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三千世界・反転(9)

第六話 「追走」

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 上空
 アカツキが猛スピードで飛翔するのを、右斜め高空からストレンジが猛追する。
「クソ、無駄にはええなあいつ!ホシヒメ、しっかり掴まってろよ!」
「う……ん……」
 ホシヒメはアカツキの右と中央の首の谷間に左腕を入れ、必死にしがみつく。ストレンジはアカツキを捕捉すると巧みな空中制御でマウントを取り、槍を投げつけて左翼を貫く。
「がはっ!?」
 バランスを崩したアカツキは落下していくが、咄嗟にホシヒメを尾で掴んで放り投げる。そして冷気を吐き出して巨大な足場を作り、そこに不時着する。遅れてストレンジが足場に着地し、周囲を見渡す。急拵えながらも、その氷塊は完全に二人を閉じ込めており、ストレンジはまばらに拍手する。
「流石は凶竜覇王。咄嗟に皇女だけを逃がし、俺もろとも氷の檻に閉じ込めるとは」
「誰がてめえらなんぞにあいつを渡すかよ……!」
 ストレンジは手元に槍を戻す。
「俺たちの世界では、お前は既に故人だった」
「はぁ?何の話だ」
「死してなおその竜神と竜王への強い復讐心を利用され、Chaos社の兵器として扱われていた」
「他人の空似だろ。俺には関係ない」
 アカツキは強烈な冷気と共に火炎を吐き出し、ストレンジは鎧の機能を解放して受けきる。
「確かにそうだ。全く同じ存在……完全同位体だったとしても、辿る人生が違えばもはやそれは別人だ。だが、どちらにも会った俺は思うんだよ。どちらが、本当のお前なのか、とな」
「下らねえ。どっちも別の存在だろうが」
「お前は、メビウスという現象を知っているか」
「はぁ?」
「表から裏へと、裏から表へと繋がる、無限の円環……生物が持つ〝論理《ココロ》〟を言い表した、ひとつの輪の話だ」
「どうでもいいこと抜かしてんじゃねえ!」
 アカツキは吠え、翼を一気に修復し、冷気から火炎、電撃、暴風と、次々に攻撃を重ねる。ストレンジは機械翼を開き、全速力で飛び回って攻撃を回避する。
「ルクレツィアが陥っている状態、それがメビウス化だ」
「まだ喋ってんのか!?」
 アカツキは飛び立ち、なおも激しい攻撃を畳み掛けていく。
「表層意識と深層意識を繋ぎ合わせ、真の己を引きずり出す……メビウス化した生物は、自身にとって最も優先するべき欲望に突き動かされて暴れ続ける。全てのしがらみを離れて、ヒトとしてのではなく、己だけの本能に従い続ける」
「落ちろ!」
 アカツキが一際強烈な冷気を光線に変えて吐き出し、ストレンジの右翼が凍りつく。彼はすぐに機械翼を畳み、着地する。
「完全同位体は、辿る人格や人生は違えども、割り開いた本質は同じだ。メビウス化すれば、全ての分岐した世界に存在する完全同位体がそのメビウス化した人物に集束する」
 無数の火球が降り注ぎ、ストレンジは鎧から時間障壁を産み出して防ぐ。
「我々は、これで世界を救うためにここにいる」
 ストレンジが研ぎ澄ました投槍で、アカツキの中央の首の右目を切り裂く。
「チッ!」
 アカツキは痛みを感じることなくすぐに眼を修復し、更に密度を増した弾幕を放つ。夥しい量の火球や雷球、氷柱が激突し、凄まじい雪埃が舞い上がる。
「我らは、以前お前たちに辛酸を舐めさせられたのでな。今回は負けん!」
 ストレンジは既にアカツキと同じ高度まで上昇しており、槍の一撃を中央の首の根本に届かせ、蹴りで離れる。
「長々と下らねえこと言いやがって……救うとか言いながら世界を壊してんのはどこのどいつだよ!」
「話す必要も理解してもらう必要もない。どのような状況であれ、応じてもらうのは不可能だっただろうからな」
「んだと……」
「まあいい。異史のお前たちと戦ったときは、俺たちも世界やシフルエネルギーに対する理解が足りなかった。だが今は違う。世界の有り様や、その法則を知った。膨大なシフルエネルギーと、強い意思。それが全ての答えだと」
 ストレンジが槍で時空を引き裂く。裂け目の向こうから巨大な人型の兵器が現れる。
「出でよ、アセンダント!」
 アセンダントと呼ばれたその兵器は、ストレンジの呼び掛けに合わせて頭部の眼を模した赤いライトを輝かせる。そして背中にマウントされていた縦長の盾を装備し、腰から日本刀然とした赤いブレードを引き抜く。
「行くぞ、アカツキ。貴様も、楽園の礎となれ」
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