏せた兎頭の天使が顕現する。
「汝らは時間の捩れが産み出した毒。この世界と共に潰えるがいい」
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