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三千世界・結末(10)
ストラトス編「時は旭の種を蒔く」(通常版)
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三千世界 空中
「予想通りね!」
無限に満ちる黄昏の中で、竜化したストラトスの背に乗ったシエルが叫ぶ。
「ああ!ここが超複合新界、三千世界ってことで間違いなさそうだ!」
ストラトスが答えると、横に並んで飛んでいた竜化したセレナが続く。
「どうやら時間の概念が消滅しているようね……ストラトス、時間障壁の使い方は気を使った方がいいわ」
「わかった。さてと、どこに千早とアルバがいるんだ?」
シエルが続く。
「千早はどうせシャングリラでしょ。アルバは……」
一行の視線が頭上の球体へ向く。
「ま、あれでしょうね」
「だろうな。どうみても怪しいぜ、あれ」
セレナは手頃な浮遊大地を見つけると、ストラトスに合図して急降下する。
「ともかく、千早に会わないと。どういう経緯でアルバがここに流れ着いたのか、何もわからないわ」
三千世界 神都タル・ウォリル
頂上が砕けたカテドラルの麓に広がる、神都の残骸に一行は着地する。
「これは……異史のカテドラルね」
セレナが地表に散らばった白い陶片のようなものを拾う。
「それにしても不思議な場所ねー」
シエルが空を見渡す。
「あの球体を空間の中心として、底の部分を重ね合わせた擂り鉢状に前の世界の残骸が続いている……って感じ?」
「たぶんね」
セレナが答えつつ陶片を投げ捨てる。
「シャングリラは何の弾みで侵入できるかわからないから、とりあえず暴れて、千早にこちらを認識させる必要があるわ」
と言うと、セレナは徐に長剣と短剣をそれぞれ抜く。
「隠れてないで出てきなさい。待ち伏せのつもりなら、向いてない、と言わせてもらうわ」
セレナが長剣の切っ先を向けた方向にある巨大な瓦礫の影から、ブラッドが現れる。
「奇襲するつもりなどない。貴様らが来るのが遅いだけだ」
ストラトスがセレナに並ぶ。
「こいつは?」
セレナが答えるより早く、ブラッドが口を開く。
「我が名はブラッド。ブラッド・フランチェスだ。異史ではChaos社のヨーロッパ支部外部特殊作戦部隊を率いていた」
「なんでそんなやつがここに?」
「貴様が知る必要はない……と、いつもなら言っただろうが……」
ブラッドは切っ先が鉈のごとくなった赤紫の長剣を抜き放つ。
「来い。俺はあいつのために、貴様の力を測らねばならん。下らん戦いをすれば、貴様は俺の刃の錆となる。女共も構えろ。纏めて相手をしてやる」
その言葉で、シエルも拳を構えて二人に並ぶ。
「随分と大きく出たわね。元Chaos社なら、私やセレナのことも知ってると思うんだけど?」
「知っている。知った上で喧嘩を売っている」
ブラッドは長剣を逆手に持つ。
「さあ来い。気を抜けば、一瞬で肉塊にしてやる」
ストラトスが一気に踏み込んで槍を突き出すと、ブラッドは穂先を掴んで引き込み、膝蹴りを彼の顎にぶつけ、身を引いてアクロバティックに回転し、ストラトスの頭を掴んで地面に叩きつけ、背後から一気に接近して拳を放ってシエルの攻撃を長剣で往なし、切っ先の鉤針の股の部分にシエルの手首を引っ掻け、前方に投げ飛ばす。更に自分を囲むように産み出された魔力の剣を驚異的な身体能力で飛び抜け、空を蹴って一瞬で加速し、セレナの眼前に現れ、瞬時に三つの斬撃を繰り出す。セレナは思わず咄嗟に短剣で防御するが弾き飛ばされ、遅れながらもギリギリ長剣で二度の斬撃を弾き返し、短剣を手元に戻して一気に踏み込みつつ長剣を突き出す。
「生憎だな。ミテス!」
ブラッドの背後にワープゲートが現れ、それに飲まれ、セレナの頭上から現れる。長剣を順手に持ち、不意を突かれたセレナの背骨を一気に切り裂く。彼女が倒れた向こう側から、ストラトスが槍を放り投げ、ブラッドがそれを当然のように弾き返す。しかし、その死角から懐に飛び込んできたシエルには反応できず、強烈な撃掌を受けて彼は大きく後退する。
「なるほどな」
ブラッドは長剣を消す。
「貴様らの力はある程度わかった」
セレナが背中に刻まれた大きな切創を塞ぎながら立ち上がる。
「ったく、私が一番っ……損してるんだけど……?」
双剣を鞘に収め、セレナはストラトスたちと共にブラッドの方を向く。
ストラトスが言葉を発する。
「あんたが力を認めてくれるのは嬉しいところだけどさ、それで何があるってんだ?」
「貴様らは先ほど空で、千早がどうとか、アルバがどうとか言っていただろう。そのどちらかに関係があることだ」
「どちらかって……どっちだよ」
「自分で確かめろ。どのみち、進む以外に選択肢はあるまい」
ブラッドは突然現れたワープゲートに消える。
「自分で確かめろって……勝手なヤツだな、あのブラッドって人」
ストラトスが愚痴をこぼし、セレナが続く。
「でも言っていることは正しいわ。しかもこちらの、とりあえず暴れるっていうのも達成できたし」
シエルが頷く。
「先へ進みましょ。どちらにせよ、それしか選択肢はない」
カテドラル
倒壊した最上層の玉座に片肘をついてブラッドが座っている。
「あれがアルバのお望みの男か?」
ブラッドの視界にぼんやりとマリたち五人の姿が浮かび上がり、マリが頷く。
『そうだ』
「ふん、貴様らに協力することは構わんが……力を試すなどと、温いことは性に合わん」
『だが、先ほどのお前の戦い……程よい加減だったぞ。流石は剣豪だな』
「誰が俺のことを剣豪と呼んでいる」
『あれだけの使い手など、私は他にルクレツィアしか知らんな』
「あの小娘と同列など気に食わんが、褒め言葉として受け取っておこう」
ブラッドは立ち上がる。同時に、視界に映っていたマリたちは消える。
「何にせよ、俺たちはアルバのために死に行く定めだ。最後の時までは、我らが血涙、涸れぬようにするとしよう」
三千世界 レジスタンスヤード
一行がカテドラルを通りすぎ、次の浮遊大地へ辿り着く。そこは砂地に興った村のような風貌をしており、ストラトスが驚きの声を上げる。
「ここってオーストラリアのアジトじゃねえか!」
彼は駆け出し、半分ひしゃげたフェンスに触れる。そしてアジトを見渡す。フォルメタリア鋼製の建造物の破損した部分を鉄板やトタン屋根で補強している家屋たちは、当時のまま残っていた。
「最後の戦いで、アポロニアが敵側だって知ったときはここも滅ぼされてるんだろうと思ったが……」
シエルが並ぶ。
「思ったよりあの時のままね。私たちがルクレツィアに負けた時点で壊滅してるかと」
「いや流石にそれは――って、確かにそうか。アポロニアが敵だったなら、グラナディアさんの代わりにここの指揮を執るときに滅ぼすことだって出来たはず。だとしたら、俺たちがオペラハウスに輸送されているときか、オーストラリアを離れてからゾディアックタイムラウンドに格納されるまでの間に行動できたよな……」
「まあ、今となっては関係ないわね。三千世界にここだけ吸収されて、レジスタンスのみんなは居ないようだし」
「ああ。だが俺は一つ気になることがあるんだ」
「何?」
「あの日、俺たちが会議室に行った時のことだ。グラナディアさんが読んでた資料は確か……時間統合論についての論文だった気がする」
「へぇ。よく覚えてたわね、そんなこと」
「あの時は意味不明だったが、あれから俺たちなりに色々調べただろ。今ならそれを読んでも理解できるんじゃねえか?」
「でもグラナディアが持ち帰ってるんじゃない?」
そこにセレナが加わる。
「いや。ストラトスには悪いが、レジスタンスの識字率は基本的に低い。まして、あのグラナディアが読むような文献なら、高度な専門知識を持っていても難解なもののはずだ。それにグラナディアは実際にはヴァナ・ファキナ側の人間だった。時間統合論には興味がないと推測するのが普通だと、私は思う」
「ま、今ここで長々と駄弁ってもしょうがねえな。とりあえず探そうぜ」
ストラトスの言葉に二人は頷き、砂地を歩いて行き、崩れかけの集会所に入る。そのまま会議室に向かい、扉代わりの垂れ幕を潜る。
「……ッ!?」
瞬間、ストラトスは身を竦ませて怯む。彼の眼前に立っていたのは、非常に大柄な女だった。
「なんであんたが生きてんだ、ヒカリ!」
その声に反応し、背を向けていた彼女はゆっくりと振り向く。
「私は貴様に雪辱を果たすため蘇った」
「蘇った……って簡単に言ってくれるじゃねえか」
「だが貴様の前には私が立っている。それが事実だろう」
ストラトスが背の槍に手をかける。しかし、ヒカリはそれに反応しない。
「どういうつもりだ」
「まだだ。まだ貴様と決着をつけるときではない。アタラクシアの戦いでは、私と貴様は間違いなく五分だった。だが今の私はあれから更なる力をつけた」
「……。勝ち目のない戦いを挑んでこないのは、俺としては嬉しいが……あんたにとってはどうなんだ」
「あの時は負けられない理由が私以外の所にあった。だが今回は、私の誇りの問題だ。戦いが手段でなく目的ならば、圧勝に意味はない」
ヒカリはストラトスたちを押し退け、会議室から去っていった。
「よくわかんねえけど……まあいいや」
ストラトスは後頭部を撫でて頭を傾げつつ、机の上に放置された資料を見つける。
「あったぜ」
手に取った資料は複雑怪奇な計算式が数ページに渡って記述されており、その合間合間にも改行すらされずにぎっちりと文章が詰まっていた。
「私はパス」
シエルが一目見てそう言う。
「悪いけど私も。こういうのはロータおばさんの仕事だったし」
セレナもそう言って視線を外す。ストラトスは熱心に資料に目を通していく。しばらくして資料を机に戻し、彼は目頭を押さえる。
「どう、何か収穫はあった?」
シエルが訊ねる。ストラトスはそちらを向く。
「全く。とりあえず全部読んだけど一つも理解できない。こういう時、バロンさんかグラナディアさんが居てくれればな……」
「グラナディアって……本人を連れてきても二度手間なだけでしょ。じゃ、用が済んだなら先に進みましょ」
ストラトスが頷き、一行は集会所を後にする。砂地を踏みしめつつ、浮遊大地の端まで到達する。次の大地とは地続きになっており、一行はそのまま進む。
三千世界 オルドビス
レジスタンスヤードに比べて少しだけ下がっている大地は、延々と薄い水が張られた地表が続いており、その中を血管のように線路が張り巡らされていた。
「ここは見たことねえな」
歩きつつ、ストラトスが口を開く。続けて、彼はセレナの方を向く。
「なあ、そう言えばさ。アルバとはどこではぐれたんだ?」
「帰りの次元門よ。帰還用の次元門に入ってすぐ、次元門の流れがアルバだけ変わって飲まれた」
「次元門の乱れか……」
「次元門の流れを制御しても、あそこは凄まじいシフルの嵐よ。妨害しようと思えば、いくらでも妨害できる。しかし……誰かが、意図的にアルバを目的地に呼ぼうとしたのなら、妨害してきたのはかなりの手練れだ。あれだけのエネルギーの暴力を制御できるということになるからな」
「だけど、ヴァナ・ファキナは異史で俺たちに負けて、正史でも竜化封殺弾とかいうヤツに抑え込まれたんだろ?で、あっちの世界の親父もロータさんも毒をすっかり抜かれたみたいなヤツで……」
「千早たち、アルヴァナの勢力なら次元門を操る程度容易に出来ると、私は思うわね」
「千早……か……あいつ、今何してるんだろうな」
一行が薄水の上を歩み続けていると、次第に巨大な建造物たちに囲まれた都市部に辿り着く。
三千世界 電脳都市リンボク
ドーム状の都市は、天井が砕けて黄昏に照らされている。道端には生気を失って倒れている商品たちがいくつも見受けられた。
「……。生身の人間が殆どいないということは、彼女たちは……」
シエルが呟く。それにセレナが続く。
「生き物というより、物質に近いと」
「そういうこと。店の様子から見ても、風俗街と言ったところかしらね。実物を見たことないから知らないけど」
「消費物としての性は……私は正直虚しいとしか思わない」
セレナが歩を進める速度を上げる。ストラトスがシエルと歩調を合わせて会話に加わる。
「あいつがああ言うのも無理はねえな。親父の意思じゃなかったとは言え、強姦されたってのは事実……」
「そうね……」
一行は大通りを抜け、城に到達する。それは異様に巨大で、無数の提灯が吊り下げられ、周囲には機能停止したスポットライトが見える。遠目から見ると妖怪の類いにすら思えるほどの威容を誇っている。
「入る必要があると思うか?」
ストラトスが門の前に立つ。それにシエルが続く。
「道草を食ってる場合じゃない……と言いたいところだけど、情報が少なすぎるわ。どんな建物かくらいは調べてもいいんじゃない?」
「そうだな、よし」
彼が朱染めの木製の門を開く。二人はストラトスに続いて中へ入っていく。
三千世界 不夜城
入ってすぐ、広大な空間に出る。壁は朱で塗られており、中央には水の涸れた噴水が、床から突き出た金細工の柱の上に源を失った香がある。天井から吊り下げられたいくつもの巨大なシャンデリアは、電気さえ通っていれば絢爛だったのだろうと、想像は思い起こせる。
「なんじゃこりゃ……趣味悪いな」
「いかにも、って建物ね」
ストラトスとシエルが各々そう言うと同時に、広間の奥から上品な笑い声が響いてくる。一行は即座に反応し、戦闘態勢に入る。程無く、噴水の裏からアルファリアが現れる。
「あんたは……」
ストラトスが驚きの表情を向ける。
「アルファリア……」
ストラトスとセレナの声がハモる。
「待っていたぞ、時の落とし子。よくぞこの混沌の坩堝に来たな」
「なんであんたがここに……って、なんか俺ここに来てからずっと同じことばっか言ってんな」
アルファリアは余りまくった袖を口許に当てて微笑む。
「まあ無理もあるまいて。汝たちにとって、ここはあくまでも曙の鎖を追ってやって来た世界」
「あんたなら話が通じそうだな」
「ふむ。我は黒騎士や虎以下と言いたいのか?」
「んー……ちょっと誰のこと言ってんのかわかんねえけど、とにかく、この三千世界が置かれている状況とか、教えてくれねえか?」
「童の問いに答えてやってもよい。だが……」
「だが?」
「汝に用がある者が居てな。その者なら、全てを汝に与えるじゃろうて」
「何を――」
ストラトスが会話を続けようとした瞬間、彼は無明の闇に一瞬にして飲み込まれる。
「な!?」
「バカな!」
シエルとセレナが突然の出来事に驚き、それぞれ完全な攻撃態勢に入る。
「アルファリア!ストラトスに何をしたの!」
シエルが拳を構えて叫ぶ。
「我は斯様な下品な手は使わぬ。討つのならば、真正面から叩き壊すのみよ」
セレナが今にも竜化しそうなほど殺気立つ。
「なら、誰がやったと言うの」
「そうだな、会えないほど、結ばれないほど、恋は燃え上がるものだろう?」
「婉曲的ね」
セレナは竜化し、ワープしつつ長剣を突き出す。アルファリアは指一本でそれを難なく受け止める。
「早まるな、零なる神の破片。あの男が行った場所ならばわかるが、もはや処遇は我も預かり知らぬ」
「どういうことよ……!」
「ふん……」
アルファリアが力むと、凄まじい波動が迸ってセレナが吹き飛ばされ、彼女は受け身を取ってシエルと並ぶ。
「面倒なものよな、愛情など。そもそも、男だの女だのと、性別などという下らんものがあるからこんなことになるのだ。我のように、そんなものを超越した美しさを持てば、悲劇も起こらぬ」
シエルがしびれを切らしたように話しかける。
「ねえ!さっきから言ってることの半分も理解できないんだけど!?」
「理解する必要はない。……ふむぅ。多少気の毒ではあるが、汝らの存在はもはや不要。死んでもらおう」
アルファリアは一方的にそう言うと、右手を伸ばす。人差し指の爪にどこからか青い蝶が飛来し、着地すると同時に彼女が青い粒子になって消滅する。そして蝶から凄まじい波動が起こり、目を伏せた兎頭の天使が顕現する。
「汝らは時間の捩れが産み出した毒。この世界と共に潰えるがいい」
日本深界・志賀島
「うっ……くっ……」
ストラトスが意識を取り戻し、重たい体を起こそうとすると、ぷにぷにの手でそれを制され、再び後頭部に柔らかな感触が訪れる。ゆっくりと目蓋を上げると、覗き込んでくる千早の顔があった。
「千早……か……?」
朧気に言葉を紡ぐと、千早は満面の笑みを浮かべる。
「はい。あなた様の千早でございます」
次第に意識が明瞭になっていくと、ストラトスは自分が今どういう状況なのか把握して飛び起きる。立ち上がって千早を見ると、千早は正座していた足を崩し、横座りになる。
「ストラトス様?」
千早が少し困ったように視線を向ける。
「いや、俺はシエルともこんなことしたことな――いやいや、それよりも……ここは?どうして君が……」
「シエル……こほん。ここは志賀島。福岡県の沖合いの深海にある空間です。異界化して切り取られた、福岡の、ですが。私がここにいる理由は単純明快。私は無明竜アルヴァナの配下の巫女として、ここに住んでいます」
「なる……ほど……?」
「本当ですよ?ここに何兆年もじっとしています。那由多、無量大数で量れぬ程じっとしなければいけないときもあります。ちょっとした休憩はありますけれど」
「すげえな」
千早は立ち上がり、ストラトスに抱きつく。
「っと、おい……」
「すみません、つい」
「別に構わねえけど……早くシエルたちの所に戻らないと。千早もついてきてくれるよな?君がいるなら百人力だ」
ストラトスが千早を見下ろすと、見上げてきた千早と視線が合う。
「いいえ」
「え……?」
予想外の返答に困惑する。
「な、なんでだよ……?」
「私があの戦いで味方をしたのは、お姉ちゃんに頼まれたからです。私個人の意思で動ける今……〝シエル〟にも、〝アルバ〟にも……与する義理はありません」
「ん……?」
ストラトスは千早の急な呼び捨てに違和感を覚える。
「お、おい……」
「えへへ」
千早から感じる気配が、少しずつ変わっていく。
「もう離しませんよ。あなた様は私の力で、血の呪いを離れ、永劫に私とここで幸せを謳歌するんです」
「ちょっと待ってくれ。何を急に」
「私はストラトス様がどういった人なのかちゃんと理解しているつもりです。あなた様は、人を想い、敢えて苦難の道を選び、その中で幸せを得る」
ストラトスは千早から目を離せない。
「ならば、あなた様の進む活力となる全てを打ち砕いて差し上げましょう」
千早が左手だけを離し、壁面へ向ける。海水が揺れ、映像が映し出される。映像では、シエルとセレナが変身したアルファリアに一方的に叩きのめされていた。
「な……!これはどういうことだ、千早!」
ストラトスが映像を見てすぐに千早を突き放す。
「私はあなた様を支えたいと思っております。あなた様と添い遂げたいとも。ですがそのために、あなた様をねじ曲げることに何の躊躇もありません。あなた様に惹かれた理由がなんであれ」
「君はいったい……!」
「私はただの巫女です。無限の時間をただ孤独に生きるもの」
千早は両手を広げる。
「あなた様はこのまま、私の愛への渇きを満たすためにこの深界で揺蕩うんです。アルバもシエルも、全て守るべきものがないなら、あなた様に生きる明日はない」
ストラトスは槍に手をかける。
「そこまでわかってるなら、俺がやることもわかってるだろ」
「はい、もちろん。真正面から、完膚なきまで、叩き潰して差し上げます」
構えると同時にストラトスは飛び出し、槍を放つ。千早は手刀を振り下ろし、呆れ返るほどの衝撃が巻き起こる。ストラトスは背中で衝撃を受け流しつつ、身を翻して槍を振るって時間を撒き散らす。展開された時間の領域が漂い、千早の行動範囲を塞ぐ。続いて槍を放ち、千早はその穂先を拳一つでへし折る。ストラトスは竜化して棘から全力の砲撃を至近距離で叩き込む。
「あなた様は目映い。常人では耐えられぬほど輝きに満ちている。でも……」
千早は悠長に喋りつつ、無防備にストラトスとの距離を詰めていく。ストラトスは警戒しつつ一定の距離を保つ。
「全ては闇から生まれた。闇こそが、全ての母。輝きはそれに飲まれる定めなのです」
千早が右手を翳し、そこから波動を放つ。それだけでストラトスは激しく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「うぐ……バカな、たった一撃で……!」
竜化が解けたストラトスは、先ほど受けた衝撃から立て直せず、目の前に千早が歩み寄ってくる。
「あなた様のことですから、きっとまだ諦めてはいないのでしょう」
千早はストラトスの右手を取って、自分の左胸を触らせる。
「わかりますか、私の胸の高鳴りが」
そのまま自分の右手をストラトスの頬にあてがい、撫でる。
「愛してとはいいません。でも、愛さざるを得ないようにしてあげます。覚えていますか、アフリカのラボラトリで聞いたこと」
出来事の流れについていけないストラトスが戸惑いを隠しきれずに視線を泳がす。
「もちろん、あの時私を選んでくださったのは、忖度だと理解はしていますよ。でもあなた様はあの時、私がいいとおっしゃいました。うふふ……私には重い過去も、取り戻したいと思う後悔もないんです」
千早はストラトスに跨がる。
「シエルに出来なかったこと、あなた様が出来なかったこと、全部千早にお任せください。あなた様のその恋心が完全に砕け散るまで、何度も、何度でも蕩かして差し上げます」
千早が巫女服の中央にあるファスナーを下げていく。露になった純日本人らしい黄色《おうしょく》の肌は子供の艶やかさを帯びて、異常な色気を放っている。
「深淵に落ちて、無知蒙昧となるまで、幾度世界が滅びようと、ここから出ることなく……永遠に」
「断る」
「え」
ストラトスは千早の右手を掴み、そのまま押し倒す。
「今の俺にはしなくちゃいけないことがある。アルバを助けに行くんだ。だからここに君と居るわけにはいかない」
ストラトスの真剣な眼差しに、千早はひとまず口をつぐむ。
「俺はシエルのことが好きだ。彼女と共に生きていきたい。それでも君が、俺のことを壊してでも手に入れたい存在なら、俺は構わない。でも今はアルバを助けるのが最優先だ」
「約束……していただけますか?アルバを救った後、シエルを捨ててここへ来ると」
「何があっても、必ず君のもとへ帰ってくる。君と共に、ここで永遠を過ごそう」
千早は諦めたように目を伏せ、すぐに開く。
「ではひとつだけお願いが」
「……」
緊張した面持ちで千早を見つめる。
「ちゅーをしましょう。一度だけ」
「……。わかった」
ストラトスから距離を縮め、二人は短く口づけをする。僅かに互いの吐息を感じて、すぐに離れ、立ち上がる。
「きっと、戻ってきてくださいまし。でなければ……私は、あなた様の代わりに、世界を犠牲にします」
「任せとけ。俺は親父とは違う。絶対に戻ってくるぜ」
千早が右腕を振るうと、ストラトスの体が闇に包まれ、消える。ファスナーを上げ直し、まだ空間の中央に座り込む。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。私は……彼がここに戻ってくるとは、微塵も思っていません。あの人は、善意のゆえに身を滅ぼす。きっと、アルバを救えても、刺し違えることになるでしょう」
千早は目を伏せる。
「ニヒロ、そしてユグドラシル。私は、どんな力を借りてでもあなた様を……」
三千世界 不夜城
翠玉の双刀を渾身の力で放り、瞬間移動で逃げたセレナにそれが直撃して吹き飛ばされる。瞬時に双刀はアルファリアの手に戻り、接近してきたシエルを強烈な一閃で叩き伏せる。
「宙核の娘もこんなものか。なまじ力を持ってしまったがゆえに、より大きな力に叩き潰される……滑稽なものよな」
アルファリアが双刀を持ち上げ、シエルの頭を狙って振り下ろす――瞬間に、砕け散った噴水に闇が集まり、そこからストラトスが現れる。
「そこまでだ、アルファリア」
ストラトスが折れた槍を向ける。
「ふん、そんな粗末なもので我を貫く気か?」
「そう思うか?」
「ククク……はったりを使うとは、大した度胸じゃ。ならばよかろう。我は別に、汝たちに恨みも因縁もないのでな」
アルファリアは人間の姿に戻り、ストラトスを通りすぎて外へ去っていった。ストラトスはすぐにシエルへ駆け寄り、上体を起こす。
「大丈夫か、シエル!?」
「ええ……そっちは……?」
「俺は大丈夫だ。立てるか?」
シエルが頷きつつ立ち上がる。ストラトスもそれに従い、二人でセレナへ駆け寄る。
「全く……意気揚々と来てみたけど、さっきから損ばっかりしてるわ」
セレナが竜化を解きつつ立ち上がる。
「ストラトス、それ……」
穂先のなくなった槍に気づいたシエルが訊ねる。
「ああ、千早に会ってきた。で、色々あって折られた」
「千早は何か言ってた?」
「いや。味方にはなってくれないとだけ」
「そう……」
シエルが黙ると、セレナがスカートの裾の埃を払って口を開く。
「結局、アルファリアと戦うだけ戦って損しただけってことね」
セレナは不夜城の通路を進んでいく。
「とにかく、ヒカリとブラッドを追えばいいってことだよな」
「アルバの場所の情報もないし、千早が味方になってくれないってことはそうするしかなさそうね……」
二人もセレナの後に続いて進む。不夜城の通路を進んでいくと、浮遊大地の端に沿うように不夜城は砕け散っており、次に見えたのは、大地と呼ぶには余りにも頼りないものだった。
三千世界 コモンパージスフィア
深淵と戦った時と同じ残骸が漂うなかを、竜化したストラトスとセレナが飛ぶ。溶けたようにひしゃげた壁を抜け、一行はコモンパージスフィアの中央に降り立つ。
「私を探しているんですよね」
薄暗いキャットウォークの向こうから、ブーツが床を叩く金属音が響く。青い薄暗闇と黄昏が混じる境界に、その音の主が姿を見せる。カジュアルなローブに身を包み、竜化した右腕を携えるその少女は、まさにアルバ・コルンツだった。
「アルバ!?探したぜ、やっと会えた!」
ストラトスが歓喜の表情を見せる。アルバもそれにつられて優しく微笑む。
「私も待っていました。セレナちゃんのことも」
アルバからは殺気が漏れている。
「どういうことだ……?」
「私は決意しました。ヴァナ・ファキナの血族を滅ぼすと」
彼女はキャットウォークから飛び降り、右手をついて着地し、立ち上がる。
「ブラッドさんやヒカリさんとは出会えましたか?」
「あ、ああ……」
「そうですか。君なら、あの二人にも勝って、あそこまで来てくれると信じています」
アルバは頭上にある球体を見上げ、すぐに視線を前に戻す。
「では……私の役目を果たします」
コモンパージスフィアが音を立てて崩壊を始める。そしてアルバが落下し、鎖を召喚してセレナの足首に巻き付け、道連れに落ちていく。
「セレナ!アルバ!」
ストラトスが竜化してシエルを背に乗せつつ叫ぶ。追おうとするが、アルバが咄嗟に展開した鎖の防壁に阻まれる。
「ここに居たら瓦礫に飲まれるわ、逃げましょう!」
シエルの言葉にストラトスは冷静になり、その場から飛び退く。
「クソッ、あの様子だとあの二人が戦っちまうぞ!?」
「駄目よ!この世界の外側には無明の闇が満ちてる。余り落下してあれに近づいて、うっかり落ちたりしたら、帰ってこれないわ!」
「チッ!」
ストラトスは脱兎のごとく飛び去る。
三千世界 黄昏皮膜
アルバとセレナは延々と落ちていき、無明の闇を眼前にして、鎖に着地する。セレナの足首から鎖が離れる。
「セレナちゃん」
「アルバ……」
「これを」
アルバが何かの欠片を投げ渡す。セレナがそれを掴むと、閃光と共に肉厚の長剣の姿を成す。
「これは……?」
「ロータさんが持っていたものです」
「感じる闘気……これはあいつの……」
「そう。その中にはレイヴンさん、リータさん、アーシャさんの力が備わっている。そして私には……」
アルバの背から黒い骨の片翼が現れる。
「ロータさんの力がある」
「私たちの因縁にケリをつけるついでに、あの二人の因縁にも決着をつけるってわけ?」
「ええ……私たちは、あらゆる意味で反対の存在です。呪いの根源は同じでも、私たちの目的が重なりあったことなど、一度もなかった」
「いいわ。なら初めて、道を重ね合わせましょう」
セレナは短剣を引き抜く。
「私は守られるだけの存在だった。セレナちゃんは必死に自分の両足で立ち上がった。私は……セレナちゃんが眩しいと感じていました。でも実際は違った。君は、誰かの輝きに縋るだけの月に過ぎない」
「アルバ、あなたは違うとでも?あの戦いでストラトスが居なければ、あなたは完全なる未来の礎になって消滅するはずだった。以前のあなたに、それ以外の価値があった?父親に縋るだけのあなたに」
「過去と折り合いがついていないのは君だけだよ、セレナちゃん。一番最初に自立したように見えて、無理してるのは……関わった全員に透けて見える」
「無理なんてしてないわ。私は自分の意思であの世界を生きてきた」
セレナの全身から青い闘気が迸り、竜化する。
「終わらせてあげるわ、アルバ。元々の目的通り……ロータおばさんの血筋こそ、ヴァナ・ファキナの呪いの根源だからね」
「甘いよ、セレナちゃん。私たちは全員が死に絶えなければならない。どちらが勝とうが、最後には自害する必要がある」
「そう。どっちが正しいかは、勝った方が決めるでしょ」
「はい」
セレナが瞬間移動しつつ長剣を投げ飛ばす。高速回転しながら不規則な軌道を描くそれを、アルバは身を翻しつつ鎖を放って打ち返し、更に足元から天を繋ぐように鎖がいくつも現れる。セレナは縦の鎖を躱し、長剣を掴んで振り下ろす。翼と激突し、火花を散らす。
「そんな紛い物の力で、私に勝とうと?」
「力に嘘も本当もないよ、セレナちゃん。ただ強いかどうか、それだけに意味がある」
翼を振り抜いて長剣を往なし、アルバは素早く踵を振り上げ、セレナは短剣で弾き、長剣で強烈な突きを放つ。アルバは先ほどのように鎖を一本縦に産み出し、長剣の切っ先はそれを断ち切る。その瞬間、セレナの足元から少し強めの衝撃が発生する。それで体の軸がぶれ、隙を狙って放ったアルバの翼の一撃が深く腹を切り裂く。セレナが大きく怯んだところに、アルバは高速でもう一回転して翼を叩きつける。更に怯ませ、右腕に纏わせた暗黒竜闘気の鉤爪で掴みかかり、顔を鷲掴みにして至近距離で暗黒竜闘気を爆裂させて吹き飛ばす。
セレナは受け身を取りつつ、融合竜化する。そのまま長剣から闘気を全開にし、魔力の剣を伴いつつ剣舞のように暴れ狂う。
壮絶な闘気が暴れ狂い、極限まで衝撃が蓄えられた瞬間、長剣が輝く。
「〈アンビバレンス〉!」
視界が眩むほどの大爆発が周囲を包み込み、爆炎で何も見えなくなる。
「他愛もない」
「果たしてそうでしょうか」
煙が晴れ、姿が見えたアルバは無傷だった。
「な……!」
「割り切れと言っている訳じゃないんです。でも……目の前の敵にすら、集中できないんですか?」
アルバはゆっくりと歩き出す。
「セレナちゃんは強い。それでも、ここまで眼前の敵を見定められないのなら、私には勝てない」
その顔には優しさはなく、至極つまらなそうだった。
「さよなら」
目にも止まらぬ速度で鎖を放ってセレナを怯ませ、更に暗黒竜闘気を噴出させて吹き飛ばす。吹き飛ばされた先に黄金の渦が現れ、そこから螺旋する暗黒竜闘気の槍が次々と射出され、セレナの鎧のような表皮に突き刺さって高速回転し、削り取る。
「夜明けを迎える世界に、月は必要ない」
高度を合わせたアルバが右腕を掲げ、掌に暗黒竜闘気を凝縮させ、そのままセレナの顔を掴んで握り潰す。鴻大な衝撃が起こり、黄昏の世界に赤黒い閃光が轟き渡る。
閃光が収まると、そこにセレナの姿はなく、文字通り跡形もなく消滅したようだった。目映い光を放つ欠片を右手で掴み、黄昏を見渡す。
「覚悟は出来ています。最愛の人すら、今の私は躊躇なく殺せる」
アルバは球体目指して飛翔する。
三千世界 セレスティアル・アーク
ストラトスとシエルの二人は、水没した地下庭園の残骸に着地する。水面に浮かぶオオアマナの花弁には、結晶のような粉末がかかっているのが見える。
「あっちに見えるのは……雪山か?」
「みたいね」
二人が佇んでいると、後方で爆音が轟く。直ぐ様反応して振り向くと、黄昏の中に赤黒い閃光が見えた。
「あれは!?」
「セレナの使うものじゃない……」
「やっぱ戻った方が!」
駆け出そうとするストラトスを、シエルが正面に立って止める。
「駄目よ」
「なんでだよ!」
「あなたは、アルバを躊躇なく斬れる?」
シエルの言葉に、ストラトスは歩を進める気力を落とす。
「もし私が敵だったら、ちゃんと殺意を持って戦える?」
「いや……無理だ」
「今のあの子は、凄まじいまでに覚悟に満ちていたわ。お父さんからすら感じたことのないほどの、全てを敵に回しても己の目的を達成しようという意志が」
「もちろん、それはわかってるつもりだ……」
「ともかく、先へ進まないと……」
シエルはため息をつきつつ、前へ進む。
「あなたのこと嫌いじゃないけど、よく目的がぶれるのだけはいけ好かないわ」
「悪ぃな」
ストラトスは竜化し、シエルを乗せる。
「行くぜ」
三千世界 白百合の墓場
頂上に咲き誇るオオアマナの花畑に着地すると、ストラトスは竜化を解く。ポツンと置かれた墓石の前に、ブラッドが背を向けて立っていた。
「哀しいことだ。貴様は、余りにも自己犠牲が過ぎる。三千世界で、その優しさは致命的だ」
ブラッドが振り向く。
「情愛は人を狂わせる。かつての俺が、復讐に彷徨したように」
鎧の隙間から蒼炎が噴き出し、ブラッドは禍々しい姿となる。
「俺が責任を持って地獄に送ってやる」
ストラトスが折れた槍を手にし、ブラッドと視線を交わす。
「教えてほしいことがある」
「なんだ」
「アルバはセレナと帰る途中で、何があったんだ。俺にはあいつが……あんな風に振る舞うのを見たことがない」
ブラッドは少し沈黙し、意を決して言葉を発する。
「俺が、あいつを零下太陽へ引きずり込んだ。俺の復讐の糧とするために」
「な……!」
「だが、俺の目論見は外れた。零下太陽にアルバがやってくるのを見越していたように、人の六つの罪を司る者共が待ち構えていた。それらとの戦いの中で、アルバは世界を閉じる覚悟を決めた」
ブラッドの手元に長剣が召喚されるが、それは蒼炎に包まれていた。
「俺は人の六罪の内の一つ、哀しみを司るもの。六つの罪を以て、辰の刻、貴様を虚無に還してやろう」
ストラトスが槍を構え、力むと無明の闇が噴き出し、穂先を形成する。
「元はと言えばあんたのせいでアルバは帰ってこられなかったのか……!ぜってぇぶっ倒す!」
いきり立つストラトスを諌めるように、シエルが並び立つ。
「余り熱くならないで。冷静さを欠いてしまったら、あいつの技に対応するのは至難の業よ」
「ああ。頼むぜシエル!」
ブラッドが順手のまま長剣を地面に突き立て、吼える。
「さあ来い、アルバを救う覚悟を見せてみろ」
蒼炎の長剣が神速の三連攻撃を振り、蒼炎の刃が放たれる。ストラトスが槍を背に添えつつ背中で刃を逸らしながら、穂先を向けて突進する。ブラッドは真正面から一歩で肉薄し、槍を左手で逸らし、瞬時に逆手に持ち替えて斬り上げを放つ。ストラトスも槍から左手を離して体を外側に捻ることで切っ先を躱し、ブラッドが即座に順手に戻して薙ぎ払う。ストラトスは多少無理に足を折ることで姿勢を崩し、長剣を避け、足を開く力で後転して体勢を戻す。距離を詰めようとしたブラッドにシエルが踵落としを放ち、彼は振り返ることで踵が背中を掠めるだけに終わり、翼のように背から噴き出した蒼炎に巻かれてシエルは怯む。同時に頭上にワープゲートが現れ、フォルメタリア鋼製らしき瓦礫が落下してくる。シエルは躱すことなくそれを掴み、逆に自分の鋼でコーティングして素早い斬り上げから振り下ろす。ブラッドは斬り上げを弾き、逆手に持って瓦礫を切っ先で奪い取り、一歩踏み出した速度を活かしてタックルを叩き込み、上空から急降下してきたストラトスの眼前にワープゲートを産み出す。しかし、穂先がワープゲートを貫いて現れたために長剣から蒼炎の渦を放ちつつ迎撃する。穂先は長剣の腹と滑り合って凄まじい火花を散らし、ストラトスは時間を踏み台にしてもう一度空中へ飛び上がる。そこに両手に鋼を纏わせたシエルが高速で肉薄し、右拳を放つ。ブラッドは宙返りしつつ爪先で拳を弾き後退する。
ストラトスがシエルの真横に着地し、両者は仕切り直しのように呼吸を整える。
「流石に曰く付きなだけはある。今の攻防で一太刀も与えられんとはな」
ストラトスが得意気な表情をする。
「なめてもらっちゃ困るぜ。俺たちだって、あの戦いで強くなったんだ。そう簡単に倒れはしない」
ブラッドが微笑みを返す。
「貴様が多くの人間から求められるのも尤もだな。父親とは大違いに、溌剌とした輝きがある」
彼から噴き出す蒼炎が勢いを増す。
「ならばその輝きを、我が炎で飲み込んでやろう!」
そして蒼炎の一部が体から分かれ、ブラッドの姿を成す。本体のブラッドは蒼炎で出来た長剣を左手に持ち、双剣士のスタイルを取る。
「普通の戦いならば、双剣など格好付けにしか役立たぬお笑い草ではあるが……常人など、もはやどこにも存在しない」
ブラッドは一歩踏み出し、ワンテンポ遅れて動いた分身がシエルを牽制しつつ、ストラトスの眼前に現れてまず左を横に振るう。ストラトスが防御するが、蒼炎で作られた刀身は槍の柄をすり抜けて彼の鎖骨周辺を横に焼く。咄嗟にストラトスは石突きを振り上げるが、それを見切ったブラッドは一回転し長剣の切っ先をストラトスの背中側の肋骨に突き刺す。鉤のようになった切っ先を引き戻すことで彼の体を大きく引き裂くが、ストラトスは石突き側に無明の闇を集中させて刃を産み出し、握り方を逆転させて突き出す。同時に時間を槍から解放してブラッドの動きを鈍化させ、確実に左胸を貫く。そのまま上へ斬り上げて肩口まで奪い取り、蹴りで突き放す。更にそこへ分身を突破したシエルが追撃の鋼の槍を放ち、咄嗟に防御に使われた右の長剣を中腹からへし折る。
ブラッドは受け身を取り、着地する。
「双剣に分身と手数を増やしても、所詮は小手先の手段にしか過ぎないわ」
シエルが拳を構え直し、ストラトスもそれに続いて傷を塞ぎ、槍を持ち直す。
「悪いけど、あんたには止めを刺させてもらうぜ」
その言葉を聞くや否や、折れた長剣を見てブラッドは笑う。
「まだだ。俺にもやらねばならぬことがある」
ブラッドを包むように凄まじいシフルの嵐が巻き起こる。
「我が覇道!今こそ光満ちる曙へ堕ちよう!来たれ、ノア!」
巨大な蒼黒の槍が嵐を引き裂き、漆黒の人馬が姿を現す。
「なんだぁ……!?」
ノアの放つ異様な闘気に二人は気圧される。そんな二人へ、ノアのやや虚ろな視線が向く。
「我は隷王龍ノア。哀しみより生まれし、力への欲望なり。凡てを滅ぼし、真の強者として時代に名を刻むものなり」
ノアから奔流のごとき闘気が溢れる。
「結末へ、我は向かおう」
言葉を合図に、ノアは走り出す。その様から感じる気迫は相当なものであり、ストラトスが僅かに出遅れる。シエルは鋼の槍を射出しつつ軸をずらす。ノアはそんな攻撃は意にも介さずストラトスへ槍の一振をぶつける。威力を本能で察したストラトスは竜化し、時間障壁を産み出し一瞬を用意して飛び退く。槍が地面を打ち砕き、その隙にストラトスは全力の砲撃を叩き込む。が、それが届くよりも早くノアは動き出し、シエルへ狙いをつける。その場で槍を振るい、生まれた凄絶な闘気の嵐に彼女は巻き込まれて大きく上空に打ち上げられる。ノアは飛び立ち、シエルへ大上段から槍を両手で振り被る。
「……ッ……!」
ノアの挙動がスローモーションのごとく見え、シエルは目を見開く。
「シエルッ!」
ストラトスの叫びも遠目から聞こえ、槍が直撃する。如何に人外に等しい彼女であったとしても、その衝撃は到底許容できるものではなく、即座に粉微塵に消し飛ぶ。ストラトスが呆然としていると、ノアが轟音を立てて着地する。
「まずは一つ」
淡々と告げると、怒りも哀しみも表す暇なくノアがストラトスへ突撃する。ストラトスは反応できず槍の一撃を防御するが、そんなものは児戯とばかりに破られ、滑稽なほど甚だしく吹き飛ばされ山肌に激突する。巻き上げられたオオアマナの花弁がまるで雪のごとく黄昏の中を降り注ぐ。
「が、はっ……」
ストラトスの竜化は解けており、痛みすらわからないほど意識が朦朧としていた。それでも躊躇なくノアは追撃のために突進する。
槍が振り下ろされ、ストラトスも消し飛ぶ。花弁はもう一度舞い上がり、そしてひらひらと落下してくる。
「これで二つ」
ノアが体勢を戻すと、今しがた出来たクレーターに無明の闇が集まっていくのが見える。闇はストラトスの体を形成すると、完全に再生させる。ノアは再び槍を振り、一撃でストラトスを消し飛ばす。瞬間、闇がストラトスを再生する。続く槍の一撃を、ストラトスは背から槍を抜き、全力で無明の闇を産み出して拮抗し、押し返す。ノアは沈黙し、ストラトスは呼吸を整える。
「あのキスはそういうことかよ、千早……クソッ」
ストラトスが呟くと、ノアは彼をただ凝視する。
「おい、クソッタレ!てめえには絶対死んでもらうぜ!」
ノアはストラトスの威嚇にもまるで反応せず、突然槍で自分の腹を貫く。
「……?」
理解が出来なかったが、程なくしてノアは言葉を発する。
「哀しみの竜神よ、我らが咎の魂を喰らい、寂寥たる世界に弥終の一撃を。出でよ、暴嵐」
呪詛と共に、ノアの体を飲み込んで嵐が巻き起こる。嵐を打ち破り、巨大な風の竜が姿を現す。
「我は九竜・暴嵐。哀しみを司りし、真竜が一なり」
「今の俺は虫の居所が悪いんだ。長話をするつもりはないぜ!」
ストラトスは竜化する。その姿は今までと違い、パーツが所々黒く染まっており、放つ闘気も無明の闇混じりになっていた。禍々しい装飾の槍を持ち、突撃する。
「くたばれッ!」
先ほどまでとは桁違いの破壊力の槍の一閃が放たれる。しかし、暴嵐は一切ダメージを負った様子はなく、ただストラトスの行動を見ていた。
「哀しみから目を背け、憎しみや怒りだけを増幅させるのか?凡てを認めるものは強い。だが、お前は?見ろ、優しさゆえに己の力量すら測れず、友を失い、今お前の体の主導権すら闇に奪われた。お前は敗者だ。負けたのだ。凡てに。救えず守れず生き残れず。斯様な結末になるのなら、初めから千早に溺れておくべきだったな」
ストラトスは言葉を遮るように一心不乱に攻撃し続ける。暴嵐は防御らしい防御はしていないが、僅かにすら手応えを感じない。
「夢とは儚いものだ。将来の展望にしても、華やかな眠りにしても。そうだ。凡て儚いのなら、凡てを諦めた先にある世界を見ようではないか」
突如として、周囲に風が吹き荒れ出す。
「逃げ出したくば逃げるがよい。責めはせぬ。尤も――今の盲目なお前では、何も見えぬか」
暴嵐は空を仰ぐ。
「遍く哀しみ、哀れみ、その全て……貴きものよ。なればこそ」
集合した風は嵐となる。
「〈哀しみの天津風、閉じよ三千世界〉!」
雪山ごと巻き込んだ最大級の嵐が、全てを巻き上げ天へ還していく。当然ストラトスにもほぼ無抵抗で直撃し、延々と舞い上がっていく。
「今生をさえ憂え」
嵐が収まると、砕け散った大地の欠片と共にストラトスが落下していく。
「終わりだ。曙の鎖よ、お前の願いは叶ったぞ」
暴嵐がそう呟いたところで、一筋の閃光が視界を横切り、ストラトスを拾い上げる。閃光の正体たるヒカリが、右前腕に刻まれた痣を輝かせて叫ぶ。
「憎しみの竜神よ!我が鮮烈なる魂を糧に、曇天に覆われし世界に破断の裁きを!出でよ、宙解!」
現れたのは体表に宇宙を宿した竜、宙解だった。
「宙解か」
「暴嵐、我らの定めに従う」
「元より。我らは依代を使うことで現世に顕現し、代わりに依代の願いのために戦う」
「良し」
それだけの言葉で、両者は戦闘を開始する。本気で殺し合うつもりはないのか、緩慢な動きで、挙動だけ見れば単に蜥蜴か蛇がじゃれているようにしか見えない。しかしながら、周囲にもたらす影響は甚大で、周囲の瓦礫はもはや跡形もなかった。ヒカリはストラトスを抱えたまま飛び去る。宙解が暴嵐の攻撃を受ける度に呻くが、それでも飛び続け、距離を取ったところで宙解を消す。
ヒカリが居なくなり、宙解も消えたことで暴嵐は戦闘を止め、その場に漂う。
「優しいだけでは生き残れない。人間性というものは、単に善を良しとすれば済むものではない。寧ろ……他人の痛みを知れる人間ほど、苦しみを慮ることが出来る人間ほど、残虐で非道なものだ」
暴嵐は消え、ノアは消え、ブラッドとなって黄昏の中を落ちていく。
「こんなものだろう、アルバ。シエルは仕留めた。後は貴様が決着をつけるがいい。ミテス、ソニア、マリ、イスア、ネクタリス。俺たちは、役目を終えた」
五人の姿がぼんやりと現れ、いきなりミテスが口を開く。
『役目を終えたのは確かだがね、悔いがないと言えば嘘になるよ。もっと偏りまくった美少女でシコりたかった』
ソニアが続く。
『まあ確かに、私も声の仕事がしたかったな』
マリがため息をつく。
『ソニアは地声の方が可愛いと思うし、ミテスは死んで当然だな』
イスアが空を見上げて呟く。
『我らは天より出でて地に飛び上がるもの。新しきは幼子の始まりから剣となる』
ネクタリスが腕を組む。
『拙僧は悔いはない。ブラッド殿はどうだ?』
会話を振られたブラッドが微笑む。
「俺は騎士団の皆に比べて長く生きすぎた。そろそろ会いに行かねばな」
その言葉に五人は微笑む。ブラッドも満足げに目を伏せ、黄昏を落ち、闇に融けて消えた。
三千世界 アタラクシア
「ん……」
ストラトスが目を覚まして起き上がると、そこはアタラクシアの屋上だった。眼前ではヒカリが腕を組んで佇んでおり、その左右には巨大なガントレットが一本ずつ床に突き刺さっていた。
「やっと目覚めたか。たかが仲間の二人を失った程度を腑抜けたときは失望しかけたが、ここで終わる貴様ではないはずだ」
ヒカリの言葉にストラトスは反応する。
「そうだ、シエル、セレナ……」
「貴様は、アルバを救いに来たのだろう?ならばなぜ、犠牲に心を痛める?」
「なぜ、って……そりゃ当然だろ!?仲間が死んでるんだぞ!」
「二兎を追うものにしか二兎を得る権利はない。だが、一兎を逃した時点で不貞腐れる程度の精神力しかないのなら、元々二兎を追うのは無謀だったな」
「あんたはそうじゃないのかよ……いや、そうだったな。あんたは真っ直ぐだった。ただ遮二無二、完全な未来のために戦っていた」
「私にはそもそも、追うほどの魅力のある目的が一つしかなかった。貴様のように欲張りではないのでな」
ヒカリの眼光が鋭くなる。
「覚悟は出来ているか?私は出来ている。貴様を滅ぼすことに、私の全てを懸ける。二度と世界の輪に帰れぬとも構わない」
「覚悟……」
ストラトスはしばし目を伏せる。
「(千早は俺と一緒に居たいがために、俺を力ずくででも引き止めようとしてきた。アルバは親父から始まった血の呪いを絶つためにセレナと戦った。どっちも自分が選んだ道のために、全てを懸けて向かっていってた……)」
そして目を開く。
「俺も覚悟を決める。俺の体が千々に吹き飛ぼうが、アルバを助けて、千早の下まで生きて帰る!」
「ふ、それでいい。嬲り殺しでは戦う意味がないからな!」
ヒカリはガントレットを装着し、ストラトスは槍を握り無明の闇で穂先を作り出す。
「貴様の輝きはこの程度でくすみはしまいッ!」
ガントレットから閃光が迸り、ストラトスは時間障壁と無明の闇の二段構えで受け止め、それを圧縮しつつ一つの光線にして弾き返す。左のガントレットを盾にして突進し、薙ぎ払う。槍の柄を背に添えて受け流し、穂先を踵につけて翻りつつヒカリに斬撃を与える。
「ぬあああああッ!」
ヒカリは怯むどころか寧ろ威勢を増し、全身の血管から閃光を放ちながら突っ込む。ストラトスは背に槍を添えて受け流そうとするが、気迫に満ちた猛撃で防御を崩され、ガントレットの殴打を受けて縦回転しながら吹き飛ばされる。
「消し飛べ!」
二つのガントレットに閃光が満ち、ヒカリは光速で移動してストラトスへ総身の力を込めた光線を叩き込み、巨大な光の柱が立ち上る。しかしストラトスはそれでは倒れず(消し飛んで再生したのかもしれないが)、時間障壁で停止させていた闇で作り出した槍を弾幕のように放つ。ヒカリはその反撃を予想していたように全身から光線を放って全て撃ち落とす。二人は同時に前進し、互いの得物を衝突させる。
「熱いな、貴様の闘志!あの戦いでは、貴様のような愚か者に敗れたのを認められなかったが……ついに貴様も、研ぎ澄まされた意思を手に入れたか!」
「ああ、やっと思い出したぜ。あん時バロンさんに言われたことを……!」
ストラトスから吹き出る闇が徐々に黄金の輝きへ変わっていく。
「守るべきもの一つ一つ、そいつらの大切さを噛み締めて、俺は進む!」
槍の穂先も閃光が凝縮したものに変貌し、ガントレットを押し返し、閃光の槍を弾幕のごとく飛ばす。
「ガアアアアアア!」
ヒカリの咆哮で弾幕は消し飛び、光速で振られたガントレットの一撃をストラトスが同じく光速で弾き返す。回避も防御も許さぬヒカリの連撃に、ストラトスは一切逃げずに往なし続ける。ガントレットの強烈な刺突を寸前で弾き返し、素早く身を翻してヒカリの首許を狙う。あちらも同じように寸前で躱し、首の薄皮を削ぎ落とすに留まる。ストラトスはその瞬間に竜化し、至近距離で閃光となった全力の砲撃を叩き込み、遂にヒカリを後退させる。
ストラトスの竜化した姿は、黒化したパーツが元に戻っていた。
「ふん、この痛み……完全な未来を求めていた頃は、忌まわしくてしょうがなかった……だが事ここに至って言えば、痛みがあるからこそ、戦う価値がある!」
「俺はこの戦いに挑む理由は一つだ。あんたを倒す、それだけだ!」
「そうだ!この先を見据えず、私との決着に向き合え!」
ヒカリは虎の装甲を装着し、互いに黄金の闘気を放つ。
「行くぞストラトスッ!」
「望むところだッ!」
両者は鏡合わせのように閃光を放って加速し、先手を打ってヒカリがガントレットを手の甲側から薙ぎ払う。ストラトスは飛び上がり、一気に肉薄して撃掌を叩き込み、更に短長二つの剣を産み出して短剣で斬り上げて爆裂させ、長剣を突き出して爆発させる。ヒカリはガントレットではなく己の拳でストラトスの顎を殴り飛ばし、一気に引き戻し、二連続で渾身の掌底をぶつけて大きく怯ませる。隙を逃さずガントレットを地面に突き刺し閃光を炸裂させて牽制しつつ、フロントステップで距離を詰めてガントレットの連打を放つ。怯みながらもストラトスは立て直し、自分の時間を加速させて蹴り上げ、ガントレットを大きく弾く。そのままテイクバックすら取らずに蹴りを連打する。それでもその蹴りは強烈な威力を持ち、ガントレットと拮抗する。自分の感じる限界まで足の速度を加速させ、踵でガントレットの先端についている爪を一本へし折る。更に地面から槍を噴出させてヒカリの虚をつき、ストラトスはその槍を掴んで両足でヒカリを蹴り飛ばし、高速回転して勢いをつけ、槍を振り下ろしつつ急降下する。ヒカリの装甲に斜めの切創が生まれるが、彼女は怯むことなく瞬時に反撃する。ストラトスも当然それを見越して、反撃を確実に防御する。再び、両者の得物が競り合う。
「ああ、本当に使命というものは心を曇らせる。平和を望んでいたのは事実だが、心のどこかで、私は戦いを望んでいた」
「俺には永遠に理解できないんだろうな、それ」
「理解し合う必要などないだろう」
「そうだな」
ストラトスはわざと防御を崩し、自分を一気に加速させて槍を振るう。光速のガントレットの爪が自分を引き裂く前に、逆に爪を全て折り取る。そのままの勢いでヒカリの左腕を斬り飛ばし、全力の輝きを穂先から放って彼女を焼く。後退したヒカリは片膝をつき、右腕のガントレットが鈍い音を立てて落下する。
「くっ……ふん、ふふふ……こんなに心地よい敗北は初めてだ」
ヒカリはストラトスへ視線を向ける。
「貴様の勝ちだ。あの時は、完全なる未来を優先した結果、決着がついていなかったからな」
ストラトスは竜化を解きつつ近づく。
「あんたは、これで満足なのか」
「ああ、満足だ。貴様は確かに、私を上回った」
ヒカリは立ち上がり、彼に右前腕を見せる。そこには、奇妙な痣があった。
「それは……」
「これは九竜の刻印。私がアルバによってこの世界に呼び出された証明だ。貴様が――貴様がアルバを救うつもりなら、恐らくは貴様自身の旅の終わりがそこだろうな」
「……」
「貴様を倒すだけなら、今ここで九竜を解き放てば出来るのだろう。だが、そんなことをしても意味はない。さあ行け、ストラトス。シエルに導かれ、セレナと削り合い、私が照らし出した道の果てへ。それが例え暗黒であろうとも、貴様が信じた道を行け」
「ああ……!」
ヒカリは右手を差し出す。ストラトスは勢い良く右手で掴み、握手する。そして手を離し、彼女の横を通り過ぎて飛び立っていった。
「宙解。恨むのなら、貴様を私に託したアルバを恨むのだな」
ヒカリが呟くと、痣が光って言葉を返す。
「我ら九竜は、依代の願いを果たすためにここにある。お前がどういう使い方をしようが、それはお前の望んだものだ。我らにとやかく言う資格はない」
「物好きな竜だ。なら、世界が終わるまでは話し相手になってもらおうか」
「構わん」
宙解が顕現し、ヒカリと並んで黄昏を見つめる。ヒカリは力なく笑うと、瓦礫を椅子代わりに腰かける。
「私がここまで感情的になるとはな。もしかすると、私は最初から、新人類などではなかったのかもしれん」
二人の談笑は、徐々に崩れ行く黄昏に消えていった。
「予想通りね!」
無限に満ちる黄昏の中で、竜化したストラトスの背に乗ったシエルが叫ぶ。
「ああ!ここが超複合新界、三千世界ってことで間違いなさそうだ!」
ストラトスが答えると、横に並んで飛んでいた竜化したセレナが続く。
「どうやら時間の概念が消滅しているようね……ストラトス、時間障壁の使い方は気を使った方がいいわ」
「わかった。さてと、どこに千早とアルバがいるんだ?」
シエルが続く。
「千早はどうせシャングリラでしょ。アルバは……」
一行の視線が頭上の球体へ向く。
「ま、あれでしょうね」
「だろうな。どうみても怪しいぜ、あれ」
セレナは手頃な浮遊大地を見つけると、ストラトスに合図して急降下する。
「ともかく、千早に会わないと。どういう経緯でアルバがここに流れ着いたのか、何もわからないわ」
三千世界 神都タル・ウォリル
頂上が砕けたカテドラルの麓に広がる、神都の残骸に一行は着地する。
「これは……異史のカテドラルね」
セレナが地表に散らばった白い陶片のようなものを拾う。
「それにしても不思議な場所ねー」
シエルが空を見渡す。
「あの球体を空間の中心として、底の部分を重ね合わせた擂り鉢状に前の世界の残骸が続いている……って感じ?」
「たぶんね」
セレナが答えつつ陶片を投げ捨てる。
「シャングリラは何の弾みで侵入できるかわからないから、とりあえず暴れて、千早にこちらを認識させる必要があるわ」
と言うと、セレナは徐に長剣と短剣をそれぞれ抜く。
「隠れてないで出てきなさい。待ち伏せのつもりなら、向いてない、と言わせてもらうわ」
セレナが長剣の切っ先を向けた方向にある巨大な瓦礫の影から、ブラッドが現れる。
「奇襲するつもりなどない。貴様らが来るのが遅いだけだ」
ストラトスがセレナに並ぶ。
「こいつは?」
セレナが答えるより早く、ブラッドが口を開く。
「我が名はブラッド。ブラッド・フランチェスだ。異史ではChaos社のヨーロッパ支部外部特殊作戦部隊を率いていた」
「なんでそんなやつがここに?」
「貴様が知る必要はない……と、いつもなら言っただろうが……」
ブラッドは切っ先が鉈のごとくなった赤紫の長剣を抜き放つ。
「来い。俺はあいつのために、貴様の力を測らねばならん。下らん戦いをすれば、貴様は俺の刃の錆となる。女共も構えろ。纏めて相手をしてやる」
その言葉で、シエルも拳を構えて二人に並ぶ。
「随分と大きく出たわね。元Chaos社なら、私やセレナのことも知ってると思うんだけど?」
「知っている。知った上で喧嘩を売っている」
ブラッドは長剣を逆手に持つ。
「さあ来い。気を抜けば、一瞬で肉塊にしてやる」
ストラトスが一気に踏み込んで槍を突き出すと、ブラッドは穂先を掴んで引き込み、膝蹴りを彼の顎にぶつけ、身を引いてアクロバティックに回転し、ストラトスの頭を掴んで地面に叩きつけ、背後から一気に接近して拳を放ってシエルの攻撃を長剣で往なし、切っ先の鉤針の股の部分にシエルの手首を引っ掻け、前方に投げ飛ばす。更に自分を囲むように産み出された魔力の剣を驚異的な身体能力で飛び抜け、空を蹴って一瞬で加速し、セレナの眼前に現れ、瞬時に三つの斬撃を繰り出す。セレナは思わず咄嗟に短剣で防御するが弾き飛ばされ、遅れながらもギリギリ長剣で二度の斬撃を弾き返し、短剣を手元に戻して一気に踏み込みつつ長剣を突き出す。
「生憎だな。ミテス!」
ブラッドの背後にワープゲートが現れ、それに飲まれ、セレナの頭上から現れる。長剣を順手に持ち、不意を突かれたセレナの背骨を一気に切り裂く。彼女が倒れた向こう側から、ストラトスが槍を放り投げ、ブラッドがそれを当然のように弾き返す。しかし、その死角から懐に飛び込んできたシエルには反応できず、強烈な撃掌を受けて彼は大きく後退する。
「なるほどな」
ブラッドは長剣を消す。
「貴様らの力はある程度わかった」
セレナが背中に刻まれた大きな切創を塞ぎながら立ち上がる。
「ったく、私が一番っ……損してるんだけど……?」
双剣を鞘に収め、セレナはストラトスたちと共にブラッドの方を向く。
ストラトスが言葉を発する。
「あんたが力を認めてくれるのは嬉しいところだけどさ、それで何があるってんだ?」
「貴様らは先ほど空で、千早がどうとか、アルバがどうとか言っていただろう。そのどちらかに関係があることだ」
「どちらかって……どっちだよ」
「自分で確かめろ。どのみち、進む以外に選択肢はあるまい」
ブラッドは突然現れたワープゲートに消える。
「自分で確かめろって……勝手なヤツだな、あのブラッドって人」
ストラトスが愚痴をこぼし、セレナが続く。
「でも言っていることは正しいわ。しかもこちらの、とりあえず暴れるっていうのも達成できたし」
シエルが頷く。
「先へ進みましょ。どちらにせよ、それしか選択肢はない」
カテドラル
倒壊した最上層の玉座に片肘をついてブラッドが座っている。
「あれがアルバのお望みの男か?」
ブラッドの視界にぼんやりとマリたち五人の姿が浮かび上がり、マリが頷く。
『そうだ』
「ふん、貴様らに協力することは構わんが……力を試すなどと、温いことは性に合わん」
『だが、先ほどのお前の戦い……程よい加減だったぞ。流石は剣豪だな』
「誰が俺のことを剣豪と呼んでいる」
『あれだけの使い手など、私は他にルクレツィアしか知らんな』
「あの小娘と同列など気に食わんが、褒め言葉として受け取っておこう」
ブラッドは立ち上がる。同時に、視界に映っていたマリたちは消える。
「何にせよ、俺たちはアルバのために死に行く定めだ。最後の時までは、我らが血涙、涸れぬようにするとしよう」
三千世界 レジスタンスヤード
一行がカテドラルを通りすぎ、次の浮遊大地へ辿り着く。そこは砂地に興った村のような風貌をしており、ストラトスが驚きの声を上げる。
「ここってオーストラリアのアジトじゃねえか!」
彼は駆け出し、半分ひしゃげたフェンスに触れる。そしてアジトを見渡す。フォルメタリア鋼製の建造物の破損した部分を鉄板やトタン屋根で補強している家屋たちは、当時のまま残っていた。
「最後の戦いで、アポロニアが敵側だって知ったときはここも滅ぼされてるんだろうと思ったが……」
シエルが並ぶ。
「思ったよりあの時のままね。私たちがルクレツィアに負けた時点で壊滅してるかと」
「いや流石にそれは――って、確かにそうか。アポロニアが敵だったなら、グラナディアさんの代わりにここの指揮を執るときに滅ぼすことだって出来たはず。だとしたら、俺たちがオペラハウスに輸送されているときか、オーストラリアを離れてからゾディアックタイムラウンドに格納されるまでの間に行動できたよな……」
「まあ、今となっては関係ないわね。三千世界にここだけ吸収されて、レジスタンスのみんなは居ないようだし」
「ああ。だが俺は一つ気になることがあるんだ」
「何?」
「あの日、俺たちが会議室に行った時のことだ。グラナディアさんが読んでた資料は確か……時間統合論についての論文だった気がする」
「へぇ。よく覚えてたわね、そんなこと」
「あの時は意味不明だったが、あれから俺たちなりに色々調べただろ。今ならそれを読んでも理解できるんじゃねえか?」
「でもグラナディアが持ち帰ってるんじゃない?」
そこにセレナが加わる。
「いや。ストラトスには悪いが、レジスタンスの識字率は基本的に低い。まして、あのグラナディアが読むような文献なら、高度な専門知識を持っていても難解なもののはずだ。それにグラナディアは実際にはヴァナ・ファキナ側の人間だった。時間統合論には興味がないと推測するのが普通だと、私は思う」
「ま、今ここで長々と駄弁ってもしょうがねえな。とりあえず探そうぜ」
ストラトスの言葉に二人は頷き、砂地を歩いて行き、崩れかけの集会所に入る。そのまま会議室に向かい、扉代わりの垂れ幕を潜る。
「……ッ!?」
瞬間、ストラトスは身を竦ませて怯む。彼の眼前に立っていたのは、非常に大柄な女だった。
「なんであんたが生きてんだ、ヒカリ!」
その声に反応し、背を向けていた彼女はゆっくりと振り向く。
「私は貴様に雪辱を果たすため蘇った」
「蘇った……って簡単に言ってくれるじゃねえか」
「だが貴様の前には私が立っている。それが事実だろう」
ストラトスが背の槍に手をかける。しかし、ヒカリはそれに反応しない。
「どういうつもりだ」
「まだだ。まだ貴様と決着をつけるときではない。アタラクシアの戦いでは、私と貴様は間違いなく五分だった。だが今の私はあれから更なる力をつけた」
「……。勝ち目のない戦いを挑んでこないのは、俺としては嬉しいが……あんたにとってはどうなんだ」
「あの時は負けられない理由が私以外の所にあった。だが今回は、私の誇りの問題だ。戦いが手段でなく目的ならば、圧勝に意味はない」
ヒカリはストラトスたちを押し退け、会議室から去っていった。
「よくわかんねえけど……まあいいや」
ストラトスは後頭部を撫でて頭を傾げつつ、机の上に放置された資料を見つける。
「あったぜ」
手に取った資料は複雑怪奇な計算式が数ページに渡って記述されており、その合間合間にも改行すらされずにぎっちりと文章が詰まっていた。
「私はパス」
シエルが一目見てそう言う。
「悪いけど私も。こういうのはロータおばさんの仕事だったし」
セレナもそう言って視線を外す。ストラトスは熱心に資料に目を通していく。しばらくして資料を机に戻し、彼は目頭を押さえる。
「どう、何か収穫はあった?」
シエルが訊ねる。ストラトスはそちらを向く。
「全く。とりあえず全部読んだけど一つも理解できない。こういう時、バロンさんかグラナディアさんが居てくれればな……」
「グラナディアって……本人を連れてきても二度手間なだけでしょ。じゃ、用が済んだなら先に進みましょ」
ストラトスが頷き、一行は集会所を後にする。砂地を踏みしめつつ、浮遊大地の端まで到達する。次の大地とは地続きになっており、一行はそのまま進む。
三千世界 オルドビス
レジスタンスヤードに比べて少しだけ下がっている大地は、延々と薄い水が張られた地表が続いており、その中を血管のように線路が張り巡らされていた。
「ここは見たことねえな」
歩きつつ、ストラトスが口を開く。続けて、彼はセレナの方を向く。
「なあ、そう言えばさ。アルバとはどこではぐれたんだ?」
「帰りの次元門よ。帰還用の次元門に入ってすぐ、次元門の流れがアルバだけ変わって飲まれた」
「次元門の乱れか……」
「次元門の流れを制御しても、あそこは凄まじいシフルの嵐よ。妨害しようと思えば、いくらでも妨害できる。しかし……誰かが、意図的にアルバを目的地に呼ぼうとしたのなら、妨害してきたのはかなりの手練れだ。あれだけのエネルギーの暴力を制御できるということになるからな」
「だけど、ヴァナ・ファキナは異史で俺たちに負けて、正史でも竜化封殺弾とかいうヤツに抑え込まれたんだろ?で、あっちの世界の親父もロータさんも毒をすっかり抜かれたみたいなヤツで……」
「千早たち、アルヴァナの勢力なら次元門を操る程度容易に出来ると、私は思うわね」
「千早……か……あいつ、今何してるんだろうな」
一行が薄水の上を歩み続けていると、次第に巨大な建造物たちに囲まれた都市部に辿り着く。
三千世界 電脳都市リンボク
ドーム状の都市は、天井が砕けて黄昏に照らされている。道端には生気を失って倒れている商品たちがいくつも見受けられた。
「……。生身の人間が殆どいないということは、彼女たちは……」
シエルが呟く。それにセレナが続く。
「生き物というより、物質に近いと」
「そういうこと。店の様子から見ても、風俗街と言ったところかしらね。実物を見たことないから知らないけど」
「消費物としての性は……私は正直虚しいとしか思わない」
セレナが歩を進める速度を上げる。ストラトスがシエルと歩調を合わせて会話に加わる。
「あいつがああ言うのも無理はねえな。親父の意思じゃなかったとは言え、強姦されたってのは事実……」
「そうね……」
一行は大通りを抜け、城に到達する。それは異様に巨大で、無数の提灯が吊り下げられ、周囲には機能停止したスポットライトが見える。遠目から見ると妖怪の類いにすら思えるほどの威容を誇っている。
「入る必要があると思うか?」
ストラトスが門の前に立つ。それにシエルが続く。
「道草を食ってる場合じゃない……と言いたいところだけど、情報が少なすぎるわ。どんな建物かくらいは調べてもいいんじゃない?」
「そうだな、よし」
彼が朱染めの木製の門を開く。二人はストラトスに続いて中へ入っていく。
三千世界 不夜城
入ってすぐ、広大な空間に出る。壁は朱で塗られており、中央には水の涸れた噴水が、床から突き出た金細工の柱の上に源を失った香がある。天井から吊り下げられたいくつもの巨大なシャンデリアは、電気さえ通っていれば絢爛だったのだろうと、想像は思い起こせる。
「なんじゃこりゃ……趣味悪いな」
「いかにも、って建物ね」
ストラトスとシエルが各々そう言うと同時に、広間の奥から上品な笑い声が響いてくる。一行は即座に反応し、戦闘態勢に入る。程無く、噴水の裏からアルファリアが現れる。
「あんたは……」
ストラトスが驚きの表情を向ける。
「アルファリア……」
ストラトスとセレナの声がハモる。
「待っていたぞ、時の落とし子。よくぞこの混沌の坩堝に来たな」
「なんであんたがここに……って、なんか俺ここに来てからずっと同じことばっか言ってんな」
アルファリアは余りまくった袖を口許に当てて微笑む。
「まあ無理もあるまいて。汝たちにとって、ここはあくまでも曙の鎖を追ってやって来た世界」
「あんたなら話が通じそうだな」
「ふむ。我は黒騎士や虎以下と言いたいのか?」
「んー……ちょっと誰のこと言ってんのかわかんねえけど、とにかく、この三千世界が置かれている状況とか、教えてくれねえか?」
「童の問いに答えてやってもよい。だが……」
「だが?」
「汝に用がある者が居てな。その者なら、全てを汝に与えるじゃろうて」
「何を――」
ストラトスが会話を続けようとした瞬間、彼は無明の闇に一瞬にして飲み込まれる。
「な!?」
「バカな!」
シエルとセレナが突然の出来事に驚き、それぞれ完全な攻撃態勢に入る。
「アルファリア!ストラトスに何をしたの!」
シエルが拳を構えて叫ぶ。
「我は斯様な下品な手は使わぬ。討つのならば、真正面から叩き壊すのみよ」
セレナが今にも竜化しそうなほど殺気立つ。
「なら、誰がやったと言うの」
「そうだな、会えないほど、結ばれないほど、恋は燃え上がるものだろう?」
「婉曲的ね」
セレナは竜化し、ワープしつつ長剣を突き出す。アルファリアは指一本でそれを難なく受け止める。
「早まるな、零なる神の破片。あの男が行った場所ならばわかるが、もはや処遇は我も預かり知らぬ」
「どういうことよ……!」
「ふん……」
アルファリアが力むと、凄まじい波動が迸ってセレナが吹き飛ばされ、彼女は受け身を取ってシエルと並ぶ。
「面倒なものよな、愛情など。そもそも、男だの女だのと、性別などという下らんものがあるからこんなことになるのだ。我のように、そんなものを超越した美しさを持てば、悲劇も起こらぬ」
シエルがしびれを切らしたように話しかける。
「ねえ!さっきから言ってることの半分も理解できないんだけど!?」
「理解する必要はない。……ふむぅ。多少気の毒ではあるが、汝らの存在はもはや不要。死んでもらおう」
アルファリアは一方的にそう言うと、右手を伸ばす。人差し指の爪にどこからか青い蝶が飛来し、着地すると同時に彼女が青い粒子になって消滅する。そして蝶から凄まじい波動が起こり、目を伏せた兎頭の天使が顕現する。
「汝らは時間の捩れが産み出した毒。この世界と共に潰えるがいい」
日本深界・志賀島
「うっ……くっ……」
ストラトスが意識を取り戻し、重たい体を起こそうとすると、ぷにぷにの手でそれを制され、再び後頭部に柔らかな感触が訪れる。ゆっくりと目蓋を上げると、覗き込んでくる千早の顔があった。
「千早……か……?」
朧気に言葉を紡ぐと、千早は満面の笑みを浮かべる。
「はい。あなた様の千早でございます」
次第に意識が明瞭になっていくと、ストラトスは自分が今どういう状況なのか把握して飛び起きる。立ち上がって千早を見ると、千早は正座していた足を崩し、横座りになる。
「ストラトス様?」
千早が少し困ったように視線を向ける。
「いや、俺はシエルともこんなことしたことな――いやいや、それよりも……ここは?どうして君が……」
「シエル……こほん。ここは志賀島。福岡県の沖合いの深海にある空間です。異界化して切り取られた、福岡の、ですが。私がここにいる理由は単純明快。私は無明竜アルヴァナの配下の巫女として、ここに住んでいます」
「なる……ほど……?」
「本当ですよ?ここに何兆年もじっとしています。那由多、無量大数で量れぬ程じっとしなければいけないときもあります。ちょっとした休憩はありますけれど」
「すげえな」
千早は立ち上がり、ストラトスに抱きつく。
「っと、おい……」
「すみません、つい」
「別に構わねえけど……早くシエルたちの所に戻らないと。千早もついてきてくれるよな?君がいるなら百人力だ」
ストラトスが千早を見下ろすと、見上げてきた千早と視線が合う。
「いいえ」
「え……?」
予想外の返答に困惑する。
「な、なんでだよ……?」
「私があの戦いで味方をしたのは、お姉ちゃんに頼まれたからです。私個人の意思で動ける今……〝シエル〟にも、〝アルバ〟にも……与する義理はありません」
「ん……?」
ストラトスは千早の急な呼び捨てに違和感を覚える。
「お、おい……」
「えへへ」
千早から感じる気配が、少しずつ変わっていく。
「もう離しませんよ。あなた様は私の力で、血の呪いを離れ、永劫に私とここで幸せを謳歌するんです」
「ちょっと待ってくれ。何を急に」
「私はストラトス様がどういった人なのかちゃんと理解しているつもりです。あなた様は、人を想い、敢えて苦難の道を選び、その中で幸せを得る」
ストラトスは千早から目を離せない。
「ならば、あなた様の進む活力となる全てを打ち砕いて差し上げましょう」
千早が左手だけを離し、壁面へ向ける。海水が揺れ、映像が映し出される。映像では、シエルとセレナが変身したアルファリアに一方的に叩きのめされていた。
「な……!これはどういうことだ、千早!」
ストラトスが映像を見てすぐに千早を突き放す。
「私はあなた様を支えたいと思っております。あなた様と添い遂げたいとも。ですがそのために、あなた様をねじ曲げることに何の躊躇もありません。あなた様に惹かれた理由がなんであれ」
「君はいったい……!」
「私はただの巫女です。無限の時間をただ孤独に生きるもの」
千早は両手を広げる。
「あなた様はこのまま、私の愛への渇きを満たすためにこの深界で揺蕩うんです。アルバもシエルも、全て守るべきものがないなら、あなた様に生きる明日はない」
ストラトスは槍に手をかける。
「そこまでわかってるなら、俺がやることもわかってるだろ」
「はい、もちろん。真正面から、完膚なきまで、叩き潰して差し上げます」
構えると同時にストラトスは飛び出し、槍を放つ。千早は手刀を振り下ろし、呆れ返るほどの衝撃が巻き起こる。ストラトスは背中で衝撃を受け流しつつ、身を翻して槍を振るって時間を撒き散らす。展開された時間の領域が漂い、千早の行動範囲を塞ぐ。続いて槍を放ち、千早はその穂先を拳一つでへし折る。ストラトスは竜化して棘から全力の砲撃を至近距離で叩き込む。
「あなた様は目映い。常人では耐えられぬほど輝きに満ちている。でも……」
千早は悠長に喋りつつ、無防備にストラトスとの距離を詰めていく。ストラトスは警戒しつつ一定の距離を保つ。
「全ては闇から生まれた。闇こそが、全ての母。輝きはそれに飲まれる定めなのです」
千早が右手を翳し、そこから波動を放つ。それだけでストラトスは激しく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「うぐ……バカな、たった一撃で……!」
竜化が解けたストラトスは、先ほど受けた衝撃から立て直せず、目の前に千早が歩み寄ってくる。
「あなた様のことですから、きっとまだ諦めてはいないのでしょう」
千早はストラトスの右手を取って、自分の左胸を触らせる。
「わかりますか、私の胸の高鳴りが」
そのまま自分の右手をストラトスの頬にあてがい、撫でる。
「愛してとはいいません。でも、愛さざるを得ないようにしてあげます。覚えていますか、アフリカのラボラトリで聞いたこと」
出来事の流れについていけないストラトスが戸惑いを隠しきれずに視線を泳がす。
「もちろん、あの時私を選んでくださったのは、忖度だと理解はしていますよ。でもあなた様はあの時、私がいいとおっしゃいました。うふふ……私には重い過去も、取り戻したいと思う後悔もないんです」
千早はストラトスに跨がる。
「シエルに出来なかったこと、あなた様が出来なかったこと、全部千早にお任せください。あなた様のその恋心が完全に砕け散るまで、何度も、何度でも蕩かして差し上げます」
千早が巫女服の中央にあるファスナーを下げていく。露になった純日本人らしい黄色《おうしょく》の肌は子供の艶やかさを帯びて、異常な色気を放っている。
「深淵に落ちて、無知蒙昧となるまで、幾度世界が滅びようと、ここから出ることなく……永遠に」
「断る」
「え」
ストラトスは千早の右手を掴み、そのまま押し倒す。
「今の俺にはしなくちゃいけないことがある。アルバを助けに行くんだ。だからここに君と居るわけにはいかない」
ストラトスの真剣な眼差しに、千早はひとまず口をつぐむ。
「俺はシエルのことが好きだ。彼女と共に生きていきたい。それでも君が、俺のことを壊してでも手に入れたい存在なら、俺は構わない。でも今はアルバを助けるのが最優先だ」
「約束……していただけますか?アルバを救った後、シエルを捨ててここへ来ると」
「何があっても、必ず君のもとへ帰ってくる。君と共に、ここで永遠を過ごそう」
千早は諦めたように目を伏せ、すぐに開く。
「ではひとつだけお願いが」
「……」
緊張した面持ちで千早を見つめる。
「ちゅーをしましょう。一度だけ」
「……。わかった」
ストラトスから距離を縮め、二人は短く口づけをする。僅かに互いの吐息を感じて、すぐに離れ、立ち上がる。
「きっと、戻ってきてくださいまし。でなければ……私は、あなた様の代わりに、世界を犠牲にします」
「任せとけ。俺は親父とは違う。絶対に戻ってくるぜ」
千早が右腕を振るうと、ストラトスの体が闇に包まれ、消える。ファスナーを上げ直し、まだ空間の中央に座り込む。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。私は……彼がここに戻ってくるとは、微塵も思っていません。あの人は、善意のゆえに身を滅ぼす。きっと、アルバを救えても、刺し違えることになるでしょう」
千早は目を伏せる。
「ニヒロ、そしてユグドラシル。私は、どんな力を借りてでもあなた様を……」
三千世界 不夜城
翠玉の双刀を渾身の力で放り、瞬間移動で逃げたセレナにそれが直撃して吹き飛ばされる。瞬時に双刀はアルファリアの手に戻り、接近してきたシエルを強烈な一閃で叩き伏せる。
「宙核の娘もこんなものか。なまじ力を持ってしまったがゆえに、より大きな力に叩き潰される……滑稽なものよな」
アルファリアが双刀を持ち上げ、シエルの頭を狙って振り下ろす――瞬間に、砕け散った噴水に闇が集まり、そこからストラトスが現れる。
「そこまでだ、アルファリア」
ストラトスが折れた槍を向ける。
「ふん、そんな粗末なもので我を貫く気か?」
「そう思うか?」
「ククク……はったりを使うとは、大した度胸じゃ。ならばよかろう。我は別に、汝たちに恨みも因縁もないのでな」
アルファリアは人間の姿に戻り、ストラトスを通りすぎて外へ去っていった。ストラトスはすぐにシエルへ駆け寄り、上体を起こす。
「大丈夫か、シエル!?」
「ええ……そっちは……?」
「俺は大丈夫だ。立てるか?」
シエルが頷きつつ立ち上がる。ストラトスもそれに従い、二人でセレナへ駆け寄る。
「全く……意気揚々と来てみたけど、さっきから損ばっかりしてるわ」
セレナが竜化を解きつつ立ち上がる。
「ストラトス、それ……」
穂先のなくなった槍に気づいたシエルが訊ねる。
「ああ、千早に会ってきた。で、色々あって折られた」
「千早は何か言ってた?」
「いや。味方にはなってくれないとだけ」
「そう……」
シエルが黙ると、セレナがスカートの裾の埃を払って口を開く。
「結局、アルファリアと戦うだけ戦って損しただけってことね」
セレナは不夜城の通路を進んでいく。
「とにかく、ヒカリとブラッドを追えばいいってことだよな」
「アルバの場所の情報もないし、千早が味方になってくれないってことはそうするしかなさそうね……」
二人もセレナの後に続いて進む。不夜城の通路を進んでいくと、浮遊大地の端に沿うように不夜城は砕け散っており、次に見えたのは、大地と呼ぶには余りにも頼りないものだった。
三千世界 コモンパージスフィア
深淵と戦った時と同じ残骸が漂うなかを、竜化したストラトスとセレナが飛ぶ。溶けたようにひしゃげた壁を抜け、一行はコモンパージスフィアの中央に降り立つ。
「私を探しているんですよね」
薄暗いキャットウォークの向こうから、ブーツが床を叩く金属音が響く。青い薄暗闇と黄昏が混じる境界に、その音の主が姿を見せる。カジュアルなローブに身を包み、竜化した右腕を携えるその少女は、まさにアルバ・コルンツだった。
「アルバ!?探したぜ、やっと会えた!」
ストラトスが歓喜の表情を見せる。アルバもそれにつられて優しく微笑む。
「私も待っていました。セレナちゃんのことも」
アルバからは殺気が漏れている。
「どういうことだ……?」
「私は決意しました。ヴァナ・ファキナの血族を滅ぼすと」
彼女はキャットウォークから飛び降り、右手をついて着地し、立ち上がる。
「ブラッドさんやヒカリさんとは出会えましたか?」
「あ、ああ……」
「そうですか。君なら、あの二人にも勝って、あそこまで来てくれると信じています」
アルバは頭上にある球体を見上げ、すぐに視線を前に戻す。
「では……私の役目を果たします」
コモンパージスフィアが音を立てて崩壊を始める。そしてアルバが落下し、鎖を召喚してセレナの足首に巻き付け、道連れに落ちていく。
「セレナ!アルバ!」
ストラトスが竜化してシエルを背に乗せつつ叫ぶ。追おうとするが、アルバが咄嗟に展開した鎖の防壁に阻まれる。
「ここに居たら瓦礫に飲まれるわ、逃げましょう!」
シエルの言葉にストラトスは冷静になり、その場から飛び退く。
「クソッ、あの様子だとあの二人が戦っちまうぞ!?」
「駄目よ!この世界の外側には無明の闇が満ちてる。余り落下してあれに近づいて、うっかり落ちたりしたら、帰ってこれないわ!」
「チッ!」
ストラトスは脱兎のごとく飛び去る。
三千世界 黄昏皮膜
アルバとセレナは延々と落ちていき、無明の闇を眼前にして、鎖に着地する。セレナの足首から鎖が離れる。
「セレナちゃん」
「アルバ……」
「これを」
アルバが何かの欠片を投げ渡す。セレナがそれを掴むと、閃光と共に肉厚の長剣の姿を成す。
「これは……?」
「ロータさんが持っていたものです」
「感じる闘気……これはあいつの……」
「そう。その中にはレイヴンさん、リータさん、アーシャさんの力が備わっている。そして私には……」
アルバの背から黒い骨の片翼が現れる。
「ロータさんの力がある」
「私たちの因縁にケリをつけるついでに、あの二人の因縁にも決着をつけるってわけ?」
「ええ……私たちは、あらゆる意味で反対の存在です。呪いの根源は同じでも、私たちの目的が重なりあったことなど、一度もなかった」
「いいわ。なら初めて、道を重ね合わせましょう」
セレナは短剣を引き抜く。
「私は守られるだけの存在だった。セレナちゃんは必死に自分の両足で立ち上がった。私は……セレナちゃんが眩しいと感じていました。でも実際は違った。君は、誰かの輝きに縋るだけの月に過ぎない」
「アルバ、あなたは違うとでも?あの戦いでストラトスが居なければ、あなたは完全なる未来の礎になって消滅するはずだった。以前のあなたに、それ以外の価値があった?父親に縋るだけのあなたに」
「過去と折り合いがついていないのは君だけだよ、セレナちゃん。一番最初に自立したように見えて、無理してるのは……関わった全員に透けて見える」
「無理なんてしてないわ。私は自分の意思であの世界を生きてきた」
セレナの全身から青い闘気が迸り、竜化する。
「終わらせてあげるわ、アルバ。元々の目的通り……ロータおばさんの血筋こそ、ヴァナ・ファキナの呪いの根源だからね」
「甘いよ、セレナちゃん。私たちは全員が死に絶えなければならない。どちらが勝とうが、最後には自害する必要がある」
「そう。どっちが正しいかは、勝った方が決めるでしょ」
「はい」
セレナが瞬間移動しつつ長剣を投げ飛ばす。高速回転しながら不規則な軌道を描くそれを、アルバは身を翻しつつ鎖を放って打ち返し、更に足元から天を繋ぐように鎖がいくつも現れる。セレナは縦の鎖を躱し、長剣を掴んで振り下ろす。翼と激突し、火花を散らす。
「そんな紛い物の力で、私に勝とうと?」
「力に嘘も本当もないよ、セレナちゃん。ただ強いかどうか、それだけに意味がある」
翼を振り抜いて長剣を往なし、アルバは素早く踵を振り上げ、セレナは短剣で弾き、長剣で強烈な突きを放つ。アルバは先ほどのように鎖を一本縦に産み出し、長剣の切っ先はそれを断ち切る。その瞬間、セレナの足元から少し強めの衝撃が発生する。それで体の軸がぶれ、隙を狙って放ったアルバの翼の一撃が深く腹を切り裂く。セレナが大きく怯んだところに、アルバは高速でもう一回転して翼を叩きつける。更に怯ませ、右腕に纏わせた暗黒竜闘気の鉤爪で掴みかかり、顔を鷲掴みにして至近距離で暗黒竜闘気を爆裂させて吹き飛ばす。
セレナは受け身を取りつつ、融合竜化する。そのまま長剣から闘気を全開にし、魔力の剣を伴いつつ剣舞のように暴れ狂う。
壮絶な闘気が暴れ狂い、極限まで衝撃が蓄えられた瞬間、長剣が輝く。
「〈アンビバレンス〉!」
視界が眩むほどの大爆発が周囲を包み込み、爆炎で何も見えなくなる。
「他愛もない」
「果たしてそうでしょうか」
煙が晴れ、姿が見えたアルバは無傷だった。
「な……!」
「割り切れと言っている訳じゃないんです。でも……目の前の敵にすら、集中できないんですか?」
アルバはゆっくりと歩き出す。
「セレナちゃんは強い。それでも、ここまで眼前の敵を見定められないのなら、私には勝てない」
その顔には優しさはなく、至極つまらなそうだった。
「さよなら」
目にも止まらぬ速度で鎖を放ってセレナを怯ませ、更に暗黒竜闘気を噴出させて吹き飛ばす。吹き飛ばされた先に黄金の渦が現れ、そこから螺旋する暗黒竜闘気の槍が次々と射出され、セレナの鎧のような表皮に突き刺さって高速回転し、削り取る。
「夜明けを迎える世界に、月は必要ない」
高度を合わせたアルバが右腕を掲げ、掌に暗黒竜闘気を凝縮させ、そのままセレナの顔を掴んで握り潰す。鴻大な衝撃が起こり、黄昏の世界に赤黒い閃光が轟き渡る。
閃光が収まると、そこにセレナの姿はなく、文字通り跡形もなく消滅したようだった。目映い光を放つ欠片を右手で掴み、黄昏を見渡す。
「覚悟は出来ています。最愛の人すら、今の私は躊躇なく殺せる」
アルバは球体目指して飛翔する。
三千世界 セレスティアル・アーク
ストラトスとシエルの二人は、水没した地下庭園の残骸に着地する。水面に浮かぶオオアマナの花弁には、結晶のような粉末がかかっているのが見える。
「あっちに見えるのは……雪山か?」
「みたいね」
二人が佇んでいると、後方で爆音が轟く。直ぐ様反応して振り向くと、黄昏の中に赤黒い閃光が見えた。
「あれは!?」
「セレナの使うものじゃない……」
「やっぱ戻った方が!」
駆け出そうとするストラトスを、シエルが正面に立って止める。
「駄目よ」
「なんでだよ!」
「あなたは、アルバを躊躇なく斬れる?」
シエルの言葉に、ストラトスは歩を進める気力を落とす。
「もし私が敵だったら、ちゃんと殺意を持って戦える?」
「いや……無理だ」
「今のあの子は、凄まじいまでに覚悟に満ちていたわ。お父さんからすら感じたことのないほどの、全てを敵に回しても己の目的を達成しようという意志が」
「もちろん、それはわかってるつもりだ……」
「ともかく、先へ進まないと……」
シエルはため息をつきつつ、前へ進む。
「あなたのこと嫌いじゃないけど、よく目的がぶれるのだけはいけ好かないわ」
「悪ぃな」
ストラトスは竜化し、シエルを乗せる。
「行くぜ」
三千世界 白百合の墓場
頂上に咲き誇るオオアマナの花畑に着地すると、ストラトスは竜化を解く。ポツンと置かれた墓石の前に、ブラッドが背を向けて立っていた。
「哀しいことだ。貴様は、余りにも自己犠牲が過ぎる。三千世界で、その優しさは致命的だ」
ブラッドが振り向く。
「情愛は人を狂わせる。かつての俺が、復讐に彷徨したように」
鎧の隙間から蒼炎が噴き出し、ブラッドは禍々しい姿となる。
「俺が責任を持って地獄に送ってやる」
ストラトスが折れた槍を手にし、ブラッドと視線を交わす。
「教えてほしいことがある」
「なんだ」
「アルバはセレナと帰る途中で、何があったんだ。俺にはあいつが……あんな風に振る舞うのを見たことがない」
ブラッドは少し沈黙し、意を決して言葉を発する。
「俺が、あいつを零下太陽へ引きずり込んだ。俺の復讐の糧とするために」
「な……!」
「だが、俺の目論見は外れた。零下太陽にアルバがやってくるのを見越していたように、人の六つの罪を司る者共が待ち構えていた。それらとの戦いの中で、アルバは世界を閉じる覚悟を決めた」
ブラッドの手元に長剣が召喚されるが、それは蒼炎に包まれていた。
「俺は人の六罪の内の一つ、哀しみを司るもの。六つの罪を以て、辰の刻、貴様を虚無に還してやろう」
ストラトスが槍を構え、力むと無明の闇が噴き出し、穂先を形成する。
「元はと言えばあんたのせいでアルバは帰ってこられなかったのか……!ぜってぇぶっ倒す!」
いきり立つストラトスを諌めるように、シエルが並び立つ。
「余り熱くならないで。冷静さを欠いてしまったら、あいつの技に対応するのは至難の業よ」
「ああ。頼むぜシエル!」
ブラッドが順手のまま長剣を地面に突き立て、吼える。
「さあ来い、アルバを救う覚悟を見せてみろ」
蒼炎の長剣が神速の三連攻撃を振り、蒼炎の刃が放たれる。ストラトスが槍を背に添えつつ背中で刃を逸らしながら、穂先を向けて突進する。ブラッドは真正面から一歩で肉薄し、槍を左手で逸らし、瞬時に逆手に持ち替えて斬り上げを放つ。ストラトスも槍から左手を離して体を外側に捻ることで切っ先を躱し、ブラッドが即座に順手に戻して薙ぎ払う。ストラトスは多少無理に足を折ることで姿勢を崩し、長剣を避け、足を開く力で後転して体勢を戻す。距離を詰めようとしたブラッドにシエルが踵落としを放ち、彼は振り返ることで踵が背中を掠めるだけに終わり、翼のように背から噴き出した蒼炎に巻かれてシエルは怯む。同時に頭上にワープゲートが現れ、フォルメタリア鋼製らしき瓦礫が落下してくる。シエルは躱すことなくそれを掴み、逆に自分の鋼でコーティングして素早い斬り上げから振り下ろす。ブラッドは斬り上げを弾き、逆手に持って瓦礫を切っ先で奪い取り、一歩踏み出した速度を活かしてタックルを叩き込み、上空から急降下してきたストラトスの眼前にワープゲートを産み出す。しかし、穂先がワープゲートを貫いて現れたために長剣から蒼炎の渦を放ちつつ迎撃する。穂先は長剣の腹と滑り合って凄まじい火花を散らし、ストラトスは時間を踏み台にしてもう一度空中へ飛び上がる。そこに両手に鋼を纏わせたシエルが高速で肉薄し、右拳を放つ。ブラッドは宙返りしつつ爪先で拳を弾き後退する。
ストラトスがシエルの真横に着地し、両者は仕切り直しのように呼吸を整える。
「流石に曰く付きなだけはある。今の攻防で一太刀も与えられんとはな」
ストラトスが得意気な表情をする。
「なめてもらっちゃ困るぜ。俺たちだって、あの戦いで強くなったんだ。そう簡単に倒れはしない」
ブラッドが微笑みを返す。
「貴様が多くの人間から求められるのも尤もだな。父親とは大違いに、溌剌とした輝きがある」
彼から噴き出す蒼炎が勢いを増す。
「ならばその輝きを、我が炎で飲み込んでやろう!」
そして蒼炎の一部が体から分かれ、ブラッドの姿を成す。本体のブラッドは蒼炎で出来た長剣を左手に持ち、双剣士のスタイルを取る。
「普通の戦いならば、双剣など格好付けにしか役立たぬお笑い草ではあるが……常人など、もはやどこにも存在しない」
ブラッドは一歩踏み出し、ワンテンポ遅れて動いた分身がシエルを牽制しつつ、ストラトスの眼前に現れてまず左を横に振るう。ストラトスが防御するが、蒼炎で作られた刀身は槍の柄をすり抜けて彼の鎖骨周辺を横に焼く。咄嗟にストラトスは石突きを振り上げるが、それを見切ったブラッドは一回転し長剣の切っ先をストラトスの背中側の肋骨に突き刺す。鉤のようになった切っ先を引き戻すことで彼の体を大きく引き裂くが、ストラトスは石突き側に無明の闇を集中させて刃を産み出し、握り方を逆転させて突き出す。同時に時間を槍から解放してブラッドの動きを鈍化させ、確実に左胸を貫く。そのまま上へ斬り上げて肩口まで奪い取り、蹴りで突き放す。更にそこへ分身を突破したシエルが追撃の鋼の槍を放ち、咄嗟に防御に使われた右の長剣を中腹からへし折る。
ブラッドは受け身を取り、着地する。
「双剣に分身と手数を増やしても、所詮は小手先の手段にしか過ぎないわ」
シエルが拳を構え直し、ストラトスもそれに続いて傷を塞ぎ、槍を持ち直す。
「悪いけど、あんたには止めを刺させてもらうぜ」
その言葉を聞くや否や、折れた長剣を見てブラッドは笑う。
「まだだ。俺にもやらねばならぬことがある」
ブラッドを包むように凄まじいシフルの嵐が巻き起こる。
「我が覇道!今こそ光満ちる曙へ堕ちよう!来たれ、ノア!」
巨大な蒼黒の槍が嵐を引き裂き、漆黒の人馬が姿を現す。
「なんだぁ……!?」
ノアの放つ異様な闘気に二人は気圧される。そんな二人へ、ノアのやや虚ろな視線が向く。
「我は隷王龍ノア。哀しみより生まれし、力への欲望なり。凡てを滅ぼし、真の強者として時代に名を刻むものなり」
ノアから奔流のごとき闘気が溢れる。
「結末へ、我は向かおう」
言葉を合図に、ノアは走り出す。その様から感じる気迫は相当なものであり、ストラトスが僅かに出遅れる。シエルは鋼の槍を射出しつつ軸をずらす。ノアはそんな攻撃は意にも介さずストラトスへ槍の一振をぶつける。威力を本能で察したストラトスは竜化し、時間障壁を産み出し一瞬を用意して飛び退く。槍が地面を打ち砕き、その隙にストラトスは全力の砲撃を叩き込む。が、それが届くよりも早くノアは動き出し、シエルへ狙いをつける。その場で槍を振るい、生まれた凄絶な闘気の嵐に彼女は巻き込まれて大きく上空に打ち上げられる。ノアは飛び立ち、シエルへ大上段から槍を両手で振り被る。
「……ッ……!」
ノアの挙動がスローモーションのごとく見え、シエルは目を見開く。
「シエルッ!」
ストラトスの叫びも遠目から聞こえ、槍が直撃する。如何に人外に等しい彼女であったとしても、その衝撃は到底許容できるものではなく、即座に粉微塵に消し飛ぶ。ストラトスが呆然としていると、ノアが轟音を立てて着地する。
「まずは一つ」
淡々と告げると、怒りも哀しみも表す暇なくノアがストラトスへ突撃する。ストラトスは反応できず槍の一撃を防御するが、そんなものは児戯とばかりに破られ、滑稽なほど甚だしく吹き飛ばされ山肌に激突する。巻き上げられたオオアマナの花弁がまるで雪のごとく黄昏の中を降り注ぐ。
「が、はっ……」
ストラトスの竜化は解けており、痛みすらわからないほど意識が朦朧としていた。それでも躊躇なくノアは追撃のために突進する。
槍が振り下ろされ、ストラトスも消し飛ぶ。花弁はもう一度舞い上がり、そしてひらひらと落下してくる。
「これで二つ」
ノアが体勢を戻すと、今しがた出来たクレーターに無明の闇が集まっていくのが見える。闇はストラトスの体を形成すると、完全に再生させる。ノアは再び槍を振り、一撃でストラトスを消し飛ばす。瞬間、闇がストラトスを再生する。続く槍の一撃を、ストラトスは背から槍を抜き、全力で無明の闇を産み出して拮抗し、押し返す。ノアは沈黙し、ストラトスは呼吸を整える。
「あのキスはそういうことかよ、千早……クソッ」
ストラトスが呟くと、ノアは彼をただ凝視する。
「おい、クソッタレ!てめえには絶対死んでもらうぜ!」
ノアはストラトスの威嚇にもまるで反応せず、突然槍で自分の腹を貫く。
「……?」
理解が出来なかったが、程なくしてノアは言葉を発する。
「哀しみの竜神よ、我らが咎の魂を喰らい、寂寥たる世界に弥終の一撃を。出でよ、暴嵐」
呪詛と共に、ノアの体を飲み込んで嵐が巻き起こる。嵐を打ち破り、巨大な風の竜が姿を現す。
「我は九竜・暴嵐。哀しみを司りし、真竜が一なり」
「今の俺は虫の居所が悪いんだ。長話をするつもりはないぜ!」
ストラトスは竜化する。その姿は今までと違い、パーツが所々黒く染まっており、放つ闘気も無明の闇混じりになっていた。禍々しい装飾の槍を持ち、突撃する。
「くたばれッ!」
先ほどまでとは桁違いの破壊力の槍の一閃が放たれる。しかし、暴嵐は一切ダメージを負った様子はなく、ただストラトスの行動を見ていた。
「哀しみから目を背け、憎しみや怒りだけを増幅させるのか?凡てを認めるものは強い。だが、お前は?見ろ、優しさゆえに己の力量すら測れず、友を失い、今お前の体の主導権すら闇に奪われた。お前は敗者だ。負けたのだ。凡てに。救えず守れず生き残れず。斯様な結末になるのなら、初めから千早に溺れておくべきだったな」
ストラトスは言葉を遮るように一心不乱に攻撃し続ける。暴嵐は防御らしい防御はしていないが、僅かにすら手応えを感じない。
「夢とは儚いものだ。将来の展望にしても、華やかな眠りにしても。そうだ。凡て儚いのなら、凡てを諦めた先にある世界を見ようではないか」
突如として、周囲に風が吹き荒れ出す。
「逃げ出したくば逃げるがよい。責めはせぬ。尤も――今の盲目なお前では、何も見えぬか」
暴嵐は空を仰ぐ。
「遍く哀しみ、哀れみ、その全て……貴きものよ。なればこそ」
集合した風は嵐となる。
「〈哀しみの天津風、閉じよ三千世界〉!」
雪山ごと巻き込んだ最大級の嵐が、全てを巻き上げ天へ還していく。当然ストラトスにもほぼ無抵抗で直撃し、延々と舞い上がっていく。
「今生をさえ憂え」
嵐が収まると、砕け散った大地の欠片と共にストラトスが落下していく。
「終わりだ。曙の鎖よ、お前の願いは叶ったぞ」
暴嵐がそう呟いたところで、一筋の閃光が視界を横切り、ストラトスを拾い上げる。閃光の正体たるヒカリが、右前腕に刻まれた痣を輝かせて叫ぶ。
「憎しみの竜神よ!我が鮮烈なる魂を糧に、曇天に覆われし世界に破断の裁きを!出でよ、宙解!」
現れたのは体表に宇宙を宿した竜、宙解だった。
「宙解か」
「暴嵐、我らの定めに従う」
「元より。我らは依代を使うことで現世に顕現し、代わりに依代の願いのために戦う」
「良し」
それだけの言葉で、両者は戦闘を開始する。本気で殺し合うつもりはないのか、緩慢な動きで、挙動だけ見れば単に蜥蜴か蛇がじゃれているようにしか見えない。しかしながら、周囲にもたらす影響は甚大で、周囲の瓦礫はもはや跡形もなかった。ヒカリはストラトスを抱えたまま飛び去る。宙解が暴嵐の攻撃を受ける度に呻くが、それでも飛び続け、距離を取ったところで宙解を消す。
ヒカリが居なくなり、宙解も消えたことで暴嵐は戦闘を止め、その場に漂う。
「優しいだけでは生き残れない。人間性というものは、単に善を良しとすれば済むものではない。寧ろ……他人の痛みを知れる人間ほど、苦しみを慮ることが出来る人間ほど、残虐で非道なものだ」
暴嵐は消え、ノアは消え、ブラッドとなって黄昏の中を落ちていく。
「こんなものだろう、アルバ。シエルは仕留めた。後は貴様が決着をつけるがいい。ミテス、ソニア、マリ、イスア、ネクタリス。俺たちは、役目を終えた」
五人の姿がぼんやりと現れ、いきなりミテスが口を開く。
『役目を終えたのは確かだがね、悔いがないと言えば嘘になるよ。もっと偏りまくった美少女でシコりたかった』
ソニアが続く。
『まあ確かに、私も声の仕事がしたかったな』
マリがため息をつく。
『ソニアは地声の方が可愛いと思うし、ミテスは死んで当然だな』
イスアが空を見上げて呟く。
『我らは天より出でて地に飛び上がるもの。新しきは幼子の始まりから剣となる』
ネクタリスが腕を組む。
『拙僧は悔いはない。ブラッド殿はどうだ?』
会話を振られたブラッドが微笑む。
「俺は騎士団の皆に比べて長く生きすぎた。そろそろ会いに行かねばな」
その言葉に五人は微笑む。ブラッドも満足げに目を伏せ、黄昏を落ち、闇に融けて消えた。
三千世界 アタラクシア
「ん……」
ストラトスが目を覚まして起き上がると、そこはアタラクシアの屋上だった。眼前ではヒカリが腕を組んで佇んでおり、その左右には巨大なガントレットが一本ずつ床に突き刺さっていた。
「やっと目覚めたか。たかが仲間の二人を失った程度を腑抜けたときは失望しかけたが、ここで終わる貴様ではないはずだ」
ヒカリの言葉にストラトスは反応する。
「そうだ、シエル、セレナ……」
「貴様は、アルバを救いに来たのだろう?ならばなぜ、犠牲に心を痛める?」
「なぜ、って……そりゃ当然だろ!?仲間が死んでるんだぞ!」
「二兎を追うものにしか二兎を得る権利はない。だが、一兎を逃した時点で不貞腐れる程度の精神力しかないのなら、元々二兎を追うのは無謀だったな」
「あんたはそうじゃないのかよ……いや、そうだったな。あんたは真っ直ぐだった。ただ遮二無二、完全な未来のために戦っていた」
「私にはそもそも、追うほどの魅力のある目的が一つしかなかった。貴様のように欲張りではないのでな」
ヒカリの眼光が鋭くなる。
「覚悟は出来ているか?私は出来ている。貴様を滅ぼすことに、私の全てを懸ける。二度と世界の輪に帰れぬとも構わない」
「覚悟……」
ストラトスはしばし目を伏せる。
「(千早は俺と一緒に居たいがために、俺を力ずくででも引き止めようとしてきた。アルバは親父から始まった血の呪いを絶つためにセレナと戦った。どっちも自分が選んだ道のために、全てを懸けて向かっていってた……)」
そして目を開く。
「俺も覚悟を決める。俺の体が千々に吹き飛ぼうが、アルバを助けて、千早の下まで生きて帰る!」
「ふ、それでいい。嬲り殺しでは戦う意味がないからな!」
ヒカリはガントレットを装着し、ストラトスは槍を握り無明の闇で穂先を作り出す。
「貴様の輝きはこの程度でくすみはしまいッ!」
ガントレットから閃光が迸り、ストラトスは時間障壁と無明の闇の二段構えで受け止め、それを圧縮しつつ一つの光線にして弾き返す。左のガントレットを盾にして突進し、薙ぎ払う。槍の柄を背に添えて受け流し、穂先を踵につけて翻りつつヒカリに斬撃を与える。
「ぬあああああッ!」
ヒカリは怯むどころか寧ろ威勢を増し、全身の血管から閃光を放ちながら突っ込む。ストラトスは背に槍を添えて受け流そうとするが、気迫に満ちた猛撃で防御を崩され、ガントレットの殴打を受けて縦回転しながら吹き飛ばされる。
「消し飛べ!」
二つのガントレットに閃光が満ち、ヒカリは光速で移動してストラトスへ総身の力を込めた光線を叩き込み、巨大な光の柱が立ち上る。しかしストラトスはそれでは倒れず(消し飛んで再生したのかもしれないが)、時間障壁で停止させていた闇で作り出した槍を弾幕のように放つ。ヒカリはその反撃を予想していたように全身から光線を放って全て撃ち落とす。二人は同時に前進し、互いの得物を衝突させる。
「熱いな、貴様の闘志!あの戦いでは、貴様のような愚か者に敗れたのを認められなかったが……ついに貴様も、研ぎ澄まされた意思を手に入れたか!」
「ああ、やっと思い出したぜ。あん時バロンさんに言われたことを……!」
ストラトスから吹き出る闇が徐々に黄金の輝きへ変わっていく。
「守るべきもの一つ一つ、そいつらの大切さを噛み締めて、俺は進む!」
槍の穂先も閃光が凝縮したものに変貌し、ガントレットを押し返し、閃光の槍を弾幕のごとく飛ばす。
「ガアアアアアア!」
ヒカリの咆哮で弾幕は消し飛び、光速で振られたガントレットの一撃をストラトスが同じく光速で弾き返す。回避も防御も許さぬヒカリの連撃に、ストラトスは一切逃げずに往なし続ける。ガントレットの強烈な刺突を寸前で弾き返し、素早く身を翻してヒカリの首許を狙う。あちらも同じように寸前で躱し、首の薄皮を削ぎ落とすに留まる。ストラトスはその瞬間に竜化し、至近距離で閃光となった全力の砲撃を叩き込み、遂にヒカリを後退させる。
ストラトスの竜化した姿は、黒化したパーツが元に戻っていた。
「ふん、この痛み……完全な未来を求めていた頃は、忌まわしくてしょうがなかった……だが事ここに至って言えば、痛みがあるからこそ、戦う価値がある!」
「俺はこの戦いに挑む理由は一つだ。あんたを倒す、それだけだ!」
「そうだ!この先を見据えず、私との決着に向き合え!」
ヒカリは虎の装甲を装着し、互いに黄金の闘気を放つ。
「行くぞストラトスッ!」
「望むところだッ!」
両者は鏡合わせのように閃光を放って加速し、先手を打ってヒカリがガントレットを手の甲側から薙ぎ払う。ストラトスは飛び上がり、一気に肉薄して撃掌を叩き込み、更に短長二つの剣を産み出して短剣で斬り上げて爆裂させ、長剣を突き出して爆発させる。ヒカリはガントレットではなく己の拳でストラトスの顎を殴り飛ばし、一気に引き戻し、二連続で渾身の掌底をぶつけて大きく怯ませる。隙を逃さずガントレットを地面に突き刺し閃光を炸裂させて牽制しつつ、フロントステップで距離を詰めてガントレットの連打を放つ。怯みながらもストラトスは立て直し、自分の時間を加速させて蹴り上げ、ガントレットを大きく弾く。そのままテイクバックすら取らずに蹴りを連打する。それでもその蹴りは強烈な威力を持ち、ガントレットと拮抗する。自分の感じる限界まで足の速度を加速させ、踵でガントレットの先端についている爪を一本へし折る。更に地面から槍を噴出させてヒカリの虚をつき、ストラトスはその槍を掴んで両足でヒカリを蹴り飛ばし、高速回転して勢いをつけ、槍を振り下ろしつつ急降下する。ヒカリの装甲に斜めの切創が生まれるが、彼女は怯むことなく瞬時に反撃する。ストラトスも当然それを見越して、反撃を確実に防御する。再び、両者の得物が競り合う。
「ああ、本当に使命というものは心を曇らせる。平和を望んでいたのは事実だが、心のどこかで、私は戦いを望んでいた」
「俺には永遠に理解できないんだろうな、それ」
「理解し合う必要などないだろう」
「そうだな」
ストラトスはわざと防御を崩し、自分を一気に加速させて槍を振るう。光速のガントレットの爪が自分を引き裂く前に、逆に爪を全て折り取る。そのままの勢いでヒカリの左腕を斬り飛ばし、全力の輝きを穂先から放って彼女を焼く。後退したヒカリは片膝をつき、右腕のガントレットが鈍い音を立てて落下する。
「くっ……ふん、ふふふ……こんなに心地よい敗北は初めてだ」
ヒカリはストラトスへ視線を向ける。
「貴様の勝ちだ。あの時は、完全なる未来を優先した結果、決着がついていなかったからな」
ストラトスは竜化を解きつつ近づく。
「あんたは、これで満足なのか」
「ああ、満足だ。貴様は確かに、私を上回った」
ヒカリは立ち上がり、彼に右前腕を見せる。そこには、奇妙な痣があった。
「それは……」
「これは九竜の刻印。私がアルバによってこの世界に呼び出された証明だ。貴様が――貴様がアルバを救うつもりなら、恐らくは貴様自身の旅の終わりがそこだろうな」
「……」
「貴様を倒すだけなら、今ここで九竜を解き放てば出来るのだろう。だが、そんなことをしても意味はない。さあ行け、ストラトス。シエルに導かれ、セレナと削り合い、私が照らし出した道の果てへ。それが例え暗黒であろうとも、貴様が信じた道を行け」
「ああ……!」
ヒカリは右手を差し出す。ストラトスは勢い良く右手で掴み、握手する。そして手を離し、彼女の横を通り過ぎて飛び立っていった。
「宙解。恨むのなら、貴様を私に託したアルバを恨むのだな」
ヒカリが呟くと、痣が光って言葉を返す。
「我ら九竜は、依代の願いを果たすためにここにある。お前がどういう使い方をしようが、それはお前の望んだものだ。我らにとやかく言う資格はない」
「物好きな竜だ。なら、世界が終わるまでは話し相手になってもらおうか」
「構わん」
宙解が顕現し、ヒカリと並んで黄昏を見つめる。ヒカリは力なく笑うと、瓦礫を椅子代わりに腰かける。
「私がここまで感情的になるとはな。もしかすると、私は最初から、新人類などではなかったのかもしれん」
二人の談笑は、徐々に崩れ行く黄昏に消えていった。
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