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三千世界・永輝(9.5)

第二話 「過負荷の覇王」

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 太陽原核
 シャフトからは、広大な空間の中央で燦然と輝く熱球の様子が窺えた。
「あれが太陽原核。この宇宙の収縮に従って弱体化していった、太陽系の中心」
「太陽をこんな間近で見たのは始めてです……」
「プラズマの塊ですからね……まああんな姿になっても、十分パワーがありますから」
 着地すると、アルバは優しくミカを降ろす。二人は太陽に近づき、ミカがその近くにあるコンソールへ触れる。
「なんか、デジャヴみたいですよねー」
「そうですね……」
 アルバが朧気な返事をすると、何者かが頭上から急降下してきて、ミカを串刺しにする。ミカは即死したのかぴくりともせず、何者かは紅い鉈のような長剣をミカの鎖骨辺りから引き抜く。一瞬の出来事にアルバは反応できず、その何者かと相対する。それは、黒い鎧に身を包んだ、青い頭の竜人だった。
「あなたは……」
「俺はブラッド。ブラッド・フランチェスだ」
 ブラッドはミカの死体を蹴ってどかす。
「ここまで長旅ご苦労だった、天象の鎖。だが、しかし。貴様はここで死ぬ」
「私に何の恨みが……?」
「貴様には何の恨みもない。ただ、貴様が持っている力。それが欲しいだけだ。大人しく死ね」
「お断りします。私は、最後の戦いに行かなければならないので」
「よい選択だな。ならば、自らが決めた道の半ばで死ぬがいい」
 ブラッドは長剣を逆手に持ち、急接近しつつ左手で手刀を放ち、躱したアルバへ回転の勢いをつけて長剣を振り下ろす。アルバは緩衝材のように鎖を産み出して防御し、身を翻しながら空中でいくつもの火球を産み出して放つ。ブラッドは凄まじい速度で火球を切り裂き、発生した真空の力場に左手から青い炎を放ち、一気に爆裂させる。アルバの視界が封じられるが、ブラッドは瞬間踏み込んで強烈な回し蹴りを二発振るう。一発目はアルバの頬を掠め、二発目は顔面に直撃して彼女を吹き飛ばす。アルバは受け身を取り、両者は呼吸を整える。
「とても人間業とは思えない……」
「それは互いにそうだろう。技術力で強化された俺と、天性の力を持つ貴様。その対であるだけだ」
 ブラッドが長剣を順手に持って、一跨ぎでアルバの眼前へ現れると兜割りを放つ。アルバは右腕でそれを払い除け、紫棘を四方八方から発射する。ブラッドはアクロバティックに宙返りしつつ後退し、棘を躱しきると瞬時に接近する。長剣は逆手に持たれており、素早い回し下段蹴りで牽制しつつ、空中へ逃げたアルバの腕を掴んで地面に叩きつけ、反撃に放たれた魔法を長剣の腹で受けつつ、切っ先をアルバの肩口へ突き刺す。そして鉤状になった切っ先でアルバを引きずり回し、原核へ向かって放る。アルバは空中で体勢を整え、ちょうど眼前まで追撃に来ていたブラッドへ、カウンターに右腕でのラリアットをぶつける。更にアルバは重力魔法を放ってブラッドを浮かせ、そこに魔力を纏った大量の鎖を一絡げにして射出する。ブラッドは咄嗟に長剣で防御するが、流石に防ぎきれずにシャフトに叩きつけられる。ブラッドは即座に意識を戻して着地する。
「まさか……この想いは……!?」
 アルバが悟ったように目を見開く。ブラッドは不意に鎖の一撃の余波で空いた腹の傷に触れる。
「なぜ傷が治らない……」
「……」
 両者は視線を交わす。先ほどまで命を奪い合っていたのに、奇妙なほど冷静に、ともすれば奇跡の再会を果たした旧友のように、意外性の視線を。
「哀しみは、諦めること……あなたは全てを諦め、ついぞ……」
「妙だ……貴様と打ち合ってから、俺の心から復讐心が消えていく。絆されたなどではない、徐々に虚空へ溶けていくのがわかる……」
 ブラッドは長剣を取り落とし、自然と涙を溢す。
「……!」
「俺は……ブラッド・フランチェス……」
 彼は膝から崩れ落ち、鎧が砕け散り、全身から凄まじい蒼炎を発しながら立ち上がる。
「人の六罪が一、哀しみを司るもの……!」
 長剣が手元に戻り、刀身が蒼炎に包まれる。更に左手に長剣と同じ形をした炎が産み出される。
「これが……あの時シャンメルンが言っていたことか……!」
 ブラッドが吹き出す蒼炎は更に勢いを増し、原核から発される光が弱まるほどの輝きを放つ。
「力が溢れる感覚を……これほどまでに澄んだ心で迎える日が来るとは……」
「哀しみを……あなたは、大切な人たちを失い、そして、寂寥の境地に、辿り着いたと……」
「貴様には礼を言おう。俺は今まで、復讐に彷徨していた。失ったものの代償を、あの女に支払わせようとな。だが事ここに至って、ようやく気付くことが出来た」
 ブラッドは左手の炎剣を振るう。
「哀しみこそが、俺の原動力だったのだと。失望と諦観こそが、哀しみの本質。俺は力を得るためではなく、貴様の力となるためにこの運命に投げ出された」
 アルバが戦いの構えを解く。
「あなたに聞きたいことがあります……」
 ブラッドは炎剣を消し、長剣を納刀する。
「答えよう」
「なぜ、あなたはこの世界にいるんですか……?」
「初めに言ったように、貴様を俺の糧とするためだ」
「私がどうしてここに来ると……」
「そこの女……ミカ・スギハラが、貴様をここに呼び寄せたのだ」
「……」
 二人がミカの死体があったはずの場所に目を向けると、既に死体は無かった。
「……」
 ブラッドが勢いよく抜刀して防御の姿勢を取ると、ちょうど虚空から刃が煌めいて交差する。
「残念だったな、ミカ。貴様の考えは、何者かの更に大きな計画の一部でしかなかったということだ」
 空間に輪郭が浮かび上がり、スリムな白熊のような無機質な大男が、文字通りの手刀を放って佇んでいた。
「いやはや、残念です。あなたさえ素直に死んでくれるか、シギラリアのようにどこかへ行ってくれれば、全ては上手く行ったのに」
 ブラッドが長剣を振るって弾き返し、大男はアルバとブラッドのちょうど中央に立つ。
「これは……」
「これがミカの本当の姿だ。オルドビスを脱出してから、悪魔化プログラムを自分に埋め込んだらしいな」
 大男は薄らに反応する。
「ええその通り。私はミカ・スギハラ。その悪魔化形態……ラーヴァナ、です♪」
 ラーヴァナは体の中心に線が通り、白い外皮がぱかりと開く。そこから強烈な突風が巻き起こり、アルバは咄嗟に鎖で防御し、ブラッドは蒼炎の壁で防ぐ。
「なぜこんなことを……」
 アルバの問いに、ラーヴァナは外皮を閉じつつ答える。
「私がオルドビスの商品だったことは、既にお話ししましたよね?私は、今がどうであれ、あそこで受けた苦しみを忘れることなど出来ません」
 痩せ細った白熊のような体から、ミカの可憐な声が響く様は非常にシュールであったが、アルバとブラッドの両名は黙って言葉を聞く。
「体に刻まれた汚れも、脳裏に刻まれた男の喜ばせ方も、全てが忌々しいんです。だから私は、杉原明人の、全てを滅ぼすという思想に賛同した」
 ふとすると、虚空から吹き抜けてくるような風が二人の境を通過する。
「この気配……やはり……」
 アルバが辟易したようにため息混じりで呟くと、周囲の景色が白んで行く。
「ッ……!」
 ブラッドが気付くと二人は居なくなっており、彼は長剣を納める。
「まあいい。俺も、奴の手助けをする準備をせねばな……」
 踵を返し、闇の中へ歩み去っていった。

 茫漠の墓場
 雲一つ無い青空が二人の頭上に広がり、白砂の大地が現れる。
「あなたが求めるヴァナ・ファキナの力は、決して全てを滅ぼすものじゃない」
 アルバはラーヴァナの真正面に立つ。
「何を言っているんですか、アルバさん。ヴァナ・ファキナの力は、あなたが一番知っているはず。あのバロンとホシヒメすら歯牙にかけず、この宇宙を滅ぼさんとしたあの力、知らないはずがないでしょう」
「知っているからこそ……あの力は、支配をもたらすだけ。全てを平らげて、己という一を産み出すための力……全てを滅ぼすなんて芸当は、出来ない……」
「まあ、所詮あなたはコルンツ家の忌み子。自分の力を否定したくても仕方の無いことです」
 ラーヴァナは外皮を展開し、紫色の皮膚を露にして四体に分身する。
「昔は……私はどうしてこの家系に生まれてしまったのだろうと、自分はこの家族に相応しくないと、ずっと責め続けていました……でも、今こうして、私の家族全てを滅する覚悟が出来たことで……自分がこの運命を背負った意味も、わかったんです」
 アルバは拳を構える。
「ミカさん。あなたとはさっき知り合ったばかりですが……私の道を阻むとあらば、容赦はしません……!」
「それは私も同じことですよ。全てはヴァナ・ファキナの力によって、私の穢れを消し去るために!」
 ラーヴァナは次々とアルバに飛びかかる。アルバは広大な空間を豪快に使って鎖を張り巡らせ、それに触れた分身が鎖に戒められ、込められた魔法を至近距離で受けて四散する。全ての分身が消えて、残った本体に夥しい量の鎖が集中してがんじがらめにする。
「くぅっ……!」
「ごめんなさい、ミカさん。私も……やるべきことがある……!」
 鎖に込められた力は瞬時に増加し、ラーヴァナは千々に吹き飛ぶ。大地に散らばった破片は、まだ言葉を紡ぐ余力を残していた。
「私……は……ただ……失った……人間としての……誇りを……取り戻したかった……だけなのに……」
 同時に大柄な骸骨騎士が現れ、その破片を拾う。
「小娘、貴様の願いは、我の力の糧としてやろう」
 アルバは最大限の警戒を示す。
「よくも今の私の前におめおめと……」
 骸骨騎士は鼻で笑う。
「ふん。貴様こそ、我が血族でありながら我を滅するなどと、たわけたことを抜かしおる。戯れは終わりだ。貴様は我の力、曙の鎖なのだ」
「ふざけないでくださいッ!」
 アルバが声を荒げると、骸骨騎士は押し黙る。
「私たちは、あなたの人形じゃない!」
「何を愚かな。貴様ごとき、力を失った今の我でも勝てる。図に乗るなよ」
 骸骨騎士は瞬間移動してアルバの背後を取り、大剣を素早く振るう。しかしそれは瞬時に編まれた鎖に阻まれ、彼女の右腕による強烈な拳を受けて吹き飛ばされる。
「あなたは本当に愚かです。自分を過信するのは勝手です……けれど……けれど、相手との実力差も理解できないのでは、死ぬだけです」
 骸骨騎士は腹の傷から煙を上げつつ立ち上がる。
「ここに来るまでに随分と消耗したようですね。異史のバロンさんと刺し違えるだけでは飽き足らず、正史の明人さんからも引き剥がされ、それからもかなり虐げられてここまで来たとは、いい様です」
「貴様!よくもそんな生意気が言えたな!我への捧げ物の分際で……!」
「生憎ですが、今の私はあなたに激怒しています。お父さんもお母さんも、元を辿ればあなたの下らない欲望のせいで狂ったのだから……!」
「どいつもこいつも揃いも揃って愚か者共が!我こそが至高の存在なのだ!我以外の何者がどうなろうが知ったことではない!そんな下らないことのために我の目的を妨害する権利など、あっていいはずがないのだ!」
 アルバが鎖を天地に張り巡らせると、骸骨騎士はその合間を縫うように高速移動する。重力魔法を放ちながら空間を圧壊させ、次々と火球を発射する。骸骨騎士はそれら全てを躱して肉薄するが、振るった大剣を右腕に粉砕され、至近距離で紫棘を幾本も叩き込まれて吹き飛ばされ、それで鎖に触れて先ほど躱した魔法たちを次々と食らって地面を転がる。
「あなたの存在した証も、あなた自身も、永遠にこの世から消し去る!」
 骸骨騎士が起き上がろうとすると、アルバの向こうで体を再生させているラーヴァナが見えた。
「ふん……忘れているようだが、ここは我の王龍結界。我の方が有利なのだぞ……!」
 いきり立つ骸骨騎士と、冷静に状況を見極めるアルバの間に、空が壊れて地盤が降り注いでくる。
「だが今は退いてやろう、我が眷属よ……」
「いいえ、逃がしません!」
 空間の崩壊から、骸骨騎士がどの程度消耗したかを察したのか、アルバは鎖を右手から放って骸骨騎士へ巻き付け、左手からも鎖を放って、空間の向こうにある太陽の原核へ繋げる。
「貴様まさか、自分ごと原核に我を封じ込めるつもりかッ!?」
「ここのエネルギーはたかが知れています!あなたがここの力を吸い尽くそうが、これから来る終末に耐えられるはずもない!あなたには悪あがきすら許さない、ここで、ここで絶対に殺す!」
 アルバの確固たる殺意が籠った鎖の戒めから、骸骨騎士は反抗することも出来ずに引き寄せられる。骸骨騎士は先ほど確認したラーヴァナの姿を探すが、見当たらず、そのままアルバと共に原核へ消えた。

 太陽原核
 茫漠の墓場が中途半端に消え、ラーヴァナはコンソールに寄りかかって辛うじて息をしていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ま、まだ……」
 ラーヴァナはコンソールを支えに立ち上がり、操作して原核から骸骨騎士を引きずり出そうとする。が、横から何者かに頭を掴まれ、軽々と持ち上げられて地面に叩きつけられる。指の隙間から見えたのは、四肢が竜化した、栗毛のショートボブの女だった。
「うふふ、ただの作り物にしては頑張りましたが、少々おいたが過ぎたようですね?残念ながらタイムリミットですので、宇宙もろとも消えていただきましょう」
 女がラーヴァナを放ると、あり得ないほどの加速がついてそのまま宇宙へ放り出される。間近に迫っていた無明の闇にその体は呑まれ、幾ばくもない内に消え去った。
「さて、と」
 女は原核の内部を、陰陽太極図のように漂う骸骨騎士とアルバを見上げる。
「エリアルの遺産……ふふふ、良くも悪くも、あなたこそが、バロンをより強く、激しく、逞しく磨き上げているのですね……く、くく、くふふふふ……さて……」
 女は原核の輝きに魅せられたように両腕を広げる。
「さあ、万世の結末を、今こそつまびらかに」 
 女の背後で、灰色の蝶が舞う。
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