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三千世界・結末(10)

第四話「逆光」

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 淵荊白蘭
 オオアマナの花畑が再び現れるが、草花は軒並み枯れており、その残骸だけが不自然に現れたように見える。ロータは華麗に着地し、立ち上がる。眼前にはシルルが佇んでいた。
「間もなくここは崩壊する。それを以て、異史のロータ・コルンツは跡形もなく消え去る」
 シルルが頭部のライトを明滅させる。
「邪魔なんだけど」
 ロータが足を一歩前へ出す。
「ああ。邪魔をするためにここに来た」
 シルルは素早く飛び回りながらロータへ突っ込む。ロータは当然のごとく片手でそれを受け止め、翼の一撃を加え、掌から魔力の波動を放って吹き飛ばす。シルルが地面を転がり、立ち上がる。
「全く……相変わらずの強さね」
 シルルから響く声が急激に穏和になる。
「今の攻撃でバグでも起きた?随分丁寧な話し方になったけど」
 ロータが姿勢を戻す。シルルが四肢を踏ん張ると、体の隙間から蒸気が噴出する。そして背の装甲が開き、俯せに格納されていた金髪の少女が上体を起こす。グランシデア王立学園の制服を着たその少女は、シルルの残骸から飛び立ってロータの前に着地する。
「……」
 ロータは急な展開に沈黙し、少女が口を開く。
「私の名前はルータ・コルンツ。久しぶり……と言っても、この世界では初めまして、よね?」
「うん」
 ルータはポケットから取り出した指貫グローブを装着する。
「私はコルンツ家の長姉。つまりは……」
「私たちの、祖母……」
「その通り。あなたが滅ぼさなければならないものの、一人」
 ロータは構えを解く。
「私はずっと迷い続けていたわ、ロータ。兄に求められるまま、体を重ねて、そうなるのを自ら望んだ者として。……。私は、兄に愛されることも、あなたたちに慕われることも、どちらも捨てられなかった。それが結果として――あなたと、ラータを敵対させることになってしまった」
「懺悔なら要らない、上姉様」
「ふふ、懐かしいわね、その呼び方。懺悔は何の解決にもならない。ええ、その通りだわ」
 ルータから光が立ち上る。
「ロータ、もしお姉ちゃんを許してくれるなら、ここで戦って。あなたが勝てば、それでいい。私が勝てば、私がアルバを止めに行く」
「上姉様……わかった。どちらにせよ、上姉様もヴァナ・ファキナの眷属。ここで仕留める」
 ロータが拳を構える。一陣の風が二人の合間を通り抜けたのを合図に、ルータは光速で接近する。ロータでさえ一瞬反応が遅れるほどの素早さから放たれた指線によって腹を切り裂かれ、反撃に大上段から両手で手刀を放ってルータの肩口に斬り入れる。ルータは素早く両手を開いてロータの胴体を縦に裂き、よろけたところへ次々と猛打を放つ。合間に生成された鎖たちがギリギリでそれらを防御し、翼の一閃をルータは受け止める。
「流石は私の妹。それに、異史や前の世界では持っていなかった、非情さと優しさを持っている」
「上姉様、加減しているつもりなら、そんな気遣いは不要だと言っておく」
 翼がルータの右前腕を斬り捌き、魔法を込めた拳をその胸部へ叩き込み爆裂させる。ルータは恐るべき速度で移動することで爆発を置き去りにし、同時に凄まじい数の指突を放つ。しかし、ロータも目が慣れたのか、いくつかは防ぎきれずとも指突の大半を同じように手で凌ぎ、大きく身を翻して翼を振り抜き、同時に大量の鎖を呼び出す。ルータは即座に鎖を全て断ち切り、空中を舞う右腕を繋ぎ直し、両の腕に閃光を纏わせる。
「奥義!〈極星千手断〉!」
 ルータの体が一瞬だけふわりと浮くことで翼の攻撃を躱し、先ほどの刺突を越える速度で手刀を突き入れてロータは吹き飛ばされる。二人は着地し、姿勢を整える。
「上姉様は早口だし滑舌がいい」
「そうでしょ?技を出しながら名前を叫ぶのって大変なんだから」
「上姉様から感じる闘気は、この世の誰よりも澄んで、綺麗。でも……」
 ロータは深く突き入れられた右脇腹の傷に触れる。
「もう少し踏み込んでいれば、止めを刺せずともダメージは与えられたはず」
「ふふ、よく言うわね……」
 ルータの胴に斜めの傷が入る。
「あと一歩踏み込んでいれば、死んでいたのは私よ?今だって、隙と傷の交換という点で言えば、私の方が不利」
 全身に闘気を流して、ルータは傷を塞ぐ。
「その翼……ラータと同じものね。新人類殺し……それの本当の名前は、〝ウォルライダー〟。ラータが作った武器……というよりは、暗黒闘気の凝縮方法ね」
「異史の私はこれを使ってた」
「ええ。ラータとロータは根本的には双子だから、使えても別に不自然じゃない。天使の子の力闘気悪魔の子の力魔力。あなたたち双子はそれぞれに特化していたけど、時の流れの中で二人とも、両方の力どころか、純粋なシフルエネルギーさえ扱えるようになったから、なおさら」
「……」
「さて……」
 ルータは拳を構え、再び全身から光を発する。
「お喋りは終わり」
 ルータは光になって撹乱するように動き回る。速度は速いものの、動く位置が定位置であるために容易に予測が出来、ロータは鎖で牽制しつつ魔力塊を放つ。ルータはそれを真正面から打ち砕いて拳を打ち込み、ロータは拳で迎え撃つ。強烈な拳圧でロータは押され、足元から閃光が迸る。
「これは……!」
 ロータが素早いバックステップで吹き出す閃光を躱すが、躱した先にも同じように閃光が吹き出さんと待ち構えていた。
「ッ……!」
 隙を晒すのを承知でロータは大きく後ろに飛び退くと、先ほどルータが光速で移動していた箇所をなぞるように閃光が地面に迸っている様が見えた。そこへルータが眼前に現れ、防御の遅れたロータへ閃光を纏わせた拳を構える。
「〈閃乱翔覇断〉!」
 眩い閃光が刃となって振り下ろされるが、ロータはすんでのところで腕を交差させて防御し、堪える。
「罠を張ったのが上姉様だけだとでも……!」
 ルータの足にはいつの間にか鎖が一本巻き付いていた。
「それでもッ!」
 拳から迸る閃光の出力を上げ、両者の腕が競り合う。到底生身の人間からは出ないような音を散らしながら。
「さっきも……言ったけど……上姉様は……踏み込みがッ……甘いッ!」
 ロータは交差させた腕を開いて押しきり、自身の後方から召喚した鎖を脇を潜らせてルータの体を貫き、手刀を放ちつつ回転して、翼とローファーで切り裂き地面に叩き落とす。ルータが地表に激突したのと同時に、ロータも着地する。
「うぐ……」
 起き上がろうとするルータの首筋に、ロータは翼の切っ先を向ける。
「上姉様には特別に、辞世の句を読ませてあげる」
「ふ、ふふっ……いくら私がロマンチストでも……今際の際じゃ思い付かないわ……そうね……」
 ルータの体が、爪先から光の粒子へと変わっていく。
「もし生まれ変われるのなら……普通の女の子として……お兄ちゃんのお嫁さんになりたい……かな……」
 完全に光へと変わり、彼女の体は消えてなくなった。間髪入れず、その光をロータは吸収する。
「上姉様は悪くない。でも、上姉様の迷いが悲劇を生んだのも事実。だからもう……誰もヴァナ・ファキナのせいで悲しまないよう……」
 ロータは花畑を進む。縁から先を見渡すと、点々と存在する淵荊白蘭の残骸や、未来遺骸が崩壊を始めているのが見えた。
「なるほど。この一帯は、上姉様が作り出していたのか」
 ロータは鎖を呼び出し、崩壊していく花畑を後にした。
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