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三千世界・反転(9)

第八話 「終焉の淵で囀ずる者」

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 茫漠の墓場
 大剣を手放し、明人は大量の墓が並ぶ大地へ着地する。
「またか……」
 明人が立ち上がると、墓の前に水色の短髪のメイドが立っていた。右腕が竜化しており、両手を前で重ねていた。
「お待ちしておりました、明人様」
 メイドは振り向く。そこで明人は気づいた。墓に刻まれている名前は、全て自分のものだと。
「トラツグミ……」
「不思議なものです。このメビウスという感覚は、その存在が本来持つ性質を引きずり出す。でも、私には明人様に仕える以上の目的など存在しない」
 トラツグミは墓に手を置く。
「何度生まれ、何度死んだことでしょう。明人様、此度の世界のあなたは、何を成すのですか?またも無為に、搾取されて力尽きるのですか?」
「俺は……」
 明人は傍に刺さった大剣を持ち上げる。
「俺は俺の目指す場所に辿り着く。お前が何を知っとんか知らんけど、野垂れ死ぬつもりはない」
「左様ですか。時に明人様、私は思うのです」
「なん?」
「救われるべき命と、打ち捨てられるべき命。それは相反すると思いますか?」
「お前なら俺がなんち言うかわかっとーやろ」
「ええ。救われるべきと言って、その価値があるかどうかは別問題である……と、言いたいのでしょう。ええ、その答えが欲しかった」
 トラツグミの体から闘気が放たれ、黒い嵐に包まれる。
「この世の終わりで囀ずる鳥よ、泥梨に落ちなば、多生曠劫を隔つとも、浮かび上がらんこと難し!我が名〝鵺鳥〟!」
 そして一対の巨大な翼が嵐を引き裂いて現れ、ライトマゼンタの四肢を持つ竜人が現れる。
「お前やったんか」
「ネブラに敗れ、メビウス化した瞬間から……私はあなたをお助けすることこそが存在意義であると、改めて思いました」
「俺を助けるっち言うてもさ、またどうせ殺そうとしてくるんやろ」
「もちろん。死こそが救いとは言いませんが、少なくとも、それ以上の苦痛を受けることはないでしょう」
「その墓の数だけ俺は死んでるんだろ。なら、死んでも何の解決にもならない」
「いいえ。あなたがもう、ユグドラシルにも、ニヒロにも弄ばれぬよう、無に帰して差し上げます。解脱も、最後の審判も決定的な救いにはならない。生きるだけではない、死ぬことも、救われることも、等しく苦痛であることに変わりはない。ならば私は、あなたを消し去ることで、永遠にあなたに仕えましょう」
 明人は目を伏せる。
「濁沼に渦巻く混沌を我が身に宿し、無の波濤、無限の潮騒に無垢なる心を捧げよ。我が名、〝無謬〟!」
 明人は黒紫の竜人となり、鵺鳥と相対する。
「さあ、あなた様の長きに渡る物語に、終焉を手向けましょう」
 鵺鳥が両腕に燻らせた蒼い火球を次々と投げつけ、無謬は腕の一振でその全てを打ち落とす。鵺鳥は飛び上がり、翼を畳んで突っ込む。無謬はバックステップで回避し、舞い上がった砂煙が蒼く染まり、刃のごとくなって無謬に飛んで行く。無謬が地面を叩き、力場に刃を固定して弾き返す。素早く前進してきた鵺鳥が力場に翼爪を突き刺し、そのまま両腕を捩じ込んで引き千切り、そのまま組み付く。握り締められた無謬の腕から煙が上がり、激痛が迸る。
「これは……!」
 無謬は右手をほどき、パンチを放つ。が、鵺鳥に平然と弾かれ、素早く裏拳を顔面に受け、尾の一振を食らい、寸分違わず胴体に掌底が直撃してそのまま掌と腹の間で蒼い炎が爆発し、引き付けを起こすほどの強烈な衝撃を受けて後方に吹き飛ばされる。無謬は受け身を取って視線を前へ向ける。蒼炎の残り香が燻っているのを消し、再び両の足で立ち上がる。
「真炎か!」
「ご名答にございます。万物を焼き尽くす、究極の火炎。それこそがこの真炎。怨愛の炎など恐るるに足らず、この炎こそが、始まりの火種」
 鵺鳥は静かに構え直す。
「ですが、ヴァナ・ファキナの力を存分に振るう明人様には、少々効き目が薄いのではないでしょうか」
「結構堪えるけどな」
 無謬が地面を叩き、生じた力場をビーム状にして弾幕を飛ばす。鵺鳥は素早く体を翻し、真炎で地面を覆い尽くして弾幕を打ち消しつつ無謬を燃やす。瞬間移動で頭上に現れ、鵺鳥は急降下で攻撃する。無謬は反応が遅れ、鵺鳥にそのまま組み伏せられ、右手で顔面を掴まれて燃やされる。反撃に放った左拳を鵺鳥は打ち返し、そのまま肩口に左手を捩じ込み、真炎を送り込む。無謬は右腕で鵺鳥の左翼を掴み、自身の背面から衝撃波を起こして強引に起き上がり、鵺鳥の左肘を殴り付けて逆にへし折り、肩口から引き抜き、両者は同時に傷を修復して向かい合う。
「私も明人様も、長きに渡って共に過ごして参りましたが……斯様に命を奪い合うなど、真新しく感じます」
「思えば、俺はお前のお陰で現実を見ずに生きてこれたんだろうな。お前が、ずっと俺を守り、支えてくれたから」
「それが私の存在意義。その唯一の目的のために、私は製造されました故」
「お互いに、依存しあってたんだ」
「私は、己の弱さゆえに、明人様から離れることが出来なかった。その弱さが、今ここに至る理由です」
「俺はアリアちゃんのお陰で、進むべき道を見つけた。ずっと昔に、埃まみれになった道を」
「ええ……私は凍りと破壊の化身に作られ、明人様は祖なる者に作られた。ならばこうして雌雄を決するのは、必然だったのです」
「行くぞ!どちらかが死ぬまで、永遠に!」
 鵺鳥が真炎をタイミングをずらして両腕を振るって飛ばす。直線に放たれた真炎を衝撃波で逸らしつつ、一気に距離を詰める。無謬が右拳を放つと、鵺鳥はそれを抱え込んで止め、拳の連打を至近距離から叩き込む。無謬は堪え、掌から衝撃波を放って鵺鳥を怯ませ、自由になった両掌を向けて、そこから凄まじい衝撃波を放つ。鵺鳥は咄嗟に翼で防御するが、そのまま吹き飛ばされる。無謬は間髪入れずに地面に両腕を突き刺し、鵺鳥の場所を狙って地中から衝撃波を噴出させる。鵺鳥と共にいくつも墓が吹き飛び、追撃と反撃が交差して、両者は再び地面に着地する。
 無謬からは白煙が上がり、鵺鳥には無数の傷がついていた。
「痛みとは、本来漠然とした危機を示すもののはずでした。ですが、我々人間は……」
「生を実感するために、進んで痛みと苦しみを受け入れる、か。俺もアリアちゃんのお陰で実感できたよ。美少女に甘く蕩かされる生活なんて誰も手放したくないだろって思ってたが……辛辣で、魂が磨り減るような緊張感の方が、よほど心地いいってことを」
 真炎と衝撃波が激突し、急接近しては体術を擦れ違わせて離れていく。無謬が指先から衝撃波をいくつも放って鵺鳥に回避を取らせ、そのまま強烈な右アッパーを受け止めさせ、更に拳を開いて衝撃波を打ち出し、仰け反った鵺鳥の胸を左腕で刺し貫く。
「見事です、明人様……」
 鵺鳥が自ら離れ、腕を引き抜くと、両者は竜化を解く。トラツグミは明人へ体を預け、明人は彼女を抱き止める。
「生き物とは、斯くも脆く、憐れな……」
 延々と続く青空に罅が入り、その欠片が次々と地面に突き刺さっていく。トラツグミは明人から離れ、距離を取る。
「明人様、あなた様はこれから、今までの比でない程の苦しく、長い道を逝くことになる……その供が出来ぬことを、悔しく、感じますが……」
 白土の大地が崩れていき、トラツグミが落下する。深淵に落ちていきながら、彼女は氷塊へと変わった。程なくして、周囲が白け、明人の意識も遠退いていった。
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