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三千世界・結末(10)
ロータ編「宿命の影法師」(通常版)
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滑った、生暖かい液体が頬に落ちる。
その感覚が断続的に、無感情に起こり続ける。
やがて少女は目覚め、シャワールームのタイルのような床に手をついて立ち上がる。
「……」
濃厚な血の匂いが周囲に漂い、天井に添えられた白色電灯が血霞を照らして大いに不気味さを増している。
「ロータ!」
少女の後ろから、銀髪の美青年が現れる。
「兄様……」
少女が僅かに後退して警戒を示す。
「どうしたんだよ、いつもはそんなんじゃないだろ……」
美青年は溶け始め、少女に襲いかかろうとする。少女は即座に反転して駆け出す。
「おぉい、おぉぉぉぉい……にげるなよぉ、おぉぉい……」
溶けた青年は床の血溜まりから次々と現れ、少女を追いかける。
鉄製の階段を少女が駆け上がり、その縁から飛び立つ。瞬間、強烈なフラッシュを受けて、視界が飛ぶ。
――……――……――
三千世界・未来遺骸
ロータがフラッシュを抜けると、そこは黄昏に包まれた世界だった。眼下に見えるのは近未来的な都市の破片であり、一気に急降下して広めの歩道に着地する。
「さっきのは一体……」
制服の袖口についた血を嗅ぐと、不思議と心が落ち着くような感覚になる。ロータが正面を向いて歩き始めると、左前方にあるビルのせり出したテラスからシルルが飛び出してきて道路に着地する。
「シルル……」
「生きていたようだな」
「それは……こっちの台詞。何のために私の前に何回も現れるの」
「まだ答える時じゃない」
「まだ……?」
ロータが怪訝な表情を見せると、シルルは身震いする。
「そうだな、一つだけ教えるとするならば、我々とお前の目的は一致している」
「コルンツの血筋を、ヴァナ・ファキナの眷属を、全て滅ぼす……」
「そうだ」
「でもそっちはChaos社の兵器のはず……杉原の配下となれば、ヴァナ・ファキナの手足も同然……」
「どう思おうが構わん。どうせお前は先へ進むだろう」
「……」
ロータは頭上へ視線を上げる。そこに浮かぶ球体を見たあと、シルルに視線を落とす。
「もう、兄様と姉様をこの手にかけた以上、立ち止まる選択肢はない」
「それでいい。ではな」
シルルは踵を返し、ビルを飛び継ぎながら去っていった。それと同時に、凄まじい振動が起こり、前方の地面が時計回りに回転し始める。
「これは……!」
ロータは鎖を召喚してその上を滑り、狭まるビルの隙間を通り抜けていく。一気に上空まで飛び出ると、ロータが立っていた方の地面が反時計回り回転し、大地同士が衝突しあって砕け散っていくのが見える。
そして彼女が前に振り返った瞬間、再び激しいフラッシュに見舞われる。
――……――……――
フラッシュを抜けると、ロータはぬるついたタイルの上に着地する。変わらず血の匂いが立ち込めており、至るところに血と肉片がこびりついている。細い通路の向こうを見ると、見慣れた後ろ姿が見えた。そのレイヴンらしき人間が前に駆け出すのを見て、ロータもそれを追う。細い通路を抜けて、劇場にあるような赤に金の装飾の扉を開けると広間に出る。そして彼女を囲むように、床から次々と溶けたレイヴンが生まれてくる。
「ロォォォォタァァァァァア」
「無様ね……ヴァナ・ファキナ。私の兄様は諦めたりしない」
ロータは溶けたレイヴンたちに見向きもせずに鎖で貫き暗黒竜闘気で消し去り、淡々と前に進んでいく。
「最初は驚いたけど……この場所が何なのかだいたい理解した」
広間を抜けて再び通路に出ると、そこは行き止まりで、足元に水路へ降りるエアロック式のマンホールがあった。
ロータは軽い蹴りでその分厚い蓋を蹴破り、飛び込む。
視界の著しく悪い汚水の中を進んでいると、どこからか凄まじい唸り声が聞こえてくる。瞬間、前方を巨大な四肢を生やした魚が通りすぎる。
「……」
ロータは泳ぐのをやめ、下方から突っ込んできた魚を片手で受け止め、そのまま身を翻して踵落としで両断する。再びロータは泳ぎ始め、壁に備え付けられていたエアロック式の扉を指で引き千切り、外へ出る。
「これは……」
汚水と共に流れ出ると、そこは何かしらの工場の一室のようだった。コンソールの上方のガラスから見えるのは、吊るされた少女たちが延々と運ばれていく様だった。
ロータがコンソールへ近づこうとすると、部屋の左側の扉が壁ごと吹き飛ばされ、無数の人間を混ぜ合わせて作られたような双頭の異形が現れる。
「こいつは……!」
異形が恐るべき精確さの跳躍から素早く前脚を叩きつける。ロータは難なく躱し、鎖を一絡げにして射出し、異形を壁に衝突させる。
「メギドール!」
全闘気と魔力を凝縮した塊を発射し、それが螺旋を描きつつ超高速で異形へ激突して超大爆発を起こし、同時にフラッシュに飲まれる。
「ちっ……!」
――……――……――
三千世界・王都グランシデア
フラッシュが収まると、ロータは中央広場の噴水に立っていた。
「逃がしたか……でも……感じた、あの禍々しさ……あの空間と、何らかの関係が……?」
ロータは噴水から出て、側に置いてあるベンチに座る。前方の視界の中に何かが揺れて、それがシルルとなって現れる。
「随分と細かく……出てくる……」
「気にすることではない。物語の進行に必要なのは、視点人物、情景、伏線、それと、あー……伏線を徐々に解明してくれる、情報を小出しにしかしない敵だ」
「……」
「もうあの場所の目星はついたか?」
「まあ……だいたい。あれは……私の心象風景。DAAで見た、異史の激戦の中で壊れた私の心。確か名前を……淵荊白蘭」
「流石はロータ。このまま、我々がそう労せず互いの目的を果たせるよう、前に進むとしよう」
「……。まあ、結果的に全員消えれば、それで私は構わない……」
ロータは即座にシルルに飛びかかり、その胴体を抱えて飛び退く。二人が直線上に並んでいた場所に、巨大な鎌が突き刺さる。
「シルル、まさか気付かなかった……なんて言わないわよね……」
「いや……!全く気配を感じなかった。いったい……」
ロータがシルルを離すと、鎌の真横に靄が現れ、それが青白い鎧の骸骨騎士となる。
「ペイルライダー……!?どうしてここに……!」
ロータが驚くと、ペイルライダーは三人の人間の死体を彼女たちの眼前に放る。それは、マイケル、ミリル、エリナの三人だった。
「な……!」
「エリナたちは処分させてもらった。仮にここで死なずとも、彼女たちは最終決戦まで耐えられぬ」
ペイルライダーは一切のおどけを見せず、ただ淡々と告げる。
そしてマイケルたちの死体が消える。
「悪いとは思っている。だが……君もわかっているだろうが、力不足なのを感じたまま、それをどうすることも出来ず、役に立たず死ぬよりも、早めに脱落していた方が……そうだな、物語の流れとしても自然だろう?」
「……。今更、三つ命が消えたところで咎めたりはしない。お前にミリルたちが殺されたのは、この世界を進む実力が無かったから」
「随分と面構えが変わった。そうか……レイヴンを自分の手で殺めたのは、それほどまでに……」
ペイルライダーは少々驚いたように、骸骨の奥の光を躍らせる。
「ヴァナ・ファキナは、君という存在を産み出すために、この世に刻まれたのかもしれないな」
彼は背を向ける。
「ついてこい。天象の鎖。光の御子は……ついてきたいのなら続け。そちらにとって有用な話はしないが」
学園の方へ歩いていくペイルライダーに、ロータが続き、シルルはそのまま立ち去った。
三千世界・グランシデア王立学園
トップスシティを抜けていくと、王立学園の学舎群が見えてくる。延々と黄昏に飲まれてはいるが、特に変哲はない。
「ペイル、一つ聞きたい……」
「出来うる範囲で、なんでも答えよう」
「黙示録の四騎士は……何のために……」
ロータが言い終わるより先に、ペイルライダーが答える。
「アルヴァナに仕えているの、か?」
「うん」
「私たち五人は、誓い合ったのだ」
「五人……?」
ロータが呟いた言葉に反応することなく、ペイルライダーは返答を続ける。
「どんなことがあろうとも、我が王の願いを果たすと。仮令、我らの存在が先に無に帰ろうとも。そのために、我らはここにある」
「ただの変態かと」
「くははははっ!ま、私の場合はそれもあるが……美少女を眺めるのは我が王から労われるのと同じくらい、癒されるものだからな。しかし、やはりソムニウムから、いや零なる神を発端とするだけはある。今の相槌など、白金そっくりだ」
「そう。別に……意図してる訳じゃない」
「もしかすると……ヴァナ・ファキナは何度も杉原に乗り移る度に、奴のソムニウムへの憧れが刷り込まれ、無意識の内にヴァナ・ファキナは自分の手でソムニウムを作り出そうとしていたのかもしれないな」
「どうでもいい……わけじゃないけど、興味ない」
「そうか」
二人は学園へ入り、ロータがいつも屋上にいた学舎へ入っていく。
「どうしてここに」
「淵荊白蘭を踏破する必要がある」
「……」
「どういう形に収束するにしても、出来うる限りの力を、全員に発揮してもらいたいのでな」
階段を登り終え、屋上の前のガラス戸にペイルライダーは立つ。ロータはそのまま屋上へ出て、落ちていた写真を拾う。それは、アルバとロータと、レイヴンが写ったものだった。
「アルバ……」
そう呟くと同時に、再びフラッシュに飲まれる。
――……――……――
淵荊白蘭
そこは、赤い雨の降り頻る学園の屋上だった。
「……」
屋上の縁から溶けたレイヴンたちが這い上がってくる。
「お前は一人ぼっちだ、そうだろぉぉぉぉ?だからお兄ちゃんがいないと駄目なんだ、駄目駄目駄目なんだぁぁぁぁぁ!」
「死ね」
喚くレイヴンへ、ロータがそう吐き捨て、体から発する暗黒竜闘気だけで彼らが蒸発していく。
「この世界に果てがあるとすれば……そこに、あの壊れた私がいるということ」
ロータが手すりを飛び越え、着地する。周囲はどこを進んでも全く同じ場所が先に見える。それは遊園地であった。
「ピエロ恐怖症?まさかね……」
彼女が遊園地のゲートを潜ると、最初に巨大なピエロの口がゲートになっているアトラクションが見えた。しかしゲートは封鎖されていた。
「心象風景だというのなら……通れないのはトラウマだからか、それともこれに対して何も脅威を感じないからなのか」
ロータはとりあえず火炎弾をゲートへ叩き込むが、びくともしない。
「そういうこと」
そのアトラクションをスルーし、園内を散策する。
「正史のグランシデアにはなかった気がするけど……」
ロータは咄嗟に背後から感じた気配へ振り返り、素早く拳を放つ。そこには透明な何者かが鉈を振り下ろそうとしており、見事に拳を受けて吹き飛ばされる。
「透明ごときで奇襲を仕掛けられると思ってるなんて……雑魚しか相手にしたことが無いの?」
何者かは起き上がり、不規則な動きをしつつ接近しようとするが、場所を完全に把握しているロータの放つ鎖や魔法を悉く受けて、反撃すら許されずに粉々になった。
「……」
ロータは淡々と園内を進み、やがてフラッシュを受けて視界が飛ぶ。
――……――……――
三千世界・未来遺骸
崩れたビルの一室に出ると、すぐに壊れた壁から外を見る。最初にいたビル群とは別の場所のようで、しかし未だ崩壊が続いている。
「……。そうか、ここは……異史の新生世界、最大の都市……」
ロータはビルの壁が崩れているお陰で開通している道を進み、交差点の真上にある連絡通路に降り立つ。
「待つがいい……宵の鎖……」
聞こえた声の方に向くと、そこには黒い鎧の骸骨騎士がいた。
「我が……名は……ブラックライダー……」
「黙示録の四騎士……さっきペイルにあったけど、まだ何か?」
ブラックライダーは右手に持った天秤をロータへ向ける。
「我らは望もう……お前が、自らの血筋を全て絶ち切ることを」
「言われなくても……」
「いや……アルバやラータが勝っては我々の意図に沿わん……あくまでも、お前が勝つ必要がある……それ以外では、好ましい発展は望めぬ……」
天秤はどちらにも振れず、均衡を保ち続ける。
「……。曇りのない、崇高なる魂よ。我らは、お前の旅路の果てを見届けよう……いかなる、結末が、待っていようとも」
ブラックライダーは闇に包まれて消えた。同時に、頭上から無数の多目的対戦車榴弾《HEMP》が落下してくる。ロータは瞬時に鎖の防壁を編み出して防ぎ、急降下してきた蒼龍の脚部に魔力塊を放ち、吹き飛ばす。蒼龍は空中で受け身を取り、道路に着地する。爆発した榴弾から撒き散らされた怨愛の炎がビルに引火して燃え上がる。
蒼龍は右翼の淵をなぞるように怨愛の炎の刃を産み出し、飛び上がってロータへ振り下ろす。ロータはその攻撃を真正面から受け止め、蒼龍を投げ飛ばす。更に鎖を呼び出して蒼龍の胴体に巻き付け、続いて暗黒竜闘気を纏った大量の鎖で切り裂きつつ、右足だけを竜化させて飛び上がる。そして身を翻して右足を叩きつけると、蒼龍は両断されて道路に転がる。程なくしてロータも竜化を解いて元の足場に着地する。
「行こう」
ロータは連絡通路を進んでいくと、今までとは違い、徐々に景色が白んでいく。
淵荊白蘭
白が収まると、そこはオオアマナの咲き誇る夕暮れの花畑だった。
「おきゃくさんなんてめずらしいわね!」
ロータの下に、彼女にそっくりな幼女が駆け寄ってくる。ある程度距離を詰めた瞬間に、幼女は踏みとどまり、満面の笑みが即座に恐怖に歪みだす。
「ひゃあ……!?」
幼女は一転、背を向けて脱兎のごとく逃げ出す。
「逃がすか」
ロータが呼び出した鎖に幼女は足を絡め取られ、彼女の下へ引き寄せられ、宙吊りになる。ロータが射殺すような視線を向けると、幼女はつんざくような悲鳴をあげて泣き出す。
「私に残った最後の甘え……」
意を決して手刀を構えた瞬間、幼女は更に泣き叫ぶ。
「にいさま!ねえさま!だれかたすけて!」
「死ね」
間もなく手刀が幼女を貫き、悲鳴が止まる。
「大切なものを守りきれずに壊れるくらいなら、大切なものを守るために壊れろ……私は、確かにそう言ったはず」
幼女が消滅し、ロータは鎖を消す。
「全ては私が背負う。何かを失う恐れも、私にはもはやない」
花畑を前に進むと、空がだんだんと淀んでいき、ひび割れていく。眼前の地面には、先ほど止めを刺したはずの幼女が這いずっていた。
「にいさまぁああああ……ねえさまぁあああ……たぁすけてええええ……」
続いて地面からわき出た溶けかけのレイヴンが幼女に纏わりつき、塊となって巨大化していく。やがてそれは双頭の異形へと姿を変える。
「なるほど」
その姿に合点がいったロータは、飛びかかってきた異形に束ねた鎖を叩き込んで吹き飛ばし、更に地面から鎖を産み出して貫き釘付けにする。
「異史の私の行いは、到底許されるものじゃない。だからこそ、私はその力を以て、己の意思を果たす」
彼女の背から黒い骨の左翼が現れる。漲る暗黒竜闘気を左手に凝縮し、動きの止まった異形に射出する。
「消し飛べ!過去に縋る亡霊がッ!」
鎖を断ち切りつつ異形を吹き飛ばし、そのまま景色が切り替わる。
未来遺骸
異形と共に横倒しになったアパートの壁面に着地する。ロータは瞬時に距離を詰めて、豪快に全身を使って翼を振るい、無数の斬撃を叩き込んで地面にぶつけ、その反動で持ち上がった巨体へ暗黒竜闘気を纏った凄絶な翼の一閃を加えて異形をビルの壁面まで吹き飛ばす。更にもがいて身動きの取れない異形に、赤紫色の棘を乱射して突き刺し、先ほどと同じように暗黒竜闘気の塊を射出して浮遊大陸から吹き飛ばし、そのまま異形は黄昏に落ちていった。
「ふん」
ロータが鼻を鳴らし、道路の続きへ視線を向けると、ちょうど高速道路の入り口があった。
「……」
だがそれ以上に目を惹いたのは、彼女の前にアルバが立っていたことだ。
「久しぶりですね、ロータさん」
アルバは憑き物が落ちたような柔和な笑みを浮かべる。
「アルバ……」
「私たちの思うことは、互いに同じです。けれど、そこに至るまでのプロセスが違えば、当然こうして敵対し合う」
「初めて会った時とはまるで違う……古代世界での戦いのあと、何かあったの」
「私は未来には帰れませんでしたよ、ロータさん。でも……今になって思えば、私は幸せになれなかったことが、ある意味で正しい選択だったと感じるんです」
「……」
「それは空の器も、宙核も、ロータさんも感じていたはずです。先の戦いが終わってから、この戦いが始まるまでの僅かな平穏……確かに、平和は素晴らしい。けれど、穏便なだけの人生を送るのでは、この世に生まれ落ちた意味などない」
アルバは衣服を正すために両腕を伸ばして姿勢を整える。
「この世界には、大切な人と愛を囁き合いながら共に過ごしていくことよりも、もっと重要なことがある」
二人は同時に言葉を発する。
「「命を奪い合うこと」」
アルバが目を伏せて鼻で笑い、そして視線を戻す。
「そうです。人間とは、世界の輪廻の中の終局。飽和した世界を、己の欲望、本能に従って滅亡させる。言わば存在そのものが死神なのです」
「……」
「でも、それがいったい何のためにあるのか、ロータさんはわかっていますか」
「さあね。古い血を排出して新しい血を体内に流すため?」
「いいえ。これは、アルヴァナが死ぬため。どれだけ美辞麗句を並べても、戦いが無ければ力は高まらない。力が高まらなければ、アルヴァナを打ち倒すほどの存在は生まれ得ない。そのために、私たち人間は戦い続けているんです」
「そう。どうでもいい」
「ええ。今の私たちには、どうでもいいことです。ですが、この戦いをどちらが越えるかはまだわからない。なら、ロータさんにも、ヴァナ・ファキナを滅ぼしたあとの道のりを知っておいて欲しかった。私たちは、創造主の自殺願望の上で踊っているのだと」
「私たちは、創造主がどうたらこうたら言っている場合じゃないはず」
「……」
ロータは拳を構える。
「ここで決着をつける」
アルバは首を横に振る。
「まだです。ここでは、少し遠い」
アルバが視線を上に向け、ロータもそれにつられて上に向く。
「この世界がなんなのか、ロータさんは知っていますか?」
「いや」
「ならば教えましょう。この世界は、超複合新界・三千世界と言うんです。世界の残命を凝縮し、新たな世界を作り出す準備段階、それがこの世界。そして――」
アルバが上空に浮かぶ球体を指差す。
「そしてあれが、新たな世界の核。〝操核〟というものです。あそこにバロン……つまり宙核が融合することで、新たな世界が形作られる」
「わからない」
「何が……ですか?」
二人は視線を下げる。
「そっちの目的。ヴァナ・ファキナの血族を滅ぼすだけなら、三千世界でやる必要はない」
「いいえ。私には、確実にヴァナ・ファキナを葬り去る手段がある」
「まさか」
ロータの驚いた顔を見て、アルバは微笑む。
「察しがついたのならこの世界を進んでください、ロータさん。操核の近くで、落ち合うとしましょう」
アルバは透けて消え去った。
「……」
ロータは駆け出し、高速道路へ上る。
三千世界・九州道
ロータが道路を駆け抜けていると、遠くから轟く足音が近づいてくる。ロータが咄嗟に鎖を召喚してそれに飛び乗ると、後方から飛んできた自動車の残骸を回避する。走りつつ後方を確認すると、先ほどの異形が凄まじい速度で成長しながら突進してきていた。
「しぶとい残り滓ね……」
異形の四肢は強靭に、長大に変化しており、肉体もみるみる内に肥大化していき、身体中から大小様々なサイズの腕が生えてきて、それらが瓦礫だの自動車だのを放り投げてくる。ロータは巧みに鎖を乗り継いで躱しつつ先へ進んでいくと、流れるように景色が変わっていく。
淵荊白蘭
ロータは咄嗟に飛び立って異形の左の首に鎖を巻き付ける。異形は強靭な腕力で抵抗するが、それを上回るロータの剛力に押し負け、投げ飛ばされる。そのまま両者は落下し、継ぎ目なく元の世界へ到達する。
未来遺骸
異形は空中で制御を取り戻し、長大な腕をロータへ振るう。ロータは体躯の数倍は下らないほどの腕の攻撃を平然と片手で受け止め、素早く身を翻して翼の一閃をぶつけ、異形の腕を切断する。異形は泣きわめき、精度の甘い攻撃を出鱈目に放つ。ロータはもはや相手にせず、脇をすり抜けて先へ進む。
鎖に乗って崩れ落ちてくるビルの合間を飛び抜けていくと、左方向から並走するようにシルルがビルを飛び継ぎつつ現れる。
「ロータ!」
「何の用?今ちょっと忙しいんだけど」
シルルは駆けながら、左後脚に装着されたレールガンを背中にマウントし、飛び上がって振り向き、追ってきていた異形にレールガンを放つ。凄まじい速度で鉄球のようなものが飛翔し、異形を貫いて爆裂する。異形は再び制御を失って黄昏へ落ちていく。
シルルは着地すると、なおも落下していくビルを乗り継ぎつつロータと並走する。
「これで忙しくない」
「それで」
「もう少しで、淵荊白蘭の最深部に到達する。それを伝えに来た」
「そう」
シルルが飛び退くと同時に、再び景色が継ぎ目なく変わる。
淵荊白蘭
オオアマナの花畑が再び現れるが、草花は軒並み枯れており、その残骸だけが不自然に現れたように見える。ロータは華麗に着地し、立ち上がる。眼前にはシルルが佇んでいた。
「間もなくここは崩壊する。それを以て、異史のロータ・コルンツは跡形もなく消え去る」
シルルが頭部のライトを明滅させる。
「邪魔なんだけど」
ロータが足を一歩前へ出す。
「ああ。邪魔をするためにここに来た」
シルルは素早く飛び回りながらロータへ突っ込む。ロータは当然のごとく片手でそれを受け止め、翼の一撃を加え、掌から魔力の波動を放って吹き飛ばす。シルルが地面を転がり、立ち上がる。
「全く……相変わらずの強さね」
シルルから響く声が急激に穏和になる。
「今の攻撃でバグでも起きた?随分丁寧な話し方になったけど」
ロータが姿勢を戻す。シルルが四肢を踏ん張ると、体の隙間から蒸気が噴出する。そして背の装甲が開き、俯せに格納されていた金髪の少女が上体を起こす。グランシデア王立学園の制服を着たその少女は、シルルの残骸から飛び立ってロータの前に着地する。
「……」
ロータは急な展開に沈黙し、少女が口を開く。
「私の名前はルータ・コルンツ。久しぶり……と言っても、この世界では初めまして、よね?」
「うん」
ルータはポケットから取り出した指貫グローブを装着する。
「私はコルンツ家の長姉。つまりは……」
「私たちの、祖母……」
「その通り。あなたが滅ぼさなければならないものの、一人」
ロータは構えを解く。
「私はずっと迷い続けていたわ、ロータ。兄に求められるまま、体を重ねて、そうなるのを自ら望んだ者として。……。私は、兄に愛されることも、あなたたちに慕われることも、どちらも捨てられなかった。それが結果として――あなたと、ラータを敵対させることになってしまった」
「懺悔なら要らない、上姉様」
「ふふ、懐かしいわね、その呼び方。懺悔は何の解決にもならない。ええ、その通りだわ」
ルータから光が立ち上る。
「ロータ、もしお姉ちゃんを許してくれるなら、ここで戦って。あなたが勝てば、それでいい。私が勝てば、私がアルバを止めに行く」
「上姉様……わかった。どちらにせよ、上姉様もヴァナ・ファキナの眷属。ここで仕留める」
ロータが拳を構える。一陣の風が二人の合間を通り抜けたのを合図に、ルータは光速で接近する。ロータでさえ一瞬反応が遅れるほどの素早さから放たれた指線によって腹を切り裂かれ、反撃に大上段から両手で手刀を放ってルータの肩口に斬り入れる。ルータは素早く両手を開いてロータの胴体を縦に裂き、よろけたところへ次々と猛打を放つ。合間に生成された鎖たちがギリギリでそれらを防御し、翼の一閃をルータは受け止める。
「流石は私の妹。それに、異史や前の世界では持っていなかった、非情さと優しさを持っている」
「上姉様、加減しているつもりなら、そんな気遣いは不要だと言っておく」
翼がルータの右前腕を斬り捌き、魔法を込めた拳をその胸部へ叩き込み爆裂させる。ルータは恐るべき速度で移動することで爆発を置き去りにし、同時に凄まじい数の指突を放つ。しかし、ロータも目が慣れたのか、いくつかは防ぎきれずとも指突の大半を同じように手で凌ぎ、大きく身を翻して翼を振り抜き、同時に大量の鎖を呼び出す。ルータは即座に鎖を全て断ち切り、空中を舞う右腕を繋ぎ直し、両の腕に閃光を纏わせる。
「奥義!〈極星千手断〉!」
ルータの体が一瞬だけふわりと浮くことで翼の攻撃を躱し、先ほどの刺突を越える速度で手刀を突き入れてロータは吹き飛ばされる。二人は着地し、姿勢を整える。
「上姉様は早口だし滑舌がいい」
「そうでしょ?技を出しながら名前を叫ぶのって大変なんだから」
「上姉様から感じる闘気は、この世の誰よりも澄んで、綺麗。でも……」
ロータは深く突き入れられた右脇腹の傷に触れる。
「もう少し踏み込んでいれば、止めを刺せずともダメージは与えられたはず」
「ふふ、よく言うわね……」
ルータの胴に斜めの傷が入る。
「あと一歩踏み込んでいれば、死んでいたのは私よ?今だって、隙と傷の交換という点で言えば、私の方が不利」
全身に闘気を流して、ルータは傷を塞ぐ。
「その翼……ラータと同じものね。新人類殺し……それの本当の名前は、〝ウォルライダー〟。ラータが作った武器……というよりは、暗黒闘気の凝縮方法ね」
「異史の私はこれを使ってた」
「ええ。ラータとロータは根本的には双子だから、使えても別に不自然じゃない。天使の子の力、悪魔の子の力。あなたたち双子はそれぞれに特化していたけど、時の流れの中で二人とも、両方の力どころか、純粋なシフルエネルギーさえ扱えるようになったから、なおさら」
「……」
「さて……」
ルータは拳を構え、再び全身から光を発する。
「お喋りは終わり」
ルータは光になって撹乱するように動き回る。速度は速いものの、動く位置が定位置であるために容易に予測が出来、ロータは鎖で牽制しつつ魔力塊を放つ。ルータはそれを真正面から打ち砕いて拳を打ち込み、ロータは拳で迎え撃つ。強烈な拳圧でロータは押され、足元から閃光が迸る。
「これは……!」
ロータが素早いバックステップで吹き出す閃光を躱すが、躱した先にも同じように閃光が吹き出さんと待ち構えていた。
「ッ……!」
隙を晒すのを承知でロータは大きく後ろに飛び退くと、先ほどルータが光速で移動していた箇所をなぞるように閃光が地面に迸っている様が見えた。そこへルータが眼前に現れ、防御の遅れたロータへ閃光を纏わせた拳を構える。
「〈閃乱翔覇断〉!」
眩い閃光が刃となって振り下ろされるが、ロータはすんでのところで腕を交差させて防御し、堪える。
「罠を張ったのが上姉様だけだとでも……!」
ルータの足にはいつの間にか鎖が一本巻き付いていた。
「それでもッ!」
拳から迸る閃光の出力を上げ、両者の腕が競り合う。到底生身の人間からは出ないような音を散らしながら。
「さっきも……言ったけど……上姉様は……踏み込みがッ……甘いッ!」
ロータは交差させた腕を開いて押しきり、自身の後方から召喚した鎖を脇を潜らせてルータの体を貫き、手刀を放ちつつ回転して、翼とローファーで切り裂き地面に叩き落とす。ルータが地表に激突したのと同時に、ロータも着地する。
「うぐ……」
起き上がろうとするルータの首筋に、ロータは翼の切っ先を向ける。
「上姉様には特別に、辞世の句を読ませてあげる」
「ふ、ふふっ……いくら私がロマンチストでも……今際の際じゃ思い付かないわ……そうね……」
ルータの体が、爪先から光の粒子へと変わっていく。
「もし生まれ変われるのなら……普通の女の子として……お兄ちゃんのお嫁さんになりたい……かな……」
完全に光へと変わり、彼女の体は消えてなくなった。間髪入れず、その光をロータは吸収する。
「上姉様は悪くない。でも、上姉様の迷いが悲劇を生んだのも事実。だからもう……誰もヴァナ・ファキナのせいで悲しまないよう……」
ロータは花畑を進む。縁から先を見渡すと、点々と存在する淵荊白蘭の残骸や、未来遺骸が崩壊を始めているのが見えた。
「なるほど。この一帯は、上姉様が作り出していたのか」
ロータは鎖を呼び出し、崩壊していく花畑を後にした。
三千世界 創世の底
倒壊していく未来遺骸を抜けると、大きめの浮遊大地を囲むようにビルの破片やスクラップになった自動車などが浮いていた。ロータは大地に着地し、鎖で編んだ椅子に座していたアルバと相対する。
「ロータさん。いえ、ここはお母さん、と言うべきですか?」
「好きにすればいい。もう、あなたの母親はこの世に存在しない」
「ああ、そうですね――今の私の力なら、異史のお母さんなど歯牙にもかけない雑魚ですけど……それでも、消えてくれたのは本当にいい気分です」
アルバは立ち上がり、鎖はほどかれて消滅する。
「ロータさん。あなたには、何の恨みもない。寧ろ、私は感謝しているんです。あなたと出会ったことで、私のお母さんが異常だったのだと、ヴァナ・ファキナこそが、諸悪の根源なのであると知れたんです」
「私たちは、決して幸せになどなれない」
「そうですね。これこそが、哀しみというものなのかもしれません。私たちは共に、諦観を覚悟に変えてここに立っている」
「哀しみ……」
「胸を貫く寂寥、荒涼たる広野を吹き抜ける風。人間を最も強く定義するのは、この哀しみの罪。アルヴァナが伴侶を失った時に生まれた、始まりの感情」
アルバは目を伏せ、息を吐いてから目を開く。
「さあロータさん。決着を……私たちの結末を、迎えましょう」
「どちらが勝ったとしても、私たちは消え去るのみ」
「ええ……!」
両者が同時に鎖を召喚し、同じように魔法を次々と唱えて弾幕を張る。更に鏡合わせのように魔力塊を同時に打ち放ち、激突して大爆発を起こす。接近し合った両者の蹴りが交差し、アルバの竜化した右腕によるラリアットを受けてロータはビルの残骸まで吹き飛ばされる。追撃に四方八方から鎖が放たれ、ロータはそれを避けつつビルの壁面を駆け抜ける。スライディングから空中に飛び出し、自動車の残骸を掴んで一回転し、それを足場にしてアルバの下まで戻る。紫色の棘を大量に発射しつつ着地の安全を確保し、一絡げにされて放たれた鎖を暗黒竜闘気の壁で凌ぐ。二人の放った魔法が同時に炸裂し、その衝撃で空中へ投げ出される。そのまま、二人は猛烈な勢いで鎖を召喚しつつ並走し、そして拳で斬り結んで正拳をぶつけ合う。遅れて到達した鎖たちが各々激突し、ロータが瞬時に身を翻して翼を振るう。それはアルバの右腕に受け止められ、強烈な膝蹴りを顔面に受けてロータは怯む。しかし負けずにロータはヘッドバットでアルバを仰け反らせ、素早い回し蹴りから更に踵落としと翼の一撃を振り下ろす。アルバのローブは想像以上に頑丈で、翼での斬撃ですら破れもしない。アルバは右腕から暗黒竜闘気を発しつつ強烈な一振を放ち、追従して現れた鉤爪のようなオーラが、ロータが再び振るった翼と競り合う。
「暗黒竜闘気……」
「血の繋がりなんてもはやどうでもいいものではありますが……そうは言っても、親子で似る部分はあるんです。どうしようが」
「皮肉なものね」
翼と鉤爪は弾き合い、両者は素早く踵側から回し蹴りを放つ。更にアルバはテイクバックを取らずに強烈な破壊力の蹴りを複数放ち、ロータは防御しつつ、咄嗟に魔力の壁を自分の周囲に張ってアルバを強制的に離す。アルバは重力魔法を撃ち、ロータも同質の魔法を放って打ち消す。瞬時に翼の切っ先を向けて突っ込み、右腕で逸らされ、両手を掴み合って組み付く。アルバが先に右腕で押し勝ち鉤爪を纏わせて掌底を放たんとするが、ロータも左腕を思いっきり引き込んでアルバの姿勢を崩し、鉤爪に胸を削ぎ取らせつつ、翼の一撃をアルバの脇腹に直撃させる。
さしものアルバでも堪えきれずに、別の浮遊大地まで吹き飛ばされ、鎖を地面に打ち込んで留まる。ロータが瞬間移動で距離を詰めて、体勢を立て直す前のアルバに翼を振るうが、彼女は腕をバネにして飛び上がって躱し、そこへロータは右手を突き出し、指の一本一本から紫色の棘を射出する。アルバは鎖の防壁でそれら全てを防ぎ、次の翼の一閃で防壁を全て両断され、渾身の魔力塊を捩じ込まれる。右腕に込めていた術式を解放して、アルバはその暴力的な魔力の波を無理矢理耐え、撃ち終わりに僅かな隙を見せたロータに鉤爪を振り下ろし、浮遊大地ごと斬り捌く。猛烈な速度でロータは黄昏の中を落下していくが、空間魔法で引き裂いた次元に入って最初の浮遊大地に戻る。アルバも戻って来ると、両者は呼吸を整える。
「ロータさんは、自分にもしこの呪いがなかったとしたら、どんな人生を送りたかったですか?」
「この局面で……どうしてそんなことを……?」
「ひいおばあちゃんに言っていたじゃないですか。辞世の句」
ロータは少しだけ沈黙する。
「わからない。ミリルと結婚するとか、いいかもしれないけど」
「私はこの問いには、たった一つだけしか答えを持っていません。ストラトスくんと、老い朽ち果てるまで共に居ること。ただ、それだけです」
「そう。考えてみるだけ無駄じゃない……と思う」
「ふふっ……私たちの目的が果たされれば、そんなことが起こり得るはずがない、なんてことは明確なのに……ついそう思いたくなるのは、人間の性というものなのでしょうね……」
ロータが一気に踏み込み、鋭い右手刀を放つ。アルバは両手で白刃取りのように受け止め、右腕で掴んで背負い投げる。ロータは即座に反応し、アルバの右腕を両足で抱え込んで地面に倒し、へし折ろうと全身で力をかける。
「甘いですよロータさん……!」
アルバは立ち上がり、強引に右腕を折り曲げてロータの拘束をほどき、鎖に暗黒竜闘気を纏わせて薙ぎ払う。
「甘いのはそっち」
ロータは同じ両の暗黒竜闘気を発して衝撃を打ち消し、凄まじい暗黒竜闘気を纏わせた強烈な翼の一撃を加え、よろけたアルバへ凝縮したシフルを叩き込んで大爆発を起こす。
アルバは即座に体勢を立て直す。
「そろそろ全力で行きましょう、ロータさん」
「これ以上戦いを長引かせても、埒が明かない」
「ええ……」
アルバが右腕を掲げると、凄まじい闇が溢れ出す。
「我が総身に宿りしは原初の闇。今こそ奈落の淵源解き放ち、我らが渇望を果たす時!竜化、我が名〈終焉〉!」
一対の翼が闇を裂き、極悪な爪を備えた赤色の前脚が姿を現し、けたたましい咆哮を撒き散らして四脚の黒龍が顕現する。
「この力……!」
終焉から放たれる気魄はロータでさえ後ずさるほど凄まじいものであった。
「私も全力で……仕留める!」
ロータも竜化し、いつも通りの竜人となる。ロータが大振りに右腕を構え、地面に叩きつける。それだけで鴻大な衝撃が巻き起こり、間欠泉のごとくエネルギーが噴出する。終焉が吼え、いくつもの魔法陣が生まれ、そこから極大の光線がいくつも放たれる。それらが相殺され、ロータは素早く踏み込み、素早いローキックを放つ。終焉は身を翻して飛び退き、流れるような動作で次々と魔法陣を産み出しては光線を放つ。人間態での鎖を遥かに越える強烈な弾幕に、ロータは躱しきれずにいくつか直撃しつつも距離を詰め、暗黒竜闘気を放って凄まじい加速を行い、終焉の首を掴んで渾身の波動を放つ。終焉は四脚でロータを蹴り飛ばすことで距離を取り、翼膜に星座のような紋様が赤い光で灯り、小粒な光弾となって怒涛の勢いで発射される。ロータは肩から入りながら左腕を薙ぎ払って光弾を弾き、右腕でボディブローを放って、自身の足元から巨大な紫色の棘を打ち出し、それを飛んで躱した終焉へ瞬間移動して二連ハイキックを放ち、更に強烈なアッパーを重ね、大量の鎖と紫色の棘で弾幕を張りつつ、自身を全開の暗黒竜闘気で包み込み、二体の分身と共に怒涛の攻撃を加えて止めに切り裂く。終焉はその攻撃の直撃を受けても倒れず、おぞましいほどの魔法陣を一気に産み出し、そこから凄まじい威力の光線を放つ。余りにも濃密な弾幕であるがゆえに、発射音が発射音に掻き消され、黄昏が白けるほどの輝きが辺りを包む。
輝きが収まると、両者は浮遊大地におり、全身から白煙を上げるロータが片膝をついており、辛うじて意識を保っていた。
「さよなら、ロータさん……!」
終焉が軽く唸ると、またも魔法陣が次々と産み出され、そこに黄金の輝きが漏れ出る。ロータが皮肉っぽい笑みを浮かべて立ち上がり、噴出した黄金の輝きに飲まれる。
ロータは体が耐えられず、竜化が解けて地面に叩きつけられる。終焉も竜化を解き、ロータの傍に歩み寄り、跪く。
「……。ここであなたの旅は終わりです、ロータさん」
「ふん……どうやら……そのようね……」
ロータが自分の右手を見ると、殆ど水分が抜けて結晶になっていた。
「死ぬの、二回目なんだけど……まあ、どっちも、看取る人間の、人選が……嫌いじゃない……」
ざらついた右手でアルバの頬を撫でる。アルバはその手を割れ物に触れるように優しく包む。
「ごめんなさい、ロータさん……」
「どうして謝る必要がある……私たちの願いは同じ。なら……勝った方が、やるべきことをやる……それだけの、こと……」
ロータは生唾を飲んで、会話を続ける。
「私は正直、バロンとあなたの……どちらが勝とうがどうでもいい……ヴァナ・ファキナを、滅ぼせるのなら……ね……」
「……」
「ふん……ふふっ、アルバ。まさかこの期に及んで、怯んでいるんじゃないでしょうね……」
「え……?」
ロータは残る力を振り絞って上体を起こし、アルバを抱き締める。
「ごめんね、アルバ。私はまだ、母親になったことがない、から……こんな上辺だけの行動で……」
アルバは涙を堪えながら、抱擁を受け入れる。
「おかあ、さん……っ!」
「それでいい……大好きよ、アルバ……」
ロータは安らかな笑みを浮かべて、そのまま塩となって虚空へ散る。溢れる涙で震える体を引き締め、アルバは立ち上がる。
「この涙は……全てが終わるまでは……」
アルバは竜化し、黄昏の向こうへ飛び去った。
その感覚が断続的に、無感情に起こり続ける。
やがて少女は目覚め、シャワールームのタイルのような床に手をついて立ち上がる。
「……」
濃厚な血の匂いが周囲に漂い、天井に添えられた白色電灯が血霞を照らして大いに不気味さを増している。
「ロータ!」
少女の後ろから、銀髪の美青年が現れる。
「兄様……」
少女が僅かに後退して警戒を示す。
「どうしたんだよ、いつもはそんなんじゃないだろ……」
美青年は溶け始め、少女に襲いかかろうとする。少女は即座に反転して駆け出す。
「おぉい、おぉぉぉぉい……にげるなよぉ、おぉぉい……」
溶けた青年は床の血溜まりから次々と現れ、少女を追いかける。
鉄製の階段を少女が駆け上がり、その縁から飛び立つ。瞬間、強烈なフラッシュを受けて、視界が飛ぶ。
――……――……――
三千世界・未来遺骸
ロータがフラッシュを抜けると、そこは黄昏に包まれた世界だった。眼下に見えるのは近未来的な都市の破片であり、一気に急降下して広めの歩道に着地する。
「さっきのは一体……」
制服の袖口についた血を嗅ぐと、不思議と心が落ち着くような感覚になる。ロータが正面を向いて歩き始めると、左前方にあるビルのせり出したテラスからシルルが飛び出してきて道路に着地する。
「シルル……」
「生きていたようだな」
「それは……こっちの台詞。何のために私の前に何回も現れるの」
「まだ答える時じゃない」
「まだ……?」
ロータが怪訝な表情を見せると、シルルは身震いする。
「そうだな、一つだけ教えるとするならば、我々とお前の目的は一致している」
「コルンツの血筋を、ヴァナ・ファキナの眷属を、全て滅ぼす……」
「そうだ」
「でもそっちはChaos社の兵器のはず……杉原の配下となれば、ヴァナ・ファキナの手足も同然……」
「どう思おうが構わん。どうせお前は先へ進むだろう」
「……」
ロータは頭上へ視線を上げる。そこに浮かぶ球体を見たあと、シルルに視線を落とす。
「もう、兄様と姉様をこの手にかけた以上、立ち止まる選択肢はない」
「それでいい。ではな」
シルルは踵を返し、ビルを飛び継ぎながら去っていった。それと同時に、凄まじい振動が起こり、前方の地面が時計回りに回転し始める。
「これは……!」
ロータは鎖を召喚してその上を滑り、狭まるビルの隙間を通り抜けていく。一気に上空まで飛び出ると、ロータが立っていた方の地面が反時計回り回転し、大地同士が衝突しあって砕け散っていくのが見える。
そして彼女が前に振り返った瞬間、再び激しいフラッシュに見舞われる。
――……――……――
フラッシュを抜けると、ロータはぬるついたタイルの上に着地する。変わらず血の匂いが立ち込めており、至るところに血と肉片がこびりついている。細い通路の向こうを見ると、見慣れた後ろ姿が見えた。そのレイヴンらしき人間が前に駆け出すのを見て、ロータもそれを追う。細い通路を抜けて、劇場にあるような赤に金の装飾の扉を開けると広間に出る。そして彼女を囲むように、床から次々と溶けたレイヴンが生まれてくる。
「ロォォォォタァァァァァア」
「無様ね……ヴァナ・ファキナ。私の兄様は諦めたりしない」
ロータは溶けたレイヴンたちに見向きもせずに鎖で貫き暗黒竜闘気で消し去り、淡々と前に進んでいく。
「最初は驚いたけど……この場所が何なのかだいたい理解した」
広間を抜けて再び通路に出ると、そこは行き止まりで、足元に水路へ降りるエアロック式のマンホールがあった。
ロータは軽い蹴りでその分厚い蓋を蹴破り、飛び込む。
視界の著しく悪い汚水の中を進んでいると、どこからか凄まじい唸り声が聞こえてくる。瞬間、前方を巨大な四肢を生やした魚が通りすぎる。
「……」
ロータは泳ぐのをやめ、下方から突っ込んできた魚を片手で受け止め、そのまま身を翻して踵落としで両断する。再びロータは泳ぎ始め、壁に備え付けられていたエアロック式の扉を指で引き千切り、外へ出る。
「これは……」
汚水と共に流れ出ると、そこは何かしらの工場の一室のようだった。コンソールの上方のガラスから見えるのは、吊るされた少女たちが延々と運ばれていく様だった。
ロータがコンソールへ近づこうとすると、部屋の左側の扉が壁ごと吹き飛ばされ、無数の人間を混ぜ合わせて作られたような双頭の異形が現れる。
「こいつは……!」
異形が恐るべき精確さの跳躍から素早く前脚を叩きつける。ロータは難なく躱し、鎖を一絡げにして射出し、異形を壁に衝突させる。
「メギドール!」
全闘気と魔力を凝縮した塊を発射し、それが螺旋を描きつつ超高速で異形へ激突して超大爆発を起こし、同時にフラッシュに飲まれる。
「ちっ……!」
――……――……――
三千世界・王都グランシデア
フラッシュが収まると、ロータは中央広場の噴水に立っていた。
「逃がしたか……でも……感じた、あの禍々しさ……あの空間と、何らかの関係が……?」
ロータは噴水から出て、側に置いてあるベンチに座る。前方の視界の中に何かが揺れて、それがシルルとなって現れる。
「随分と細かく……出てくる……」
「気にすることではない。物語の進行に必要なのは、視点人物、情景、伏線、それと、あー……伏線を徐々に解明してくれる、情報を小出しにしかしない敵だ」
「……」
「もうあの場所の目星はついたか?」
「まあ……だいたい。あれは……私の心象風景。DAAで見た、異史の激戦の中で壊れた私の心。確か名前を……淵荊白蘭」
「流石はロータ。このまま、我々がそう労せず互いの目的を果たせるよう、前に進むとしよう」
「……。まあ、結果的に全員消えれば、それで私は構わない……」
ロータは即座にシルルに飛びかかり、その胴体を抱えて飛び退く。二人が直線上に並んでいた場所に、巨大な鎌が突き刺さる。
「シルル、まさか気付かなかった……なんて言わないわよね……」
「いや……!全く気配を感じなかった。いったい……」
ロータがシルルを離すと、鎌の真横に靄が現れ、それが青白い鎧の骸骨騎士となる。
「ペイルライダー……!?どうしてここに……!」
ロータが驚くと、ペイルライダーは三人の人間の死体を彼女たちの眼前に放る。それは、マイケル、ミリル、エリナの三人だった。
「な……!」
「エリナたちは処分させてもらった。仮にここで死なずとも、彼女たちは最終決戦まで耐えられぬ」
ペイルライダーは一切のおどけを見せず、ただ淡々と告げる。
そしてマイケルたちの死体が消える。
「悪いとは思っている。だが……君もわかっているだろうが、力不足なのを感じたまま、それをどうすることも出来ず、役に立たず死ぬよりも、早めに脱落していた方が……そうだな、物語の流れとしても自然だろう?」
「……。今更、三つ命が消えたところで咎めたりはしない。お前にミリルたちが殺されたのは、この世界を進む実力が無かったから」
「随分と面構えが変わった。そうか……レイヴンを自分の手で殺めたのは、それほどまでに……」
ペイルライダーは少々驚いたように、骸骨の奥の光を躍らせる。
「ヴァナ・ファキナは、君という存在を産み出すために、この世に刻まれたのかもしれないな」
彼は背を向ける。
「ついてこい。天象の鎖。光の御子は……ついてきたいのなら続け。そちらにとって有用な話はしないが」
学園の方へ歩いていくペイルライダーに、ロータが続き、シルルはそのまま立ち去った。
三千世界・グランシデア王立学園
トップスシティを抜けていくと、王立学園の学舎群が見えてくる。延々と黄昏に飲まれてはいるが、特に変哲はない。
「ペイル、一つ聞きたい……」
「出来うる範囲で、なんでも答えよう」
「黙示録の四騎士は……何のために……」
ロータが言い終わるより先に、ペイルライダーが答える。
「アルヴァナに仕えているの、か?」
「うん」
「私たち五人は、誓い合ったのだ」
「五人……?」
ロータが呟いた言葉に反応することなく、ペイルライダーは返答を続ける。
「どんなことがあろうとも、我が王の願いを果たすと。仮令、我らの存在が先に無に帰ろうとも。そのために、我らはここにある」
「ただの変態かと」
「くははははっ!ま、私の場合はそれもあるが……美少女を眺めるのは我が王から労われるのと同じくらい、癒されるものだからな。しかし、やはりソムニウムから、いや零なる神を発端とするだけはある。今の相槌など、白金そっくりだ」
「そう。別に……意図してる訳じゃない」
「もしかすると……ヴァナ・ファキナは何度も杉原に乗り移る度に、奴のソムニウムへの憧れが刷り込まれ、無意識の内にヴァナ・ファキナは自分の手でソムニウムを作り出そうとしていたのかもしれないな」
「どうでもいい……わけじゃないけど、興味ない」
「そうか」
二人は学園へ入り、ロータがいつも屋上にいた学舎へ入っていく。
「どうしてここに」
「淵荊白蘭を踏破する必要がある」
「……」
「どういう形に収束するにしても、出来うる限りの力を、全員に発揮してもらいたいのでな」
階段を登り終え、屋上の前のガラス戸にペイルライダーは立つ。ロータはそのまま屋上へ出て、落ちていた写真を拾う。それは、アルバとロータと、レイヴンが写ったものだった。
「アルバ……」
そう呟くと同時に、再びフラッシュに飲まれる。
――……――……――
淵荊白蘭
そこは、赤い雨の降り頻る学園の屋上だった。
「……」
屋上の縁から溶けたレイヴンたちが這い上がってくる。
「お前は一人ぼっちだ、そうだろぉぉぉぉ?だからお兄ちゃんがいないと駄目なんだ、駄目駄目駄目なんだぁぁぁぁぁ!」
「死ね」
喚くレイヴンへ、ロータがそう吐き捨て、体から発する暗黒竜闘気だけで彼らが蒸発していく。
「この世界に果てがあるとすれば……そこに、あの壊れた私がいるということ」
ロータが手すりを飛び越え、着地する。周囲はどこを進んでも全く同じ場所が先に見える。それは遊園地であった。
「ピエロ恐怖症?まさかね……」
彼女が遊園地のゲートを潜ると、最初に巨大なピエロの口がゲートになっているアトラクションが見えた。しかしゲートは封鎖されていた。
「心象風景だというのなら……通れないのはトラウマだからか、それともこれに対して何も脅威を感じないからなのか」
ロータはとりあえず火炎弾をゲートへ叩き込むが、びくともしない。
「そういうこと」
そのアトラクションをスルーし、園内を散策する。
「正史のグランシデアにはなかった気がするけど……」
ロータは咄嗟に背後から感じた気配へ振り返り、素早く拳を放つ。そこには透明な何者かが鉈を振り下ろそうとしており、見事に拳を受けて吹き飛ばされる。
「透明ごときで奇襲を仕掛けられると思ってるなんて……雑魚しか相手にしたことが無いの?」
何者かは起き上がり、不規則な動きをしつつ接近しようとするが、場所を完全に把握しているロータの放つ鎖や魔法を悉く受けて、反撃すら許されずに粉々になった。
「……」
ロータは淡々と園内を進み、やがてフラッシュを受けて視界が飛ぶ。
――……――……――
三千世界・未来遺骸
崩れたビルの一室に出ると、すぐに壊れた壁から外を見る。最初にいたビル群とは別の場所のようで、しかし未だ崩壊が続いている。
「……。そうか、ここは……異史の新生世界、最大の都市……」
ロータはビルの壁が崩れているお陰で開通している道を進み、交差点の真上にある連絡通路に降り立つ。
「待つがいい……宵の鎖……」
聞こえた声の方に向くと、そこには黒い鎧の骸骨騎士がいた。
「我が……名は……ブラックライダー……」
「黙示録の四騎士……さっきペイルにあったけど、まだ何か?」
ブラックライダーは右手に持った天秤をロータへ向ける。
「我らは望もう……お前が、自らの血筋を全て絶ち切ることを」
「言われなくても……」
「いや……アルバやラータが勝っては我々の意図に沿わん……あくまでも、お前が勝つ必要がある……それ以外では、好ましい発展は望めぬ……」
天秤はどちらにも振れず、均衡を保ち続ける。
「……。曇りのない、崇高なる魂よ。我らは、お前の旅路の果てを見届けよう……いかなる、結末が、待っていようとも」
ブラックライダーは闇に包まれて消えた。同時に、頭上から無数の多目的対戦車榴弾《HEMP》が落下してくる。ロータは瞬時に鎖の防壁を編み出して防ぎ、急降下してきた蒼龍の脚部に魔力塊を放ち、吹き飛ばす。蒼龍は空中で受け身を取り、道路に着地する。爆発した榴弾から撒き散らされた怨愛の炎がビルに引火して燃え上がる。
蒼龍は右翼の淵をなぞるように怨愛の炎の刃を産み出し、飛び上がってロータへ振り下ろす。ロータはその攻撃を真正面から受け止め、蒼龍を投げ飛ばす。更に鎖を呼び出して蒼龍の胴体に巻き付け、続いて暗黒竜闘気を纏った大量の鎖で切り裂きつつ、右足だけを竜化させて飛び上がる。そして身を翻して右足を叩きつけると、蒼龍は両断されて道路に転がる。程なくしてロータも竜化を解いて元の足場に着地する。
「行こう」
ロータは連絡通路を進んでいくと、今までとは違い、徐々に景色が白んでいく。
淵荊白蘭
白が収まると、そこはオオアマナの咲き誇る夕暮れの花畑だった。
「おきゃくさんなんてめずらしいわね!」
ロータの下に、彼女にそっくりな幼女が駆け寄ってくる。ある程度距離を詰めた瞬間に、幼女は踏みとどまり、満面の笑みが即座に恐怖に歪みだす。
「ひゃあ……!?」
幼女は一転、背を向けて脱兎のごとく逃げ出す。
「逃がすか」
ロータが呼び出した鎖に幼女は足を絡め取られ、彼女の下へ引き寄せられ、宙吊りになる。ロータが射殺すような視線を向けると、幼女はつんざくような悲鳴をあげて泣き出す。
「私に残った最後の甘え……」
意を決して手刀を構えた瞬間、幼女は更に泣き叫ぶ。
「にいさま!ねえさま!だれかたすけて!」
「死ね」
間もなく手刀が幼女を貫き、悲鳴が止まる。
「大切なものを守りきれずに壊れるくらいなら、大切なものを守るために壊れろ……私は、確かにそう言ったはず」
幼女が消滅し、ロータは鎖を消す。
「全ては私が背負う。何かを失う恐れも、私にはもはやない」
花畑を前に進むと、空がだんだんと淀んでいき、ひび割れていく。眼前の地面には、先ほど止めを刺したはずの幼女が這いずっていた。
「にいさまぁああああ……ねえさまぁあああ……たぁすけてええええ……」
続いて地面からわき出た溶けかけのレイヴンが幼女に纏わりつき、塊となって巨大化していく。やがてそれは双頭の異形へと姿を変える。
「なるほど」
その姿に合点がいったロータは、飛びかかってきた異形に束ねた鎖を叩き込んで吹き飛ばし、更に地面から鎖を産み出して貫き釘付けにする。
「異史の私の行いは、到底許されるものじゃない。だからこそ、私はその力を以て、己の意思を果たす」
彼女の背から黒い骨の左翼が現れる。漲る暗黒竜闘気を左手に凝縮し、動きの止まった異形に射出する。
「消し飛べ!過去に縋る亡霊がッ!」
鎖を断ち切りつつ異形を吹き飛ばし、そのまま景色が切り替わる。
未来遺骸
異形と共に横倒しになったアパートの壁面に着地する。ロータは瞬時に距離を詰めて、豪快に全身を使って翼を振るい、無数の斬撃を叩き込んで地面にぶつけ、その反動で持ち上がった巨体へ暗黒竜闘気を纏った凄絶な翼の一閃を加えて異形をビルの壁面まで吹き飛ばす。更にもがいて身動きの取れない異形に、赤紫色の棘を乱射して突き刺し、先ほどと同じように暗黒竜闘気の塊を射出して浮遊大陸から吹き飛ばし、そのまま異形は黄昏に落ちていった。
「ふん」
ロータが鼻を鳴らし、道路の続きへ視線を向けると、ちょうど高速道路の入り口があった。
「……」
だがそれ以上に目を惹いたのは、彼女の前にアルバが立っていたことだ。
「久しぶりですね、ロータさん」
アルバは憑き物が落ちたような柔和な笑みを浮かべる。
「アルバ……」
「私たちの思うことは、互いに同じです。けれど、そこに至るまでのプロセスが違えば、当然こうして敵対し合う」
「初めて会った時とはまるで違う……古代世界での戦いのあと、何かあったの」
「私は未来には帰れませんでしたよ、ロータさん。でも……今になって思えば、私は幸せになれなかったことが、ある意味で正しい選択だったと感じるんです」
「……」
「それは空の器も、宙核も、ロータさんも感じていたはずです。先の戦いが終わってから、この戦いが始まるまでの僅かな平穏……確かに、平和は素晴らしい。けれど、穏便なだけの人生を送るのでは、この世に生まれ落ちた意味などない」
アルバは衣服を正すために両腕を伸ばして姿勢を整える。
「この世界には、大切な人と愛を囁き合いながら共に過ごしていくことよりも、もっと重要なことがある」
二人は同時に言葉を発する。
「「命を奪い合うこと」」
アルバが目を伏せて鼻で笑い、そして視線を戻す。
「そうです。人間とは、世界の輪廻の中の終局。飽和した世界を、己の欲望、本能に従って滅亡させる。言わば存在そのものが死神なのです」
「……」
「でも、それがいったい何のためにあるのか、ロータさんはわかっていますか」
「さあね。古い血を排出して新しい血を体内に流すため?」
「いいえ。これは、アルヴァナが死ぬため。どれだけ美辞麗句を並べても、戦いが無ければ力は高まらない。力が高まらなければ、アルヴァナを打ち倒すほどの存在は生まれ得ない。そのために、私たち人間は戦い続けているんです」
「そう。どうでもいい」
「ええ。今の私たちには、どうでもいいことです。ですが、この戦いをどちらが越えるかはまだわからない。なら、ロータさんにも、ヴァナ・ファキナを滅ぼしたあとの道のりを知っておいて欲しかった。私たちは、創造主の自殺願望の上で踊っているのだと」
「私たちは、創造主がどうたらこうたら言っている場合じゃないはず」
「……」
ロータは拳を構える。
「ここで決着をつける」
アルバは首を横に振る。
「まだです。ここでは、少し遠い」
アルバが視線を上に向け、ロータもそれにつられて上に向く。
「この世界がなんなのか、ロータさんは知っていますか?」
「いや」
「ならば教えましょう。この世界は、超複合新界・三千世界と言うんです。世界の残命を凝縮し、新たな世界を作り出す準備段階、それがこの世界。そして――」
アルバが上空に浮かぶ球体を指差す。
「そしてあれが、新たな世界の核。〝操核〟というものです。あそこにバロン……つまり宙核が融合することで、新たな世界が形作られる」
「わからない」
「何が……ですか?」
二人は視線を下げる。
「そっちの目的。ヴァナ・ファキナの血族を滅ぼすだけなら、三千世界でやる必要はない」
「いいえ。私には、確実にヴァナ・ファキナを葬り去る手段がある」
「まさか」
ロータの驚いた顔を見て、アルバは微笑む。
「察しがついたのならこの世界を進んでください、ロータさん。操核の近くで、落ち合うとしましょう」
アルバは透けて消え去った。
「……」
ロータは駆け出し、高速道路へ上る。
三千世界・九州道
ロータが道路を駆け抜けていると、遠くから轟く足音が近づいてくる。ロータが咄嗟に鎖を召喚してそれに飛び乗ると、後方から飛んできた自動車の残骸を回避する。走りつつ後方を確認すると、先ほどの異形が凄まじい速度で成長しながら突進してきていた。
「しぶとい残り滓ね……」
異形の四肢は強靭に、長大に変化しており、肉体もみるみる内に肥大化していき、身体中から大小様々なサイズの腕が生えてきて、それらが瓦礫だの自動車だのを放り投げてくる。ロータは巧みに鎖を乗り継いで躱しつつ先へ進んでいくと、流れるように景色が変わっていく。
淵荊白蘭
ロータは咄嗟に飛び立って異形の左の首に鎖を巻き付ける。異形は強靭な腕力で抵抗するが、それを上回るロータの剛力に押し負け、投げ飛ばされる。そのまま両者は落下し、継ぎ目なく元の世界へ到達する。
未来遺骸
異形は空中で制御を取り戻し、長大な腕をロータへ振るう。ロータは体躯の数倍は下らないほどの腕の攻撃を平然と片手で受け止め、素早く身を翻して翼の一閃をぶつけ、異形の腕を切断する。異形は泣きわめき、精度の甘い攻撃を出鱈目に放つ。ロータはもはや相手にせず、脇をすり抜けて先へ進む。
鎖に乗って崩れ落ちてくるビルの合間を飛び抜けていくと、左方向から並走するようにシルルがビルを飛び継ぎつつ現れる。
「ロータ!」
「何の用?今ちょっと忙しいんだけど」
シルルは駆けながら、左後脚に装着されたレールガンを背中にマウントし、飛び上がって振り向き、追ってきていた異形にレールガンを放つ。凄まじい速度で鉄球のようなものが飛翔し、異形を貫いて爆裂する。異形は再び制御を失って黄昏へ落ちていく。
シルルは着地すると、なおも落下していくビルを乗り継ぎつつロータと並走する。
「これで忙しくない」
「それで」
「もう少しで、淵荊白蘭の最深部に到達する。それを伝えに来た」
「そう」
シルルが飛び退くと同時に、再び景色が継ぎ目なく変わる。
淵荊白蘭
オオアマナの花畑が再び現れるが、草花は軒並み枯れており、その残骸だけが不自然に現れたように見える。ロータは華麗に着地し、立ち上がる。眼前にはシルルが佇んでいた。
「間もなくここは崩壊する。それを以て、異史のロータ・コルンツは跡形もなく消え去る」
シルルが頭部のライトを明滅させる。
「邪魔なんだけど」
ロータが足を一歩前へ出す。
「ああ。邪魔をするためにここに来た」
シルルは素早く飛び回りながらロータへ突っ込む。ロータは当然のごとく片手でそれを受け止め、翼の一撃を加え、掌から魔力の波動を放って吹き飛ばす。シルルが地面を転がり、立ち上がる。
「全く……相変わらずの強さね」
シルルから響く声が急激に穏和になる。
「今の攻撃でバグでも起きた?随分丁寧な話し方になったけど」
ロータが姿勢を戻す。シルルが四肢を踏ん張ると、体の隙間から蒸気が噴出する。そして背の装甲が開き、俯せに格納されていた金髪の少女が上体を起こす。グランシデア王立学園の制服を着たその少女は、シルルの残骸から飛び立ってロータの前に着地する。
「……」
ロータは急な展開に沈黙し、少女が口を開く。
「私の名前はルータ・コルンツ。久しぶり……と言っても、この世界では初めまして、よね?」
「うん」
ルータはポケットから取り出した指貫グローブを装着する。
「私はコルンツ家の長姉。つまりは……」
「私たちの、祖母……」
「その通り。あなたが滅ぼさなければならないものの、一人」
ロータは構えを解く。
「私はずっと迷い続けていたわ、ロータ。兄に求められるまま、体を重ねて、そうなるのを自ら望んだ者として。……。私は、兄に愛されることも、あなたたちに慕われることも、どちらも捨てられなかった。それが結果として――あなたと、ラータを敵対させることになってしまった」
「懺悔なら要らない、上姉様」
「ふふ、懐かしいわね、その呼び方。懺悔は何の解決にもならない。ええ、その通りだわ」
ルータから光が立ち上る。
「ロータ、もしお姉ちゃんを許してくれるなら、ここで戦って。あなたが勝てば、それでいい。私が勝てば、私がアルバを止めに行く」
「上姉様……わかった。どちらにせよ、上姉様もヴァナ・ファキナの眷属。ここで仕留める」
ロータが拳を構える。一陣の風が二人の合間を通り抜けたのを合図に、ルータは光速で接近する。ロータでさえ一瞬反応が遅れるほどの素早さから放たれた指線によって腹を切り裂かれ、反撃に大上段から両手で手刀を放ってルータの肩口に斬り入れる。ルータは素早く両手を開いてロータの胴体を縦に裂き、よろけたところへ次々と猛打を放つ。合間に生成された鎖たちがギリギリでそれらを防御し、翼の一閃をルータは受け止める。
「流石は私の妹。それに、異史や前の世界では持っていなかった、非情さと優しさを持っている」
「上姉様、加減しているつもりなら、そんな気遣いは不要だと言っておく」
翼がルータの右前腕を斬り捌き、魔法を込めた拳をその胸部へ叩き込み爆裂させる。ルータは恐るべき速度で移動することで爆発を置き去りにし、同時に凄まじい数の指突を放つ。しかし、ロータも目が慣れたのか、いくつかは防ぎきれずとも指突の大半を同じように手で凌ぎ、大きく身を翻して翼を振り抜き、同時に大量の鎖を呼び出す。ルータは即座に鎖を全て断ち切り、空中を舞う右腕を繋ぎ直し、両の腕に閃光を纏わせる。
「奥義!〈極星千手断〉!」
ルータの体が一瞬だけふわりと浮くことで翼の攻撃を躱し、先ほどの刺突を越える速度で手刀を突き入れてロータは吹き飛ばされる。二人は着地し、姿勢を整える。
「上姉様は早口だし滑舌がいい」
「そうでしょ?技を出しながら名前を叫ぶのって大変なんだから」
「上姉様から感じる闘気は、この世の誰よりも澄んで、綺麗。でも……」
ロータは深く突き入れられた右脇腹の傷に触れる。
「もう少し踏み込んでいれば、止めを刺せずともダメージは与えられたはず」
「ふふ、よく言うわね……」
ルータの胴に斜めの傷が入る。
「あと一歩踏み込んでいれば、死んでいたのは私よ?今だって、隙と傷の交換という点で言えば、私の方が不利」
全身に闘気を流して、ルータは傷を塞ぐ。
「その翼……ラータと同じものね。新人類殺し……それの本当の名前は、〝ウォルライダー〟。ラータが作った武器……というよりは、暗黒闘気の凝縮方法ね」
「異史の私はこれを使ってた」
「ええ。ラータとロータは根本的には双子だから、使えても別に不自然じゃない。天使の子の力、悪魔の子の力。あなたたち双子はそれぞれに特化していたけど、時の流れの中で二人とも、両方の力どころか、純粋なシフルエネルギーさえ扱えるようになったから、なおさら」
「……」
「さて……」
ルータは拳を構え、再び全身から光を発する。
「お喋りは終わり」
ルータは光になって撹乱するように動き回る。速度は速いものの、動く位置が定位置であるために容易に予測が出来、ロータは鎖で牽制しつつ魔力塊を放つ。ルータはそれを真正面から打ち砕いて拳を打ち込み、ロータは拳で迎え撃つ。強烈な拳圧でロータは押され、足元から閃光が迸る。
「これは……!」
ロータが素早いバックステップで吹き出す閃光を躱すが、躱した先にも同じように閃光が吹き出さんと待ち構えていた。
「ッ……!」
隙を晒すのを承知でロータは大きく後ろに飛び退くと、先ほどルータが光速で移動していた箇所をなぞるように閃光が地面に迸っている様が見えた。そこへルータが眼前に現れ、防御の遅れたロータへ閃光を纏わせた拳を構える。
「〈閃乱翔覇断〉!」
眩い閃光が刃となって振り下ろされるが、ロータはすんでのところで腕を交差させて防御し、堪える。
「罠を張ったのが上姉様だけだとでも……!」
ルータの足にはいつの間にか鎖が一本巻き付いていた。
「それでもッ!」
拳から迸る閃光の出力を上げ、両者の腕が競り合う。到底生身の人間からは出ないような音を散らしながら。
「さっきも……言ったけど……上姉様は……踏み込みがッ……甘いッ!」
ロータは交差させた腕を開いて押しきり、自身の後方から召喚した鎖を脇を潜らせてルータの体を貫き、手刀を放ちつつ回転して、翼とローファーで切り裂き地面に叩き落とす。ルータが地表に激突したのと同時に、ロータも着地する。
「うぐ……」
起き上がろうとするルータの首筋に、ロータは翼の切っ先を向ける。
「上姉様には特別に、辞世の句を読ませてあげる」
「ふ、ふふっ……いくら私がロマンチストでも……今際の際じゃ思い付かないわ……そうね……」
ルータの体が、爪先から光の粒子へと変わっていく。
「もし生まれ変われるのなら……普通の女の子として……お兄ちゃんのお嫁さんになりたい……かな……」
完全に光へと変わり、彼女の体は消えてなくなった。間髪入れず、その光をロータは吸収する。
「上姉様は悪くない。でも、上姉様の迷いが悲劇を生んだのも事実。だからもう……誰もヴァナ・ファキナのせいで悲しまないよう……」
ロータは花畑を進む。縁から先を見渡すと、点々と存在する淵荊白蘭の残骸や、未来遺骸が崩壊を始めているのが見えた。
「なるほど。この一帯は、上姉様が作り出していたのか」
ロータは鎖を呼び出し、崩壊していく花畑を後にした。
三千世界 創世の底
倒壊していく未来遺骸を抜けると、大きめの浮遊大地を囲むようにビルの破片やスクラップになった自動車などが浮いていた。ロータは大地に着地し、鎖で編んだ椅子に座していたアルバと相対する。
「ロータさん。いえ、ここはお母さん、と言うべきですか?」
「好きにすればいい。もう、あなたの母親はこの世に存在しない」
「ああ、そうですね――今の私の力なら、異史のお母さんなど歯牙にもかけない雑魚ですけど……それでも、消えてくれたのは本当にいい気分です」
アルバは立ち上がり、鎖はほどかれて消滅する。
「ロータさん。あなたには、何の恨みもない。寧ろ、私は感謝しているんです。あなたと出会ったことで、私のお母さんが異常だったのだと、ヴァナ・ファキナこそが、諸悪の根源なのであると知れたんです」
「私たちは、決して幸せになどなれない」
「そうですね。これこそが、哀しみというものなのかもしれません。私たちは共に、諦観を覚悟に変えてここに立っている」
「哀しみ……」
「胸を貫く寂寥、荒涼たる広野を吹き抜ける風。人間を最も強く定義するのは、この哀しみの罪。アルヴァナが伴侶を失った時に生まれた、始まりの感情」
アルバは目を伏せ、息を吐いてから目を開く。
「さあロータさん。決着を……私たちの結末を、迎えましょう」
「どちらが勝ったとしても、私たちは消え去るのみ」
「ええ……!」
両者が同時に鎖を召喚し、同じように魔法を次々と唱えて弾幕を張る。更に鏡合わせのように魔力塊を同時に打ち放ち、激突して大爆発を起こす。接近し合った両者の蹴りが交差し、アルバの竜化した右腕によるラリアットを受けてロータはビルの残骸まで吹き飛ばされる。追撃に四方八方から鎖が放たれ、ロータはそれを避けつつビルの壁面を駆け抜ける。スライディングから空中に飛び出し、自動車の残骸を掴んで一回転し、それを足場にしてアルバの下まで戻る。紫色の棘を大量に発射しつつ着地の安全を確保し、一絡げにされて放たれた鎖を暗黒竜闘気の壁で凌ぐ。二人の放った魔法が同時に炸裂し、その衝撃で空中へ投げ出される。そのまま、二人は猛烈な勢いで鎖を召喚しつつ並走し、そして拳で斬り結んで正拳をぶつけ合う。遅れて到達した鎖たちが各々激突し、ロータが瞬時に身を翻して翼を振るう。それはアルバの右腕に受け止められ、強烈な膝蹴りを顔面に受けてロータは怯む。しかし負けずにロータはヘッドバットでアルバを仰け反らせ、素早い回し蹴りから更に踵落としと翼の一撃を振り下ろす。アルバのローブは想像以上に頑丈で、翼での斬撃ですら破れもしない。アルバは右腕から暗黒竜闘気を発しつつ強烈な一振を放ち、追従して現れた鉤爪のようなオーラが、ロータが再び振るった翼と競り合う。
「暗黒竜闘気……」
「血の繋がりなんてもはやどうでもいいものではありますが……そうは言っても、親子で似る部分はあるんです。どうしようが」
「皮肉なものね」
翼と鉤爪は弾き合い、両者は素早く踵側から回し蹴りを放つ。更にアルバはテイクバックを取らずに強烈な破壊力の蹴りを複数放ち、ロータは防御しつつ、咄嗟に魔力の壁を自分の周囲に張ってアルバを強制的に離す。アルバは重力魔法を撃ち、ロータも同質の魔法を放って打ち消す。瞬時に翼の切っ先を向けて突っ込み、右腕で逸らされ、両手を掴み合って組み付く。アルバが先に右腕で押し勝ち鉤爪を纏わせて掌底を放たんとするが、ロータも左腕を思いっきり引き込んでアルバの姿勢を崩し、鉤爪に胸を削ぎ取らせつつ、翼の一撃をアルバの脇腹に直撃させる。
さしものアルバでも堪えきれずに、別の浮遊大地まで吹き飛ばされ、鎖を地面に打ち込んで留まる。ロータが瞬間移動で距離を詰めて、体勢を立て直す前のアルバに翼を振るうが、彼女は腕をバネにして飛び上がって躱し、そこへロータは右手を突き出し、指の一本一本から紫色の棘を射出する。アルバは鎖の防壁でそれら全てを防ぎ、次の翼の一閃で防壁を全て両断され、渾身の魔力塊を捩じ込まれる。右腕に込めていた術式を解放して、アルバはその暴力的な魔力の波を無理矢理耐え、撃ち終わりに僅かな隙を見せたロータに鉤爪を振り下ろし、浮遊大地ごと斬り捌く。猛烈な速度でロータは黄昏の中を落下していくが、空間魔法で引き裂いた次元に入って最初の浮遊大地に戻る。アルバも戻って来ると、両者は呼吸を整える。
「ロータさんは、自分にもしこの呪いがなかったとしたら、どんな人生を送りたかったですか?」
「この局面で……どうしてそんなことを……?」
「ひいおばあちゃんに言っていたじゃないですか。辞世の句」
ロータは少しだけ沈黙する。
「わからない。ミリルと結婚するとか、いいかもしれないけど」
「私はこの問いには、たった一つだけしか答えを持っていません。ストラトスくんと、老い朽ち果てるまで共に居ること。ただ、それだけです」
「そう。考えてみるだけ無駄じゃない……と思う」
「ふふっ……私たちの目的が果たされれば、そんなことが起こり得るはずがない、なんてことは明確なのに……ついそう思いたくなるのは、人間の性というものなのでしょうね……」
ロータが一気に踏み込み、鋭い右手刀を放つ。アルバは両手で白刃取りのように受け止め、右腕で掴んで背負い投げる。ロータは即座に反応し、アルバの右腕を両足で抱え込んで地面に倒し、へし折ろうと全身で力をかける。
「甘いですよロータさん……!」
アルバは立ち上がり、強引に右腕を折り曲げてロータの拘束をほどき、鎖に暗黒竜闘気を纏わせて薙ぎ払う。
「甘いのはそっち」
ロータは同じ両の暗黒竜闘気を発して衝撃を打ち消し、凄まじい暗黒竜闘気を纏わせた強烈な翼の一撃を加え、よろけたアルバへ凝縮したシフルを叩き込んで大爆発を起こす。
アルバは即座に体勢を立て直す。
「そろそろ全力で行きましょう、ロータさん」
「これ以上戦いを長引かせても、埒が明かない」
「ええ……」
アルバが右腕を掲げると、凄まじい闇が溢れ出す。
「我が総身に宿りしは原初の闇。今こそ奈落の淵源解き放ち、我らが渇望を果たす時!竜化、我が名〈終焉〉!」
一対の翼が闇を裂き、極悪な爪を備えた赤色の前脚が姿を現し、けたたましい咆哮を撒き散らして四脚の黒龍が顕現する。
「この力……!」
終焉から放たれる気魄はロータでさえ後ずさるほど凄まじいものであった。
「私も全力で……仕留める!」
ロータも竜化し、いつも通りの竜人となる。ロータが大振りに右腕を構え、地面に叩きつける。それだけで鴻大な衝撃が巻き起こり、間欠泉のごとくエネルギーが噴出する。終焉が吼え、いくつもの魔法陣が生まれ、そこから極大の光線がいくつも放たれる。それらが相殺され、ロータは素早く踏み込み、素早いローキックを放つ。終焉は身を翻して飛び退き、流れるような動作で次々と魔法陣を産み出しては光線を放つ。人間態での鎖を遥かに越える強烈な弾幕に、ロータは躱しきれずにいくつか直撃しつつも距離を詰め、暗黒竜闘気を放って凄まじい加速を行い、終焉の首を掴んで渾身の波動を放つ。終焉は四脚でロータを蹴り飛ばすことで距離を取り、翼膜に星座のような紋様が赤い光で灯り、小粒な光弾となって怒涛の勢いで発射される。ロータは肩から入りながら左腕を薙ぎ払って光弾を弾き、右腕でボディブローを放って、自身の足元から巨大な紫色の棘を打ち出し、それを飛んで躱した終焉へ瞬間移動して二連ハイキックを放ち、更に強烈なアッパーを重ね、大量の鎖と紫色の棘で弾幕を張りつつ、自身を全開の暗黒竜闘気で包み込み、二体の分身と共に怒涛の攻撃を加えて止めに切り裂く。終焉はその攻撃の直撃を受けても倒れず、おぞましいほどの魔法陣を一気に産み出し、そこから凄まじい威力の光線を放つ。余りにも濃密な弾幕であるがゆえに、発射音が発射音に掻き消され、黄昏が白けるほどの輝きが辺りを包む。
輝きが収まると、両者は浮遊大地におり、全身から白煙を上げるロータが片膝をついており、辛うじて意識を保っていた。
「さよなら、ロータさん……!」
終焉が軽く唸ると、またも魔法陣が次々と産み出され、そこに黄金の輝きが漏れ出る。ロータが皮肉っぽい笑みを浮かべて立ち上がり、噴出した黄金の輝きに飲まれる。
ロータは体が耐えられず、竜化が解けて地面に叩きつけられる。終焉も竜化を解き、ロータの傍に歩み寄り、跪く。
「……。ここであなたの旅は終わりです、ロータさん」
「ふん……どうやら……そのようね……」
ロータが自分の右手を見ると、殆ど水分が抜けて結晶になっていた。
「死ぬの、二回目なんだけど……まあ、どっちも、看取る人間の、人選が……嫌いじゃない……」
ざらついた右手でアルバの頬を撫でる。アルバはその手を割れ物に触れるように優しく包む。
「ごめんなさい、ロータさん……」
「どうして謝る必要がある……私たちの願いは同じ。なら……勝った方が、やるべきことをやる……それだけの、こと……」
ロータは生唾を飲んで、会話を続ける。
「私は正直、バロンとあなたの……どちらが勝とうがどうでもいい……ヴァナ・ファキナを、滅ぼせるのなら……ね……」
「……」
「ふん……ふふっ、アルバ。まさかこの期に及んで、怯んでいるんじゃないでしょうね……」
「え……?」
ロータは残る力を振り絞って上体を起こし、アルバを抱き締める。
「ごめんね、アルバ。私はまだ、母親になったことがない、から……こんな上辺だけの行動で……」
アルバは涙を堪えながら、抱擁を受け入れる。
「おかあ、さん……っ!」
「それでいい……大好きよ、アルバ……」
ロータは安らかな笑みを浮かべて、そのまま塩となって虚空へ散る。溢れる涙で震える体を引き締め、アルバは立ち上がる。
「この涙は……全てが終わるまでは……」
アルバは竜化し、黄昏の向こうへ飛び去った。
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