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三千世界・反転(9)

第五話 「刻まれた烙印」

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 帝都高架下
 ゼロと分かれてすぐ、二人は残党を蹴散らしながら街を進んでいた。高架下の大通りに到着すると、そこにルクレツィアが立っていた。
「一時間ぶりくらいやな、ホシヒメ」
 ルクレツィアは変わらぬ笑顔を向ける。二人へ歩み寄りながら、懐から赤い爪を取り出す。
「これがなんかわかるか?」
 アカツキは不審がって顔をしかめ、ホシヒメはしばし思考を停止させ、そして眼を見開く。
「まさか……ノウンの翼爪!?」
「うひひ、ウチが殺った。ウチがこの手でな……」
「っ……!」
 ホシヒメは躊躇無く突撃し、右腕を光速で放つ。ルクレツィアはノウンの翼爪を刀へ変え、その腹で受け止める。
「待て、ホシヒメ!んな後先考えず突っ込むな!」
 アカツキが雑魚を蹴散らしつつ叫ぶ。気を取られたアカツキは遠くから飛んできた槍に射抜かれて地面に叩きつけられる。ホシヒメたちの後方から、鎌を持った竜人の一団が向かってきていた。
「くくく……ホシヒメ、仲間思いなんはええことやけど、それで周りが見えんくなったら……終いやで!」
 ルクレツィアはホシヒメの右腕を弾き返し、柄で打撃を加え、横に薙ぐ。ホシヒメは全く防御を考慮せずに反撃し、ルクレツィアは身を翻して納刀しつつ躱す。ホシヒメが右腕を突き出した瞬間、真紅の刀身が煌めき、空中に右腕が舞う。
「あっ……」
 あまりに突然に起きたために、ホシヒメは一瞬呆然とする。ルクレツィアは間髪入れずに体を反転させつつ刀をホシヒメの腹に捩じ込む。そして蹴り飛ばして刀を引き抜く。
「アンタもあいつらと同じように、死んで、終わりや」
 ルクレツィアが止めを刺そうとした瞬間に、青い闘気の刀が飛んできて、彼女はその防御のために後退する。
「ゼロ兄……」
 ルクレツィアの視線の先には、ゼロが立っていた。
「敗れたか、クラエス。ふん……」
 ゼロは失望したように吐息を漏らす。
「そろそろ貴様も、ぬるま湯から脱する時だ。仲間と同じ時は過ごせても、永久に共に居続けることなどできない」
 斬りかかってきたルクレツィアの刀を弾き、尾の一薙ぎでビルまで吹き飛ばす。
「ここは俺たちが引き受ける!この阿呆を連れて逃げろ、アカツキ!」
 ゼロの叫びに、アカツキは腹に刺さった槍を引き抜き、竜化してホシヒメを背に乗せて飛び去る。竜人たちの中にいたストレンジの手元に槍が戻る。
「ウルヌ。俺が奴を追おう」
 ストレンジは鎌を持った竜人へそう告げる。
「ふぅん、そうか?余り追い詰めすぎるなよ。奴を殺すのは、我の役目だからなぁ……」
 ウルヌはねっとりと返すと、ストレンジは苦笑いする。
「いつもそうやって勝機を逃すのはどこのどいつだ、全く」
 ストレンジは機械の翼を開き、そこからシフルを噴出して飛び去っていく。
「話はついたか?てめえには恨みがあるんでな。ぶん殴りに来てやったぜ」
 ネロが雷を全身に迸らせながらウルヌの前に立つ。
「ふむ、流石にメビウス化の強度も限度があるか……精神を完全に融合させるのは無理だとネブラも言っていたか。まあいい。ならば何度でも堕としてやるまでよ!」
 ウルヌは鎌を振り上げ、肩に乗せる。
「ファナス!エイグロン!」
 ウルヌが声を上げると、バニラグリーンのツインテールの少女と、赤みの強い外骨格に身を包んだ兵士が現れる。
「お前が掴んだ希望、今ここで砕いてやろう」
「ハッ!余裕ぶっこいてられんのもここまでだぜ!」
 ネロとウルヌが互いの武器を構えて、そしてネロだけが突っ込む。ウルヌは構えを解き、ネロの槍をエイグロンが双剣で受け止める。
「どけ!」
 ネロは槍に纏う電撃を増幅させ、エイグロンが飛び退き、その後ろからファナスが光線銃を放つ。それがネロの右肩に被弾し、不意にネロが怯んで電撃が消える。
「メビウス化した体で戦えると思うなよ、ネロ。一度でも敗れたものに自由など存在しない。永遠にその敗北に囚われ続けるんだよ。失敗から学び、立ち上がったとしても、結局その失敗で受けた傷は癒えはしない」
 ウルヌはネロを鎌の一撃で斬り伏せ、足蹴にする。
「己の無力に絶望し、そして、救世の供物となるがいい」
 足を離し、ネロを蹴り飛ばす。
「ファナス。こいつはもう用済みだ。ネブラのところへ運べ」
 ウルヌの言葉に彼女は頷き、ネロと共に簡易的な次元門に消えていった。
「さてと、次はゼロとかいう奴だが……」
 ウルヌが周囲を見渡すと、ルクレツィアとゼロの姿が無かった。
「エイグロン、奴らはどこへ行った?」
「どうやら下の通路に降りていったようですな」
「ふむ。まあ奴はいい。異史では一度も会わなかったしな。残りの住民をメビウス化させていくぞ」
「御意」
 二人は空へ飛んだ。
 ――……――……――
 ゼロとルクレツィアは、雨の臭いが残る浅い川で向かい合っていた。
「どや、ウチはホシヒメに勝ったで。少しはウチに興味が湧いたん違うか?」
「そうだな。確かに、貴様は強くなった。いや、貴様の中にある才能が開花したと言うべきか。だが……」
 ゼロは眉間に右手の指を当てつつため息をつく。
「貴様には何かが足りん。俺の魂を震わす、クラエスにある何かが……」
 露骨な不機嫌を表して、ルクレツィアがゼロを睨む。
「ゼロ兄にとって、ウチは歯牙にもかけん存在っちゅうことか?」
「今の言葉でわからなかったか?貴様に俺の求める力はない」
「なら、ゼロ兄にも見せたるわ。ウチの力を」
「どうでもいい。……と言いたいところだが、貴様が俺たちの敵である以上は斬らねばならん」
「そうこなっくっちゃな」
 二人は抜刀する。
「ゼロ兄をバラバラに引き裂いたら、ウチにもう怖いもんは無いわ」
「その無様な姿になってなお、恐れはあるのか。滑稽だな」
 ルクレツィアが瞬間移動もかくやという速さで突っ込みつつ突きを放ち、ゼロは平然とその攻撃を弾き、高速で刀を振って光の柱をいくつも作り出し、爆破する。ルクレツィアは破裂した光を躱して刀を振り上げ、一瞬の内に幾度も振り抜く。ゼロは刀でそれを受け、ルクレツィアは後方に大きく跳躍し、刀を振る。それだけで岩盤を捲り上げて岩を飛ばし、ゼロがそれを避けると岩の影から彼女は飛び出して紫電を纏った一閃を放つ。ゼロは分身にその攻撃を受けさせ、炎を纏った籠手で地面を殴り付けて強烈な爆発を起こし、ルクレツィアに防御の構えを取らせる。それを逃さず、分身と共に突進する。が突如ルクレツィアは防御を解き、分身の頭を見事に掴んで粉砕し、突っ込んできたゼロに兜割りを一回転しつつ放つ。彼は急ブレーキをかけ、腕でその刃を受け止める。
「なるほどな。フェイントか」
「雑魚ばっかりと戦いすぎて腕が鈍ったんちゃうか?」
「この程度で勝ったつもりか?」
 ゼロは刀を弾き返し、尾で薙ぎ払う。ルクレツィアは先ほど受けたその攻撃を小さく跳躍して避けるが、ゼロの尾は空間を切り裂く。
「ちっ……!」
「読みが外れたな」
 ゼロが炎を纏った具足で踵側から回し蹴りを放ち、前方を薙いだ炎でルクレツィアは吹き飛ばされる。瞬時にゼロは後ろへ回り込んで氷剣を産み出し、闘気を纏いつつ強烈な突きで擦れ違う。更にそこへ光の刃を雨のように降り注がせ、ルクレツィアの動きを極端に鈍化させる。ゼロは瞬時に力を溜め、無数の分身を放って空間の歪みで弾幕を形成する。体の制御を取り戻したルクレツィアは分身を一体一体潰しながら、緻密な移動で空間の歪みを躱していく。分身が半分も消せない内に、空間の歪みは合体し、巨大な歪んだ空間を産み出す。ルクレツィアはそのわかりやすすぎる予備動作に余裕を持って対応し、歪んだ空間から逃れる。が、ゼロが動けないと踏んで油断していたのか、上空から降って来た巨大な光の刃によって地面に釘付けにされる。歪みが落ち着いた空間の向こうから、ゼロがゆっくりと歩いてくる。
「所詮、貴様はクラエスの弱点を突いたに過ぎん。クラエスと俺の力はほぼ同等だ。俺に弱点など存在しない。ならば、貴様に勝てる道理などない」
 ルクレツィアはゼロへ不敵な笑みを向け、光の刃を砕いて竜化する。
「まだまだウチが全力を出しとるわけないやろ!」
「……」
 ゼロは呆れて黙り込む。
「ならば、俺の全力を見るがいい」
 力み、ゼロの体の奥底から帝都を破壊できるほどの青い闘気が解放される。それだけでルクレツィアは吹き飛ばされ、浅瀬を転がる。
「なんや、この力……」
 ルクレツィアは倒れたまま、呆然とゼロを見つめる。
「これが、〝力〟だ。貴様はまだ、本当に力に飢えたことなどあるまい」
 陽炎が揺らめくほどの凄まじい力に、ルクレツィアはすっかり戦意を削がれ、その場から逃げるように飛び去る。
「ふん」
 ゼロは闘気を引っ込め、青い闘気の翼を開いて飛び立ち、帝都を見下ろす。
「また、世界は終わる、か。ちょうどいい。今度こそケリをつけるぞ、クラエス……」
 急降下し、先ほどの高架下に落ちていたホシヒメの右腕を拾い上げ、ゼロは珍しく口角を上げる。
「貴様なら、どんな絶望の淵からでも這い上がり、必ず勝利を掴むと信じている」
 右腕を吸収し、ゼロはメビウス化した住人で埋め尽くされた道路を進む。
「新たな力を得た貴様を倒すことだけが、この世界に残った価値だ」
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